先の戦闘からおよそ四半刻、地中から這い出して来る人影があった。美鈴である。
美鈴は心身ともに疲れ果て、地上へも半ば無理やり出てきたのだった。
胸のエナジーコアの点滅速度は、もはや拍動のそれではなく、大きな振り子のような、非常にゆっくりとしたものだった。
点滅するたびに、頭から血が抜けていくような感覚だった。美鈴はもう立っていられなかった。
そして、ついに美鈴は地面に突っ伏した。
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美鈴「......?」
どのくらい経っただろうか、美鈴は目を覚ました。
美鈴は、今までに見たことのあるどんな景色とも違う景色を見た。
それがどこなのか、どんな所なのかもわからなかった。
ただ、目の前には大きな大きな河があって──
?「おはよう」
美鈴「!?」
突然、目の前に赤い髪の女が現れた。
美鈴「だ、誰だ!?」
小町「あー、私は小野塚小町。死神やってる」
美鈴「死神......!?」
小町「そ。死神。死んだ魂を河の向こうまで渡す担当のね」
美鈴は驚いた。自分が死んだということに。そして地獄が本当に存在するということに。
美鈴「わ...私は、私は死んだ...!?」
小町「そうだね。死んでるね」
小町「でも、その姿を見る限り完全に死んでるわけじゃあないみたいよ」
美鈴「えっ?」
小町「まだ貴女は身体が完全にこちらに移されていない。つまり身体はまだ向こうにあるってこと」
美鈴はその時初めて自分の体を見た。なんということか、手も足もぼやけ、霞んで見える。
美鈴「この身体は...!?」
小町「それは正確には身体じゃない。貴女の魂のおおよその形」
小町「しかも貴女の考える通りの形」
美鈴「......?考える通り?」
小町「そう。魂は本人の意思の塊な訳だから、本人の自分に対する意識が直接反映されるの」
美鈴「へぇ......」
小町「もしかしたら本当の形はもっと違うかもしれないよ?」ニヤニヤ
美鈴「......ハッ!そうだ!」
美鈴「向こうに戻ることはできませんか!?」
小町「んー、今ならできるかもしれんね」
美鈴「今なら?」
小町「向こうに戻るってことは貴女の魂が身体にもう一度入り込むってことなの」
小町「そのためには身体が受け入れ可能な状態、つまり生きてて、かつ受け入れを拒否しない必要があるの」
美鈴「つまり......?」
小町「身体がまだ向こうにある今なら蘇ることはできる......かも」
美鈴「わかりました。戻ってみます」
小町「でも戻るのにも結構精神力いるらしいよー?やめといた方が」
美鈴「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ......」ゴゴゴゴゴゴゴ
小町「!?」
小町「そ、そんなに精神力つかって大丈夫......?」
美鈴「鍛えてますから」ゴゴゴゴゴゴゴ
美鈴「それでは」ゴッ
小町「行ってしまった......」
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美鈴「......ハッ」
美鈴はまた目を覚ました。今度は自分の体で。
美鈴は見たことのない部屋に寝かされていた。
見たことのない部屋といっても、ちゃんとした和室で、
すぐ外にはきれいに手入れされた庭がある、見慣れた様式の部屋だった。
美鈴は起き上がって、部屋の中、そして縁側を歩いて行った。
縁側を通るうちに、空の様子がいつもと違うことに気付いた。
やけに白っぽいのである。雲があるようにも、霧が出ているようにも見えないのに、である。
それに、よくよく見てみると、はるか上空を何かが漂っている。
形はよくわからないが、これまた白い、いや透明な何かだ。
?「あっ」
美鈴「!?」
突然声がして、美鈴は反射的に身を屈め、手を泳がせた。
しかし、その必要が無いことはすぐにわかった。
?「気が付いたんですね!よかったです!」
美鈴「......誰?」
妖夢「魂魄妖夢と申します!この白玉楼の庭師をやっております!」
美鈴「白玉楼......」
美鈴は聞いたことがあった。白玉楼とは冥界にある館で、妖夢という庭師兼剣術指南役と幽々子という亡霊がいる。
......とずいぶん前にお嬢様が言っていた。
妖夢曰く、買い物から帰ってきたら、館の前の石段に倒れているのを発見したらしい。
ではなぜ突然冥界にやってきたか。理由はよくわからない。
しかし、館が冥界にあるという都合上、死人の魂や霊がやってくることはよくあるらしい。
......やはり一度死んだようだ。だがまだ身体はある。死にきってはいなかったのだろう。
妖夢「それで、美鈴さんはどうしてそんな身体に?」
美鈴「へ?身体?」
妖夢「いえ、ここに運んでるときになにか変な感触があったので確認したら」
美鈴「あぁ......」
美鈴は事の経緯を全て、正確に話した。
紅魔館が襲撃されたこと、改造されたこと、一度地獄に落ちたこと、などなど......
妖夢「なんと......」
美鈴「私はいわば脱走兵だから、おそらく奴らは私を狙っている。」
美鈴「その時私の周りにいると危険だから、あなた達とは一緒に居られない」
美鈴「だから、助けてくれたのはありがたいけど、私はここを出なきゃいけない」
妖夢「えっでも」
美鈴「なに?」
妖夢「ここ出たらどこに行くつもりですか?」
美鈴「えっ......どこかに......」
妖夢「食事は?」
美鈴「えっ......」
妖夢「宛てがないようでしたらここに居ればいいと思いますよ?」
美鈴「(言えない......店か民家から拝借しようとしてたなんて言えない......)」
妖夢「ここは人里に比べれば安全ですし、水も食料もあります」
妖夢「ぜひうちに泊まってください!!!」キラキラ
美鈴「!?......(さっきまでの話聞いてたのかな......)」
美鈴「......わかった。しばらくはここにいることにするわ」
妖夢「おおっ!」
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?「総長、『インセクトアイ』が例の逃亡兵を発見いたしました」
総長「なに、『ブラックカープ』を?何処でだ」
?「白玉楼でございます」
?「いかがいたしましょう?」
総長「......そのまま監視を継続しろ。白玉楼ではそう簡単には手を出せん」
総長「ただし、監視が向こうにばれるようなことがあれば、即刻捕獲もしくは殺害しろ」
?「かしこまりました」
総長「本作戦暗号名を『オペレーション・ドラゴンフライ』とする」
総長「奴は回収しておかなければ......ましてや我々の敵となってはならん......」
総長「我々の目的を遂行するために......我々の未来のためにも......」
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結局、美鈴は白玉楼に寝泊まりすることになった。食事も風呂もある。暮らしていくには不自由ない場所だった。
ただ一つ、通常の居候ではありえないことがあったが......
美鈴「(これが目的だったのか......)」
美鈴は妖夢の修行に付き合わされたのだった。勿論、滝行とか走り込みとかそういう類のものではなく......
妖夢「美鈴さん!組手行きますよ!」
美鈴「ばっちこーい!!!」
一対一の組手であった。曰く、侵入者との戦闘(弾幕勝負に非ず)になった際のためだという。
まず一般の客などいない白玉楼にそんなものがあるのかとも思うが。
因みに妖夢はしっかりと二振り、刀を装備している。殺す気か。
妖夢「いや~っ!」スササササササ
妖夢「はっ!」ヒューン
美鈴「甘いっ」ヒョイッ
美鈴「せいっ」ペシッ
妖夢「あう」
妖夢「......まだまだ!」
妖夢「そりゃぁっ!」ヒュッ
美鈴「激流に身を任せ......」スッ
美鈴「同化する」ベシッ
妖夢「ぐわッ」
美鈴「まだまだ隙が大きいわよ。もっと素早く、動きを悟られないように近づきなさい」
妖夢「えっ......これ以上......!?」ガビーン
美鈴「こんな動き、実戦じゃ相手に読まれて反撃されるだけよ」
美鈴「さっきもそうだったでしょ」
妖夢「うぅ......それはそうですけど......」ショボーン
妖夢「美鈴さんの反応速度、常人のそれとはるかに違いますもん......」
美鈴「あんたも常人じゃないでしょ」
妖夢は美鈴の反応が速すぎると言った。
実際のところ、並の妖怪や熟練した格闘家も美鈴には及ばないほどの速度だったのだ。
この異常ともいえる反応速度は改造によるところが大きかった。
美鈴は自分では、改造による力を完全に抑えている、と思っていたが、ここでは抑えきれていなかった。
というか抑えるよりも先に本能的に反応して対処してしまうのだったが。
美鈴「じゃあ今度は自分から攻めずに、相手を待ってみたら?」
妖夢「えっ」
妖夢「それは美鈴さんが全然動かないと思うんですけど」
美鈴「あっ」
美鈴「そうかもしれない」
そんな会話をしている時、美鈴は突然、背後に視線を感じた。
美鈴「......?」
妖夢「どうしたんですか?」
美鈴「ちょっと待ってて」
美鈴は取り敢えず、周囲の気を探った。
確認できる気は、妖夢のもの、上空の霊のもの、庭の虫のもの......
美鈴は感づいた。白玉楼に来てから、虫というものを見ていない。
美鈴「......ねぇ妖夢」
妖夢「はい?」
美鈴「ここに虫っている?」
妖夢「虫の亡霊なら知りませんけど、生きてる虫はいませんよ」
妖夢「元々ここには生きてるものはいませんし、生きてる虫は結界で引き返します」
美鈴「ならここに虫がいるとしたら......」
妖夢「えっ?虫?いるんですか?」
殺気を消したうえで、美鈴は庭の生垣に素早く手を突っ込んだ。
それと思しきものを掴み、引き出す。
美鈴「......やっぱりいた」
美鈴の手に握られていたのは、一寸はあろうかという巨大な蠅だった。
妖夢「ヒッ」ビクッ
美鈴「ここまで大きな蠅が存在するとは......恐らく半分妖怪化しているんでしょう」
美鈴「それにここに入ってくるということは、誰かが無理やり送り込んだということ......」グシャッ
美鈴はそのまま蠅を握り潰すと、再び周囲の気を探った。どこかに操っている本体がいるに違いない。
しかし、本体よりも他の生物、特にさっき気づかなかった虫の気が近く、うまく探せない。
ならば邪魔な虫を排除すればいい。
美鈴は気を感じたものから順に、虫を粉砕していった。
蠅、蚊、蝶、蜻蛉、黄金虫、蛾、蜘蛛、百足、蜂、蟻......
後になればなるほど、虫が凶暴になっていった。蟻などは手に噛みついてくるものもあった。
かなりの数の虫を殺した時、ようやく本体と思われる気を発見した。
試しに、美鈴は気弾を一発撃ち込んでみた。
着弾した直後、そのすぐ横に何かが転がり出た。
美鈴「あれだ!」ダッ
妖夢「あっ美鈴さん!」
美鈴は素早く近づき、両腕をとらえようとした。
美鈴「御用ッ!」
その瞬間、美鈴は左手を貫かれた。
美鈴「ぐわッ」ブシャッ
妖夢「美鈴さん!」ダダダダ
美鈴「妖夢下がって!」
美鈴は無理やりに左手を引き、そのまま数歩後退した。
美鈴「......改造兵だ!」
妖夢「ヒッ」ビクッ
妖夢が強烈な不快感に襲われるのも無理はない。
相手の改造兵は全身が昆虫のように節に別れ、やはり昆虫のような足が何本もあったのだ。まともな姿ではない。
頭は蝉に似て、背中は甲虫のようだが蠅のような羽根もある。さらに尻のあたりは蛍のように発光している。
その他全身に様々な蟲の要素が入り乱れ、異形という以外の何物でもない姿だった。
蟲「ギギギギギギギ......」
美鈴「妖夢、こいつは私が片づけるから下がってて」
妖夢「いえ!私も戦います!」
美鈴「半分生身の人間で半分幽霊のあなたじゃまともに戦えないわよ。いいから下がって」
美鈴は腕を組んだ後大きく回し、気を溜めた。そして再び組んで......
妖夢「うわっ」
妖夢「今の光は......?」
妖夢「はっ!美鈴さん......!?」
美鈴は黒い強化外装に身を包んでいた。