妖夢「なんと......」
妖夢は一種の恐怖を覚えた。美鈴の突然の変貌にだけではない。
過去に幻想郷に存在したどの妖怪とも違う、その異質な姿にでもあった。
だが、その恐怖と同時に、妖夢はどこか神々しさにも似たものを感じた。
美鈴「妖夢!早く隠れて!」
妖夢「......ハッ!はい!」
美鈴「早くしないと......ッ!」
蟲「ジジジジジジジジ......」ブゥーン
妖夢「うっ」グプッ
美鈴の姿を見た直後に異形の蟲の姿を見るというのは、妖夢には辛すぎるものであった。
同じように、河童に改造された妖怪なのに、ここまで姿が違うものなのか。
その驚きと、蟲の気味の悪い、不快感を煽るような姿は、妖夢に強烈な吐き気を催させるのに十分であった。
美鈴「来るかッ!?」
妖夢「おっ」ドタドタドタ
妖夢「おえぇぇぇぇぇぇっ」ドボボボッ
建物の裏に逃げ込んだところで、妖夢は一気に吐き出した。
あの蟲の異様な姿は、多分一生忘れないだろう。
蟲「ギチギチギチギチ」バシュッバシュッ
美鈴「うおっ」
蟲は背中の翅で空中に飛び上がり、昆虫でいう腹部から、針のようなものを数発、美鈴に向かって打ち出した。
美鈴は即座に気を練り上げ、虹色の円盤のようなものを展開した。
円盤で針を受け止めると、そのまま円盤を気弾にして投げつけた。
美鈴「はっ」ブワーッ
蟲「ギイイイィィィィィィ!!!」ブーン
美鈴「逃がすかッ」
間一髪で回避された気弾の軌道を操り、蟲を追尾させる。
蟲が回避に追われる隙にもう一発を練り上げ、十字砲火を狙う。
美鈴「はぁッ」ブワッ
蟲「ギィッ!」ブーン
蟲は蜻蛉のような急制動で気弾を回避し、今度は美鈴に向かって一直線に飛んできた。
美鈴もそれに応じ、右手に一気に気を集めて機を窺う。
蟲「ギィィィィィィ」ギュンッ
美鈴「はぁッ」ドンッ
蟲「ギィッ」ギューン
美鈴「ッ!」
美鈴が会心の一撃を放つも、蟲は直前でそれを回避、横滑りするように美鈴の背後へと回り込んだ。
その勢いに乗せて蹴りを放つ蟲。
だが美鈴も反応速度では負けていない。すでに左手には一枚の札が握られていた。
美鈴「気符!!!」
美鈴「『虹華旋風脚』!!!」ブワァッ
宣言と同時に背後へ回し蹴りを放つ。蹴り足は蟲の顔面に横から叩き込まれた。
不意の一撃に、蟲は奇声を上げながらそのまま吹っ飛び、地面を転がった。
美鈴「勝機ッ!」
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一通り嘔吐した後、妖夢は仰向けに倒れていた。
嘔吐に無駄に体力を使い、胃の中のものはほぼ全てなくなり、まともに立つ気すら起きないほど疲労していた。
あの異形の怪物を思い出すたびに不快感がこみ上げる。
怪物だけではない、先ほどまで目の前にあった自分の吐瀉物、そしてその強烈な悪臭も不快感の原因であった。
妖夢は肉体的にも精神的にもとにかく疲労していた。
妖夢「......」
妖夢は半ば放心状態にあった。
だがその耳にはすぐ近くで起こっている、激しい戦闘の音が聞こえていた。
突然、けたたましい奇声が妖夢の耳を貫いた。奇声は妖夢を一瞬で現実に引き戻した。
妖夢「ハッ!!!」
妖夢は、コメツキムシの如く跳ね起きると、いち早く戦闘が見えるところへと走った。
妖夢「......!」
黒い人型の何か──おそらく美鈴であろう──が地面に倒れた何かを執拗に殴打していた。
どう見ても自衛の域を超えた、殺意を持った攻撃であった。
妖夢は再び恐怖を覚えた。半人前の正義感と共に。
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倒れた蟲に、美鈴は何度も何度も拳を打ち込み、脚を叩き込んだ。
美鈴「このッ......!」
美鈴「このッ......この蟲野郎めッ......!」
美鈴の頭からは、妖夢を守り、自分の身を守るという当初の目的はとうに消え去っていた。
ただただ、目の前にいる怪物を排除したかった。
囚われ、失った『家族』の恨みと仇に突き動かされていた。
美鈴「......死゛ね゛い゛ッ!」
最後に一発、必殺の拳を見舞うべく右腕を高々と掲げ、気を集中したその時......!
妖夢「美鈴さん......!」
美鈴「!?」
美鈴の集中は一瞬にして切れた。
美鈴「妖夢っ......!?なんで出てきたの......!?」
妖夢「美鈴さん......いくら相手がこんな化け物だからってこんな......!」
美鈴「えっ......!?」
妖夢「こんな一方的に殴り続けるのは......見るに堪えません......!」
美鈴「」
妖夢「美鈴さんを狙ってるとはいえ......美鈴さんの大事な仲間を奪った奴らとはいえ......」
妖夢「元は相手も普通の妖怪だったんですよ......?」
美鈴「普通の妖怪......」
妖夢「自分を守るためなら...わざわざ惨い倒し方をする必要はないですよね......?」
美鈴「う」
妖夢「だから......」
美鈴「......!」
美鈴「危ないっ!」ガバァッ
いきなり美鈴が妖夢に覆いかぶさった。背後の蟲の気の動きに気が付いたのだ。
蟲「ギィィィィィ」バシュッ
妖夢「うわっ」
蟲は二人の上空を高速で飛行しながら、針を数本射出した。
美鈴「させるかッ」ブワーッ
妖夢「うわぁっ」
美鈴も咄嗟に気弾を放ち、針を迎撃する。
続けざまに二発、気弾を撃ち出す。......が!
蟲「ギイイイィィィィィィ」ブゥーン
妖夢「避けられた......っ!」
美鈴「ならば!」
美鈴は独特の構えを取り、気と精神を集中する。
美鈴「はぁぁぁぁぁぁ......!」
美鈴「どりゃぁぁぁッ!」ギューン
蟲「!?」
小さく屈んだ直後、気を集めた左足を突き出して矢のように空中を進む。
その速度は凄まじく、妖夢にも、そして蟲にも、美鈴の飛び蹴りは見切れなかった。
蟲「グゲェェェェェェ!!!」バキィッ
妖夢「お、おぉ!」
空中で数回追撃し、地面に叩き落とす。
地上で腹部の針を狙い、さらに追い打ちをかける。
美鈴「ふんッ」グッ
蟲「ギギギギギギギ......」
針を掴み、本体を足で押さえつけて引きちぎりにかかる。
美鈴「ぐぅぅッ......ぅぅぅぅッ」ググググググ
蟲「ギギギギギ......」
蟲「ギエッ!!!!!!」ビカーッ
美鈴「うおっ!?」
突然、美鈴の目の前、蟲の腹部が強烈に発光した。
美鈴「ぐわぁぁぁッ」
美鈴は閃光により一時的に視界を失い、辛くも蟲を逃してしまった。
美鈴「しまった!!!」アタフタ
蟲「ギエェェェッ!」ブーン
その隙に蟲は一気に上空まで飛び上がり、美鈴目掛けて高速で突進してくる。
それに美鈴は気づかなかった。
いや、正確には直前まで気づかなかった。
美鈴「はッ!!!」
気づかなかったが故に対応が遅れた。
美鈴「(駄目だ避けられんッ)」
妖夢「いやぁ~~~ッ」ダダダダダ
妖夢「弦月斬ッ!!!」ズバァッ
美鈴「!?」
蟲「グエェェェェッ!」
だが死ぬわけではない。なぜなら妖夢がずっと見ていたのだ。
美鈴「妖夢......」
妖夢「美鈴さんはまだ死んじゃあいけないんですよね......!」
美鈴「......そうね......」
その後は、美鈴が針を打ち落とし、妖夢が蟲を迎撃するという形で戦闘が進んでいった。
流石に延々とそれを続ける蟲ではなく、数回目にはまた別な行動を見せた。
蟲「ギィッ」ドスッ
妖夢に迎撃され地面に落下した直後、体勢を立て直すと背中の翅を振動させ......
蟲「キィィィィィィッ」
美鈴「ぐわぁぁぁッ」
妖夢「うぅぅぅッ」
蟲は音を出した。音と言っても蟋蟀とか鈴虫とかそんなものではなく、
黒板やガラスを爪で掻きむしる例の音を何十倍にも大きくしたような恐ろしいものであった。
もちろん美鈴達二人は平常心ではいられない。耳を抑えて悶絶し始めた。
それを逃す改造兵ではない。
妖夢「うッ」ドスッ
美鈴「......!?......妖...夢ッ」
美鈴は地面に倒れた妖夢を見た。足に針が刺さっている。
凄まじい音に耐えながら、美鈴は妖夢に近づき状況を訊く。
美鈴「妖夢......足は...大丈夫......?」
妖夢「うッ...動かない......です......」
美鈴「動かない......?」
妖夢「足の......足の感覚が...ないです......」
美鈴「感覚がない......!」
美鈴はこの針の恐ろしさを認識した。
あの針には、神経系に異常をきたす毒が仕込まれていたのだ。
蟲「キィィィィッ」バシュッ
美鈴「ぐおッ」ドスッ
妖夢を診ているうちに、美鈴まで針を受けてしまった。こうなるともう動けない。
蟲は鳴くのを止め、ゆっくりと、妖夢に近づいていく。
何とかして止めなければ。まだ動く腕で気弾を投げつける。
美鈴「ふんッ」
蟲「ギチギチギチ......」ボフッ
蟲「ギィィッ」ブーン
今度は美鈴に向かって高速で飛んできた。咄嗟に十字に腕を組んで防御の姿勢をとる......と!
美鈴「うわッ!」ザーッ
蟲「!?」
蟲「グェェェェッ!」ジュゥゥゥゥ
組んだ右腕から、波のような、光線のようなものが突如発射され、蟲はまともにそれを食らった。
美鈴「こんな能力があったとは......」
蟲「ググググググ......」ジタバタ
美鈴「はッ勝機!」
蟲は光線を顔面にモロに食らい、蝉のような顔を醜く焼けただれさせていた。
この機を逃す手はない。美鈴は全ての気を両腕に集中し、今度はきちんと十字に腕を組んで光線を放つ。
美鈴「はぁぁぁッ!!!」ザーッ
蟲「ギェェェェェェェェ!!!!!!!!」ジュワーッ
極限まで圧縮された気が、連続的に蟲の頭部を襲う。
その凄まじい熱に、端から煙が出て、最終的に頭部は蒸発してしまった。
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妖夢「......やはり行くんですね」
美鈴「あなたたちに迷惑はかけられないもの」
戦闘からおよそ三日後、美鈴は出発の準備を整えていた。
あの後、毒で苦しんでいる二人を幽々子が発見し、ようやく歩けるまでに回復したのである。
妖夢たちをこのような危険な目に遭わせないためにも、自分が出ていかなくてはならない、と美鈴は深く心に誓った。
可能な限り早くここから出なければならない。そのために美鈴は回復してすぐに出発するのだ。
妖夢「......そうだ!餞別といっては何ですが」
妖夢「はい、これ」
美鈴「なになに、『健康祈願御守』......?」
妖夢「山の神社でもらったものです。美鈴さんがつけてた方がきっと効果がありますよ」
美鈴「......ありがとう」
美鈴「それじゃあね。さよなら」
妖夢「さよなら......」