美鈴が実験室に到着する少し前のことである。
河童「おい!そこの!」
河童は手術室に入るなり叫んだ。
河童「は、はッ」
河童「今すぐそいつを前線に出してくれ!」
河童「は!?」
河童「奴に効果的に対処できるのは精々そいつぐらいのもんだ!」
河童「し、しかし、こいつはまだ起動試験も......」
河童「これが起動試験だ!」
河童「そもそも起動したところで完全な自律駆動はできませんよ!」
河童「自律駆動できないならこっちから操作すればいいんだ!早くしろ!」
河童「じゃあそれができる改造をするだけの時間はあるんですか!?」
その瞬間、凄まじい爆音と共に戸に無数の何かが突き刺さった。
厚い金属製の戸を突き破りはしなかったものの、戸の内側には一寸にも及ぶかという突起が生えた。
河童「!?」
河童「......味方も必死で時間を稼いでいる」
河童「今のは!?」
河童「恐らく特型手榴散弾だろう。十分な防御なしには並の生物は生き残れない。無論河童もだ」
河童「......分かりました。あと五分下さい」
河童「頼むぞ。......終わったら五の乙の実験室に配置してくれ」
河童「罠を?」
河童「まあそんなところだ」
そう言うと、先ほど入ってきた河童は背嚢から大きな筒と弾丸を取り出した。
河童「いいか?五の乙だ。五分は時間を稼ぎつつ奴を誘導するからそれまでに置いといてくれ」
そして河童は別の戸から筒を抱えて出ていった。
河童「......ではまず移動しよう」
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美鈴「ふんッ」ガッ
美鈴は実験室の扉を破り、そして静かに、中へと入っていった。
広い部屋の明かりは扉から差し込む白い光と、美鈴の胸の紅い光と──
美鈴「......」
──美鈴の正面に浮かぶ澄んだ赤い光だけであった。
美鈴は照明弾を天井へ放った。ほぼ同時に、赤い光が美鈴に飛び掛かった。
照明弾が強烈に発光し、赤い光の主を照らし出した。
しかし、その瞬間には、美鈴にはそれを見ることは不可能だった。
その時既に美鈴の頭上に飛び上がり、黒い影となっていたのだ。
美鈴「はぁッ」ドン
美鈴の左腕が、まさに今美鈴を急襲せんとした赤い光の主と打ち合い、両者は各々の後方へと弾き飛ばされた。
美鈴「ぐう......ッ」
敵を打った左腕には、一筋、深々と刀傷が刻まれていた。
美鈴は腕を一瞥し、すぐに前方へ目をやった。
美鈴の眼前に居た敵は、美鈴よりやや小柄で、甲冑を纏った武士の如き姿であった。
その手には一振りの太刀を構え、胸部の大きなエナジーコアは煌々と赤く輝いていた。
美鈴「いざッ」ダッ
美鈴は低く、遠く、鋭く跳躍し目の前の改造兵に迫った。
美鈴の右腕が紅く光り輝き、尾を引いた。
美鈴「とぅァァッ!」ブアッ
改造兵「......ッ!」ザッ
武士は小さく飛び退いた。
目標を失った拳は空を切り、床に三寸ばかりの窪みを生じた。
美鈴「ちィッ!」
美鈴はすぐさま右脚で改造兵の足元を払った。
それを避けるように体を捩じりながら改造兵は飛び上がり、太刀の切っ先を美鈴へと突き出した。
改造兵「......!」
間一髪で美鈴は刀を避け、手刀を突き返した。
美鈴「たッ」ガッ
改造兵「がッ......!」
さらに拳を打ち込み、次々に蹴りを入れ、打ち上げ、宙を舞った改造兵を美鈴は地面へと叩き落とした。
改造兵「グヘァッ」
美鈴「勝機!」
改造兵「グうぅ......ッ!」
空中から紅く輝く右手が改造兵へと迫る。
美鈴「はァァァァッ!」
改造兵「ッ!」スッ
改造兵の太刀は美鈴の渾身の一撃をも耐え、横へと弾いた。
美鈴「なッ!?」
僅かに生まれた隙に、改造兵は太刀を返し、切っ先は美鈴の首元へ!
美鈴「くッ」ガキィン
美鈴は辛うじて腕を振り上げ、前腕の鰭で迫りくる刃をいなした。
改造兵「ッ!」
さらに改造兵は太刀を振るい、美鈴を追い詰めていく。
その攻撃速度は美鈴と同等であり、美鈴に付け入る隙は無かった。
美鈴は後退せざるを得ず、ついに壁際まで退ききり、それでもなお太刀を躱し、弾き、被害を最小限に抑えていた。
その時、突然美鈴の目の前が真っ暗になった。
いや、正確には赤い光を残してすべての光源が失われた。
美鈴には次の太刀が何処から飛んでくるかは、当然のことではあるが分からなかった。
予備動作を見てから反応できる技能があったために、美鈴は致命傷を辛うじて免れていたのだった。
しかし、もはやその予備動作すら見えなかった。
美鈴は決めた。大博打を打ってやる、と、刹那の間に決心した。
美鈴「はッ」バッ
美鈴は小さく後方へ跳躍した。そして壁に手足を着き、今度は前上方へと飛翔した。
壁を背負う不利な立ち位置からより有利な位置へと移動するにはこれが最善だと判断したのである。
だがそんなことは無かった。
改造兵「」ブアァッ
美鈴「ハッ!」
美鈴が壁から離れた瞬間、刀身が突如白く発光し、刃が美鈴の胸部を引き裂いた。
美鈴「ぐあぁぁぁッ」
美鈴「がッ」ビタァァン
壁を蹴った速度のまま、美鈴は制御を失い遠くの床に叩きつけられた。
その美鈴のもとへ静かに改造兵は歩み寄り、美鈴の胸を一瞥し、そして刀傷の入ったエナジーコアを思い切り踏みつけた。
美鈴「ぐおッ」
エナジーコアに少しづつヒビが広がっていった。
美鈴に反撃の兆しが無いと見たのか改造兵は太刀を逆手に持ち直し、切っ先を美鈴の首へと突き下ろした。
美鈴「ッ!」
美鈴は反射的に刀身を掴んでいた。
辛うじて切っ先は美鈴の首に到達する直前で留まった。
美鈴の手からは鮮血が流れ出し、そしてすぐに蒸発していった。
美鈴「くっ......」ググググググ
美鈴は僅かずつ太刀を押し戻していった。
美鈴は無意識に全身の気の循環を加速させ、全身に走った赤い線が、そして割れたエナジーコアが、煌々と輝き始めた。
美鈴「ふんぬ!」
美鈴はさらに力を入れ、それと同時に美鈴の腕は鋭く閃光を放った。
一瞬のうちに太刀はその刀身の中ほどで真っ二つに折り取られた。
美鈴は改造兵から離れるように飛び退き、力の行き場を失い改造兵は転倒した。
美鈴「ふぅ......」ゼェゼェ
美鈴「ぬおッ」グラッ
この夜の一連の戦いは、美鈴にはあまりにも長く、そして激しかった。
胸のエナジーコアはその過酷さを表すかの如くひび割れ、ついには点滅をも始めた。
体力は尽きかけ、さらには敵の本拠にある。
美鈴は半ば諦めていた。
救いを求めるように手に握られた御守を見た。
苛烈な戦いの中、糸は切れ、袋は焦げ、ボロボロになってしまっていた。
河童「あの刀は耐熱性も耐衝撃性も最高クラスの......」
少しばかり美鈴たちから離れ、美鈴から見れば改造兵の奥で、河童が小さく嘆いた。
美鈴はそれを聞き逃さなかった。
河童「早く立ってくれ『ツインスピリッツ』!」
美鈴「はあッ!」ブアッ
美鈴は力を振り絞り、一発の気弾を放った。
気弾は大きく円弧を描き、改造兵の後ろへと猛進していった。
河童「クソッ!何故動かん!」
河童は呻き、何やら兜らしきものを脱ぎ、背嚢から機械を取り出したその時だった。
白く尾を曳く気弾が河童の背後へと迫っていた。
河童「ん?」
初めて聞く異音に河童が気づいたときにはもはや手遅れであった。
河童「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!!!」
渾身の断末魔を上げながら河童は白い光に包まれていった。
河童の体は焼かれ、砕かれ、引き裂かれ、粉々に吹き飛ばされた。
持っていた兜のようなものや、手にしていた機械もまとめて消し炭になった。
美鈴「......ッ......ハァ......」
美鈴は膝から崩れ落ちた。
改造兵を見ると、地面に突っ伏し、立ち上がろうと必死にもがいているようだった。
美鈴はゆっくりと立ち上がり、改造兵へ近づいて行った。
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河童「ツインスピリッツの操縦者の生体反応が消失しました」
河童「なに?どういうこっちゃ」
河童「当該隊員の心拍、血圧、脳波などあらゆる生命データの送信が途絶えています」
河童「まずいな......現在のツインスピリッツの状態は?」
河童「損傷はある模様ですが健在、フリーです。実験室五の乙にて戦闘を行っている模様です」
河童「完全に無防備ということか......いかんな」
河童「実験室に増援を送りますか?」
河童「そうしよう。敵は?」
河童「ブラックカープのはずです」
河童「第三世代機はまだ実戦には出せん。第二世代機を二機、それとツインスピリッツの操縦者の補充を」
河童「わかりました。生体保管室五の丙から二機出します」
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美鈴が改造兵のもとへ歩み寄っていった。
美鈴が覗き込んだ顔は、いかにも改造された、といったふうな整った異形であった。
その目は何かを訴えるが如く美鈴を見ていた。
美鈴「......」
改造兵は未だ立ち上がれはしなかった。
だが突如片腕を美鈴へと、正に助けを求めるように伸ばした。
美鈴「ッ」ザッ
改造兵「......アアウウエッ......」
改造兵の動きに一瞬美鈴は身構えたが、すぐに警戒を解いた。
美鈴に何か語りかけたいのか、呻くように改造兵は声を上げていた。
美鈴「......」
美鈴は迷っていた。
ここでこの改造兵を始末するべきか、それとも助けるべきか。
今なら相手は立てず、どう料理するも美鈴の自由である。
いくら戦闘能力を失っているとはいえ、相手は立派な改造兵である。
いつぞや我が身を滅ぼすかもしれぬ強力な相手である。
しかし恐らく元はただの妖怪である。
美鈴は自らの身の上を思った。
そして決断した。
美鈴「待っていろ、すぐに戻してやる」
改造兵を、例え不可能だったとしても、元の姿に戻す努力をしよう、と。