ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
ことの発端
やばい。頭おかしくなりそう。
【ねぇー! おなかすいたー! おーなーかーすいたー!】
【きのみでも食ってろデブ!】
【デブじゃねーし! 力を蓄えてるだけですー!】
いや、もう俺は既におかしくなっているんだ。そうじゃなきゃこんなことあるはずない。
すぐ近くにいるトレーナーの足元でマクノシタとワンリキーが喧嘩してるのとか聞こえません。
しかし、女性トレーナーはなぜマクノシタが駄々をこねているのかわからないらしく、オロオロと撫でてなだめようとしている。
「……あの、マクノシタ……おなかすいてるんじゃないですかね?」
「えっ、ついさっきご飯あげたんだけど……」
そう言いながらトレーナーはカバンからおにぎりを取り出してマクノシタに与えるとマクノシタは喜びながらおにぎりにがっつく。
【うまーい!】
【デブ加速すんぞ】
マクノシタがおとなしくなったことでトレーナーがほっとしたように顔を輝かせる。
「すいません、ありがとうございます。うちのマクノシタ……よく駄々をこねるんだけどお腹が空いてたのね……」
「いえ……じゃあ俺はこれで」
ポケモンセンターから出て、人があまり周りにいなくなってから肩に手持ちのエモンガが乗ってくる。
【さっきのやつ、報酬とか貰えばよかったのにー】
「んなもんもらえるかよ」
【ていうかさー、それで商売すればいいのになんで嫌がるのー?】
「商売なんてできると思うのか? また精神科行きだよ」
人が少ないからできることだがはたから見れば俺はポケモンと会話している頭のやばい人間だ。そんな社会不適合者は嫌だ。
俺はハツキ。前世はポケモンのゲームを楽しんでいた高校生。何を間違えたが生まれ変わってポケモンの世界にきてしまった。
そして、副産物とばかりに、ポケモンの言葉が理解できる能力を持っていた。
そんな俺が旅をするただ一つの理由、それは――
どうにかしてポケモンの言葉が聞こえなくなるようになる方法を探すことだ。
――――――――
元々、前世の記憶なんてない頃の俺はどこにでもいる子供でしかなく、その日も普通の、代わり映えのしない一日を過ごすはずだった。
『父さん! オタチが怪我してた!』
きっかけは家の近くで弱っていたオタチを拾ってきたこと。
父さんも母さんもまず家で応急処置を施してからポケモンセンターに一緒に行ってくれて、ここまでは心温まる一幕。
『よかったなオタチ! 次は気をつけろよ!』
幼い子供がオタチに声をかける。なんてことない普通の光景。が、次の瞬間、それは変わってしまう。
【あんがとなぁ、兄ちゃん】
オタチが嬉しそうに俺に声をかけ、びっくりしつつもポケモンと会話したことに喜びを隠しきれない俺は思わず父さんと母さんに報告した。
『父さん母さん! オタチが喋った!』
これだけならまあ、聞き間違いとかそういうので済む。が、完治したオタチを家で面倒見ることになってから両親の目がおかしくなった。
『オタチはこのへんに住んでたのか?』
【せやで。まあ、元はジョウトにおったんやけど】
『ジョウト? どこそれ』
【知らへんの? そやな、こっからずーっと遠い地方なんやけど……】
オタチと会話が成立し、オタチからもたらされる知るはずのない情報を得てしまい、両親は恐怖した。
『ハツキ、お前……本当にオタチの言葉がわかるのか……?』
『うん! なあなあ、俺いつかオタチの故郷行く!』
元トレーナーに捨てられてこの辺に住み着いたオタチとともにジョウトへいつか行ってみたいと思っていた俺を見る両親の顔はとても引きつっていた。
次に目が覚めたときには真っ白な部屋。聞こえてくるのは母親のすすり泣く声。
『どうして、普通に接していたはずなのに……あの子、おかしくなって……っ』
その言葉を聞いて、自分はおかしいのかとぼんやりと染み込んでいく事実。その後は白衣を着た橙色の髪のおっさんに問診された。特徴といえばメガネくらいで、地味な印象しかなく、顔も曖昧にしか思い出せない。
『ハーイ、少年! 元気? で、ポケモンとお話できるんだって? この子とお話できる?』
やたらハイテンションでこっちこそ薬でもキメてそうなおっさんが連れてきたのは一匹のエモンガだった。
『こんにちは』
【なんだ、元気ないなお前】
エモンガの言葉は理解できた。だが、母の様子を見てわかってしまった。自分がおかしい。自分が他人と違う何かなのだと。
『わからない』
白衣の男にそう答えると男はつまらなさそうにカルテのようなものに書き込みながら他にもいくつか質問を投げかけてくる。
『嘘ついてない?』
『ついてない』
『でもオタチとは会話できたんだよネ?』
『エモンガはわからなかった』
ここにいるのは嫌だ。頭のおかしい子供だと思われるのは嫌だ。普通がいい。
自分の手を強く握りしめて男とのやりとりを終えると、男は最後にこう言った。
『マ、あの両親視野が狭そうなのは同情するけどネ。こっちからは一過性のものって言っとくから本当のこと話したくなったらいつでもおいで』
名刺を机の上に置いて男は最後まで無駄にテンション高いまま部屋を後にし、その後俺は『イマジナリーフレンド』と診断され白い部屋――精神科を退院した。
両親の安堵した顔は今でも覚えてる。病院から出る時もずっとつきっきりの母親は薄く涙を浮かべていた。ごめんね、ごめんねと繰り返すその様子にどこか他人と接しているような感じがしてただぼんやりと『うん』としか答えられなかった。
外に出ると、問診した白衣の男がニコニコと俺の前に現れ、両親も頭を下げる。先生のおかげです、と感謝しているようだがこの男は特に何もしていない。
『ちょっとハツキ君とお話したいのですがよろしいですか?』
『ええ、どうぞどうぞ』
両親とは少しだけ離れて男は俺に目線を合わせるようにしゃがむ。
『で、どうかナ?』
『別に』
『んー、なんかネー、君は本物な気がするんだヨ』
この胡散臭い喋り方どうにかならないんだろうか。
『マ、興味あったら名刺のところにおいでヨ。ああ、あとコレ』
ぶらんと問診のときのエモンガを雑に持って俺の方へと投げ、慌ててそれを受け止める。
【いってーんだよヤブ医者! ハゲろ!】
エモンガの罵倒は男に当然聞こえないものの怒っているのはわかるのか『ははは』と軽く流す。
『そいつ、ちっとも懐かないから君にあげるよ』
『でも……』
『オタチは君の親が逃したらしいネ? 代わりといっちゃなんだけどまあ似たようなモンでしょ』
【あぁん? オタチと一緒にするんじゃねーよ!】
エモンガが怒っているが変に俺も反応するとまた白い部屋行きになる。言葉をこらえて、エモンガを突き返そうとするも、男はそれを見抜いていたのか拒絶する。
『返すつもりなら名刺のところにおいで。小生いつでも待ってるヨ』
そう言い逃げるようにして男は去っていった。残された俺はエモンガのことを両親に説明し、エモンガが何を言おうが無視し続け住み慣れたはずの家へと戻った。
【なー、無視すんなよー。お前会話できるんだろー?】
部屋でもずっと声をかけられたが聞こえないふりをしていると痺れを切らしたエモンガが本棚の上へと飛び乗り、呑気な声で言う。
【返事しないと飛び降りるぞー。飛ばないでそのまま落ちるぞー。いいのかー、俺怪我するぞー】
聞こえない振りをしていたが思わず反応しそうになりぐっと堪える。目をそらしてテレビゲームをしようとするがエモンガの声が集中力を霧散させていく。
【いっきまーす!】
『あああああもう!』
落ちたエモンガを慌ててキャッチしようとして振り返り、ギリギリのところでエモンガを受け止めることに成功する。しかし、不幸なことに本棚の上に置いてあった置物がその衝撃で落下し、俺の頭に直撃、そして気絶。
気がついたら前世の記憶を思い出して両親が両親に思えなくて、11歳の時、半ば家出に近い形で旅に出るのであった。今から5年ほど前のできごとである。
――――――――
そして現在、エモンガのエモまると一緒に旅をしている。家出旅に出てからもう5年。16歳になった自分は相変わらずポケモンと会話ができる。しかも最近悪化してきた。ポケモンが考えてることも口にしなくてもわかってしまう。おまけに前世の記憶も加わってハイスペックってか。
「ああああああああああああ全部なくしてえええええええ!!」
前世の記憶とかいらねーよ! おかげで親が他人にしか思えないんだよ! ポケモンの言葉がわかるとかいらねーよ夢が壊れたわ! イエローとかNみたいになれねーよ俺は!
ポケモンの言葉がわかるっていってもこう、もっとふわっとしたかわいらしいイメージだったのでめちゃくちゃどす黒い闇を知ったときは死にたくなった。
見た目がかわいいポケモンを抱きしめてるお姉さんがいた。ポケモンの言葉がわかる俺にはそのポケモンが考えていたことがわかってしまう。
【うへへ、やっぱりトレーナーは女に限るな……】
最低すぎた。下心しか感じない。気持ち悪い。人間にそれがわからないから余計質悪い。
「あああああ……もう嫌だ……ポケモンの言葉も気持ちもわかりたくねぇ!」
【うるさいよー。もう寝ようぜ】
エモまるが呆れたように自前の布団を用意して寝ようとしている。今日は野宿だ。
というものの、普通のトレーナーとは少し違って俺はエモまるしか手持ちがいないためポケモンバトルで稼ぐこともあまり期待できず、行く先々である程度バイトしつつ路銀を稼いでいた。
親とはほぼ絶縁状態だし援助は望めない。一応バイト戦士なので最近は少しずつ貯蓄もできるくらいには稼げるようになったけどまだ不安定な生活だ。
「結局5年の間何も手がかりすらない……」
【おっさんのところいかねーの?】
「それは最終手段」
あの白衣の男――名刺での名前はライア。この男のところに行くのは最終手段だ。何を考えているのかわからなかったし、さすがに完全に信用しきれない。
野宿の準備しながらこれからのことを考える。
ここはイドース地方。自然豊かな地方でよそからは田舎と揶揄されることもあるらしい今俺にとっては生まれ育った故郷。よその地方へと逃げるように旅したせいでこの地方をほとんど巡っていないためこれからはこの地方を回るべきかという案もある。が、今の両親とはちあったら面倒なのも事実。
「やっぱ最終手段に出るしかねーのか……」
まあ、そもそも今自分が絶賛森で迷子してるからまず出ることを優先しないといけないんだけどさ。
「起きたら森のポケモンに道でも聞くか……」
【お前、そういうところはちゃっかり自分の能力便利に使うよな】
「しかたねーだろ。人が来る気配もないし」
他人に見られなければ会話するのは平気だ。ポケモン側も会話ができることに驚きはするが忌避するやつはほとんどいないし。
そろそろ寝るか、と思った瞬間、どこからか声が聞こえてくる。声、なんて生易しいものじゃない。絶叫、あるいは悲鳴。
「エモまる、聞こえたか?」
【ばっちりパーペキに聞こえた! 人っぽくないから森のポケモンじゃね?】
慌てて起き上がり、様子を見るためにエモまると一緒に声の方へと向かう。木がなぎ倒され、かなり荒れている痕跡が目についた。
「この足跡――」
大型のポケモンの足跡なのはわかるが区別まではつかない。が、あきらかに森に生息するようなポケモンではないとなんとなく察せられた。
「君、どうしてここに?」
落ち着いた女性の声がして振り返る。いつの間に自分の背後にいたのか気づかなかった。
月明かりで輝く金髪に思わず見とれるほどに凛々しいその女性は赤いレンジャーの服を着ており、こちらを不思議そうな顔で見つめてくる。
「私はレモン。見ての通りレンジャーをやってるの」
優しそうな顔で手を差し伸べてくるその人は後ろにフライゴンを控えさせ、夜空と月明かりで絵になる光景を生み出していた。
この人との出会いは間違いなく今世の自分の人生を変えただろう。
――それに気がつくのはまだ先のことだった。
一部抜けがあったので加筆しました(8.16)