ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
番外編集1
●理想の王子様
初恋は、自分の描いた王子様だった。
子供の頃から、父親には可愛がられていたと思う。
母は末の妹を産んですぐに亡くなったのであまり覚えていない。物心つく頃には毎日絵を描いているような生活で、黙々と気になったものを観察しては絵にしていた。
中でも自分の理想を描いた王子様を何度もたくさん描いて、その王子様に恋をした。自分の理想、自分の望むままの王子様を愛しているだけで幸せ。
父もそんな私を気に入っていたのか何か欲しいものがあれば言うようにと優しく声をかけてくれる。だが、それが気に入らなかった末の妹はいつも自分に突っかかってきた。
「上姉さん……ドブ臭い……」
実の姉に対する一言目がこれである。気にはしないが言葉選びから悪意しか感じない。
「シレネ、何か用?」
「用は……ない、けど……上姉さんが引きこもって、ばかりだから」
「そう……」
何がしたいのかよくわからない末の妹。長女である自分は姉妹間でのやりとりをさほど求めておらず、どちらかといえば次女と三女の二人の方がよっぽどやりとりをしている。
三女こと末妹のシレネは特に自分を嫌っており、顔を合わせるたびに血縁に対する罵倒とは思えない言葉を並べ立ててくる。
「上姉さん……まだ生きてるの……?」
「ちょっとシレネ。姉さんにきつすぎるわ」
次女がたしなめるように言うが末妹の言葉を真に受けても仕方ないので軽く流している。次女は言ってしまえば普通の子なので間に挟まれて少し不憫だとは思う。
「私はね……贔屓が嫌い……上姉さんは父様に贔屓されてる癖に……それが当たり前みたいで……気に入らないわ……」
「仕方ないわよ。だって姉さんは天才だもん」
次女の言葉に末妹は不愉快そうに顔をしかめる。
「天才って……ただの社会不適合者じゃない……」
決まって最後に口にするのはそれだった。
正直、次女はともかく末妹との関係をよくするのは諦めていた。諦めるというより、意義を感じないというのもあったのだが、血縁だろうとお互いを理解することなど無理なことはあると子供ながらに悟っていた。
決定的になったのはお父様が三姉妹の誰に家を相続させるかの話になったときだ。
お父様は長女というのを差し引いても私に継がせることを決定させ、それを私達三人に告げる。次女はわかっていたという顔で平然としていたが末妹は顔を真っ赤にして怒っていた。
「納得……できません……! どうして、こんな……こんな落伍者に……! 私のほうが、努力して――!」
「お前は凡人だからだよ、シレネ」
父の言葉に、末妹は顔を俯け、震えながら叫んだ。
「天才天才天才ってそればかり! 私がどれだけ努力しても見てくれやしない! これじゃ私――馬鹿みたい!」
そう言って末妹は出ていった。
末妹が自分に対抗しようとバトルも、勉学も、死に物狂いで取り組んでいたことは後から次女に教えてもらった。
結果として、私は自分の好きなことをしていただけで家族を壊してしまったらしい。
それに関して特に感慨はなく、末妹が自分を嫌っていた理由をようやく理解できただけ。父もその後ぽっくり亡くなってしまったし、次女も自立して家を出た。たまに連絡がくるので次女との関係は悪くないとは思うが彼女もここ最近苦言を呈してくる。
自分の好きなことをやっているだけなのに、周りは勝手に騒ぎ立てて元気だなぁ。
喋ると妹がうるさかったから筆談が癖になり、たまにくるデザインの依頼を適当にこなしながら毎日家に引きこもっていると突然末妹が帰ってきた。
「まだ……引きこもってるのね、アクリ姉さん」
久しぶりに見た末妹におかえり、と言おうとして筆談すると「だから……読むの面倒だから」と愚痴られる。
「何……どうか、した?」
「別に。ちょっと……家に置いていたものを、取りに来ただけよ」
家出同然に出ていったシレネはかつて自分の部屋だった場所に向かい、荷物を回収すると久しぶりだというのにすぐに出ていこうとする。
引き止めるのが正しいのだろうか。普通の姉はこういうときどうするのだろう。
声をかけようと立ち上がる。しかし、振り返った妹と目が合い、濁った瞳に睨まれて何も言えなかった。
ただ、彼女の背を見送り、それ以降連絡は取れない。
そのことを次女に伝えると、苦笑して彼女は言った。
「うーん、シレネも姉さんも極端なのよ。シレネはともかく……姉さんはもう少し外に出てみれば?」
そう言われ、特に目的もなくぶらぶら絵を描きながらの旅に出た。
たまに来る依頼はメールのやり取りだし、そう頻繁ではない。遺産もあるし旅生活にも困らない。
だけど、淡々としていて、ただ景色を描くだけで面白いと感じるようなことはなかった。これが普通なんだとうか。
いい加減飽きてきたお試し旅もそろそろ終えて実家に戻ろうかと考えながらひみつきち近くでスケッチしているとやけに騒がしいことに気づく。
隠れながら様子をうかがっていると白い服の女に襲われている男の子が見えた。
その顔を見て今までにないくらい心臓が高鳴った。
自分が今まで描いていた理想の王子様そっくりだったのだ。
これは運命では? ここを逃したらもう二度とこんな出会いはない。
そこからは特に何も考えず、ふぅことドーブルズで白い服の女を足止めし、理想の王子様をゲットした。
近くで見ると改めて理想通りでドキドキする。それを悟られないように、いつも通りを心がける。
今まで生身の人間に抱いたことのないこの気持ちを絶対に叶えるために、少しずつ、少しずつ彼を囲い込んでいこう。
――――――――
●全部嫌い
結局、疫病神は疫病神らしく嫌われるのが一番なのよ。
妙なことになってしまった。利用してやろうと思った相手は悪運が強いどころか豪運を引き寄せた。
実力のあるレンジャーと、盲目的に恋する娘を味方にしたハツキ。せいぜいそれに乗ってやるまでと思っていたのに、なぜだろう。
3人に嫌われたくないなんて、ちょっと思ってしまった。
気だるさはまだ消えない。明日この町から出立するのに、早く調子を整えなければ。寝静まった部屋。ベッドに再度潜り込んで自分に言い聞かせるように呟く。
「……私はなんとしても逃げ切らないと」
自分のせいで犠牲になった人たちを思えば今更諦めるなんてことはありえない。ただ、それでもふとした瞬間に疲れて何もかも諦めてしまいそうになる。
三人からも好かれなくて構わない。むしろ嫌ってくれたほうが後腐れがなくていい。現にハツキは助けはするものの私を嫌っている。それでいい。それなのに、嫌われようとすると胸がじくじくと傷んだ。
私を好きになってくれた人はみんな不幸になる。疫病神でしかない私は一人で自分の身さえ守れない役立たず。
『どうか幸せに』
そう私の幸せを願った少年のことを思うと誰かを利用してでも、踏み台にしてでも私は逃げ続けないといけない。それはもはや呪いなのかもしれない。
寝付けなくて一旦起き上がって水を飲もうと立ち上がる。その際にボールに収めた手持ちが見えてすぐに目をそらした。
私はポケモンが嫌いだ。
気持ち悪い。不可解な生き物。そもそも人間以外の生き物全般が嫌いだが世間一般ではそれはとてもおかしいことらしい。
みんながみんな、当たり前にポケモンと共存している。ポケモンを嫌う人間はそれこそ異端だという風潮すらあって息苦しい。
かわいいかわいいと大勢が言うようなポケモンですら嫌悪感が勝る。それでも、普通の人間は普通はポケモンと普通に生活している。
表面上では駄目なのか手持ちは当然懐くはずない。努力はしてみたが一向に自分の気持ちが変わることも、手持ちが懐くこともなく、とりあえず形だけ取り繕った手持ちたちのできあがりというわけだ。
そんな私が、ポケモンを従わせる力を持っているのだから皮肉なことだ。こんな力、望んでいたわけではない。それこそハツキではないがなくしてしまいたい。
でも、奇跡に縋って一度だって救われたことがないのだから、夢物語はもう見ない。
ただ私はあの男の元へ二度と戻らない。かつての家族も友も失って、残ったのはこの身一つ。もう何も失いたくない。
だから、ハツキもアクリもレモンも、私のことを好きにならないでね。
もう、大事な人はいらないの。どうせいなくなってしまうから。
――――――――
●運命の歯車は止まらない
夢を見た。久しぶりに師匠と会話をしたからか、疲れてしまったからなのかはわからない。
懐かしい秘密基地で、師匠と一緒にポケモンたちに囲まれて過ごしていたあの頃を懐かしみながら夢の師匠を見つめた。
『師匠、大好きです』
嘘偽りない本音ではあるものの、一緒にいることだけは未だに受け入れられない。
師匠も自分も、お互いを束縛して何も見えなくなってしまう悪癖がある。先にそうなった自分にも責任のあることだが一緒にいるだけでダメになるのが私たちだった。
『好きだから、いつか立派になったその時まで、ずっと待ってます』
たとえ、その時のあなたが私以外を好きになっていても。
すると、夢の中の師匠はふっと笑って手を伸ばしてくる。何、と思う前にその違和感に気づいた。
それは師匠ではない誰か。後ずさろうとしても足元が凍りついていて動けなくなっている。
冷たい氷は徐々に足元からふとももまで伸びて下半身を凍らせていく。全身が凍るのにそう時間はかからないだろう。
氷に包まれ、首元まで迫ったところで夢は覚めた。
冷や汗をかいていることに気づいてベッドから出て軽くシャワーを浴びる。まだ3人は寝ており、時間も早朝だ。
嫌な夢だと嘆息しながら髪をがしがしと拭っているとボールからデンリュウが飛び出してくる。大丈夫?と言いたげな表情に「大丈夫だよ」とだけ答えた。
「ただの夢……ただの夢だから」
自分に言い聞かせるように呟いて、まだ眠る3人を見る。
4人の中で、一番強いのは自分だ。だから、自分がしっかりせねばと気を引き締める。誰かの役に立って、立派な人間にならなければならない。強迫観念じみた思いは誰にも打ち明けられない。義務だ責任だなんてものはなく、ただそうしたほうがまともな人間に見えるからという基準。
最低な偽善者だと自嘲して時計を再度見る。
あと30分もしたら彼らを起こそう。そしたら、また頼りになる姿を取り繕っていつも通り。
夢の中で久しぶりに会った想い人に再び会えるようになるその日まで、自分は立派な人間にならねばならなかった。
――――――――
●バイト戦士ハツキ1
それは今から少し前の話。
俺は厨房でぼーっと洗浄機を眺めていた。洗浄機はいいな、喋らないから。
「おーい、ハツキ君。もうあがっていいぞ」
「あ、はい。お疲れ様です」
ぼーっとしていたせいで時間を確認していなかったがもう退勤時刻をとうに過ぎていた。慌てて片付けをしてあがらせてもらうとスタッフルームでエモまるがゴロゴロしているのが目に入った。
「おい、人が働いてるときに何食っちゃ寝してるんだよ」
【仕方ないだろ~? 厨房入ったら衛生がどうので怒られるんだしさ】
その通りなのだがなんだか納得いかない。ポケモンも生き物。というかエモまるは体が小さいし厨房でできることなんてたかが知れている。
「まったく……」
エモまるの背中をつまみあげボールに戻して着替え始める。バイト生活で旅を続けてもうどれくらい経っただろうか。
住み込みのバイトは本当にありがたい。ポケモンセンターも無償ではあるが食事は別なのでまかないがもらえるだけで天国だ。
今のバイトも住み込みでまかないが出る。人の優しさに感謝しつつ、店の裏手から住まわせてもらっている部屋へと向かう。ほとんど何もない部屋だが野宿よりはマシだ。
「ああ、ハツキ君。ちょっといいかな」
オーナーに呼び止められ、振り返る。オーナーは人のいい笑顔を浮かべながら一枚のチラシを差し出してきた。
「私の知り合いの店なんだがスタッフが急病で明日のシフトに穴が空いたらしくてね。もし君がよければそっちの手伝いに行ってもらえないだろうか」
チラシを見るとここからそう遠くないポケモンショップのチラシだった。
前世ではこんなもの、なかったのだが、いわゆるペットショップのようなもので、ポケモンを販売しているお店だ。違法じゃないのかこれ、と思ったが割りと普通にあることらしい。まあ、昔はポリゴンとかゲームコーナーの景品だったみたいだしなぁ。
「ポケモンショップですか……」
あまりポケモンが多くいる場所に行きたくないのが本音だがオーナーには世話になっているし断りづらい。
「無理なら断ってもかまわないからね。結構大変な仕事みたいだし。まあ、その分給料がいいみたいだがね。えっと、時給1200円、だったか――」
「やります」
今の時給が900円。このバイトが悪いわけではないが一日限りのバイトとしてなら美味しい。
「じゃあ向こうに連絡しておくよ。急にすまないね」
オーナーは手を振って事務所へ戻っていく。エモまるがボールから出て【いいのかー?】と声をかけてきた。
「金には変えられない……時給1200円なんて、俺にはなかなかできないからな……」
元々家出のように家を飛び出し、バトルが強いわけでもなく、学歴があるわけでもない俺は飲食店のバイトがほとんどだ。高時給で安全な仕事はこちらが頭を下げてでも頼みたい。バイト戦士のおかげで体力はついたし、少しハードな程度なら大丈夫だ。
「まあでも早めに寝るかな」
オーナーの紹介だし大丈夫だろうが、明日倒れないためにもゆっくり休んでおこう。賄いの夕飯を食べ、シャワーを浴びてすぐに布団で眠りにつく。
……なんか、バイト戦士生活に慣れすぎて本来の目的見失ってないか、俺。
――――――――
仕事舐めてた。
「はーい! よいこのみなさん、タブンネちゃんにとっしんしないでねー!」
迫りくる子供たちのとっしんに何度体を悲鳴を上げただろうか。
ポケモンショップはどうやら今日に限ってふれあいイベントがあったらしく、たくさんの子供が店にきていた。それだけならまだいい。俺の仕事は客寄せのタブンネきぐるみを来て風船を渡したりすることだ。
一応ほかのスタッフさんが注意を促しているがとっしんしてくる子供の多いこと多いこと。こいつら全員特性いしあたまか何か? 俺だけがダメージ食らっている。
ちなみに、朝エモまると一緒に出勤したらエモまるも客寄せにとリボンをつけて俺と一緒に店前に立たされているのだが今俺の目の前で引っ張られている何かがエモまるだった。
「エモンガちゃんを引っ張ってはだめですよー!」
子供たちの取り合いで伸ばされたエモまるは青い顔できぐるみの俺の肩に乗ってくる。
【子供やべぇ……】
「やべぇな……」
無駄にタフネスがあって遠慮がない。とりあえずピークを過ぎたのか落ち着いてきたので頃合いを見て休憩に入ることになったのだがここで問題が発生した。
【裕福な家にもらわれたいよなー】
【わかるー。というか僕ら、血統書つきだし】
休憩はスタッフルームなのだがその近くに店のポケモンたちがいて嫌でも声が聞こえてくる。
だいたいポケモンの血統書ってなんだ。ちらりと値段を確認すると俺の一ヶ月の稼ぎ3回分くらいする。
「ポケモンが純粋ってのも幻想だよな……」
人間もそうだがポケモンも個性があって性格があって賢い生き物だ。
ポケモンに夢を見ていると確実に幻滅するであろう会話が嫌でも耳に入ってくるせいで気分が落ち込む。エモまるは呑気にお昼のおにぎりをもしゃもしゃしているが飲み込んでから俺を見上げる。
【ああいうやつらは野生経験してねーやつらだかんな。卵から孵った時点で人間にちやほや甘やかされてるからあんなもんだよ】
「お前って野生だっけ」
【俺は半分野生。人間が孵した卵生まれだけどすぐに捨てられたから】
エモまるの衝撃的な生い立ちに思わず「えっ」と声が出る。
その瞬間、部屋に他のスタッフさんが入ってきて慌てて口を閉じる。
「ハツキ君お疲れー。今日はヘルプありがとね」
「ああ、いえ……」
「店長が気に入ってたよー。これからもうちで働かない?」
「一応旅してるんで、あんまり長居できないので……」
バイトしつつ旅をしているので同じ仕事を続けていない。今のバイトだって、あと一ヶ月で辞める約束だし。
「へぇー旅してるんだ。旅しながらバイトって珍しくない?」
「あー、俺弱いので……」
基本的にバトルで稼いだりするのが一般的だが俺はエモまるしか手持ちがいないし、そもそも強くない。前世の手持ちがいたら俺も最強だっただろうに……。
「そっかー。まあ旅が終わって仕事探してたらまたおいでよ」
スタッフさんはそう言って店の外に食事を買いに行った。
「旅が終わったら、かぁ……」
いつかはこの生活が終わって、普通のトレーナーか、働くかの二択。
でも恐らく普通のトレーナーになれないだろうと思っている。ポケモンの言葉がわからなくなったとしても、普通にトレーナーとして活動するには歳がいきすぎている。
【辛気くせー】
「うっせ」
この世界は俺に厳しい。後ろから聞こえてくるポケモンたちの雑談を聞きたくないと耳をふさいで、残り短い休憩時間を過ごす。
本当は、誰かに認めてもらいたいだけだと気づくのはまだ先のこと。
アンケートは10月の31日までとします。興味のある方は活動報告からお願いします。