ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
「はぁ……」
「何よぉ、わざとらしく溜息ついちゃって」
「お前が原因だよ」
白服コンビの襲撃に怯えつつ夕飯の準備を手伝っていると自然とため息がもれる。そのおおよそは目の前にいるこの眼帯女だ。
「あらぁ……ちょっと恋煩いは困るわぁ……」
「死んでくれ」
お前なんかに誰が惚れるか。お前に惚れるやつの趣味が理解できねぇよ。いいのは顔だけだし。
「だいたい俺、アクリがいるのにお前に惚れるとかそこまで不誠実じゃねーよ」
「……」
「あれ、アクリちゃんなんか嬉しそうだけど何かあった?」
離れたところで鍋の番をしていたアクリの近くに食材を洗いに出ていたレモさんが戻ってくる。何言ってるかまでは聞こえないが多分こちらの口論は聞こえてそうだ。
「バトルもできない、体力もない、金もない。そんなお前が今までどうやって逃げてきたかは知らないけど――」
「親切な人たちのおかげねぇ。人徳よ人徳」
「お前とは一番縁がなさそうな言葉だな……」
俺もそこそこの役立たずという自覚はあるがオチバは俺よりひどい。そしてそのふてぶてしさ。腹が立って仕方ない。
「お前がせめて男だったらこき使ったのに女だから力仕事も任せられないし……」
「私が男だったら……? そうねぇ……男だったらそもそも私、ここにいないんじゃないかしらぁ」
あ、多分これ触れちゃいけない地雷を踏み抜いたっぽい。
オチバの表情は笑ってはいるが機嫌が悪くなったのが伺える。それを察したのかちょうどいいタイミングでレモさんが割って入ってくる。
「私も男だったら良かったのになー。そしたらもっと活動の幅が広がるしね! さて、そろそろできあがるし二人とも、器こっちにお願いね!」
笑顔でとりなそうとしてくれるレモさんには頭が上がらない。多分俺の贔屓目もあるがレモさんは男だろうと女だろうと間違いなく完璧超人だろう。
一番想像がつかないのはアクリだ。アクリは淡々としてるというか、性別関係ないところでの印象が強いので変わってもあんまり影響がなさそうというか。
「……逆に、ハツキ、女の子だったら……かわいいと思う」
「それはない」
多分性格が変わらないなら俺が女でも根暗だしさぞかしかわいげがないことだろう。
「アクリはなんかあんまり今と変わらなさそうだよな」
「まあ……ミーはあんまり変化ないと、思う」
自分でも理解しているのかアクリが男になった姿は今と大差ないと言う。まあ、せいぜい体型くらいだろうな。
「あ、でも……妹とは、もうちょっとうまくやれた、かも……」
どうしてレモさん以外なんかちょっと重いんだろうかこのパーティーは。普通に話してるだけでどこに地雷があるかわかったものじゃない。
しんどい。男一人という立場もあってこのメンバーで行動するのしんどい。レモさんくらいしか安心できない。
いや、そもそもこのメンバーはギスギスしてるわけでもなく、俺が勝手に胃を痛めてるだけなので3人は普通に同性ということもあってか仲良くしているようだ。
レモさんからこっそり聞いた話だが、アクリはレモさんとオチバに好きな男がいると聞いてライバル視する必要もないので落ち着いているらしい。ありがたいけど俺の知らないところで外堀埋められそうでひやひやしている。
【なーなー、今日の飯にモモン入れてくれよー】
【シチューにモモンは合わないんじゃないかな】
エモまるが調理を手伝っているレモさんのデンリュウと会話している。モモン投入だけは阻止しなければとエモまるを引き離して、完成した夕飯にありつく。
「今日は襲われなかったね」
「寝てる間に来るかもしれないから気をつけないとねぇ」
基本夜は交代で番をしているが時々夜にも襲撃があり本当に気が休まらない。せめてどこか町につけば突然の襲撃はないだろうに妨害がひどくて町につく気配がない。
「あいつら、そういえば男女のコンビだけどどんな関係なんだろうね」
レモさんの疑問にあのあっぱらぱーなサディと冷酷なピーなんとかを思い出す。あれ、ピー……なんだっけ。マジで思い出せねぇ。なんか長かった気がする。
「普通にバディとかそういうのじゃ?」
【オスメスが一緒にいりゃやることはそりゃ一つだろ】
【タマゴこさえないと】
エモまる、ふぅこ、黙れ。
「あー……あいつらは……まあ、あれは、うん……まあ相方みたいなものよ」
微妙な反応のオチバが視線をそらしながら言う。一応オチバは知っているようだがそれ以上は答えようとしない。
「まあそれこそサディの方が女でよかったよな」
顔がまあまあだからか狂気も若干緩和されるがあれで男だったらストレートにやばいし怖い。完全にキ印の人だ。
「あれも昔はかわいげがあったのよ」
「かわいげねぇ」
全く想像できない。というか昔を知っているあたりもしかしてかなり長い付き合いなんだろうか。オチバの事情はおおまかなことしか知らないためそもそもあの二人とそこまで縁が深いとも思っていなかったし。
夕飯を終え、今日は俺がしばらく見張りをしてその後レモさんと交代することになっている。
夜空を見上げながら一匹先に寝やがったエモまるをボールに戻してため息をついた。
「女になりたいとは思ってないけどそのほうがもっと便利だったかもなぁ」
オチバみたいに愛想よくしてればまわりが勝手に助けてくれそうだし。そういう意味では羨ましいがそうなりたいとまでは思わない。
一瞬、流れ星が見えたがあっという間に消えたため残念だと肩を竦めながら薪を足す。
「はぁ……せめて役立たずは卒業しねぇとな……」
その後、しばらく経ってレモさんとの交代時間になり、やや眠そうなレモさんが目をこすってるのを見つつ眠りについた。
――――――――
眠い。でも起きないと急に白服コンビに襲われても困る。
なぜかやけに重たい体を起こして近くの池で顔を洗おうと立ち上がる。
水面になぜか見覚えのない女が写っているけど他の旅トレーナーだろうか。顔を洗って頭をスッキリさせ、もう一度水面を見る。
俺がいるはずの場所に女がいる。
よく見ると俺に似ている気がするがきっと気のせいだろう。腕を上げて体を伸ばそうとすると水面に映る女も同じ動きをする。
まさか、そんなはずはと水面に触れようと手を伸ばすと映る女も手を伸ばす。
この女俺じゃん。
「はあああああああ!?」
驚いて後ずさると誰かとぶつかってしまい、ひっくり返りそうになる。
「おっと、大丈夫? ハツキちゃん」
「…………えっ?」
そこにいたのは金髪イケメン。レンジャーの姿をしており、心配そうにこちらを見てくる。この赤い帽子と服は微妙に違うものの覚えしかない。
「……レモさん?」
「寝ぼけてるのかな?」
苦笑して手を放したレモさんが離れていき、疑問符だらけになっていると今度は横から背の低い、眠そうな目をした少年が腕を掴んでくる。
「……おはよう、ハツキ」
「…………アクリ?」
こう、眠そうな目は相変わらずだし口調とかオーラとかでもしやと思ったがアクリ(♂)は不思議そうな顔をしてくる。
「なんで、疑問形?」
「いや……その……」
おかしい。目が冷めたら性別が逆になっているのに誰も違和感を抱いていない。
まさか、と思って焚き火のそばに向かうと、そこにいたのは無駄に顔のいい眼帯男だった。
「あ~、ハツキ、随分とお寝坊さんだねぇ」
だめだ、男のオチバすっげぇ腹立つ。殺意で俺がメガシンカしそう。ねっとりとした喋り方もそうだが、女のときはまだ許せた愛想も男だとすごく腹が立つ。そして何より男の俺より顔がいいの本当に腹立つ。
というかなぜ? なぜこんなおかしな状況になっているんだ。
三人はさも当然と言わんばかりに朝食の準備をしている。あまりにも非現実的すぎて、縋るように
エモまるをボールから出す。
【なによー。どったの】
「お前もかぁぁぁぁ!」
何ちょっとまつげ長めのかわいらしい顔になってんだよ。メスなのが一目でわかったけどすごく気持ち悪い。いや元々かわいい系のポケモンだしかわいいのは事実なんだけどオスのエモまるを知ってる分違和感しかない。
「……ハツキ、今日、なんか、変」
アクリが怪訝そうな顔を向けてくるが俺だけがおかしいみたいなのは絶対におかしい。
手持ちたちもオスメス反転しているのに誰も違和感を抱かない。朝食も全然通らないほどこの異常な状況に思わず頭痛がひどくなる。
ここで俺がおかしいと異を唱えても多分相手にされない気がするしあれ、もしかして俺って女だったっけ?という気すらしてくる。
でも性格はほとんど変わらないし、口調も性別相応のものになった程度で大きな差異は今のところない。これは本当にどういうことなんだろうか。
朝食を終えて、いざ出発しようとしたとき、今の状況に関して違和感を抱かぬ3人に改めて何か言おうと口を開きかけてレモさん(♂)に引き寄せられる。
何、と口にする前に俺がいた場所にシャドーボールが飛んできて危うく直撃するところだったことを悟る。
男のレモさんは今の俺より背が高い。ちらりと安否を確認する視線が一瞬だけ向けられて不意に自分の鼓動が早くなる。
やばい、かっこいい。
至近距離ということもあってかレモさんの体温が伝わってくる。
俺が男の時は気にもしなかったがレモさんってかっこいいのでは? ていうか俺の精神も女に寄ってないかこれ。
やばい、思考まで女になりたくない。慌ててレモさんから離れて後ろに下がると襲撃者はやっぱりというか案の定あの二人。
ただし、性別が当たり前のように逆転している。
「はいそこのクソ野郎と雑魚女ー! 今日こそおとなしくしやがれっての!」
完全にイってる目のサディ。男ということもあってタッパもあるし正直女のときのほうがまだマシだった。一方でピーなんとかはめちゃくちゃクール系美人になっている。不機嫌そうに鼻を鳴らす。
レモさん(♂)とアクリ(♂)が前に出て俺とオチバ(♂)を庇うように立ちはだかる。敵対するサディ(♂)とピー(♀)はそれぞれ手持ちを出して襲い掛かってきた。
あれ、俺の状況って……性別逆だと少女漫画みたいな状況だったんだな……。
なんか呑気にそんなこと考えてしまうほど色々追いつかない状況。そのせいかぼーっとしていてレモさんの声に気づくのが遅れた。
「危ないっ!」
飛んできたマルマインが俺とオチバの目の前でだいばくはつし、またか!と思わずにはいられない。もはやふっ飛ばされるのには慣れたがさすがにこの至近距離で喰らえば無事ではすまないだろう。
オチバは俺より先に後退したが、俺はぼーっとしていたせいでだいばくはつの余波で飛ばされ、近くの湖へと落下する。
浮かび上がらないと、と思うのに体が動かない。どんどん沈んでいく体と苦しくなる呼吸に焦りばかりが募って冷静な思考が失われていく。底がないかのように沈み続けていく恐怖と暗くなっていく視界。
口から最後の酸素が漏れた瞬間、視界が閉ざされ妙に甲高い何かの鳴き声が木霊した。
――――――――
血の気が引く感覚に起き上がる。女になっていたり溺れたりした気がしたが全部夢だったらしい。
「……ハツキ、大丈夫……?」
心配そうにアクリが顔を覗き込んでくる。落ち着いてアクリを見るとちゃんと見慣れた姿。女のままだ。
「へ、変な夢見ただけだから気にすんな」
本当に変な夢だった。全員性別が逆になっているし。
「そう……? 体調悪かったら、言って、ね?」
アクリは一旦離れてレモさんたちの手伝いに向かう。遠目でレモさんも女なのが確認できる。
「夢でよかった……」
――――――――
ハツキは朝っぱらから頭を抱え、レモンが準備しているであろう朝食をもらおうと起き上がる。
近くにいたムンナの存在に気づかないまま、ハツキたちはその場を離れ、ムンナもまたふらふらとどこかへ姿を消すのであった。
エモまる(♀)【これならヒロインはあたいで確定だわ】