ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
あまりにも似ている。オチバの方を見て、もう一度アマリトジムリーダー、ユーリを見ると髪型や雰囲気こそ違うものの顔の作りや髪や目の色が完全に一致している。
「あー! なんかオチバさん見たことあると思ったらそうだ! ユーリさんに似てるんだ!」
歓声で賑わう中、思い出したようにレモさんが声を上げる。そういえば出会った頃、見たことあるようなって言っていた気がする。なんだっけ、図書館で出会ったジムリーダーの子もなんか言ってたし、俺以外もそう思うレベルで似てるので勘違いではないはずだ。
「……ま、そういうことよ。もう会うつもりもないけれど」
諦めたように自嘲気味に言うオチバは肩を竦めて立ち並ぶその人を見つめる。会場の音で聞こえなくなるほど小さな声は近くにいる俺たちくらいにしか聞こえないだろう。諦観の念が強い瞳が妙に印象に残った。
「……元気そうで何よりだわ」
「なんで会わないんだよ。姉妹なんだろ」
妹がいるって言っていたのを思い出す。きっと彼女のことだろう。少なくとも、俺たちみたいなのと一緒にいるよりよっぽど地位があって安全な人物だ。というかいい迷惑なので会ってほしい。
「あの子に会ったら……私、きっとあの子のこと嫌いになっちゃうもの」
なぜ、と言おうとした時、司会者の一際大きな声でそれは掻き消される。
『それではアマリトよりお越しの彼らを迎え撃つ、イドース地方ジムリーダーズをご紹介!』
『誰が呼んだか気難しいダークヒーロー! テトノシティジムリーダー・アズヒサさん!』
まるでカジノのディーラーとでもいうような姿をした男が現れる。悪タイプのジムリーダーらしいがなんだかジムリーダーで悪使いって珍しい気がする。モニターに映る姿は無表情だがどこか疲れているようにも思えた。
『奏でるは虫のさざめき! リネロシティジムリーダー・ナッツさん!』
華美すぎないフォーマルな装いに身を包んだ女性がニコニコと手を振りながら現れる。虫タイプ使い、そして音楽家でもある人でテレビで何度か見たことがある。
『白衣の下に隠すのは毒か薬か! ハオセシティジムリーダー・ミールさん!』
失礼な感想だがいかにも性格の悪そうな顔をした青年が白衣を風で靡かせながら現れる。毒タイプ使いでその傍らにポケモン用の薬を売っている人物でもあるそうだ。
『未来の博士、夢見る委員長! ロレナシティジムリーダー・ノノさん!』
先日図書館で会った少女であるノノが少し緊張したように手を振っている。ノーマルタイプのジムリーダーで、恐らくイドース地方のジムリーダーの中で最年少のようだ。
『羽ばたく翼は空の架け橋! オオワトシティジムリーダー・カザマルさん!』
男は厚着をしており、神経質そうな表情でアマリトジムリーダーズを睨んでいる。飛行タイプ、鳥ポケモンを扱っているようだ。
『燃える熱血料理人! コロゼシティジムリーダー・ペトナさん!』
背が低めの丸っこい少女。ノノよりは年上っぽい顔をしており、少々丸みを帯びた体型のせいか動くのがとろそうに見える。炎タイプを扱うようだが料理人でもあるのか格好もエプロンを身に着けていた。
『頑固一徹、質実剛健! ボルツシティジムリーダー・クロガスさんです!』
30代後半と思われる男がキッとした目つきで仁王立ちしている。第一印象は頭が固そう、だ。岩タイプのジムリーダーでまさにイメージに合うタイプを使っている。
『優しく微笑む皆のシスター! フローレシティジムリーダー・シャロレーヌさんです!』
嫋やかな微笑みを浮かべるシスター姿の女性は揃ったジムリーダーを見てにっこりと笑い、一礼して全員が揃ったこと確認して手を掲げた。フェアリータイプ使いということだが……この世界の宗教ってどうなってるんだろうか。
『いよいよ出揃いました両地方ジムリーダーズ! それではさっそくシャロレーヌさんに意気込みを語っていただきましょう!』
シスターの人がイドース側の代表なのか司会からマイクを受け取って控えめな微笑みを浮かべながらアマリトジムリーダーズを見る。
『アマリト地方からお越しになったジムリーダーの皆さん。今日この日のために時間をさいてくださったこと、誠に嬉しく思います』
凛とした女性らしい声だ。代表というだけあって落ち着きのある良識的な人物だということが見て取れる。
『つきましては全員ぶちのめしますのでどうぞ首を綺麗にして明日の対戦に臨んでください』
うんうん、まともそう……――ん?
『というかノコノコ来てくださって本当にありがとうございます。ええ、本当にノコノコ来やがって恥を知らないのですか? これだから調子に乗った人たちは……。都会でもないくせにちょっとうちより発展してるからって態度が大きいですわよ?』
『おいカメラ止めろ』
シスターの隣にいた悪タイプ使いのジムリーダーが苦虫を噛み潰したような顔で止めに入る。
が、アマリト側のオチバによく似たジムリーダーは別のマイクを奪って怒声をあげた。
『上等だこのアバズレ女ァ! というか貴様こそよくまだジムリーダーやってるなぁ? そんなに枕は楽しいかーぁ?』
『ちょっとマイク落として』
アマリト側も着物の格闘使いが別のスタッフに達観した顔で指示するももはや後の祭り。完全にジムリーダー同士の醜い口論が中継用のマイクとカメラを切っても続いてる。
『あーらチャンピオンから転がり落ちたおチビさんってばまだみじめにジムリーダーの椅子に座っていらしたの? ごめんなさいね、小さくてよく見えなかったわ。いい歳してそっちこそ若作り? 気持ち悪いわよ』
『この顔と身長はどうしようもないのでな! お前こそ聖職者ぶってるくせに若作りと男漁りが激しいんじゃないか? さっさと結婚したらどうだ?』
『このクソチビぃいいいああああああああ! あんただって結婚してないじゃないのアラサーの分際で!』
『俺は結婚できない誰かさんと違って結婚しないだけだ! そら化粧が剥がれ落ちるぞビッチシスター!』
ちらりと隣を見るとオチバが頭を抱えていた。まあ、無理もない。俺ですら呆れ返る罵り合いを身内がしてるともなれば……。
「ぬるいわ……ぬるすぎるわあの子……」
「そっちかよ」
罵倒の方にダメ出しするとは思わなかった。
「あのー……なんであんなに険悪なんですか?」
困ったときのレモさんだ。こういうことは詳しいイメージがあるし、レモさんが知らないならこの場で知ってる人間はいないだろう。
「ああ、元々アマリトとイドースって仲悪いのよ。まあ露骨に喧嘩するほどじゃないというか……普通に交易だってするし一般人同士は普通に交流するんだけど……ジムリーダーとか四天王同士が仲悪いみたいでたまーに揉めてるみたい」
「主な……原因は……アマリトとイドース……元々姉妹地方、だった……のに、アマリト側が……イドースよりも……目立つようになったから……って」
アクリの補足も含めてなんとなくわかった。あれだ、都会民と田舎民の喧嘩だなこれ?
アマリト地方はいわゆる発展途上で都会と自然地域の差がはっきりわかれているから大都会というほどでもないが田舎でもない微妙な立ち位置らしい。
『黙れチビ! チャンピオンから引きずり降ろされた負け犬風情が!』
『ほざけ売女! 清純ぶって地位振りかざして男食うのは楽しいかー?』
『やめろシャロ! 観客何人いると思ってるんだお前! クロさんも止めて!』
『ユーリさんストップ、これ以上はさすがにアリサあたりから怒られる。俺が怒られる』
どうにかジムリーダーズが双方協力してなんとか黙らせることに成功したが会場は既に何とも言えない空気になっている。お通夜かよ。
まあそうなるのも致し方なく、司会もすごい「どうしろっていうんだこれ」という顔で返却されたマイクをきゅっと握っている。
『えーっと……そ、それでは……デモンストレーションの方に参ります……しょ、少々お待ちくださーい……』
ようやくざわざわとどよめきが戻ってくる。多分間違いなく放送事故だろうなこれ。
デモンストレーションの後は施設内の簡易解放と宿泊客用にホテルを解放とのことで、それが終わるまでは休めなさそうだ。
『デモンストレーションに入る前に対抗戦における簡単な説明をさせていただきます! デモンストレーションの勝敗によって片方の陣営がバトルごとのフィールドを選択する権利を多く所有できます! そして対戦者はこちらの特別仕様のマイクを装着していただく決まりがございます。今会場は通常の対戦フィールドよりも広くなっておりますのでポケモンへ指示が聞こえないということがないように必ずつけていただくものです。今後バトルフロンティアをご利用のお客様も同様のものをお使いいただくらしいですよ!』
耳につけるタイプのマイクはボタンがあるらしく、そこでマイクのオンオフや相手を切り替えることができるという解説もある。便利だなぁ。
『さて、デモンストレーションの対戦カードですが……指定がありますね。アマリト代表はワコブジムリーダー・ケイさん。イドース代表はフローレシティジムリーダー・シャロレーヌさんとなっています』
モニターには二人のジムリーダーアップが映る。和装で眼鏡をかけた青年は意外そうに顔をあげるがシスターシャロレーヌは悠然と微笑んでいる。
双方、フィールドのトレーナースペースに立つとボールが6つ指示台から出てきて和装の青年だけが怪訝そうに眉をしかめる。
『明日の本戦に備えましてデモンストレーションはレンタルポケモンを使うルールとなっております。ランダムで6匹候補を選出しましたのでその中から3匹お選びください!』
シスターは早々に3匹を選出し、にこにこと和装――ジムリーダー・ケイさんを見守る。
「なんか……様子がおかしい……?」
アクリも違和感に気づいたのかケイさんの方をじっと見る。どうも指名されてからの様子がおかしい。
「解説のレモさん。詳細プリーズ」
「あんまり語ることはないかなー。良くも悪くも堅実ってタイプのジムリーダーさんだから。目立つような人でもないしね」
「あの子は強いわよ」
急につまらなさそうな声でオチバが言う。いつの間にか手にしていた飲み物を飲みながら呆れたように観客席を見渡した。
「まあ、正直そんな気はしてたのだけれど、こんな大掛かりなことしておいてやることが兄弟喧嘩ってなんにも変わってないわねあいつ……」
「何の話だ?」
「見てなさい。あの子、このデモで必ず負けるわよ」
――――――――
ルールは3匹選んでそのうち1匹でも戦闘不能になった時点で勝敗が決する。つまり引き際も見極めないと一瞬で終わりかねないルールだ。
ケイさんが選出に時間はかかったものの、デモンストレーションが始まり、両者が選出したポケモンが向き合った。
ケイさん、ミルホッグ。シャロレーヌさん、バシャーモ。
初手から相性が悪いにも関わらず、ケイさんはどこかそんな気がしたという顔でミルホッグに指示する。
デモだからそんなに激しい戦いにもならないだろう。互いに本人の手持ちではないのだから。
【やってらんねー】
【早く倒れろよお前】
【いやーちょっとは戦わないと疑われるって言われてんじゃん】
違和感に気づいたのは恐らくトレーナーのマイクを介して伝わる声が妙に気の抜けるものだったからだ。まるで嘘字幕……いや嘘吹き替えみたいに状況と台詞が一致しない。
迫真のバトルのようだがその実ポケモン同士は完全に決まりきったことをこなしている様子だ。もしかしなくてもこれ――
『下がれミルホッグ!』
【あっやべ、ここで倒れないと面倒だから早くしろ!】
【とりゃー】
戻る指示と同時にミルホッグは倒れ、シャロレーヌさん側の勝利でデモは幕を閉じる。
「や、八百長……!」
この盛大な対抗戦は多くの人間が気づいていないであろう『八百長試合』で始まりを告げたのであった。
――――――――
デモンストレーションの試合の様子をVIP席で見ている男が笑いをこらえながら得意げに呟く。
「はっ、ざまあみろ愚弟が。無様を晒して悔しがればいい」
眼鏡の男は和装――どこかケイとよく似た顔立ちをした人物で同じくVIP席にいる人物が呆れながら言う。
「弟君に対して相変わらずひどいね、スイセン」
「ひどいのはあいつやアマリトのやつらだ。僕の実力を認めないやつばかりで本当に辟易する」
眼鏡の男はスイセン。イドース四天王の一角であり、ケイの実兄である。
もう一人、そのスイセンを見て呆れるのはイドース四天王の一角であるナガレ。作家としても有名な彼はメモ帳片手に二人しかいないVIPルームでつまらなさそうに言った。
「だからってこんな対抗戦企画、裏を知ったらチャンピオンに怒られるよ。あの人潔癖だから」
「フルールのことならうまく丸め込んだから大丈夫だ。どうせあいつ、アマリトチャンピオンのことしか今興味ないだろうし」
そう嘲笑しながら敗北したケイを見下ろして一人楽しそうに肩を震わすスイセンを見てナガレは肩をおろす。
――二地方巻き込んでやることが弟いじめ。世も末だと
もう一作の新新トレを読んでると多分ちょっとはわかるんじゃないかなっていう内容ですまない……基本観戦だからジムリーダーの視点バンバン入るよ