ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
次の日、天候は穏やかな晴天。
再び一同に会したジムリーダーたちは互いに控え席に座り、司会の進行を待っている。
『さーて始まりました! アマリトとイドース、二地方のジムリーダーたちの対抗バトル! 記念すべき1戦目はこのお二人!』
どんっ!とセルフ効果音を口にした司会は画面にでかでかと映る二人の人物を手で示し宙に舞いながら進行を続ける。
『アマリト側、オトギさん! イドース側、ナッツさんです!』
眼鏡をかけた知的な男性とフォーマルな衣装の女性。
この二人がフィールドに上る間に司会による紹介が入った。
『オトギさんはアケビ大学で講師もされている超能力者! 相性の不利はありますが持ち前の頭脳でそれを覆せるのでしょうか!』
モニターに移されたオトギさんはカメラに気づいてニコリと微笑み前へと出る。
エスパータイプの使い手、そして相手は虫タイプ。不利といえば不利だが……。
『そして我らがナッツさんはバイオリニストとしても活躍しており、公演のため不在がちなことも多い中この日のために来ていただきました! 是非美しき彼女のバトルの音色をご堪能あれ!』
あの司会盛り上げ上手だなー。ぼんやりそんなことを考えながら聞いていると横でレモさんが補足を入れる。
「ナッツさんはイドース側でも有名人だよ。よくテレビにも出てるし。オトギさんの方はあんまり知らないかな。目立つタイプではないかも」
「私も彼は知らないわねぇ」
オチバも興味がなさそうな顔でフィールドを見るとアクリがいつの間にか買っていたチュロスを口にしながら聞いてくる。
「実力……どっち、上?」
「どうだろうな」
ジムリーダーっていえばみんな一定以上の強さがあることは間違いない。そのタイプを極めたエキスパートであるならば、あとは相性とトレーナーの技量で勝敗が出る、はず。
【アクリー。俺も俺も】
アクリに言葉は通じないだろうにチュロスをねだるエモまるが俺の肩でじたばた動き回る。さすがに邪魔。
アクリは意図を察したのか口をつけていない方のチュロスの先端を折ってエモまるへと手渡す。
始まる前にルールの再確認として簡単な説明が入る。
昨日のデモでイドース側が勝利したためフィールド選択権がアマリト側が3回、イドース側が5回となっている。この選択権利は始まる前にルーレットでどちらが選ぶかを決定するためこれからまずフィールドを決めるとのこと。
手持ちは3対3。ただし1匹でも戦闘不能になればバトル終了である。
フィールドの種類は岩場や人工芝、石畳から水場など様々だ。また、一部フィールドには天候が付随するらしく、例えば砂漠フィールドは砂嵐状態になったり、という感じだ。
『それではルーレット~……スタート!』
向かい合う二人は静かに微笑んだまま。やがてルーレットの動きが緩やかに、一転で止まる。
『フィールド選択権はイドース側となりました! ナッツさん、指定をどうぞ!』
試合が進むに連れルーレット画面が変化していくのだろう。ルーレットの選択肢が8つから7つへと変わる。
「あらあら……そうですね……」
フィールド一覧を眺めながら悩むような素振りをするナッツはにっこりと微笑んである一点を示す。
「それでは森林エリアでお願いします」
その一言と同時に広々としたフィールドが音を立てて動き出し、沈んだ床が入れ替わるようにして植物の生い茂るフィールドへと変わった。芝生というよりはたしかに森といった風体だ。
『フィールド設置完了! それでは一回戦、開始~!』
両者、ポケモンを同時に繰り出して始まった一回戦。オトギはサーナイトを出し、ナッツはコロトックを出した。
相性は元々よくないが
「サーナイト、リフレクター」
「コロトック! ねばねばネット!」
両者、互いに様子見というように場を自分が有利になるよう整え、相手の行動を読んだのか先に攻撃を仕掛けたのはナッツだった。
「コロトック! コンティニュエ!」
高速で斬りつけるれんぞくぎりの嵐にサーナイトは為す術もなく切り刻まれていく。一度の攻撃で威力こそ低いものの、切りつけては返すように連続で切り刻んでいるのだ。コロトックの練度の高さにオトギは内心感心する。
「一寸のビードルにも五分の魂。素敵な言葉ですよね。ジョウトで聞いたときワビサビを感じました」
語りかけるようにオトギのイヤホンにはナッツの言葉が聞こえてくる。だが会場全体ではなく、マイクを切り替えてオトギだけに語りかけているようだ。
「どんな小さな虫であっても馬鹿にされるいわれはありませんわ」
「はて、僕がなにかしましたか?」
心当たりがないと、とぼけた声を返したオトギの言葉はナッツを苛つかせるものだったのか、先程より力強い声がマイクを通してオトギに伝わった。
「あなたのその驕り高ぶった態度! 虫唾が走りますの!」
サーナイトはどうにかまもるで体勢を立て直し、コロトックと距離を取る。オトギは困ったようにわざとらしくやれやれと首を振って会場全体に声が届くように言った。
「そうですねぇ。これではこちらも”いちゃもん”の一つでもつけたくなるというもの」
瞬間、コロトックがわずかに硬直したようにぎこちない動きになる。意図を察してナッツもコロトックと目配せし、障害物となる木々を縫ってサーナイトに近づく。
連続して命中させることで威力が増す技をいちゃもんによって封じるもそれくらいは想定済みだと言わんばかりに斬りかかろうとするが──
「危ない危ない」
瞬時にサーナイトを交代で下げると同時に飛び出したのはシンボラー。だがナッツは気にした様子もなく勝ち誇ったように宣言する。
「飛んで火に入るサマードクケイルですわ!」
コロトックによるじごくづきがシンボラーを強く抉り、コロトックがそのまま更に攻撃をしようとした瞬間、シンボラーが大きく羽ばたいてコロトックを吹き飛ばす。
「あっ」
ふきとばしの効果でコロトックがボールへと戻り、代わりに飛び出てきたのはシュバルゴ。
それはオトギにしてみれば不幸だったのか、少し困ったような表情を浮かべつつもすぐさま切り替えたようにシンボラーに指示を飛ばす。
「シンボラー、さいみ──」
「シュバルゴ、振り回して!」
シンボラーをかわしてその体ごと振り回すように叩きつけるとシンボラーも結構なダメージだったようだ。ぶんまわすはタイプ不一致とはいえ、元々攻撃力が高いシュバルゴが使えばかなりのダメージになるだろう。
だがその至近距離の間合いに入れば避けられるものも避けづらくなる。
「しまっ──」
シンボラーが熱気を放とうとしていることに気づいたナッツが焦りを浮かべる。ねっぷうが直撃すればいくら頑丈なシュバルゴでもひとたまりもないだろう。
だが、避けられないのはお互い様であり、シンボラーを少しでも引き離したいナッツは足の遅いシュバルゴの動きが間に合うことを願う。
(無理──っ!?)
が、奇妙なことにシンボラーのねっぷうはシュバルゴの動きよりも遅かった。
シュバルゴのメガホーンが命中し、打ち上げられたように翔んだシンボラーが地面に落ちて戦闘不能を確認されるまでの間、ナッツはきょとんとした顔でフィールドを見つめていた。
『シンボラー、戦闘不能! 勝者、ナッツさん!』
審判の声でようやく我に返ったナッツはシュバルゴとシンボラー、そしていかにも残念と言いたげなオトギを見ておおよそ勝者とは言い難いむすっとした顔を浮かべる。
『おふたりとも素晴らしいバトルでした!』
司会の声が降りてきてフィールドの中央に来るよう両手で示すとオトギもナッツもそれに従って向き合う。
試合後の握手、ということだろう。求められたオトギはほほ笑みを浮かべながら手を差し出す。ナッツは少し嫌そうにしつつも観客にそれを悟らせないようにそれに応じた。
マイクを切って、ナッツはオトギを胡乱げに見る。
「……あなた、わざと負けたでしょう?」
「はい? なんのことですか?」
「とぼけないでください。あの時、いえ……あなたは私たちの行動を最初から読んでいたはずです」
ナッツはオトギの曖昧な表情で全てを察した。わかった上で、その攻撃を受け敗北したと。
エスパー使いで超能力者。ナッツも詳しくは知らないものの超能力が使えるということだけは把握していた。
「サーナイトが全く攻撃をしてこなかったのも、コロトックをふきとばしで下げたのも、私たちをおちょくっていたのですか?」
「まさかそんな」
「そういう見透かしたような曖昧な態度で手を抜くなんて、失礼だとは思いませんの?」
「さあ、考えたこともありませんね」
のらりくらりとナッツの問いをかわして手を放すとオトギはまたニコニコと笑って背を向けた。
「……あなた、結局何がしたかったんですの?」
「さて、なんでしょうね?」
これ以上話すつもりはないとオトギは一足
「虫のいい男だこと……」
————————
「順当にタイプ相性差……っていう感じでもなかったか」
観戦中に買ったホットスナックを手にレモさんがモニターを見て言う。
「ハツキ君、ポケモンたちの声って聞こえてた?」
「うーん、それが聞こえてはいたんですが」
両者ともに口数が少ないのかほとんどデモのときのように無駄口を叩いてるということはなく、淡々としていた印象だ。
「あーでも、エスパータイプだし、言葉とは別でトレーナーと意思疎通してる、かも」
実際エスパータイプの声は相手にもよるが少ないと感じる時がある。それは大抵テレパシーなどを利用しているからなのだが喋るエスパーも当然いる。今回は口数の少ないのだったのだろう。
【ハツキ、一口わけてくれよー】
「やだ」
観戦中に買った肉巻き棒をエモまるから遠ざけかぶりつきながら次の試合を待つ。
ふと、オチバが後ろを振り返って首を傾げた。
「なんだか変な感じしない?」
「変な感じ?」
レモさんがきょろきょろと視線を巡らせるが特に気になることはないようだ。
「うーん、視線を感じたような気がしたのだけど……」
あの白服コンビとかの可能性もあるし用心するにこしたことはないが、こんな周囲に人がいる場所でさすがのあいつらも手出ししてこないだろう。
————————
「ほー……俺の怒りが怖くないと見た」
「あはは、すいませんねぇ、負けてしまって」
アマリトジムリーダーズの控え席はひりついた空気を漂わせていた。というより約一名がピリピリしていてまわりも気を張っているという状況だ。
そのピリピリしているアマリト側のリーダー格のユーリは頬杖をついてオトギを責める。
「お前、なぜ俺が怒っているかわかるだろう」
「え、いやぁ。申し訳有りませんが全く」
「しらばっくれるな。お前、勝ったら面白くないって思ってわざと手を抜いたんだろう」
ユーリの指摘に周囲のジムリーダーたちも少しだけ表情を変える。察した面々もいれば、指摘に驚く面々もいるといった様子だ。
「別にお前が負けることなんぞどうでもいいが、そういった態度は対戦相手も俺たちも気分を害することは覚えておけ」
「そうですね。気をつけましょう」
本当にそんな気があるのかと言う様子でオトギは着席し、相変わらず張り詰めた空気の中、次の試合のためにセーラー服の少女、ナギサが立ち上がった。
「よ、よーし! がんばります!」
————————
一方イドース側。
「……ナッツ、勝った癖に随分と機嫌が悪そうだな」
「そんなことはありませんわ」
クロガスの指摘にナッツはそっぽを向く。アズヒサはそれを見て呆れたようにため息をつく。
「まったく……ギスギスしないと死ぬ病かなにかかお前らは。少しは互いに歩み寄ろうとする姿勢を見せたらどうだ」
「向こうが歩み寄る気がない以上仕方のないことですわ」
自分のせいではないとナッツは主張し、また大きくため息をつくアズヒサ。その様子を見ていたノノは前髪を直しながら立ち上がる。
「それでは! 不肖このノノちゃんがズバリ勝利をもぎ取って連続で勝ち星を飾ってみっせま~す!」