ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
「なんっ、なんでだよ!」
次々となんらかの攻撃を受けているが、立ち止まると直撃するし迎撃しようにもこちらはエモまるだけだ。逃げるしかない。
オチバを抱えながら全力疾走するも腕の中のオチバはなぜか楽しそうに煽ってくる。
「あっはは~。ほぉら必死にならないと捕まっちゃうわよ?」
「あんたを置いて逃げたいんですが!?」
「口封じでどの道追い回されるわよ~?」
最低な女に関わってしまったらしい。死にたい。止まったら諸共死ねるんじゃないか?
【ハツキ! はかいこうせんくるぞ! 右に避けろ!】
エモまるの指示に従って右に避けるとはかいこうせんをギリギリ躱して、あと少しでレモさんと合流できそう、といったところで男が目の前に立っていた。
「やあ、そこの君。その女を渡してくれないかな?」
銀髪に、赤い目の男。軽薄そうな顔立ちに、白い服はどこか制服のようだ。
「その女はね、悪いやつなんだ。君は騙されてるんだよ」
人の良い笑顔が薄気味悪い。ハクリューから聞いていなければ俺はこいつの言うとおりにしていたかもしれないほどに完璧なその表情は真実を知っていると恐ろしい。
「嫌だね。人殺しの言葉なんか俺は聞かない」
こっちは全部わかってるんだ。そもそもこのオチバやハクリューの言葉を真に受けるなら絶対渡した後に殺しに来そうだし。
「はて。何のことを言っているんだ、君は」
「とぼけるなよ! ハクリューのトレーナーを殺したんだろ!」
抱えたオチバが片目を見開いて驚いている。なぜ知っているのかと言いたげな様子だが、こちらは男を突破する隙を伺うので忙しい。
「……そこまで知ってるんなら、生かして帰すわけにはいかないなぁ」
低くなった声に悪寒が走り、危険を感じて体をねじって回避するとつい先程まで自分のいた場所に殺意の高い炎の塊が飛んでくる。
【追撃来るぞ! 俺についてこい!】
「お前と同じ動きできねぇんだよ!」
エモまるがこうそくいどうですばやく間合いを詰め、男に接近すると自分の頬をすりつけはじめ、意図を察した俺は男の横をすり抜けた。
【さっすが以心伝心ヒュー!】
「どうせなら口で言え!」
ほっぺすりすりとかいうふざけた技名だが効果は絶大で男は麻痺で動きを封じられた。手持ちもトレーナーの指示なしではまともに動かない。
「あらあら……随分と手持ちと仲良しさんねぇ」
相変わらず呑気そうなオチバは腕の中でずり落ちそうなのを自分の腕を俺の首に回してくる。落ちないためなのはわかるが距離が近くて思わずくらくらする。いい匂いがする気がした。
駆け込んだ先でハクリューが物音に警戒するような体勢で待ち構えており、きのみで何か食事を作っていたレモさんがびっくりしたような顔でこちらを見てきた。
「ヘルプ! レモさんヘルプ!」
「えぇっ!? 何、どういう状況よこれ!」
そりゃいきなり知らない女抱きかかえて全力で走ってきたら何かと思うよな。
「例の、おわれ、てる、人、見つけ……ぜえ、はあ……」
「とりあえず呼吸落ち着けて。吸ってー吐いてー」
「あら、かわいいお嬢さん。レンジャーさんかしら」
非常事態だというのに呑気なことを言い出すオチバにキレそうになる。が、背後からの気配に気づいてエモまるに指示を出す
「エモまる! スパーク!」
ほとんど意味はなかったものの、男の手持ちであるギャラドスへと一撃を食らわせることに成功する。
「ふんっ! 雑魚トレーナーの分際で……」
もう一匹、マグカルゴも引き連れて舌打ちする男はハクリューを見るなり呆れたため息を吐いた。
「なんだ、生きてたのか。まあいい、探す手間も省けた」
「……お兄さん、私がいるのに気づいてないわけないよね?」
レモさんが一瞬で視界から消えたかと思うとギャラドスとマグカルゴの背後に回っていた。
「メリー、10まんボルト! マメル、アクアテール!」
デンリュウとジュゴンを繰り出し、それぞれギャラドスとマグカルゴへ攻撃するとほぼ一発でダウンし、慌てた男が次のポケモンを出そうとするもハクリューの尾がそれを防ぎ、男を地面へ叩きつけた。
「ぐはっ!」
【主人の仇!】
執拗なまでに尾を叩きつけるハクリュー。それを見てオチバは楽しそうに「きゃー、もっとやっちゃえー」と茶々を入れる。
というか、レモさんめちゃくちゃ強くない?
「ハクリュー、警察に引き渡すからやりすぎるなよ」
【承知した】
レモさんが予想外に強くて速攻終わったのはいいけどこの女、どうしよう。オチバはこちらの視線に気づいて「なぁに」と声をかけてくるが、甘ったるい口調に酔いそうだ。
「お前、なんで追われてるの?」
「やだぁ、お前だなんてお姉さんへの態度がなってないわよぉ」
質問に答えてくれない。表情もニコニコと真意を読ませてくれない。
「ハツキ君、その人とりあえず怪我してるなら――」
レモさんがポケモンをボールにしまってからこちらに近づこうと振り返り、オチバと向き合うと怪訝そうな顔でオチバの顔を見つめた。
「あなた、どこかで会ったことあるかしら」
「えぇ? お嬢さんみたいなかわいらしい子を見たなら忘れるはずないから会ったことないんじゃないかしら」
オチバの答えにレモさんは「うーん……いや、どこかで見たような……気のせいか」とぶつぶつ呟きながら捻挫の手当てをするために俺からオチバを預かってちょうどいい切り株に座らせた。
「足、出してもらってもいい?」
「はぁい、どうぞ」
ハクリューがそろそろ本気で殺しかねないくらいびたんびたんと叩き続けてるのでそろそろ止めに入ろう。
「くそ、なぜ……なぜ来ない……!」
男はそんなことを呟いているがなんのこっちゃという感じなのでレモさんから預かった手錠で後ろ手に拘束し、逃げないように足も縄で縛っておく。
「ハクリュー、こいつ引き渡した後お前どうする?」
【そうだな……主人の実家へと戻りたい。幸い一人で戻れるだろうから気にするな】
本当は不服なんだろうが殺しても解決しないとわかっているのだろう。賢いハクリューは憂さ晴らしをしてあとは人間に任せるつもりだ。
【ハツキ、だったな……。礼を言う】
「いや、俺は何もしてないよ」
本当に何もしてねぇ。レモさんがほとんどバトルしてくれたし。
【私の声を聞いてくれた。それだけで十分だ】
ハクリューの声は穏やかだ。少しでも、こいつにとっていい方向に転んだのならそれでいい。この能力があってよかったと少しだけ思える。
「ハツキ君。町に戻るけど彼女任せていい?」
レモさんは男を持っていくのか切り株に座るオチバを示す。正直疲れるんだよな、と思いつつ一応怪我人だし仕方ないか。
「大丈夫。ハクリューはここでお別れするって」
「そっか。じゃあさっさと行こうか」
「ちなみにレモさん、町までどれくらい?」
「飛んで行くつもりだから5分もかからないんじゃないかな」
「え」
飛ぶってフライゴンでだろうか。そう思っていたら俺とオチバの足元にフライゴンを出してきたので慌ててオチバを支えるとフライゴンが飛び上がった。
「ジュナル、ちょっと重いけどがんばって」
拘束した男を引きずりながらジュナイパーに捕まってレモさんも飛び上がる。
「あ~、風が気持ちいいわね~」
直ぐそばでそんなことを言いながらニコニコと楽しそうにするオチバを見て、肩に捕まったエモまるがしかめっつらで俺に囁いた。
【なんか、俺、この女嫌い】
急に何言ってるんだと言いかけてすぐ近くにオチバがいるので口を閉ざす。ハクリューが遠ざかっていくのを見ながら、森の先にある町が少しだけ見えて、ようやく慌ただしい一日が終わりそうなことに安堵した。
――――――――
ハツキたちを遠くから双眼鏡で観察している存在がいた。景色に溶け込み、双眼鏡で様子を伺う少女はハクリューにボコボコにされた男を見て呆れたように乾いた笑いを漏らす。
「旦那、あいつ捕まっちゃったけどどうしよ」
『一人で突破できるか?』
通信機から漏れる男の声は気だるそうに確認してくる。少女は双眼鏡でハツキとレモンを見てうーむとばつの悪そうな反応を示す。
「男の方はまあ雑魚そうだからいいんですけどー、レンジャー女がちょっとめんどそうですねー」
抜けていそうな顔して隙がない、と判断した少女は通信相手の返事を待つ。
『あれはこっちがなんとかする。お前はタイミング見て捕まえろ』
「らじゃらじゃー! ところで旦那、俺に援軍はなし?」
『こっちも忙しいんだ。それくらいできないなら素材にするぞ』
「素材はいやでーす! んじゃまた今度ー!」
通信が切れ、町へと移動しようとする一行を見守りながら、少女は棒付きキャンディーをガリガリと噛み砕いてぼやいた。
「さぁて、どうしようか」
機械に示された点滅するランプを見つつ、少女は気楽そうに飴がほとんどなくなった棒を噛む。
「まあ発信機はまだ生きてるし見逃しはしないっしょ」
――――――――
男の引き渡しをレモさんに任せ、ポケモンセンターの片隅でニコニコと食事をとっているオチバを見守っていた。いや、無視してもいいんだが追われていたのもあるし、レモさんについててと言われてしまったので。
だが、ポケモンセンターを待ち合わせにしたのは完全に失敗だった。
【いたいよー! いたいー!】
【やだやだオボンのみやだー!】
【おなかすいたー、飯まだー?】
【バトルしたい】
ポケモンがたくさんいるところにくるとこうなるから嫌なんだ。人間の喧騒に混じってポケモンの声が聞こえてくるもんだから頭痛がひどい。
「ハツキ君だっけ? 大丈夫?」
不思議そうにこちらを見てくるオチバは片方の目細めて聞いてくる。こうして見てる分には普通の女何だが――
【うー! こいつきらい!】
「あっ、やだごめんなさい。うちのポチエナが……」
急にポチエナに威嚇されたオチバ。それをトレーナーがたしなめ、オチバはニコニコと受け流しそのままトレーナーが離れるのを見送って人がいなくなるとはあ、とため息をついた。
「私ねぇ、ポケモンに好かれないのよ」
「はあ、そうなんですか」
エモまるすら嫌がってるもんなぁ。別に何もしてないのに嫌われるってなんか呪われてんのか。
「不思議よねぇ。ハツキ君は仲良しそうで羨ましいわぁ」
【うるせーブス】
エモまるの言葉を聞いているとひやひやする。いや、俺にしかわからないんだろうけど肝が冷えた。
「……エモンガちゃん、なんだか私のこと馬鹿にしてない?」
なぜか、オチバは首を傾げてエモまるの耳を引っ張り、邪悪な笑顔をたたえて呟いた。
「わからないから何言ってもいいと思わないことよぉ。お姉さん勘がいいから、なんとなくわかっちゃうんだから」
【いでででででで! なんで! なんでわかったんだこのブス!】
「なんかまーた馬鹿にされた気がするわぁ……」
これ本当に言葉わからないんだろうか。もしかして自分と同じように言葉がわかるのか?
確認してみたいがこれで違ったら赤っ恥だ。ぐっとこらえてエモまるを助けはせずその様子を見守ってみる。
オチバはこうして見るとかなりの美少女……いや、本人がお姉さんと言っているから美女のほうが適切だろうか。しかし顔立ちそのものは少女のそれだ。
「……あんた、歳いくつ?」
「あらあら、レディに歳を聞くなんていけない子ね」
もったいぶってエモまるの頬をつつきながらオチバは「いくつに見える?」なんて定番の発言をかます。この質問、鬱陶しいから嫌いだ。
「じゃあ18」
言動に惑わされそうになるが顔や背丈だけ見れば十代後半でも通る。あまり上に言い過ぎるとよくないだろうし適当なあたりでお茶を濁すとオチバはやけに嬉しそうに言った。
「あらあら、随分若く見られたわねぇ。お姉さん26歳よぉ」
「ぶっ!?」
飲んでいたお茶を吹きそうになった。エモまるが【茶ァ、垂れてんぞ】とティッシュで口元を拭ってくれる。予想外すぎた年齢に思わずオチバをじろじろと見た。
こう、予想以上に上すぎて俺の見立てが悪いのかと錯覚しそうになるがやっぱりどう見ても十代のそれだ。
「私ねぇ、血統的に幼く見える生まれらしくて」
「随分と若々しい様子で……」
自分より一回り上とはさすがに思わなかった。
「ところでハツキ君。あなた旅してるの?」
「ああ、まあ……」
「やっぱりジム戦とか目指してるのかしらぁ」
大半のトレーナーは確かにジム戦を目標にしているだろう。だが俺は元々エモまるくらいしかいないこともあってジム戦に興味はなかった。というか強くなりたい願望あんまりないし。
「ちょっと目的はあるけどジムとかそういうんじゃないよ」
「へぇ……」
オチバが値踏みするようにこちらをじろじろと見てくる。嫌な予感がする。
「ねえ、ハツキ君。よかったら私の旅に同行してくれないかしら」
ほら来た。
「嫌です」
死んでもお断りします。
即答するとオチバは少しだけ残念そうに「そう……じゃあ仕方ないわね」と言って立ち上がり、少し重そうな足取りで背を向けた。途中、よろめいて俺の肩に触れたりもしたがさすがに振り払ったりはしない。
「お世話になったわぁ。さっきのレンジャーさんにもよろしくね」
そう言って離れていくオチバを引き止めはしないが怪我してるのに外に行くなんて、と少し心配になりまあ面倒事はごめんだからいいやと気持ちを切り替えレモさんが来るのをお茶をすすりながら待った。
――――――――
「……ごめんねぇ、ハツキ君?」
路地裏でポケモンセンターにレモンが入っていく姿を見ながらちっとも悪いと思っていない顔で呟く。
「だって、一緒に来てくれたらよかったんだけど、お断りされちゃったんだもの」
自分の上着をめくり、そこにつけられていた発信機の一部を強引に引きちぎって笑う。
「嫌だわぁ、レディに発信機なんてつけちゃって」
ポケモンセンターから出る時、ハツキに触れた瞬間を思い出す。警戒もしない少年に悪いとは思いつつも、まだ生きている発信機の本体を彼の服に忍び込ませた。気づかないそんな彼をかわいいと思いつつ、意地悪く言う。
「お姉さんもねぇ、ちょっとでも時間稼ぎたいのよ」
重い足取りで人目を気にしながらオチバは町の外へと向かう。その表情には余裕というものが感じられず、切羽詰まった様子で森とは反対方向へと進んでいた。
「ま、殺されないといいわね」
手持ち
ハツキ
・エモまる(エモンガ)
レモン
・フレイヤ(フライゴン)
・メリー(デンリュウ)
・ジュナル(ジュナイパー)
・マメル(ジュゴン)
・???
・???
多分そろそろヒロインが出る