ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない   作:とぅりりりり

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急襲

 

オチバが立ち去ってほどなくしてレモンさんがおにぎり片手にポケモンセンターにやってくる。後ろのデンリュウにおにぎりを取られそうになるが動きを読んでいるか見もせずに回避し、俺に声をかけた。

「あれ、オチバさんは?」

「もう行っちゃいました」

「そっかー。怪我してるから心配だったんだけど」

 心底心配そうにするレモンさんは根っからの善人なんだろう。もう自分に関係ないことだろうに。

「ハツキ君はこれからどうするの?」

「俺は普通に旅を続けます」

 軍資金はまだあるしこの町でバイトしなくても次の町くらいにはたどり着くだろう。

「そっか。気をつけてね。あ、連絡先交換しない?」

 オチバよりもレモンさんに旅に誘われたらよかったのにな、と少しだけ残念に思いつつも彼女もレンジャーとしての活動があるだろうし仕方ない。

【オッス、オラエモまる】

【メリーです】

 エモまるとデンリュウがなんか会話してるのが聞こえてくる。

【せっかくかわいいねーちゃんとの出会いだってのにお別れかよー、ちぇー】

【旅していたらきっとそのうち新しい出会いがあるよ】

 エモまるを諭すデンリュウのメリーはおとなしいというか大人びている。レベルも高そうだし連れ歩いてることもあって付き合いが長いんだろうかと考える。

「はい! じゃあもし何か困ったことあったら電話していいからね。フレイヤでひとっ飛びだから」

 飛べるポケモン二匹いたら便利だよなーと、自分もなんか飛べるポケモンくらいは捕まえるべきかと考えてジュナイパーのことを思い出す。あれ、あいつ……。

「レモさん。ジュナイパーってそらをとぶ覚えませんよね?」

 さっき、ふっつーに飛んでて気づかなかった。ゲームではジュナイパーはそらをとぶが覚えられない。まあでも鳥だからイメージとしては飛んでもおかしくないが。

「んー? ああ、あれくらいの距離ならなんとかいけるように訓練したのよ。さすがにそらをとぶほどの長距離飛行は無理無理」

 いや短距離でもすごいと思うんだけど。

「だいたい、ドードリオが飛べるんだからジュナイパーが飛べない方が違和感あるわよ」

 くっそ、正論すぎる。そうだよなドードリオが飛べるならジュナイパーだって飛べそうだよな。

「あ、もしかして目的地あるなら送っていこうか? 私、急ぎでやることないし」

「いや、そこまで甘えるのは……」

 それに目的はあるけど場所は正確ではないし、最終手段のおっさんの住所もまだ決心がつかない。とにかくレモさんの厚意はありがたいがそこまでされるほどでもない。

「そっか。まあ、なにかあったらいつでも呼んで! また今度、手持ちの言葉とか聞いてみたいし……」

 言葉を聞いてみたい、と言われて(ろくなもんじゃないからやめたほうがいい)と言いたいけどレモさんの手持ちはみんな素直で真面目そうだから夢が壊れることはそんなにないかもしれない。羨ましいな……。やっぱりトレーナーの性格は手持ちにある程度影響すると思う。

 

 

 

 

 

 笑顔で見送ってくれるレモさんとデンリュウを背に俺も最低限の食料などを買って次の町へと向かうために町から出る。今度は大きな湖畔沿いの通りを進んで少し大きな町に向かう予定だ。

「ロレナシティ、だな。大きな図書館があるところ」

【図書館とかつまんねー。なんかうまいもんないの?】

「大きい町だからなんかあるだろ。あそこジムもあるみたいだし」

 ジムのある町はある程度人が多い。すなわち店も多く、選択肢は多い。

 エモまるがモモンのみをかじりながら俺の肩で地図を見て【マカロン! マカロン食う! 金持ちの食い物っぽい!】とはしゃいでいる。

 そういえば結局エモまる以外手持ちを増やす気になれないけどやっぱり今回のことで増やすべきか少し考えたほうがいい気がしてきた。

 旅をずっとしてきて今更だがエモまる一匹で対応できることには限度がある。今までが平和だっただけでこの先何が起こってもおかしくない。

 ただ、手持ちが増えると声が聞こえるせいでストレスが加速する。例えるなら幼児が増える感じだろうか。基本ポケモンってやかましいのだ。しかもたまに制御できない。エモまるはある程度自重してくれるようになったがそれでもたまにうるさい。

 正直今だって野生のポケモンの声がいたるところから聞こえてきて神経が擦り切れそうなのだ。

 聴覚そのものは恐らく普通の人間と変わらない。だが、ポケモンの声だけやたら耳に入ってきてしまうせいで集中できない。

ふと、大きな町へ向かうというのにトレーナーと全然すれ違わないことに違和感を覚える。バトルを辻斬りのように挑まれるようなことはなくてもすれ違いざま、会釈するようなことは多々あるというのに今日は不自然なほど人間がいない。

 その瞬間、影が差し、自分の真上に何かいると気づき、ほとんど無意識のうちに危険を察知して横に避けるが何かが落ちてきた衝撃で軽くふっ飛ばされ地に伏すと少女の声が聞こえてきた。

「あれ? 雑魚男だけ? あっれー? 発信機はこれで合ってる――」

 機械の画面と俺を交互に見ながら後ろにオオスバメを控えさせ、俺をまじまじと見つめる。深緑の短い髪に白い服。あの銀髪の男と似たようなその服に嫌な予感しかしない。

「なあ、あいつどこにやった?」

 一見どこか楽しそうに、でも感情が伝わってこない冷たい声で少女は問う。あいつ、と言われて浮かぶのはオチバしかいない。しかし、心当たりなどあるはずもなく「知らない」と返すことしかできなかった。先程の衝撃でふっ飛ばされたエモまるが少し離れたところで起き上がる姿が見える。バレないようにこっちに戻ってこいと願っていると少女は平坦な声を出した。

「ふーん、そうかそうか。知らないならしょうがないなー」

 にこっとそこそこかわいい表情を浮かべ、まだしゃがんだ俺に顔を近づけ――

 

「ふざけんじゃねぇぞ」

 

 少女の細腕は俺の胸ぐらを掴み上げ軽々と持ち上げたかと思うとそのまま俺の体は地面に叩きつけられ、呼吸がままならず、掠れたうめき声が漏れる。

「しらばっくれんじゃねぇぞ雑魚! お前あの女といたはずだろ! 俺を騙すとかいい度胸してんな? えぇ!?」

 今度は腹を抉るような踏みつけ。容赦ない一撃に思考がかき乱される。どうして俺はこんな目にあっている?

「あ……?」

 少女は何かに気づいたように俺の近くにしゃがみこむとつまみあげた何かを俺の目の前へ示す。

「おい、これお前なにかわかるか?」

「は……しら、ない……」

 小さな機械の破片のようなものだ。見覚えがない。エモまるはこちらに戻ろうとしているが下手なタイミングで近づくと藪蛇だ。

「……あのクソアバズレ、俺を欺きやがったな……?」

 怒りで青筋が浮かぶ少女はついでとばかりに俺を蹴ってくる。理不尽だ。どうして俺はこんな目にあっているんだ。

「ぜってぇ許さねぇ! あーむかつく。まあちょうどいい玩具あるしいいや」

 玩具、という単語にぞっとする。その目は俺を見下ろしており、人として見ていない。

「なあ、指を一本ずつ折ったらお前どんな声を上げる?」

 ぎりっ、と腕をつかむ少女の恍惚とした表情と体が軋む音に混濁した思考はクリアになっていく。これ以上様子見したらやばい。

「エモまる――」

「あ?」

 合図とともにエモまるはほうでんを放ち、オオスバメがびっくりして叫び、少女も予想してなかった反撃にふらついた。

【逃げんぞハツキ!】

 痛む体を叱咤して先導するエモまるとともに逃げようと駆け出すも、立ち直ったオオスバメの足に肩を掴まれ、振り払えず転倒する。エモまるが迎撃しようにも先に攻撃されてしまう。

「え? 何、なんで? 雑魚が動いちゃダメでしょうが。なんでそういうことするかな。意味わかんない。うん、よし、決めた。爪剥ぎしよう。いちまい、いちまい、いちまいいちまいずつ、許しを請いても止めないから」

 この女に会話は成立しない。もう独り言のようにブツブツ物騒なことを言い始めた挙句、目から完全に光が消えている。

 こんなことなら、レモさんと一緒にいればよかった。後悔してもどうにもならないことだが。この少女にも、オオスバメ相手にもどうしようもできない無力な自分を呪うしかできない。

 オオスバメは一言も喋らないのだ。いっそ、自分がポケモンと会話できることを明かすという案もあるがまずポケモンよりトレーナーと会話が成立しない時点で意味がない。

「――あ?」

 万策尽きた、と思った瞬間、異変が起きる。周囲が霧に覆われたかと思うと、女の足元が燃え、慌てて靴に燃え移らないように後ろに下がった。それとほとんど同時に強い光でその場にいた全員が目をつぶった。

「なっ、誰かいるのか!」

 目を閉じたままでいると女の怒声が聞こえてくる。そして、自分の体が何かに持ち上げられたのもわかった。けれど、女ではない。何かふわふわした――ポケモンだろうか?

「オオスバメ! きりばらい!」

 遠くなっていく女の声。ようやく光の影響で見えづらくなっていた視界が回復したかと思うと口をふさがれ、目の間にいた人物に目を見張った。

 周囲は先程の湖畔ではなくまるで洞窟のような場所。一応、外の様子が少しだけ見え、湖畔のすぐ近くなのはわかるもののあの女がどうなったのかわからないため混乱する。

 なぜなら、目の前にいた少女は見たことのない相手。あの女の仲間かとも思ったがそういった気配はない。むしろ助けてくれたのがわかる。

 洞窟のような場所で息を潜め、白い服の少女の気配が遠のくのを待つ。時折遠くで怒声が聞こえ、ばくばくと心臓がうるさいのすら聞こえてしまうのではないかという緊張感と、自分を助けた少女に視線を向ける。俺の口を抑えて静かにとジェスチャーする少女は亜麻色の短い髪を揺らし、眠たげな赤い瞳を俺に向け、小さく首を傾げた。

 しばらくして、外から音が聞こえなくなり、人の気配もないことからようやく安堵の息を漏らすと亜麻色の髪の少女は無言でスケッチブックを取り出した。

『だいじょうぶ?』

 彼女はなぜか喋らず、筆談で語りかけてくる。

「あ、ちょっと、痛いけど大丈夫……」

 散々踏まれたり蹴られたが血が出たりの怪我はない。アザとかはできてるけどすぐに治る範囲だ。

『そっか。ここミーの秘密基地だからほとぼりがさめるまで隠れてていいよ』

 秘密基地ということはこれひみつのちからで作った空間なんだろうか。急ごしらえの小さい洞窟。生活感は一切ない。

「助けてくれて……その、ありがとう……」

『気にしないで』

 なぜ喋らないんだろう。生まれつき喋れないとかなんだろうか。

 手持ちなのだろうか、ドーブルとマフォクシーを横に控えさせ、じっと俺を見て何かスケッチブックに書き始める。

『君の絵、描いてもいい?』

「俺の絵?」

 どさっと洞窟の奥から取り出したのは絵を書くための道具だろうか。鉛筆をとりだしてこくこくと頷いてくる。

「別にいいけど俺なんて面白くもないと思うぞ」

【俺とかモデルにしようぜー】

 エモまるの主張はどうせ聞こえないので置いといて本当に俺なんか描いても面白くないだろうに。

 一応確認のために言うと『ミーの趣味だから』と書かれ、命の恩人だし断る理由もないのでモデルになるため座り直す。

 そのまま無言で俺を見ながら絵を描く少女を見守ると、そういえば自己紹介をしていないことに気づいて

「そうだ。俺はハツキ。お前、名前は?」

 無言。しばらくシャッシャッと鉛筆で描き続ける音だけがその場を支配し、エモまるが退屈そうに欠伸をする。さすがに無言だと居心地が悪い。

【ねえ、なんで珍しく人間描いてるの?】

 後ろのマフクォシーが少女に声をかけているが当然通じないので少女は不思議そうにマフォクシーをちらりと見る。ドーブルは自由気ままにキャンバスに自分の絵を描いているようだ。

「なあ、なんで喋らないんだ?」

 ぴたりと、少女の手が止まる。まずい、聞いてはいけないことだったようだ。

「あ、いや、詮索するつもりじゃなくてだな。気になったから――」

 

 

「いや……喋るの疲れるから筆談してるだけ……」

 

「紛らわしいことするなよ!!」

 

 

 無駄な気を使った自分が滑稽すぎて、一気に気が抜けてしまった。

「……アクリ」

 ぼそりと、おそらく彼女の名前を呟いて、再び絵を描き始める。

 少しだけ、アクリの顔が赤いことに気がつくが、すぐに顔を伏せられてしまい、結局しばらくは無言のままアクリの絵に付き合った。

 

 

 

 




突貫ですが活動報告に「読んでくださってありがとう」のお礼イラストを置いておきましたのでもし興味のある方、イラストを見ても平気な方はどうぞ。あと活動報告では小ネタとかもたまに置いています。ただし両作品のネタ含むこともあるのでご注意ください。

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