ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない   作:とぅりりりり

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ゆがむは恋

 

 

 多分、過去最大に頭を抱えるハメに陥っている。

 辛い。なんだこれ。なんのイジメだ。

「……どう、したの」

 マフォクシーのせいで頭を抱えて顔を伏せた俺に、心配そうなアクリの声がかかる。レモさんも「大丈夫ー?」と呑気そうに言っているが正直ダメです。

 えっ、これ俺の口から言わなきゃダメ? しんどい、やめてくれ。何が悲しくて俺のことが好きだという暴露を俺の口でしないといけないのか。だってほら、お互い気まずくない? そういうの。

ずっと黙っているからか全員不思議そうに首を傾げており、エモまるは笑い死んでいる。お前あとでお覚えておけよ。

【はい復唱! ハツキほら復唱!】

 マフォクシーが煽るようにパンパンと手を叩く。こいつ絶対に許さねぇ。確信犯かよ。

「どう、したの……?」

【ほらチャンス! 乗るしかないこのビッグウェーブに! ハツキ復唱まだー?】

 ああああああああ!! すっげぇムカつく。でも自分の手持ちでもないマフォクシーに殴り掛かるわけにもいかないしもう詰んでる。完全に嵌められた。

 どうにかしてうまい言い訳を考えたいが違うことを言ってもマフォクシーが即否定しそうだし、なぜ証明しようとか思っちゃったんだよ俺。

【ハツキ、腹括ろうぜ!】

 エモまるてめぇ助けろや!

 相変わらず笑いながら成り行きを見守るエモまるは一切頼れない相棒である。洗濯バサミで干すぞ。

「……えっと……すごく、言いづらいことだからやっぱりなしってのは、だめか……?」

「気になる」

 ですよね。エモまる爆笑してるしマフォクシーもなんかテンション高いのは言葉がわからずとも察せられるし。

 すると、オチバがぴんときたように「ああ」と手を叩いて次いで、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。これ黙ってれば黙っているほど状況が悪化していくやつだ。確信した。この場に俺の味方はいない。

「えっ……と、だな……その……なんだ……怒らないで聞いて欲しいんだけど……」

 オチバに何かされる前にやるしかない。明らかにあの顔は何か企んでいる顔だ。

「あのさ……アクリ……あー……その……」

「なぁに?」

 言葉に悩んで途切れ途切れな俺を待つアクリと目が合い、息を深く吸って早口で言った。

 

「お前俺のこと好きなの?」

 

 多分人生でこんな発言、もう二度としない自信のある、まるで自信過剰な人間の言葉。

 隣でレモさんが「えっ」と小さく声を漏らし、オチバのにやにやした視線が刺さる。外野ホントにやめてください死んでしまいます。

 肝心のアクリは無表情で硬直しており、反応がない。

【あれ、もしもーし】

 エモまるがアクリの目の前でぶんぶん手を振るが反応はやはりなく、マフォクシーもゆさゆさと肩を揺らすが微動だにしない。

「……おーい」

「――きゅうううん!?」

 ポケモンみたいな叫び声をあげたかと思うとスケッチブックで顔を隠して机の下へと潜り込んだアクリは足でマフォクシーをげしげしと蹴りながらぶつぶつと呟きだす。

「何言って、何言ってるの、ふぅこ……! ふぅこがばらした。ふぅこの馬鹿、わからずや……! せっかく徐々に懐柔していこうと思ったのに……!」

 ちょっと待て。今なんかさらっと恐ろしいこと言わなかったかこいつ。

【駄々っ子みたいなことしないの! ほら起きて! どうしてそこで諦めるの! もっと熱くなるのよ!】

 すいません、俺もう帰っていいでしょうか。

 ふと、レモさんが机の下でジタバタするアクリを心配そうに見ながら耳打ちしてくる。

「その、断るならちゃんと断りなよ? 中途半端が一番良くないわ」

「あっはい」

 これやっぱり俺が引導を渡さないとダメなやつ。いっそ殺して欲しい。

「アクリー、おい」

 机の下を除くとスケッチブックにすごく雑な文字が書かれているのが見える。

『すきです』

 こいつ、本当になんで俺なんだろうか。

「全然心当たりないんだけど、俺何かした?」

「……しいていうなら、顔」

 わかりやすく、安直な理由すぎてこれ以上そこを追求するのはやめようと思った。顔、顔は普通くらいだと思ってたけど世の中変わった趣味もいるしなぁ。

 アクリは顔はまあかわいい方だし、背が小さい割には胸が大きくて魅力はある。そのせいでなんで好かれるのかが全然わからなかったが……。

「えーと……出会ったばかりだし、すぐにどうこうってのも……いや、拒絶してるわけじゃなくて、その」

「うん」

 なんか改めて口にするのも気恥ずかしいし、好きかと聞かれたら難しいところではあるが嫌悪感もない。ので、好意は素直に受け取ることにしたい。

「……俺でいいならまあ……」

「……おっけーって、こと?」

「まあ、そういうことでいいよ」

 正直、彼女とかできると思っていなかったし前世でも縁のない事だったので純粋に好かれることに関してはありがたい。あまりに急すぎたので反応には困ったし、口にしてくれなかったので俺もどうすればいいのかわからなかった。

 アクリはスケッチブックで隠した顔を見せて不安そうな顔で見てくる。

「……ほんとうに?」

「ホントホント」

 誰かに言いたい。今の状況めちゃくちゃ恥ずかしい。

 なんで人前でこんな告白大会みたいなことしないといけないんだ。おのれマフォクシー。せめて人がいないときにやってほしかった。

「おめでとー。やだもー、青春じゃないの」

 外野その1のオチバがぱちぱちと手を叩いており、ご退去願いたいほどに苛つかせてくる。こいつに先手を打たれる前に動いて正解だった。

 レモさんは釈然としないのかあまりいい顔はしておらず「まあ本人たちがいいなら私はいいのだけど」と呟いていた。

 マフォクシーは一匹ドヤ顔しており、エモまるはマジかーという顔をしていた。こいつらなんなの? 俺だけをいじめる使命でも抱えてるの?

 そもそも俺の能力の話をしていたはずなのにどこかへ吹っ飛んでしまったし今更それを蒸し返すのも微妙だし微妙に気まずい。いつの間にか椅子を持って移動して俺の隣にアクリが座ってるし。

「楽しみだな、ハツキのこと大事にするから……ミーなしで生きられないようになっていいんだよ……甘えていいんだよ……」

 どうして俺は普通の女と縁がないんでしょう。ちょっと選択ミスしたかもしれない。レポート書かせてくれ。ダメですか、そうですか。

「えーと、話戻そうか」

 レモさんが軌道修正を試みようとするが俺を除く二人と二匹は『どこから?』といった顔でぽやっとしている。ええと、まあもう俺の能力はどうでもいいや。

 そうだ、今後のことについてだ。

「一応この地方にもジラーチの伝承はある、けど……。微妙に詳細がわからなくて手詰まりなんだよな」

 そのためにここに来たのだが資料も他地方のことばかりで参考にならない。ホウエンのトクサネにある白い岩とか眉唾もいいところだ。確かなんもねーだろあそこ。

「ジラーチなぁ……私もあんまりそういうのは知らないかなぁ。知ってそうな友達も思いあた……」

 

 

「話は聞かせてもらいました! ずばり、陰謀ですよ陰謀!」

 

 

 静かな図書館に響き渡る無駄に大きな声。思わず驚いてそちらを見ると丸メガネに野暮ったいおさげの少女が本を抱いて高らかに宣言する。

「そう! 全部陰謀なのです!」

 あまりにも唐突かつ、うるさいこともあって俺達は反応に困って無言に陥った。オチバすらちょっと困惑している。地味な見た目とは違ってなんともアグレッシブというか、やかましいというか。

「ノノちゃん。図書館だから静かにしないと」

 唯一、子供を叱るようにレモさんが少女を注意すると、俺たちを見たレモさんは紹介するように手で少女を示した。

「この子はこの町のジムリーダーのノノちゃん。ちょっと変わってるけどいい子だよ」

「そうです! つまりこの地方は何者かの陰謀によって操られているのです!」

 ちょ……っと? かなり変わっていると思うがノノはふんすふんすと鼻息を荒くしてズレたメガネを直すと額がぶつかりそうな勢いで顔を近づけてくる。

「おかしいのですよ! この地方、ある時期を境に古い文献や資料が喪失しており、多額のお金も動いてます。きっとこの地方にも悪の組織がのさばりはじめたのですよ~!」

 ロレナシティのやべーやつ、ノノ。しっかりと覚えたので次は関わらないようにしよう。

「ノノちゃん、いつから話聞いてたの?」

「え? ジラーチの詳細を探してるけど手詰まり、ってあたりからですかね」

 ついさっきだし、俺らの会話で陰謀がどうのって話の核心部分聞いてねぇのによく入ってきたな。

「少し前まではジラーチに関する文献はもっとあったんです。あたしが把握している限りでは4、5年前くらいですか。もっと記録を遡ると12年前あたりで文献の紛失事件もあったり、結構厄ネタなんですよ、ジラーチに関する情報って」

 思ったより真面目な話らしく、せっかくなので詳しく聞いてみることにする。

 13年前にジラーチに関する研究をしていたオモイ博士が提供した資料がジラーチに関する一番最新の情報だったのだが12年前のその事件で紛失し、その後もたびたび古い文献を含む情報が喪失しているという。喪失しているのはほとんどがジラーチに関する記述があるものばかりでノノはそれをずっと不審に思っていたらしい。

「あたしがあと5年早く生まれてたらその資料読めたのにと思うと涙が止まりませんよ……ぐすぐす」

「複製とかないのか?」

「それがないんですよねー。残念なことに、読んだことある人がだいたいこんなことが書かれていたって書き出したざっくりとした内容くらいしかなくて。肝心のオモイ博士は奥さん娘さんともに一家で行方不明だし」

 ないものは仕方ないがジラーチに関することすら厄いとか俺なんか無意識に厄ネタに突っ込もうとしてる?

 さすがに俺みたいにトチ狂ってジラーチ頼みの人間とかほかにいるはずないよな、と思いたいのできっと大丈夫だろう。大丈夫だって言ってくれ。

「ほかにノノちゃん、知ってることある?」

 レモさんが問うとノノは悩んだ素振りを見せ、なにか記憶に引っかかったように目線を斜め上に向けながら言った。

「んー……ザンタタウンにジラーチの伝承がある、っていうのはご存知ですか?」

 ザンタタウンとはこの地方のはじにある小さな町で、これといって特徴のある場所ではなかったはずだ。

 なぜザンタタウンについて俺が知っているかというと、あの白衣の男の名刺に書かれたラボの所在地がそこだったからだ。

「ハツキ君どうする?」

 一応この地方での伝承だし手がかりがある可能性も、白衣の男に会いにいくこともできる。

 目的地としては目指しやすい場所だが――

「俺はザンタタウン目指すのはいいんだけどそっちの二人とレモさんは……」

「あ、私はどうせレンジャーの役割しながらあっちこっち移動してるから気にしなくていいからね」

 レモさんのことは気にしなくていいと言われたがオチバとアクリがどうなのか。

 するとアクリは『デートと聞いて』とスケブにドーブルのイラストまで描いて喜びを表現している。デートとは言ってない。一言も、言ってない。

「私はぁ、アマリト地方とかじゃなければ全然いいわよぉ」

 はい、決定。だけど不安しかないです。

 なんか……俺の人生を占めていた悩みがこいつらと出会ってしょうもないことのように思えてきてしまって、それもそれでどうなんだろう……。

「じゃあそういうことで明日にでも出立しましょうか! あ、ノノちゃんありがとね。でも図書館では静かにね?」

「レモンさんいいなぁ。もしなにか面白い話あったら教えて下さいねー」

 ジムリーダーなのでジムをあけるわけにはいかないので現地に向かうのは憚られるのかノノはそれだけ言って帰ろうと背を向ける。

 が、ふと振り返ったかと思うとノノはオチバをじっと見つめて不思議そうな顔をする。

「あのー……どこかでお会いしたことあります?」

「え? ないわよぉ」

「うーん……見たことある、ような……」

 確信はないもののなにかが引っ掛かったような顔でノノはオチバを見るが、結局答えに結びつかないのか「さすがに違うか」と一人納得してそのまま一礼して去っていった。

 俺たちも思わぬところからの情報提供により図書館ですることがなくなったのでポケモンセンターに戻って休息や明日の準備に向かおうと施設から出るとレモさんの端末が鳴り響いて、画面を見たレモさんが今までに見せたことのない顔を浮かべ、無理やり取り繕ったような笑顔を俺たちに向けた。

「ご、ごめん。ちょっと電話。3人は先にポケセン行っててくれない?」

「はぁい。じゃあいきましょ」

 オチバがあっさり頷いて一番前に立ってポケモンセンターへと向かおうとする。アクリも俺の腕を引いて進んでいくが、レモさんの引きつった顔が気になって、振り返るが通話をするレモさんの後ろ姿しか見えず、相手が誰なのか、なぜあんな顔をしたのかわからないままその場を離れることとなった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「――なんで、電話してきたんですか」

 ハツキたちには見せない、怒りが滲んだ声を電話の相手に向けるレモンは数年ぶりに聞こえてくる軽薄そうな声に耳を傾ける。

『いやぁ……久しぶりに、その……元気かなって思って』

「生憎と元気も元気。どこかのいい歳してニートの誰かさんとは違いますから」

『……お前、なんか厳しくない?』

 電話の声は呆れたような、落胆したような声。レモンは苛立ちがふつふつと沸き立っており、声が更にきつくなる。

 

「師匠」

 

 ただただ、単純で、名を呼ぶに等しい行為のそれは相手への愛憎が込められた一言。

 レモンはそれをすがるような顔で俯いて、男の返事を待つ。

 師匠と呼ばれた男の声は言葉に詰まっているように息を呑む音がし、少しだけ間を置いて呟いた。

『まだ俺のこと、師匠って呼ぶんだな』

「師匠は師匠ですから」

『……やっぱり怒ってるだろ、お前』

「そう思う心当たりがあるんじゃないんですか?」

 師匠と弟子。そんな聞こえのいい言葉で通しているが二人の関係はもっとかわいくも、優しくもない関係だった。ただ、それを口にするのは憚られ、レモンもはっきりとは言わないが当事者である師匠への嫌味としては機能していた。

『えーっと……そうだ、メリーは元気か?』

「メリーなら元気ですよ。そっちこそ、マリーは大事にしてますか?」

『俺が大事にされてない』

 仲がよくないのか師匠が愚痴のようなものを呟きながら、レモンは少しだけ、笑って苛立ちもどこかほぐれるように雰囲気が和らいだ。

「約束ですから、マリーと一緒にしばらくはがんばってください」

『約束はいいんだけど、条件曖昧すぎていつになったら会えるんだよ……』

「師匠次第ですよ」

 

 ――大好きで、大嫌いで、狂おしいほど愛しい人。

 

 レモンは小さく息を吐いて、あまり剣呑なのもよくないと思い直したのか自分の近況も少し師匠に打ち明けることにする。

「そういえば私、明日から一緒に旅する予定の子がいるんですよ。他人と旅するの、初めてなのでちょっとワクワクします」

『へぇ、俺も今一緒に旅してるやつがいるんだよ』

 師匠の声も穏やかで、他愛のないやり取りにレモンは安心していた。

(これなら、もう会っても……いいかな……)

 そう思うほどには、レモンも彼に会いたいと思っていた。けれど、ずっと自制していた鋼の心はそれを口にすることを許さない。

 でも、もうそろそろいいだろうか、と考えた矢先に、男は声を一段低くして囁いた。

『おい、男と一緒じゃないよな』

 その声に、レモンは子供のようにびくりと体を強張らせ、黙っているとやましいことをしていると思われかねないと必死に言葉を紡ぐ。

「男の子は……一人、いるけど……女の子もいる、から……」

『は? お前ふざけてんのか? 男は駄目だ』

 高圧的な言い方にレモンは確信した。

 

 ――この人、何も変わってない。

 

『おい、レモン。聞いてるのかレモン。いいから――』

「師匠なんて大っ嫌い!! そういうところが嫌ってなんでわからないの! わかるまで二度と電話しないで!!」

 通話を打ち切って、怒鳴ったせいか頭がくらくらするくらいに心が乱れ、壁に寄りかかるようにして泣きそうな顔でうつむく。

 デンリュウがそれを心配そうに見つめ、背中をさすってやると、レモンは大丈夫と手で制した。

「師匠の馬鹿……」

 ――ずっと好きでいる自分も馬鹿だが、それ以上に何も変わらない、一番大好きな人に落胆を隠せないレモンは深い溜め息をつく。

 強すぎる感情は毒にもなることを知っているレモンは、アクリのことが心配でしかない。

 

 いずれ、彼女とハツキが自分たちみたいになってしまうんじゃないかと。

 

 

 

 


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