B's meat b   作:畑の蝸牛

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B's meat b

それはそれは高い山があった。

火山活動はとっくの昔に終わっており、もともと火口であったところは見る影もなく、コケすら生えるほどになっており、それを見て過去の苛烈だったころの火山を思い返せる者はいないだろう。

それほど、休火山になって長いのだ。

だが、そんなところで、そんな辺鄙なところでのんびりと暮らす夫婦がいた。

彼らを見れば、誰もが「おしどり夫婦とは彼らのための言葉なのかもしれない」と思うことだろう。

念のため本来のおしどりの生態は勘定に入れないこと、と注釈を付けておく。

ともかくエラく仲のいい夫婦がいる、という点だけ分かってもらえれば結構だ。

そんな夫婦が、自分たちの食料を調達して帰ってきた後の話になる。

 

「なぁ、ジノさんや」

「今日は遠出した甲斐あって、かなり採れたわねぇ〜ってどうかした?」

「反応が地味に遅くて悲しい・・・コレだよ」

 

夫の方、エドが刺す方を見やると、確かに銀色の半球が、そこにあった。

明確に部屋があるわけではないが、そのエリアは確かにエドの領域だった。

コケの緑色に丸い銀色という組み合わせは、ジノには滑稽に思われた。

彼女の感性からするとよほどミスマッチだったのだろう。

 

「ふひひひひひひひひひひひ」

「・・・ほんと怖い笑い方するよな。何がツボった?」

「ひっひっひー・・・ふぅ。貴方の渾身のブンサイかと思うと、ふひっ」

「それを言うなら、ボンサイだと思うよ。それに、僕は渾身してないし。」

「え?貴方、渾身してないの?」

「何コレ?ってキミに聞こうとしたんだけど?」

 

顔を見合わせ、同じように首をひねる夫婦。

これぞおしどり夫婦だ。

「ペットは飼い主に似る」も適用されそうではある。

 

「じゃあ、何かしらコレ。」

「・・・ちょっと離れてろ」

 

念のためにジノを下がらせ自分から怪しき銀球に歩み寄る。

エドは日本に縁もゆかりも無いが、自分の妻を守ろうとする点で武士と同じだった。

彼は若干ビビりながらも一歩ずつ歩を進める。

銀球に動きはない。

なんなら生き物であるかも怪しい。

ちょこんとさわってみる。反応は無い。

いっそ思い切りつついてみようかとも思うが、流石にそれは躊躇われたらしい。

そこまでの勇気とか漢気は持ち合わせていなかった。

今度は普通にゆっくりとさわってみる。

ひんやりとした冷たさが伝わってくる。

 

「ひんやりする・・・」

「どれどれ?・・・ひんやりだね。コレ」

 

いつの間にかジノも隣まで来ていた。

 

「タマゴ、じゃないよなぁ」

「タマゴならあったかいんじゃない?よくしらないけど」

「「うーーーん」」

 

再び首をひねる夫婦。銀色の球体に鏡のように彼らの姿が映った。

彼らは自分たちが映ったことはさして気に留めず、銀球の正体について頭を巡らしていた。

 

薄い光が明滅したことにも気が付かずに。

 

この緑あふれる元火口を、この瞬間に訪れた者がいたとしたら。

光景の滑稽さに笑うだろうか。

恐れを抱いて逃げ出すだろうか。

あるいは目を輝かせるか。

ーなぜ、そうも反応が別れるかって?

言っておこうか。

エドとジノは、人間じゃない。

おおよそヒトとは違う生物だった。

 

 

 

 

 

 

夫婦には知り得かったことだが、銀球は脱出ポッドである。

 

ある事件によって滅ぼされた都市から、命からがら逃げてきたモノだった。

中には一人が、一人だけが乗っていた。

一人で旅をするような歳ではない、幼い少年。

少年は、ディスプレイに映る文字を見た。

 

「電気が切れそうです」

 

脱出ポッドのくせに情けないと思われるかも知れない銀球を弁護しておくと、ひとつの都市が滅びるような災害を振り切り、ここまで少年を運んできたのだ。

鉄の暴風雨、とは言えずとも、相当な難局をくぐり抜けたのだ。

 

だから、貯蔵されていた電気が切れそうになることも致し方ないじゃないか。

むしろ、少年がケガしないよう着陸した点を賞賛すべきだ。

 

それが彼らの住処でなければ。

 

少年は赤く点滅するディスプレイから顔を背け、椅子をくるりと回して外へと意識を向けた。

 

銀球には窓があった。正面から見ると、眼球にデザインが似ていると言えなくもない。

 

案外、まつげを付けると可愛いかも知れない。

 

外を見れば、そこは一面が緑に覆われており、ある程度から上は青と白だった。

 

少年は初めて目にするコケと青空と雲の色に息を呑んだ。

 

きれいだなぁ、とかそんなことを思った。それに対して、ディスプレイは先ほどよりも赤く染まり、アナウンスする。

 

「警告。警告。飛行物体が接近中。警告。警告。飛行物体がーーーー」

 

言いたいことだけ言ったあと、ディスプレイが沈黙する。

もはや警告を発することすら出来なくなった。

その上、少年には警告は届かない。

警告は少年には難しく、彼に理解されることは無かった。

皮肉なのはもう一点ある。

侵入してきたのは銀球であり、少年である。であるのに本来のここの主である夫婦が危険物扱いである。

これをあの夫婦が知れば、さぞかし心外であろう。

さらに皮肉なのは、夫婦が大体の生物から危険、脅威だと認識される存在であることか。

少年はキーボードへとゆっくりと倒れ込んだ。

彼には銀球しか頼れる相手が居らず、しかもその銀球が、ディスプレイは真っ暗だ。

もうどうにもしようがない。

電気が切れそうだ、飛行物体が、と言われても少年にひとつとして出来ることは無い。

 

真っ暗な銀球の中でひとり。

少年は、もう眠ろう。そう思って目を閉じる。しばらくして、彼は夢を見る。

 

 

 

 

 

 

 

ー毎日まっくろな空が、きょうは赤い。

みんなびっくりしている。

となりの人たちがキャーキャーうるさい。

窓からみると、外の人はみんな走ってる。

はやくおうちに帰りたいのかな。

あ、たてものに何かが当たった。

たてものも赤になった。

 

「はやく逃げるわよ!」

 

おかあさんの顔がこわい。

怒るときでもこんな顔しない。

おかあさんが手をつかむ。いたい。力がつよい。手をつかまれたまま、走る、走る、走る・・・

 

もう足がいたい。

おかあさんに連れられて、知らないとこまできた。

エレベーターにのる。

ボタンをおかあさんがぽちぽちしてる。

ぼくがやろうとしたら、「やめなさい」「意味ないよ」って言うのに。

ドアがうぃーんって開いた。

 

いっぱい丸いのがある。

なんでこんなとこに来たんだろ?

あと丸いのがぴかぴかしてる。

おかあさんがさわると、丸いのが開いた。

おかあさんがぼくを抱きあげた。泣いてる。

 

「どうか、あなただけでも無事で・・・」

 

そして、ぼくは丸いのに乗せられた。

おかあさんはいっしょに乗らなかった。

どうしてって、ぼくは言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

銀球に乗る直前の、少年の記憶。

しかし、そこに現状を打破するような要素は、残念ながらひとかけらも無い。

だがしかし、助けというのは予想外のところからやってくる。このときもそうだった。

ディスプレイに、一瞬光が戻り、少年が押していたボタンに反応した。

結果、開くはずの無かった扉が開いた。

それは、エドとジノが銀球でひんやりした直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

さて、翼竜をご存じだろうか。

恐竜の仲間で、空を飛ぶヤツのことだと認識されていることだろう。

それでもピンと来ない方にはいっそのこと「プテラノドン」を思い浮かべて欲しい。大体その姿であっている。

さきほど、エドとジノが人間ではない、とお伝えしたが、実は翼竜によく似ていた。

実際のところ、ルーツや生まれ方などには容易に越えられない壁があるのだが、今はその話ではない。

 

少し考えてみて欲しい。「家から出ようと扉を開けたら、翼竜がお出迎え」というシーンを。

・・・想像できただろうか。

ではここで少年の回答を見てみよう。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!??」

何故か銀球が開いたので、ひょっこりと顔を出してみたらこうなった。

若干寝ぼけていた頭もバッチリ覚醒した。

この場合、少年をバカにできる者がいるだろうか?

ついでに言っておくと、少年は翼竜という存在を生まれからして知らない。

しかし、この場にいたのは人間の少年だけでは無かった。

「ねぇ何アレ!?何アレ!?ちょっと触ってきてくれない!?」

と夫をバンバンと叩くジノ。

「そんな虫捕まえろみたいな言い方やめろ!機嫌悪くしたらどうする!?」

妻の発言にビビるエド。

夫に頼るジノ。

テンパった翼竜モドキの夫婦もいた。

そして、第二声。

「「「喋るの!?」」

意外にも息はぴったりだった。

「「「・・・・・・」」」

そして沈黙。さて、次の口火を誰が切るのか。

夫婦は作戦タイムをとることにした。

ようは少年に背を向け、ひそひそと話す構えだ。

「・・・アレ、なんだと思う?」

「僕に聞けばわかる、みたいなのやめようか。僕だって今飛んでいきたい気分だからね?」

「ゴメンそれはホントにやめて。泣くから」

「じゃあやめるよ。で、どうする?対話を試みてみる?」

「よろしく」

「え、ちょ、おま」

エドが制止するより早く、ジノは物陰へと隠れる。

ちょこっと顔を出して様子を伺う構えだ。

そんな妻の様子に内心でやれやれするエド。

「なにしたの?」

「!?」

エドは突然に背後から問いを投げられ、勢いよく振り返る。

すると、少年は銀球から降りて、その足でコケを踏んでいた。ヌメヌメしてるけど大丈夫なのかと見当違いの思いを抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

さて、なぜ少年がそのような問いを投げたのか。理由は非常にシンプルだった。

「なんで扉が開いたのか」ということである。

銀球による電池切れのアナウンスを、少年は十全には理解していなかったが、「これもう動かないな」ということは察していた。

子供のカンもなかなか侮れない。

少年からしてみると、開くはずのない扉が開いたので外に出てみれば、そこにふしぎ生物が居たわけだ。しかも二羽。

興味をもたずんば、子供にあらずとはこのことだ。

そして、子供は答えてもらえるまで、何度でも問うことをやめない。

「ねぇ、これになにしたの?」

少年は乗ってきた銀球を指しつつ、もう一度ふしぎ生物に問う。

「・・・いや、別に、何も」

「ほんと?」

「ええ、そのように思います。はい」

「うーん」

少年は頭を抱えた。

唯一の情報源に「知らない」と言われてしまえば、八方ふさがりも甚だしい。

また、どうしようもなくなってしまう。

少年は目をつぶってまで一生懸命考え始めたので、目の前のフシギ生物が居なくなっても気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

こちら物陰の夫婦。

「なんでコッチ来るの!?」

「だってどうしようもないじゃん!?」

テンパり継続中のエド。

「・・・たいあたりすれば、倒せるかしら?」

「なんで!?何があったらそんな暴力思考になるの!?喋れるんだから対話していこうよ!」

「チッ、逃げたクセに。チッ」

「・・・じゃあ自分で行けよ」

「えぇ、このワタクシに任せておくことね。」

言うや否や物陰から出て行くジノの姿を見送る。エドが思ったことは「アイツぜったい失敗するぞ・・・」だった。

先ほどの発言も失敗フラグにしか聞こえていなかった。

物陰からはでたものの、ジノさっきは採ってきた果物をゴソゴソやっているのが見える。

「一体なにを・・・」

と聞こえない音量でエドはつぶやいた。

にも関わらず、まるで聞こえていたかのようにジノが振り返ってエドにウインクする。

隠しきれない自信がその仕草からにじんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「うーーーん」

少年はいろんな可能性を幼いながらに考えてみるが、答えは出ない。

そりゃそうだ。少年の年の頃は物心つくか否かといったところである。

原因にもし一人でたどり着けたなら天才の名を欲しいままにすることだろう。

まぁ、結局のところ彼は大物になるのだけど。

それも別の話ということで。

さて、答えが出ずにうんうん唸る少年には、足りていないものがあった。

「ぐぅー」

と間の抜けた音がする。

誤解の無いように言っておうと、翼竜の夫婦の鳴き声とかではない。

「・・・おなかすいた」

実際、少年には銀球に乗ってからというもの、何かを口にする暇など無かった。

気付かないほど余裕が無かったとも言える。

「コレ、食べる・・・?」

と少年の目の前に真っ赤な果物が出される。

差しだした方をを見ると、フシギ生物二号である。

意外なことに、少年はエドとジノの見分けがついていた。賢い。

「いいの?」

「いいよ」

赤い果物、リンゴが翼竜から少年へと渡る。

その光景は奇妙でありながらも、どこか心温まる光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、フシギ生物一号ことエド。

エドは腕を組んだような姿勢で考えていた。

(なにかしたの?ってことは自分で開けたわけじゃないんだよな・・・)

ちなみに、今更だがエドが知性派でジノが感覚派である。

エドは現状得られている情報で推理を開始する。(あの丸いのはいつの間にかウチにあった。・・・一体どうやって?僕らと同じように飛べる、というならわかるけど・・・)

案外カンの鋭さも持っていた。

(翼も無いのにどうやって飛ぶんだ?しかも食べたの思いっきり吐き出してるんだが。生物としてどうなんだそれ?)

とはいえ機械のことを知るようなチャンスは無いので、考察がズレる。しかたないね。

(ジノが食べ物でつってる間に調べるべきか?

・・・それにしてもおいしそうに食べるなぁ)

ツメで切り裂かれたリンゴを笑顔で食べる姿が見える。

同時に、エドは「今しかない」と決心した。

抜き足差し足、それこそ泥棒よろしく銀球の裏側へと大回りする。

そろーりそろーり歩く翼竜はかなり滑稽である。本人は至って真面目ではあるけども。

窓は本来の表、エドから見て裏の方に付いていた。

(なんだこれ…?)と思ったが、声をあげるわけにはいかない。

そして、どうにか少年とジノに気付かれないよう、そーっと銀球へと再接触を試みる。触れた。

触れた瞬間、銀球の表面に血管のような赤い光の筋が浮かぶ。

驚いて離れると、光も収まった。

「・・・・・・」

自分の手を見て、銀球を見てを繰り返しつつ首を傾げる。

「え!?今のなんだったの!?」

「・・・あーっ!コレだ!!」

驚くジノと、何かに気付いたらしい少年。

エドは内心で「やらかしたなぁ」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

電気が切れて、動かないはずの銀球が光る。

そのことの意味を、少年はよく分かっていなかった。

エドがそのまま触れ続けていれば、銀球がどうなっていたのか。

少年にも、ましてやエドとジノの夫婦にも知る由は無かった。

知る術があったのなら、少年はすぐにここを飛びたっていただろう。

しかし、実際にそうなるのに、二年の時を必要とした。

その間、夫婦と少年は打ち解け、ひじょーにのんびりと暮らしていた。

そして、ある日。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか!電気ってのがこの銀球のエネルギーだったのか」

「急に叫んでどうしたのさ」

「エド、いいって言うまでずっと触っててね」

「いいけど、コレ光らせて楽しいか?」

「いいから!」

二年という歳月があれば、人間と翼竜といえども上手くコミュニケートできるようになるのだ。

・・・少年は最初から困るようなことは無かったが。

フシギ生物一号くんはかなり難航していた、とだけ言っておこう。

エドが触れると、銀球が赤く光り出す。

「仲間はずれはよくないなぁ」

とおそらくふくれっ面のジノがエドに加わる。

しばらく経つと、赤だった光が黄色、黄色だった光が緑になった。

「フルチャージ」

銀球から電子音声で発せられる。

二年前のエドとジノなら驚いただろうが、少年の奇想天外に付き合わされ続けた二人は、肝が太くなっていた。

「これでいいか?」

「いいよ。」

少年の言葉をトリガーにでもしたかのように、銀球の扉がひとりでに開く。

少年は迷いなく、銀球へと進んでいく。

「行くのね?」

「流石にね。長居しすぎたかなって」

「私たちは別に気にしないのに。ねぇ」

「・・・まぁ、そうだな」

「ははっ、照れてる照れてる」

「うるさい!行くなら行ってしまえ!」

「好きな時に帰ってきなさい。準備して待ってるから」

「・・・うん」

会話だけを聞いたなら、誰もが「旅立つ息子を見送るシーン」だと思うことだろう。

しかしこの場での役者は、人間一人に、翼竜が二人である。

本来なら翼竜は「人」で数えたりしないのだろうが、ここは敬意を持って、二人としたい。

 

「エド、ジノ。二人ともありがとう。またね」

 

少年はそう言って、銀球へと乗り込んだ。

出発前の電車のように二人が窓にへばりついて、何かを言っている、が、聞こえない。

少年は目が熱を帯びるのを感じた。

少年が故郷を旅立ってから、ここに辿り着いてからというもの、間違いなくこの二人は家族だった。

人間と、翼竜。

確かに生物としては遠いかもしれない。

でも、三人は間違いようもなく、誰が見ても家族だった。

そう少年が思ったかは本人のみぞ知るところだが、少年が涙していたのは確かだった。

窓の方を見るのを、二人の方を見るのをやめて、ディスプレイへと向き直ろうと、椅子を回そうとした。

窓が叩かれている。

かなりの勢いで窓が叩かれている。

……流石に少年もおかしいな、と思ったのか扉の開くボタンを押す。

扉が開く。

 

「食べ物忘れてるぞ」

「食べ物忘れてるわよ」

 

同時に夫婦から言われた。

少年は目を丸くして、声が重なったのがツボだったのか、はたまた自分のうっかりが滑稽だったのかはわからないが、

「あはははははははは」

笑った。

「ふひひひひひひひひ」

「ははははははははは」

三人の笑い声は、高く、青い空へと響いていた。




小噺集の方はシリアスなのやる。そう決めた。
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