ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第99話 命と誉

「テバ兄ちゃん、みんな…」

エルバ達がテバを追いかけて里へ向かい、それから一夜が明けたものの、彼らが帰ってくる気配がない。

少し前から雨が降り始めたことをいいことに、サキはケイと一緒に運んだツボに水をためていく。

だが、次第に雨はひどくなっていき、時々雷の音も聞こえてくる。

黒い雲が空を覆い、昼近い時間であるにもかかわらず、夜のように薄暗くなっていて、たいまつがなければ何も見えないほどだ。

「サキ、大丈夫かい?」

一人外に出た娘を心配したケイもまた外に出て、サキに声をかける。

「さあ、早く入りなさい。風邪をひいてしまうわ」

サキの手を握り、連れ戻そうとするケイの足が突然聞こえてくる獣の鳴き声で止まる。

昨日人食い火竜が戻ってきたときも、大きな鳴き声を上げていた。

それからしばらくはおとなしくしていたが、また聞こえてきたということは、何かが起こったのかもしれない。

山の中から聞こえるその声にサキはケイにしがみつく。

しがみつくサキの頭を撫でたケイは額の拳を置き、祈りをささげる。

「火の神様…どうか、里と人々をお守りください…」

「テバ兄ちゃん…」

 

「はあはあはあはあ…」

「グルルルル…」

上空では、体のいたるところに小さな傷のついた人食い火竜が飛行し、地上ではエルバ達が隠しきれない疲労でその場に座り込む。

「マグマをまとっただけで、あれだけの力を…」

「わしらを目の敵にしておるということも大きいじゃろう…」

里ではとどめを刺すために使うはずだったグランドクロスが炎で相殺され、グレイトアックスの風の刃もマグマでできた鎧が阻む。

セーニャのマヒャドもマルティナのピンクタイフーンも小さな傷をつけることが限度。

「はあ、はあ、はあ…斬れない…」

トベルーラで無理やり飛行して切りかかったエルバだが、右手に握る水竜の剣の刃にいくつもの傷ができ、刃もボロボロになりつつある。

戦いに備え、里を出る前に研ぎ石でしっかり手入れしたはずなのに、それほどの負荷が水竜の剣が受けた現実を受け止めざるを得ない。

溶岩に何度も剣をぶつけている以上、たとえ水の力を宿した剣でも無事では済まないとなると、左手のドラゴンキラーも刃の表面が溶けてしまっていて、変形しつつある。

溶岩を取り除くことができなければ、刃でダメージを与えることができないどころか、おそらくは禁書に封印することもできないだろう。

「グオオオオオオンン!!」

攻めあぐねるエルバ達に向けて上空から両翼を羽ばたかせた人食い火竜は熱風を発生させる。

溶岩の熱で燃えるような暑さがエルバ達を襲い、それが彼らから水分を奪っていく。

「くうう、これほどまでに苦しいとは、な…」

水分が奪われ、まずはロウが苦しげのひざを折る。

いくら修羅場を潜り抜けてきたとしても、年齢による体内の水分の低下は避けられない。

人食い火竜の生み出す熱によってついに音を上げざるを得なくなる。

「ロウ様!!」

「セーニャよ…わしの代わりに、これを!」

もはや自分では唱えるだけの力がないロウはやむなく禁書をセーニャに渡そうと手を伸ばす。

だが、それと同時に衝撃波が地上を襲い掛かる。

灼熱の衝撃波は地上にいるエルバ達を焼くとともに大きく吹き飛ばしていく。

地面を転がるロウはマグマにあたるギリギリのところで止まることができたが、あまりの衝撃に左腕が大きく骨折し、あり得ない方向に曲がってしまう。

禁書を託されるはずだったセーニャも額から血を流し、当たり所が悪かったためか、気を失ってしまった。

「一体、何が起こったんだよ…」

吹き飛ばされ、一瞬気を失っていたテバだが、ロウやセーニャと比較するとかすり傷だけで骨折などの大きなけがはない。

起き上がったテバが見たのは、彼の前で倒れてしまったエルバとグレイグの姿だった。

「兄ちゃん、おっちゃん!!」

「う、くうう…無事、か…」

「奴め…着地するだけで、これだとはな…」

あの時、人食い火竜は上空から猛スピードで地上まで落ちてきて、4本足を使って着地した。

それと同時に発生した灼熱の衝撃波がエルバ達を襲い掛かったのだ。

どうにかテバを守るため、グレイグとエルバは2人がかりで盾になった。

「くっそ…情けない。勇者の盾を名乗っておきながら…」

どうにかグレイトアックスを杖代わりに起き上がるグレイグだが、できるのはそこまでだった。

ここから斧と盾を構えるだけの力が残されていない。

「起き上がれるだけでも…十分すぎるだろう…。それよりも、禁書は…」

グレイグから回復呪文を受け、エルバも自分で回復呪文を唱え、傷を治しながら立ち上がるエルバはロウのそばにあるはずの禁書が無事か見渡す。

だが、いくら魔女を封印することのできた強大な魔力のこもった書物とはいえ、本であることには変わりなく、あの衝撃波に耐えられるはずがなかった。

セーニャの手に渡るはずだった禁書は燃えていて、もうすでに三分の二が燃え尽きてしまっていた。

「禁書が…くそっ!!」

「これで、封印を使う手段は絶たれたか…!!」

無念の感情を拳で抑え込み、ロウは立ち上がる。

人食い火竜はまず食べる肉をどれにしようかと見渡している最中だ。

弱った呼吸を整え、魔力の巡りを整えていく。

(皆…あとのことは、頼む…)

一つだけ、禁書を失った際に人食い火竜に仕掛ける手段をロウは思いついていた。

この手段をとることができるのはロウだけで、おそらくはエルバ達全員が反対するもの。

だが、人食い火竜の負の連鎖を断ち切る方法が今はこれしか思いつかない。

「化け物め!何を倒したと思うておる!わしはまだ立てるぞ!戦えるぞ!!」

ロウの手からドルマが何度も放たれ、闇の球体が何度も人食い火竜に炸裂する。

ドルマ程度の下級呪文ではマグマの鎧に守られた人食い火竜には傷をつけることができない。

だが、何度も襲う蚊に刺されるかのような感覚が人食い火竜の癇に障ったのか、視線がエルバ達からロウに向けられる。

食事を邪魔する生きのいい肉。

最後に食べたいが、こうして暴れまわって食事の邪魔をするなら真っ先に食べてやる。

大きく口を開いた人食い火竜がロウに襲い掛かる。

「じ…じいさん!!」

手を伸ばすエルバだが、その手が届くはずがない。

ロウが捕食される光景が脳内に浮かぶ。

だが、一直線に襲う人食い火竜はコースさえわかれば御しやすい。

ロウは残った魔力でトベルーラを発動して跳躍する。

そして、人食い火竜の頭にとりつく。

生きのいい奴だが、結局は魔力が強いだけのただの人間。

少し上空で暴れれば落ちてくれる。

そう考えたのか、人食い火竜が飛び上がり、激しく動き回る。

だが、なぜかロウの手からバチバチと魔力が点滅していて、それが普通の人間をはるかに超える力を発揮して、それがロウの体を支える。

「捕まえた…さあ、地獄まで付き合ってもらうかのぉ!!」

「じいさん、何をする気だ!!」

気絶したセーニャを抱えるカミュは上空にいるロウの行動から嫌な予感を覚えた。

エルバ達と出会う以前、カミュはある岩の魔物と遭遇したことがある。

灰色か青い岩石で構成された魔物で、不気味に笑う顔が特徴的だ。

かつて、バイキングに所属していたころはよくその魔物には危害を加えるなと何度も言われた。

その魔物は基本的に人間を襲うことは少ないものの、うかつに彼らの縄張りに入る、遊び半分で彼らに攻撃した場合、縄張りや仲間を守ろうとある呪文を唱えてくる。

それは己の魔力をほとんど消費しない代わりに、己の生命力すべてを破壊エネルギーに変換して放つ自爆呪文、メガンテだ。

それを唱えた者は粉々になり、遺体すら残らない。

僧侶として修業を受けた人間であれば、万が一にも肉体が残る可能性はあるが、ただそれだけで死ぬことには変わりない。

「すまぬの…禁書も八咫鏡もない以上、これ以外に手段が思いつかんのじゃ…」

これから、自分は人食い火竜を道連れにする。

脳裏に浮かぶのは在りし日のユグノア城、そして赤ん坊のエルバを抱くエレノアと2人をやさしく見つめるアーウィン。

本来エルバのあるべき光景が己の無力さが原因で失われた。

生きていたエルバと再会してから、ロウが願ったのはウルノーガへの復讐以上にエルバ自身の幸福だ。

デルカダールへの復讐心を抱くエルバとどこか今の自分を重ねてみていたところもある。

だが、それを乗り越え、育ってきた村で生きてきた大切な人たちが生きていたことはエルバにとってどれだけ幸せだったことか。

たとえ自分がいなくなったとしても、彼にとって家族といえる人がいるなら、エルバを心配する必要はない。

「ロウ様!おやめください!そんなことをしたら…」

「すまぬな、姫…。エルバを、世界を…頼む」

掴んでいる人食い火竜はなおも抵抗しようと激しく咆哮し、暴れまわる。

メガンテの力を高めるべく、ゴールドフェザーを発動しているが、いつまでも拘束し続けることはできないだろう。

「エルバ…幸せに…」

自分の心が変わる前に死のうと、メガンテを唱えようとした瞬間、すさまじい爆発が人食い火竜とロウに襲い掛かる。

激しい爆発が人食い火竜の全身のマグマがはじけ飛び、メガンテを唱えようとしたロウが転落してしまう。

「じいさん!!」

「い、今の呪文は…セーニャが唱えたのか…!?」

くらくらする頭をどうにか抑え込んだロウが問いかけるが、エルバは何も答えない。

セーニャとカミュに目を向けるが、セーニャはようやく意識を取り戻しているが、カミュに支えられている状態で、あれほどの爆発呪文を唱えられる状態ではない。

グレイグもシルビアもできるはずがない。

ふと、脳裏に1人だけ、こんな呪文を使える人間が頭に浮かぶが、そんなことはあり得ない。

「じいさん…もしかして、今の呪文を唱えたのは、ベロニカ…って、思ったか?」

「エルバ…」

「俺もだ…あり得ない話だけどな」

だが、誰が放ったのかわからないその爆発で人食い火竜のマグマが取り払われた。

そして、エルバが見たのは人食い火竜の腹部のあたりから発している光。

炎やマグマのものではない、緑色の淡い光だ。

「この光は…!?」

「こいつ…まだ何かする気かよ!?」

マグマの鎧以外にも隠し玉をやられる前にやる。

レーヴァテインが構えるカミュだが、セーニャはその光から何を感じたのか、構えるそぶりを見せない。

「セーニャ…?」

「待ってください、あの光は…人食い火竜が生み出しているものではありません。もっと別の…もしかしたら、八咫鏡の!!」

「消化されていないということか…!?」

ヤヤクとともに人食い火竜に食われることになってしまった八咫鏡。

セーニャのいう通り、その魔力がまだ生きているというなら、ヤヤクが残したもう1つの可能性がよみがえる。

ヤヤクの部屋から持ち出した魔竜の魂を手に取り、エルバは空の人食い火竜に目を向ける。

(あの爆発で手負いになっている…。中途半端に傷ついているだけのせいで、暴れてくる可能性は高いが、だが…!)

実際、人食い火竜はマグマの鎧をはがされ、おまけに傷ついたせいで怒りを見せている。

「みんな、少しだけでいい…。奴の注意を俺からそらせてくれ。…こいつで、人食い火竜を終わらせる…!」

「エルバちゃん…」

魔竜の魂を握りしめたエルバの脳裏に死んだヤヤクや里の人々の姿が浮かぶ。

あの犠牲の原因の一部は彼女にあったかもしれない。

だが、根本的な原因は人食い火竜が生み出す悲劇の連鎖だ。

それを断ち切らずして、世界を救う勇者を名乗れるはずがない。

「兄ちゃん、オイラも連れて行ってくれ!」

「テバ…」

「無茶よ!あなたは隠れて…」

「何にもできないかもしれない…。けど…けど、オイラだって、何かがしたいんだ!!」

人食い火竜を倒しにキジとハリマが旅立った時、キジとハリマの死を告げられ、ケイとサキが悲しんでいるとき、ケイが生贄として選ばれたとき、そしてヤヤクが人食い火竜に食い殺されたとき。

その時、それを見ていたテバは何もできなかった。

彼らについていくことも、悲しむ2人を励ますことも、その決定に対して声を上げることも、ヤヤクを突き飛ばしてでも阻止することも、何もすることができなかった。

ただ見ていることしかできなかった。

そのたびに弱い自分を憎み、早く強くなりたいと思った。

もう、そんな思いを繰り返すのは嫌だった。

「…わかった、来い!」

「…うん!!」

エルバに抱かれ、魔竜の魂を手にしたテバはトベルーラによってともに上空へ飛ぶ。

人間のくせに空を飛ぶエルバに目を向けようとする人食い火竜だが、その視界を覆うかのように周囲に竜巻が発生する。

セーニャのバギクロスとグレイグのグレイトアックスが放つそれが人食い火竜の身動きを封じる。

だが、その竜巻を人食い火竜は前足を使って無理やり引き裂く形で消し飛ばしていく。

真空の刃で傷つくことも構わずに力づくで抑えたものの、次に飛んできたのはジェスターシールドから生まれた鞭と鎖でつながったレーヴァテインが人食い火竜を縛る。

「さあ、猛獣ちゃんにはおとなしくしてもらうわよー!」

「にしても、この鎖…維持するだけでこれだけ疲れるなんてな…」

呪文の心得のないカミュにとって、レーヴァテインの鎖を維持するのは難しく、もう少し呪文について学んでおけばと思わず後悔してしまう。

縛り付けている相手が相手ということもあるが、少しでも気が散ると鎖が砕かれてしまう可能性がある。

己を束縛する2人に業を煮やす人食い火竜だが、その目の前に真っ黒な怪しいオーラをまとった状態のマルティナが跳躍してくる。

「お仕置きよ!!」

力を集中させた拳が人食い火竜の頬を襲い、すさまじい衝撃がそこから顔全体を襲う。

顔面の骨や歯に大きなひびが入り、そのダメージによって動きも鈍り、体が横倒しになっていく。

そんな人食い火竜の真上をとったエルバがそのまま降下していく。

腕の中にいるテバは魔竜の魂を離さぬよう力いっぱい握りしめる。

「目を覚まして、ハリマ様ーーーーーーー!!!!!」

落ちていくエルバ達と人食い火竜の腹部が横切ろうとした瞬間に、テバの持つ魔竜の魂と腹部の光が重なり合う。

同時に、それらが緑色のまぶしい光を放ち始めた。

 


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