赤いじゅうたんが敷かれた真っ暗な部屋の中で、黒いローブの男はテーブルに置かれている暖かい紅茶を口にする。
この部屋の中が彼にとっての唯一の安息の場所であり、おそらくここで過ごすことのできる時間もわずかになっている。
この部屋の周辺は真っ暗な闇が広がっていて、一歩でも部屋の外に出たらそこら中から悲鳴や怨嗟を耳にすることになるだろう。
その部屋の中に預言者が現れ、同時にローブの男のそばに彼のための椅子が用意される。
椅子に腰かけると、男はテーブルのティーポッドからもう1つのティーカップにお茶を入れ、預言者に差し出す。
それを一口飲み、体を温めた預言者は口を開く。
「お前がロトゼタシアで生きる時間も、残り少なくなってきたな…」
「ああ。覚悟している。そして、俺がなすべきことをなすことで、ロトゼタシアを救うことができる…。そう教えてくれたのはあなただろう?預言者よ」
「私は多くの者に預言を授けてきた。中にはそれゆえに高慢となり、破滅した者もいた。そのような者を見るたびに、後悔した…。だが、邪道に落ちた者に預言を授けることも、それによって目覚めた者を見るのも、今回は初めてだ。故に…惜しいと思う。もっと早くお前に出会い、それを授けていれば…」
「過ぎたこと。それに、過ちを犯さなければ、私は素直にあなたの預言を聞くことはなかっただろう…。あなたの準備はできているのか?」
「無論だ。願わくば、その力を使うまでの事態にならぬことを願うが…」
もしウルノーガがそれを使わざるを得ないほどの力を手に入れてしまったとしたら、おそらくは邪悪の神以上の力を手に入れたことになるだろう。
そうなってしまえば、ロトゼタシア全体を束にしたとしても、ウルノーガを倒すことができない。
その時にウルノーガに宿った力を封じるための手段を預言者は長い時をかけて生み出した。
「それに、これはまだ不完全だ。それを完全にするには…力が足りない」
だが、その力は彼一人の力では生み出すことができないもの。
古の契約に基づき、力を貸す存在が足りない。
「足りなければ補えばいい。契約者が足りないのであれば、満たせばいい。そのあてならある」
「セニカの片割れか…」
「もうそろそろ戻る頃合いだろう。話してみるといい」
預言者が現れたのと同じ場所に、今度は少女が現れる。
赤い頭巾をかぶり、赤と白のワンピースを身にまとった年若い少女にジロリと黒いローブの男をにらむ。
「ちょっとー!聞いてないわよ!あんたの力でロトゼタシアに戻れたと思ったら、イオナズン一発放っただけで力を使い果たしたじゃない!!」
「だが、結果として彼らを助けることができただろう」
「それはそうだけど…でも、これじゃあ本当にちょっとだけじゃない!!ウルノーガはもっと強い…」
人食い火竜も今までエルバ達が遭遇してきた魔物と比較すると圧倒的に強い分類だが、ウルノーガはそれ以上に強い。
だが、このローブの男の言葉が正しければ、ウルノーガは現在進行形で強くなっていて、もしかしたらかつての邪悪の神をもしのぐことになるかもしれない。
エルバ達を助けるべく、先ほどはこうしてロトゼタシアに帰還して、実際に特大呪文を使うことができた。
しかし、ほんの1発だけでは気休めにしかならず、それが決定打を与える可能性は圧倒的に低い。
「そんなことはわかっている。だから、君に確かめたいことがある…」
「確かめたいこと…?」
「古の契約に興味はないか…?ベロニカ」
ヒノノギ火山の中でも極めて異質な存在といえる分厚い城門にも匹敵する巨大な門。
何も装飾が施されておらず、ただひたすらに道を阻むだけの役割に特化したその門がカギを開いたエルバの手によって開かれる。
だが、その先に広がるのは溶岩だけで、そこには禁足地といえる所以が見えない。
「ここで…あってるよな?」
「あそこで見た光景では、確かにヒノノギ火山の中に…」
「…感じる。ここだ、ここが勇者の剣が生まれた場所…」
そのことをエルバに伝えているのは両腕のアザの光。
深く呼吸をし、その根源を確かめようとする。
「…!エルバ!!」
何かを感じたグレイグがエルバ達の前に立ち、デルカダールの盾を構える。
彼の視線は上空に向けられていて、そこにはローブをまとった男が浮かんでいる。
「何者だ!?」
「ほぉ…極力気配を消していたつもりだったが、見事だな…今世の勇者の盾」
空に浮かぶ男はローブの中からほっそりとした老人のような腕を伸ばす。
最低限の筋肉がついた腕だが、手に握られている剣からはようやく針のような鋭い殺気が感じられた。
「長い時間、待っていた。ローシュが去り、再び己の手で勇者の剣を生み出そうとする者がこの地にやってくるときを」
「再び勇者の剣を…?あなたは、いったい…!?」
その口ぶりはあたかもローシュが生きていた時代から待っていたかのような口ぶり。
驚くエルバをよそに、エルバ達の前まで浮遊したまま移動した男はフードを脱ぐ。
青が混じった真っ白な髪でしわの多い顔立ち。
だが、青い瞳は輝きを失っておらず、顔にはいくつもの切り傷ややけどの痕がある。
「私の名はロン・ベルク…いや、十三代目ロン・ベルクとでも名乗るべきか…」
「十三代目…!?まさか、ロン・ベルク流剣術の…!!」
「それは初代が生み出し、2代目が大成させた剣術。我々も心得てはいるが、そのすべてを会得するには至っていない。私は剣とともにこの万世一系の鍛冶術を受け継いできた。すべてはこの日のために…」
「んじゃあ、あんたが作ってくれるのか!?勇者の剣を!!」
火山の中だから、もしかしたら鍛冶場でもあるのかとおもったが、まさか鍛冶職人本人がいるというのは盲点だった。
だが、その答えとして帰ってきたのは鋭い目つきで、それを見るだけで背筋が凍るほどのプレッシャーが感じられた。
「私が長年ここにとどまっているのは今世の勇者が誠に勇者の剣を手にするにふさわしいかを試すため。故に、我が技術を弟子にすべて教え、託したのちはこうして霊魂のみをこの地に縛り付けている。そして、この場所を脅かす不届きなものどもを始末してきた。最も、亡骸は今やマグマの中。もうここにはほとんどないが」
唯一残る証拠となるのは、その手に握られた剣。
その刀身は数多くの魔物の血を浴びたせいか、若干黒ずんでいて、ここまでひどい黒ずみとなると、使い物にならなくなるはずだが、そういったそぶりは見せない。
ロン・ベルクはエルバ達に背を向け、浮いたままマグマの湖の中央まで歩き、そこで振り返る。
「さあ、まずはここまで来てもらおう。トベルーラを使え」
「…」
ゴクリと唾をのんだエルバは彼の言葉通り、トベルーラで飛行しつつ、その先に広がるマグマの上を進んでいく。
ここで仮に魔力や集中力が切れることでトベルーラを解除されてしまうと、あっという間にマグマに焼かれてしまうだろう。
そんな恐怖を抱えながら、前へ進むエルバは水竜の剣を抜く。
ホムラの里で研ぎなおしてもらい、切れ味を取り戻したその刃をロン・ベルクは見つめる。
「ほぉ…セレンと会ったか。その剣を持っているということは、彼女はもう…」
「…。彼女から託されたもののためにも、ウルノーガを倒す…」
「ならば、見せてみろ。その覚悟を…!」
いきなり大きく飛行したロン・ベルクが両手で剣を握り、力を込めて頭上に掲げる。
一瞬剣を中心にグランドクロスのような十字の光が発生した後で、そのまま落下していき、勢いに乗った状態で刃がエルバを襲う。
「ぐう…!」
あまりのスピードと勢いによけられないと悟ったエルバは水竜の剣を両手で握ってそれを受け止める。
自らが勢い余ってマグマの中へ落ちてしまうこともいとわない一撃は確かに受け止められはしたが、それでもエルバの体を一気にマグマぎりぎりのところまで落としている。
そして、放ったロン・ベルク本人はぶつかり合った高度で動きを止め、落ちていくエルバを見降ろしていた。
「はあ、はあ、はあ…」
「単純なものだが、破壊力は確か。どうかな…?2代目ロン・ベルクの剣技、ノーザングランブレードの味は」
「くっ…強い…!」
老人のその細い腕のどこからそれだけの勢いと力を引き出すことができるのか、受けたエルバにもわからない。
もし彼がもっと若かったら、この一撃だけで勝負がついていたかもしれない。
どうにか再び高度を上げたエルバだが、その時にはロン・ベルクは既に2回目のノーザングランブレードの構えとなっていた。
あの一撃を既に味わっているエルバは今度はぶつかり合うわけにはいかず、比較的よけやすい横へと移動して刃を避ける。
避けて側面から一撃を浴びせることを考えていたが、避けても攻撃の余波が襲い、それが剣をふるうための動きを封じる。
「どうした?その程度でウルノーガと戦うつもりか?今世の勇者。もっとお前の力を見せてみよ」
「く、ううう!!」
ドラゴンスレイヤーを左手で握り、二刀流の構えとなるエルバ。
その構えにロン・ベルクは目を細める。
「書を読んだか。初代はかつて、生まれて10年もたたずに最強の剣技を極めたといっていたが、2代目がその先の剣技、そして鍛冶術を見出した。書も結局は通過点に過ぎぬ」
そうつぶやき、ロン・ベルクもまた両手で握っていた剣を左手で持ち、右手をローブの中に隠す。
再び右手があらわとなると、それにはもう1本の剣が握られていた。
ロン・ベルクが二刀流となったのと前後し、2人の戦いを見守っている6人はある異常を味わうことになる。
「何…?この寒さ」
「嘘だろう…我々がいるのは火山の中だぞ!?」
火山の中にいるにもかかわらず、真冬のような冷たい風が当たり前のように吹き付ける。
空からは雪が降り始め、徐々に分厚い積乱雲が形成されていき、それが禁足地を包んでいく。
「ラナリオン…天候を操作する呪文。雨雲を呼び出すことができれば、このように雷雪を生み出す積乱雲を生み出すこともできる。2代目ロン・ベルクが生み出した剣技…見せてやろう」
「雷…!?」
パチリ、と一瞬だけ鋭いしびれが走る。
雲からはゴロゴロと雷の音がかすかに聞こえ、時折本物の雷が周囲に落ちる。
そして、目を疑ったのはマグマの状態だ。
あまりの寒さへと変わってしまったせいか、あれほどエルバ達に恐怖を与えたそれが凍り付き始めていた。
「この状況は長い時間維持することは難しい…。故に、早く終わらせよう」
そうつぶやくとともに高度を上げたロン・ベルクが落雷を2本の剣で受け止め、雷を宿した剣はまるでギガスラッシュを放つ直前のまぶしい光を放っていた。
それを2本同時にふるうと、宿った雷が解き放たれ、エルバに襲い掛かる。
魔法の闘衣に身を包んでいるはずのエルバの体を自然の雷が焼いていき、全身がしびれたエルバが凍ったマグマの上に落下する。
「エルバ様!!」
「まさか…自然の雷を使ってギガスラッシュに似た技を放つとは…」
かつて、勇者の雷といえるデイン系の呪文をローシュが使いこなしたことから、一時期は勇者の力以外でそれらの技や呪文を再現することができないかの研究が行われた。
雷そのものは短時間に膨大なエネルギーを放つ構造であることから、それに似た呪文であるイオ系が利用され、偶発的にそれを宿した剣が稲妻を放ったことから、稲妻斬りが生まれたこともあった。
しかし、いくら研究を重ねても満足のいく結果には届かず、稲妻斬りについても高度な魔力と剣の技術が必要となったことから普及することはなかった。
おそらく、このラナリオンという廃れた呪文で生み出したこの状況も、その研究の一環なのかもしれない。
「ぐ、ううう…」
どうにか全身のダメージをベホイムで回復していくエルバは立ち上がり、凍ったマグマの上で剣を構える。
「立ち上がるか…。ならば見せてみろ、勇者の雷を」
「お望みなら…!!」
やせ我慢するエルバは両方の剣に向けてライデインを唱える。
この天候はデイン系の力を高めてくれており、実際に受け止めたときに手から伝わる力は今まで以上だ。
だが、先ほどのダメージのせいですぐにこの場から動くことは難しい。
接近する間に逃げられる可能性がある。
「おおおおお!!ギガクロススラッシュ!!」
交差した2つのギガスラッシュがまばゆい雷の剣閃となってロン・ベルクを襲う。
勇者の雷の激しいまでの力を前にしても、ロン・ベルクは平然としていた。
「今世の勇者よ、よく見ておけ…。勇者の雷は万能ではないことを」
「何…?」
ロン・ベルクは剣を交差し、深呼吸した後でギガクロススラッシュを受け止める。
受け止めたロン・ベルクは奥歯をかみしめながら交差していた2本の剣を頭上へと持っていき、そのまま振り下ろした。
その瞬間、エルバが放ったはずのギガクロススラッシュの刃があろうことかエルバに襲い掛かった。
「そんな…!」
「ギガクロススラッシュを跳ね返しただと…!?でも、どうやって…!!」
「雷返しだ…。ロン・ベルク流にも書かれていたが、初めて見る」
若いころのジエーゴも習得すべく、雷雨の中で修業をしたことがあるようだが、結局最後まで習得することのできなかった代物。
自然界のものだろうが呪文であろうが関係なく、刃で雷を受け止めて、それを相手に向けて放つ。
おそらくはこの雷雪を利用した戦いの副産物として生み出されたものなのだろう。
ライデインなどの呪文であればマホカンタで跳ね返すことも可能だが、自然が生み出したものでさえ跳ね返すことができることが大きなポイントだ。
だが、そもそも自然の雷が人間に落ちる可能性は1000万分の1で、雷雨の中での戦いでも自分の近くに雷が落ちる可能性は低い。
魔物の中にはデイン系ではないが、電気を放つ個体も存在するものの、その種類が少ないことから雷返しはロン・ベルク流でのみ受け継がれ、グレイグもそれを読む機会がなければ知ることすらなかっただろう。
「だったら…!!」
雷を返すことができる例は目の前にあった。
だとしたら、ほかの人でもやろうと思えばできるということ。
エルバは即座に先ほどのロン・ベルクがそうしたように、2本の剣を交差して構えて、跳ね返されたギガクロススラッシュを受け止める。
受け止めてわかることはただ跳ね返されただけで終わったわけではないということ。
彼自身の闘気も上乗せされた状態で返したようで、少しでも気を抜くと受け止めきれずに体を貫くだろう。
エルバは両手に集中し、両手の痣が光り輝くとともに2本の剣が覇王斬の剣のような赤いオーラをまとっていく。
赤いオーラが受け止めた雷を吸収していき、赤と黄色の光が刃からあふれ出す。
そして、エルバは交差したまま剣を真上にあげていき、思い切り振り下ろす。
振り下ろすと同時に赤いオーラが消え、解放された雷がロン・ベルクを襲い掛かる。
「ほぉ…初めてにしては上出来だ」
今度は跳ね返そうとせずに、襲い掛かる雷を避けるだけにとどめたロン・ベルクの視線はエルバの両腕に向けられる。
両腕ともに受け止めきれなかったためか、ブスブスと煙を上げており、大きな火傷を負っていることがわかる。
ドラゴンキラーは受け止めた雷に耐えきれずに刀身が大きくひび割れていた。
激しい痛みは感じるが、それ以上に驚いたのは自分がギガクロススラッシュを跳ね返すことができたということだ。
とても現実に、しかも自分が成し遂げたものとは思えない。
それを見たロン・ベルクは剣をおさめ、エルバの前まで下りてくる。
「見事だ。1度その身で受けただけで雷返しを成し遂げるとは」
ロン・ベルクはエルバの傷ついた両腕に手を当て、回復呪文を唱え始める。
生々しいやけどで満ちていた腕がみるみると回復していく。
「回復呪文まで…」
「2代目は武芸や呪文の素養を身に着けていた。私個人も、弟子入りするまでは僧侶の修業をしていた口だ」
傷が治ったのを確認したロン・ベルクはラナリオンを解除し、分厚い積乱雲と吹雪が収まっていく。
エルバとともにトベルーラで飛行したロン・ベルクはそのまま彼をカミュ達の元へと送る。
「今世の勇者よ、その実力は理解した。認めよう、貴様らが勇者の剣を生み出すことを」
ロン・ベルクが指を鳴らすと、激しい揺れが起こる。
揺れの中で凍り付いたマグマがひび割れ、その下に埋まっていたマグマが噴き出る。
「今度は何が…!?」
「この場所は勇者の剣を生み出すための鍛冶場が隠されている。最も、高純度のオリハルコンを加工するには並々ならぬ力が必要だが、ここならばそれだけの力を得ることができる」
噴き出るマグマとともに現れたのは真っ黒な石でできた、翼を広げた鳥のような形をした足場。
6枚羽根のようなもののと頭部に当たる場所の1つ1つには炎を吹き出す煙突があり、中央には金床が置かれていた。
「これが…」
「勇者の剣を生み出すために、天空の民とわれら、そしてこのヒノノギ火山と深いつながりを持つ一族が生み出した。最も、私がこれを見るのはあの日以来だ。ついてこい」
ロン・ベルクに先導され、エルバは鍛冶場に足を踏み込む。
ラナリオンがおさまったことで再び灼熱のような暑さがよみがえり、中央へと進めば進むほど余計に暑さを感じ始める。
そして、頭頂部のあたりまで向かうと、ロン・ベルクが足を止める。
「さあ、オリハルコンをここへ。ヒノノギ火山の熱で溶かす」
「あ、ああ…」
言われるがまま、オリハルコンを炉の中に入れる。
天空の古戦場で、多くの血が流れる原因となったその金属がその姿を消していき、溶けた金属が流れ出る。
それは金床の近くまで向かっていた。
「グレイグのおっさん、火箸を。不思議な鍛冶セットのものなら使えるだろ」
「あ、ああ…」
カミュに言われた通り、グレイグは火箸を出し、ある程度固まったオリハルコンをそれでつかむ。
金床の上にそれを置き、続いてガイアのハンマーを手にしたエルバがそれでオリハルコンを打つ。
ガーン、ガーンと甲高い音が鍛冶場で鳴り響き、叩くたびにオリハルコンが薄く伸びていく。
叩くたびに全身から汗が噴き出る。
「そうだ、叩き続けろ勇者よ。オリハルコンは普通の人間では加工することなどできない代物。初代ロン・ベルクもオリハルコンで武器を生み出すとき、命を懸けるほどの技術と魔力を注ぎ込むことでようやく生み出すことができた。案ずるな、ガイアのハンマーが教えてくれる」
不思議な鍛冶セットで何度も鍛冶をしてきたエルバだが、本格的な鍛冶を行うのは初めてで、しかもオリハルコンを扱うとなると素人には無理な芸当だ。
だが、ロン・ベルクのいう通り、エルバの脳に浮かぶローシュ達が勇者の剣を作り出す姿。
それに従うように力配分を行い、適度のガイアのハンマーをふるっていく。
叩くタブに煙突から炎が噴き出る。
しばらくして、体力を使い果たしたエルバは一度ガイアのハンマーをおろす。
金床には真っ黒な刀身らしき物体だけがあり、まだまだ完成には程遠い。
まだまだ叩かなければならないが、疲れ果てたエルバにはそれをふるう力が残っていない。
そんなエルバを見たカミュはパッとガイアのハンマーをとる。
「カミュ…?」
「エルバ、次は俺の番だぜ?」
「あら、カミュちゃん抜け駆けはなしよ?…ねえ、エルバちゃん、アタシたちにも手伝わせて」
「シルビア…」
「そうじゃな…勇者の剣は勇者ローシュ様だけではない、仲間たち、そして多くの協力者の手で生み出されたもの。わしらも負けるわけにはいかん」
「それに、これはあなただけの戦いじゃない。私たち全員の戦いよ」
「勇者の剣に俺たちの想いも、込めさせてくれ…」
「みんな…ああ、頼む!」
確かにエルバは勇者。
勇者は剣も呪文も使いこなせる存在。
だが、勇者一人ですべてを成し遂げることはできない。
剣技や力は戦士には、呪文ならば魔法使いや僧侶のような専門家には届かない。
勇者にできることはそれを束ねること。
一つにつなげることで世界を救う力へと昇華させること。
「カミュ様…!」
「ああ。俺は、お前と出会えたおかげで贖罪を果たし、マヤを取り戻すことができた!」
最初は世迷言と信じずにいた預言者の言葉。
決して償うことのできない罪におびえつづけていたカミュだが、死刑囚としてデルカダール地下牢に閉じ込められ、そこで偶然エルバと出会うことで運命が変わった。
片目を無くすことにはなったが、マヤを黄金病の呪いから救い出すことができた。
そして、大切な人と出会うことができた。
「だから…今度は俺がお前を助ける番だ!」
大きく振りかぶったカミュは思い切りガイアのハンマーをオリハルコンにたたきつける。
続けてシルビアがガイアのハンマーを手にし、それを右肩で背負う。
「エルバちゃん!あなたに…そして世界に見せてあげる!世界を救い、みんなを笑顔にする…シルビア一世一代のエンターテイメントを!!」
ガイアのハンマーを片手でふるうシルビアは器用にそれを真上に向けて投げる。
何度も回転したそれを自分も何度も回転した後でつかむと、それをオリハルコンに叩き込む。
そして、そのガイアのハンマーをロウが手に取る。
「アーウィン、エレノア…どうか見守っていてくれ。おぬしらの子に勝利と幸福があらんことを!!」
もう二度と、大切なものを奪われないためにも。
かけがえのない孫、そして最愛の娘夫婦と故郷が存在するこのロトゼタシアを守るために。
エルバの未来を願いながら、ロウはガイアのハンマーをふるう。
「あなたを守ることが私の戦いだと思っていた…。でも、それは違っていたかもしれない。あなたとともにみんなを守る!それが…私の戦い!」
ユグノアの悲劇からずっと、マルティナは力をつけてきた。
ロウとともにウルノーガを倒して父親をもとに戻すため、そしてエルバを守るため。
だが、今のエルバにはロトゼタシアすべての命がかかっている。
エルバがロトゼタシアを救うためには、ただ彼を守るだけではだめだ。
彼とともにそれを背負う覚悟が必要だ。
それを示すかのようにマルティナも力を込めてガイアのハンマーをふるう。
「エルバよ!騎士として誓う!たとえいかなる敵が相手だろうと、最後まで希望を守る盾であり続けることを!!」
デルカダールで初めてエルバと出会い、ここまで来ることになるとはグレイグ本人も思ってもみなかったこと。
だが、振り返ってみればこれも運命だったのかもしれない。
辛いことも多かったが、それでも勇者の盾として戦える今をグレイグは誇りに思っている。
そして、この先の戦いでもその覚悟を示すことができるようにと願いながら、グレイグもガイアのハンマーをふるう。
「セーニャ、最後はお前だぜ」
「はい…」
「頼むぜ、ベロニカの分もな」
最後にガイアのハンマーを手にしたセーニャだが、やはり重量があるせいかふらついてしまう。
だが、どうにか両足に力を入れて姿勢を正し、ガイアのハンマーを見つめる。
「ベロニカお姉さま…あなたの愚図な妹も少しは強くなりました。だから、どうかご心配なされないで。私も…エルバ様とともに戦います!」
セーニャの手と重なるように、白がかった手がガイアのハンマーを握る。
腕に沿って視線を向けるとそこには若干透明になっているベロニカの笑っている姿があった。
その姿にセーニャはうなずくと、その幻影とともにガイアのハンマーをふるい、幻影は姿を消した。
(そうだ…。この剣は俺だけの…勇者のためだけのものじゃない。みんなと…ロトゼタシアに生きている命のためだ…)
セーニャからガイアのハンマーを受け取り、疲れ果てた体に鞭を打ってふるう。
ガイアのハンマーとオリハルコンがぶつかり合う甲高い音が響くとともに、脳裏に浮かぶのは旅の中で人々、そして故郷で待っている人々。
そして、崩壊した世界でほんのわずかだけ出会うことのできた両親。
救った命、救えなかった命、それらがエルバの心の中を駆け抜けていく。
それを感じながら打ち続け、形が定まっていく。
槍の穂先のような先端部分のある刃には黒々とした十字と線が刻まれていて、出来上がっているのは刀身だけ。
黒々とした見た目となったそれにはもはやオリハルコンの面影はない。
「最後のピースだ。受け取れ」
エルバ達の姿を見続けていたロン・ベルクがエルバに手渡したもの、それは魔王の手に落ちた勇者の剣の持ち手と同じものだった。
どうしてそれがここにあるのかと目を丸くしながら見続けるエルバにロン・ベルクは話す。
「長らく待っていたといっただろう。新たな勇者のために、用意していた。これは、かつてローシュとともに戦い続けた俺たちの希望でもある」
「希望…」
柄を手にしたエルバの両手の痣が光り、それに反応するかのように刃が宙を舞う。
そして、引き合うように刃が柄とつながり、一本の剣として完成する。
同時に、上空には真っ黒な雷雲が発生し、刃は痣の光に反応して黄色い光を放つ。
光で貫かれた雷雲には痣と同じ大きな紋章が生まれ、そこから雷が剣に向けて落ちてくる。
「ぐ、うううううう!!!!」
「この雷は…!!」
「そうじゃ…これは、ローシュ戦記の…勇者の剣が完成したときの…!!」
ロウの脳裏に浮かぶローシュ戦記のに描かれた場面。
ローシュは自ら作り出した勇者の剣に勇者の雷を宿し、それによって勇者の剣に力を注ぎ込んでいった。
それと同じことがエルバに起こっている。
唯一違うのはエルバの痣が両手にあること。
かつてのローシュ以上の勇者の力を持つことになったエルバの力を高純度のオリハルコンが受け止めている。
やがて雷が収まると、黒々としていた刃が透き通った銀色の輝きを放ち始める。
「感じる…これが、勇者の剣…」
今まで手にしてきた剣とは違う、まるで体の一部になったかのように吸い付く持ち手。
持っているそれだけで力があふれ出てくる感触。
それだけでもただの剣ではないことがわかる。
「ともに戦う仲間、神の乗り物…勇者の剣。これで、すべてが整った」
「ああ…あとは…」
「そうだ、あとはウルノーガとの決着をつけるのみ。これで、私の役目も終わりだな…」
「え…?何を言って!?」
ロン・ベルクの言葉に驚いたエルバ達が見たのは黄色い光の粒子を放ちながら消えようとしている彼の姿だった。
だが、消えるというのに彼は満足げな笑みを浮かべている。
「長い時間だった…。肉体を捨て、魂だけの存在となって…だが、これでローシュ達の想いを未来につなげることができた…。今世の勇者よ、どうか…ロトゼタシアに未来を」
「ロン・ベルクさん…」
「案ずるな。仲間がいる。そして、導き手も…」
そう言い残した消滅するロン・ベルク。
彼だった粒子が空に消え、同時に勇者の剣の黄金に輝く線に文字が刻まれていく。
『我ら、邪悪の神を滅ぼし、未来をつなぐその日まで、勇者の力とならん』
雷返し、そして雷雪の元ネタは某フロムゲーです。
単純にかっこいいと思ったのと、このキャラのモデルになったキャラの1人が後年こんな技を生み出すんじゃないかと思いながら書いた次第です。