(ああ…そうだ、この日…この場所だ…)
撃ちぬかれた腹部をセーニャの回復呪文による治療を受けるシルビアを守るようにエルバとグレイグが前に出るが、ホメロスの手刀と紋章閃、そしてシルバーオーブの力がそれに対抗し続ける。
戦う中でもホメロスは己のことを思考する余裕があり、その中で思い出すのはあの日だ。
命の大樹を葬り、エルバ達がバラバラになってから2週間後。
天空魔城が生まれたばかりの頃にホメロスに与えられた任務は各地で抵抗する人間たちの討伐。
そのために魔物たちを率いてソルティコへ向かっていた時、急に不思議な感覚に襲われた。
風がやみ、追随する魔物たちの動きも止まり、まるでホメロス以外のすべてのものが止まってしまったようなその光景はさすがの彼でも動揺を隠せなかった。
そして、動きを止めた魔物たちの群れをかいくぐり、1人の老人が浮遊しながら現れた。
「何者だ…?貴様は」
「おぬしはワシと同じ罪人となり、世界を滅ぼす悪魔へと堕ちてしまったか…。哀れなものだな…。劣等感を魔王に利用されたか」
「劣等感…?何を言っている…?」
「つらいものじゃな。自分にはないものを持つ、仲間だと思っていた存在がそのもののためにどんどん先へ行ってしまう。そして、その者があまりにもまぶしく、己の手の届かないところへ…」
「…やめろ」
まるで己のグレイグへの感情を我が事のことのように語る老人の流ちょうな言葉にホメロスは唇をかむ。
魔王に魂を売り、全幅の信頼を勝ち得たホメロス。
しかし、それでもグレイグへの劣等感は収まることなく、胸にとどまり続けている。
「やがて、憎くなる…。お前だけなぜ先に行く?ワシを置いていく?仲間だろう?ともに戦ってきた仲間であろう?よもや、仲間だと思って居ったのはワシだけだったのか…?」
「貴様…」
「もう、貴様の影にいたくない。今度はわしが前に立つ番じゃ。ならば…」
「黙れぇ!!」
我慢できなくなったホメロスは老人に向けて杖をふるう。
だが、杖は老人の肉体を透過し、手ごたえがまるでない。
ならばと思い、今度はドルマを放つが、闇の魔力は老人に命中する前に消滅してしまう。
「奴は…ウルノーガは貴様を利用しているだけじゃ。使える手ごまであり、仮に用がなくなれば処分するだけのこと…。それは、聡いおぬしならばもうわかって居よう?」
「私を使い捨てる…?何を言っている?あのお方は、ウルノーガ様は唯一私の才能を…」
「才能を認めていたのはウルノーガだけではない。おぬしにしかないものを認めて負ったものは大勢いたであろう…?おぬしはそれに気づいていなかっただけじゃ」
「そんなことがなぜ、貴様にわかる?私のことなど、何一つ…」
「知っておるとも…。お前はかつてのワシに見えるからな…。その劣等感に負けて、心を闇に落としたワシは取り返しのつかない過ちを犯した…。お前もそうじゃ…だが、まだ生きている。生きているなら、少なくとも取り戻すチャンスがある」
(取り戻すチャンス、か…)
その時、あの老人が笑いながら言った一言。
(世界のすべてを欺いてみないか…?)
(ああ…欺いてみせよう。奴すらも…)
「はあ、はあ…紋章閃って、こんなに受けたらキツイのね」
「しゃべらないでください、シルビア様!回復が遅くなります…」
ベホイムを唱えるセーニャだが、なかなかシルビアの傷がふさがらない。
これまでもセーニャは数多くのけが人の手当てをしてきたが、勇者の力で受けた傷を治すことは今回が初めてだ。
「うおおおおお!!!」
「ふん…」
勇者の剣に宿るオリハルコンの刃ですら、ホメロスの手刀を破ることができない。
だが、何度も攻撃をする中で徐々にその力が見えてきた。
手刀が敵や武器とぶつかり合う瞬間、その時だけ勇者の力を手に集中させる。
短時間だが、一点集中する勇者の力と魔人化したことにより強靭な肉体がオリハルコンに対抗するだけの力を与えてくれる。
そして、胸部に埋め込まれたシルバーオーブの破壊力は全力の覇王斬をも破壊してしまう。
「なら…それを上回る一撃を…!!」
両手で勇者の剣を握ったエルバはそれを掲げると、雷が屋根を突き破って刃に落ちる。
たっぷりと深呼吸し、雷を受けて光る勇者の剣を構える。
「ふっ…ギガブレイクか。かつて勇者ローシュが使った最強の技。いいだろう。付き合ってやる」
右手を伸ばしたホメロスが左手で印を切ると黒い雷が屋根を突き破り、雷が右手全体を黒く包んでいく。
黒い稲妻が右手全体を走り、にやりと笑うとまずはホメロスからエルバに向けて突っ込んでいく。
「うおおおおおお!!」
トベルーラをしたエルバもホメロスに突っ込んでいき、上空で2人は交差し、互いに背を向けて着地する。
同時にホメロスの胸部に大きな切り傷ができ、そこから赤い鮮血が床を濡らす。
深手を負っているように見え、実際にホメロスも痛みを隠せないのか片膝をつく。
「なるほど…力を得ただけのことはある。だが…」
しかし、ようやくできた傷が徐々に消えていく。
そして、エルバはふらりと何も言わずにうつぶせに倒れる。
倒れた場所からは血があふれ出て、血の池が生まれた。
「エ、エルバ!!」
倒れたエルバに駆け寄ったロウがエルバの体をひっくり返し、そこで彼が受けた傷を目の当たりにする。
腹部を中心に深々と切り傷ができていて、それがエルバの臓器にもダメージを与えており、吐血していた。
「待っておれ!今すぐ治癒を!!」
回復呪文を唱えるロウだが、これほどの大けがを負ったエルバを回復できるかわからなかった。
下手をすると体を真っ二つにされていた可能性もあるほどの深手を受けた人間はたとえ回復呪文を施したとしても助からない可能性が高い。
そして、エルバの手にある勇者の剣も先ほどのホメロスの一撃の恐ろしさを教えてくれた。
オリハルコンの刃に大きなひびができていた。
「マジ、かよ…エルバが…」
「くっ…それほどの力を得ながら、ホメロスよ…!」
「勇者破れたり…。さあ、次にこの一撃を受けたいのは誰かな…?」
ニヤリと笑うホメロスの血塗られた手刀にはいまだに稲妻が走っていた。
「ここは…俺は…」
うつら、うつらと冷たい感覚を感じながら目を開くエルバ。
そこにあるのは真っ暗な闇一色の空間で、光を感じることができない。
寒さから呪文で火を起こそうとするが、呪文をなぜか発動することができず、感覚も薄くなってきている。
「まさか、俺は…」
(安心しろ、君はまだ死んでいない。今の君は半分死にかけている状態だけど、もうすぐ息を吹き返す)
「その、声は…、いや、半分死にかけているって…やっぱりそうか…」
ほんのわずかしか聞いたことはない、だが確かに聞いたことのある声に目を見開くとともにこの空間を意識を取り戻す直前のことを思い出す。
ホメロスと攻撃を交えた直後からのエルバの記憶がない。
おそらくは大きなダメージを負い、死にかけたことでこのような状態になっているのだろうとは容易に考えられた。
「くそ…!勇者の剣を手に入れたのに、せっかくウルノーガ目前まで来たのに、なんだよ、これは…!!」
確かに自分の攻撃にも手ごたえは感じられたが、それでもこの状態になっているということは敗北したということなのだろう。
ロウが回復して復活すればまだ戦えるため、勝ち負けはないだろうが、仮にエルバ1人で戦い、このような状態になったとしたら、それは負けといっていい。
(…そうだな、完全に死んでしまってはどうにもならない。真実を伝えることも、愛する人を抱きしめることもかなわない…。だが、君はまだ負けていない。生きている限り、負けじゃない)
「何が、言いたい…?」
(君は見て、感じたはずだ。ホメロスが使う勇者の力を…。そして、見ろ…)
闇の中で真っ白な人影が出現する。
彼が左手を見せると、そこには黒い勇者の痣が刻まれていた。
「勇者の痣…まさか…」
(お前に託す…。俺が、成し遂げられなかったことを…お前の為すべきことを、為すんだ…エルバ。俺の生まれ変わり。あいつの生まれ変わりと、彼女から産まれる新しい命に、よろしくな…)
人影が両手を突き出して掌底を合わせ、指先を揃えてから上下に開く独特の構えを見せる。
そこから放たれる光に撃ちぬかれると、再びエルバの意識が消えた。
「う、ぐうう…」
「エルバ!!」
「エルバ様、よかった…。意識が戻ったのですね」
「あ、ああ…ぐう…!!」
再び意識を取り戻すと同時に見えたのは目に涙を浮かべながら必死に回復呪文を唱えるロウとセーニャの姿だった。
だが、意識を取り戻すと同時に体中を走る激痛に歯を食いしばる。
「間一髪じゃ…。このまま死んでおってもおかしくなかった…」
「そうか…」
「じっとしておれ。まだ完全に回復はしとらん。グレイグ達が時間を稼いでくれておる!」
「よくもやってくれやがったな…はああ!!」
カミュの怒りに反応するかのように刀身が燃え上がるレーヴァテインの2本の刃がホメロスに迫るが、ホメロスが起こした行動は右手をカミュに向けてかざすことだった。
手から生まれたのは黒い輝きを放つ炎で、それは巨大な火の鳥のような姿となってカミュに襲い掛かる。
炎の刀身で受けるカミュだが、この火の鳥の炎がレーヴァテインの炎を上回り、カミュを吹き飛ばした。
「ガアア!う、ぐう…!!」
前進を焼かれたカミュは体中から感じる激痛でうずくまり、まともに剣を握ることさえできなくなった。
「究極の火炎呪文、メラガイアー…。それの使い手はあまりにも少ないが、その1人であるウラノスが放つそれは最強と言われた。威力はさることながら、この優雅な姿をも持ち合わせていたのだからな」
カイザーフェニックス。
ウラノスが放つその美しいメラガイアーは一部の人々からはそう呼ばれていた。
ホメロスのそれはあくまで闇の魔力で生み出した炎で再現したに過ぎず、それがウラノスのそれに匹敵する威力であるかは定かではないが、少なくともレーヴァテインを装備したカミュを一撃でダウンさせるだけのものはある。
「カミュ様!!」
「俺は…いい!速く、エルバを回復させろぉ!!このくらいの痛み…今、あいつが感じてるのに比べれば…大したことねえ!!」
全身の焼けるような痛みに歯を食いしばり強がるカミュだが、やはりカイザーフェニックスで受けたダメージは大きく、意識を保つだけで精一杯な状態だ。
それは誰の目にも明らかで、ホメロスの右手に再びメラガイアーの魔力が凝縮されていく。
「いいだろう、ならば回復を終える前に、貴様から始末してやろう」
「カ…ミュ…!!」
どうにか傷口がふさがり、起き上がるくらいまで回復したエルバはトベルーラを発動し、カミュの目の前まで飛んでいく。
それとほぼ同時にカイザーフェニックスが放たれ、不死鳥の鳴き声のような音が響くとともに炎が迫る。
カミュの前に立ったエルバはひび割れた勇者の剣でカイザーフェニックスを受け止める。
「ぐ、うううう!!」
「エルバ!?バ、馬鹿野郎!?お前…」
「まだだ…俺の力は…まだ、こんなものじゃない!!」
エルバの叫びとともに炎の不死鳥を両断する。
真っ二つになった炎は背後の壁にぶつかると同時に消滅し、カイザーフェニックスを切り裂いたエルバの両腕と勇者の剣はひどく焼けた状態になっていた。
そして、寸分の間も開かずに勇者の剣のヒビが大きくなり、やがて粉々に砕け散った。
「ふ…砕けた。砕けてしまったな…希望が」
砕けたオリハルコンの刃が地面に散乱し、それを見たロウの膝が折れ、セーニャに支えられたカミュも固まってしまう。
誰もが勇者の剣の亡骸に絶望を感じる中、エルバは両手をベホイムで回復していく。
「ホメロス…希望が砕けたといったな。お前は勘違いしている。本当に恐れるべきなのは勇者の剣でも勇者でもない…。命だ」
「何…?」
「命が続く限り、何度でも立ち上がる。抵抗する意思、生きる意志が途切れない限り、俺たちもロトゼタシアも、ウルノーガのものにはならない。その意思を生み出す命が力を生む」
「…何が言いたい」
「こういうことだ」
そうつぶやくとともにエルバの手に残った勇者の剣の持ち手に光が集まり、両手の痣も光を見せる。
その光にひかれるように砕けたオリハルコンが集まり、やがて元に傷一つない、禁足地で完成させた時と変わらない勇者の剣へとよみがえる。
「俺が生きている限り、俺に宿る勇者ローシュの痣も、俺の痣も、勇者の剣も答えてくれる…。俺を完全に殺さない限り、この力も勇者の剣も滅びない」
「ふっ…なるほど。ならば、ウルノーガ様の望む世界のために、完全にお前を始末しなければならんな。今度は首を持っていくとしようか」
死体を確認できたわけでもないのに死んだと判断するのは早計だった。
もう同じミスは繰り返さないといわんばかりにホメロスはエルバをにらみ、再び右手に闇の雷を落として力を籠める。
だが、エルバは再生した勇者の剣を鞘に納め、丸腰になる。
「何…?」
「こい…ホメロス!!」
痣の光る両手を合わせ、握りしめながら力を込めていく。
その様子に何かを感じたホメロスだが、臆することなく正面から突っ込んでいく。
目指すのはエルバの首。
この手刀で首と体を切り離す。
そのホメロスに向けて両腕を伸ばしたエルバは両手で竜の口のような構えを作り、その口には光が凝縮させていく。
「正面から来たことを後悔するなよ!これはローシュの…勇者の最強の呪文だ!!ドルオーラ!!!」
竜の咆哮のような音が響くとともに口から放たれた勇者の光がホメロスに襲い掛かる。
ホメロスを飲み込んだ光はその後ろにある分厚い扉を打ち砕き、どこまでも伸びていく。
「はあ、はあ、はあ…」
光が収まると、構えを解いたエルバが全身から感じる疲れでその場で膝をつく。
カミュ達が駆け寄り、グレイグはエルバとホメロスの間に入り、ホメロスに警戒する。
ドルオーラを受けたホメロスは魔人化を解除していて、体中が傷と血でまみれた状態となっていた。
「これが…勇者の、力…。そう、か…私の負けか…」
かろうじて両足で立っていて、どうにか杖を手にすることができたホメロスだが、カミュ達をかいくぐってエルバに攻撃するだけの力はもう残っていない。
第一の壁となるグレイグですらも。
「ホメロス…終わりだ」
「そうだな…だが、終わりだといわれても…止まるとでも思っているか?」
「…」
グレイグの知るホメロスなら、どのような劣勢であってもあきらめずに逆転の策を出すことのできる男。
そんな彼がはた目から見ると詰んでいる今の状況でもあきらめるはずがない。
もはや魔力には頼らないといわんばかりに杖を手放し、代わりにホメロスが握ったのはかつて愛用していたプラチナソード。
「「うおおおおおおおお!!!」」
お互いに声を上げ、真正面から走るグレイグとホメロス。
互いにすれ違い、グレイトアックスとプラチナソードが交差する。
2人が足を止め、先にグレイグがグレイトアックスを納めた。
「ぐふっ…!見事、だ…グレイグ、エルバ…」
先ほどのエルバと同じように胴体に大きな切り傷ができ、血を吹き出したホメロスがそうつぶやくとともにうつぶせに倒れる。
彼の血でぬれたシルバーオーブが転がり、ロウの足元で止まる。
そして、ホメロスの体は魔王が生み出した魔物たちと同じように、紫の瘴気となって消滅した。
「これで、六軍王はすべて倒れた。そして、オーブもすべて取り戻した…」
「ええ、ですが…」
「…」
グレイグは自分の傷を回復呪文で癒しながらも、後ろを向こうとしなかった。
六軍王をすべて倒し、ウルノーガはもう目の前であるにも関わらず、誰も喜べなかった。
「ふっ…終わったか」
真っ暗な空間の中、目を開けたホメロスは元の人間の、デルカダールの将軍の姿に戻った自分の手を見て、自分の死を確信する。
そんな彼の前に預言者が現れる。
「どうだ…?強くなっただろう?勇者は、お前の友は」
「そうだな…。今の彼らならいいだろう。だが…」
「わかっている。これでウルノーガを倒せたならばそれでいい。だが…奴がもし…」
「その時のために、まだ私は成仏するわけにはいかん…か…」
預言者とホメロスの間に青い光が発生し、それが次第に杖の形へと変わっていく。
ブルーオーブを模した石を加えた鳥の頭を模した飾りがついたその杖をホメロスと預言者はじっと見つめていた。