空飛ぶ7人が刃と魔法、ウルノーガの竜の炎と魔王の爪が交差する。
エルバのギガスラッシュが放つ稲妻の刃は確かに魔王の肉体を切り裂くが、傷ついたはずの体が数秒も待たずにふさがれていく。
「勇者よ、貴様には感謝しているぞ。貴様が勇者の力を一時でも闇に染めたことで、我はこの高みにたどり着くことができたのだ」
「ああ、そうだ。お前に踊らされたとはいえ、こんな事態になったのは俺の責任だ。だから…ここでお前を倒す!ロトゼタシアの未来のために!」
命の大樹に宿るすべての命が今はウルノーガの力となっているが、それはわかり切っていること。
あきらめることなく空を飛び、今度はドルオーラを放つ。
2つの紋章の力によって放たれた勇者の光がウルノーガに接触するとともに大きな爆発を引き起こす。
だが、煙の中から健在な姿のウルノーガが現れ、巨大な手がエルバの体をつかむ。
「エルバ!!」
拘束されたエルバを救うべく、マルティナがその腕に向けて蹴りを放つ。
再生されるとはいえ、ほんのわずかの間だけでも時間がある。
そのわずかな間にダメ押しの蹴りを繰り返していく。
「哀れな姫よ、一国の姫としての幸せを失ってもなお戦い続けるとは。素直に野垂れ死んでいれば、このような結末を迎えずに済んだというのに」
「確かに…お父様と離れ離れになってしまった。周りの人から見たら、私は不幸かもしれない。けれど…少なくとも私は今の私を不幸だとは思わない!!私を救ってくれたロウ様、そして…希望があるから!!」
決して取り戻すことのできない17年。
だが、今はまだ取り戻せるものがある。
そして、それを取り戻すだけの力を手に入れることができたのはこの17年があったからこそ。
その力を脚に込めていく。
緑色の光を宿し、蹴りがエルバをつかむ手に炸裂する。
ビキビキと大きなひびが入ったその腕に今度はグレイグのグレイトアックスの刃が襲う。
腕が砕け、拘束から逃れたエルバが距離をとる。
エルバを救出した竜が炎を放つが、マルティナの前に立ったグレイグがデルカダールの盾で炎を受け止める。
「勇者の盾よ、貴様は見事な道化であったな。自らの仇が操る王にひざまずき、勇者の刃を向ける貴様の姿は見ものであったぞ」
「確かに、俺は貴様に力を貸してしまった。だからこそ、かつての盲目であった己もろとも貴様を葬る!世界のためにも…友のためにも!!」
重量なはずのグレイトアックスが幾重にも分身したように見えた瞬間、嵐のように振るい、炎をかき消す。
炎が消え、ジェスターシールドのどこまでも伸びる光の刃が竜の瞳に突き刺さる。
「道化師よ、笑顔などこの世界には無意味なのだ。笑顔にする程度で人も世界も変えることなどできん」
「悪いわね、ウルノーガちゃん。アタシが望んでいるのは表面だけの笑顔なんかじゃない!心の底から、思いっきりの笑顔が欲しいのよ!それができたとき、はじめて人も世界も変わる!そのためにも、あなたにはこの舞台から退場してもらうわよ!!」
光の刃がしなり、竜の瞳から引き抜かれたと同時にまるで竜のようなオーラをまとう。
本来は力のない魔法使いや旅芸人が扱う鞭に龍のような力強さが付加され、受けた相手の魔力を打ち消す極竜打ち。
しなやかでありながらも力強い一撃が竜の口元に向けて放たれ、それを受けた箇所に大きな傷が入る。
命の大樹の力で修復されていくそれだが、若干その回復が遅くなっているように見えた。
そこへめがけて、炎の爪を装備したロウが切りかかる。
「哀れな亡国の王よ、忌々しき勇者の末裔の一人よ。たとえこの戦いを生き延びたとしても、貴様に残された命は残り僅か。それでもなお戦うというのか?」
「そのようなこと、とうにわかっておる!じゃがな…わしにはそれでも生きねばならぬ理由がある!己の力を高めるのみに長き命を費やすのみの貴様にはわからぬ理屈よ、孤独な魔王よ!!」
龍に狙いを定めるロウ達に向けてウルノーガが放つドルモーア。
ロウが両手に力を込めて放つドルモーアとぶつかり合い、大きな爆発とともに相殺される。
だが、ウルノーガがドルモーアを放つときに使ったのは右手だけ。
左手にも闇の魔力をため込み、ドルモーアを放つ準備はできている。
これで消滅させてやろうと左手を振るおうとするが、手首に熱のこもった刃が突き刺さる。
それによって闇の球体の発射角度がずれ、ロウ達に当たることなく消えていく。
「薄汚い盗賊よ、貴様のおかげで計画を修正しなければならなくなった。わが道につまらぬ楔を打ち込んだこと、死を持って償え」
「俺がエルバの脱獄を手伝ったことか…?悪いけどよ、死ぬつもりはねえ!妹を迎えに行かなきゃならねえし、惚れた女との生活も待っているんだ!その邪魔をするんじゃねえ、どけよ!!」
レーヴァテインの2本の刃がカミュの手に戻り、左の刃に宿る炎が剣閃となってウルノーガを襲う。
炎をまとっているとはいえ、ウルノーガにとってのそれは煩わしい火の玉。
かき消してやろうと右手を伸ばす。
だが、右手を伸ばしたタイミングでカミュの体を炎のようなオーラが纏い、弾丸のようにウルノーガめがけて飛んでいく。
炎の剣閃がぶつかると同時に炎の刃がぶつかる。
かつて、盗賊ラゴスが編み出したというマグマのような炎を刃に宿して切り裂く超魔爆炎覇。
それが飛ばした炎の剣閃とともにぶつける奥義、超魔爆炎覇・双撃。
2つの紅蓮を受けた右手が炎上し、肉と脂の急速に焼けていくにおいが鼻につく。
さらにダメ押しと言わんばかりに巨大な火球がどこからともなく飛んでくる。
カミュが放った超魔爆炎覇・双撃に負けないほどの熱がウルノーガを襲う。
ウルノーガの視線が上空にいるセーニャに向けられるが、既にセーニャの手にはもう1撃の火球、極大火炎呪文メラガイアーを放つ準備が整っていた。
「忌々しいものだ、賢者の生まれ変わりよ。マダンテを放ってもなお、このような力を残している。何者だ?」
ウルノーガの瞳に映る今のセーニャはセニカの生まれ変わりというだけの存在には見えない。
それを持ちながらも、勇者のように届かない力を見せている存在に見えた。
「私は…私はセーニャ。天才魔法使いベロニカの双子の妹です!魔王ウルノーガ!!」
「やってやれよ、セーニャ!!」
「はい!!」
「させぬ…!!」
ウルノーガの目が赤く光り、激しく咆哮すると同時に炎上していた右手の炎が消え去る。
周囲にいたエルバ達が吹き飛ばされ、同時にセーニャの手に宿っていたメラガイアーの炎も消えてしまう。
「好きにはさせん!貴様を…!!」
炎が消え、回復していく右手がセーニャを襲う。
「セーニャ!!」
カミュがセーニャを守ろうと動くが、2人を竜の爪が襲い、邪魔者はいない。
あとはこの手でセーニャをつかみ、その華奢な体を握りつぶすこと。
それだけのはずだったが、セーニャをつかもうというギリギリのところでウルノーガの手が止まる。
「な…にぃ…!?」
ドクン、ドクンとセーニャを伝い何か強いものを感じる。
目を大きく開くウルノーガの瞳に映るセーニャ。
『何か』が、ウルノーガでは決して生み出せない『何か』がセーニャの中から感じた。
「なんだ…なんなのだ、これは!?セニカでも、ローシュでもない…なんなのだ、これは!?」
(パ・・・パァ…)
「これって…」
確かにウルノーガの爪で斬られたはずで、焼けるような痛みも感じていた。
だが、深々とできていたはずの傷が暖かい熱とともに消えて行っていた。
そして、脳裏にかすかに響いた誰かの声。
(感じる…かすかだけれど、確かに感じる…。私の中に…)
確かに命の大樹が失われ、世界は崩壊した。
だが、それでも命は生まれようとする。
それを今、セーニャは間近に感じている。
「命…そうか!!」
何かを感じたエルバがウルノーガの竜の部分に向けて飛ぶ。
接近してくるエルバは向けて炎を吐いてくるが、エルバは構うことなく突き進む。
「エルバ、いったい何を!?」
「みんな…悪い、時間を稼いでくれ!!」
水竜の剣から放つ水の力で炎をしのぎながら進んでいく。
セレンが遺した水竜の剣の力は確かにウルノーガの炎を防いでいる。
だが、いつまでもそれが通用するわけではなく、ピシピシと小刻みに響く音がそれを教えてくれる。
(もう少しだけ…持ちこたえてくれ!!)
水の力に包まれたエルバが炎をしのぎ、ウルノーガの口内へと突入する。
何かをしようとしていることを感じた竜はエルバを吐き出そうと力を籠める。
だが、その竜の口元に光の鞭と炎の刃が襲う。
「何をするつもりかはわからないけれど…援護するわよ!!」
「こういう時に見せるものだぜ…勇者の奇跡ってやつをよ!!」
「なぁ…いつまで黙っているんだ。いるんだろう?」
真っ暗なウルノーガの体内に入ったエルバは誰もいないその空間の中で声をかける。
エルバの背後には痣を取り戻してからずっと姿を見せなかったもう1人のエルバの幻影が姿を見せる。
「どうした…?俺を拒絶しないのか?」
「あんなことがなければ…な。だがな、こうして立ち上がって、またみんなと一緒に旅をして…感じた。俺の中の憎しみや怒りも、俺の中にある力の一つなんだってことにな」
どんなに突き詰めたとしても、心に宿る光と闇は消し去ることはできない。
カードの表裏のような正反対な存在は交わることはないが、共存する。
イシの村を一度は滅ぼしたデルカダール王国への激情も、裏を返せばエルバに宿る故郷とそこで一緒に暮らす人々への深い愛情の裏返しだった。
それに気づくためには、あまりにも多くの時間がかかってしまった。
だが、それでも気づくことができた。
「それがわかったから…気づけたから、俺の手に2つの勇者の痣が宿った。光も闇も、どちらも背負いきってやるさ」
「ふん…だから言ったんだ。俺を解放しろってな。だが…もう俺の役目も終わりらしい」
エルバの幻影がわずかに笑みを浮かべると、徐々に真っ白や雪のようにサラサラと流れて消えていく。
背後に起こっているそれをエルバは見ることなく、進んでいく。
「言ったからには、やってみせろよ。バカ勇者が…」
「ああ…じゃあな。もう1人の俺…」
そう言い残して先を進むエルバの目に留まったのは宙に浮く魔王の剣の姿だ。
ウルノーガの手に渡り、彼の力によって魔王の剣へと変えられてしまったかつての勇者の剣。
だが、たとえ姿かたちを変えられたとしても、その剣はまだ生きている。
エルバは魔王の剣に手を伸ばそうとするが、その剣から発する何かがそれをためらわせる。
ほんの少しでも気を緩めた瞬間、それに押しつぶされて発狂する己の姿が頭をよぎる。
かつて冥府へ行ったときに聞こえた死者の声と似たようなものを今、確かに感じた。
だが、これを取り戻さなければ、ウルノーガを止めることができない。
(エルバ…よくぞここまでたどり着きました)
「その声は…!?」
エルバをウルノーガの炎から守り抜き、ボロボロになった水竜の剣からセレンの声が響く。
やがて青い光に包まれた水竜の剣がエルバの手から離れていく。
(エルバ…やはりあなたは最後まで決してあきらめず、ここまでたどり着いてくれた。これから、あなたに最期の助力をします)
「助力…?」
(エルバ…今の魔王の剣には生まれるはずだった命たちであふれています。命を終え、大樹へと戻った命たちが今、ウルノーガの邪悪な力に操られている。その命をこれから鎮めます。その間に、あなたは取り戻すのです。かつて、ローシュが生み出した勇者の剣を!!)
「女王!!」
青い光を放つ水竜の剣が粉々に砕け散り、そこから現れたのは青い光でできた女王セレン。
彼女に魔王の剣が反応し、剣から黒い瘴気が発生すると、彼女を取り込もうとする。
(聞きなさい!生まれることを許されず、闇の牢獄にとらわれている命たちよ!!生まれることを許されず、魔王に囚われし命よ!今こそ解放の時が来た!!お前たちが生まれる未来のために、どうか勇者に力を!!)
瘴気に包まれるセレンの幻影だが、それに勝るほどの強い光を放ち、それがエルバを圧するものの力を弱める。
歩みを進め、剣を手に取るエルバだが、闇の瘴気はなおも発生し、エルバを飲み込もうとする。
「く、ううう…ウルノーガ、め…!!」
(エルバ!今はただ…彼らの声を聴きなさい!彼らが何を求めているのか!彼らが何を願うのかを!!)
「求め…願い…」
べっとりとした汗をかき、セレンの言葉に従って闇の瘴気からかすかに聞こえる声に耳を傾ける。
そこにあるのはウルノーガへの憤り、怒り、憎しみ。
確かにかつてのエルバとは親しみのある感情。
だが、それ以外に感じる強い思いがかすかに響く。
「そうか…そうだよな。もう1度、生まれたいと思っている!ロトゼタシアでもう1度、命を全うしたいと願っている!!」
その命の輪廻がロトゼタシアを包む。
よりよい未来への道しるべになる。
やがて、黒い瘴気が薄くなっていき、それが白い光へと変わっていく。
その光は熱を持っており、エルバと彼の手にある魔王の剣を暖める。
(ああ…そうか。助けてくれるんだな…みんなを…)
エルバの目の前に現れたのはかつて見た、在りし日のアーヴィンとエレノアの姿だ。
2人は優しく微笑みかけ、うなずくと同時に消えた。
そして、優しい光に包まれた魔王の剣にひびが入る。
「あるべき姿へ戻れ!勇者の剣!…迎えに来たぞ」
魔王の剣が粉々に砕け散り、その中に眠っていた勇者の剣が光を放ちながら甦る。
命の大樹にたどり着いて、初めて見たときの姿を残したままのそれを自らが作り上げた勇者の剣を交差させる。
2つの勇者の痣が輝き、2本のオリハルコンの刃に雷が宿る。
その刃を振り下ろすと同時に、エルバの周囲をまぶしい光が包み込んだ。
(…!?馬鹿な、これは!!?!?)
エルバを飲み込んでいた邪竜が苦しみだし、それがウルノーガにも伝わり始め、彼の体の回復が遅くなっていく。
「何が起こっているの!?」
「これは…皆さん、見てください!!」
セーニャが指さした邪龍に入っていくヒビからは光があふれ出し、やがて邪龍が粉々に砕け散る。
そして、光の中から現れたのは勇者の剣を取り戻したエルバの姿だった。
「おお…勇者の剣。ローシュ様の剣が戻ってきた…」
「エルバ…へっ、驚かせてくれるぜ!!」
「エルバ!!」
戻ってくるエルバにカミュ達が駆け寄る。
歓喜する仲間たちに笑みを見せたエルバはウルノーガに目を向ける。
邪竜を失い、同時に大樹と勇者の剣を失ったウルノーガの肉体は無残にも多くのひびが入り、左目部分はつぶれている。
徐々に朽ちていく右手にウルノーガは目を向ける。
「返してもらったぞ…お前が奪ったものを!!このまま…とどめを刺してやる」
ボロボロになっているウルノーガを見ても、エルバは決してかわいそうだとは思わない。
彼によって多くの命が失われ、多くの悲劇が生まれたのだから。
その災いのすべてを断つには、今この場で彼の命を奪うほかない。
(ククク…まさか、ここまでやるとはな…。見事だ、ローシュの生まれ変わりよ)
「今更負け惜しみか…?」
(いいや、素直に称賛したいのだ。貴様を。このウルノーガをまさか、これほど無残な姿にしてくれるとは…。だが、一見正しいと思った行動がすべての間違いへとつながることがある…。今から、貴様らにそれを教えてやろう!!)
朽ち果てつつある右手をあろうことか自らの左胸に突き刺す。
ウルノーガの異様な行動に動揺が走る中、ウルノーガは血反吐を吐きながら右手を抜いていく。
右手にはドクンドクンと生々しく鼓動する心臓が握られていて、そこには幾重にも魔法陣が刻まれる。
心臓から闇の瘴気があふれ出し、それがウルノーガを包み込んでいく。
「ウルノーガ、何を!?」
(あいつが言っていた最悪の事態…)
「お姉さま!?」
(みんな…気を付けて。本当の戦いはここからよ)
闇の瘴気の中で、朽ち果てつつあったウルノーガの肉体がスライム状のドロドロした何かへと変わっていく。
それが一度球体になった後でそれが新たな心臓へと変わり、そこを中心に肉体が形成されていく。
(勇者よ、かつての勇者の星の話を聞いたことがあるか?かつて、勇者ローシュが邪神を討滅したのちに世界を見守るために星となったという話を…)
「勇者の星…」
(ふん…甘い幻想だ。希望を失わせぬための作り話だ。その中に込めたものが絶望だということを教えてやる!!)
激しい風が起こり、周囲の瘴気が吹き飛んでいく。
トベルーラの魔力を維持し、どうにかその場にとどまったエルバの目に映ったのは瞳が幾重にも刻まれた黒い大きな蝙蝠の羽根に六本の腕を生やした、先ほどのウルノーガの倍以上にも巨大になった悪魔。
六本の腕にはそれぞれ剣、斧、杖、鎌、オーブ、槍が握られ、足に相当するものがない。
そして、竜のような頭が出来上がると、そこにある三つの瞳が開く。
(ニズゼルファ…神話の時代より無理やり封じ込めた絶望だ)
「ニズゼルファ…勇者の星!?」
(死ね!!!!)
ウルノーガの咆哮とともに彼の肉体が再び発生した闇の瘴気に覆われていく。
瘴気はウルノーガだけでなく、エルバ達もを巻き込んでいく。
そこから異変が起こるまで、一切時間はかからない。
「く…こ、これは!?」
「トベルーラが…維持できない!?」
「このままでは!!」
魔力を失ったエルバ達が落ちていく。
闇の瘴気から抜け出せたとしても、一度奪い尽くされた魔力をすぐに回復させることなどできず、トベルーラを再発動することはかなわない。
「そんな…ここまで来て…!!!」
「うわああああ!!!!」
落ちていくエルバ達。
だが、その中でもエルバの2つの痣は光を淡く放っていた。