「負けぬ…決して、もう2度と負けぬ…我は邪神ウルノーガなり!!」
ウルノーガの目が光るとともに周囲に6つのオーブのような光が生まれ、それを中心に闇の瘴気をまとった、かつての六軍王たちが姿を現す。
六軍王たちはいっせいにエルバ達に襲い掛かり、カミュ達はそれぞれに六軍王たちの相手をする。
「エルバ、こいつらは俺たちに任せろ!!」
「エルバ様はウルノーガを…邪神を討ち取ってください!!」
「…わかった、任せる」
いずれも六軍王のエルバ一人では倒すことができず、仲間たちがいてやっと倒せた魔物たち。
それをカミュ達がそれぞれ単独で戦うとなってはかつてのエルバであればためらっただろう。
だが、今は違う。
彼らならばこの六軍王たちを倒してくれるという確信がある。
「おおおおおお!!!!」
これまでの冷静さのないウルノーガの剣がエルバに降りかかる。
それに対してエルバが見せたのは右手に持つ剣を納め、そしてがら空きになった右手でその剣を受け止めることだった。
勇者の力を使い、魔人と化したかつてのホメロスが見せた技、カラミティエンド。
あの技の破壊力は、オリハルコンでできたはずの勇者の剣にひびを入れたうえで内臓にまで達するダメージを負ったエルバだからこそわかる。
そして、この技を素手でやらなければならない意味も。
「はああああ!!!」
叫ぶエルバはそのまま手刀を受け止めたばかりの剣に向けてふるう。
勇者の力が一転に集中させたカラミティエンドが一撃で剣を真っ二つに切り裂いた。
そして、剣を受け止めた箇所は全く出血しておらず、無傷な状態だった。
「本気を出せよ…」
「何?」
「おびえていないで本気を出せ…そう言っているんだよ、邪神ウルノーガ!!」
「なめたことを言いおって…おごるな、小僧ぉぉぉぉ!!!」
「大丈夫、もう大丈夫ですから、ほら、出血が止まりましたよ!!」
砦を守り、傷ついた兵士の血まみれの腕にエマが包帯を巻く。
エルバ達によってデルカダールが解放され、ユグドラシルやソルティコ、ダーハルーネから物資が支給されたことで食料や薬などで余裕ができていた最後の砦だが、再び闇に包まれてからも魔物たちの猛攻により、薬があとわずかになっていた。
神父や回復呪文を使える人々が率先して協力してくれているが、それでも限界があり、独ならまだしも、病気となった場合は有効な回復呪文は限られる。
回復呪文が使えないなりにと介護をするエマだが、疲労の色が濃くなっており、目にクマができている。
「エマ姉ちゃん、少し休んだら?」
エマの手伝いをするマノロをはじめ、周囲の人々にもエマの疲労が目に見えてわかる。
ペルラからも休めと言われているが、休む気配がない。
(エルバ…戦ってるんだよね?私、知ってるよ。夜明け前が一番暗いんだってことを)
「また貴様と戦うことになるとはな、ゾルデ!!」
ゾルデが召喚する幻影たちをグレイトアックスが生み出す旋風で切り裂いたグレイグがその勢いのままその刃をゾルデの双剣にぶつける。
ぶつかり合う中でグレイグの脳裏からは彼に負けるイメージが完全に消えた。
デルカダールで戦っていた時と比べて強くなったこともそうだが、目の前のゾルデからはその時に感じた覇気が感じられない。
彼がかつて敗れた存在がよみがえったものなのか、それとも邪神ウルノーガが生み出した分身なのかは判断できない。
一つだけ言えるのは、かつて戦ったゾルデよりも弱いということだ。
ゾルデをはじめとした六軍王と戦うグレイグ達よりもはるかに高い空で、エルバとウルノーガがぶつかり合う。
エルバが放ったカラミティエンドで叩き折られた剣を捨てたウルノーガが杖から煉獄の炎を放つ。
それとエルバのドルオーラがぶつかり合い、その地点を中心に大きな爆発が起こる。
「あ…」
爆発の衝撃で吹き飛ぶエルバだが、その脳裏に不思議な光景が浮かぶ。
目に浮かぶそのすべてはエルバにとっては見たことのない景色、そして見たことのない邪悪な存在。
先ほどウルノーガが放ったものに匹敵するほどの炎を吐き2本脚で紫の巨竜にドクロの首飾りをつけた6本の手足と蝙蝠の羽根がついた邪神、オレンジ色の包囲を身にまとった青い肌の巨人。
腹部にも顔があり、生々しい緑の体をした三つ目の悪魔、1対の翼と4本の腕、棘の生えた尻尾を生やした巨竜、次元のはざまから姿を現す血のような赤い2本の手と2本角の悪魔の頭。
「なんだ…この、魔物は…」
目に浮かぶ魔物たちからはいずれもウルノーガに匹敵するプレッシャーが感じられた。
それも、ウルノーガとは違い、本体と相まみえていないにもかかわらず。
まだ魔物たちの姿が目に浮かび、むき出しになっている紫の脳が印象に残る蛇のような巨竜や赤紫の肌で髭を生やし、邪神と化したウルノーガに匹敵する巨体を持つ魔人、薄緑色で細身の体に目の模様のある羽根のついた悪魔、大鎌を振るい、緑の燕尾服姿をした死神のような魔人。
浮かんできたすべてから感じられたのは世界を滅ぼすほどの力と闇。
「勇者エルバ…見えたな、貴様も…!!」
「何…??」
「今、わかった。光と闇を!!光と闇はカードの表裏、故にどちらかが存在する限り、どちらも永遠に消えることはない!!たとえ、今ここで貴様らを殺し、ロトゼタシアを滅ぼしたとしても、生まれるであろう!!新たな光が!!」
エルバが見えた魔物たちに対して、ウルノーガもまた見えてしまった。
ローシュと同じ剣を手にした3人の剣士たち。
それとは違うものの、宝玉を口にした竜を模した柄がある剣を手にする者や腕に不思議な模様な痣を宿した漁師の少年、兵士の身でありながら、ありとあらゆる呪いを弾く力を持つ男、天使の羽根と輪を失ったにもかかわらず、人々を救うために走る天使、世界を守るために異世界であろうと時であろうとも駆け抜けていく、2つの血肉を持つ者。
それらからウルノーガが感じたのは、いずれもエルバと同じく勇者としての力、そして世界を救わんとする意志を持つ者たち、忌々しい光。
「そして、光と闇はぶつかり合う!互いの存在を否定しながら、互いの存在がなければ存在しえないことを知りながら!!我らの戦いはその永遠に続く戦うの一幕にすぎん!!」
矢が放たれ、ドルオーラを放って消耗したエルバの左腕をかすめる。
かすめただけでも肉がえぐれ、そこから血が噴き出るものの、ローシュの衣の力が徐々にそれをいやしていく。
「そうなる運命であるとわかっていながら、光と闇は生み出された!!たとえ、どれほどの力が生まれようとも、こうして永遠に戦い合う運命!!どんなに素晴らしいことか!!」
「素晴らしい…だと!?」
「勇者を超えるだけで終わりではないということだ!新たに生まれるであろう光の力をも超え、さらなる高みへ行く。感謝するぞ、勇者エルバ!その輝かしい未来を見せてくれたことを!!」
高笑いと共にウルノーガの剣を失った手の魔力が凝縮していく。
それがエルバに向けて放たれ、そこから何かを感じてよけようとするエルバだが、その魔力はどこまでもエルバを追いかけていき、加速していく。
「死ね、勇者よ!そして、かつてのローシュのように生まれ変わるといい!!再び、我を高みへと導くためにも!!」
追いかけていく魔力が解放されるとともに、エルバを巻き込んですさまじい爆発を引き起こす。
エルバがホメロスのカラミティエンドを使ったように、ウルノーガもまたセーニャの放ったマダンテを使って見せた。
その爆発は六軍王と戦いカミュ達にも聞こえ、見えるほどのすさまじいものだった。
「エルバー-----!!!」
キラゴルドの爪をレーヴァテインで受け止めていたカミュが爆発の中にいるであろう相棒の名を叫ぶ。
真昼のような光に照らされ、その光の中に消えていくであろうエルバにウルノーガが声をかける。
「消えるがいい、勇者よ。そして、再び生まれてくるがいい。永遠のこの輪廻の中に…」
光が生まれる限り、いくらでも戦い続け、力を得続ける。
その夢の第一弾として、今エルバは葬られる。
かつてセニカが生み出し、邪神の力によって放たれたこのマダンテ。
この破壊のエネルギーの中で消し飛ばない存在はない。
光が徐々に弱まっていき、あとはこの目で勇者がいた場所を確認するだけ。
だが、ウルノーガの目に映ったのは想定できるはずのないものだった。
「なんだ…なんなのだ、これは…!?」
彼の目に映るのはマダンテの光を食らう、竜の幻影。
その幻影はエルバの額へと移った勇者の痣から発現しており、マダンテを食らい尽くすと同時に消えてしまった。
「まさか…その、呪文は!?」
「ギガ…ジャスティス…」
これはエルバ自身も想定しておらず、マダンテの光の中で消滅するとばかり思っていた。
邪神が放つマダンテをも食らい尽くし、無力化する破邪呪文。
セニカが習得したマダンテが暴走したときにそれを無力化すべく、ウラノスとローシュが協力して生み出した呪文。
結局その呪文はマダンテの暴走という事態が起こらず、完成する前にローシュが死に、ウラノスがウルノーガとなったことで日の目を見ることなく消えるはずだった呪文。
「ウルノーガ…たとえ、お前が言っている光と闇の戦いが永遠に続くとしても、俺は信じる…。いつか、光も闇も、超えるときが来ることを」
きっとそれは決して克服できるものではなく、消すこともできないもの。
今できることは、その存在を認めながらも、抵抗し続けること。
いつか乗り越えていけると信じて。
「いつの日か、お前のような存在が現れたとしても、戦って見せるさ。いつか、そんな戦いが起こらなくなる未来を信じて…」
「勇者、エルバ…!!」
ギガジャスティスで食らい尽くした魔力を転換した影響なのか、0から100と言わんばかりの加速をかけて飛翔するエルバが握る2本の勇者の剣が邪神ウルノーガの腕を次々と切り裂いていく。
目で追うことはできるが、いずれの腕もその動きに対して守りを固めることが精いっぱいで、斬られていき、海へと落ちていくのを見ていることしかできない。
やがて、真上から流星のように落ちてくるエルバ。
2本の剣には青く輝く稲妻が宿る。
オリハルコンと稲妻の2本の刃がウルノーガの右肩に刺さり、そのまま下へ下へとなぞるようにエルバの体と2本の勇者の剣が走り、ウルノーガの肉体を切り裂いていく。
切り裂かれた箇所から闇の瘴気が解放されるが、勇者の力のせいなのかすぐに消滅していく。
「おお…」
グランドクロスで幻影のホメロスを攻撃するロウの目に討ち取られつつあるウルノーガの姿が見える。
先祖代々受け継いできた国も、娘も守れずに絶望したあの日からの悲願が果たされる瞬間に目に涙が浮かぶ。
切り裂かれ、血の代わりに放つ闇の瘴気も消滅したウルノーガ。
もはやその体には力は残っておらず、ただ消滅するのを待つのみ。
「勇者よ…光よ…我は…闇は…また、戻ってくるぞ…」
捨て台詞ではない、確信に満ちた言葉。
確かにウルノーガが死に、ロトゼタシアは平和となるかもしれない。
だが、いずれその平和は破られ、新たな魔王、新たな邪神がやってくるときがくる。
時代を超えて、世界を超えて続く連鎖は止まらない。
「何度でも戻ってくるんだな、何度でも倒してやる。いつか…乗り越えるときが来るまで」
きっと、その時は人間であるエルバ達はこの世にいない。
だが、かつてのローシュ達がそうしたように、未来に起こるだろう戦いに備えて種をまき、思いを託すことはできる。
それを何度も何度も繰り返すことで、世界は未来へと向かう。
崩れていくウルノーガの肉体。
やがて顔も崩れていくが、エルバの目に見えたのは笑っているか、それとも泣いているのか、どちらともつかない顔だった。
「はあ、はあ、はあ…」
消滅したウルノーガを見届けたエルバの額から痣が消え、同時に両手にそれが戻ってくる。
どっと感じた疲れで一瞬トベルーラを解除しかけたものの、どうにか持ちこたえた。
「エルバ…やりやがった…」
ウルノーガの死と共に、復活していた六軍王たちも消滅する。
確かにウルノーガを倒すことができた。
だが、まだそれを喜ぶことはできない。
「命の大樹…あれはウルノーガの中にあった…」
「ウルノーガを倒したことで、命の大樹も…」
命の大樹が失われ、それがもたらしていた命の循環が失われたまま。
それではロトゼタシアは死を待つことに変わりはない。
(心配するな、命の大樹は復活する)
「その声…ホメロスか!?」
どこからか聞こえた友の声にグレイグが問いかける。
同時にエルバ達の元へケトスが飛んでくる。
ケトスの周囲には白い光の球体がいくつも浮かんでいて、それらがエルバの周囲へと集まってくる。
白い光の球体はそれだけではなく、どこからともなく集まってきていて、その数がどれだけなのか、もうわからないほどだ。
「これは…」
(命の大樹が消滅してから失われた命たち、そして命の大樹にとどまっていた命たちだ。まだ冥府で消滅することなく生きていた彼らの思い、そしてここに残っている命の大樹の力の残滓…それらの力で、命の大樹をよみがえらせる。それを為すことができるのは、命の大樹の祝福を受けた勇者)
ウラノスから教えてもらったそれは
「俺が…」
(勇者の持つすべての力を使い、彼らの命と残滓が集結させる。そうすれば、命の大樹はよみがえり、命の循環も始める。だが、文字通り勇者の力をすべて使うことになる。成し遂げたときには、おそらくは勇者の力を失うことになる。その覚悟はあるか?)
確かに、ウルノーガの勇者の力を奪われてからユグノアで再びそれを取り戻すまでは勇者の力なしで戦っていた。
剣術などでどうにかそれを切り抜けることはできたが、それでもそれがないことによるハンデは大きく、ジャコラと戦ったときはどうにもならなかった。
同じような事態が再び起こった場合、今度こそどうにもならなくなるかもしれない。
ウルノーガが死んだとしても、それが絶対に起こらないという保証はどこにもない。
エルバは首に下げているエマのお守りを握る。
「構わない…。勇者の力がなくても、俺にはみんながいる。帰る場所がある。だから…いいさ」
(ならば、お前が生み出した勇者の剣にお前のすべての力を集めろ。さあ、あるべきところへ還る時だ)
禁足地で、7人の力を合わせて作り上げた勇者の剣を両手で握り、天に掲げる。
両手の痣が輝き、それに反応して光を放つ勇者の剣に白い光が集まってくる。
(俺たちにまだ未来があるなら…)
(もう1度、生まれ変わるために…)
(先に逝っている。だから、ゆっくり歩いてきて…)
エルバの脳裏に彼らの魂の声が響いてくる。
エルバだけでなく、その周りにいるカミュ達にも声が聞こえ、集まる魂の中にある見知った存在を感じる。
「この感じ…親父と、お袋なのか…?」
「お姉さま…」
「ママ…」
「母様、エレノア様…」
「アーヴィン、エレノア…」
「父上、母上、バンデルフォンの同胞たち…」
「みんな…ありがとう…」
エルバの手から勇者の剣が離れ、同時に両手から痣が消えていく。
ある程度の高度まで上がった勇者の剣が砕け散ると同時に、そこに小さな種が生まれる。
種は発芽し、急速に成長していき、その姿は在りし日の命の大樹へと変化していく。
「命の大樹がよみがえるのね…」
「これで…ようやく…」
(いいや、まだだ。すでに消滅した魂は怨念として冥府に残り、ロトゼタシアへ脅威として戻そうとするだろう。俺は冥府の番人となって、彼らを冥府にとどめ、命の循環に戻すために力を尽くそう)
「ホメロス、お前は…」
(止めるな、グレイグ。これが俺の贖罪だ…。俺の所業によって失われた命はあまりにも多い。たとえ百年…いや、千年たとうとも、やらねばならん)
それを成し遂げたとしても、ホメロス本人は冥府から命の大樹へ還ることができる保証はない。
もしかしたら、未来永劫冥府にとどまらなければならないこともあり得る。
エルバ達の戦いはこれで終わるかもしれないが、ここからホメロスの贖罪のための永劫にわたる戦いが始まる。
「…俺たちは、また会える。そうだろう?ホメロス」
(…。俺が、冥府の番人となりえるのは…まだ、俺の中に度し難い闇が存在するということ。その闇を命の大樹は拒絶する…。だがもし、許されて命の大樹に還るときが来たら、その時は…もう1度、お前の友に…)
命の大樹が育ち、そこから放たれる光が暗がりの空を青空へと変えていく。
ケトスの背に乗り、甦った命の大樹に芽吹く無数の葉をエルバ達は見つめる。
「帰ろう…俺たちを待っている人たちのところへ」