「よく走ったな、フランベルグ」
出入り口付近にある馬小屋で、エルバは食事をとるフランベルグの首筋を軽くたたいてほめる。
藁ぶき屋根で木造の建物が立ち並び、急な斜面のあるところには木造の階段がある。
エルバたちが到着したホムスビ山地の一角となっている火山、ヒノノギ火山のふもとに位置するためか、夏のような気温となっており、2人の体を汗でびっしょりと濡らしている。
ここ、ホムラの里は町中から火山から生み出される湯気に包まれており、製鉄や鍛冶が盛んとなっている、
ホムスビ山地で採れる良質な鉱石を利用して加工された武具やインゴットをはるか西に位置する港町を利用して輸出している。
そのため、世界でも有数の技術を持つ職人の多くがこの里から輩出されており、鍛冶職人になるにはホムラの里で学ばなければ一人前になれないという言葉ができるくらいだ。
「やれやれ…ようやく落ち着ける場所についたぜ」
久々に町中に入ることができたカミュは背伸びをする。
道中でエルバから借りた地図を確認したところ、このホムスビ山地は旅立ちの祠から南に位置しており、200年前のサミットで自治権を認められていることから、デルカダールも簡単に軍隊を入れることができない。
長居はできないものの、少しは休むことができる。
これからどうするか悩む中、2人の元へ若干リーゼント気味の髪型をした小太りの男性が走ってくる。
「おやおや、お兄さんたち旅人のようですね!いやぁ、いい時にいらしてくれました!わたくし、つい先日に里の奥のほうで蒸し風呂屋を開店したばかりで…」
「蒸し風呂…?」
エルバが知っている風呂としたら、湯船につかるためか、蒸し風呂とはどのようなものなのか想像できない。
普段はいる風呂よりも高温のお湯を使い、文字通り蒸してしまうのかと思ってしまう。
「なぁ、おっさん。蒸し風呂って何なんだよ?」
カミュも聞いたことがないようで、少し気になったためか、彼に質問する。
「蒸し風呂は湯船に入らず、たっぷりと出てくる蒸気で体の垢を落とす風呂なんですよ。いまでしたら、先着100名まで無料でご入浴できますよ。この機会、ご利用しないと損しますよー!」
初めて聞く風呂に興味を抱くカミュだが、自分たちの素性のことを思い出し、頭をぶんぶん横に振る。
「ああ、悪いけどよ。俺たちは風呂に入ってる暇はないんだ。客引きするんだったら、他をあたりな」
「だめですよぉー、お客さん。どんな時でもちゃんとお風呂に入らないと、不審者と思われちゃいますよー」
盗賊であり、デルカダールから指名手配されていることもあり、正真正銘の不審者であるカミュは自分の体のにおいをかぐ。
自分の体のにおいはあまり感じないためか、今度はエルバのにおいをかぐ。
エルバが最後に風呂に入ったのはデルカダールの宿屋で、カミュに限っては1年以上風呂に入ったことがないうえにほとんどの場合は川の水で体を洗うにとどめている。
「エルバ…俺って、におうか?」
「この際、はっきり言うぞ。お前は今まで出会った人間の中で一番臭い」
正面から言われたことでショックを受けたカミュはうう、と声を漏らしながら落ち込む。
風呂に入る習慣がまるでないため、うすうすと自覚していたが、やはり正面から言われるとこたえるものがある。
「まぁ…風呂はいつ入れるかわからないからな…入れるうちに入っておくか」
「だったら、先に行っててくれ。俺はその前に少しだけ情報を集めておく」
「はい!ではおひとりさま、ご案内ー!あ、足元気を付けてくださいねー!」
男に先導され、カミュは里の入り口から見て右側にある階段を昇っていく。
彼を見送ったエルバは情報を集めるため、近くの宿屋へ向かった。
「申し訳ありません、陛下。悪魔の子を取り逃がし、部下を1人死なせてしまいました」
王の間で、グレイグはデルカダール王の前にひざまずき、今回の失敗を詫びる。
玉座で彼の懺悔を聞いていた王は立ち上がり、彼のそばまで向かい、肩に手を置く。
「陛下。敵は世界を滅ぼしかねない悪魔の子です。おそらく、グレイグでも捕まえるのは難しかったでしょう」
「ホメロスの言う通りだ。グレイグ、今回の件に関する貴様への責任は不問とする。そして、貴様にはこれから結成する部隊の隊長を務めてもらう」
「陛下…。これから結成する部隊とは…?」
将軍であるグレイグはそのような部隊の新設の際には情報が必ず入ってくる。
彼が驚いているということは、何も知らされていないということになる。
「この部隊は特別でな、すまぬがワシとホメロスだけの秘密としていた」
「左様でございますか…」
「グレイグ。部隊名はランダウアー隊、悪魔の子を狩るため、おそらくは世界各地を回ることになるだろう…」
「世界各地を…」
「そうだ。各国との交渉は私がやる。貴様は任務が来るまで、ランダウアー隊の訓練を行っておけ」
「…はっ、必ずや期待に応えて見せます」
立ち上がり、敬礼したグレイグは王の間を後にした。
「この地方でも魔物が活発化している…デルカダールだけでの問題じゃないということか」
宿屋で情報を仕入れたエルバは蒸し風呂で待っているカミュと合流するために階段を上る。
デルカダールの兵士が近くにいるという話はなかったが、気になったのはヒノノギ火山に生息していた人食い火竜というドラゴンのことだ。
赤い毛皮をした、羽根を持つ狼というべき外見のドラゴンとのことで、数か月前にこの里に襲来し、数人の犠牲者を出したという。
最終的に、この地の長であり、巫女のヤヤクの息子であるハリマが討伐したものの、彼はそのドラゴンと相打ちになる形で世を去った。
また、共に戦っていたヤヤクは右足を負傷し、それ以降は自宅で有る社にこもり、政務をとっているという。
「行きがけに片手剣を買っておくか…うん?」
「いったぁーーい!」
サブ武器とはいえ、兵士の剣だけでは限界があると考え、この先にある店の品ぞろえがどのような感じか考えていると、10歳程度と思われる少女の悲鳴が正面から聞こえてくる。
階段を駆け上がると、そこには尻餅をついた、この里ではよく見る絹製の地味な色合いのスカートと服を着た、金髪で左右の三つ編みのおさげがある少女がいて、その前にはオレンジ色の髪の青年がいる。
彼の背後にある建物と徳利が描かれた看板があることから、彼が酒場の主人もしくは店員であることが予想できる。
「ちょっと!レディには優しくしなさいよ!乱暴な男はもてないわよ!?」
怒った表情を見せる少女はじっと彼を見る。
レディという言葉の意味が分かるかどうかは定かではないものの、エルバから見るとその少女はレディというよりもガールだ。
男も同じように見えている。
「あー、もううるせえなあ!わりぃけど、今は忙しいんだ!ガキの相手をしている暇はねえんだよ!」
蒸し風呂屋ができて、この里には外部からの客が増えつつある。
そして、お昼時が近いこともあり、ここには利用客も増えてくる。
仕込みなどの準備をしなければならない彼には酒の飲めない少女の相手をしている暇はなかった。
「何よ!?店長と話すぐらいいいじゃない!店長なら、はぐれた妹のことを知っているかもしれないんだってば!」
「ここはガキの来る場所じゃねえんだ。迷子の相談なら里の入り口に詰め所があるから、そこで話をしな」
「ふん、分かったわよ!店長なら話が通じると思ったけど、こんな石頭がいたんじゃあどうしようもないわ!」
もはや話が通じないと腹をたて、プリプリ怒りながら少女は酒場を後にし、下りの階段へと向かう。
だが、エルバの前に立つと、彼の顔を見て驚いた表情を見せ、足を止める。
「…どうした?」
「あんた…名前、聞いてもいい?」
急に名前を尋ねてくる彼女に疑問を抱くエルバ。
お尋ね者であるため、あまり名前を出したりすると危険だが、今はデルカダール兵がおらず、ここに来るとしてもかなり時間がかかることを考えると、それくらい話しても問題ないだろうと考えた。
「エルバだ」
「ふぅん…エルバね。なるほど…。アンタとはしっかり話をしたいところだけど、今はいなくなった妹のことが心配。里の中を探してからにするわ」
酒場の店員である男に言われた通り、詰め所で話を聞けば何かわかるかもしれないと考えた少女はエルバとすれ違う。
しかし、彼の背後で立ち止まり、口を開いた。
「まさか…アンタとここで会えるなんて。運命って、分からないものね」
「俺は…運命を信じない」
目を向けることなく、エルバはつぶやく。
相手が幼い少女であるため、感情を押し殺すように言ったが、その中には怒りを宿していた。
自分が悪魔の子として追われ、そして故郷を滅ぼされた。
それを運命だというように言っているように聞こえてしまった。
「気を悪くしたなら謝るわ。でも、信じなくても運命はあなたと突き動かし続けるわ。この世界を救うために…」
「お前…何者だ?」
10歳くらいの少女とは思えないような発言に疑念を抱きながら、エルバは後ろを向くことなく尋ねる。
「名前くらいは言ってもいいわね。私はベロニカよ。じゃあ、次に会うときはしかめっ面をどうにかしときなさいよ、エルバ」
右手で雑に手を振ったベロニカは階段を降りていく。
酒場の近くに武器屋があるのが見えたエルバは彼女との話を忘れるため、そこへ入っていった。
「ああ…いい気分だぜ。体中からいろいろとたまってたものが出て行っている感じだ」
高温の石にかけた水が蒸気となり、木造の質素な部屋の中を包み込んでいく。
下半身を受付で渡された大きな手ぬぐいで巻いて隠しており、体から出てくる汗をもう1枚の手ぬぐいでふき取っていく。
湯船につかるのではなく、座布団代わりに敷かれた手ぬぐいに尻を置く形で椅子に腰掛け、高温の蒸気を受ける。
今まで体験したことのない、こんな気持ちいい風呂があることを知れたことに感動を覚えているところに腰に手ぬぐいを巻いたたエルバが入ってくる。
「よぉ、遅かったな」
「悪い。ついでに武器屋で片手剣の調達をしていた」
詫びた後で、エルバはカミュの隣に座る。
兵士に追いかけられたわけではないということが分かったカミュは安心して立ち上がり、近くにある蛇口から出ている水を桶に入れる。
そして、高温の石にそれをかけた後で、再び元の場所に座った。
暑い水蒸気が周囲を白く包み込んでいく。
「エルバ、前手に入れたあの大剣、使えそうか?」
「ああ…。鋼の大剣と比べると重いが、頑丈だ。使える」
あのグレイグが愛用している剣というだけあり、市販されている従来の大剣との違いを手にしただけで感じられた。
重量は鋼の大剣以上で、正直に言うともう少し力をつけないと完全に使いこなすには難しい代物だ。
それだけあって、破壊力や切れ味、耐久性は高く、長年使われているためか、刀身には細かい傷と何度も手入れされた痕が残っている。
「ならよかったぜ…。ほかには?」
「妹を探している女の子がいた」
「妹を…?ああ、俺もその子を見たぜ。酒場で聞き込みなんて、マセてるよなぁ」
普通、子供が何か情報を集めようとするならば、酒場ではなくほかの友達や両親から聞くというのがスタンダードだ。
酒場となると、大人が入る場所であり、そこでは子供には話せないようなディープな内容もある。
そのため、酒があることもあって、大人になるまで酒場に入ってはいけないという決まりが世界中にある。
にもかかわらず、その少女は酒場で情報を聞き出そうとしていた。
そんな彼女をおかしく思い、笑っていたカミュだが、うつむいた表情を見せる。
「妹…妹か…。まったく、デキの悪い妹を持つと、兄ちゃんと姉ちゃんは苦労するよな」
「…俺は1人だ。そんなことは分からない」
イシの村にも、いくつかの家族で兄弟や姉妹がいる。
大抵の兄弟姉妹はケンカをすることがあるが、基本的には仲が良い。
そのため、兄弟姉妹がいる家族をうらやましいと思ったことがあるものの、ほしいと思ったことはなかった。
そうして結局、1人っ子でいるため、カミュのその言葉には共感することも否定することもできない。
マノロのような、エルバを兄のように慕う子供もいるが、やはり本当の弟とは違う。
「ねえ…」
耳元に女の子の声がかすかに聞こえる。
「おい、何か言ったか?」
急に誰かの声が聞こえたことで、すぐに表情を戻したカミュは一番近くにいるエルバに尋ねる。
否定するように首を横に振ったのを見たカミュは気のせいかと思い、顔についている汗を手ぬぐいをふき取る。
「ねえ、どこなの…?」
2人の耳に、また声が聞こえてくる。
明らかに2人の者ではない、男性用の蒸し風呂場にいるはずのない少女の声に2人は周囲を見渡す。
2人が入ってきた扉の方に目を向けると、そこにはうっすらと黒い影が見えた。
「おい!こいつ、もしかして…ゆ、ゆうれ…」
「落ち着け。幽霊なんていない」
「どこに…どこに行っちゃったの?」
黒い影が近づいてきて、白い水蒸気から抜け出すと、そこには泣いている青い髪で服を着ている少女の姿があった。
背丈から判断すると、年齢はベロニカとほぼ同じくらいで、白い長そでの服に紺色のドレスを着用していることから、この里の住人とは考えづらい。
幽霊じゃないことで、ほっとしたカミュは腰に巻いているタオルを確認した後で立ち上がり、彼女の前で膝をつき、目線を合わせる。
「驚かせやがって…お前、こんなところで何をしてるんだ?」
蒸し風呂は普段着を着てはいるような場所ではないし、ここは男性用で、女性である彼女が入っていい場所ではない。
泣くのを我慢しながら、少女は話し始める。
「あたし、宿屋で待ってたのに…。お風呂行くって出かけてから、ずっと戻ってきてないの。どこへ行っちゃったの…?ひどいよぉ…」
我慢できなくなったのか、再び泣き始める。
話から判断すると、彼女が探しているのは自分の家族のようだ。
「はぁ…迷子ってやつか。あ…!なぁ、エルバ。こいつは酒場の前にいたあのマセたガキの妹じゃないのか?」
「違うと思うぞ。その女の子、ベロニカの髪は金色だ。この子とは全く違う。それに…」
「いや、たまにあり得るぜ。髪や目の色が違う兄弟ってのはさ。ほら、俺たちが探してやるから、もう泣くな。ええっと…」
「ルコ…」
カミュに頭を撫でられて、少しだけ安心できた彼女は自分の名前を口にする。
「そうか。じゃあ、ルコ。一緒に探そうぜ」
「…うん!」
ルコを連れて、カミュは蒸し風呂から出ていく。
エルバは先ほどのカミュの言動を思い出していた。
(最後まで話を聞かずに…。それにしても、あいつ…兄弟姉妹の話をしていたとき、悲しそうだったな。…いや、俺には関係のないことだな)
「迷子なら入口の詰め所へっと…おっ」
ルコを連れて、階段を降りたエルバ達の視界に入ったのは、詰め所の警備をしている荒くれの男とベロニカが口論している様子だった。
最終的にベロニカの方が折れたのか、ため息をついて荒くれの元を離れ、こちらの方へ向かってくる。
「まったく、てんで話にならないわ!この里の連中、どいつもこいつも石頭ばっかりなんだから…きゃ!」
不満を漏らしながら歩くベロニカは前方不注意でエルバに足に当たり、尻餅をついてしまう。
「痛っ…気をつけな…あ…」
虫の居所が悪い彼女は自分のことを棚に上げて怒鳴りつけようとしたが、エルバを見て沈黙する。
「また…会ったな」
「あんた…さっきの…」
「よぉ、あんたがベロニカちゃんか。俺たち、お前が探している妹を見つけてきてやったぜ。ほら、お前の姉さんだろ?そんなところにいないで出てきなよ」
自分の後ろに隠れているルコにカミュは声をかける。
ハァ、とため息をついたエルバは首を横に振る。
ルコを見たベロニカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せたが、喜ぶ様子を見せない。
「…誰よ、その子?あたし、そんな子知らないけど」
「カミュ…ルコちゃんが探しているのは姉じゃないと思うぞ」
「え…!?そ、そうなのか…??」
エルバの指摘とベロニカの反応を見て、驚いたカミュはルコに目を向ける。
人見知りで、知らない人がたくさんいるためか、ルコはオドオドしながら口を開く。
「あたし…一人っ子だよ。いなくなっちゃったのは…あたしのパパ…」
「はぁ…なんなの、アンタ。人の話をロクに聞けないなんて、とんだひよっこちゃんね」
驚くカミュにあきれ果てたベロニカは馬鹿にしたような笑いを見せる。
「なんだと!?このチビ、お前の方がガキじゃ…っていうか、エルバ!!なんでここに来るまで教えなかったんだよ!?お前、分かってたんだろ!?」
「…お前が聞かなかっただけだ」
「んだとー!?」
ハァー、とため息をついたベロニカはカミュを無視し、今度はエルバに目を向ける。
話を聞けない彼よりも、エルバの方が話ができると踏んだのだろう。
「とにかく、その女の子も迷子みたいだし、このままではラチが明かないわ。エルバ、悪いけどあたしを酒場まで連れて行ってくれない?」
「ああ…」
機嫌が悪い今の詰め所の荒くれに情報を聞き出すのは難しい。
酒場の店員はベロニカのような子供の相手はできないというが、大人であるエルバやカミュがいるなら、少なくとも入店は許してもらえるかもしれない。
もちろん、料理を注文するという前提で。
酒を飲まなければならない場合は、大人であり、酒が飲めるカミュに任せればいい。
「ありがとう、話しが早くて助かるわ。ルコちゃん、こんな頼りないおにーちゃんとムッツリとしたおにーちゃんに振り回されて、心細かったでしょ?もう大丈夫だから」
「…うん!」
同年代の少女に励まされ、ようやくルコは笑顔を見せる。
おいてけぼりにされたことで、心を落ち着かせる時間ができたカミュは2人のやり取りを見て、ハァとため息をつく。
(俺たち、追われてるってのにどうしてこんな面倒事が起こるんだろうな…?)
「ありがとうございました!またご利用くださーい!」
「おい、ササミ!さっさと寿司を握れぇ!」
「はいよぉー。ったく、寿司なんて手間のかかるものを…。あ、いらっしゃいま…」
店員である先ほどの青年、ササミは愚痴の続きを腹に引っ込めて、入ってくる客を迎えようと笑顔を作るが、すぐにその笑顔は固まる。
カミュの足元を見ると、いつぞやのベロニカが隠れていた。
ササミの徐々に変化する表情を見たベロニカはさすがにまずいと思ったのか、カミュの後ろに隠れたままになる。
「あ、お前は!こりもせずまた来やがったな!子供が一人で酒場なんぞ…」
「俺たちの連れが…何か?」
両腕を組み、ドヤ顔になったカミュが尋ね、ササミは口ごもる。
大人が一緒に入ってきて、子供に酒を飲ませないならば、入ってはいけないということにはならない。
「ササミ!さっさと厨房へ来い!いらっしゃいませ、お客さん!前の席でよければ、どうぞぉー!」
ほかの席には観光客や休憩中の職人などが食事のために座り、出された寿司やおにぎり、みそ汁などを口にしている。
空いている席はカウンター席だけで、ちょうどエルバ達4人が座れる。
ササミが厨房に入った後で、4人は椅子に座る。
カウンター席の前で魚を焼き終えた、ホムラの里の民族衣装を着た、若干カールしたヒゲで太い淵の黒い眼鏡をかけた中年の店主が木製のコップに水を入れ、4人に出す。
「悪かったな、嬢ちゃん。忙しくって、あいつもへそを曲げちまってたのさ。で、何を注文する?」
「んじゃあ、握り飯を4つで」
本来の目的はルコの父親とベロニカの妹に関する情報を聞くことだが、ここは酒場だ。
店主から情報を得るとしたら、何かを注文しないと筋が通らない。
店主はすぐに手に塩をつけると、桶の中にある炊き立てのご飯を握り始める。
数分で4人分の握り飯が出来上がり、カウンターに置かれる。
「店主さん。単刀直入に聞くけど、あたしと同じ金髪で緑色のドレスを着たセーニャって子が誰かを探しに来てなかった?」
握り飯を受け取り、質問したベロニカはそれを口に含む。
中には種を取り除いた梅干しが入っているのか、酸っぱさで目を閉じ、口をとがらせる。
「セーニャ、セーニャなぁ…。ああ!そのお嬢さんなら、ウチにお姉さんを探しに来てたけど、いないと分かって里から出て行ってしまったよ」
「そ、そう…。それで、どこへ行くって言ってた?」
酸っぱさを我慢し、ようやく食べ終えたベロニカは居場所を突き止めるためにさらに質問する。
詰所へ行く前に馬小屋を確認していたが、そこにおいてあるはずの馬の1頭がいなくなっていたため、そうなっている可能性を薄々と感じていた。
うーん、と目を閉じ、顎に握った右手の人差し指の第二関節あたりを置き、少し考える。
そして、すぐに思い出したのか、目を開く。
「西のほうにお姉さんがいる気がするといってたっけなぁ…。なんとも、不思議な女の子だったなぁ…」
「西のほう!?ああ…もう、入れ違いだわ!!セーニャはあたしを助け出そうとして…!」
椅子の上に立ったベロニカは両手で机をたたく。
こうなってしまうのであれば、あの場にとどまって待っていればよかったと後悔し、再び椅子に腰かける。
「話が…見えてこないが」
握り飯を食べ終えたエルバとカミュには、どういう事情でそうなっているのか、話が全く見えていない。
2人に体を向けたベロニカは事情を説明する。
「実は…あたし、蒸し風呂に入っていたところを魔物にさらわれちゃって、今までそいつらのアジトに閉じ込められていたの」
魔物が人をさらうということ自体は魔物が活性化する昨今では珍しい事件ではない。
餌にするため、もしくは身代金を得るため、もしくはただコレクションするために人をさらうケースが多く、そういう事件はデルカダールでも聞いたことがある。
「せっかく、そこから逃げてきたのに…今度は妹のセーニャが魔物のアジトへ行っちゃうなんて…」
しかし、今のベロニカには後悔している時間はない。
それよりもやることは、一刻も早く妹を助けることだ。
だが、今のベロニカには戦う力がない。
武器もなく、西のアジトから魔物に見つからないように気を付けて進みながらホムラの里に到着できただけでも奇跡だ。
そんな自分1人では、とてもセーニャを助けられない。
ベロニカはエルバに目を向ける。
「エルバ、あんたはただの旅人じゃないんでしょ?聞かなくても…あたしにはわかるわよ」
「…」
「今はまだ詳しい話はできないけど…お願い。何も聞かないで一緒に妹を探して…」
今の彼女には頼ることができるのはエルバとカミュしかいない。
ベロニカは先ほどまで見せた高飛車な姿が嘘だったかのように、エルバに頭を下げる。
それを見たエルバは目を閉じ、考える。
「エルバ、あの生意気なベロニカがこうして頼んでるんだ。面倒ごとは御免だが、それくらいはしてやっていいだろ?それに…まだ追手が来るまで時間があるしな」
椅子から立ち、カミュはエルバに耳打ちする。
カミュのいう通り、追手のデルカダール兵が他国や自治領に入るには手続きが必要だ。
その手続きはすぐには終わらないため、仮にホムラの里にいることを特定されたとしても、兵士の派遣から手続きのあとで自治領に入るまで最低4日はかかる。
その間に探し出し、別の地域に逃げれば問題はない。
「…わかった。だが、終わったらすべて話してもらうぞ」
「いいわ。約束する」
「お姉ちゃんたち…いっちゃうの?」
握り飯に手を付けていないルコが3人に尋ねる。
ベロニカの身に起こったことを考えると、彼女も父親も同じく捕まってしまい、西のアジトへ連行されたものと考えていい。
しかし、ルコはベロニカよりも年下の少女であり、安全を考えると、里に残すしかない。
「ねえ、あたしも一緒に…」
「駄目よ。子供は危ないから。あなたのパパはきっと、同じ場所にいるわ。必ず連れて帰ってくるから、いい子で待ってて」
納得がいかないルコだが、自分を助けてくれたベロニカを信頼して、ゆっくりと首を縦に振る。
「お前だって子供じゃねえか…。そんな丸腰じゃあ何もできないぞ」
店主に代金を支払い、ルコを預かるように頼んだカミュは言う。
旅慣れした彼からすると、ベロニカもルコと同じくらい足手まといになる。
獲物となる武器がないうえに、こんな子供ではスタミナはたかが知れている。
そのうえ、いざ魔物とであったなら、彼女は逃げることしかできない。
椅子から飛び降り、2人の前でベロニカは腰で両手を置いて胸を張る。
「あたしを誰だと思ってるの?聖地ラムダからやってきた、最強の魔法使いのベロニカ様よ」
「聖地…ラムダ…?」
エルバはテオから教えてもらった冒険の物語を思い出す。
聖地ラムダは世界2大山地の1つであるゼーランダ山を抜けた先にある聖域で、そこでは古の賢者セニカを祭る巨大な像が安置されている。
呪文と音楽、そして文学に精通するラムダの民が暮らしており、地図によると、ロトゼタシア北西にあるクレイモラン大陸に存在することから、彼女とセーニャはかなり遠くからここまで来たということになる。
「そんな遠いところから、なんでここまで来たんだよ?」
「それについては、終わってから説明するわ。まぁ…アンタの方があたしの足を引っ張らないように気を付けてほしいわね」
「はぁ?だったら、杖か何か持ってるだろ?なんで何も持ってないんだよ?」
「わけありなの。さあ…出発しましょう。あたしが案内するから」
ベロニカはごちそうさまというと、先に酒場を出ていく。
後頭部をかきながら、カミュは立ち上がり、ルコの頭をなでる。
「安心しろ。俺たちがお前のパパを助けてやる。だから…ここで待ってろよ?」
「…うん、パパのこと、お願いね」
「ふぅ…あたしの馬がちゃんとここに残ってくれててよかったわ」
馬小屋で、ベロニカは亜麻色の毛をした馬を撫で、小屋から連れ出す。
「マジか…!?なんで馬を持ってるんだよ!?」
「聖地ラムダから一緒に旅してるの。旅人が馬を借りたり持ったりするのって、そんなに不思議な訳?」
ベロニカは馬に乗ろうとするが、やはり口では異性を張るが体は小さな女の子。
馬の背に乗ることができない。
エルバは子供用の補助のクラを近くにある馬具屋で買い、フランベルグにつける。
「フランベルグに乗れ。こいつなら、俺以外にもう1人は乗れる」
「はぁ…じゃあ、それでいいわ。じゃあアンタはあたしの馬に乗って」
「ああ…ちょうど、馬がないから都合がいいぜ」
ポンポンと背中を軽くたたいた後、カミュはベロニカの馬に乗る。
フランベルグと同じく、訓練されているおかげか、それともカミュをきちんとベロニカの仲間だと認知してくれたのか、暴走していない。
「エルバ、先頭は頼むぜ」
「ああ…つかまっていろ、ベロニカ」
「ええ。じゃあ、行きましょう」
2頭の馬がホムラの里を出て、西へと進んでいく。
「エルバ…あたしの期待を裏切らないでね」
エルバの背中につかまるベロニカは彼に聞こえないくらい小声でしゃべった。
ホムラの里
ホムスビ山地の一角にある和風の里。
ヒノノギ火山をはじめとした大小さまざまな山々からもたらされる温泉と鉱石で有名で、鍛冶と観光が盛ん。
最近では蒸し風呂屋ができ、今までにない新しいタイプの風呂に注目が集まっている。
500年以上の歴史を誇り、代々巫女が里長として世襲している。
現在の巫女はヤヤクで40代目だが、息子であるハリマは人食い火竜との戦いで戦死してしまった。
ヤヤクももうすぐ老齢に差し掛かることから、仮にヤヤクが急死してしまった場合、後継者問題が発生する恐れがある。