「すげえ…あれ、バトルレックスの首じゃあないか!?」
「確か…かなり強いって話だったよな」
「けど、これで安心して鉱山で仕事ができるってもんだな」
3頭の馬に引かれ、鉱山でエルバが討ったバトルレックスの首が運ばれ、集まっていた住民や観光客がざわつき始める。
その後ろから、今回の作戦に参加したオグイやエルバ達が歩き、そのまま報告のために城へと向かっていた。
なお、オグイは杖を突き、左足をかばうように歩いていた。
傷は脱出後のキャンプ中にセーニャとエルバが回復呪文を使ったことである程度直すことができたが、復活したヘルバイパーの攻撃により、骨までダメージを負った彼をエルバとセーニャは完全に回復させることができなかった。
骨やアキレス腱などについてはベホマ程の回復力の有る呪文でなければ治療することができないうえ、それだけ回復する本人にも負担がかかる。
今は療養し、1日も早い回復を祈ることしかできない。
城下町の中央にある馬やラクダの騎乗の練習場を経由して西へ進む。
そのまままっすぐ進むと競馬場に行くことができるが、今回はその先の十字路を右に曲がり、その先にある下りのスロープから地下通路に入る。
その一番奥には馬車を乗せることができるエレベーターがあり、エルバ達はそれに乗った。
上半身が裸の作業員たちがオグイからの手の合図を受けると、4つあるハンドルを回転させ、エレベーターを上へ上げていった。
「おおお、オグイ!!皆も、よく戻ってきた!!」
エレベーター経由で城に入り、1階の広間に到着すると、訓練を行っていた兵士たちがバトルレックスの首を見に集まり、2階の王の間から降りてきた、白いターバンをつけた小太りの男性がオグイに近づく。
彼の姿を見た瞬間、兵士たちは急いでひざまずき、後を追うようにエルバ達も彼にひざまずく。
(彼が…ファルス3世…)
最初に見た王がデルカダール王であったためか、エルバにはどうしてもファルス3世がこの国の王には見えなかった。
オグイから話を聞き、嬉しそうにうなずく気さくな様子と太った体。
白髪のない黒髪が見えることから、中年であることは分かるが、どうしても老年であるはずのデルカダール王の方が立派に見えて仕方がない。
最も、エルバにとってはそれでもデルカダール王が憎い仇であることには変わりない。
「それで、彼らが協力してくれた旅の者たちじゃな?」
「はい。今回のバトルレックス討伐の成功に大きな貢献をしております」
「おお、そうかそうか!うん…?オグイ、その足はどうしたのじゃ?」
ニコニコしながらオグイの話を聞いていたファルス3世だが、彼の片足を見た瞬間、表情を変える。
「はい…魔物との戦いで…」
「そうか…。この怪我では、明日のサマディー杯への出場は難しいか…。済まぬ」
オグイは明日のサマディー杯で今回初出場となるとある人物と競馬を楽しみにしていた。
その楽しみをこのような形で奪う結果となったことを申し訳なく思ったのか、ファリス3世はうつむく。
「いいえ、陛下」
オグイは笑みを浮かべ、静かに首を横に振る。
「兵士は国と国民のために戦うのが仕事です。そして、バトルレックスという国の脅威を取り除くことができて、私は大変うれしく思っております。ですので、今はこの傷を癒し、一日も早く再び国民の盾となれるよう、努めたいと思います」
「そうか…。ご苦労じゃった、オグイ。誰か、彼を医者の元へ…」
バトルレックスの首を見に来ていた兵士の内の2人がオグイを城内にある医務室へ連れていく。
他の兵士たちが首を運んでいき、その場に残ったエルバ達にファルス3世は目を向ける。
「旅の者たちよ、今回はとても助かった。心から礼を言う。済まぬが、これからわしは今回の盗伐作戦で犠牲になった兵たちのために祈らねばならぬ。滞在費用は此方が工面する故、ファーリス杯が終わった後でもう1度城へ…」
話し終えようとすると同時に、城門が開き、そこから1人の少年が入ってくる。
白い羽帽子をかぶり、緑と黄色がベースのサークレットとオレンジのマントを着用した金髪の少年で、整った顔立ちをしている。
「ファーリスか…済まぬ、旅人よ」
その彼を見たファルス3世はファーリスと呼んだ少年の元へ向かう。
「父上、乗馬訓練からただいま戻りました!」
ファーリスが左胸の拳を当てながら言うが、ファルス3世は彼の顔を見たまま、返事をしない。
数秒の静寂の後、ファルス3世は左手中指にはめている赤い宝石のついた指輪を見た後で、その手をファーリスの前に出す。
「騎士たる者!」
「信念を決して曲げず、国に忠誠を尽くす!弱きを助け、強きをくじく!どんな逆境であっても、正々堂々と立ち向かう!」
敬礼したまま、ファーリスは即座に返事をする。
これは兵士たちが朝一の訓練を始める前に必ず行っていることで、これがサマディーの騎士たちの鉄の掟となっている。
初代サマディー国王の時代から脈々と受け継がれており、この国ではたとえ次期国王であったとしても、王族の男子は騎士として鍛錬を積むことになっている。
ファルス3世に関しても、今の体格からはとても想像できないものの、国王になるまでは騎士となっており、主に兵法と補給管理に通じているインテリだ。
剣術などの修行もしていたようだが、国王になった後、政務のストレスが原因であのように太ってしまったというのがもっぱらの噂だ。
「うむ、よろしい。騎士の掟、今日も忘れていないようじゃな。ファーリスよ」
笑みを浮かべたファルス3世はファーリスの肩に手を置く。
既に身長は自分を追い越していて、大きく成長した一人息子に感慨深さを覚えていた。
「お前も今年で16歳。ファーリス杯では騎士の国の王子の名に恥じぬ、勇敢な走りを期待しているぞ」
「お任せください、父上。必ずや期待に応えて見せましょう」
「うむ…では、儂は用がある故…」
すっかり安心したファルス3世は護衛の兵士2人と共に表門から城を出ていく。
父親の後姿を敬礼しながら見送ったファーリスは門が閉じると、ファルス3世と話しているときに見えたエルバ達に目を向ける。
4人とも立ち上がっていて、ファーリスと目が合っていた。
「やぁ、ようこそサマディーへ。うん…?」
笑みを浮かべ、あいさつしようとしたファーリスだが、エルバが気になるのか、彼をじっと見ている。
「な…なんだ?」
「う、まさかとは思うけど…」
ベロニカの脳裏に嫌な予感がよぎる。
もし、エルバが勇者であることがばれたら、今の自分たちには逃げ場がない。
騎士の国と称されるサマディーの騎士の実力は折り紙付きな上、唯一使える出入り口は先ほどファルス3世が出ていった門だけ。
(いざとなったら…)
ばれた場合はファーリスを人質にして、最悪エルバだけでも逃げれるようにとカミュはエルバの隣に立つ。
そんなピリピリした空気を読んでいないのか、それとも読んでいるけれどもあえてなのか、ファーリスはエルバの手や足、背丈などを見ていた。
「うんうん…よし。失礼ですが、旅の方、お名前は…」
「エ…エルディだ」
本名を言いそうになったエルバはとっさに嘘の名前を口にする。
『バ』を『ディ』に変えただけで、知っている人が聞いたらばれる可能性が高い。
「エルディさんですか…。なぜ、この城へ…?旅人でも、ここに入るのは難しいですけど…ああ、もしかしてバトルレックスの…」
バトルレックスの話をファルス3世と共に会議で聞いていたファーリスはそれで合点がついたのか、納得したようにエルバ達を見る。
「それで、なぜわざわざサマディーまで…」
「この国にある、大樹の枝を見に…」
「大樹の枝…?もしや、サマディーの国宝である、虹色に輝く枝のことでしょうか?」
ファーリスは昔、ファルス3世に見せてもらった虹色の枝のことを思い出す。
その時は国宝展示会として、国民限定ではある物の、サマディー王家に伝わる家宝を公開しており、ファーリスもその時に1度だけその中にある虹色の枝を実際に見ていた。
どうして虹色の光るのかと不思議に思い、そしてその枝の有った場所である命の大樹の偉大さを感じたことから、今でもよく覚えている。
「なるほど…あれは重要な国宝ですから、見るにしても父上の許可が必要です。…ああ、そうだ!」
何かを思いついたのか、ファリスは笑みを浮かべ、懐から1枚のチケットを出し、それをエルバに握らせる。
そのチケットをちらりと見たベロニカはハッとし、両手を頬の近くに置き、指が不規則に動き出す。
「どうしました?お姉さま」
あのチケットが何かよくわからないセーニャが心配そうに彼女を見つめ、警戒を解いたカミュに限っては何か嫌な予感を感じているのか、表情を硬くする。
「これは…何だ?」
「町で手に入れたチケットさ。今夜の分のね。虹色の枝について、詳しい話はそこで話すのはどうだろう?」
先ほどまでとまるで違う、砕けた口調を見せるファーリス。
チケットには空中ブランコに乗る、サーカス団員のような派手なピエロの衣装をしたシルビアンヘアーの長身な男性が大きく描かれている。
「これ…今夜のサーカスチケット!!」
そのチケットは4人まで入場できるもので、シルビアのショーでは、このような団体のチケットはほとんどの場合、すぐに売り切れてしまう。
「僕は大きな問題を抱えていてね。もし解決してくれたなら、虹色の枝について、僕から父上に口添えするよ。じゃあ…また今夜」
そう言い残して、ファーリスは2階への階段の右側に位置する自室へと入っていく。
ベロニカはエルバが持つチケットを取ると、嬉しそうにそれを眺めた。
「うんうん!バトルレックス狩りをしてよかったわ!!シルビアさんのサーカスが見れて、虹色の枝を見ることもできるんだから…!」
「まだ枝が手に入るわけじゃないぞ」
国宝となると、たとえ王家からの頼みごとを引き受け、解決したとしても簡単に手に入れることができるわけではない。
代々伝わるそのようなものを簡単に渡したら、それこそ度が過ぎたお人よしだ。
しかし、これは大きな一歩であることには変わりなかった。
夜になり、城下町の東に位置するサーカステントを中心に人だかりができる。
このサーカステントはかつて、旅のサーカス団であったサマディーサーカス団のために用意した歴史深いものらしい。
元々正方形だった城壁の一部を無理やり作り変えてスペースを確保し、そこに巨大なテントを置いたと考えると、それを指示した当時のサマディー王はよほどサーカスを好んでいたようだ。
今でもここでのサーカスはサマディーの大きな観光資源になっている。
そのテントの中にエルバ達は入り、周囲を見渡す。
座席は満席となっており、観客たちは今日のサーカスの目玉となるシルビアの登場を拍手と口笛、そして歓声で待っていた。
「あそこか…」
デルカダール以上の騒がしさを感じ、まだこうした雑踏に慣れないエルバは周囲を見渡す。
すると、一番上にある5人座ることのできる、机のある団体席に茶色いフードをかぶった男性が1人で待っているのが見えた。
ほかの団体席にはすでに家族連れの貴族などが占領している状態で、ファーリスが待っているとしたら、おそらくここしかないだろう。
エルバ達はその席へ向かい、一番サーカスを楽しみにしていたベロニカがステージに一番近い椅子の座り、その左にセーニャが、そのまた隣にカミュがあえて椅子を逆に置いて座り、背もたれに両腕を置く。
そして、エルバが座る椅子はちょうどフードの男の正面となった。
4人の姿を見た男は笑みを浮かべ、フードを取る。
やはり、その男はファーリスだった。
座ってしばらくするとライトが点灯し、ステージ中央にいる小太りの団長が両手を広げる。
その瞬間、あれほど騒いでいた観客たちが一斉に静まり返る。
「皆さま、たいへん長らくお待たせいたしました!これより、世界を飛びまわっては訪れた街を魅了して去っていく謎の旅芸人の登場です!流浪の旅芸人…シルビア!!摩訶不思議なショーをとくとご覧あれ!!」
そう叫ぶと同時にライトが消え、再び歓声が上がる。
そして、誰かがステージに飛び降りる音が聞こえ、再びライトがつくと、そこにはチケットにも描かれていたシルビアの姿があった。
シルビアは歓声を上げる観客に一礼をした後で、右手にボールを出し、それを真上に投げる。
それがある程度の高度まで飛び、落下しようとしたその時、ボールがなぜか2つに分裂し、おまけにシルビアの手には更に赤と青のボールが左右に1つずつ現れる。
さらにそれらのボームでジャグリングを始めていると、そのボールが再び分裂し、最終的には12個のボールでやり始めて、あっと驚くような芸に観客は熱狂する。
そして、今度はジャグリングに使っていたボールすべてを上に投げ、指を鳴らすとそのうちの半分が煙と共に消滅し、残り6つのボールがナイフに変化、今度はそのナイフでジャグリングを始めた。
どれも本物のナイフのように見え、キラリと光る刀身とあまりにも危なげな芸に息をのむ中、今度は手元に戻った6本のナイフを客席に向けて曲線を描くように投げる。
まさかの行いに騒然とし、ナイフがこちらに向かってくると感じた観客だが、満席となっているため、逃げることができない。
しかし、シルビアは右手中指と人差し指を一瞬唇に当てた後で、そのナイフに向けて火を噴いた。
火に触れたナイフは先ほどのボールと同じように、1本残らず煙になって消滅した。
「大切なお客様にけがなどさせません。楽しんでいただけましたか?」
胸に手を当て、シルビアがお辞儀すると、これまで以上の歓声がシルビアを包んでいく。
「すごい…」
ベロニカは最大の目的がサーカスを見ることだと言わんばかりに椅子の上に立ってシルビアのショーを見ており、すっかり見とれてしまっている。
ファーリスも身を乗り出していて、すっかり夢中になっていたが、エルバとカミュの視線を感じ、咳払いしてから姿勢を整えた。
「みんなサーカスに夢中のようだな。ではそろそろ、本題に入ろうか。これからいうことは決して口外しないでほしい」
ファーリスのまるで国を揺るがす一大事が起こると言わんばかりの真剣な口調に彼らを包む空気が張りつめていく。
今度は12本のナイフでジャグリングを始めるシルビアに観客の眼は向かっており、今ファーリスたちの会話を聞いている人はいない。
「今度、騎士たちが乗馬の腕を競うファーリス杯っていう競馬が行われるんだ。それに僕も出場するんだけど、一つだけ問題があるんだ…」
「問題?まさか…誘拐とかなんかか?」
カミュが思いつく問題とすれば、誘拐や暗殺など、裏の物騒なものばかりだ。
観光で大きな利益を出しているサマディーの王子を人質に取り、多額の身代金を要求するような人間がいてもおかしくない。
おまけに、サマディー王家には王子が彼一人しかおらず、仮に彼の身に何かあった場合、王家が断絶しかねない。
なお、仮に王家が断絶した場合は血縁の有る家系の人物が選出され、国民による投票によって決定された後、サミットで各国の承認を得ることで正式に新たな王家が生まれることになる。
だが、ここにはセーニャとベロニカがいることから、一番物騒な内容についてはカミュも口にしなかった。
「あ、いや…そういうのじゃないんだ」
「じゃあ…何だ?」
「実は僕…生まれてこの方、馬に乗ったことがないんだよ」
ファーリスのまさかの告白に空気が凍り付き、エルバ達は沈黙する。
カミュの発言もあり、身の危険から守れというような話になるかと思っていた分、この落差は激しい。
無表情になっているエルバも、わずかに口を開いていた。
「あの…乗馬訓練に出かけていたって言ってましたよね?」
ファルス3世との会話の中で、乗馬訓練から帰ったというニュアンスの話をファーリス自身がしていたことをセーニャは聞いていた。
もしファーリスの話が正しければ、その話は真っ赤な嘘ということになる。
肯定の意を込めて、ファーリスは首を縦に振る。
そして、さすがに情けないと思ったのか、うつむいてしまった。
「これまでは部下の協力もあって、父上や国民のみんなを欺くことができたけど、レースに出たら、いよいよボロが出てしまう」
「そうだろうな…」
エルバは乗馬の練習をしたときのことを思い出す。
今では不自由なく乗ることができるものの、最初の頃は歩いている馬の上で姿勢を整えるだけで精一杯だった。
競馬では常に全力疾走で、馬の激しい動きに対応できるようにしなければならない。
一度も乗馬経験のないファーリスがそんなことをしたら、大惨事が起こるのは目に見えている。
「だけど、今回は僕が16歳の誕生日を祝う大切なレース。出場しないわけにもいかず、これまでずっと頭を悩ませてきた。そんな時…!」
急に顔を上げたファーリスは正面のエルバに指をさす。
「僕と同じ背格好の君なら、僕の影武者にふさわしい!」
影武者、という言葉を聞き、とどのつまり何をしてほしいのかわかったエルバはあきれ果ててため息をつく。
カミュもそういうことだろうと理解したが、一つ納得できない箇所があった。
「影武者っつったって、レースに出たら一目でばれるだろ?どうやってごまかすんだよ?」
「心配ない。王族は身の安全のために一兵卒の者だけど、鎧と兜を装備する。あとは終始黙っていれば、何も問題ないさ」
ばれない確信があり、後はエルバ次第となる。
彼に同意してもらえるように、ファーリスは立ち上がり、両手を合わせて頭を下げる。
「頼む!僕の代わりに僕のふりをして競馬に出てほしい!頼む!!」
「ちょっと、さっきから聞いてたら…そんなのズルよ!!」
サーカスを見ていたベロニカがファーリスに目を向け、椅子の上に立ったまま怒った様子でびしっと指をさす。
要するに今まで乗馬などの練習をさぼっていて、明日のファーリス杯でそのツケが回ってくるだけ。
そうであれば、ただ彼が落馬などで痛い目に遭えばいいだけのこと。
鎧と兜を着ているなら、怪我するかもしれないが、死ぬことはないはずだ。
「エルバ、こんな奴の頼みなんて聞く必要はないわ!」
「あれ?そんなこと言っていいのかな?君たちは虹色の枝がほしいんだよね?」
ベロニカの言葉はもっともだが、ファーリスには4人にこの頼みを応じなければならなくする大きな武器がある。
それに、彼らの本当の願いは虹色の枝を見るのではなく、手に入れることにあることも勘付いていた。
両腕を組みながら笑みを浮かべてその武器を手にする。
「いいのかな?僕に何かあったら、もしかしたら虹色の枝が手に入らなくなっちゃうだろう?それに、僕以外に口添えできる人がいるのかな…?」
弱みを握られたベロニカはうんざりし、最低と小声でつぶやきながら椅子に座る。
しかし、彼のつてがなければ、虹色の枝を手に入れることは不可能だ。
大臣などのほかの有力者とのコネもない彼らは応じるしかない。
「分かった、だが条件がある。ファーリス杯で使うのは俺の馬、フランベルグだ。それだけは譲れない」
「いいだろう。馬についてはいくらでも言い訳ができるからね。レースが無事に終わったら、虹色の枝について口添えすると約束しよう。明日になったら、レースハウスにある王族専用の控え室に来てくれ。じゃあ…」
フードをかぶりなおしたファーリスは顔をほかの観客に見られないように気を付けながらテントを出ていく。
明日のことで安心したためか、少し上機嫌に歩いており、背後から感じる軽蔑のような視線など少しも気になっていなかった。
そんな中、芸を終えて観客に最後のお辞儀を始めたシルビアは頭を下げたまま、目線はテントから出ていくファーリスの後姿に向けられていた。
「まったく!何よ、あんな馬鹿みたいな頼み!信じられない!!」
宿屋に戻ったベロニカは枕をベッドにたたきつけながら、ファーリスのあの余裕ぶった態度に腹を立てていた。
本当だったらあのさわやかな勘違いイケメンの顔にメラをぶつけて断るつもりだったが、状況がそれを許さなかった。
「まあまあ、お姉さま。落ち着いてください…。きっと、王族というのは大きなプレッシャーがあって、ファーリスさまも致し方なく…」
「何よ!?あの馬鹿王子を擁護するの!?」
「そういうつもりはありませんけど…」
「落ち着けって。用はレースに出りゃあいいだけだろ?そして、枝を手に入れたら早々にこの国とはおさらばだ」
床に敷かれているマットの上であおむけに横になっているカミュは窓の外を見る。
部屋にはカミュとセーニャ、ベロニカの3人がいるだけで、肝心のエルバの姿はない。
「まぁ、あいつはやる気みたいだけどな」
「それは…そうだけど…」
「もう出て行って3時間くらい経ちますわね。エルバ様、大丈夫でしょうか…?」
宿屋に戻ってすぐ、エルバは明日のファーリス杯のために外でフランベルグと練習を始めた。
ホフマンから聞いた情報によると、ファーリス杯で使用されるコースは毎年同じで、ジャンプ台などの仕掛けが細かく変更されるのみとのことだ。
泥まみれの場所など、全速力で走りづらい場所も用意されていることから、どのような場所であってもペースを崩さずに走ることが求められる。
本当なら、ファーリス杯に出場する騎手は今夜解放されている練習用のコースで練習することができる。
しかし、エルバはあくまでファーリスの影武者であることから、当然そこを使うことができない。
「ま…ようは出場して義理を果たせば、虹色の枝に一歩近づくんだ。あいつがやることを願うか…」