ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第18話 ファーリス杯

「ふああ、ああ…」

「もう、何してるのよカミュ!だらしないあくびはしないの!」

「別にいーじゃねーか、誰も見てねーんだしよぉ」

体を伸ばしながら欠伸をするカミュはベロニカと一緒に競馬場の観客席に座り、ファーリス杯の開催を待っていた。

もうすぐ選手入場が始まり、一番にこの大会の主役であるファーリスが入ってくることになっている。

「念のため言っとくけどよ、エルバじゃなくてあいつだからな。応援するのは」

「そんなことわかってるわよ。あんな奴の応援するようなことになるのは癪だけど…」

昨晩のあのファーリスの態度は今思い出しても怒りがわいてくる。

その怒りが爆発するのが先か、それともファーリス杯が無事に終わるのが先かのかけでできそうなほどだ。

「はあはあ、カミュ様、お姉さま。お待たせいたしましたー」

遅れて入ってきたセーニャが2人の名前を呼ぶと、急いで彼らが確保してくれた座席に座る。

そして、2人にコナーファが乗った皿を渡した。

コナーファはサマディーでは伝統的なケーキで、チーズかナッツを包むか挟んで焼いたものをシロップでたっぷり味付けしたものだ。

「セーニャ…これを買うために遅れたの…?」

「だって、こういう競技ではスイーツを食べながらのほうが楽しいですから」

「で、素直に応援できる感じだったら満点だけどな」

「たく、セーニャはいつも…」

文句を言いたくなったベロニカだが、一口食べたコナーファのサクサクとした触感と絶妙な甘みでその言葉が嘘みたいに消えてしまった。

セーニャは旅の中でこうしたスイーツを買い歩くのが好きで、ベロニカも食費の節約のためにやめろと何度も言おうとしたがスイーツのおいしさのせいでいえずじまいになることが恒例となっている。

カミュもそれを口にしていると、ファーリス杯の選手入場を告げるラッパの音が競馬場中に鳴り響いた。

「いよいよだな…」

観客席のさらに上にある、王の間と直通しているベランダの席に座るファルス3世が隣に座っている妃と思われる金髪で薄いピンクのドレス姿の女性に言葉をかけた後で立ち上がる。

そして、持っている小さなカンペを見た後で咳払いする。

「これより、第16回ファーリス杯の開催を宣言する!此度は我が嫡男であるファーリスも参加する。選手の皆の健闘を心から期待する」

「それでは、選手とその愛馬の入場です!」

司会としてファーリス杯に参加することになったオグイの宣言とともに軍楽隊が演奏をはじめ、選手たちが馬に乗ったままコースに入ってくる。

先頭には一般兵の鎧を着た、先端がオレンジ色になっている白い鷲の羽根飾りをつけた兜で頭を完全に隠した男がフランベルグと共に入場する。

「みなさん、ご覧ください!こちらが今回初参加となるファーリス王子です!国王陛下が見守る中、どのような走りをお見せくださるのか、注目です!!」

「キャーーーー!!ファーリス王子ーー!!」

「かっこいいーー!」

若い女性たちは鎧の男がファーリスだと信じて疑わず、黄色い歓声を上げる。

「かっこいい…まぁ、顔立ちはそうだけどな…」

カミュは昨日のファーリスを思い出す。

確かに顔立ちや体つきについては中々で、女性に人気がありそうだと思える。

そんな彼女たちの幻想をぶち壊すようなものを昨日エルバ達は見てしまった。

もし、あの鎧の男の正体を知ったら、彼女たちは驚きのあまり卒倒しているかもしれない。

「あ、出てきましたにエル…んん!?」

エルバの姿を見たセーニャが応援するためにうっかり彼の名前を呼びそうになり、直前にベロニカがセーニャの口をふさぐ。

鎧の男、エルバは客席を見ながら、少し前のことを思い出した。

 

これは、エルバがカミュ達と宿屋で別れ、1人で王族の控え室でファーリスの元を尋ねたときのことだ。

さっそくファーリスから鎧と兜を渡され、それを装備させられた。

ファーリスの体格に合う鎧と兜のようだが、ファーリスの見立て通り、問題なくエルバも装備することができた。

「うんうん、これならだれも分からない。少なくとも、ファーリス杯の間は間違いなく僕だ」

「…ファーリス王子。フランベルグは?」

エルバはここへ行く途中、フランベルグを預けた馬小屋を見てきたが、なぜか彼の姿がなかった。

昨日の話があるため、おそらく競馬場にある選手用の馬小屋に移動させられているかもしれないと思ったが、あの馬は小さいころからの付き合いであり、大切なものだ。

何かあったら困ると思い、念のためファーリスに尋ねることにした。

「心配いらない。夜の間に移動させている。それにしても、いい馬だな。無駄のない体つきだ。おまけに、移動している間はかなりおとなしかったぞ。そんな馬を持っているなんて…本当に只の旅人なのか?」

ふとした疑問からファーリスは首を傾げ、エルバを見る。

村一番の馬とダンから聞いているため、そういう評価を受けるのは分かる。

しかし、フランベルグはエルバから話を聞いたわけでもない(馬が人間の言葉を聞いてわかるという前提で書いてるのがおかしいかもしれないが)にもかかわらず、移動させられるときはおとなしかったというのはエルバもおかしいと思った。

デルカダールから脱出したときにいつの間にか逃げていて、まるでエルバとカミュがデクを頼ることを最初から分かっていたかのように彼のもとに身を寄せ、旅立ちの祠ではグレイグに追われたときに風を纏っていたことをカミュから聞かされている。

その答えを出すことができないエルバにできたのは沈黙だけだった。

「まぁ、いい。あの馬ならいい結果を出せるかもしれないしな。あとは…分かっていると思うが、終わって退場するまで一切しゃべるな、いいな」

 

スタート地点に到着したエルバはベランダから観戦するファルス3世に目を向ける。

彼がファーリスだと信じるファルス3世はその勇ましい姿に安心し、期待するように静かに首を縦に振った。

(親父…か)

エルバにはペルラという育ての母親がいたものの、父親はいなかった。

テオがその役をしている形だったが、それでも父親をしている村人とは少し違う感じがした。

だが、こうして息子の成長した姿を見たいというファルス3世の思いを裏切るようなことに加担していることに若干の罪悪感を覚えた。

(これが勇者…か…)

「すごい歓声じゃない、さすがは騎士の国の王子さまね」

後ろから声が聞こえ、エルバは誰かを確認するために振り返る。

そこにはなぜか昨日ショーをしていたシルビアがいて、純白の毛色のした若い馬に乗って彼の隣に立つ。

ピンクをベースとしたクジャクを模した後ろの飾りを中心に、派手なコーディネートがされており、こんなので競馬をしていいのかと心配になってしまう。

それよりも気になるのが彼の口調だ。

見た目は高い身長で、やや筋肉質な体格のした細身の男だ。

そんな彼が女性のような口調をしていることに違和感を覚えた。

というより、女性のような口調をした男性と出会うこと自体初めてだ。

兜に隠れた動揺している自分を自覚したエルバは本当に鎧と兜の支給があってよかったと思った。

「アタシはシルビアって言うの。騎士の一人で大けがをして出られなくなったって話じゃない。だ・か・ら、代わりに参加することになったのよ~。ちなみに、この子はマーガレットちゃん。あなたの子、不思議な感じがするわね。名前は?」

「…」

「あら、ごめんなさい。集中しているようね。王子様だからって手加減しないわ。正々堂々、勝負しましょうね」

沈黙するエルバにウインクしたシルビアは前を向き、いつでもスタートできるように備える。

旅芸人である彼の実力は未知数だが、こうして代理に選ばれたことを考えると凄腕である可能性がある。

正々堂々という言葉がチクリと胸に刺さったエルバだが、そっとフランベルグを撫でる。

そして、耳元で小さな声で彼につぶやいた。

「行くぞ、フランベルグ」

 

参加者全員がスタートラインに立ち、スタートを待つ。

観客からの声援にこたえるように投げキッスをするシルビアに対して、鎧姿のエルバは汗まみれになっており、不快感を覚える。

サマディーの騎士たちは暑さに慣れているため、鎧を着ていたとしてもさほど問題ではないようだが、渓谷育ちのエルバにはつらい。

熱さに慣れていないカミュほどではないが、熱中症にならないよう祈るしかない。

「それでは…まもなく、レースの開始です!!」

旗を持つ兵士がコースの左右にある台に立ち、持っている旗を斜め上に構えて待つ。

そして、ラッパの音が聞こえてくると同時に旗を大きく振り下ろし、馬たちは同時に走り始めた。

「おお…これはすごい、このような光景を誰が想像していたでしょう!?」

レース開始から10秒も立たぬうちに、参加者と観客の間に稲妻が走る。

エルバもまさかの光景に驚きを隠せず、眼を大きく開いていた。

「マーガレットちゃん、遠慮はいらないわよ。思いっきり走りなさい!!」

先頭を走るのはシルビアとマーガレットで、スタートダッシュが早いうえにいきなり差し掛かる急なコーナーをほとんど速度を落とすことなく曲がっていた。

2番手、3番手に走っている騎手も曲がることには成功しているが、彼らの場合は曲がり切れずに壁に激突するのを避けるために、ある程度加減して走っている。

「ただの旅芸人じゃないということか…?」

オグイの代役と自称していたシルビアだが、まさかこれほどの馬と乗馬の技量を持っているというのは予想外だった。

旅人や商人などがレンタルで馬を使うことがあるロトゼタシアでは、旅芸人が馬を使っていても不思議なことではない。

だが、あくまで移動用にとどめていることが多く、ショーに使う場合は自分の馬を訓練させたうえで使っている。

そして、現状ではサマディー以外で競馬が行われること自体少ないため、シルビアの意外性をより強く感じられた。

「うっそぉ…シルビアさんすごい…」

「すごいです。エルバ様…大丈夫でしょうか…」

エルバの名前は周囲に聞こえないよう、できる限り小さな声で言い、セーニャはエルバの様子を見る。

今の順位は4位、ファーリス杯の参加者が8名であることから、中堅だ。

同じコースを3回走ることになり、コースの距離も少々長いことから、馬が自分のペースで走ることができるように騎手がコントロールできるかどうかがカギだろう。

そのことを考えると、シルビアとマーガレットは少々飛ばし過ぎだろう。

曲がってしばらくなだらかなカーブを含めたまっすぐな道を進み、コーナーを曲がってタルや柱などの障害物のあるまっすぐな道を100メートル進むと、今度は大小の岩石が散らばる道に到達する。

上り下りのある坂がある上に走りづらい場所で、訓練された馬と騎手でさえも全力で走れずにいた。

 

「お…この道はいいぜ…!」

「いいって、どういうことですか?カミュ様」

「ああいう走りづらい道はフランベルグにとってチャンスになるのさ」

「でも、そういうコースって…」

「舐めちゃいけねえな…あれは勇者の馬なんだぜ?」

カミュはナプガーナ密林を超えたときのことを思い出す。

食糧調達や魔物を追い払うために降りて戦った時があるものの、それ以外の時はほとんどエルバを背中に乗せて走っていた。

その時カミュが乗った、デクからもらった馬は旅人用に訓練されたものではあるが、それでも迷ったら誰も出られないと噂されるその密林で走るのは困難だった。

 

このコースに入ったエルバもカミュやファーリスが感じたようなフランベルグのほかの馬との違いを肌で感じていた。

まるでこの道で一番走りやすい場所がどこなのかが最初から分かっているかのように、4本の脚の置き場を直感で選び、ほとんど平地の時と速度を変えることなく走り続けていた。

トップで走るシルビアは後ろから猛追するエルバとフランベルグを横目で見るが、笑みを浮かべている。

「さっすが王子様、あんな道を走れるなんて…ファーリス杯に出てよかったわーーー!」

最初、代役で参加した理由は乗馬の経験があることと愛馬であるマーガレットの運動、そして次のショーで使おうと思っている道具を調達するための資金を手に入れるためだった。

しかし、自分に追いつこうとしているエルバとフランベルグを見て、彼らの力走がよりレースを面白く感じることができる。

同時に、さすがのマーガレットもこのコースではスピードを若干落としてしまい、そこではフランベルグに分があることを理解した。

この道を抜けると、ジャンプ台を経て1周となる。

そうなると、この道に入る前にどれだけリードを取ることができるかで勝敗が分かれる。

エルバもそれが分かっており、1周目で温存したスタミナを2周目、3周目で使い切るつもりでペースを上げていく。

岩石の道を通過し、最初にスタート地点に戻ってきたのはシルビアで、エルバが後に続く。

他の参加者も次々とスタートラインを通過していき、エルバと3位の選手については若干距離があるものの、それでも追い抜かれる可能性があり、安心できない。

「さすがはファーリス王子…どこで練習を…」

3位の騎手である、サマディーの騎士がファーリスのまさかの走りに驚きながらも、どこか違和感を感じていた。

ファーリスが場内で修業をしている光景を見たことがなく、彼は決まって修行の時は外に出ていた。

乗馬に関してはきちんと練習場が用意されているにもかかわらず、いつも場外で走ると言って譲らなかった。

彼は先輩の騎士から厳しい指導を受けたことで、ある程度走れるようになった。

だから、いつも外で一人で訓練をするファーリスの走りが自分の上を行っていることに驚きを隠せないとともに、どこかおかしさが感じられた。

「いや…今は考えない。無心に…ただ、前を向く!!」

雑念は馬に伝わり、走りを鈍らせる。

先輩の教えを思い出した彼は深呼吸をして気持ちを切り替え、愛馬をより速く走らせた。

「まぁ、騎士の国の名前は伊達ではないわね」

自分とエルバを追い抜かんと力走する騎士にシルビアは心躍らせる。

2周目から徐々にペースを上げていくのは構わないことだが、問題はそれに騎手が追従できるかどうかだ。

ペースを上げ過ぎて、馬に振り回されるようなことになっては元も子もない。

そのことはその騎手も分かっているようで、体を慣らせるようにゆっくりとペースを上げていっている。

 

「さあ…2周目にして優勝をつかむ騎手が見えてきました。1人は私、オグイの代役として抜擢されたシルビア選手、2人目は我らがサマディー王国第一王子、ファーリスさま。そして3人目はサマディーの若き騎手ジョニー!」

オグイの実況と共に観客席の熱気が高まっていき、3人を応援する大きな声に包まれていく。

「あう…お姉さま、私…ちょっと頭が痛くなって…」

度を越したにぎやかな場所にあまり慣れていないのか、セーニャが体の不調を訴える。

カミュもこの空気に乗っているのか、名前を出さないように気を付けながら応援しており、妹の異変に気付いたベロニカがセーニャに目を向ける。

ちなみに、サーカスの時はファーリスの話に耳を傾けていたことから、このようなことにはならなかった。

「まったく…いい加減慣れなさいよ。どこかで休んでくる?」

「いいえ。今はエルバ様が頑張っているんです。私もこれくらい…」

 

「やはり同じやり方では勝てないか…」

障害物のある道を進むエルバはシルビアとの差を縮められずにいた。

むしろ差が少しずつ開いており、シルビアとマーガレットにはまだまだ余裕が見える。

あの岩石の道を除くと、マーガレットのスピードがフランベルグを上回っていることは認めざるを得ない。

あくまでファーリスの代役で有り、このまま2位か3位でゴールしたとしても、充分義理を果たすことができる。

しかし、今のエルバはシルビアとマーガレットに勝ちたいという思いが強かった。

フランベルグが、イシの村一番の馬がここでも通用することを証明したかった。

「俺は…勝ちたい。お前はどうだ、フランベルグ…」

答えることはないと分かっているが、エルバは静かに相棒に問いかける。

(それがお前の、勇者の思いならば…)

「何!?」

急に脳裏に聞いたことのない男性の声が聞こえ、思わず周囲に目を向ける。

当然、シルビアの声ではないし、後ろから追いかけてくる騎士の声にしては低すぎる。

聞こえてきたのは耳ではなく脳という奇妙な現象であり、声の咆哮をつかむこともできずにいた。

「おっと、ファーリス王子。一体どうしたのでしょう!?周囲を見渡していて前方不注意!大丈夫なのかーーー!?」

MCのオグイが心配するように実況してすぐに、エルバはその不注意を公開することになる。

ようやく前を向いたエルバだが、すぐ前に見えてきたのは馬と同じ大きさの特注タルの障害物だった。

ぶつかれば良くて速度を落とし、最悪の場合は落馬する。

落馬したら当然のことながら、レース失格となる。

「マジか!?」

「何やってんのよ、アイツ…!!」

らしくない注意散漫によるミスをしたエルバにカミュとベロニカは違和感を覚えた。

いつもの彼はそのようなつまらないミスはしないし、目の前のことに集中できる。

そんな彼がどうしてあのように周囲を見渡すようなことをしたのか。

「あれ…?」

水でぬれた冷たい布を額に当てているセーニャはエルバとフランベルグに目を向け、2人とは違う違和感を感じていた。

(フランベルグ様の体から…魔力の流れ…?)

魔力はあらゆる生物に宿っており、馬がそれを宿していたとしても不思議ではない。

フランベルグについても、セーニャは最初に見たときに微弱な魔力を感じていた。

しかし、今のフランベルグからはラムダの里の魔導士3,4人以上の魔力の流れが感じられた。

そして、その魔力をフランベルグの前方に集中させ、大タルに向けて突撃した。

タルは粉々に砕け散り、魔力がバリアとなってエルバとフランベルグを守る。

体勢を崩すことなく、そして速度を落とすこともなかった。

(い…いったいこれはどういうことでしょう!?ファーリス王子、健在!!あの障害物に接触してもなお、問題なく走っております!!)

目の前で展開されたあり得ない出来事に会場中に衝撃が走る。

呪文でタルを破壊するとしても、あの状況ではそれを放つ余裕もないはずだ。

「フランベルグ…お前…」

エルバもなぜこのようなことができたのかわからずにいた。

旅立ちの祠でグレイグから逃げているとき、フランベルグが展開した風が2人をボウガンの矢から守ってくれた時のことを思い出す。

その時は逃げるのに必死で、そんなことを考えている余裕は一向になかった。

更に先ほど聞こえた男の声。

仮にその声の主がフランベルグなら、彼が馬なのかさえも疑問に思えてくる。

だが、今はファーリス杯で、もうすぐ自分たちにとって有利な場所にやってくる。

ここで前を走るシルビアを追い抜かなければ、もう逆転の目はない。

「こうなったら、サーカス仕込みの技を見せようかしら…ねえ、マーガレットちゃん」

シルビアに問いかけられたマーガレットは前方にある手ごろな岩を見つけると、その岩を足場にして跳躍した。

「何!?」

「さーあ、ファーリス杯にお越しのお客様!これが私の愛馬、マーガレットちゃんの華麗な軽業でございまーす!」

手綱を放し、両腕を広げたシルビアが観客に向けてアピールし、マーガレットは岩から岩へと飛び移っていく。

マーガレットもそうだが、手綱無しで、おまけにそんな客芸をしているにもかかわらず、両足だけで体を安定させているシルビアに観客は驚きながらも、シルビアのとんでもない芸を見れたことに感動し、拍手を始める。

「あの馬にまだそんなスタミナが残っていたのか!?ああ…!!」

3位の若い騎手、ジョニーが叫ぶとともに岩石の道に入った愛馬がバランスを崩し、転倒する。

2周目の時の急なペースアップでスタミナ計算がくるってしまっていた。

転倒した愛馬に放り出され、ジョニーはコース上に転落する。

(おおーーーっと、ジョニー選手が落馬!!急ぎ、救護班が彼の元へ向かいます!!大丈夫でしょうか!?)

オグイの選手を心配する声が聞こえるが、今のエルバはそれを気にする余裕がなかった。

曲芸まがいの方法で岩石の道を進む今のマーガレットのスピードは同じ道を進むフランベルグ以上だ

「く…!!」

エルバとフランベルグが岩石の道を通過するよりも先に、シルビアとマーガレットが岩から飛び降り、彼の前を走る。

シルビアを乗せた状態で見事に着地したうえに、そのまま引き続き問題なく走ることができるマーガレットはそのまま1着で通過し、その1秒後にエルバとフランベルグが通過した。

「決まったーーーーー!!飛び入り参加のシルビア選手、最後のあの想像をはるかに上回る動きで見事優勝!ファーリス王子、惜しくも2位でしたが、見事な走りでした!!」

「く…!」

シルビアに敗北したエルバはフランベルグをゆっくり歩かせながらも、悔し気に空を仰ぐ。

別にシルビアに負けたとしても、2位であればファーリスは大いに喜ぶだろう。

そんなエルバをシルビアとマーガレットが並走する。

「いい走りだったわよ、さすがは騎士の国の王子さま。素敵な時間をありがとう♪」

ウインクと共に素直に感謝の言葉を述べたシルビアは少し後ろに下がり、両腕を広げる。

「さあ、今回力の限りは知ったファーリス王子に皆さま、惜しみない拍手を!!」

シルビアの声を合図に、会場中が拍手の音に包まれていく。

「ファーリス王子ーーー素敵でしたよーーーー!!」

「来年は優勝、期待してますぜーーー!!」

「王子、かっこいーー!!」

観客たちの拍手喝さいが響き、エルバはわずかに口角を上げるものの、急に何か罪悪感が大きくなっていっているのを感じた。

 

「いやーーーー!!助かった。まさか、こんないい順位を出すとは思わなかったぞ!!」

控え室に戻ってきたエルバをファーリスが嬉しそうに、そして歓迎するように両手で握手をする。

ファーリスにとっては、この自分にとって人生最大の試練と言えるファーリス杯に参加し、ある程度結果を出してくれたらよかったものの、予想以上の結果に大喜びだ。

しかし、兜を脱いだエルバはどこか悔しそうだった。

「ん…?どうしたんだ?そんな悔しそうに…」

「…なんでもない。それよりも…」

「ああ、分かってる。分かってるさ。虹色の枝についてはちゃんと約束を守るさ。それと、フランベルグ…だっけ?あの馬はちゃんと部下に馬小屋まで戻させてお…」

「お、お待ちください!こちらは王族の控え室ですので、いくら選手だからと言っても…うわああああ!!!」

警備員の悲鳴が響く中、控え室のドアが開き、満足げな笑みを浮かべたシルビアが入ってくる。

廊下には気絶し、眼を回している警備兵の姿があった。

「騎士の国の坊ちゃん!さっきの走り、素敵だったわよー♪お礼が言いたくて来ちゃったわー♡」

両手を丸めて顎のそばに置き、うっとりした様子を見せながらシルビアはファーリスに目を向ける。

しかし、そのそばにいる彼と同じ鎧を装備したエルバを見た瞬間、一気に表情を硬くする。

「何よぉ、がっかりだわ。せっかくいいレースができたと思ったのに、ズルをしていたのね」

先ほどの感動を返してほしいといいだけにファーリスを見つめる。

王族とこのようなレースができる機会は限られており、少しでもファーリス杯での思い出を強く焼き付けたいと思ってここまで来ていた。

しかし、今は来るんじゃなかったという思いでいっぱいだ。

失望感たっぷりの言葉がさすがに嫌だったのか、ファーリスは怒る。

「な…なんだよ!?あなたに何がわかるというんだ!?王子が馬に乗れないなんてばれたら、国民の信頼を裏切ることになるんだぞ!?全員が嫌な気持ちにならないために、こうしているんだ。これですべてが丸く収まるなら、問題ないだろう?」

ファーリスの言うことにも一理ある。

確かに騎士の国として有名なサマディーの王子が馬の乗れないのであれば笑いものになってしまう。

必死に練習して、それでも乗れないというのであれば話は別だ。

しかし、彼の場合は練習すらしていないらしい。

したとしても、継続性が確認できない。

シルビアにはファーリスの言葉が詭弁にしか聞こえなかった。

「ふーん…そうかしら?勝てない勝負でも正々堂々と戦うのが騎士道ってものではなくて?」

「黙れ!僕はこの国の王子だぞ!?流れの旅芸人のくせに王子である僕に騎士道を語るんじゃない!」

父親や騎士の背中を見て来て、騎士道の何たるかを自分なりに学んでいるファーリスは感情的になり、拳を握りしめる。

シルビアの騎士道を知っているかのような自信たっぷりの物言いが我慢できなかったのだろう。

「…これから、僕は父上と王の間で会う。エルディさん、城まで来てくれ。それから、鎧については今回の僕からの個人的な礼だ。好きに使ってくれ」

そう言い残したファーリスは扉を開け、真っ先に控室から出ていく。

警備兵はいまだに気絶しており、なぜかほかの兵士がくる気配がない。

シルビアは2人の会話を見ていたエルバに目を向ける。

「アナタ…エルディちゃんって言うのね?でも…それって偽名じゃないかしら?本当の名前は?」

レース開始時に見せた口角を上げた笑い顔でエルバに質問する。

自分からは一切何も言っていないにもかかわらず、なぜエルディが偽名だとわかったのかは分からないが、彼女の自信たっぷりな物言いから、言い逃れはできないと思い、エルバは口を開く。

「…エルバだ」

「そう、エルバちゃん。貴方の走り、結構しびれたわよ?また、どこかで会ったらよろしくね」

ウインクしたシルビアは控室を後にする。

エルバもこのままこの場所にいるわけにはいかず、兵士が気が付く前に急いで鎧を脱ぐ。

城に向かうファーリスと合流する前に、カミュ達よ宿屋で落ち合わなければならない。

脱いだ鎧をベッドのそばに置かれている袋に入れた後で、エルバは気絶したままの兵士をわずかに見た後で外に出た。

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