整備されていない砂漠の道を巨大な馬車が進んでいて、その上には眠っているデスコピオンが乗っている。
その先頭を白馬に乗ったファーリスが進んでいる。
一方、エルバ達は一緒にはおらず、セーニャと一緒にサマディーへ戻ることになったこと、そしてあくまでファーリスの手柄にしなければならないことから途中の関所で離脱し、先にこっそり戻っている。
しかし、任務を果たせたはずのファーリスは浮かない顔をしており、達成感の欠片もなかった。
(アンタのちっぽけな名誉のために戦ったみんなの気も知れないで…ジョエルさん達にありがとうの一言も言えないの!?)
ベロニカに言われた言葉が胸に突き刺さり、今でも抜ける気配がない。
また、関所から馬車を連れて戻ってきたシルビアからも気になることを言われた。
(あなた、本当にそれでいいの?こんなやり方で名誉を得ても、何も変わらないと思うけど)
「僕だって…僕だって、分かっているさ…」
自分では何もできず、他人にゆだねてばかり。
昨日もそう、今日もそう、きっと明日もそう。
そんな自分のことが不満たっぷりに決まっている。
しかし、両親や国民の期待を裏切らないようにするにはこうするしかない。
自分の名誉のためではなく、国と王家のため。
そうやって自分に納得させ続けていた。
(そうだ…虹色の枝についてはキチンと父上と掛け合って、貸し出せるようにするんだ。そうすれば、少なくともあいつらは文句を言うことはない)
あとはファルス4世をどう説得するかを考えていると、正門に到着する。
ジョエルが門番の兵士に連絡すると、ゆっくりと門が開いた。
既に関所から早馬で知らせが届いているためか、城門近くには数多くの兵士と国民が集まっていて、デスコピオンとファーリスの姿を見るや歓喜の声を上げ始めた。
「ファーリス王子素敵ーー!!」
「まさか数多くの騎士を葬ってきたデスコピオンを自ら生け捕りにするなんて…すげえ…!!」
「これはサマディーの未来が明るいぞーーー!!」
国民の自らをたたえる声にファーリスは手を振ってこたえ、馬車とともに一歩一歩両親が待っている、馬の訓練場を兼ねた中央の広場へと進んでいく。
普段なら気持ちよく笑顔で答えることのできたファーリスだが、今の彼はどこか笑顔を作ることができず、手を振ってこたえることしかできなかった。
ベロニカとシルビアの言葉が引っかかり続けていた。
心の中に居間にも叫びだしたくなる自分がいることに気付いていた。
デスコピオンを捕まえたのは自分じゃない、自分がこのような歓声にこたえる資格はないんだと。
だが、それを言ったら最後、自分の信用は地に落ちる。
そして、同時にサマディー王家の名に泥を塗ることにもなりかねない。
のどにまで届いたその言葉をゆっくりと飲み込みながら、鉛を飲んだような気分になって前へ進んだ。
「セーニャ、もういいのか?」
ファーリスが用意した宿の一室で男性用の部屋に入ってきたセーニャにエルバは声をかける。
「はい。ご迷惑をおかけしました…」
負傷したとはいえ、勇者を導くはずの自分が勇者に迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思っているのか、困り顔を見せる。
ラムダの里の天才魔法使いの妹、勇者の導き手などという身分だけを聞くと大層なものだが、セーニャもベロニカもまだ20歳を超えていない若者。
しかし、特に勇者の導き手という大きな役割を背負っている以上、それを言い訳にしたくなかった。
「…君が倒れていたとき、心臓が止まりそうだった」
「え…?」
セーニャに背を向け、サークレットを脱ぐエルバのつぶやきを耳にし、驚きのあまり口元を手で隠してしまう。
「だが、今は安心しているし、親しみも感じられる」
「え…?」
「あまり気負うなよ。それから、部屋まで運んだのはカミュだ。あとで礼を言っておけ」
旅人の服に着替えたエルバは両手剣だけを手にして部屋を出ていった。
(エルバ様…でも、これからどこへ向かうのでしょう…?)
気負うな、と言ってくれたことには感謝しているものの、急に剣を持って出ていくエルバが気になる。
しかし、今日は宿屋で休めとベロニカにきつく言われており、カミュとベロニカは買い出しに出ていていない。
また、シルビアは関所でやることがあると言ってどこかへ行ってしまった。
どちらでもいいので、早く帰ってくることを願った。
会場の中央に馬車が止まり、ファーリスは目の前にいる父親、ファルス3世に敬礼する。
息子の勇ましい姿に笑みを浮かべたファルス3世だが、すぐに真剣な表情になり、集まっている国民に向けて叫ぶ。
「見よ!我が国の王子、ファーリスがあの砂漠の殺し屋デスコピオンを生け捕りしてきおったぞ!!」
「あの熟練の騎士を数多く殺したあのデスコピオンを…!?」
「ファーリス王子、すっげー…」
「これであの人も安らかに…」
集まっている国民の中には肉親か関係者をその魔物に殺された人もおり、自分たちの代わりに仇を討ってくれたファーリスには感謝しきれない。
そんな人ごみの中で、エルバはファーリスとデスコピオンをじっと見ていた。
いざというときのため、腰にさしてある鋼の剣をいつでも抜けるように、右手で添えている。
(いいか?もしあのデスコピオンが見せびらかされているときに目が覚めたら大ごとだ。その時はすぐに仕留めろ!)
念には念をと何度も眠り薬をつけたデスコピオンだが、相手は砂漠の殺し屋と呼ばれた魔物。
他の魔物と比較して、そういった状態異常に耐性があったとしてもおかしくない。
(何事もなく終わればいいがな…)
「勇敢な王子がいる限り、サマディーは安泰だ!さぁ、ファーリスよ!国民に言葉を!」
口のうまさには自信のあるファーリス。
立ち上がり、深呼吸をした後で堂々とデスコピオンに指をさした。
今の彼は勇敢な王子を演じるしか選択肢を持っていなかった。
「皆さんの声援を力に変え、この通りデスコピオンを捕らえることができました!あとは…皆さんの前でこのデスコピオンにとどめを刺します!」
腰にさしてある剣を抜いたファーリスはじっと眠っているデスコピオンを見る。
あとは目と目の間にカミュとシルビアがナイフで作った隙間に剣を突き刺せば、一撃でデスコピオンは死ぬ。
それさえやれば、この恐ろしかった任務は終わる。
声援に包まれる中、ファーリスはゆっくりと前進する。
(…?この音は…??)
声援の中で、ジャラリと鎖が動く音がエルバの耳に入る。
旅の中でこうした異音を聞き逃さないようにすることを学んだエルバは恐ろしい可能性を予感し、どうにかデスコピオンに接近しようとする。
しかし、ファーリスによるデスコピオン処刑がクライマックスであるため、多くの国民が前に来ており、エルバはなかなか先へ進むことができない。
「さあ、覚悟するがいい!砂漠の殺し屋!貴様が殺してきた人々の無念を見事、この剣で…!?」
次の瞬間、デスコピオンを縛る鎖がはじけ飛び、鎖だった鉄の破片が周囲に散らばる。
そして、眼を開いたデスコピオンは叫び声をあげ、足元の馬車を何度も踏んで壊した。
「な、なな…」
「急いで避難させろ!ジョニー、ケイムズは民の誘導を!!」
緊急事態であると察した兵士たちは急いで王族や国民を避難させるために即座に動き出す。
デスコピオンが鋏を振るい、叫び声を間近で聞いたファーリスは驚きのあまり足がすくんでしまい、剣を落としてしまう。
「みんな、あわてるな!!俺たちには王子様がいる!王子様がきっとまたデスコピオンを倒してくれるさ!逃げなくても大丈夫さ!」
どこからか声が聞こえ、その声に一部の国民の足が止まる。
「何をしている!?急いで避難を…!」
「そうだ、そうだよな!ファーリスさまならやる!」
「ファーリス様!あの砂漠の殺し屋をおとなしくさせてーー!!」
連鎖するかのように、次々と国民の足が止まり、デスコピオンに近づきすぎないように注意を払いつつ、ファーリスに声援を送る。
「王子!王子!王子!王子!!」
「あいつら…状況が分かっているのか…!?」
万が一のことを考えたら、避難するのが当たり前だ。
王子がいるからという理由だけで避難を辞めて、まるで格闘場で大好きな剣闘士を応援するかのように声援を送る彼らの気が知れなかった。
「誰だ…逃げなくて大丈夫と言った奴は…!?」
エルバは剣に添える手を動かさないように注意を払い、ひととぶつかる中会場を見渡す。
すると、茶色いマントに身を包んだ人物が1人、会場から出ていくのが見えた。
「奴か…」
追いかけたいエルバだが、デスコピオンがいる以上はこの場を動くことができない。
(ファーリス王子…!)
声援が響く中、ファーリスは目に涙を浮かべ、全身をぶるぶると震わせていた。
念入りに眠り薬を刺したのにどうして目を覚ましたのか?
誰か自分を助ける人はいないのか?
だが、兵士たちは国民の避難に手いっぱいで、後ろには両親がいる。
もしここで逃げたら、デスコピオンは間違いなく両親を殺す。
逃げることができず、頼ることもできない状況に陥ってしまった。
「どうした?ファーリスよ。お前ほどの実力であれば問題なかろう?」
武者震いしたまま、その場を動かないファーリスを疑問に思ったファルス3世が声をかける。
1人でデスコピオンを生け捕りにしたというなら、1人で殺すこともできるはずだ。
彼は息子のことを信じていた。
しかし、ファーリスには前へ進む力も勇気もなく、1歩1歩後ずさりしていく。
今のデスコピオンは怒りに燃えており、自分のなわばりに勝手に入ったファーリスやエルバ達を何が何でも殺そうと息巻いていた。
ファーリスについてはなるべく恐怖を与えてから殺そうと思っているのか、ゆっくりと近づき、鋏を研いでいる。
助けを求めるようにファーリスの目線がファルス3世に向かう。
その目線の意味が分からないのか、ファルス3世は首をかしげるだけだった。
すべてをあきらめたように、ファーリスは口を開く。
「父上…僕には、無理です…」
「何…??」
ファーリスの突然の言葉にファルス3世は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。
しかし、そんな言葉をデスコピオンが聞くわけがない。
あと数歩でファーリスに鋏が届くところまで来ていて、あとはそれで彼を真っ二つにすればいい。
(これは…罰なのか??ずっとみんなを騙してきた僕の…)
「騎士たる者!!」
「…信念を曲げず、国に忠誠を尽くす…え?」
いつもファルス3世が言っていたため、反射的にその言葉で返す。
しかし、その声は明らかにそばにいる彼の物ではなく、ファーリスは声が聞こえた方向に目を向ける。
会場の北にあるサーカステントの一番上に別れたはずのシルビアが立っていた。
右手には剣を握っており、それをファーリスの目の前に向けて投げつける。
剣は地面にグサリと刺さり、突然飛んできた剣に驚いたデスコピオンもシルビアに目を向けた。
「これは…」
「騎士たる者!!」
「どんな…どんな逆境であっても、正々堂々と立ち向かう!」
先ほどの気弱な返しとは真逆に、胸を張って堂々と返す。
ファーリスは今やっと、常々言われていた騎士の掟を本当の意味で理解し始めていた。
「そう!あなたは騎士の国の王子!卑怯者で終わりたくなければ、戦いなさい!」
「僕は…」
今のファーリスには卑怯者という言葉に言い返すだけの力はない。
他人の力を使って強い王子のふりをしてきたこれまでのことは決して変えることができない。
だが、今は違う。
今この瞬間だけでも、騎士の国、サマディーの王子として戦うことができる。
死ぬのは怖いが、それ以上につらいのは卑怯者で終わることだった。
「僕は…!!」
ファーリスはシルビアの剣を抜き、デスコピオンに向けて突っ込んでいく。
エルバ達と戦ったことで、頑丈だった皮膚にもひびが入っており、尻尾は切断されているうえに、鋏もかけている部分がある。
ファーリスは腹部にあるひび割れた皮膚を切ろうとするが、デスコピオンもそこを狙われていることを分かっており、鋏でその剣を受け止め、そのまま大きく振ってファーリスを後ろへ飛ばした。
「ファーリス!!」
目の前で吹き飛び、あおむけで倒れたファーリスにファルス3世が声をかけるが、ファーリスは左手で彼を制止させ、立ち上がる。
「うおおおお!!」
再び走り出したファーリスはデスコピオンと何度も刃を交える。
動きがぎこちなく、まるで素人のような剣さばきで、とても王子の戦いには見えない。
しかし、砂漠の殺し屋に正面から立ち向かう姿にファルス3世だけではなく、国民や兵士の心にもグッとくるものがあった。
「王子、頑張れーーー!!」
「魔物なんかに負けるなーーー!!」
「うおおおお!!」
何度も剣を交えるデスコピオンは目の前のファーリスがあの寝床を襲った時の彼と同じに思えなかった。
あの臆病者がどうしてこうして戦えるのか?
だが、それでも彼を殺すという考えに変化はなく、別の鋏でファーリスの腹部を斬りつけた。
「うう…!?」
「ファーリス!!」
切り口は浅いものの、胸から腹に至って切り傷ができており、そこから流れる血で肌着が赤く染まる。
戦いの中で初めて怪我をし、その痛みを感じたファーリスは目の涙をためながら、歯を食いしばってその痛みに耐える。
「これくらい…これくらいなんだ!!」
自分の面倒事に付き合わされる形で魔物と戦ったジョエル達や負傷したセーニャと比べると、この程度の傷はわけもない。
そう自分に言い聞かせ、強く地面を蹴ってデスコピオンに肉薄する。
自分を貫こうと正面からやってくる鋏が頬をかすめ、剣がデスコピオンの腹部に突き刺さる。
耳をつんざくような嫌な叫び声が響き、やれると自信を持ったファーリスは一度剣を抜く。
ドクドクと血を流すデスコピオンは怒りの眼をファーリスに向け、力いっぱい鋏を振るう。
剣で防御したファーリスだが、その力任せの一撃のせいで剣が折れてしまう、両手がしびれで感覚を失う。
「まずい…!!」
このままではファーリスが殺されると思い、エルバは人混みをようやく突破してデスコピオンに向けて走る。
その体には青い光が宿っており、なぜかシルビアにも同じ光が宿っていた。
「何かしら?この光…けど、やることは分かったわ!」
シルビアも大きくジャンプして会場の中に着地し、エルバのそばへ行く。
エルバが抜いた鋼の剣の向けてシルビアは炎を吹きかける。
刀身が炎で燃え上がり、エルバはトベルーラを併用して大きく飛び上がる。
後ろからの気配に気づき、振り返ろうとしたデスコピオンの頭に灼熱の刃が突き刺さる。
そして、あとは重力に従うかのように下へ落ちていき、刃は首と腕の根元、横っ腹を通過していった。
傷口は燃え上がり、流れるはずの血が蒸発していき、さらに熱が内蔵にまで達する。
「覚悟…!」
左手に力を籠めたエルバはデインを唱え、電撃がデスコピオンを襲う。
駄目押しの電撃を受け、傷だらけになったデスコピオンはゆっくりとその巨体を横たわらせた。
「ふうう…」
絶命したデスコピオンに周囲は息をのみ、声援もやむ。
エルバはデスコピオンの死体を見ると、その額にはあのバトルレックスやヘルバイパーについていた魔法陣が刻まれていたが、すぐに消えてしまった。
(このせいで、デスコピオンは目覚めたのか…?)
地面に落ちていたファーリスの剣を拾ったシルビアは彼の前まで歩いていく。
そして、笑みを浮かべて彼の額を指で小突いた。
「やればできるじゃな~い、かっこよかったわよ。けど、急いでその傷は治した方がいいかも。ああ…エルディちゃんならできるんじゃないかしら?」
「あ、ああ…」
「あの…ごめんなさい。僕、あなたの剣を…」
「いいわ。命には代えられないし、いいものを見れたから…。じゃあ、念のため」
シルビアは拾った剣を返し、ファーリスの胴体に向けて、自動回復呪文リホイミを唱える。
すると我慢していた痛みが若干緩まった感じがした。
そして、シルビアはゆっくりと会場を出ようと彼に背を向け、歩き始めた。
「あ、あなたは…」
「じっとしていろ」
追いかけようとしたファーリスを止めたエルバはホイミで彼の治療を始める。
シルビアは何か言い忘れたことを思い出したのか、もう1度ファーリスに振り返る。
「いい?騎士の国の王子さまなんだから、いかなる時も騎士道を忘れてはだめよ」
「ま、待ってくれ!騎士道に深い理解があるようだが、そなたはいったい何者なのだ!?」
「ただのしがない旅芸人よん♡」
茶目っ気のある答えを返し、ウインクしたシルビアはそのまま歓声に包まれていく会場を後にした。
「デスコピオンは討たれたか…」
サマディー上空で真っ黒なオーブに映る会場の様子を見たローブの男は静かにつぶやく。
目的は達成できなかったが、別のより大きなものを見つけることができたのが彼にとって何よりの収穫となった。
「まぁ、いい…。勇者よ、これで終わりではないぞ」
そうつぶやくと、男は黒い煙とともにその姿を消した。
「…父上、母上。というわけでファーリス杯で走ったのも、そしてデスコピオンを捕らえたのも、エルディさんなのです」
夕方になり、騒ぎも一段落した後で、エルバ達を王の間に連れてきたファーリスはこれまでのことをファルス3世と母に告白する。
エルバに治してもらった傷については出血は止まっているものの、頬についた切り傷についてはあえて残すことになった。
これまでの卑怯者の自分との決別の証として、残しておきたいという要望のためだ。
信じられない様子だが、デスコピオンと戦っていたときのファーリスの動き、そしてあの表情を見てしまった。
それが真実であれば、これらは説明がつく。
それに、ファルス3世は今までファーリスが訓練する様子をこれまで見たことがなかった。
彼のことをよく見ているつもりが、結局は自分の都合がいいようにしか見ていなかったのだということを痛感した。
ため息をついたファルス3世は顔を上げず、いかなる罰も受ける覚悟でいるファーリスを見つめる。
「ファーリスよ、顔を上げよ。わしたちはこれまで等身大のお前を見ずに、見合わぬ重圧を与えてしまったようじゃ…。謝らければならぬのはわしのほうだ。これからは考えを改めよう」
ファルス3世の隣に立つ王妃は申し訳なさそうにファーリスを見つめた後、ファルス3世の考えに同意するかのようにうなずく。
「だが、ファーリスよ。あのデスコピオンとの戦いでは確かにお前は奴に一太刀浴びせることができた。その傷は決して恥じるものではない。騎士として、確かに国を守った名誉の証じゃ。その勇気があれば、いつかはお前の目標であるデルカダールの猛将、グレイグ殿にも匹敵する騎士となることができよう!」
本心からそう思ったファルス3世はうれしそうに笑い始める。
ようやく、本当の意味でファーリスの成長した姿を見ることができた。
ファーリスも、どうして本当の自分をもっと早く見せることができなかったのか、もっと両親を信じることができなかったのかという後悔とほめられたことへのうれしさから涙を流し始めた。
(グレイグ…か…)
エルバは背中にさしているグレイグの大剣を横目で見る。
自分の敵である彼にあこがれているファーリスに複雑な感情を抱いていた。
涙を拭いたファーリスは協力してくれたエルバ達のため、約束を果たそうと顔を上げる。
「父上、エルディさんたちは虹色の枝を求めてここまで来ました。今回の騒動を収束できたのはすべて彼らのおかげです。国宝である虹色の枝を彼らに貸してはいただけないでしょうか?」
「ん…虹色の枝?うーむ、貸したいのはやまやまじゃが…残念ながら、いま手元にない。行商人に売ってしまったからなぁ」
「な…っ!?」
「なんですってぇぇぇぇ!?」
まさかの言葉にベロニカは絶叫し、言葉を失ったカミュは額に手を当てる。
ファーリスも今の言葉が信じられなかった。
「国宝の…虹色の枝を…売ってしまったですって!?!?どうしてですか!?」
「馬鹿もん!なぜファーリス杯を今年は盛大にすることができたかわかっておるのか!?すべてはお前のためじゃぞ!?」
「そ、そんなぁ…」
これでは約束を果たすことができないと、がっくりと肩を落とし、四つん這いになってしまう。
そして、心の中で二度とこういうことが起こらないように兵法だけでなく、財務の勉強もしようと誓った。
ようやく事情を理解したファルス3世はエルバ達に目を向けた。
「すまぬ、旅の者よ。虹色の枝を打った商人はここから西のダーハルーネへ向かうと言っておったぞ」
「ダーハルーネ…?」
「10年前に自治権を獲得した港町じゃ。西の関所にはわしから言伝ておくから、そこから向かってくれ」
「…ない以上は、仕方ありません」
売ってしまった以上はもうどうしようとなく、いくら彼に問い詰めたとしても戻っては来ない。
どれだけの値段で売ったかはわからないものの、今できるのはそのダーハルーネへ向かうことだけだった。
ファルス3世と王妃がそれぞれの椅子に座った後、ようやく立ち上がったファーリスはエルバたちに向けてきれいな土下座を見せる。
「す、すまなかった!!虹色の枝のことは、まさかこのようなことになってるとは思っていなかったんだ!本当に申し訳ない!!」
「そうじゃな…何か渡せるものがあれば…うん?そうじゃ、ファーリス」
ファルス3世に呼ばれたファーリスは彼のそばへ行き、彼から何かを耳打ちされる。
驚いたファーリスだが、すぐにうなずき、大急ぎで王の間を後にする。
数分経過して、戻ってきたファーリスの手には布でくるまれた片手剣が存在した。
「これはかつてわしが兵法を学ぶために遊学した国で受け取った剣じゃ。今回の侘びとして、受け取ってほしい」
「剣…?」
受け取ったエルバは布をほどくと、その中には紫色の鞘に入った、柄の部分にペルラからもらったユグノアのペンダントと同じデザインのヒスイが埋め込まれた剣があった。
それを抜くと、9枚の花弁ができた花の模様が彫られ、透き通った玉鋼でできた刀身が露となる。
「これは…」
これは明らかにユグノアで作られた剣。
ほかにも渡せるものがあるかもしれないのに、どうしてピンポイントでその剣を渡すのか、気になったエルバはじっとファルス3世を見る。
「どうか、これからのたびに役立ててくれ。旅の者、エルディ殿」
「…感謝します」
おそらく、どこの段階かはわからないものの、ファルス3世は自分たちの正体に気付いている。
彼は知らないふりをして、見逃そうとしてくれている。
エルバは頭を下げると、カミュたちとともに城を後にした。
彼らが出て行ったのを確認すると、ファーリスはファルス3世に目を向ける。
「父上の言う通りでしたね…。でも、あの人からは悲しい何かを感じましたが、とても悪魔の子には見えない」
「うむ…思えば、虹色の枝を売ってしまう前に会いたかったものじゃが…。ファーリスよ、よいな。彼のことはただの旅の者。何も知らなかったことにするんじゃ」
「はい、父上…」
「何が正しいのかはわからん。だが、きっとエルディ殿…いや、エルバ殿なら突き止めてくれるやもしれんな…」
「あーあ…こんな面倒事に巻き込まれた結果、無駄骨かよ」
宿屋に戻り、明日の出発のために荷物をまとめ始めたカミュはぼやき始める。
ようやく暑いこの国から出ることができるのはうれしい。
しかし、虹色の枝を売るという暴挙に出たファルス3世の考えが理解できなかった。
息子のために盛大なイベントをやることは悪いことではない。
しかし、そのために先祖代々の宝物を売るのは間違っている。
そうしてまで開催したファーリス杯の経済効果と税収がそれと見合うものになっていることを願うしかない。
「ダーハルーネ…またあのスイーツが食べられる…」
セーニャは以前その町に行った際に屋台で食べたティラミスを思い出し、うっとりとしている。
ラムダの里からやってきた彼女たちがこの大陸に上陸するには唯一整備された港の有るダーハルーネから入港するしかない。
急いでいかなければ、例の行商人はダーハルーネから出てしまう可能性が高いため、出発は朝一になる。
そんな中、コンコンとノックする音が聞こえ、エルバは扉をあけようとする。
しかし、その前に扉が勢い良く開き、立ち去ったはずのシルビアが立っていた。
もし内開きの扉だったら、顔面を強打していたかもしれない。
「エルバちゃーん、ここにいたのねー!」
「ゲッ、まだ俺たちに用があるのかよ!?」
まさかの来客に驚いたカミュは怪しそうにシルビアを見る。
デスコピオン退治に付き合い、ファーリスの成長を見届けた以上、もうサマディーにいる理由もない彼がなぜここにいるのか?
そんなカミュの質問にシルビアはクスリと笑い、笑みを浮かべながら答える。
「決まってるじゃない!アタシもついてくわ。命の大樹を目指す旅に、そして邪神ちゃんを倒すのよ!」
「何…?」
「おいおい、冗談じゃねえよ!いきなり出てきて何言ってんだ!俺たちの旅は遊びじゃねえんだぞ!」
まるで楽しい旅のような言い草が気に食わなかったのか、カミュは拳に力を込めてシルビアに怒りをぶつける。
実力は分かっていて、仲間になってくれたら即戦力になる。
しかし、その態度だけはいただけなかった。
シルビアもそのことが分かっているのか、すぐに表情を生真面目な一点の曇りもない顔へと変えていく。
「もちろん、遊びでついていくつもりでなくてよ。旅芸人として世界中を回って、たくさんの笑顔を見たわ」
各地のサーカスにフリーランスとして参加し、数多くの芸を見せて人々を笑顔にしていった。
それは旅芸人として役に立ったという誇りになっている。
しかし、同時に旅の中でもう1つ目にしたものがある。
「でもね、それと同じくらい魔物たちに苦しめられている人々の悲しみも見たの…」
近年の魔物の活性化によって故郷を失った人、家族や大切な人を失った人たち。
いくら芸を見せて、笑顔にして見せたとしても、失ったものは戻ってこない。
そんな彼らのためにできること自分なりに考えていた。
そして、エルバ達と出会い、共に戦ったことでその答えが出た。
「アタシの夢はね、世界一大きなホールを建てて、そこで盛大なショーを開いて大勢の観客を笑顔にすることよ。でも、みんなから笑顔を奪う邪神ちゃんがいたら、その夢もかなわなくなるんじゃない?。だ・か・ら!アナタ達の旅の目的はアタシの旅の目的でもあるってこと!」
「…みんな、どう思う?」
一緒に戦ったエルバはもう結論を出している。
しかし、カミュ達の意見も聞いたうえでなければしこりが残る。
「…そんなこと言われたら、断れねえだろ…?」
「私は大歓迎です。シルビア様は頼りになりますし」
「私もセーニャと同意見よ。これからよろしく、シルビア!」
「ありがとーみんなー。これからよろしくねー♪ちなみに、これからどうするわけ?」
「俺たちは明日の朝一にここを出て、虹色の枝を持っている商人のいる西のダーハルーネへ向かう」
「ダーハルーネねぇ…。でも、あそこは港町だし、もしかしたらもう船に乗って海に出てるかも。そうしたら、そこからどうするの?」
「そうですね…そういう場合は定期船を乗り継ぐしか…」
「駄目だ、時間がかかりすぎる…」
「それに、ダーハルーネにいる商人の過半数は船を持っていて、よく海に出て商売をしているわ。スピードが違うわね」
しかし、船のないエルバ達には定期船を乗り継ぐしか海に出る手段がない。
更に問題はエルバとカミュで、2人ともデルカダールではお尋ね者で、船に乗る際に身分がばれてしまう。
どうするか考えるも、答えが出ない4人を見て、シルビアは提案する。
「ふふん、船を使えばいいのよ。アタシたちが自由に使える船をね。そう!アタシが持っているフ・ネ・で!」
「嘘…自前の船を持ってるって、すごいわ!!」
ダーハルーネで小耳にはさんだ話だが、個人で船を所有する人は少ない。
ダーハルーネで商人たちが船を持つことができるのはそこに作られたギルドで基金を作ったからで、その基金から船の購入費から整備費、人件費などの援助を行っている。
船を持つということはそれだけコストのかかることで、旅芸人であるシルビアが個人で持っているというのはあり得ない話だった。
(有名な旅芸人で、引っ張りだこなのはわかるが、それでもそれだけの金をもっているようには見えねえ…。シルビア、あいつは何者なんだ…?)
「その船、お借りしてよろしいのですか?」
「もちろんよー仲間じゃない。どんな船からダーハルーネについてからのお楽しみ、ということで!」