ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第26話 ホメロスの眼

「くそ…悪魔の子め、いったいどこにいる?」

「さっき、ここから子供の声が聞こえたが…」

東の大通りを走る兵士たちは周囲を見渡し、子供とエルバを探している。

もしかしたら、その子供はもう悪魔の子の餌食になってしまったのかもしれない。

もしそうだとしたら、これ以上の犠牲が出る前に彼を捕らえなければならない。

「よし、お前はここで待て!俺はもう1度西を探してみる!」

「わかった!」

兵士の1人が橋を渡って西の通りへと戻っていく。

残った兵士は物陰にいるかもしれないとまずは近くにある木箱の中を確かめようとするが、急にどこからか石が落ちる音が聞こえてくる。

「今のはなんだ…?」

コツン、コツンと音が聞こえ、何かあるに違いないと踏んだ彼は背後に見える細い路地へと足を運ぶ。

子供のいたずらか、それとも悪魔の子の足音なのか。

路地に顔をのぞかせようとした瞬間、目の前に影が見え、振り返ろうとした瞬間、ピンク色の波紋をまともに受けてしまい、急激に襲う睡魔に敗れて倒れてしまう。

人影の正体はエルバだった。

「うまいわ、エルバ。ラリホー、ちゃんと使えてる」

「そうだな…」

エルバは眠ってしまったデルカダール兵に目を向ける。

ホメロスとともにここへやってきた彼は、もしかしたらイシの村を攻撃した人物かもしれない。

そう考えると、そんな彼を生かしておく理由がない。

エルバは剥ぎ取り用のナイフをつかもうとするが、シルビアがその腕に触れ、制止させる。

「駄目よ、エルバちゃん」

「だが…」

「さっきのステージの時のことは緊急避難で、やむを得なかったこと。でも、今は違うわ。それがわからないエルバちゃんじゃないでしょう?」

ステージでホメロスと戦った時は彼に肉薄するにはそれ以外に手段がなかった。

ラリホーを唱えて止めるにも頭に血が上っていて難しかったうえに、発動する前に攻撃を受ける可能性もあった。

また、ホメロスの挑発まがいの発言もあり、非は相手側にある。

しかし、無抵抗となり、殺す必要のない人間まで殺してしまったら、本当に悪魔の子になってしまう。

そのようなことを、エンターテイナーを目指すシルビアは少なくとも目の前ではそうさせるつもりはなかった。

くっ…と目を閉じ、我慢しながらナイフから手を放したのを見たシルビアはすぐに眠っている兵士を肩に抱え、路地裏に隠す。

その間にベロニカとセーニャは橋の上からダーハルーネの様子を見始めていた。

「お姉さま、お姉さま…!ステージに、ホメロスとカミュ様が…ああ、カミュ様!」

橋の上からステージを見たセーニャはカミュを見て、目に涙を浮かべる。

彼はステージに設置されている柱に縛られていて、ろくな治療をされていないためか、抵抗する様子が見られない。

そして、ホメロスは大声で町のどこかにいるエルバに叫ぶ。

「姿を見せたまえ、悪魔の子、エルバよ!町のどこかに潜んでいることはわかっている!早く出てこなければ、ここにいる仲間の命が尽きることになるぞ!」

「まずいわ…早くいかないと、カミュが死んでしまうわ!」

真空切りをまともに受けたため、傷口は大きく、そのまま放置していては破傷風にかかるか、そのまま失血死してしまう。

けれども、正面から行くとそれこそホメロスの思うつぼだ。

「カミュ様…」

「北西のゴンドラ乗り場からなら、ステージの裏手へ行くことができるわ」

「ゴンドラでは目立つ。泳いでいくことになるな…」

水路にはゴンドラが置かれているが、使用を阻止するために兵士たちが監視している。

もしそれを使ってしまうと、間違いなく兵士の注目を集め、沈められてしまう。

残った手段は泳ぎだけだが、泳ぐにしても可能な限り潜って移動する必要があるうえ、入るときには音が立たないようにしないとただの的になってしまう。

「なら、アタシとベロニカちゃんでおとりになるわ。その間にセーニャちゃんと一緒にカミュちゃんのところへ!」

「いたぞ、勇者だーー!!」

戻ってきた兵士がエルバ達の姿を目撃し、笛で巡回中のほかの兵士たちに伝える。

「見つかったわ…エルバ、セーニャ、行って!!」

「お姉さま、シルビア様!でも…」

「カミュちゃんを治せるのはセーニャちゃんかエルバちゃんだけよ。ここから飛び降りて、静かに潜れば、見つかりにくいはずよ、急いで!!」

「…わかった。セーニャ!」

「キャ…!」

エルバはセーニャをお姫様抱っこし、橋から飛び降りる。

「飛び降りただと!急ぎ追いかけ…うわあ!!」

飛び降りたエルバに目が行ってしまい、前方への注意がおろそかになった兵士にメラが直撃する。

さらに、やってきた2人の兵士の握っている剣はシルビアがバトルリボンで弾き飛ばす。

「さあ…エルバちゃんを追いかけたいなら…」

「私たちを倒してからにしなさい!」

 

「ああ…なんで俺はここで見張りをしないといけないんだ?」

北西のゴンドラ乗り場の見張りを命じられた大柄な兵士はため息をつき、こんなつまらない役割を受け持ったことをぼやく。

同じくゴンドラ乗り場の兵士以外の兵士たちは勇者を捕まえに行っていて、おそらく捕まえたとしても彼らがいい思いをするだけだろう。

あまりにもやることがなさ過ぎて、ついあくびをしてしまう。

「あ、あれ…?なんだぁ…?」

水中からラリホーの波紋が飛んできて、感じていた眠気がさらに強まっていく。

今は寝てはいけないと理性が訴えるが抗うことができず、そのまま前のめりに倒れてしまう。

完全に倒れたのを確認すると、水の中からエルバが出てきて、セーニャはエルバの手を借りてゴンドラ乗り場に上がる。

「よし…これで後ろをとることができた」

「急いで、カミュ様を助けないと…」

「ああ。そして、可能であれば…」

「エルバ様…」

可能であれば何をするか、聞かずともわかる。

物騒なことを口にした時のエルバの顔を見たセーニャは思わずふるえてしまった。

 

「ふっ…出てこないか。やはり、悪魔の子。仲間の命よりも自分の命が惜しいと見える」

ステージの上で、兵士からエルバ発見の報告を聞き、さらに仲間を置いて逃げたという話まであったことから、笑みを浮かべたホメロスはカミュを横目で見ながらつぶやく。

赤い小さな魔法使いが起こしたと思われる爆発音がかすかに耳に届く。

「可能であれば殺すな、生け捕りにしろ。陛下の前で処刑することが最良だからな」

「…へっ、軍師さんよ…デルカダールの…兵士ごときで…俺らは…止められねえよ…」

血を流しすぎたのか、動く力を失ったカミュが小さな声でニヤッと笑いながら言う。

顔色は蒼くなっており、縄や足元はカミュの血で濡れている。

「デルカダールを侮辱するな、死刑囚」

「死刑囚…?せめて、盗賊って呼べよ…?それとも、罪人1人1人の名前なんて覚えてられねえくらい…デルカダールって…治安、悪いのか…?」

「しゃべるな…うん?」

背後から気配を感じたホメロスは即座にプラチナソードを引き抜き、後ろに振り替える。

そこにはユグノアの剣を手にしたエルバが刃をこちらに向けた状態で走ってきていて、ホメロスはプラチナソードで刃をそらす。

「ちっ…」

「悪魔の子よ、やはりここまで来たか。それでいい、私自らの手で捕えてやろう」

もう1本のプラチナソードを抜き、二刀流の構えを見せる。

エルバは剣をしまい、背中の大剣を抜いて構える。

「許さない…貴様だけは俺の手で殺す!」

「ふっ…部下を1人殺された手前、手加減はできないな」

余裕の笑みを浮かべたホメロスは即座にバギの魔力を2本の刃に宿し、真空斬りの構えを見せる。

「真空斬り…!」

背後にはカミュを助けるために動くセーニャの姿があり、ここでかわすわけにはいかず、両手剣で真空の刃を受け止める。

ホメロスの高い魔力ゆえか、その威力は手にビリビリと伝わってくる。

「魔法戦士、賢者。軍師となるために学んだ2つの職業だ」

今度はほぼタイムラグなしに右の剣にはメラの、左の剣にはヒャドの魔力を宿す。

魔法戦士は魔力を武器や肉体に宿すことで、攻防に影響を与えることのできる能力を持つ。

そして、賢者は呪文のスペシャリストで、攻撃呪文と回復呪文の双方を使いこなす。

その2つの技量を持つホメロスはある意味、剣に特化したグレイグよりもエルバにとっては厄介だ。

地面を蹴り、一気にエルバに肉薄したホメロスはヒャドが宿った剣で斬りつけた後で、続けたメラの剣で襲う。

「ぐう…!!」

大きく押されるとともに、両手剣から鈍い音が聞こえてくる。

3つの魔法剣による攻撃を受け止めたことで、刀身に大きなひびができてしまっていた。

「くそぉ!!」

横に大きく薙ぎ払うように斬るが、その前にホメロスは上空へ飛行し、軽く避けられてしまった。

トベルーラで飛行するホメロスはそこからエルバに向けて何度もドルマを放ち始める。

例のごとく、ヘナトスの魔力も混ざっているようで、それを受けたときの影響はエルバもよく知っている。

直撃を受けるわけにも、セーニャ達に充てるわけにもいかず、やむなく耐久性が落ちた両手剣で受け止め続ける。

「カミュ様…大丈夫ですか!?」

「はあ…はあ…どうにかな…」

セーニャの手で助けられ、ベホイミで回復を受けるカミュは心配させないように笑みを見せる。

だが、治療されることなく縛られ続けた影響で唇が青くなっていて、顔色もよくない。

「悪いが、武器がねえ…。何か、いいものは?」

「いいものでしたら…」

セーニャは手持ちの道具を確認し、その中にある音響爆弾を手に取る。

後方で戦闘を行うセーニャやベロニカがいざというときのため、霊水の洞窟のキャンプでカミュがあらかじめ渡していたものだ。

これはいいとカミュはそれを手に取る。

「エルバ、耳をふさげぇ!!」

「カミュ!?」

カミュの声が聞こえたエルバはとっさに剣を手放して耳をふさぐ。

同時に、カミュは治療を受けていないにもかかわらず、力いっぱいホメロスに向けてそれを投げつけた。

ホメロスの目の前で破裂したそれは大きな音を響かせ、ホメロスの耳を襲う。

「ぐう…音響爆弾!?姑息な盗賊め…!!」

耳の痛みで集中力が鈍ったホメロスはトベルーラの魔力を維持するものの、ヘナトスが発動できなくなる。

動きが止まったのを見たエルバは左手に雷の魔力を宿す。

しかし、手袋に隠された勇者の痣は暗い光を放っており、宿る雷も紫色の光を宿していた。

「これは…!」

「うおおおおお!!」

エルバの右手から放たれる紫の雷がホメロスを襲う。

激しい電撃が彼の前身を駆け巡る。

「ぐああああ!!」

「ありゃあ、あの時の…」

カミュは旅立ちの祠でエルバが初めて使ったデインを思い出す。

しかし、今エルバが放ったデインは勇者の雷といよりも闇の雷に見えた。

その雷は純白の鎧姿のホメロスに大きなダメージを与え、地面に転落させる。

「ホ、ホメロス様!!」

「おのれ、悪魔の子め!ホメロス様を…!」

ようやくステージに到着した兵士たちは大きなダメージを受けたホメロスに衝撃を覚える。

そして、ホメロスをかばうように前に出て、剣を構える。

その兵士たちをにらむエルバだが、その顔は脂汗で濡れていた。

(この呪文…かなり魔力を消耗する。だが、あと1回は使える。それで奴らを…)

殺せる、と思ったエルバだが、シルビアに止められた時のことを思い出す。

だが、この状況を打開するには彼らを殺すしかない。

「フフフ…まさか、この私に手傷を与えるとはな…」

ホメロスの声が聞こえ、驚いた兵士たちはホメロスを見る。

彼は既に立ち上がっていて、体の傷は完全に消えていた。

「ホ、ホメロス様、お怪我は!?」

「心配するな。この程度の傷、ベホマで治せる」

高名な僧侶や賢者でしか使うことのできない、最上級回復呪文。

兵士たちの間を縫うように歩き、エルバに剣を向ける。

「く…!」

「終わりだ、悪魔の子…」

「まだ終わりじゃないわよーーーー!!」

「何?」

どこからかシルビアの声が聞こえ、ステージ上には例の火の玉の雨が降ってくる。

「また奴らか!?その方向はまさか…!!」

港のドッグに登録されている船の情報を知っていたホメロスの脳裏にまさかの可能性がよぎる。

満月の光に照らされた海で、汽笛が上がり、1艘のブリッグ船がやってくる。

真っ白な帆が風を受け、金属でできた2頭の馬の像が船首に飾られている、普通の商船以上の大きさをした船だ。

その船の船首にはシルビアが立っていて、船の上にはトベルーラをしながらメラミを放つベロニカの姿もある。

「みんな、おっ待たせー!!シルビア号のお迎えよん♡」

「セーニャ、みんな!早く乗って!!」

魔法の聖水をがぶ飲みしたベロニカは兵士たちの足元に向けてメラミを放つ。

次々飛んでくる炎に兵士たちは身動きを取れず、ホメロスも薄い魔力の膜で刀身を包んだ状態でメラミを切り裂きはするものの、その場を動くことができない。

「アリスちゃん!彼らもアタシの仲間よ!あの波止場スレスレに走って頂戴!」

「がってん!!」

ピンク色のあらくれマスクをつけた、屈強な体つきをした男、アリスは並みの動きや風を感じ取ると、大きくハンドルを回し、波止場スレスレのところにシルビア号を進ませる。

「さあ、みんな飛び乗って!!」

「セーニャ、カミュを連れて先に行け!」

「はい!カミュ様!」

「ああ…悪い、セーニャ」

セーニャはカミュに肩を貸してゆっくりと波止場ぎりぎりまで進む。

そして、船員の手を借りてシルビア号に乗り込んだ。

「エルバ、急いで!!」

「…ああ!!」

ホメロスを殺せないことへの悔しさを感じつつ、エルバは両手剣を拾う。

「逃がさんぞ、悪魔の子め!」

既に魔法剣を使うほどの魔力がないのか、2本のプラチナソードを手にホメロスが襲い掛かる。

エルバはそのホメロスに向けて両手剣を投げつける。

「く…!」

やむなくその剣を叩き落としたホメロスだが、その間にエルバはシルビア号に乗り込み、シルビア号は波止場から離れていく。

他の兵士も逃がすまいとドックに置かれている軍船に向けて走っていく。

「ホメロス様、急ぎインターセプタ―号へ!」

「いや…間に合わんな」

あのシルビア号の速度は今使っている軍船、インターセプタ―号を上回っており、ドックに着いたとしても出港までに時間がかかる。

それを使ったとしても、到底追いつけるものではない。

「しかし…!」

「かまわん…。いずれにしても、彼らはここから逃げることはできん。だが…」

問題はシルビア号がなぜ出港できたかだ。

ドッグは閉鎖させていて、ホメロスや町長であるラハディオの許可でもない限りは入ることもできない。

(裏切り…か)

 

「じゃーね、ホメロスちゃん!今宵のショーは楽しめたわ♡アデュー♪」

「カミュは大丈夫なのか…?」

「はい。傷口はふさがりましたし、キアリーも今かけています!」

「そうか…」

横たわった状態でセーニャから治療を受けているカミュは安心したかのように意識を失っている。

ベロニカもトベルーラを解除してメインマストの見張り台に立ち、借りた望遠鏡でダーハルーネを見ている。

「追いかけてこないわ。あとは、無事に公海まで出れば…!」

「だが、どうして出港できた?」

「それは…!?」

「姉さん!魔物でがす!デカイ魔物が進路上に!!」

「何!?」

船が揺れ始め、セーニャはカミュが投げ出されないように抱きかかえる。

水中から大量の海水を巻き込んで浮上してきたその魔物はシルビア号に匹敵する大きさで、黄土色の肌をした巨大なイカ型の魔物だった。

「イヤーッ!なによ、この化け物イカ!いったいどこから湧いて出たの!?」

「姉さん!奴はクラーゴン、外海の化け物でがす!!」

長年船乗りをやっているアリスはその魔物の噂を耳にしていた。

船よりも巨大なイカ型の魔物で、多くの商船や軍船を沈めて喰らう凶暴さから海兵や漁師から恐れられているという話だ。

最も、アリス自身もクラーゴンをこうしてみるのは初めてだ。

「なら、どうして外海の魔物がここに出るのよ!?」

しかし、ここはロトゼタシアでは内海と呼ばれる場所で、外海に出るにはここから北にある水門を通らなければならない。

その水門のおかげで外海と内海の魔物の出入りを防いでいて、その水門が破壊された話はダーハルーネでは聞いていない。

仮にそんな話があったとしたら、一番にダーハルーネに飛んでくるはずだ。

「そんなの、アッシも知らないでがすよ!!」

「だが、向かってきた以上は!!」

 

「ホメロス様!巨大な魔物が勇者の船の進行を阻んでいます」

望遠鏡からその様子を見た兵士は波止場に立つホメロスに報告する。

「そうか…どうやら、悪魔の子は運に見放されたようだな。近づいたら巻き込まれる。我らはここで待機だ」

「は…は!!」

魔物が現れ、民間に被害が及ぶ可能性があれば排除するのが兵士の役目の1つだが、ホメロスの命令には逆らえず、疑問に思いながらもそれを飲み込んで命令に応える。

襲われているのは悪魔の子であり、同士討ちさせた方が有益なのだろうかと自分を納得させながら、兵士はインターセプタ―号へ向かった。

「フフフ…私の逆らったことを後悔するがいい、勇者よ」

ホメロスはエルバが投げ捨てたグレイグの大剣を手にする。

それを見つめた彼はフッと鼻で笑うと、その剣を海に投げ捨てた。

 

「くっそ!離れろ!!」

エルバは船首に絡みついたクラーゴンの前足に何度もユグノアの剣で斬りつける。

しかし、ぬめりと弾力のあるその足を斬ることができない。

ベロニカもメラミをクラーゴンの頭にぶつけるが、意にも介していないようで、前方からそのまま海に引きずり込もうとしていた。

「船が傾く…!」

「舵が…動かねえでがす!!」

「そんな…!!」

カミュを抱えるセーニャはもうどうにもできないのかとあきらめかけていた。

ホメロスや兵士たちとの戦いで消耗したエルバ達。

シルビア号のアリス以外の船員も戦闘に参加しているが、クラーゴンにダメージを与えることすらできていない。

ゆっくりと傾き始めるシルビア号のゴゴゴがまるで旅の終焉を告げようとしていた。

だが、どこからはドンドンと大砲の鳴る音が聞こえてくる。

その音と共にクラーゴンの周辺に砲弾が次々と着弾し、びっくりしたクラーゴンが船から離れていく。

「大砲…?どこから??」

「商船だ…商船が!!」

シルビア号とクラーゴンを囲むように商船が5隻走っていて、それぞれが自衛用に設置している大砲でクラーゴンに攻撃を仕掛けていた。

「撃てー!あの船を守れー!!」

商船の船員は休むことなく砲弾を入れ、大砲を発射する。

何度も砲弾を受けたクラーゴンはこれ以上この場にはいられないと水中にもぐり、姿を消してしまう。

「クラーゴン、逃げていきますぜ、カシラ!」

商船の中でも一番大きい船で、船首に黒いドラゴンの像が飾られているヒルトン号の船長を務める白いサンタクロースのような口ひげをした、黒い肌で上半身がタンクトップの大柄な老人、ガーディがデッキに出てきた男に声をかける。

男の指示を受けると、ガーディはヒルトン号はシルビア号のそばまで移動する。

「あんたは…」

エルバはデッキの上にいる少年と男性に驚きを見せる。

2人はヤヒムとラハディオで、特にラハディオはエルバのことを誤解し、息子の件もあって憎んでいるかもしれない相手だった。

だが、今の彼はエルバ達の無事を知り、ほっとしている様子だった。

「良かった…ご無事なようですね。まさか、外海の魔物のクラーゴンがここに出るとは思いませんでした…」

「なぜ、俺たちを…」

「エルバちゃん、あの人がアタシ達をドックに入れてくれて、シルビア号を出せるようにしてくれたのよ」

シルビアとベロニカは橋の上で兵士たちを撃退した後、ガーディの手引きによってドックまで連れていかれた。

そこではラハディオの指示でアリス達シルビア号の船員が入っていて、いつでも出港できるように手はずを整えていた。

「お兄ちゃんたち、ありがとう!僕、声が出せるようになったんだ!手ももう震えないよ!!」

ヤヒムの元気な声が響き渡り、ベロニカとセーニャは無事にさえずりの蜜が効いたことに安心する。

「話は全て息子から聞きました。息子に呪いがかかったのは災いを呼ぶという勇者の呪いによるものだと勘違いしてしまい…誠に申し訳ございません」

ラハディオはエルバ達に深々と頭を下げる。

ようやくドッグの若者の言う通りのラハディオと対面することができた。

「…子供のこと、大切に思っているんですね。その気持ち、わかる気がします」

「実は…僕、町の外でローブを着た男の人がシーゴーレムに呪文をかけてるのを見ちゃって…。びっくりして声を上げたら、その人に呪いをかけられちゃったんだ…」

「男…シーゴーレム」

「あれね…」

エルバとシルビアは霊水の洞窟で遭遇したシーゴーレムのことを思い出す。

これで、あの魔法陣が人為的なものだということが理解できた。

問題はなぜそのようなことをするのかだが、さすがにヤヒムもそこまでは分からない。

「悪魔の子と呼ばれている勇者が人を助ける…。あなたが本当にその悪魔なのか、それとも別の何かは分かりません。しかし…私は商人です。信頼には信頼で答えるものという教えがあります。あなた方は一度、私を信頼して尋ねてきてくれた。これはその時の非礼の侘びと、息子を治してくれた礼と考えてください」

「カシラ!デルカダールの軍船です!インターセプタ―号だぁ!!」

ドックから二頭の鷲が船首に刻まれ、帆には交差する2本の剣が大きく描かれているブリッグ級の船、インターセプタ―号が出て来ていた。

魔物による有事に備え、速度を追求したその船は普段の人民にとっては頼もしいが、今は恩人を捕まえようとする番犬だ。

「速く出発したほうがいいわね。アリスちゃん、行けるかしら!」

「大丈夫でさぁ!この程度のダメージでへこたれるシルビア号じゃないでがすよぉ!」

「インターセプタ―号、デルカダール最速の軍船。皆、ドックへ戻れ。エルバさん達を逃がす時間を稼ぐぞ!」

「了解!!」

「しかし…そんなことをしたら、デルカダールとの関係が悪化するのではありませんか?」

ダーハルーネはサマディー、そしてデルカダールが主な交易相手であり、特に外界へ通じる水門を持つソルティコも領内に入れているデルカダールとの関係がこじれると海での交易に支障をきたすことになる。

そうなったときのダーハルーネの経済的損失は大きい。

そのことをセーニャは危惧したが、ラハディオは気にしていないと言わんばかりに笑って見せた。

そして、ラハディオらに見送られる形でシルビア号は公海へと出ていった。

 

「ホメロス様!勇者たちの乗っている船が公海へ出てしまいます!」

「そうか…」

「ホメロス様!商船がこちらに接近してきます!」

「何?」

部下の報告を受け、外の様子を見たホメロスはインターセプタ―号を左右ギリギリで横切るように次々と商船が一直線にドックへ戻っていくのを見た。

そうなるとぶつからないように互いにスピードを落とさざるを得ず、インターセプター号も最速と称されたそのスピードを大きく落としていく。

その間にもシルビア号は大きく距離を離していき、見張り台で望遠鏡を使って偵察する兵士も見失ってしまった。

「勇者の船の姿、確認できません!」

「ラハディオめ…悪魔の子に手を貸すとは…」

手すりに力を込めたホメロスは最後に横切ろうとするヒルトン号をにらむ。

ヒルトン号はインターセプタ―号の真横で停止し、ラハディオはデッキに立つホメロスに目を向ける。

「これはホメロス軍師殿、今宵は悪魔の子のためにこのような事態となってしまい、申し訳ございません」

「そのような謝罪は不要だ。それよりも、問うべきことは2つある。1つは勇者の仲間の船を出港させたこと、2つは勇者の船を助けたこと。返答によっては、今後ダーハルーネとの関係も見直さざるを得なくなる」

ブクブクと膨れ上がる不快感を抑えながら、ホメロスはあくまで冷静な口調でラハディオに真意を問う。

ひやりとした鋭い目線だが、商売では百戦錬磨のラハディオにとってはそんなものはかゆくなかった。

「分かりました。その2つについてお答えいたしましょう。1つ目はあれは先日から出港の予約をしていたものですが、こちらの都合でとどめ置いていただいていたものです。今回の事態で避難したいという要望もあり、それを無下にはできずに認めた形となります。それが勇者の仲間の船だということは知りませんでした。2つ目につきましては…我々は悪魔の子を助けた事実はございません。あくまでダーハルーネの領海に入ってきた脅威であるクラーゴンを撃退したのみです。領海を侵犯する軍事力や魔物に対する自衛権につきましてはサミットでも認められているはずですが?」

「自衛権…なるほど…」

「それよりも、急ぎ領海を出ていただかなければなりません。目的をここで果たすことができない以上はこれ以上駐留されては不都合でしょう。クラーゴン出現の際に速やかに出港しなかったことについて、追求しなければならぬかもしれません」

今回、インターセプタ―号とデルカダール軍を入れるのを了承したのは勇者の捜索という目的が提示され、それにラハディオが許可を入れたためだ。

エルバ達がダーハルーネにいない以上はダーハルーネに他国籍軍を入れる理由はない。

立ち去れと言われたのであれば、国際法上退去せざるを得ない。

ラハディオが船の持ち主であるシルビアがエルバの仲間だったことを知らなかったことを立証できるかだ。

馬小屋に旅人が馬を預ける際には団体で登録する必要があり、その団体にエルバとシルビアの名前があれば、シルビアがエルバの仲間であることの立証になるうえ、責任者であるラハディオもそれには1日に少なくとも1回は目を通している。

だが、その団体の名簿にあるのはシルビアと一緒にいる個人の名前の中にあるのはエルバではなく、エルディという名前で、悪魔の子エルバの名前はない。

そのことを証拠として、シルビアがエルバの仲間であることを知らなかったという主張を通すことができる可能性がある。

しかし、それが絶対でないことはラハディオも承知している。

「ですが、我々はこれからもデルカダール王国とは良い関係でありたい。いかがでしょう。クラーゴンの一件については秘匿とし、そちらは速やかにダーハルーネ領海を出るということで手打ちとするのは。もちろん、水と食料の補給には応じます」

「…いいだろう。我々も悪魔の子などという些末事で国際問題を起こすつもりはない。インターセプター号をドックに戻せ。補給が済み次第、デルカダールへ戻るぞ」

「ハッ!」

「ホメロス軍師殿の理性ある判断に感謝いたします。それでは…」

ヒルトン号はドックへ戻っていき、ホメロスはシルビア号が消えた方角に目を向ける。

「逃げられたことは惜しい…。だが、いいものを見ることができた」

エルバが放った紫色の電撃。

直接受けたことで、その電撃に宿る勇者の力とは別のものを知ることができた。

「我が主よ…もうすぐです」

 

「朝日か…徹夜してしまったな」

東へ進む中、太陽が昇るのを見たエルバは疲れを感じ、デッキの上にある木箱を椅子代わりにして座る。

「う、うう…」

「カミュ様!」

「はあ…どうにか、体は治ったみてーで、無事に逃げれたか…助かったぜ」

起き上がったカミュは船室につながるドアのそばにある壁にもたれる。

まだまだ本調子まで回復していないが、それはしっかり休養を取り、ご飯を食べることでどうにかなるだろう。

ベホイミとキアリーで傷を治し、毒素を取り除いたとしても、蓄積した疲労の回復にはつながらない。

「姉さん、バンデルフォン地方で虹色の枝を売った商人がいるというラハディオさんからの情報でさぁ」

「枝の情報が手に入ってよかったぜ。すっかり、あのおっさんに借りができちまった」

海の男コンテストやショッピング巡りで、エルバと自分以外は目的を完全に見失ってしまったのではないかと一瞬不安に感じていた。

いろいろと厄介な問題に遭遇してしまったが、結果として海に出て、情報が得られた。

虹色の枝に近づくことができた。

「それじゃあ、進路は北東のバンデルフォン地方!アリスちゃん、よろしくぅー♡」

「がってんでさぁ!進路、バンデルフォン地方、船着き場ポートネルセン!」

シルビア号が北東へ向けて進んでいく。

エルバはそっと服の下にあるお守りに手を当てた。

(エマ…大海原に出ているぞ。できれば、君と一緒に見たかった…)

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