「うむ…旅人で、仮面武闘会参加者と…よし、通っていいぞ。ここじゃあ手に汗握る戦いが待ってる。けど、参加者以外はステージに入ったりするなよ?」
警備兵による簡易的なチェックを受けた後、エルバの前にあるドームの入り口のドアが重々しく開かれる。
ドームの中は壁や柱にかけられている松明やランタンだけが頼りで、そんな蔵蔵とした空間の中にはダーハルーネ以上に高低差のある迷路のような路地とその路地に隣接する形で作られた石造りの建物が並んでいる。
このグロッタの街は元々、ユグノア王家が大昔に作った巨大な公衆浴場であり、貧富の差を問わず利用することができたものだという。
しかし、長年使われた後で維持費などの問題が生じた際にその巨大な建物を利用した街づくりが当時の宰相であるグロッタ・シムに提案され、現在のような街へと変貌した。
そのため、街づくりを提案し、その設計にかかわったグロッタの名前が敬意をこめてその町に採用されることとなった。
その経緯から、グロッタの街はユグノアの領土ということになっており、生き残ったユグノアの国民の大部分がこの地で暮らしているという。
なお、ユグノア王国滅亡後のグロッタの街の扱いについては意見が分かれており、デルカダール王の進言により、ユグノア王家断絶により王国再考の余地なしとして暫定的に自治都市とされることになった。
「ついに来たわね!屈強な男の街、グロッタ!!」
海の男コンテストがホメロスによってつぶされ、欲求不満だったのか、シルビアは目を輝かせながら中央のコロシアムを見る。
そこは王族専用の浴場があった場所を改修したもので、現在は仮面武闘会をはじめとしたグロッタのイベント施設として利用されている。
そこへ続く一本道には人だかりができており、中にはどの参加者がどれだけ勝ち進むかのかけをしている荒くれの姿もある。
ただ、エルバはそのコロシアムの壁に飾られている上半身像をにらむように見ていた。
「チッ、ここでもグレイグが英雄扱いされてるってわけか!まったく、胸糞悪いぜ!」
グレイグに対して、なにもいい思い出がないカミュは舌打ちする。
エルバは何も言わず、まっすぐにコロシアムへ歩きだした。
「はいはい、エルディさんとカイさんですね。はい、参加受付は完了いたしました」
茶色いちょび髭を生やしたバーテンダー風の男性がエルバとカミュの偽名を書類に記入し、2人には仮面と番号が書かれたトランプが渡される。
エルバの仮面は灰色で広げた翼のような形をしたもので、カミュのものは黒い鬼の顔を模したものとなっていた。
なお、エルバのカードはスペードのジャック、カミュのカードはクラブの10となっている。
「情報通り!虹色の枝があるわ」
ベロニカはカウンターの左右に展示されている優勝賞品と準優勝賞品に目を向けていた。
カウンターの右側には優勝賞品の虹色の枝、左側の準優勝賞品の黄色に輝くオーブが展示されており、参加者と思われる闘士たちはそれらに目を輝かせていた。
「黄色のオーブ…イエローオーブか…」
虹色の枝も気になったエルバだが、それ以上にイエローオーブが気になっていた。
カミュのレッドオーブ、バンデルフォンで手に入れたパープルオーブ。
今目の前にあるイエローオーブとそれらに関係がないとは思えない。
勇者の真実を知るためには、これも必要に思えた。
「虹色の枝…これさえあれば、大樹への道が…」
「そういうことね。エルバ、カミュ!絶対優勝しなさいよ!」
「ああ…だが、応援の時はカイ、で頼むな。一応、俺はお尋ね者の死刑囚なんだぜ…」
「問題はだれとタッグを組むことになるかだな…」
エルバは受け取ったトランプに目を向ける。
グロッタの仮面武闘会はタッグ形式となっており、パートナーとなる闘士はランダムで決定される。
気心の知れたカミュとタッグを組むことができればいいが、別の闘士とタッグとなる可能性が高い以上、自分たちの正体を知られるわけにはいかない。
「エルバちゃん、カミュちゃん、後ろのエレベーターからコロシアムへ行けるわよ。じゃあ、頑張って♪」
「ああ…」
シルビアがエルバの肩を軽くたたき、ウインクしてからセーニャとベロニカと一緒に客席へと続く階段へ向かう。
彼は一応、女ということなので、参加はしない様子については2人とも気にすることはなかった。
他の闘士たちと共にエレベーターで最上階まで登ると、そこは暗がりなグロッタの街並みとは大違いの、太陽の明かりに包まれた空間となっていた。
歓声を上げる観客たちが周囲を埋め尽くし、中央の円盤状のフィールドで闘士たちは拳と拳をぶつけ合うことになる。
闘士たちが集合したのを見た司会のバーテンダーの男は両腕を伸ばす。
「レディースアンドジェントルメン!今年もホットな季節がやってきたぞ!!準備はいいか、今こそ闘いの時!!この戦いの聖地、グロッタ闘技場で今年はどんな名勝負が待っているか!?仮面武闘会、いよいよ開幕です!!」
開幕宣言と共に、観客たちがさらにヒートアップする。
住民だけでなく、世界中の観光客が集まっていて、中には席を確保できずに階段から観戦している客までいる。
「それでは…皆様お待ちかね!誰がパートナーになるか、運命の抽選会が始まります!私がカードをシャッフルし、ランダムに引いた2枚のカードと同じカードを持つ2人の闘士がタッグを組むこととなります!」
助手の男性から紙でできたカードケースを受け取った司会がセキュリティシールをはがして中のトランプの束を手に取る。
複数回シャッフルした後で、即座に2枚のカードを裏向きにまま引いた。
「1枚目…スペードの11!初参加のエルディ選手だ!!さあ、ステージの上へ!」
「…」
エルバは視界の指示に従い、ステージの上に立つと、司会はもう1枚のカードを確認する。
「2枚目はクラブの8!おおっと、この方も初参加、マルティナ選手だぁー!」
闘士たちの集団の中から、緑と黒の薄手の武闘着を着用した、濃い紫のポニーテールの女性がステージへやってくる。
女性としては身長が高く、ほっそりとした体つきで、顔は紫の蝶の仮面で隠されている。
「あなた…2本剣と背中の両手剣、どちらを使うの?」
「普段は両手剣だ。それがどうかしたのか?」
「これから一緒に戦うパートナーとして、知りたいと思っただけよ」
「そういうあんたは槍か?」
「いいえ、これはあくまで補助用よ。それから、女性にあんたはないんじゃない?」
「ちょっと待った!」
エルバと女性の小声での話が老人の一声によって中断する。
金色で嘴がついたフルフェイスの仮面をつけた、赤いキャップ帽と赤い上着、白いシャツに茶色いズボン姿のいかにも商人のような姿をした小太りで小柄の老人で、背中にはテントの布などの荷物を背負ったままだ。
彼はズカズカと指示を受けていないにもかかわらずステージに上っていき、司会をジロリとにらむ。
「どこの馬の骨かもわからぬヤツに姫の相棒などまかせられん。この抽選、取りやめてもらおう!」
「しかし、規則で決まっている以上、覆すわけにはいきません。お引き取りを!」
司会の男性は老人の要求を毅然とした態度で跳ね返す。
だが、エルバは彼が言っていた『姫』という言葉が引っかかった。
「姫…?あんた、どこかの国の姫だっていうのか?」
「想像に任せるわ。けど、あなたは別の人とパートナーになるかもしれないわね」
「何?」
老人は司会の耳元で何かをささやく。
すると、司会はびっくりしながら老人の顔を見る。
そして、即座に『ただいま、問題が発生したため、確認作業に当たります!少々お待ちください』と宣言した後で一度ステージを後にした。
急に司会がいなくなり、その問題についての説明もないことから会場がざわつき始める。
「すまんのう、若いの。いろいろ、こちらも都合があるのじゃ」
「別にいい。誰がパートナーだろうと、俺は優勝するだけだ」
「かなりの自信じゃのお。ふむ…」
老人はエルバの腕や足をじろじろと見始める。
更には勝手にエルバの掌を手袋越しに触れていた。
「何をする…?」
「ふむ…どうやら、両利きらしいのぉ」
「それがどうした?」
「いや、もしかしたらその重苦しい剣以上に戦う術があるのではないかと思ってのぉ。邪魔をした詫びじゃ」
「…?」
言っている言葉が理解できないエルバだが、その説明を求める機会はなかった。
大急ぎで司会が帰ってきて、ステージの上るとすぐに息を整えて宣言する。
「大変失礼いたしました。今回、クラブの8番のマルティナ選手は特別招待枠となっておりました!ですので、こちらのご老人、ロウ選手がパートナーとなります!」
「おい、何を言っていやがる!」
「不公平だぞ!!」
闘士や観客たちが抗議の声をあげ、ブーイングが響き渡る。
こうなることは分かっており、本当はこういうことをしたくなかった司会だが、こうなった以上はなだめるしかない。
「も、申し訳ございません!これは決定事項となりますので、もう覆ることはありません!!では…」
こうなったらすぐにパートナー決めをして次へ進めようと思い、司会はカードを引く。
「スペードの7、スペードの7の選手!ハンフリー選手がエルディ選手のパートナーとなります!」
ハンフリー、という名前が聞こえ、闘士たちは静まり返る。
そして、屈強な筋肉質の体で、赤いグローブとオレンジ色のバンダナ、紫色のベストを身に着けた細目の男がステージに上がる。
エルバと同じ形だが、赤いラインの目立つ仮面をつけていた。
「なんと…前大会のチャンピオン!不死鳥、ハンフリー選手がエルディ選手のパートナーとなりました!!」
「不死鳥…?」
「気にしないでくれ。ただ、怪我してカムバックしただけだ。それよりも、一緒に頑張ろうな、エルディ」
「ああ…」
「それでは、続きまして二組目の…」
抽選が終わり、明日から試合が開始されるということとなり、熱気に包まれたまま観客や闘士たちはコロシアムを後にする。
エルバとカミュをセーニャが1階で出迎える。
「エルバ様、聞きましたわ。前大会のチャンピオンがパートナーなんてついてますわね」
「だよな、問題は俺のパートナーだな…」
カミュはパートナーとなった闘士、ミスター・ハンのことを頭に浮かべる。
ドゥルダ郷というドゥーランダ山で修業していた武闘家で、実力はあるようだが、前大会では1回戦落ちしたらしい。
「でも、私はエルバ様ならお一人でも優勝できると思ってますわ」
「俺を…そんなに買いかぶる必要はないぞ」
勇者の導き手として、おだてているようにしか聞こえなかったエルバは少し不機嫌な表情を浮かべる。
虹色の枝とイエローオーブが手に入るのであれば、自分ではなくカミュが優勝したとしても何の問題もない。
「本心ですわ、それにお姉さまも…あら?さっきまでこちらにいたのに…」
「おいおい、最初っからいなかっただろうが…」
のんびりとしているセーニャはエルバとカミュが戻ってくる前にベロニカがいなくなったことすら気づいていなかった。
エルバとカミュは最初からセーニャ1人で迎えに来たとばかり思っていたが、まさかそうだとは思わなかった。
おまけに、外が若干騒がしくなっていた。
「はあ…ベロニカの奴、また面倒を起こしたのか?」
ホムラの里やダーハルーネで騒ぎを起こしているため、また同じようなことを起こしかねないと思い、カミュはため息をつきながら外へ向かう。
「俺たちも行くぞ」
「え、ええ…」
エルバとセーニャもここにいても何の解決にもならないと、カミュについていった。
「ちょっと!どこに目をつけてるのよ!?」
「ったく、うるせえガキだな!てめえがチビなのがいけねえんだろ!?」
外では人だかりができていて、その中心には濃い茶色の覆面を付けた荒くれとベロニカが真正面から口論を起こしていた。
話を聞いていると、どうやら荒くれがベロニカのことに気付かずにぶつかってしまったようで、気の強いベロニカから何かを言われたのか、すっかりヒートアップしている。
「エルバ、こいつは…」
「ああ、ガレムソン。参加者だな…」
グロッタ出身の闘士、ガレムソンはこの仮面武闘会では常連で、これまでの最高成績は2つ前の大会のベスト4だ。
彼は抽選会でもマルティナとロウへの措置に不満を見せていたうえに、パートナーとなった男が丸い眼の上にベロリと長い舌を伸ばしたわけのわからない闘士だったことで、不満を爆発させていた。
そんな不機嫌な状態ではこういうことになっても致し方ないだろう。
「ええっと…」
2人の様子を見て、セーニャはすっかりオロオロしており、これでは何の役にも立たない。
「はあ…これ以上ややこしくするわけにはいかねえな。エルバ」
「ああ」
「ちょっと!どこ見て歩いてるのよ!?」
「ったく、うるせえガキだな!てめえがチビで、そんな着ぐるみを着てるからいけねーんだろ!?」
いらだっていたガレムソンはベロニカの気の強い言動に腹を立て、彼女と着用している猫の着ぐるみに責任を追及する。
だが、ガレムソンが誤解しているのは、目の前にいるのは幼い少女ではなく、そういう見た目の年頃の女性だ。
「ハァ!?何を言ってるの、この筋肉ダルマ!そっちからぶつかってきてるんでしょ!?御免の一つも言えないの!?」
「チッ、口の減らねえガキだな!俺は抽選会が最悪な結果でむしゃくしゃしてるんだよ!」
「いい大人が八つ当たりとは、見苦しいな。ガレムソン」
「ああん!?」
背後からこちらを責める言葉が聞こえ、それが男の声であったことから一発殴ってやろうかと思って振り返るが、その声の主を見た瞬間、振り上げかけた腕を下へおろした。
「チャ、チャンピオン…」
フッと笑みを浮かべるハンフリーはゆっくりとガレムソンの前に立ち。
背丈はガレムソンと同じくらいであるものの、チャンピオンとしての余裕や貫禄、プレッシャーがあるのか、ガレムソンはたじろいでいる。
「抽選の結果が望ましくないからと言って、子供に当たるなんてみっともないぜ。パートナーが誰だろうと、闘士なら戦うのみ…そうだろ?」
「あ…ああ、そうだな。チャンピオンがそういうなら…」
言っているハンフリー自身、かつてはよい相棒がいたのだが、ある事件で彼を失い、それからは相棒をつけることなく、パートナーが誰であろうと戦い続けている。
去年の仮面武闘会でも、ルーキーをパートナーにしたにもかかわらず、優勝している。
有言実行して見せているハンフリーだからこそ、その言葉には説得力がある。
「わ、悪かったな。お嬢ちゃん。それじゃ、俺はこの辺で…」
人に当たらず、酒に当たって明日に供えようと思ったガレムソンは地下街へ向かう。
そして、遅れてエルバら3人がベロニカに駆け寄る。
「お姉さま!」
「大丈夫か?」
セーニャとエルバにベロニカは首を縦に振る。
カミュはベロニカに何ともないことに安心したものの、やはりこういうことがたびたび起こるとハラハラしてしまう。
大人だと言うなら、もう少し落ち着きを見せてほしい。
「よぉ、相棒。その子、あんたの知り合いだったんだな」
「ああ…迷惑をかけたな」
「気にするな。それよりも、何事もなくてよかったな。それじゃあ、子供たちが腹を空かせて待ってるんで、失礼するよ。明日からの試合、絶対に優勝しような!しっかり休んどけよ!」
ハンフリーは地下への階段を下り、その姿を消していく。
周囲に集まっていた人々も、騒ぎが静まったことで安心したのか、住民は家路につき、旅人は酒を求めて地下街へ向かう。
「んじゃあ、チャンピオンの言う通り、しっかり寝るとするか」
「だが…シルビアはどこへ行った?」
「さあ…?」
騒ぎが起こったにもかかわらず、いつまでも姿を見せないシルビアのことが気にかかる。
しかし、最年長である彼だから、門限までには帰ってくるだろうと思い、エルバ達は宿屋へ向かった。
「あのオッサン、様子がおかしいぜ…」
翌朝、宿の食堂でモーニングサービスのサンドイッチを口にしながら、自分だけさっさと食事をとって出ていったシルビアのことを気にしていた。
結局、彼は宿屋の門限ぎりぎりで帰ってきただけでなく、今日はいつもはみんなで一緒に食べるはずの食事を自分だけ先に済ませて出て行ってしまった。
完全に様子がおかしいと思い、尾行しようと考えたが、シルビアは持ち前の身体能力で飛び回り、あっという間に見失ってしまった。
「昨日、シルビアと一緒にいたよな。いつからいなくなった?」
「それが…抽選会が始まったときにはもういなくなっていて…」
トマトスープを口にするセーニャはエルバに昨日のシルビアの様子を説明する。
どこかそわそわしている感じがしたが、それ以外は別に異常はなかった。
「おそらく、町から外には出ていないはず。私たち、探してみますわ」
「頼む」
食べ終わったエルバは予選のために体を動かすため、先に外へ出る。
コロシアムの北には訓練用の広場が出場者用に開放されており、ここが練習条件集合場所として使われる。
なお、チームごとによって仕切られており、それによってチーム同士で本番の動きを知られないようにできている。
「…ハァ!!」
エルバは模擬戦用の木製両手剣を振るう。
今回は退魔の太刀を使うことになるため、若干刀身が細いタイプのものを使っている。
だんだん手の感触がつかめてきたものの、問題は剣とは違う刀の扱いだ。
剣以上に斬る武器としての側面が強いため、いつもの両手剣と同じようには扱えない。
「よぉ、早くに練習とは感心だな」
「ハンフリー…」
練習場に入ってきたハンフリーはそばにあるもう1つの人形と対峙する。
両手には炎の爪を装備し、掬い上げるように人形を斬りつける。
「来たか…」
「全力で戦えるように、準備運動は大事だろう?」
しばらく、人形相手に爪での攻撃や蹴りなどの格闘術を試した後で、持ってきた水筒の水を飲み始める。
集合時間まであと15分。
体を休ませようと、エルバも模擬剣を置くと、日陰に入った。
「ふうう…それにしても、この時期は暑いな。あいつら、ちゃんと水飲んでるだろうか…」
「あいつら…?」
「ああ、俺、教会で暮らしてるんだ。そこで孤児を育ててる。ま…俺も昔はその孤児の1人だったけどな」
「そうか…」
「神父様が死んでから、俺がファイトマネーで教会を維持してる。だから…しっかり結果を出さないと、あいつらが路頭に迷うことになってしまう…」
ぎゅっと拳を握りしめながら、自分に言い聞かせるようにハンフリーはつぶやく。
子供たちの未来は自分の拳にかかっている。
その重圧に耐えながら戦い続けているのだろう。
「おっと…悪いな、ルーキーのお前に重い話を聞かせてしまって」
「いや、俺にも負けられない理由があるからな。あんたも同じで助かった」
エルバも、勇者の真実を突き止める手がかりである虹色の枝を求めている。
それを手に入れるためにも、この仮面武闘会は必ず勝たなければならない。
エルバは胸のお守りを握り、眼を閉じた。
(エマ…真実を見つけて、復讐を果たすまで、前へ進ませてくれ…)
試合開始時刻が近づき、満席の客席からは観客たちの声援が響き渡る。
「あわわ…お姉さま、みなさん、すごい熱気に…」
ダーハルーネのバザーでは楽しくスイーツを食べることができたセーニャだが、そこでの騒がしさとこの客席のそれは似て非ざるものに感じた。
ここでの声援は闘士たちの激しい戦いを求める熱気を宿したもので、セーニャはその熱気に押されてしまっている。
「負けてられないわね!!セーニャ!あいつらが出たら、負けずに応援するわよ!」
売店で買った唐揚げを食べ、木の実ジュースを飲みながらベロニカはエルバ達の登場を待つ。
そして、ステージには昨日と同じ司会の男がやってくる。
「皆様、たいへん長らくお待たせいたしました!これより、仮面武闘会予選第1試合を行います!赤コーナー、ルーキーとチャンピオンのペア、不死鳥は炎を纏い、連覇を狙う…エルディ&ハンフリーペアーー!!」
「来た!!」
「え、ええっと…エルディ様!頑張ってください!!」
「ハンフリー!ハンフリー!!」
「ハンフリー様ーーー!!」
ベロニカとセーニャの声援がハンフリーのファンたちの声でかき消される中、エルバとハンフリーが仮面をつけた状態でステージに上がる。
「第1試合からとは、幸先いいな」
「…」
ハンフリーの言葉に反応せず、エルバは青コーナーにやってくる2人の選手に目を向ける。
「青コーナー!こちらはどちらも仮面武闘会最高記録はベスト4。力と速さでチャンピオンに食らいつく!ガレムソン&ベロリンマンペアーーー!!!」
「ガレムソン…」
昨晩、ベロニカと騒ぎを起こしたガレムソンと赤いパンツをはいた、ガレムソンと同じく筋肉質な体で銀色の長髪、そして口には収まらないほどの長い舌を伸ばした男がそこには立っていた。
「ほぉ、ガレムソンか。昨日の一件と言い、つくづくお前とは縁があるようだ」
「ちっ…いきなりチャンピオンが相手か。俺という奴は今回はどこまでもついてねえぜ…」
ガレムソンの目線は隣の相棒、ベロリンマンに映る。
茶色い2つの丸をくっつけただけの仮面をつけた彼はポケーッとしなながら立っていた。
「おい、作戦分かってるだろうな?チャンピオンは後回し、まずはあのエルディってガキを2人で倒して、その後で集中攻撃だ。チャンピオン1人なら、まだ勝機はある。俺たちのキングスライム級の重量のケツで押しつぶしてやろうぜ」
「ベロッベロッ、ベローーン…。大会に優勝したら、女の子にもてるベロン。だから、頑張るベローン」
(いや、もてねえよ。ていうか、まだあきらめていないのかよ…)
ベロリンマンは生まれてこの方彼女や異性の友人がいない。
そのため、自分のかっこいい姿を見せてもてたいという一心で闘士となり、仮面武闘会に出場している。
彼のスピードは自分も認めているが、もてるかどうかについては全力で否定できる。
丸っこい眼とベロベロと伸ばした長い舌。
どう見ても女性にもてるような顔ではなく、どちらかというと芸人向きだ。
とはいうものの、実力は折り紙付きであるため、ガレムソンは余計なツッコミを入れることはせず、2人で一斉に相手となるエルバとハンフリーに向けて構える。
「さあ…始まるぞ」
「いつでもいい」
エルバとハンフリーも、自分の愛用している武器を構え、ガレムソンとベロリンマンに目を向ける。
「両チーム、気合十分!準備も整っている様子です!それでは…予選第1試合、開始!!」
グロッタの街
過去に、ユグノア王国が建造した巨大浴場を改造したもので、住民は全員屋内に建物や店を置いて生活している。
名物は仮面武闘会で、多くの闘士が年に1度集結し、激しい戦いを見せることからその時期には大勢の観光客が集まり、経済効果も大きい。
ただし、その時期以外に外部から旅人が来ることが少なく、ユグノア王国滅亡によって暫定自治都市となったと同時にその国との経済的なやり取りができなくなっていることから、仮面武闘会とは別の新しい集客のネタが検討されている。