ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第30話 本選開始

「泥棒…!?教会に泥棒なんて、罰当たりですよ!」

翌朝の食堂で、エルバから教会で起こった泥棒騒ぎについて聞いたセーニャは怒りながらデザートのプリンを口に入れる。

僧侶故か信心深い彼女にとって、それは許しがたい所業だ。

「まぁ、ハンフリーと教会のガキどもは無事でよかったじゃねえか」

盗賊であるカミュは盗みについてとやかく言える立場ではない。

そのことを自覚しており、盗みについては突っ込まなかった。

ただ、エルバにはその盗み以上に気になることがあった。

「みんな、これを見てくれ」

エルバは懐から液体が入った瓶を出し、机の上に置く。

それはハンフリーの部屋にあったものだ。

「こいつ、どうしたんだよ?」

「ハンフリーさんの部屋から持ち出したものだ。少し…気になってな」

「気になる…って、どういうこと?」

「彼はこれを水分補給用のドリンクだって言っていた。だが、部屋には同じものがいくつもあった」

「ちょっと、貸していただけませんか?」

セーニャは瓶のふたを取り、その液体をじっと見る。

魔力の反応が瓶と液体の両方から感じられた。

「変ですね。魔力が詰まっていますが、魔法の聖水や魔法の小瓶に使われている物とは違います」

「まぁ、そもそも魔力を詰めること自体疑問よね。ハンフリーさんは武闘家で、呪文なんて使わないし」

「まさか…ドーピングか?」

「ドーピング検査は試合直前にされているぞ。俺もハンフリーさんから異常が出ていないのは見ているが…」

仮面武闘会では僧侶と薬草医によるドーピング検査が試合開始前に行われる。

血液から検査し、その中にある魔力の反応でチェックをし、仮に反応があった場合は薬草医がその原因となっている薬物を特定する形になっている。

エルバもハンフリーと一緒に検査を受けていて、彼に異常がないことは確認している。

異常が見られない以上はとやかく言うわけにはいかないうえ、彼はエルバの今回のパートナーでもある。

「…はぁ、エルバ。ハンフリーから目を離すなよ。今できることはそれくらいだ」

「ちょっとカミュ!ハン…」

「お姉さま、お静かに…!」

セーニャに口をふさがれ、モゴモゴ言うベロニカ。

食堂には自分たち以外にも闘士や観客がいて、こんなことをほかの誰かに聞かれたら騒動が起こるかもしれない。

それで武闘会が中止になると、虹色の枝を得られなくなる。

それに、エルバ達はそのドリンクをハンフリーが飲んでいるのを見ていないため、この液体と瓶だけで証拠にするのも難しく、そもそもこの液体がドーピングのためのものなのかもわからない。

「セーニャ、こいつの魔力の正体は分かるか?」

「いえ…。見たことがない魔力で、ラムダの里で学んだものの中にもありません」

「そうか…」

「となると、人間のものではないのは確かね。とにかく、私たちはもう少し見ておくわ」

「頼む」

エルバ達の視線が彼がおいた瓶に向けられる。

その瓶の中の液体は水のように透明だったが、今の彼らの眼には少し濁って見えた。

 

闘技場では決勝トーナメントの日だからか、予選以上に観客が集まっていて、観客相手に飲み物や食べ物を商売する商人たちは注文をさばききれずにいた。

司会の男は今年も大成功の予感を感じながらも、咳払いと共に気を引き締める。

「さあ、始まりました!決勝トーナメント!栄えある最初の試合は…赤コーナー!余裕な予選通過を果たし、ここからもチャンピオンの貫禄を見せつけるのか!?ハンフリー・エルディペア!!」

ハンフリーの入場と共に、客席がハンフリーコールに包まれていく。

エルバは客席に目を向けるが、その中にはやはり、セーニャやベロニカらの姿はなかった。

「続けて、青コーナー!グロッタが誇るお色気美人コンビ!ビビアン・サイデリアペアー!!」

薄いピンクのバニースーツと白いうさ耳バンドをつけた、ブロンドの乱れたロングヘアーの女性と赤がかったピンクのビキニアーマーをつけた茶髪の女性が入場し、男性陣を中心に歓声が上がる。

「ビビアンちゃーーん!!」

「サイデリア、今日もきれいだよー!!」

「はーい、みなさん!ビビアンでーす♡」

「サイデリアでーす♡」

2人は観客に手を振ると、胸元をやや強調させたアイドルポーズを見せ、悩殺された観客のテンションがさらに上がっていく。

だが、対戦することにあるエルバとハンフリーは表情を変える様子はない。

「うおおおおーーーーー!!」

「いいぞー!!ビビアンちゃん、サイデリアちゃん!!」

「おお、お色気美人コンビの登場に会場は大きく盛り上がっております!私のテンションも最高潮です!!ですが、両雄並び立たず!果たして、勝つのはどちらか!」

「見た目に騙されるなよ、エルディ。彼女たちは決勝トーナメントではベスト4まで勝ち上がったことのある猛者だ」

「ああ…油断するつもりはない」

今朝の練習中、ハンフリーは決勝トーナメントに進出した相手の中で知っている限りの相手の話をエルバに話した。

ビビアンは回復呪文とギラ、メラミを使う魔法使いで、サイデリアは剣術の使い手。

互いに不足しているところを補い合うことができ、特に呪文を使えるビビアンは武器や拳で戦う相手の多い仮面武闘会では貴重だ。

「それでは、1回戦…開始!!」

「メラミ!!」

いきなりステッキを手にしたビビアンがあいさつ代わりにハンフリーに向けてメラミを放つ。

熱々の火球が一直線に飛んでいく。

「なかなかの温度だが!!」

ハンフリーは炎の爪に精神を集中させ、炎をイメージする。

メラミレベルの火球が発射され、メラミと相殺する。

だが、2つの火球が消えると同時にサーベルを手にしたサイデリアが飛び込み、ハンフリーを切りつけようとする。

「メラミを隠れ蓑にしたか!?」

炎の爪でサーベルを受け止めるハンフリーだが、少し疲れを見せていた。

炎の爪はメラミレベルの火球を発射できるものの、装備している人物の精神力を消耗させる。

しかし、エルバはメラミと相殺させることのできる呪文を覚えていないため、やむを得なかった。

「あらあら、チャンピオンがお疲れね。だったら…!」

「よそ見をするな」

退魔の太刀を手にしたエルバが再びメラミを唱えようとしたビビアンに切りかかる。

「あ、まずい!!」

メラミを中断させたビビアンが急いで後ろへ跳躍し、退魔の太刀は空を切る。

「浅いか…」

「おい、何やってんだよあの闘士!!」

「よくも俺たちのビビアンを!!」

「な…!?」

急に男性を中心とした観客がエルバにブーイングを始める。

自分たちのアイドルであるビビアンを攻撃しようとしたエルバが許せないのだろう。

それだけ、この2人に人気があるのかもしれないが、ただルールを守って戦っているだけのエルバには納得がいかない。

(なんだ…?この針の筵は)

だが、あくまでも目的は優勝して虹色の枝を手に入れること。

観客の反応を無視するよう心がけると、エルバは再びビビアンに目を向ける。

「観客の皆さんが応援してくれるなら、ちょっとした手品を見せてあげないと!」

ニコニコ笑うビビアンは左手をエルバに向ける。

微笑むビビアンとは裏腹に、何か空気がピリッと張り詰めたように感じたエルバは接近を断念し、ビビアンにギラを放つ。

「突っ込んでこないのは正解だけど…!!メラゾストーム!!」

ビビアンの手から4つのメラミが同時に発射され、エルバを襲う。

「メラミの連続発射…!?」

飛んでくる火球の1つが足元に命中し、爆発を起こす。

爆発でエルバは吹き飛ばされ、転倒するとともに爆発した地点にはクレーターができていた。

アイドルのような容姿のビビアンが放ったものとは思えないほどの威力にエルバに冷や汗をかく。

だが、息をつく暇もなく残り3発の火球がエルバに迫る。

「く…!」

エルバは両足に力を籠め、ゆっくりと呼吸する。

火球が迫る中、エルバは跳躍する。

「ジャンプしたわね。だったら、もうただの的ね!」

メラゾストームは想像以上にMPを消耗するためか、びっしょりと汗をかいている。

しかし、それでもまだメラミを数発放つだけのMPは残っている。

わざわざメラゾストームをもう1度発動しなくても倒せると踏んだ彼女は着地しようとするエルバにメラミを放つ。

(いまだ…!)

着地するギリギリのところでフワリとエルバの体が再び飛び、メラミはエルバがいた場所を通過する。

「ええ!!?」

「まだスピードは遅いが…できたぞ!」

ベロニカから学んだトベルーラが徐々に形になるのを実感しながら、エルバはステージの外周ギリギリのところを飛行する。

「なんと、エルディ選手!飛んでいる!呪文を使っているのでしょうか、飛んでいます!!種も仕掛けもありません!」

「そんな隠し玉があるなんて…だからと言ってぇ!!」

飛び道具を持たないビビアンはもう1度メラミを唱えようとするが、その前に剥ぎ取りナイフが飛んできて、持っているスティックに命中する。

衝撃で握力が弱まり、スティックを手放してしまう。

杖やスティックは魔力増幅だけでなく、武器として相手を叩くことでその相手のMPを吸収する役割もある。

それらを何らかの理由で手放してしまうとその分、呪文の威力が減退してしまうことになり、賢者や大魔導士クラスならまだしも、一般の僧侶や魔法使いにとっては致命的だ。

「隙が見えた!」

エルバはトベルーラを解除し、そのまま重力に従ってビビアンに向けて落下していく。

飛んだと思ったら今度は急に落ちてきたエルバに動揺するビビアンに回避する時間はなかった。

そのままステージ上で組み伏せられ、右手が胸部に向けられる。

これが実戦だったら、このまま右手から放つギラで撃ち抜かれている。

「こ…降参よ…サイデリア、ごめんなさい…」

「ここでビビアン選手が降伏!エルディ選手、飛ぶ呪文でまさかの一勝だーーー!!」

「く…ビビアンがやられるなんて!?」

サーベルと炎の爪がぶつかり合う中、サイデリアが今大会の異常さを感じていた。

エルバとマルティナは仮面武闘会では新人であるにもかかわらず、ハンフリーに認められ、自分たちでも手加減して勝てる相手でないと思える存在だ。

目の前にチャンピオン、そしてここからは彼とエルバの2人を同時に相手しなければならない。

焦るサイデリアは再びサーベルを振るう。

「甘い!!」

剣筋を見切ったハンフリーは爪の刃と刃の間でサーベルの刀身を受け止め、腕を45度回転させる。

サーベルをからめとられる形となり、そのままサイデリアの手から離れていく。

武器を失ったサイデリアはなおも勝機をつかもうと、今度は慣れない拳でハンフリーに殴りかかろうとするが、直線的な拳の動きはお見通しで、あっさりとつかまれてしまった。

「あきらめない不屈の心は買うが、相棒がまだいる。これはもう、決着じゃないか?」

「く…!」

サイデリアも何度も仮面武闘会に参加している闘士で、その言葉の意味が分からないほど馬鹿ではない。

背後にいるエルバの気配を感じており、腕をつかまれている今ではもう逃げようがない。

やろうと思えば、そのまま背後から一刺しでとどめを刺されることになる。

悔しそうに唇をかみしめながら、サイデリアは力を抜いた。

「ここで、サイデリア選手も降参!!勝負ありだーーー!!」

ハンフリー、エルバペアの勝利が決まり、例のごとくハンフリーコールが闘技場を包み込んでいく。

ハンフリーがそれにこたえるように手を振る中、エルバは一足先にステージを後にした。

 

「お疲れさん。ほら、飯を持ってきたぜ」

「悪いな」

1回戦が進む中、闘技場の入り口でカミュから昼ご飯のサンドイッチの入った包みを受け取る。

干し肉と葉物野菜を挟んだだけのシンプルなものだが、これからも試合のあるエルバにとっては貴重な栄養源で、その場で包みを開けると一気に食べ始める。

「お前…意外とがっつり食うんだな」

「食える時に食う、それだけだ。それで、例の物は?」

「ああ…あれな。まだ正体は分からねえな…。だが、1つだけわかったことがある」

カミュの言葉にエルバの食べる手と口が止まる。

周囲に聞かれるわけにはいかないため、周囲を見渡して安全を確認した後でカミュはエルバに耳打ちする。

「瓶に入っているとはいえ、長い時間そのままにしてりゃあ中の魔力は劣化する。その劣化の動きから判断したら、どうやらあのドリンク、この街の中で作ってる可能性が高いぜ」

「町の中か…」

少なくとも、外で作ったわけではないことは分かったが、問題はそのドリンクを作る場所だ。

あの教会には保管している場所はあっても、そのドリンクを作る環境はなかった。

「あんなものを扱っている店もねえ。自作するにしても、材料も設備もどこで用意してるか…」

「そうか…」

「ったく、なんで俺がこんな伝言係をしないといけねーんだ。確かに、予選落ちしちまったけどよ…」

こんな雑用を押し付けたベロニカに文句を言うカミュを放っておいて、エルバはサンドイッチを手に控え室へ戻っていった。

 

「よぉ、いいもの持ってるじゃないか」

控え室に戻ってきたエルバをハンフリーがいつも通りの笑みを浮かべて迎え入れる。

彼の手には近くの店で買ったものと思われるバゲットが握られており、そばには水と例の瓶が置かれていた。

一瞬、その瓶を見たエルバは表情を険しく仕掛けたものの、今は何を言ってもはぐらかされるだけだろうと思い、いつもの無表情に戻って隣に座る。

ハンフリーはそばに置いてあるもう1つの水の入ったコップをエルバのそばに置いた。

「…パンだけだと、もたないだろう?」

「そうだが、教会のためにほとんど金を使ってるからな。切り詰めることができるところはそうしないと…んん!!」

のどに詰まりそうになったバゲットを水で胃の中に流し込む。

その間、エルバは例の瓶をもう1度見た。

今朝、セーニャとベロニカに見せて、その効果が何かを突き止めるために自分が飲むことを提案されたが、体への悪影響を危惧した2人に止められた。

「ハンフリー、そのドリンク…俺にも半分くれないか?」

「んん…!?」

エルバからの提案にびっくりしたハンフリーはいつもの笑みを忘れ、わずかに目を開いてエルバを見る。

おそらく、そのような提案をされたのは初めてのことのようで、今のハンフリーの表情から、そのドリンクに何かあるかもしれないことが感じ取れた。

「ゲン担ぎだ。仮面武闘会優勝を目指して…でな」

「あ、ああ…そういうことなら…」

どこか釈然としない口調で合意したハンフリーは瓶を手にする。

しばらく握った後で、ちょうどエルバが受け取ってから一度も口にしていないコップを受け取る。

そして、2つのコップに瓶の中の液体を半分ずつ入れる。

中の水は普通の水と透明度も色も変わらないようで、コップの水は量が増えた以外に目立った変化を見せない。

ハンフリーからコップを受け取ったエルバはじっとその得体のしれない水が入った飲み物を見る。

ばれることがないのはハンフリー自身が証明しているとはいえ、これはエルバにとっては賭けだった。

「じゃあ、優勝と教会の子供たちの未来を願って…」

「ああ…乾杯だ」

コップを一度ぶつけ合い、2人は一斉にその水を飲む。

味は普通の水と変わりないものの、謎の液体の正体がわからないエルバは表情を変えないが、どこか飲むことを躊躇する自分が見えた。

だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もあるとそんな自分を無理やり納得させて飲み込んでいく。

「ふうう…これで、次の試合は勝ったも同然だな」

空っぽになった2つのコップを見たハンフリーは再びいつも通りの笑顔に戻る。

無表情のままエルバも首を縦に振るが、内心はその水が与える自分への影響を危惧していた。

 

「さあ、ベスト4が決まりました!ここから大会も大詰め!準決勝の幕が上がります!!」

闘士たちの昼ご飯休憩が終わり、客席では食事をとりながら次の試合をいつでもみられるよう準備していた観客たちが司会の言葉に反応して立ち上がる。

「さあ、第1試合…!赤コーナー、優勝候補の筆頭の登場です!!ハンフリー・エルディペアー!!」

「うおおおお!!」

「やっぱり第1試合はチャンピオンの試合じゃなきゃ始まらないぜ!!」

「あのサラサラヘアーの若いやつもすごいな。こりゃあ、優勝間違いなしだ!」

エルバとハンフリーが入場し、客席のハンフリーファンたちは楽勝ムードに包まれていく。

そんな中でもハンフリーはチャンピオンらしく、油断する様子を見せず、ただじっと相手が現れるのを待っていた。

「青コーナー!これまた異色のコンビ!まさかここまで勝ち進むとはだれも思っていなかったでしょう!レディ・マッシブ・マスク・ザ・ハンサムペアーー!!」

対戦相手を宣言した司会は青コーナーの門が開くのを見るが、そこにいるはずの2人の姿が見えない。

ちゃんと次の試合のことを連絡係が伝え、そのことの報告を受けている司会は首を傾げ、いつまでたっても現れないマスクペアに客席は静まり返る。

「おーっほっほ!アタシはここよ!!」

真上から見知った男の声がエルバの耳に届き、ハンフリーと司会と共にそこに目を向ける。

闘技場には交差する剣をモチーフとした巨大な飾りがステージの戦う相手チーム同士の間を切り裂くように置かれており、その剣先は3階建ての建物と同じくらいの高さにある。

そこから白と黒のスーツと赤いシャツを重ね着したピエロのような服装で、後ろにはねている黒いオールバックの男が金色の紳士のような整っている短髪で水色と白をベースとした若い貴族のような服装をした、線の細い男性と共に飛び降り、2人の目の前に着地する。

そして、ピエロの男は見たことのあるレイピアを、貴族の男は2本の刃のブーメランを手にして構える。

エルバの眼はまるで王の冠のような形をした仮面をしたピエロの男に向けられていた。

「ハァーイ、エルディちゃん。やっぱり勝ち進むと思っていたわよ」

「はぁ…」

想像していたとはいえ、彼がいたことにエルバはため息をつく。

できれば、彼とはこういう形でやりあいたくなかった。

別に同士討ちになるからというわけではなく、彼のペースに合わせると疲れるからだ。

そして、ピエロの男はレイピアをしまうと、その場でくるくると回りながらエルバに迫り、ズイッと彼に指をさす。

「今こそ、このシル…じゃなかった、このレディ・マッシブと勝負しようじゃない!」

「やはり、あんたか。シル…」

「オーッホッホッホ!!楽しみだわー!」

エルバの発言を遮るようにシルビ…いや、レディ・マッシブは高笑いを見せる。

「なんだ、エルディ。彼は君の知り合いなのか?」

「…いや、初対面だ」

「そう!彼の言う通り!!まったくもって知り合いではないわ!だって、アタシの名はレディ・マッシブ!!そして…!」

再びクルクルとその場で回りはじめたレディ・マッシブに対し、貴族の男は2つのブーメランを左右に投げる。

そして、レディ・マッシブの手を取り、その場でデュエットダンスをし、戻ってくるブーメランを2人で1つずつつかむ。

そして、今度は同時に上空へ向けて投げた後でその男はレディ・マッシブの肩を借りて大きく跳躍する。

2つの戻ってくるブーメランを手にし、頂点で3回転したあとで着地した。

「彼がアタシのパートナー、マスク・ザ・ハンサムよ!!」

「やれやれ…にぎやかな奴らだな…」

今まで戦ったことのない、まるでショーを見せているかのような相手に思わずハンフリーはため息をつく。

純粋に拳をぶつけ合う正統派なハンフリーにはここまで芸を見せるこのペアがよくわからない様子だ。

別にそれが悪いとは思っておらず、むしろこれから闘士の時代を持続させていくためにこうした異色のタイプがどんどん生まれることを望んでいる。

ただ、どういった反応を見せればいいのかわからないだけだ。

「ともかく!やるからには真剣勝負!エルディちゃん、アタシの本気を見せてあげるわ!」

(…初対面の男に言う言葉か?)

「どうやら、彼は俺よりもエルディ、お前狙いみたいだ。気合入れろよ!」

「ああ…」

退魔の太刀を抜いたエルバはじっとレディ・マッシブを見る。

同時に、口に入れたあの水の影響の有無も集中しながら感じ取っていた。

(今のところ、水の影響はない…。だが、半分とはいえ飲んでしまったのは確かだ。その効果が出る前に蹴りをつける)

「それでは、準決勝第1試合…開始!!」

「さあ、いくわよーーー!!」

レディ・マッシブがレイピアを構え、エルバに接近する。

「来るか…!」

「あら。こうして向かって来たら受け止めようとする…1対1なら、正解よ。けど…!」

レディ・マッシブは大きく上へ跳躍してエルバを飛び越える。

同時に正面から2本のブーメランが飛んできてエルバに腕をかすめた。

「く…!」

レディ・マッシブが正面にいたせいでマスク・ザ・ハンサムの動きを見ることができなかった。

彼はそのままハンフリーに迫り、炎の爪とレイピアがぶつかり合う。

「あのままエルディを襲うと思ったが、こうしてくるとは意外だったな」

「あら。アタシの目的はあのエルディちゃんと白黒はっきりつけること。で・も…邪魔されるわけにもいかないのよ!」

チャンピオンであるハンフリーと力比べしても勝てないことが分かっているレディ・マッシブは至近距離から彼に向けてボミオスを唱える。

「しまっ…!」

「そして、おまけよ!」

更に自らにピオリムを唱えたことで、ハンフリーとレディ・マッシブの動きのスピードに差が生じ始める。

武闘家は鎧や両手剣などの重量のある装備を排除した代わりに素早いパワーのある一撃をぶつけることで真価を発揮する。

しかし、そのうちの素早さをボミオスで封じられると、守りの弱さを露呈することになる。

おまけに自分よりもさらに素早い相手となると分が悪い。

「チャンピオンは搦め手よ!!」

茨の鞭を手にしたレディ・マッシブは距離を取り、ハンフリーに連続で撃ちこむ。

動きが遅くなったハンフリーは素早く、鋭い鞭の連続攻撃を両腕で受け止め続ける。

ピオリムもボミオスも、どちらもいつまでも持続する呪文ではない以上、必ずどこかで効力が切れる。

ハンフリーは守りを固めることでこの状況をしのぐ道を選んだ。

「さあ、1対1の状況ができるまで、僕の相手をしてもらうよ!」

「ちっ…!」

2本のブーメランを器用に投げてくるマスク・ザ・ハンサムを前に両手剣は生かし切れず、やむなくエルバは腰にさしてあるボウガンを手にし、彼に向けて発射する。

この後でレディ・マッシブと戦うことになる可能性を考えると、ここでMPを消耗したくなかった。

しかし、マスク・ザ・ハンサムは戻ってきたブーメランをナイフ替わりにして飛んでくるボルトを受け止めた。

(くそ…相性が悪い…)

ビビアンの時は相手が呪文を使い、MPという限界があったためにどうにかなったところがある。

しかし、マスク・ザ・ハンサムの場合はブーメランが獲物で、体力がある限りはいくらでも投げることができる。

2本同時に投げるのではなく、常に手元に1本残るように、そしてもう1本は飛び続けるように考えて投げてくるため、常に飛んでいるブーメランに対して意識しながら戦わなければならない。

(だが…接近さえできれば!!)

接近できれば、このまま退魔の太刀で一撃を与えることができる。

それが決まれば、彼を倒せる。

エルバもハンフリーも、今は粘ることしかできなかった。

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