ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第34話 アラクラトロ

「カミュ様!!」

「セーニャ、行っちゃダメ!!」

再び飛んでくる棘のうち、自分たちに飛んでくる棘をベロニカはメラミで焼き尽くして灰にする。

倒れるカミュがピクリとも動かず、容体が気になるのは分かるものの、今は自分たちの身を護るだけで精一杯だ。

「はああああ!!」

エルバは退魔の太刀を手にし、アラクラトロの横っ腹に刃を突き立てる。

斬られた箇所からは紫色の血がドクドクと放出され、エルバの体を濡らす。

(これは…?)

血で濡れるエルバはアラクラトロの腹のあたりにおかしな箇所があることに気付いた。

そこには何かの模様があり、それが一瞬光っていた。

「そんなチンケな一撃で、このアラクラトロを倒せると思ったかぁ!!」

アラクラトロが後ろ脚をエルバに向けて突き刺そうとする。

その足先は槍のように鋭く、サークレットを貫かれる可能性があるため、エルバは剣を抜いて離れようとする。

だが、アラクラトロに刺さっている退魔の太刀はなぜか抜くことができない。

しかも、深くできたはずのアラクラトロの傷がみるみると回復していっている。

「ちぃ…!」

退魔の太刀を手放したエルバは腹の表面をかすめつつもその足の攻撃を回避するが、背中から転倒してしまう。

「…死ね」

冷たくつぶやくとともに再生した棘がエルバに向けて発射される。

だが、シルビアがエルバを抱えて大きく跳躍し、更にはセーニャが唱えたバギで軌道が変化したことによって事なきを得る。

「奴はすさまじい回復力を持っている。深手を負わせても痛みを感じないうえにすぐに回復するぞ」

「回復力の源は…捕まった闘士たちね」

「腹には変な模様があった。おそらくは…」

「うむ、おそらくは魔法陣じゃ。それをどうにかしなければ、鼬ごっこのままじゃ」

だが、問題はどうやって腹の魔法陣を破壊、もしくは消すかだ。

当然、アラクラトロはそこを狙われる可能性があることは分かっている。

「誰かが魔法陣を破壊しに行って、他のみんなでおとりになる必要があるわ」

「ここは私が動くわ。みんなはひきつけて!」

岩陰に隠れたベロニカはアラクラトロの視界に入っていないころ合いでトベルーラを唱える。

セーニャはカミュの回復へ向かい、残るエルバ達3人が正面からアラクラトロと対峙する。

「うん…?チビの姿が見えないが」

「さあな。お前の相手は俺たちだけで十分だ」

「フッ、そんな余裕があるとは思えんなぁ。今の俺は闘士たちの力を吸収してパワーアップしている。グレイグに通用するか、貴様らで実験だ!」

再生したばかりの棘を再び発射し始める。

しかも、針が破裂すると同時に中に隠されていた十数本の棘がばらまかれる。

「エルバ!!」

「ああ…!!」

エルバとベロニカが同時にベギラマを唱え、棘を焼き尽くしていく。

だが、いかんせん棘の数が増えたためにすべて焼くことができず、閃光を逃れたトゲがエルバ達に刺さる。

「くそ…現在進行形で強化されているのか!?」

サークレットに刺さっただけで、肌には紙一重の差で当たっていないおかげか、エルバの体に影響はない。

だが、問題なのはエルバ程の重装備でないシルビア達だ。

「う…やってくれるわね…!」

左腕に刺さった棘を抜くシルビアは脱力感に襲われ、片膝をつきながらアラクラトロを見る。

先ほど放った酸性の毒とは異なるものだ。

おそらく、この毒は捕まっている闘士たちにも仕込まれている。

「安心しろ、この毒は力を奪うだけ。死にはしない。貴様らも可能な限り、このアラクラトロ様の力にしたいからなぁ!」

「く…(まだか、ベロニカ!?)」

 

「う、うう…」

「カミュ様、大丈夫ですか…??」

目覚めたばかりで、焦点が定まらずにいるカミュだが、ぼやけたシルエットと声で、今近くにいるのが誰なのかは分かった。

「セーニャ…?」

「良かったです…カミュ様…」

頭を強く打っていたため、もしかしたら脳が損傷して目覚めなくなるかもしれないと思っていた。

だが、氷に接触したときは体全体に当たったおかげで、ダメージが体全体に分散される形になり、脳へのダメージはなかった。

そのため、セーニャのベホイミで回復可能だった。

「悪い…ドジ踏んじまって…セーニャ?」

ようやく焦点が定まり、視界が元に戻ったカミュはセーニャの腕や背中に紫色の棘が何本も刺さっているのが見えた。

出血で踊り子の服が赤く染まり、毒のせいでセーニャは立ち上がれなくなっていた。

それに対して、これまで気絶していたカミュの体には棘が一本も刺さっていない。

「セーニャ、お前…まさか…」

「あの時の…お返しですよ…」

ダーハルーネで、ホメロスに追われたときのことを思い出す。

その時、カミュはセーニャとエルバをかばってホメロスの攻撃を受けた。

そのおかげでエルバ達は逃げ延びることができたが、カミュは一時囚われの身となった。

「悪い…」

「謝らないでください…これくらいの傷と毒なら、ベホイミとキアリーで…はあはあ…」

「待ってろ…すぐ、抜いてやる…!」

だんだん体に感覚が戻ってきたカミュは立ち上がる。

今は棘を発射しておらず、近くで毒に苦しんでいるエルバとシルビア、そして彼らを回復させようとするロウに対応しており、こちらに注意が向いていない。

カミュはセーニャの体に刺さっている棘を1本1本抜いていく。

(くそったれ…!)

セーニャに傷を負わせる原因となった自分と彼女を傷つけたアラクラトロに怒りを覚える。

その間にも再びアラクラトロの棘が再生する。

「シュルルル…しっかり弱らせてから捕まえ…」

「誰を捕まえるの?もしかして、天才魔法使いのベロニカ様を?」

「何…?ギャ!!」

急に真下から飛んでくる火球が炸裂し、アラクラトロの巨体が多き吹き飛ぶ。

真下には泥だらけなうえに擦り傷をたくさん作ったベロニカの姿があった。

「げえ…!?ま、魔法陣が…!!」

炎で腹部が黒焦げになり、魔法陣も消えてしまう。

これで、アラクラトロの再生能力は失われた。

「まったく、レディに穴掘りさせるなんて。こういうのはカミュの仕事なのに!」

ベロニカは威力を絞ったイオで穴を掘ってアラクラトロの腹部まで向かっていた。

威力を絞り、かつピンポイントにさく裂させなければならない都合上、ここまでたどり着いて、アラクラトロにメラミを命中させた段階では、既にベロニカはくたくたに疲れていた。

「ちくしょう…ちくしょう!!よくも16年の苦労をぉ!!」

「貴様の言い分を聞いとる暇はない!!」

キアリーで毒の治療を済ませたロウがヒャダルコを唱え、アラクラトロの体を徐々に氷漬けしていく。

動きが鈍くなっていくアラクラトロからエルバは退魔の太刀を引き抜き、トベルーラでその魔物の頭上へ跳躍する。

「終わりだ…」

落下すると同時にアラクラトロの頭部に刃を突き立てる。

脳を貫かれたアラクラトロは一瞬目を大きく開き、眼から濃い紫色の血を流しはじめる。

それが致命傷となったようで、アラクラトロは何もしゃべることなく巨体を横たわらせた。

「はあ、はあ、はあ…」

「セーニャ!!」

アラクラトロを倒したのを確認したベロニカは急いでセーニャの元へ駆け寄る。

ロウがキアリーでセーニャの毒を除去して、とげが刺さっていた箇所には上薬草が貼られている。

「ベロニカ、済まねえ…。俺をかばって…」

「…仕方、ないわよ。旅をしている以上、こんなことになる可能性があるくらい、分かってる…」

カミュに背を向け、ベロニカはつぶやく。

今カミュの顔を見てしまったら、怒りのあまりビンタするかひどいことを言ってしまうかもしれない。

アラクラトロのせいで、彼を責めるのはお門違いなのは分かっているベロニカは両手にギュッと力を込めて怒りを飲み込んでいた。

「心配するな。毒は完全に除去できた。あとは一晩ぐっすり休めば、問題はない」

セーニャの治療を終えたロウは天井を見渡す。

闘士たちを閉じ込めていた繭はすべて除去されていた。

「ロウ様、闘士たちの救出に成功しました。ですが、おそらくは…」

「うむ。まずは安全な場所まで行ってからじゃな。数が多い」

高齢なのは自覚しているが、まだまだボケてはいない。

この部屋に入った際にあった繭の数は20以上。

そのすべてに闘士1人1人が入っていたら、全員の治療に時間がかかる。

ここは自分1人でやるよりも、回復したセーニャや町の医者の協力を得たほうがいい。

「済まぬが、彼らを運び出す。最後まで手を貸してもらうぞ」

「ちっ…しゃあねえな」

今は完全回復した自分が動かないと話にならない。

カミュはさっそく気を失っているガレムゾンを運び始める。

シルビアとエルバもマルティナと共に闘士たちを運び始めた。

 

「んん、ん…」

「おう…眼、覚めたかよ?」

「カミュ様、お姉様…」

ゆっくりと目を開き、自分が寝ているベッドの両サイドにいるカミュとベロニカを見る。

どうして自分がベッドの中にいるのか、一瞬分からなかったセーニャだが、すぐにアラクラトロとの戦いのことを思い出す。

「まったく、あんたがグズなくせに無茶なことをして!!心配したんだから…」

「ごめんなさい、お姉様…。戦いは…?」

「大丈夫、アラクラトロは倒したわ。助けた闘士たちは町の病院で休んでいるわ」

ロウと医者の尽力によって、闘士たちの治療がほぼ完了していた。

何人かはすでに目覚めているが、彼らは行方不明になってから今までのことを何も覚えていなかった。

なお、ハンフリーは念のために彼らとは別の病室で休ませることになったという。

あの中で何が起こったのか、それはまだ子供たちには話していない。

「目を覚ましたか…?」

ノックもせずに入ってきたエルバがセーニャに声をかけてくる。

「エルバ様、はい…すっかり大丈夫です。それより、どうしました?あんまり顔色よくありませんよ?」

今のエルバは若干顔を青くしており、髪もしつこい寝癖がついている。

あんまり健康的で清潔とは言えず、どうしてのか気になってしまう。

「…なんでもない。少し、髪を直してくる」

もうこの部屋で確認すべきことはないと考えたエルバはすぐにドアを閉めて1階の洗面所へ行ってしまった。

「あいつ、いったいどうしたんだよ?」

「セーニャちゃん、元気になったみたいね!よかったわー!!」

今度は急にシルビアが入ってきて、両腕を大きく広げてセーニャの回復を喜ぶ。

シルビアを見たカミュは何かを察したように頭を抱える。

(ああ、あいつも俺と同じ目に…)

シルビア号の船室で寝ていたときのことを思い出す。

真夜中にシルビアが見張りの当番を伝えるためにカミュを起こしに来てくれた。

その時、耳元に優しげな声が聞こえ、眼を開けると目を閉じ、キス寸前のところまで顔を近づけたシルビアの姿があった。

あまりのことで悲鳴を上げてしまい、ベッドから転げ落ちることになってしまった。

おそらく、エルバもそれと同じ目に遭ってしまったのだろう。

少し前に物音が聞こえたため、ベッドから落ちたのは確かかもしれない。

今日が表彰式になるというのに、これでは目覚めが悪い。

(あいつ、少しは丸くなったか…?)

 

昼になり、闘技場の客席はもうすでに試合が終わったにもかかわらず熱気に包まれている。

客席には回復したセーニャを含めたエルバの仲間たちがいる。

なお、救出された闘士たちについては大事をとるということで病院で休んでいる。

「あの2人…どこへ行ったのかしら…?」

シルビアは客席を見渡し、ロウとマルティナの姿を探すが見つけることができない。

ここへ行く前にカミュと病院に行ったが、医者曰く、患者たちの治療を終えた後でいつの間にか姿を消してしまったとのことだ。

2人にはいろいろ気になることがあり、話したいこともあったが、いなくなってしまった以上はどうしようもなかった。

リングには司会が入り、咳払いした後でしゃべり始める。

「大いに盛り上がった今年の仮面武闘会もいよいよ終わりの時を迎えました!それでは、改めて表彰式を行いたいと思います!ハンフリー・エルディチームは前へ!」

リングに仮面をつけたエルバとハンフリーが上がってくる。

「体は大丈夫か…?」

隣を歩くエルバはこっそりとハンフリーに声をかける。

彼が意識を取り戻したのはつい2時間くらい前で、あの発作がまた来ないとは限らない。

「問題ない。医者からも許しはもらっている。それに…けじめをつけないと、いけないからな…」

場合によってはハンフリーに欠席させるか、表彰式そのものを辞退させてもらうかを考えたが、ハンフリーの強い要望で表彰式が行われる形になった。

急な決定であるにもかかわらず、準備はトントン拍子で進み、観客たちも集まってくれている。

「けじめ…か。あんたはチャンピオンだ。最後までチャンピオンらしくさせてやる」

「ああ、楽しみにしているよ」

彼が本気にならなければ、今ここへ来る意味がない。

そして、これまでの決着をつけることができない。

リングに2人が上がったのを確認すると、視界は両腕を広げる。

「さあ、お2人に優勝賞品を…」

「ちょっと待ってくれ!」

急にハンフリーが声をあげ、歓声に包まれていたはずの客席が一気に静まり返っていく。

盛り上がりに水を差すようなことになってしまったことを申し訳なく思ったが、それでもやらなければならないことがある。

「先日は俺のせいでせっかくの表彰式を台無しにしてしまって申し訳なかった。今もいい熱気だが、決勝戦の時ほどじゃない。そこで、どうだろう?一緒に戦ってくれたエルディとエキシビションマッチをしたい。どちらが上か、白黒はっきりつけるんだ」

我ながら、妙な口実を考えてしまうと内心自嘲する。

でも、全員を納得させる理由を考えるとしたら、やはりこれしか考えられない。

しばらくざわつく客席だが、次第に先ほど以上の歓声が響き渡る。

「なんと、チャンピオンからのエキシビションマッチの提案だ!盛り上がってます!!さすがはチャンピオン!!」

「これで、後には引けなくなったな…」

「ああ…手加減はしないぞ」

2人はリングの両サイドへ移動し、互いに武器を構える。

目を閉じ、歓声を聞くハンフリーはどこか自分が今まで以上に冷静になっているように感じられた。

そして、きっとこれが人生最後の試合になるかもしれないという感じもしていた。

医者の代わりに体を調べたロウの言葉を思い出す。

(一度、マルファス漬けになった場合、依存症から抜け出すのは難しい。あの胸を締め付ける痛みを長い間耐えなければならん。もう1度闘士として戦えるようになる日が来るかは儂にも何とも言えんな…)

そんなことは自分の体であるため、言われなくても分かっていることだ。

このまま体調を崩したという理由でチャンピオンの座を返上するとしたら、あまり波風は立たないかもしれない。

だが、それでは自分の中に後味の悪いものを残してしまう。

深呼吸をしたハンフリーはじっと目の前のエルバに目を向ける。

「行くぞ!エルディ、手加減は不要だ!」

「…いくぞ」

2人はほぼ同時に踏み出して、真正面から刃と爪をぶつけ合った。


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