ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第36話 ユグノア

「…16年。ここにも魔物が住み着くようになっておったとは…」

廃墟と化した城下町の外にあるベンチに座りながら、ロウはそのそばにある広場に転がるドラゴンの死体を見る。

このドラゴンはロウがここに来たときにいた魔物で、マルティナと共に撃破した。

ドラゴンの皮や角はよい素材となり、職人を中心に取引される代物であるため、今はマルティナがはぎ取っている。

座っているベンチは手入れがされていないせいかボロボロで、苔がついている。

また、近くにはまだ放置されたままの人の骨もあるようだ。

剥ぎ取りを終えたマルティナは悲しげな表情を浮かべるロウを見るとともに無力感を抱いていた。

彼にとっても、自分にとっても、16年前はあまりにも重たいターニングポイントとなった。

ここに来るとあの時の光景、そして思いを嫌というほど思い出してしまう。

「すまんな、姫。どれほど思いを抱いたとしても、もう戻れぬのにな…」

「ロウ様。それに今は…」

「そうじゃ、そろそろじゃな…」

自分たちが虹色の枝を手に入れ、グロッタを離れたのは表彰式が始まる日の早朝。

おそらくエルバ達は自分たちの手紙を受け取ってすぐに支度をしてここへ来るだろう。

それを考えると、今日の夕方、今の時間までには来ることだろう。

その予想が当たり、フランベルグを先頭に4頭の馬がこちらへ向けて走ってきていた。

フランベルグの背に乗っていたエルバは廃墟と化した城と町を見渡す。

「帰って…来たな」

「…ああ」

イシの村の時と違い、エルバには帰ってきたという実感があまりわいてこない。

物心ついたころにはイシの村でペルラの子、テオの孫として育っていたエルバにとって、ユグノアに故郷という実感を抱くことができなかった。

ここが生まれ故郷、そして生まれてすぐに滅びてしまった祖国。

(俺は…どうして生き延びて、イシの村へ…)

「ひどいわね…。ユグノアはきれいな建物が多い国だって、ママも言っていたのに」

シルビアは母が話してくれたユグノアの景色のことを思い出す。

ユグノアは平地が少ないものの、良質な鉱石と石、そして森林に恵まれた土地で、それらを使って文化的価値の高い建造物を建設していたという。

その白眉がユグノア城で、山肌に近い平地に築城されたものだ。

城下町を囲むように流れる川を自然の堀として、城内の天井や壁にはバンデルフォン地方やサマディー、クレイモランから招いた画家が描いた絵画がいくつも存在していた。

年に一度は国民に城を開放し、そこでこれまでの1年の安寧への感謝、そして次の一年の平和を神と命の大樹に願ったという。

そんな平和な国の、母が話してくれたユグノアの面影はもうここにはない。

あるのは無残な廃墟だけだ。

「待っておったぞ、エルディ…いや、エルバ」

ベンチから立ち上がったロウは5人の前に立ち、エルバ達はそれぞれの馬から降りる。

やはり、エルディが偽名であることを知っていた。

「おい、じいさん。何の用だ?俺たちをわざわざここへ呼び出すような真似をしやがって、それに…」

ベンチの近くにいたマルティナは城の跡地に1人で向かっている。

ロウ1人だけを残してどういうつもりなのだろうか。

「姫にはある準備をしてもらうのでな。それに、ここからの話はどうしてもわしだけで話したくてのぉ。来てくれてよかった」

「何が来てくれてよかっただ。さっさと虹色の枝を返しやがれ」

「そうか…それを求めているのは、エルバが勇者だから…か?」

「じいさん…何者だ?」

彼はただの旅人ではない。

エルバの名前だけでなく、勇者のことも知っている。

それをただの旅人が知るはずがない。

右手の指でひげを整え、ロウはエルバの左手を見る。

もはや隠す必要はないと考えたエルバは静かに手袋を外し、その裏に隠れた痣を見せた。

「…16年前、死んだものと思っておった。だから、グロッタであったときは心臓が止まりそうだったわい」

「あんたは…」

「エルバ、どうしても見せなければならんものがある。もう少しだけ付き合ってもらうぞ」

もうすぐ夜になるため、ロウは荷物の中にあるランタンを取り出し、それに火をつける。

ランタンの寂しげな明かりを頼りに、ロウは進み、その後ろをエルバ達が続く。

石造りの橋を渡り、城の跡地に入る。

城の至る所にあったはずの絵画や彫刻はどこにもなく、草やツルががれきを飾り付けている。

足を止めたロウはその変わり果てた景色を見て、表情を曇られる。

「…ここは、つらい思い出が多くてのぉ」

「じいさん、いい加減話してくれ。あんたは何者なんだ?」

16年前、彼の身に何があったのかは大切かもしれないが、それよりもカミュにとって重要なのは虹色の枝だ。

ホムラの里から追いかけてきたそれをさっさと手に入れ、次の目的地を探さなければならない。

だが、ロウはそれを即答することができない。

したくても、するにはあまりにも辛すぎて、心の準備ができない。

「あの頃、儂は妻とともに隠居しておった。城下に降りては民とともに杯を交わして、笑いあう。そんな毎日を過ごしておった…」

城下町にあった酒場は行きつけの場所で、同年代の老人たちと飲んだ酒の味、そしてそこで聞いていた音楽を今も忘れられない。

そこで知り合った人々は全員死んでしまったという。

もうあの日々に戻ることができず、こうして思い出すことしかできない。

「16年前…魔物どもが儂のすべてを奪った…。たった、一晩のうちに…」

先祖が築きあげたもの、そして自分の身の回りにあった日常が魔物たちの無慈悲な攻撃によって灰にされていく。

惨劇を生き延び、その光景を見たときの絶望は今でも思い出してしまい、夢にも出てくる。

そのたびに、生き残ってしまった自分を責める人々の声が聞こえてくるような気がした。

さらに奥へ進んでいくと広場に出て、そこには小綺麗さのある、小さな墓がいくつも並んでいた。

ロウは墓地に入り、その中央にある墓の前に立つと、目を閉じて祈り始めた。

「おじいちゃん、このお墓は?」

「16年前に犠牲になった人々の墓じゃ。そして…前にあるのは国王夫妻の墓じゃ」

「それってつもり…」

「俺の…本当の父さんと、母さんの…」

ロウは肯定するように、何も言わずに首を縦に振る。

だが、エルバにはそういわれても、2人の顔を思い出すことができない。

物心つく前に離れ離れになったため、どんな顔をしていたのか、どんな声だったのか、知る由もない。

「勇者エルバの実の両親…16年前に亡くなった、儂の婿殿、アーウィンと娘、エレノアの墓じゃ…」

「えっ…ってことは、じいさん。もしかしてエルバの…」

「俺の…じいちゃん、なのか…?」

「…娘も死に、婿殿も死に…それでも儂と妻だけが生き残ったことには何か意味があると…そう思わなければあまりにも辛すぎた」

年老いた2人にとって、子供も孫も失った現実はあまりにも重かっただろう。

その深い絶望を振り払う何か目的がなければ、16年も生きることはできなかった。

墓に触れたロウは目を閉じ、2人に報告する。

エルバと再び会うことができた、と。

ロウは涙を浮かべてエルバに振り返る。

「だから、16年もの間、わしは探し続けた。ユグノアが滅びた原因を…それだけが死んでいった者たちにできることじゃった…。生き延びたユグノアの民と情報網を作り、ユグドラシルを作ったのもそのためじゃ」

「ユグドラシル…?」

「そうじゃ。彼らは各地に散らばり、ユグノアが滅びた原因を突き止めておる。儂らが虹色の枝を手に入れることができたのは、あの手紙を渡した男と町長がユグドラシルの一員じゃったからだ」

「なるほどな…どうりで…」

優勝商品である虹色の枝はとても価値のある宝で、当然盗賊にとっては格好の獲物だ。

グロッタの町はある程度経済的に豊かな場所であるため、腕利きを雇って警備をする、頑丈な倉庫に入れておくなどの手段をとることができるだろう。

仮に穏便に盗むことができるとしたら、内部の関係者を味方につけるのが一番だ。

彼らがユグドラシルという組織のメンバーなら、説明がつく。

ロウはエルバに手を伸ばし、エルバは顔も知らない両親の眠る墓の前へと足を運ぶ。

6人は静かに2人と、そして16年前に死んだ人々の冥福を祈った。

祈りながら、ロウは今までのことを話し続けた。

「そして、各地を回り、情報を集めて…知ったのじゃ。勇者伝説の信奉者であるデルカダール王、盟友のモーゼフ・デルカダール3世の変心をな…」

「デルカダール…俺は、デルカダールに、俺を育ててくれた村を…俺を愛してくれた人たちを…」

祈りには不適切な怒りがエルバの中によみがえる。

変心、デルカダール王が勇者伝説の信奉者だったことは気になる言葉だが、それ以上に自分からすべてを奪ったデルカダールが許せないという思いが強い。

「…イシの村のことはユグドラシルが教えてくれた。…まさか、これほどのことをするとは…」

「デルカダールがやったことを…俺は許せない。死んだみんなに誓ったんだ…勇者の真実を突き止めて、奴らに復讐することを…!」

復讐、勇者にはあまりにも似合わない言葉だが、ロウはには復讐を辞めさせる言葉を持ち合わせていない。

自分の今やろうとしていることは、結局エルバの復讐と変わりないから。

もしそれを否定したら、自分のこの16年を否定することになってしまうから。

「16年前…モーゼフはあの事件以来、人が変わったように勇者を非難し始め、生き残ったユグノアの民を迫害し始めたのじゃ」

最初は隔離にとどまっていたが、次第にその動きがエスカレートしはじめ、追放や投獄、財産の没収をするようになり、中には死刑となった人もいる。

そのため、ユグノアの人々は自分たちの出自を隠して生きていかなければならなかった。

ユグドラシルを作ったのは情報収集だけでなく、彼らの保護をするためでもあった。

「そして、よりもよって自分の娘の死さえ、勇者の仕業として世に広める始末。わしはモーゼフが正気とは思えなかった。必ず裏がある…ユグノア滅亡とモーゼフの乱心、その2つの謎を解き明かすために世界を回った」

怒りに震え、ロウの拳に力がこもる。

だが、次第に力が弱まり、ロウは涙を浮かべて抱きかかえるように墓の両端を握る。

「アーウィン…エレノア…。喜べ、エルバは…エルバは生きておったぞ…」

「…父さん、母さん…。…ただいま」

ありきたりな言葉しか言えないエルバだが、これしか思いつかなかった。

ロウは声を上げ、墓にすがるように泣き続けた。

16年の長い日々をかみしめながら。

 

ようやく泣き終え、ベロニカから借りた布で涙をぬぐったロウは改めてエルバの顔を見る。

「よく、よく戻ってきてくれた。わが孫よ。よくぞ、生きていてくれた…」

「…俺には、わからない。本当に血のつながった肉親に会えたのに、どうしても…」

「仕方のないことじゃ。離れ離れじゃったからのぉ」

いきなり自分が祖父だといわれても、これまでテオとペルラが家族だったエルバに実感がわかなくて当然だろう。

今は生きていて、ここにいるという事実だけでロウには十分だった。

「…だから、父さんと母さんのこと、少しずつでいい。話してくれないか…じいさん」

「わかった。なら、まずはこのじいの頼みを聞いてくれるか?ユグノア王家には代々伝えられている鎮魂の儀式があってな…非業の死を遂げたエレノア達を弔ってほしい。その正装となる鎧がある」

「鎧…?」

「ついてまいれ。その鎧は代々のユグノア王家が装備していたものじゃ。王となった婿殿、アーウィンが装備しておったが、アーウィンの遺体も装備も…今なお見つかっておらん。じゃが、予備はある」

ロウの案内でさらに西へ向かい、がれきに隠れるように残っていた階段を下りる。

その先には錆が目立つ手狭な鉄の倉庫が残っていて、ロウは懐から取り出したカギでそれを開く。

倉庫の中には白銀でできた、水色のマントのついた鎧と太陽を模した飾りが額部分に、そして竜の両翼を模した飾りが左右についた白金の兜が残っていた。

見た目はプラチナ製だが、王族が装備するというだけあって強度がある。

おまけに魔力で鍛えられているようで、若干の呪文であれば耐えることができるだろう。

エルバはサークレットを外し、かけられていた鎧と兜を身に着ける。

そして、装備した姿をロウに見せると、ロウは一瞬驚いた表情を見せた後でまた涙を見せた。

「やはり…やはりそなたはアーウィンの息子じゃ。婿殿によく似ておる…」

アーウィンとエレノアの結婚式の日、そして王位継承の儀式の時、彼はその装備をしていた。

その姿がどうしても重なって見えてしまった。

 

装備を整え、エルバとロウは城の廃墟の先にあるトンネルを通る。

トンネルを抜けると、そこには城の裏山の頂上で、ユグノアの国章が刻まれた祭壇があり、そのそばには準備をしていたと思われるマルティナが待っていた。

「お待ちしておりました、ロウ様」

祭壇の上には供え物としてこの廃墟の近くに生えていた野生の花が置かれている。

本当は城内にある花畑の花を使うのだが、今はそれを使うしかない。

あとは弔う人間たちの祈りで埋め合わせていくだけだ。

「ご苦労であった、姫よ」

「あら…?あなたは…」

何かを思い出したかのように、シルビアはマルティナの顔を覗き込もうとする。

遠目で何度も見てきたマルティナだが、こうして間近で見るのは初めてのことだ。

実際に会ったわけではないが、昔友人が話してくれた人物が頭に引っかかる。

「みなさん、下がって。鎮魂の儀式はユグノア王家のお二人のみで行われるので、こちらへどうぞ」

ロウとエルバだけが祭壇に上っていき、カミュ達はその下にある広場に残る。

マルティナの隣に立つことになったカミュは彼女から受けたあの蹴りの痛みを思い出し、少し嫌な気持ちになる。

だが、彼女にも聞かなければならないことがあったため、好都合でもあった。

「なぁ、あんた。あのじいさんから姫なんて呼ばれていたが、もしかして…」

ロウはデルカダール王が自分の娘を死んだことにし、それを勇者のせいにしたと言っていた。

デルカダールでレッドオーブ奪取の段取りをしていたときにデルカダール王に死んだ娘がいるという話は耳にしていた。

「静かに、儀式が始まるわ」

「…悪い」

隣のセーニャは目を閉じ、既に祈り始めている。

今は野暮なことを考えず、死んだ人のための祈ることが大事なため、カミュはこれ以上の詮索を辞めた。

両隣に置かれている火のついた松明を手にしたロウとエルバは目の前の供え物をじっと見る。

「よいか、エルバ。ここからは儂のまねをするんじゃ。よいな?」

「ああ…」

ロウが松明の火を供え物に近づけていき、エルバも真似するように供え物に松明の火をともす。

たちまち供え物が燃えはじめ、煙が夜空へ向かっていく。

「人は死ねば、皆、命の大樹へと還っていく。その大樹の葉1枚1枚がこの世界の生物の魂と言われている。されど…何らかの理由で非業の死を遂げた者は未練を残し、この世を迷うことになる…」

そのさまよう魂がどうなるかは言わずもだなで、既にエルバ達はホムラの里近くの迷宮で見ており、バンデルフォンの跡地にもそのなれの果てがさまよっているという。

「この儀式は…そんな魂を救うためのものとして伝わっておる。見よ…煙の匂いにつれられて光り輝く蝶たちがやってきおった」

森の中からやってきた無数の蝶が紫の光を放ちながら、煙と共に空へと飛んでいく。

煙の行き先は命の源、命の大樹だ。

「この蝶たちを魂と見立て、命の大樹へと送る。それをもって、死者たちの慰めとするのじゃ」

蝶の群れは光の道を作り出すかのように、煙と共に命の大樹へと向かう。

それが死者たちに伝わるかはわからないが、エルバは伝わってほしいと願った。

そうでなければ、今頃ユグノアはバンデルフォンのような状態になっている。

「エレノアは…ただ死んだのではない。おぬしと、デルカダールの王女を救うため、自らおとりとなったのじゃ」

辛くも一命をとりとめ、ロウが生存者を探す中、森でエレノアを発見した。

その時の彼女は既に致命傷を負っており、ロウの回復呪文や秘術を持ってすら手遅れな状態になっていた。

(お父様…エルバと…彼女を…頼みます…)

その言葉を最後に、自分の腕の中で死んでいった娘。

彼女の思いにこたえるため、必死に生きているかもしれないエルバとデルカダールの王女を探した。

しかし、見つかったのは川岸で横たわっていた王女だけで、エルバを見つけることができなかった。

「俺は…母さんに、救われた…」

「かけがえのない2人の命を救ってくれた…ありがとうな、エレノア…。そういえば、エレノアから何か遺さなかったかのう?」

「きっと、それは…」

エルバはカバンからテオが残した箱の中に一緒に入っていたエレノアからの手紙を取り出し、それをロウに渡した。

手紙を開いたロウは字を見てすぐにそれが彼女の手紙だとわかり、一気に黙読していく。

「だが、分からない…。母さんはどうしてこの手紙を…」

「エレノアは16年前のサミットの日に何か恐ろしいことが起こると感じておった…。じゃが、わしは真剣に聞こうとはいなかった。きっと、もっとエレノアの話を信じて聞いていれば…」

おそらく、その日に自分やアーウィンの身に何かが起こることを感じていたから、その時に備えてこの手紙を残していたのかもしれない。

そして、ユグノアが滅んだ場合に一番頼ることができるのはデルカダール王国だと信じていた。

「この手紙を最初に手にしたのは…テオじいちゃんとペルラ母さんだ。2人は俺を本当の家族のように育ててくれた。そして、俺にデルカダールへ行くようにと…」

「そうか…エルバ、つらい思いをしたのだな。じゃが、こうして儂はおぬしと再会することができた。エレノアのおかげじゃな…」

手紙を握りしめ、ロウは空を見上げる。

あふれる涙を止めることができず、ただただこの喜びと悲しみを胸に泣き続けた。

(どうして…どうしてだ?)

静寂に包まれる中、エルバの中に大きな疑問が浮かぶ。

勇者のことでも、生まれのことでもない。

あくまでも、エルバ本人のことだ。

(こんなに…悲しいのに、本当の肉親に会えて、うれしいのに…どうして、俺は涙を流せないんだ…?)

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