「ああ、暑い、暑すぎるぜ…」
カンカン照りの太陽の下、塀の影にいるカミュはあまりの暑さで汗だくになっており、手で風を起こしている。
彼の目の前には広いビーチがあり、そこでは観光客たちが水着姿になり、海で遊んでいる。
ポートネルセンでシルビア号と合流したエルバ達はそこからダーハルーネ方面へ引き返し、その町の北にある大陸の船着き場で停泊。
そこから馬で西へ向かい、ソルティコに到着した。
ダーハルーネ以上の暑さを感じ、暑さに慣れないカミュにとってはあんまり長いしたくない場所だ。
これでは、船に残っているシルビアがうらやましくて仕方がなかった。
「にしてもおっさん、どうして船に残るなんて言い出したんだ…?まぁ、船の整備は重要だけどよ…」
「さあてっと、準備完了!!」
目の前にある店から赤をベースとしたセパレート水着姿のベロニカが浮き輪を持って出てくる。
その姿は明らかに遊びに来たという感じがして、ダーハルーネの時のことを思い出しながらカミュは頭を抱える。
「お前なぁ…俺たちはここへ何をしに来たか分かっているのか?また面倒なことに巻き込まれたら…」
「何よ!?ちょっとぐらいいいじゃない!結局ダーハルーネだとすぐに騒ぎに巻き込まれちゃって楽しめなかったし…」
「そうならねえように、お守を押し付けられた俺の身にもなれ!!」
本当は一秒でも早く、少しは涼しい部屋に入って休みたいと思っているカミュはキレかけながらも、懇願するように叫ぶ、
カミュも楽しむことそのものを否定するつもりはないが、時と場合によると考えている。
エルバとマルティナ、ロウがユグドラシルと接触して情報を集め、更にジエーゴと交渉して水門を通過している中で、さすがに自分たちだけ遊んでいるわけにはいかない。
「ほら、セーニャ!泳ぎに行くわよ!」
「はい、お姉さま。あと、ビーチのお店にあるかき氷も食べませんか?とってもおいしいんですって」
「セーニャ、せめてお前がベロニカを抑え…」
ストッパーとなりえるセーニャに救いを求めようとするカミュだが、彼女の姿を見た瞬間、動きが止まる。
今のセーニャは踊り子の服以上に露出度の高い、緑色の薄いビキニだった。
華奢なセーニャのくびれや白い肌がカミュの前にさらされており、さすがに恥ずかしいのかほんのりと顔を赤く染めているセーニャの可愛らしさに思わずどきりとしてしまう。
「あの、カミュ様も泳がれてはいかがでしょうか?涼しくなりますよ」
「俺はいい。俺まで遊んでちゃあ、エルバ達に悪いだろ?あ…そういやぁ、セーニャ。お前は泳げるのか?」
エルバはイシの村の川遊びで泳ぎを覚え、カミュとマルティナ、シルビアも泳ぎは覚えている。
高齢であるロウはともかく、カミュはセーニャとベロニカが泳いでいる姿を見たことがない。
聖地ラムダの出身で、海とは縁のない場所で育った彼女たちが泳げるのかどうか、カミュには疑問だった。
ベロニカが浮き輪を持っていたため、もしかしたら泳げないかもしれない。
カミュの問いにセーニャはえーっとと目を泳がせる。
彼女の目にはまだ幼い子供が悠々と泳いでいる姿が見え、体が幼くなったベロニカはともかく、セーニャは答えるのが恥ずかしそうだ。
察したカミュは後頭部をかきつつ、ハァとため息をつく。
これから船旅が続くことになるため、万が一海へ投げ出されることだってあり得る。
そうなったとき、泳げなかったらどうなるかは目に見えている。
「はぁ…いいぜ。時間はないが、俺が泳ぎ方を少し教えてやる」
「カミュ様…!」
上半身を裸にしたカミュは背伸びをし、脱いだ服を脇にはさむ。
ぱぁ、と一気に明るい笑顔を見せるセーニャに苦笑した。
「まぁ、泳げた方がこれから役に立つかもしれないだろ?」
「エルバ、本当に素材だけでよかったの?」
「ああ…あとは作ればいい。作るための道具はシルビア号にあるからな」
店で素材だけを購入したエルバはそれを袋に入れ、マルティナと共に高級住宅街を歩いていた。
そこにユグドラシルの本拠地があり、マルティナの案内でそこへ向かっている。
やはりデルカダール国領内というだけあって、立ち並んでいる家屋は城下町の貴族街のものと似ているものが多い。
やがて、海沿いの邸宅に到着すると、マルティナとエルバはそこに入り、台所へ向かう。
屋内にはだれもおらず、家具が置いてあるだけで生活している感じが一つもない。
マルティナは空の戸棚に3回ノックする。
すると、戸棚が横に動き、その裏に隠された階段が露になる。
「ここから先がユグドラシルの本拠地よ」
「ああ…分かった」
2人は階段を下り、地下へと向かう。
地下には紫をベースとした服を着用した人々が集まっており、中央の大部屋には地図とユグノアの国旗が置かれている。
「マルティナ様、よくぞご無事で…事情は伝書鳩で伺っております」
白いやや長めの髪で首に赤いスカーフを撒いている男性が彼女の姿を見て近づいてくる。
頬や露出している手足などにはいくつもの傷跡があり、老人のようだが背筋がまっすぐなうえに腕と脚が太い。
まだまだ現役で戦えそうな体つきで、そういう点ではデルカダール王と共通しているかもしれない。
「ありがとう、カーティスさん」
「しかし、申し訳ありません。勇者追討部隊がグロッタ、そしてユグノアへ向かっているという情報を得たのですが、伝えるのが間に合わず…」
「気にしないで。それよりも…少しここで情報を仕入れたいの。それから…エルバ」
「エルバ…まさか、エルバ様ですか?」
マルティナに背中を押され、エルバはカーティスの前に立つ。
その姿を見たカーティスは驚きを見せるも、だんだん笑みを浮かべ始める。
「うむ…今は亡き国王陛下によく似ておられる…」
「父さんに…?」
「ええ…エルーナ様もお喜びになられる」
エルーナ、という聞き覚えのない名前にエルバは首をひねる。
「エルバ、あなたのおばあさまよ」
「案内いたします。こちらへ…」
カーティスに先導され、2人は地下の奥へと進んでいく。
地下2階に来ると、そこには子供たちの姿があり、彼らに老人が読み書きの指導をしていた。
「子供も…いるのか?」
「ええ。ユグノア国民、そしてその子供たちに対してデルカダールは容赦ない弾圧をしているの。だから、保護してここで生活してもらっているの。全員を、というわけにはいかないけれど…」
エルバが見ている子供たちは全員、ここに保護されてからはほとんど外に出ることができない。
本部の位置を知られるわけにはいかないということもあるが、それ以上に彼らの安全を守るためという意味合いが大きい。
子供だろうと容赦しない今のデルカダール王、そしてその裏にいると思われるウルノーガのことを今のマルティナは一番よく分かっていた。
地下3階につき、一本道の廊下を進むと、その階層では唯一の部屋へと続く扉に到着する。
その左右には兵士が立っており、カーティスはその兵士たちと2,3の会話を交わす。
すると、兵士が扉を開け、エルバ達に敬礼をした。
部屋に入ると、そこには車椅子に座っている、真っ白でロングヘアーでやや丸い顔立ちをした老婆が机と向き合っていた。
「カーティスかい…?」
「はい、エルーナ様。お耳に入れなければならないことがございます」
「そうかい…それは、良い知らせかしら?それとも悪い知らせかしら?」
「良い知らせでございます」
恭しくお辞儀をしたカーティスはエルーナに耳打ちをした後、彼女の車いすを動かし、エルバの前まで移動させる。
向き合ったエルバはエルーナの顔を見る。
彼女の顔の花から上の部分は髪の毛で隠れており、どんなものなのかを今のままでは確かめることができない。
「ああ…エルバ、エルバなんだね…」
「あ、ああ…」
「そうか、そうかい…ああ…」
エルーナは涙声になりながら、そばにいるエルバの胸元に手を置く。
そこからゆっくりと、触って確かめるように上へ移動させていき、やがてエルバの頬に触れる。
「まさか…目が…」
「エルーナ様は16年前の負傷でほとんど失明してしまったのです…」
「確かに、ぼやけてしか見えないわ。けれど…けれどわかる。あなたが…あなたがエルバ、あの子の…ああ…!」
ロウと同じように、エルーナはエルバの無事を喜び、髪で隠れた目から涙を流す。
きっと、彼女もロウと同じく絶望を味わい、この16年を生き続けてきたのだろう。
その思いを喜びをかみしめ終えるのを3人は静かに待ち続けた。
「旦那様、ご友人のロウ様がお見えです」
「ロウ殿か…?久しいな、通せ」
「かしこまりました…」
調度品がなく、ベッドと本棚、1対1で向き合って座って話せる程度の机と椅子だけという、デルカダールの貴族風の建築物の中にある部屋としては不釣り合いな空間の中、胸にいくつか勲章をつけた白がベースのサークレットと長そでの鎖帷子を重ね着した屈強な男性が本棚をいじりはじめる。
彼が領主のジエーゴで、デルカダールの兵士教育を任せられている男だ。
年に何度もデルカダールへ剣術指導に赴いており、年に半分以上領地を開けていることから、大半の政務はこの街で生活している騎士たちの合議制にしている。
本を取り出し、それを机の上に置いた後で指で髭を整えて友人の到着を待つ。
コンコンとノックの音が聞こえ、少しするとロウが眼鏡と赤い超ネクタイを身に着けた暗めのブロンドの髪の執事の男性入ってきた。
「ロウ殿、久しぶりじゃな」
「ジエーゴ殿、頼みがあって寄らせてもらったぞ」
「そうか…おい、セザール。ワイン1本とグラスを2つ持ってこい。いいやつをだ」
「はい、かしこまりました」
執事の男性、ジエーゴはお辞儀をした後で部屋を出て、ロウとジエーゴは椅子に座る。
「ロウ殿、それで頼みたいことというのは何だ?」
「実は、故あって外海へ出たいのじゃ。そこで、水門を開けてほしいのじゃよ」
「その程度のこと、お安い御用だ。だが、その程度の用事だけで来たわけじゃあないんだろう?」
「ホッホッホッ、そうじゃな。最近デルカダールで新しい書物を手に入れたらしいのぉ」
「耳が早いな。これだ」
さっそくジエーゴは机の上に置いてある本をめくり、ロウと一緒に読み始める。
これはナプガーナ密林の中にある遺跡で見つかった石板の写本で、ジエーゴは今、この写本の解読に奮闘している。
セザールがワインをもって戻ってきたときはお互いに意見を出し合い、解読にのめりこんでいた。
「ああ、さすがはロウ殿だ。これほどの古代文字の知識を持っているとはなぁ」
「いやいや、ジエーゴ殿も剣術の傍ら、これほど学問を修められておるとは…」
「あたりめえだ、騎士は力と剣術だけじゃあねえんだからなぁ。さて…そろそろ本題だな…」
持ってきてもらったワインをグラスに注ぎ、飲み始めたジエーゴの目つきが変わる。
本を閉じたロウも深呼吸をし、同時に和やかだった部屋の空気が一気に引き締まった。
「勇者…っつうよりは、孫か?よかったな。生きて会うことができて」
「うむ…そうじゃな。アーヴィンとエレノアの導きじゃ…」
「だな…。先日、デルカダール王が俺の元に水門を開けるようにって指示が手紙で来た。どうやら、勇者が外海に出る可能性があると踏んでいるらしい。外海に出るための船まで予定を前倒しして完成させているからな」
その船はデルカダールから戻る際にグレイグから見せてもらっている。
グレイグも彼から指導を受けた兵士の1人だ。
その船はキールスティン号で、外海への長期間の航海に備えて従来の船と比較するとかなり大型化されている。
本来は貨物輸送船として使われる予定だったものが、デルカダール王の指示でこのような形に設計変更されたようだ。
キールスティンはデルカダール王国建国時の初代将軍の名前だ。
「ロウ殿、ユグドラシルをこれまで保護してきたが、仮にデルカダール王がより強硬的な動きに出たら、いくら俺でも難しいかもしれん…」
「じゃろうな…むしろ、これまでよく保護してくれたというべきか…」
ジエーゴとはロウが王になるより前からの付き合いで、長年の関係もあってソルティコで活動しているユグドラシルを保護し、デルカダールにもその存在を隠してくれていた。
16年前からの王の豹変に不信感を持ったことも大きい。
ただし、ソルティコの統治はデルカダールからの信任によって成り立っており、ジエーゴもデルカダールへ剣術指導へ行かなければならないこともあり、いつも目を光らせることはできない。
自分だけが裁かれるのであればまだいいが、自分に付き従ってくれている騎士や使用人たちを路頭に迷わすようなことになりかねない。
「近日中に、またデルカダールへ向かわなきゃならねえ。その時に、おそらく返事を出すようにと指示が出ている。どうにか時間を稼いではみるが、おそらくは開けざるを得ないかもしれん。その場合は…」
「勇者の力で無理やり開けさせられた、と言って注意を儂らに向けてほしい。ソルティコにいるエルーナや皆を守るためにも…」
「ああ。済まねえな、ロウ殿。こういう形でしか助けることができねえなんてなぁ…」
「領主としての役割があるじゃろう。わしはただ、自分の役割を果たしているだけじゃ」
立場がなければ、ロウと同行して戦うことができたかもしれない。
若いころのロウは三人兄弟の末っ子で、年齢が大きく離れていたうえに王位継承者としては最下位だった。
そのため、王になる可能性は低く、国内の貴族や騎士の養子となり、臣籍降下するまでという条件で部屋住みとして城下町で与えられた邸宅で生活をしていた。
ただ、それ故に生活が自由で、幼いころから勉学に興味を持っていたことから、時折父親からの許しを得て遊学目的の旅をすることがあった。
また、足しげく通っていた本屋の娘であったエルーナと出会い、結婚もした。
ジエーゴと出会ったのはそのころで、ソルティコに遊学した際に知り合い、意気投合した。
そして、時には世界を回って知識を集めるのを目的に一緒に旅をすることがあった。
魔物に襲われたり、謝って毒キノコを口にしてしまって死にかけたこともあったが、その時の思い出は今も2人にとって良い思い出だ。
「すべてが終わったら、また一緒に旅をしてえものだな」
「そうじゃな、若いころの思い出をもう1度、じゃ…」
その旅はジエーゴが父親の急死で後継者となったこと、ロウの兄の子が病死し、実子がいなかったこと、次兄が既に臣籍降下していたことから急きょ次期国王として指名されたことでできなくなってしまった。
まだまだ回りたい場所が残っていたため、心残りが大きい。
「死ぬんじゃねえぞ、ロウ殿」
「ああ…おぬしもな、ジエーゴ殿」
「オーブ…オーブの話は若いころに読んだ本にあったわね…確か、6つ存在していて、勇者が持つことで初めて意味を成す…だったかしら?そんなふうに書いてあったわねぇ…」
エルバからオーブと命の大樹の話を聞いたエルーナは頭に残っている知識を掘り起こしていく。
「それで、エルーナ様。残るオーブ…グリーンオーブ、シルバーオーブ、ブルーオーブをなんとしても入手しなければならないのです」
「確か…ブルーオーブはクレイモランにあったわよねぇ…?カーティス」
「ええ。ブルーオーブはクレイモラン王家の家宝です。クレイモランは悪魔の子騒動では中立に立っており、デルカダールとは距離を取っています。入手については、話が通れば難しくないかと」
クレイモランは外海に出てからずっと北へ向かうことで到着する雪国だ。
古代図書館が発見されてからは多くの学者や魔術師が集まり、学問の国となり、ロウとジエーゴも旅の中で立ち寄ったことがる。
「シルバーオーブはここから西にあるメダル女学園の校長が所有しているという情報があります。ただし、グリーンオーブについては…まだ何も情報がありません」
「そう…でも、すごいわ。2つのありかを突き止めていたなんて…」
「各地に散らばったユグノアの民にとって、国の再興とエルバ様の疑惑が晴れることが悲願です。もちろん、私にとっても…」
「内海は16年間ずっと旅してきたわ。きっと、グリーンオーブは外海にあるはず。探し続ければ、きっと見つかる。ありがとう、カーティスさん。けど…」
「はい…。問題はそれだけではありません。メダル女学園へ向かう手段も問題となります」
「どういうことですか…?」
「実は…本来ソルティコから西へ進む道があり、そこを通ればメダル女学園に向かうことができます。しかし、先日に陥没が起こって封鎖されているのです。現在復旧工事が行われていますが、完了のメドが立っていない状態です」
2人の話が正しければ、陸の孤島となり果てたメダル女学園へ行く手段がないということになる。
海から向かうことはできず、空を飛ばないとそこに入ることはできないだろう。
「どうにか、入る手段を探してみます。見つかり次第、連絡させていただきます」
「頼むわ、カーティスさん…じゃあ」
「ええ。ここは…」
頷き合ったカーティスとマルティナが部屋を後にし、部屋にはエルバとエルーナだけが残される。
2人っきりになったエルバは何かしゃべろうと考えるが、彼女に何を話せばいいのか、言葉が出てこない。
死んだ父親と母親のこと、ユグノアのことなど、いくらでも話すネタがあるというのに。
「エルバ…あなたの身に起こったこと、聞いているわ」
「ばあさん…」
「ごめんなさい、エルバ。一番つらい時に、そばにいて、守ってあげられなくて…」
エルバがマルティナと離れ離れになった後、その村で生活していたことはマルティナ達から聞いている。
その村がどうなったのかも、無論耳に入っており、エルバのことがとても心配だった。
「ばあさん、俺は…」
「お前が生まれてから、アーウィンとエレノアはいつも話していたわ…。勇者という思い役目を背負ったあなたに何ができるのかって。そして、信じていたわ。あなたはこれから起こるであろう困難から世界を守るために生まれてきたことを、あなたの誕生が福音だということを…」
ロトゼタシアに伝わる勇者伝説では、勇者は世界が危機に瀕したときに生まれる存在としていたため、当然エルバが誕生した際には世界に危機が来ると不安を見せる人もいた。
中には、勇者こそが世界を破滅に導くのではと極論を見せるものもいた。
だが、アーウィンもエレノアも、エルバは世界に光を与え、祝福する存在になると信じていた。
エルバとマルティナを守り抜いて死んだその瞬間も。
「エルバ、今あなたがここにいるのは、あの人と再会し、仲間とともにこれからも旅を続けるのは…あなた自身の意志。呪縛でも何でもない。だから…いくら迷ってもいい。あなたの信じる道を進んで。勇者として以上に、エルバという一人の人間として」
「俺、一人という人間…」
「そう…その意志を、大事にしてあげて。そして、頼ってあげなさい。大切な仲間を」
朝日が昇り、真っ暗だった海峡に日の光が降り注ぐ。
海峡にはエルバ達が乗るシルビア号があり、その前にはソルティコが管理する巨大な水門がある。
ソルティコで一泊したエルバ達はユグドラシルから補給を受け、ロウのツテでジエーゴから武具をもらった。
「そろそろじゃな…」
ロウがつぶやくと、ギギギと大きな音を立てて水門が開き始める。
舵を取るアリスはゆっくりとシルビア号を先へ進ませる。
水門のすぐそばにジエーゴの屋敷があり、ベランダには水門を開いたと思われるセザールの姿があった。
ロウは自分の頼みを聞いてくれたセザールとジエーゴに感謝するように手を振った。
「いよいよ外海か…。行先としたら、あそこだけだな…」
「クレイモラン。現状、唯一俺たちがオーブの居場所が分かって、行くことのできる場所だ…」
「そう、だよな…」
「カミュ様…?」
クレイモランという言葉を聞き、少し表情を曇らせるカミュをセーニャは気に掛ける。
それはまるでユグノアで急に調子をおかしくし始めたシルビアに似ていた。
なお、シルビアは腹痛を訴えており、今は船内のトイレにこもっている。
「クレイモランへ行く途上で、グリーンオーブのありかを調べたいし、それにメダル女学園への行き方も見つけないと!」
「じゃあ、俺は中に入る」
クレイモランまではかなりの距離があり、海で戦闘が起こらないとも限らないため、エルバは剣を完成させるために船内に戻った。
「旦那様、今しがたロウ様ご一行が水門を通過いたしました」
「そうか、悪かったな。朝早くに仕事を頼んじまって」
早朝の自室で、ジエーゴは部屋の入り口付近で立っているセザールに顔を向けずに出発の支度を整える。
これからジエーゴはデルカダールへ向かわなければならない。
そこで、水門を開く時期の交渉などを行うことになる。
領主となった以上、きな臭い政治のやり取りもしなければならなくなったことは、剣で身を建てることを第一とするジエーゴにとっては大きなストレスだが、やらなければならないこととして割り切っている。
「それにしても、ロウ様が船を手に入れられていたことには驚きました。同行されているお仲間の船とは聞いておりましたが…。商船にしては大きいうえに、装飾も派手で…」
セザールの独り言を耳にしたジエーゴは手を止める。
窓から海の景色を見て、その状態が数十秒にわたって継続する。
「旦那様…?」
「悪い、ちょいとばかし考え事をしていた。馬の準備をしといてくれ。すぐに出る」
「かしこまりました…」
お辞儀をしたセザールは部屋を後にする。
準備が終わったジエーゴは外の景色を見ながら、若くしてこの世を去ってしまった妻ガーベラのことを考える。
40年近く前にロウと共にバンデルフォン王国を旅していた際に出会い、彼女の踊りに魅了されたのがきっかけだ。
彼女は息子を生んですぐに病死してしまった。
だが、彼女の陽気で明るい性格は見事に息子に受け継がれてしまった。
その息子はその母親の血に逆らえず、騎士ではなくスーパースターを目指して十数年前に飛び出してしまい、今では行方不明。
そんな彼がもし成功して、一丁前の船を手に入れることができたら、もしかしたらそういう船を手に入れているかもしれない。
だが、剣術しか学んでこなかった彼がほんの十数年努力してそれができるとは思えない。
急にその息子のことを思い出してしまったジエーゴは年を取って軟弱になってしまったように思え、気持ちを切り替えるために両手で頬を叩いた。
ソルティコの街
デルカダール国領内に存在するリゾート地。
先代デルカダール王が行った西部開発計画で、カジノやホテル、大型のビーチなどが作られたことがきっかけで、貴族や上級兵士といった身分と金銭のある人々が別荘地に選ぶようになり、その結果リゾート地へと変貌を遂げた。
そのため、多くの観光客が集まり、外海と内海の玄関口という地の利にも恵まれ、世界中の情報が集まる都市として、貿易商人からも注目されている。
現在の領主は怒れる剣神の異名を持つ騎士ジエーゴで、現在は兵士たちの指導を行っている。