「うわ、なんなんだよ!?あの魔物!?」
「死にたくねえ、死にたくねえ!!」
リビングデッドやドロルメイジ、シャドーサタンなどの魔物が集まってきていて、その魔物の数にマホカトールの中にいた人々の間に動揺が走る。
マホカトールそのものは維持されており、魔物たちはその魔法陣に阻まれて人々を攻撃できずにいるが、それでも多くの魔物が攻撃してきたら突破される可能性が高い。
「むうう、下がれぇ!!」
普段の杖ではなく、鉄の爪を装備したロウが爪から真空の刃を発生させ、正面のシャドーサタンを後ろにいる2匹のリビングデッド共々切り捨てる。
倒れた魔物たちの死体に目もくれず、大軍を見ながらロウは深呼吸をして精神を落ち着かせる。
(エルバ達の身に何かあったのか…?呪文が発動できんとは…)
マホトーンを受けた覚えもなければ、マホトラなどでMPを吸い取られた気配もない。
だが、いつの間にか自分の身に何かがあったような覚えがある。
体の中にある血液とは別の流れが止まった、そんな感触がしている。
おそらく、そのせいで呪文を使うことができずにいる。
そして、ロウの勘が正しければ、それはこの壁画世界全体で起こっている現象だ。
もしマホカトールがそのせいで消えてしまっていたら、彼らを守り抜くことができなかっただろう。
(だが、ワシ1人ではあの数は厳しい。せめて姫かカミュがここにいてくれたなら…)
2人とも、呪文を大して使っておらず、肉弾戦を中心としており、今の状況でも本来の自分の力を振るうことができる。
だが、先へ行かせた以上はロウがやるしかない。
修行中は肉体強化のため、武闘家としての鍛錬を積んだことがあり、マルティナにも仕込んだことがある。
年はとっているが、それでもある程度体を動かすことはできる。
「ロウ様!!」
群れの後ろからマルティナの声が響き、同時に真空蹴りで3匹のリビングデッドが吹き飛び、足場から落ちていった。
「おお、姫か…!」
「ロウ様、お助けします!!」
まだまだ数のある魔物たちを時には蹴り飛ばし、時には槍で貫きながら、マルティナは倒したリビングデッドの姿を脳裏に浮かべてしまう。
あれらの魔物の服装はつい最近まで生活していた人の普段着に見えた。
おそらく、メルトアに吸い取られてリビングデッドに変えられてからそれほど時間が経っていないのだろう。
もう助ける手段はないとは分かっているが、どうしても心のどこかで助ける方法があったのではないかと考えてしまう。
だが、倒さなければ今度は自分や恩師のロウ、そしてマホカトールの中にいる人々の誰かが同じゾンビ系の魔物にされてしまう。
マルティナは彼らへの哀れみを無理やり心の中で押しつぶし、正面のリビングデッドの胴体を槍で貫いた。
「ほら、早くわらわの養分となるがいい!!」
メルトアの髪の束が槍のように鋭くなり、次々とエルバ達に襲い掛かる。
エルバは退魔の太刀で、カミュは2本のソードブレイカーで、シルビアはブチャラオ村の武器屋で購入した破邪の剣で避け切れないものはそらして回避していき、セーニャも普段は使っていない鉄の槍でどうにか髪の束をそらしていく。
だが、まるで生きているかのような鋭くしなやかな攻撃の連続はエルバ達を疲弊させ、特に普段は呪文メインで戦っているセーニャとベロニカのスタミナを容赦なく奪っていく。
一番消耗しているのはベロニカで、身を護る武器で、あの髪の束を凌げるのは普段使っている杖しかない。
何度も杖でしのいできた影響で、柄の部分はもうボロボロで、先についている赤い魔石にもひびが入っている。
魔法使いや僧侶が装備している杖やスティックについている魔石は使用者の魔力を活性化させる、攻撃した相手の魔力を奪う力を秘めており、それこそがそれらのアイデンティティだ。
仮にその魔石が破壊されてしまった場合、それらの武器はただのオブジェと化してしまう。
「はあはあ、きついわね…!!」
「まずは、その一番若そうな小娘の生気を芸術の一部にしてくれる!!」
メルトアが再び髪の束をベロニカに向けて放つ。
疲れ果てていて、杖を両手で握り、地面をついてようやく立てているベロニカには回避する手段がない。
「くっそぉ!!」
カミュは右手のソードブレイカーをその髪の束に向けて投げつける。
ある意味では繊維の集まりであるはずの髪だが、その間に刃は入り込むことはなく、ガチンと金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響き、同時に投げたソードブレイカーは粉々に砕け散る。
そして、それは容赦なくベロニカを襲い、彼女を叩き飛ばした。
「キャアアア!!」
「ちっ…仕損じたか…!」
大きく吹き飛ばされ、足場から落ちそうになるベロニカを見たメルトアは舌打ちし、思ったほど奪うことのできなかった生気に不満を抱く。
先ほどのソードブレイカーの投擲を受けたせいで、わずかに髪の束のコースにズレが生じてしまい、結果としてそれはベロニカの心臓ではなく、左腕に一撃を加えるにとどめてしまった。
だが、攻撃を受けたベロニカは右手で足場に捕まった状態で、少しでも気を抜いたら落下してしまう状態になっていた。
両手で体を持ち上げたいが、左腕に激痛をおぼえるベロニカは右手だけで体を支えるしかない。
おまけに、生気を吸い取られた影響かなぜか疲労感があり、徐々に右手に力が入らなくなる。
「まず…い…!!」
どうにか右腕に集中するが、それでもこの疲労感を止めることができず、ついに手を放してしまう。
ゆっくりと重力に引っ張られて下へ体が落ちていくのを感じた。
「お姉さま…!!」
セーニャの声が聞こえてくる。
このまま死ぬのか、そんな静かな諦めがベロニカに芽生える。
天才魔法使いを名乗っているが、そのゆえんである呪文を封じられてしまったら所詮こんなもの。
相手が悪かったのだから、そんな相手と正面から闘って負けるのは当たり前。
勇者を守るという使命はあるが、彼には自分やセーニャだけでなく、カミュやシルビア、マルティナにロウがいる。
自分1人抜けたとしても、どうにかなるだろう。
死を受け入れ、目を閉じようとしたベロニカだが、その右手を誰かがつかみ、落ちようとしていた体が急に浮遊する。
目を開けると、そこにはエルバの姿があり、彼が彼女の手をつかんでいた。
「カカカカ!!隙だらけよのぉ、勇者ぁ!!」
ベロニカを助けようと、背中を見せるエルバにメルトアは容赦なく髪で攻撃してくる。
バチンバチンと髪がエルバを容赦なく叩きつける。
ユグノアの鎧と兜で身を包んでいるおかげか、それとも勇者の力に守られているおかげなのか、生気は吸い取られている気配がない。
しかし、それでもエルバの体にはダメージが累積していて、額や体のいたるところを負傷し、出血する。
「エルバ!!」
「離さない…もう、俺は…何も…!」
エルバの脳裏に灰となったイシの村と自分の手で埋葬した村人の姿が浮かぶ。
あの時、すべてを失ったエルバだが、少なくともここまでの旅の中で仲間を得た。
失ったものは戻らないが、これから得るものが確かに存在することを教えてくれた。
「俺はもう…何も失わない。何も…奪わせない!!」
「エルバ…」
「うっとうしい人…さっさと死に…」
「ちょっと待ちなさい、メルちゃん!相手はエルバちゃんだけじゃ…ないわよー!!」
髪を足場代わりにして何度も大きく跳躍しながら接近していたシルビアが破邪の剣の炎を纏わせて切りかかる。
火炎切りのために火薬をかけたこともあるが、破邪の剣そのものが宿すギラの魔力が混ざり合ったことでベギラマ以上の炎が発生していて、その刃がメルトアの頭に直撃する。
「あ、ああ、あ…ああーーーー!!」
頭皮がメラメラと燃えはじめ、頭を抱えたメルトアが悲鳴を上げる。
炎は髪の毛にも燃え移り、生々しい緑色だったそれが徐々に炭化したような嫌な臭いを充満させる黒へと変えていく。
「そらよぉ!!」
更にそこでカミュがグラップリングフックを取り出して髪の束をで巻き付け、それを力いっぱい引く。
あっさりと髪の束が剥がれるような嫌な音を立てながら切れて足場へ落下する。
束の根元にはメルトアの焼けた頭皮がついており、元あった場所には無残なただれたような火傷が白日の下にさらされる。
「はあ、はあ…」
「お姉さま!これを!!」
その間にエルバに引き上げられたベロニカの元へ駆けつけたセーニャは持っている特薬草をベロニカに手渡す。
体力を奪われはしたが、少なくとも傷をある程度治療することで少しでも体力の消耗を防ぐことができるはずだ。
それを口に含みながら、ベロニカは頭皮や髪を焼かれたメルトアを見る。
「よくも…よくもわらわの芸術的な髪を…!!よくもぉぉぉぉ!!!」
この壁画世界を作ってから、傷一つ追うことのなかったメルトアだが、この日はじめて大きな傷を負うことになった。
しかもそれは勇者の攻撃を受けたからではなく、シルビアとカミュという普通の人間の攻撃によるものだ。
そのことが彼女のプライドを傷つけ、怒りを爆発させる。
そして、目から高熱の光線をエルバ達に向けて発射する。
「散れ!!」
エルバの叫びと共に、固まりかけていたエルバ達が散開する。
彼らがいた場所に光線が襲い掛かり、足場が高熱で赤く光る。
怒り狂ったメルトアは光線を全力で発射したまま周囲を薙ぎ払っていく。
「くそ…!!近づいたら、灰にされちまう!!」
「せめて、呪文を使えたら…!!」
呪文で遠距離攻撃を仕掛ければ、何かしらの勝機をつかむことができる。
だが、今はメルトアの力で全員の呪文が封じ込められている。
再び呪文を使えるようにするためには、その力の根源を破壊するしかない。
(きっと、呪文を封じ込めているのは…アレね!!)
メルトアが首にぶら下げている、ウルノーガが作り出した魔法の鍵。
それを破壊すれば、再び呪文を使うことができる。
だが、問題はどうやって接近してそれを破壊するかだ。
「よくも、よくも、よくもぉ!!」
「ちっ…!完全に俺たちがあいつを怒らせたみたいだ!狂いながらも俺とおっさんを襲いやがる!!」
「なら、俺がやる。みんなはあいつを引き付けてくれ」
「こいつを使え!」
カミュからグラップリングフックを受け取ったエルバはメルトアの視界から逃れ、上空に浮かぶキャンパスに向けてグラップル部分を投げる。
(グラップリングフックの使い方はカミュに教わっているが…)
いざトベルーラが使えなくなった時のため、時折カミュからグラップリングフックの使い方を教わっていたが、それよりは利便性の高いトベルーラの修行を優先しているため、カミュ程使いこなせないところがあり、引っかかっているグラップル部分が甘いのか、多少その部分がぐらついている。
引っかかったのを確かめた後でロープをよじ登っていく間も、メルトアの怒りのビームの勢いはますます強くなる。
一つ幸いなのはこのキャンパスにリビングデッドが拘束されていないことだ。
そのモンスターがいたら、出来立てホヤホヤで人間だった面影が多く残っている状態かもしれないので、倒すのをためらってしまうだろう。
ともかく、ロープにつかまった状態を維持し、浮遊するキャンパスからメルトアにとびかかるタイミングをうかがう。
「死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇ!!」
「ちっ、エルバはまだか!?」
ビームを避け続けているカミュ達だが、全力で走ったり飛んだりし続けているため、どんどん疲労が蓄積されていく。
徐々に動きが鈍くなる獲物たちを見たメルトアはいったんビームを止める。
「この髪を治すにはそならたちの色だけでは足りぬ!!こうなっては世界中の人間すべてをかき集めて治してくれる!!」
メルトアは左手で胸の魔法の鍵に触れる。
すると、メルトアの正面にいたカミュ達の体の動きが止まってしまった。
「何…!?どうなって…やがる…!?」
「嘘…!?体が、全く動かない…!!」
「カカカカ!魔法の鍵でそなたらの体の動きを封じさせてもらった!!これで、じっくりとそなたらの色を吸い尽くすことができる…だが、それだけではわらわの気が収まらん!!」
メルトアの瞳にビームのエネルギーが収束されていく。
吸い尽くすと同時に、カミュ達を一遍も残さず焼き尽くすためだ。
(くそ…!鍵を破壊できたとしても、間に合わない…!!)
もうメルトアはいつでもビームを発射できる状態だ。
鍵を破壊することができたら、カミュ達は動けるようになり、呪文も使うことができる。
だが、浮遊するキャンパスの動きから計算すると、とても間に合わない。
動けるようになるとほぼ同時に、カミュ達はビームに焼き尽くされてしまう。
(このままじゃ…)
何か、カミュ達を助ける方法がないかと頭の中を回転させようとする。
その瞬間、左手の痣が光りはじめ、その光がエルバを飲み込んでいく。
(これ…は…??)
光に飲み込まれたエルバはその光の中にいるドラゴンと1人の人間の姿を見つける。
人間の何倍もの大きさと寿命を持つ4本脚で緑色のトカゲ顔をした魔物はユグノア地方で見たことがあるため、シルエットだけでもある程度判断できる。
しかし、人間のそれはいったい何者なのか判別はつかない、
だが、左手に何か光る物を宿していることだけは分かった。
彼はその光をドラゴンに向けて放つ。
額にその光を受けたドラゴンは悲鳴を上げながら倒れ、ピクリと動いた後で意識を失ってしまう。
その姿を見届けるとともに光は消え、現実の光景へと戻っていく。
もう既にメルトアはビームを発射する準備を整えており、大きく目を開いている。
「消えろ!!」
動けないカミュ達に向けて、メルトアは目からビームを発射する。
「やめろぉぉぉぉ!!」
叫びと共にエルバはそのビームに向けて左拳を伸ばす。
痣から発する光が一閃の光となって発射され、メルトアのビームに側面からぶつかる。
「何…!?この、この光は…!!」
その光を見たメルトアは衝撃を受けるとともに、2つの光が相殺する。
彼女が驚いたのはなぜ、この光が発射されるのかだ。
魔法の鍵の力によって呪文が封じられている以上、人間が遠距離攻撃できる手段は弓矢やボウガンなどの実態のあるものに限られるはずだ。
だとしたら、光なんて発射できるはずがなく、それを発射できるとしたらそれはいったい何なのか?
だが、その驚きが決定的な隙を与える。
ロープから手を放してジャンプしたエルバがメルトアに向けて飛び降りていく。
重力に従って落ちていくと同時に、胸にぶら下げている魔法の鍵に向けて再び至近距離からあの光を放った。
「や、やめろぉ!!その光はぁぁぁぁぁ!!」
光を受けた魔法の鍵が砕け散り、同時にカミュ達のピクリとも動かなかったはずの体が動きはじめ、いきなりのことで危うく転倒しそうになる。
一方で魔法の鍵を破壊することにばかり気を取られていたエルバは足場に落下してしまう。
「エルバ!!」
「助かったわ!けど…今の技っていったい…」
「はあはあ…紋章閃…。頭に浮かんだ…」
エルバ自身も聞いたことのない、だが確信できる技の名前。
その『光』の破壊力はすさまじいが、同時にエルバにも重い疲労を与えていた。
「うん…!呪文が使える!」
指先の炎を出して、呪文が使えるようになったことを確かめたベロニカはひび割れた杖に自分の魔力を籠める。
「あ、あ、ああ…あのお方から頂いた魔法の鍵が…このような、このような虫けらに…」
「覚悟しなさい!あんたのいう美の犠牲になった人たちの怒りを思い知らせてあげるから!!」
「お姉さま、私も!!」
セーニャが魔力を束ね、メルトアに向けて全力でバギマを唱える。
大きな竜巻が巻き起こり、その中にメルトアは飲み込まれていく。
「ぐ、うううう!!」
「まだまだ!!これで、とどめよ!!」
ベロニカの杖から放たれたベギラマが普段以上の熱と光で襲い掛かり、竜巻と融合していく。
灼熱の竜巻と化したバギマとベギラマがメルトアの肉体を焼きつくし、切り裂いていく。
「お、おのれ…!!だが、だが…まだ終わらぬ…!!偉大なるウルノーガ様がおられる限りは…ウルノーガ様が目的を、永遠の命の力実現したとき、わらわは再び…あああああ!!!」
灼熱の竜巻の中でメルトアが灰となり、獲物を食らい尽くして満足したかのように竜巻は消えていく。
メルトアがいた場所には巨大な次元の裂け目ができており、その先にはブチャラオ村の景色が見える。
「はあはあ…奴を倒したことで、この世界の出口ができたということか…」
「犠牲者は多いが…まぁ、これ以上奴に殺される奴がいないだけでも、よしとしねえとな」
「ええ、そうね…」
ベロニカは床に転がっている、2つに割れた魔法の鍵を手にする。
こういうものに一番詳しいのはロウで、彼に見せたほうが一番いいが、ベロニカの見立てでも紋章閃で破壊されたことでメルトアが見せた呪文や体の動きを封じ込めると言った芸当を行うだけの魔力が宿っていない。
だが、鍵の形をしており、使われている金属があまり見たことがないため、鍵としては何か使い道があるかもしれない。
「永遠の命の力…ウルノーガがそれを狙っているのか…?」
メルトアが最期に残した言葉がエルバの脳裏に引っかかる。
ウルノーガが仮にこのプワチャット王国滅亡の原因を作ったとなると、彼はもう何百年も生きていることになる。
永遠の命というのは、何か死ななくなる以上の意味があるのではないかと思えてしまう。
「とにかく、さっさとじいさんとマルティナ、あと観光客共を迎えに行こうぜ。こんな辛気臭い場所はさっさと出るに限る。お前らはここで待ってろよ」
カミュが来た道を戻り、ロウ達を迎えに行く中、セーニャはベロニカの傷の回復を始めた。