ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第54話 証言

城の中に入り、真っ先に飛び込んだのはあらゆる窓に施されたステンドガラス達だった。

この城の窓すべてにステンドガラスが採用されており、それぞれの部屋にそれぞれのテーマで装飾されている。

例えば、王の間ではクレイモラン王国建国の歴史をテーマとしており、初代クレイモラン王の活躍が物語られている。

リーズレットの氷のせいで、外からでは全く見えなかったが、改めて中からステンドガラスを見たときはその芸術にエルバ達は息をのんだ。

ロウは何度も見たことがあるが、それら1つ1つが大きな遺産であることから、それが失われずに済んだことに安どしていた。

この城と城下町の設計を行ったのはタッポコ8世というロトゼタシアでは高名な建築家で、上から見えると氷の結晶に見えるように設計されている。

なお、タッポコ家は先祖代々建築家で、現在でもクレイモランで建築家を続けているという。

「…?」

女性の声が背後から聞こえた感じがし、エルバは後ろにいるベロニカとセーニャに目を向ける。

「どうかしたの?」

「いや…何か、言ったか…と思ってな」

「そんなことないわよ。あたしも、セーニャも。エルバ、疲れてるんじゃないの?」

「そ、そうか…」

リーズレットとの戦いはギリギリで、回復呪文を受けはしたもののスタミナは回復しないのは分かっている。

多少の休憩だけでは十分とは言えないようで、ブルーオーブを受け取った後でしっかり休養を取り必要があることを感じた。

「それにしても、カミュ様はどうされたのでしょうか…?」

城に来てから、いつの間にか姿を消してしまったカミュのことをセーニャが気に掛ける。

リーズレットの事件があったから、うやむやになってはいたものの、ここへ向かう中のカミュはいつもと様子が違うように思えた。

まるで、彼がこの地を避けているかのように。

「気にする必要はないわよ。あいつは盗賊にしてはしっかりしてるし、いい大人なんだから、本当に放っておけばいいのよ」

「そうなら、いいのですが…」

「何よ?そんなにカミュのことが気になるの?どうして??」

「そ、それは…どうして、でしょう…?」

はっきり言うと、セーニャもなぜここまでカミュのことが気になるのかがよくわからずにいる。

エルバに関しては勇者ということもあって、気に掛けなければならない理由があるが、カミュには仲間だからという以上の何かがあるように感じられた。

こうした感情を抱いたことはこれまでなく、どういうものなのか全くわからない。

(まさか、セーニャがあいつのこと…いや、そんなまさかね)

「これは…皆さま、お出迎えできずに申し訳ありません。ようこそ、クレイモラン城へ」

エルバ達の姿を見たライコフが駆けつけ、エルバ達の前で敬礼する。

「うむ。実を言うと、シャール女王に話があっての。今、お会いできるかのぉ?」

「ええ、かまいません。食事をとられて、すっかり体力が戻られました。どうぞ、ご案内いたします…といっても、案内するまでもないとは思いますが」

クレイモラン城は区画一つ一つが大きめに作られており、構造そのものは迷うことがないようにシンプルなものとなっている。

そのため、このまま正門からまっすぐ進んでいけば、簡単に王の間にたどり着くことができる。

「…がい…!…いて!!」

ライコフに案内され、王の間へと進んでいく中で、再び女性の声が聞こえてくる。

今度は空耳とは言えず、ところどころはっきりしている。

「誰だ…?誰か、何か言ったのか?」

「うーん…妙ねえ。今のはあたしも聞こえたわ。セーニャも…聞こえてないわね」

首をかしげるセーニャを見て、どちらなのかはっきりわかったベロニカは問いかけるのをやめ、今の声の正体を考え始める。

おそらく、その声は先ほどエルバがかすかに聞こえた声と同一の物だろう。

だが、聞こえたのは少なくともエルバの背後から以外には分からず、ベロニカに至ってはただ聞こえただけでどこから聞こえたのかははっきりわからない。

(嫌な感じがするわね…これはいったい…)

「いかがされました?皆さま」

先に進んでいたライコフは聞こえていないようで、立ち止まったエルバ達に気付き、振り返る。

「いや…なんでもない。すまない」

「…?まぁ、いいでしょう。行きましょう」

気にしないことにしたライコフは引き続き、エルバ達を王の間へ案内する。

王の間には2人のビキニアーマーを装備した女戦士と大臣、そしてシャールが待っていた。

大臣の手にはエルバ達が求めているブルーオーブが握られている。

「ごめんなさい、わざわざ王の間まで来ていただきまして。私から赴いて…」

「ちょっと…待って…だま…され、ないで…!!」

「また…声??」

「今のははっきり聞こえたわ」

「この声…どこから!?」

王の間にいる面々全員が先ほどの声が聞こえたようで、エルバ達以外は声が聞こえた方向にいるエルバ達に目を向ける。

そして、先ほどから声が聞こえていたエルバとベロニカはようやくその声が聞こえた場所に気付くことができた。

エルバは袋の中にある禁書を手に取る。

「気を付けて、私が本物のシャール!!目の前にいる私は贋物よ!!」

「何!?」

その声は確かにシャールのもので、全員の視線が今度は玉座に座るシャールに向けられる。

「え…!?そんなわけないですよ。みなさん、騙されてはいけません。本の中の魔女が嘘をついているのです!」

「もしかして、声だけ変えてるとかはないわよね?いいかげんしつこいわよ。あたしたちが二度も騙されると思ってるの?封印されてるんだから、おとなしくしなさい!」

騙されて、聖獣であるムンババを倒すのを手伝ってしまったことを根に持っているのか、怒ったベロニカが本の中にいると思われるリーズレットらしき女性を拒絶する。

「違います!エッケハルトの呪文の詩経が途切れたことで、封印呪文が失敗したのです。お願いです、信じてください!!」

「旅のお方、封印は成功しました!魔女のウソに騙されてはいけません!私を信じてください!!」

2人のシャールが互いを本物、相手を贋物と主張し、対立する。

エルバは禁書と目の前のシャールの双方を見つつ、どちらが本物なのかを決めあぐねていた。

(俺は呪文のプロじゃない…。あの呪文が成功したのか失敗したのか、俺にはわからない…。だが、じいさんなら…)

「ふむう…呪文の詩経が途切れて呪文そのものが不完全に終わることはよくあり話じゃな。じゃが…それだけを証拠に特定するのは難しいのぉ…」

「お待ちなさい!どちらが本物か10年間シャール様の教育係を務めた、このエッケハルトが見破って見せましょう!」

エルバとシャールの間に割って入り、エッケハルトはじっと玉座のシャールを見る。

このような事態になったのは詩経の失敗した自分にも原因があると考えており、ならば自分の手で解決することでけじめをつけようとしていた。

「シャール様…どちらが本物のシャール様か確かめるための質問はたった1つ、とてもシンプルなものです。本物のシャール様でしたら、必ず答えを出していただけます。クレイモランに代々伝わる家宝とは何か、ただそれだけです!亡くなられた父上の教えを受けたのなら、必ずやわかるはずです!!」

「家宝…それは、今そばにあるブルーオーブです」

玉座のシャールは即答するかのように答え、自らが本物だということをこれで証明できたと思ったのか、先ほどまでの張りつめた表情が和らぐ。

エッケハルトはわずかに目を開いた後で、静かに首を縦に振り、今度は禁書の中にいるシャールに視線を向ける。

本の中にいるシャールは沈黙し、同時に玉座もまた静寂に包まれていく。

答えられないのかと思い、玉座のシャールが薄ら笑みを見せたが、その余裕はわずかの時間でしかない。

「厳しき冬に耐え抜き、勤勉に働くクレイモランの民。それこそがこの国の宝。お父様がいつも言っていたことです」

幼いころから、シャールな何度も父からそのことを教えられた。

病に倒れ、死の床についてシャールに王座を譲ったときも同じことを言っていた。

彼らこそが人が暮らし続けるには過酷なクレイモランに実りをもたらし、国として機能させてくれている。

それをより強く知ったのは女王になってからだ。

周囲の側近や兵士、そして民。

全員が等しく国の宝。

本当の意味でそれを知ったからこそ、それを胸を張って言える。

「そう!!それこそがクレイモランに伝わる王族の教え。すべてが明らかとなりました!禁書の中のシャール様こそが本物!!」

「ふぅ…どうやら、完全に私の負けのようね」

玉座から立ち上がったシャールは笑みを浮かべ、指を鳴らす。

すると、禁書が淡く光りはじめ、その中から本物のシャールが出てくる。

「貴様…よくも!!」

ライコフを中心に兵士たちが玉座の前のシャールを取り囲む。

そして、彼女は観念したかのようにその姿をもとのリーズレットのものへと戻した。

「やけに諦めがいいな…」

「仕方ないでしょう?ギリギリ残った魔力を使ってどうにかこの細工をしたけど、それもばれてしまった以上は仕方ないでしょう?それに…このマホトーンが解けるまではまだまだ時間がかかるわ。さあ、煮るなり焼くなりすきにするといいわ」

首にかけている首飾りについている赤い宝石が輝きを失う。

おそらく彼女はその中の魔力を使ってモシャスを発動していたのだろう。

「お姉さま、彼女の言っていることに嘘はありません。魔力の動きが感じられません」

「マホトーンは確かに効いてる…ま、渾身の力を込めたものよ、簡単に解けてもらっては困るわね」

刃を向けられるリーズレットは抵抗する様子を見せず、これからの自分に何が起こるのかを想像していた。

魔力を封じられたとはいえ、死ねない状態に変化が出たというわけではない。

おそらく、再びあの禁書の中に封印されることになり、また別の場所に封印されることになる。

ほんの数週間出ただけだが、それだけでここがかつて自分が生きていた時代とは全く違う、まるで別世界のような場所だということを感じてしまった。

自分が知っている人はもう誰もおらず、知っている建物の大半は消えてしまった。

(自由も、もうおしまいね…)

「…待ってください!!」

「え…?」

「ひ、姫様!?何を!!」

リーズレットと兵士たちの間に割って入り、かばうように両腕を広げるシャールに兵士やエッケハルトだけでなく、リーズレット本人もあり得ないと驚きを見せる。

「姫様!!お下がりください!魔力を封じられているとはいえ、彼女は氷の魔女です!あなたの御身に何かが起こっては…!!」

「心配いりませんよ、ライコフ…。聞いてください。クレイモランを氷漬けにした所業は決して許されることではありません。彼女の行いにより、聖獣も討たれてしまった…。ですが、彼女は私が封じられている間、女王の重責に押しつぶされそうな私の相談に乗り、悩みを聞いてくれたのです。そして、彼女は確かに人々を氷漬けにしましたが、聖獣以外に彼女の手で命を失った人は一人もいないのです」

シャールの言う通り、氷漬けになった人々の中で死者は出ていない。

強いて言えば、それが出たのは聖獣の暴走で出たもので、その暴走については彼女は関与していない。

「そして、彼女はただ自由を求めていただけです。かつて罪を犯したことは知っています。ですが、長すぎる封印で、もう十分罰を受けたはずです」

「ですが…魔女はただ魔力を封じられただけ!時が過ぎれば再び…。それに、何も罰を与えないのであれば」

「彼女にはもてる魔力のすべてをクレイモランの民の平和と幸福のためにささげてもらいます。それを…彼女への今回の罪への罰とします!ですから、どうか…」

「シャール…あんた…」

魔女となってからのリーズレットは恐れられ、迫害されるばかりで対等に向き合ってくれる人は誰もいなかった。

封印が解かれて、再びクレイモランに現れてもそれは変わらず、孤独なままだとばかり思っていた。

しかし、唯一の例外が今、自分をかばってくれているシャールだ。

彼女は人々が氷漬けにされるのを見ながらも、本当は怖いと思っているだろうにもかかわらず、気丈な態度を見せていた。

それは禁書の中に封印されていたときも変わらず、そのことが気になってしまい、時折古代図書館に忍び込んでその中に封印されていたシャールと戯れに会話をした。

相談を聞いてくれた、とシャールは言っていたが、リーズレットにとっては気になったという理由だけで、別に大した答えを出した覚えもない。

しかし、相談できる相手のいないシャールにとって、それは大きな助けとなり、それが本来なら敵味方となるはずの2人を奇妙な形で結び付けていた。

そういう事情を知らない兵士たちは困惑し、それぞれが相手の顔を見る。

シャールが一度言ったら折れないことは幼少期から教育係を務めるエッケハルトが一番よく知っている。

だが、シャールの言葉だけでは兵士たち、そして国民を納得させるのは難しい。

そんな中、ライコフが槍を手放し、主から離れた槍はカタリと床に落ちる。

「ライコフ…??」

「シャール様はクレイモランの王。その命令に従うのが臣下の役目と存じております。それぞれに何か思うことがあるやもしれません。しかし…私はシャール様に従います。しかし…!仮にその魔女がシャール様の信頼を裏切るようなことがあったとしたなら…その時は、私が真っ先にその魔女に剣を向けます!」

「ライコフ…」

「こいつまで…まったく、わけがわからないわ…」

「…うむ。ライコフの言う通りじゃ。じゃが、まだその魔女を信頼してよいのか分からん。だからこそ、これから今回のことについて、すべて話してもらう。シャール様も、それでよろしいですな」

ライコフとエッケハルトの言葉により、臣下たちは沈黙し、黙認に近い形ではあるがシャールの訴えが認められた。

そのことにシャールは目の涙を浮かべて喜び、リーズレットはあまりの甘い対応にため息をつくものの、その心中には穏やかな敗北感が宿っていた。

「では…まず聞くが、クレイモランを氷漬けにした理由を聞かせてもらおうかのう」

「それは…私を助けてくれた方に頼まれたからよ。黒いローブを着ていて、少ししか見えなかったけれど、とても美しい顔をしていたわ。そして、とんでもない魔力を感じたわ」

古代図書館の奥深くで、禁書と共に封印されていたリーズレットにとって、それはあまりにも突然の出来事だった。

3か月前、その男は魔物たちの住みかとなっていたそこへたった1人で入って来た。

禁書の中からも、近づいてくる彼の魔力がひしひしと感じられ、彼なら自分を解放できるのではないかと思った。

その願いが叶い、彼の呪文によってリーズレットは外に出ることができた。

そして、解放されたばかりのリーズレットにある依頼をしてきた。

(お前に頼みがある。それにこたえてくれるなら、あとは好きに生きるがいい。遠い時を生きる魔女、リーズレットよ…)

穏やかにしゃべる顔立ちの良い彼に、解放してくれたことも手伝って一撃で落ちた。

だが、同時に何かその魔力の中に危ういものを感じられた。

(お前がクレイモランを氷漬けにすれば、グレイグという男がやってくる。この首飾りを付けた、黒い鎧を着た男だ。奴を殺せ。その後は自由にすればいい)

「で、私はあのグレイグという男を利用して聖獣を始末させたわ。おそらくだけど、聖獣が暴走したのは…おそらく彼が何か細工をした可能性があるわ」

「グレイグと同じペンダントをつけた男…?」

グレイグがつけているペンダントについてはかつて正気だったデルカダール王から聞いている。

それは幼少期のグレイグとホメロスに目をかけていた彼が生まれたばかりのマルティナを紹介した際に2人に譲ったもので、王国の未来を守る若者となれという願いが込められていた。

そのため、グレイグ以外にそれを持っている可能性がある人物は一人しかいない。

「まさかとは思うが…その男はホメロスと名乗っておったか?」

「さあ?名前までは教えてくれなかったわ。そのことを話すとすぐに消えてしまったから…怖いけれど、いい男だったわね」

「そうか…」

唯一の手掛かりはそのペンダント。

だが、ペンダントそのものは贋物を作ろうと思えばいくらでも作れるもので、その贋物を持つ人物の犯行の可能性もないとは言えない。

それに、犯人がホメロスだとしても、それだけでは証拠が足りない。

(もし奴が犯人だとするなら…)

鉱山で戦ったバトルレックスや城下町に運ばれたときに突然蘇ったデスコピオン、そして海で戦ったクラーゴン。

いずれもムンババと同じ魔法陣が額に刻まれ、それによって活性化した力でエルバ達を追い詰めていた。

どこでその禁呪法を覚えたのかは定かではないが、それを操ることのできる魔力の持ち主はホメロスであっても不思議ではない。

「旅のお方、そしてロウ様。この度は本当にありがとうございました。これで、クレイモランは救われました」

「うむ…まだ完全に真実が明らかとなったわけではないが、これでクレイモランが脅かされることはないじゃろう。それで…シャール殿に相談なのじゃが、今儂らは故あってオーブを各地で集めておる。クレイモラン王家に伝わるブルーオーブをしばし、貸してもらえないかのう?すべてが終わったときに、必ずお返しする」

「国の宝たる国民を救ってくれた恩人の頼みでしたら…」

快く承諾するとともに、ブルーオーブを持つ臣下の男がロウの前まで歩いていき、彼にそれを差し出した。

(これで…すべてのオーブが…)

デルカダールの国宝であるレッドオーブ、失われしバンデルフォン王国に今なお眠っていたパープルオーブ、ロウとマルティナの出会いのきっかけを虹色の枝と共に作ってくれたイエローオーブ、ムウレアでセレンから託されたグリーンオーブ、メダル女学院に伝わるシルバーオーブ、そして今のブルーオーブ。

これで、エルバ達はすべてのオーブをそろえることができた。

「あんたが持ってるその杖…私の…」

オーブにエルバ達が注意を向けているで、リーズレットはベロニカが持っている自分の杖のことに気付く。

「ああ、この杖?あんたが封印されたままなら、このままあたしのものにしようって思ってたけど…」

「なら、いいわ。この氷魔の杖、あげるわ。今の私には不要の物よ」

「不要の物…?まぁ…もらえるならありがたくもらうだけだけど…」

杖を手にし、その力を間近で感じたベロニカにとって、それをあっさりと手放すと決めたリーズレットの発言は予想外だった。

解けない氷でできた魔石に魔力が込められており、特にヒャドを中心として呪文の力を一気に高めてくれる。

これを装備してなら、より安定したトベルーラも可能になる。

だが、譲ってもらえるのなら、杖を失った以上はありがたくもらうだけだ。

「皆様、本当にありがとうございました。これからの道中もお気をつけて。私も、私なりに女王の重責を背負いきってみせますから」

 

城を出たエルバ達は湊へ向かい、まっすぐ進んでいく。

街の人々は自分たちに何が起こったのかいまだによくわかっていたい人々が多く、エルバ達に感謝する動きは見えないが、近くにグレイグ達がいるかもしれない現状ではむしろ好都合だった。

「6つのオーブを集めて、六芒星の祭壇に捧げる…」

「お姉さま、ついに…」

「ええ…時が来たわね。エルバをラムダの里へ、命の大樹の元へ導くのは…。しかも、今あたし達はその近くに来ている…。もしかしたら、何かの導きなのかもね」

聖地ラムダはクレイモランの東にあるゼーランダ山を登った先にある。

シルビア号から馬を受け取り、そのまま向かうことになる。

気がかりなのはグレイグ達の動きだったが、兵士たちの会話を盗み聞きしたところ、今は目立った動きを見せておらず、兵士たちは船の警備をしているだけの状態だ。

まだクレイモランにいるエルバ達を追跡する気配もなく、奇妙な静寂を見せている。

「気にかかるが、動きを見せていないならば、さっさと聖地ラムダへ向かうとしよう」

「にしても、カミュはどうしたのよ!?カミュは!!いつの間にかいなくなって!!どういうつ…」

「俺が、どうかしたのかよ?」

港に到着すると、桟橋に座っているカミュの姿を見つけ、ベロニカの言葉が止まる。

「カミュちゃん…どうしたのよ?黙っていなくなっちゃって、心配したわ」

「俺のことはどうでもいいだろう?それより、これで全部のオーブがそろったな」

「そうよ!それができたのは魔女の正体を暴いたあたしのおかげなんだから、感謝しなさいよ!!」

「そうだな…」

「だが、気になることはある。魔女をそそのかしたのは何者かはいまだにわからぬまま。嫌な予感がしてのぉ…」

「ここで考えても答えは出ないだろう?爺さん。なら、さっさとラムダの里へ行って、命の大樹へ向かう。それですべてが分かるだろう」

「そうじゃな…」

その人物がウルノーガに何らかの関係性があるなら、そこですべて明らかになる。

エルバの発言も一理あると考え、考えるのをいったん後回しにすることにした。

中央の桟橋にシルビア号が近づいてくる。

馬を降ろした後、シルビア号はここで水と食料を調達した後で近くの島に隠れることになる。

ロウはエルバ達の前へと歩き出し、空を見上げる。

吹雪が収まったことで青々とした空が広がるのが見え、命の大樹も見える。

ロウはそれに指を出した。

「エルバよ!わしらの旅はまだまだ続く!ゆくぞ、命の大樹へ!!」

一度は命の大樹を見上げたエルバ達だが、その視線へロウへと向かい、そしてその足元へと向けられる。

そこには金髪のバニーガールが大きく描かれたピンク色の表紙をした薄い本が落ちていた。

視線に気づいたロウは恐る恐る足元へと視線を戻し、そこにあるその本を見た瞬間、慌てて覆いかぶさるようにそれを隠す。

「わわ!!見てはいかん!!」

「ピチピチ★バニー…?」

「あっ!ロウ様!小屋で時々エッケハルト様と熱心に読まれてましたが、これだったのですね!?」

小屋にいた時、ロウ達はカミュ達が寝静まる中でこの本を読んでいたのを水を取りに来たセーニャが見たことがある。

寝ぼけていて、どんな本なのかはいまいちわからなかったが、いまようやくその謎が解けた。

だが、こういう類の本を知らず、古代図書館から持ってきたこともあって、古文書の一つだと解釈していた。

「ロウ様…旅先でそういうものを集める癖…まだ治ってなかったのですか…?」

以前、貴重な路銀を使って何冊もそういうムフフ本を集めたロウを鉄拳制裁したことがあったのを思い出したマルティナはあきれ果てる。

これでその癖が収まったと思いきや、あろうことか古代図書館で再発するとは思わず、もはや治しようがない悲しい性と認識を改めるしかない。

「不潔よ!ロウちゃん!!」

「あーあ、おじいちゃん。かっこよく決めたのに、台無しじゃない」

「はぁ…行くぞ。さっさと馬を引っ張ってこようぜ」

カミュに先導され、エルバ達はロウを素通りしてシルビア号へ向かう。

このままでは最年長者としての尊厳のなにもかもが終わってしまう。

「ま、待ってくれ!!違うのじゃ、これは…これはユグノア復興のための資金集めに使うつもりで…!!すべてのムフフ本のオリジナルになった本で、それがあれば…待つのじゃ、これはぁぁぁぁ!!!!」

ムフフ本を懐に戻したロウは釈明しながらエルバ達の元へ走っていった。


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