ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

62 / 116
第61話 幻影の騎士

「バリスタ、1番2番!目標は真上のドラゴン野郎だ、撃てーーー!!」

砦の外のバリスタが2発同時に発射され、上空から炎を発射しているドラゴンライダーを串刺しにして、地表へと転落させる。

地上では兵士や武闘家がそれぞれの得物でゾンビ達を葬り続け、壁の上からは魔法使いたちが呪文で支援攻撃を開始する。

エルバとグレイグが出発してから2時間後、魔物たちによる本格的な攻撃は始まっていた。

前線と後方では、既にそれぞれの戦いが始まっていた。

「よし…すまない、セーニャさん!彼の治療を!この人の骨折…かなり厄介だ!」

「はい、お任せください」

治療を行っていた神父の要請にこたえ、セーニャは重傷者の治療を行う。

比較的軽傷で済んでいる兵士については包帯や薬草による治療で済ませ、重傷者や薬草だけでは回復できない負傷を負った人々はセーニャや神父による回復呪文が施される。

「くそ…!俺はまだ、動けるんだ!もう回復はいいから…」

「駄目です!中途半端な回復では、傷が開いてしまいます!魔物の前でそんなことになったら、死んでしまいますよ!」

「くぅ…情けねえ!!将軍が…勇者様がデルカダール城を取り戻すために戦ってるのによぉ…」

「そうです…エルバ様が、グレイグ様が今こうして戦っているのです。だから…みんなで生き延びるんです。私たち、みんな…!」

ここでどんなに魔物を倒したとしても、デルカダール城を取り戻さない限りは勝利とならない。

エルバ達が常闇を生み出す魔物を倒せば、こちらの勝利となる。

エルバにここを任された以上、セーニャもまた必死に戦い続けていた。

(ご無事で…エルバ様。エルバ様の帰る場所は…私たちが…!!)

 

「エルバ…」

テントの外で、セーニャはデルカダール城のある方向の空を見ながら、祈りを捧げていた。

村人たちは全員テントの中に避難していて、今外にいるのはエマ1人だ。

真っ暗な空と山によって隔てられたこの場所からはデルカダール城を見ることはできない。

戦うことができず、回復呪文も持たないエマにできることはこうして祈ることだけだった。

「エマちゃん…」

「ペルラおばさま…」

テントから出てきたペルラは優しい笑みを浮かべ、エマを見つめていた。

「大丈夫だよ。あの子は必ず帰ってくる。光と一緒にね」

「光と…?」

「そうさ。それに、英雄様と一緒なのさ。勝つに決まっているじゃないか!」

「そう…ですよね…」

本当はエルバのことがとても心配なのに、気丈にふるまい続けている。

これが母親というものなのか、今の自分にない強さだというのか。

「ほら、今は一緒にテントに入らないと。外は危ないからねえ」

「は、はい…」

ペルラに連れられ、エマはテントへと戻っていく。

一瞬、魔物の鳴き声が聞こえたが、それはほんのわずかな瞬間に断末魔へと変わっていた。

 

「くっ…!!」

エルバは正面からやってくるゾルデの胴体を水竜の剣で両断する。

両断されたゾルゲは倒れるが、最初から何もなかったかのように消えてしまう。

「手ごたえのある幻影…厄介だ」

「これが…パープルオーブの力…くそ!!」

「そう…。醜い光の従者よ。これがオーブの真の力!パープルシャドウ!!」

ゾルデ本人の幻影が次々と出現し、真正面に襲い掛かってくる。

次々とほぼタイムラグなしで現れ、突撃してくるゾルデの幻影を前に、エルバ達は本人に近づくことさえできない。

「美しき闇の分身をいくらでも生み出すことができる…。さあ、醜き光の従者よ。我らが闇に屈するがいい!」

それぞれのゾルデの化身が追い討ちをかけるようにバイキルトを唱えて、全員の筋力を高める。

そして、強靭な力で振るう刃が容赦なくエルバ達を襲う。

常に複数のゾルデの幻影を相手取る形になり、死角からの刃に何度もエルバとグレイグの体が傷つく。

互いに背中合わせの状態で戦うことで死角を可能な限りなくしたとしても、さばききれない。

「くそ…!あの化身よりも、本体を直接叩かなければ…!」

「もしくは、あのパープルオーブを取り返すことができればいいが…」

額から流れる血で赤く染まった目で、エルバはゾルデの左目に埋め込まれているパープルオーブを見つめる。

それはエルバ達を命の大樹へ導いたものであると同時に、かつてのバンデルフォンの王を含めた人々が命がけで守り抜いた秘宝だ。

それをウルノーガの手先であるゾルデに使われているとあっては、あの時託してくれた王に申し訳が立たない。

(こうなったら、取り戻すしかない…。それで、パープルオーブが壊れることになったとしても…)

だが、これ以上ゾルデにパープルオーブを使われるよりはましだろう。

なにかその眼に一撃を加えることができれば、パープルオーブが外せるかもしれない。

しかし、呪文を使ったとしても、印を切っている間に妨害される可能性が高い。

ボウガンも持ってはいるが、ボウガン程度の矢では長距離から撃ったとしても効果はない。

どちらにしても、少しでも接近しなければパープルオーブを取り戻せない。

「エルバ…一つ聞きたいことがある?」

「なんだ…?」

本当なら、こうして話している余裕がないくらいに幻影たちが迫っている。

そのことは歴戦の英雄であるはずのグレイグ本人が一番よく分かっているはずだ。

「俺を…信じてくれるか?」

「信じる…だと?」

「頼む、今すぐその答えを聞かせてくれ!」

おそらく、何度もエルバを殺そうとしたことへの罪悪感があるのだろう。

答えを求めるグレイグの顔は見えないが、必死なことだけはわかる。

「…信じる。あんたの意思を」

「…感謝する!」

斧無双で一気に周囲の幻影を切り裂くとともに、グレイグは自らの体にスクルトを唱える。

そして、一直線にゾルゲ本人のもとへと走っていく。

「うおおおおおお!!!」

「バカめ…死にに来たか??」

幻影たちがスクルトに守られたグレイグに何度も切り付けていく。

守備力が上がっているとはいえ、それでも一部の攻撃がグレイグの体を切り付けていき、市松模様のサーコートを破る。

次々と体に刻まれる痛みに耐えながらも、グレイグは幻影を無視して走り続ける。

「貴様…卑しき光の従者め!目的は…」

「そう…だ!目的は、これだぁ!!」

グレイグが求めているのはゾルデの左目のパープルオーブ。

それを取り戻すことで、幻影を止めようとしていた。

奪われるわけにはいかぬと、ゾルゲが2本の剣を振るう。

傷ついた今のグレイグに2本を同時に受けきれる自信はなく、グレイグはキングアックスを右手の剣に向けて投げつける。

思わぬ斧の投擲を受けたことで右手の剣を手放すことになったゾルデだが、迷うことなく残ったもう1本を振るう。

左肩から腹部に至るまで深く切り付けられ、おびただしい血が王の間を濡らす。

「グレイグ…!!うああ!!」

重傷のグレイグを急いで治療しなければならないが、油断したところでエルバの左腕に切り傷が入る。

傷口が浅いのは、魔法の闘衣の衣類らしからぬ頑丈さのおかげだろう。

「これで、貴様は死ん…」

「このくらいの傷が…なんだというのだ!!」

致死量に至るほどの出血をしたにもかかわらず、グレイグは倒れることなく右手を伸ばす。

絶望に落ちて、自ら命を絶った人々、戦死した同胞や国民。

彼らの無念を考えると、この程度の傷がグレイグにとっては些細な問題だった。

パープルオーブをつかんだグレイグはそれを力いっぱい引き抜く。

「これで…もう、分身は作れまい…」

「おのれぇ!!魔王様から頂いたオーブをいやしき者なぞに!!」

ならば、殺して奪還するまでとゾルデは再びグレイグを斬ろうとする。

出血とダメージによって、体に限界が来たグレイグはこの場を動くことができず、片膝をつく。

「逃げろ、グレイグぅ!!」

「その首、ウルノーガ様とホメロス様に捧げん!!」

(これまでか…)

オーブを奪い取ったことで、分身が一時的に作れなくなった。

この隙にエルバがゾルデを殺せば、デルカダールを取り戻すことができる。

勇者を守る盾になると誓ったにもかかわらず、世界が救われるのを待たずに力尽きることは無念だが、それでも誰かの希望につながるならそれでもいい。

(本当に、それがお前の望みか?)

「何…!?」

「何!?」

攻撃した瞬間、ゾルデは目の前に起こった現実を現実として受け取ることができなかった。

それは、グレイグのもとへ駆けつけようとしたエルバも同様だった。

グレイグの首をはねるはずだった刃が首に当たった瞬間、紫色の障壁に阻まれ、逆に折れてしまっていた。

(勇者の盾となるという誓い、ここで終わらせるには早すぎる。そして、貴様には止めなければならない男がいる。違うか?)

「止めなければならない男…」

思い浮かぶのはただ一人、ホメロスだ。

デルカダールを守る片翼となることを誓いながらも、苦悩の末に闇に落ちてしまった友。

彼を止めるのは自らの役目。

危うくグレイグはその役目をエルバ達に押し付けかけていた。

「ならば、今こそ誓いを力とせよ。われらの時代に断ち切ることのできなかった因果、断ち切るはいまぞ」

「誰なんだ…俺に語り掛けるのは!?」

「私はネルセン。勇者の盾にして、騎士の国、バンデルフォンの始まりの王。今こそ、古の盟約に従い、新たなる勇者の盾の力とならん!」

「これは…!」

握っているパープルオーブがグレイグの手から離れ、そこを中心に片手斧が生み出されていく。

分厚い刀身には双頭の鷲とバンデルフォン王国の象徴といえる黄金の獅子のレリーフがそれぞれの面に刻まれていた。

「バンデルフォン最後の騎士にして、デルカダールの英雄、グレイグ。これはグレイトアックス、勇者を襲う災いをその斧で祓え!」

「なんということ…!?卑しき光に、オーブが…オーブが力を貸すなどとぉ!!」

落ちた剣を拾ったゾルゲが再びグレイグに襲い掛かる。

今度はパープルオーブやスクルトの守りもない。

手負いの今のグレイグなら一撃で葬ることができる。

しかし、ゾルゲは見誤っていた。

グレイグがなぜ、デルカダールの将軍と呼ばれ、ネルセンから『騎士』と呼ばれたのかを。

「この一撃で…死した人々の無念を晴らさん!うなれ…真空!!」

真空の言葉とともにグレイトアックスをふるった瞬間、激しい真空の刃が発生し、ゾルゲに襲い掛かる。

その刃がゾルデの体と鎧を斬りつけていく。

吹き飛ばされ、王座にたたきつけられたゾルゲはそれを枕に倒れてしまった。

「はあ、はあ、はあ…まさか、予想外だ。認めよう、卑しき光の従者よ。貴様の力を…!」

「まだ、動けるというのか…?」

傷だらけになったゾルデが立ち上がり、グレイグに迫る。

グレイトアックスの一撃が大きかったため、ゆっくりとしか動くことができない。

しかし、グレイグも今の一撃で限界がきたようで、その場に座り込んでしまう。

「貴様はこの手で…!!」

もう1度切り殺そうと剣を振り下ろす。

しかし、その刃はグレイグには届かず、水竜の剣が代わりに受け止めていた。

「な…にぃ?」

「見せてもらった、グレイグ。あんたの意思を…少し、見直したよ」

「貴様…残った分身をすべて倒して…」

「あんたが示してくれた…。俺の進むべき道を…!」

ゾルデの剣を弾き飛ばすと同時に、水竜の剣に稲妻を宿す。

勇者の力を失いはしたものの、この技だけは使える。

「ギガ…スラッシュ!!」

稲妻の剣閃がゾルゲに襲い掛かり、ゾルデの体を真っ二つに切り裂く。

切り口から光があふれだし、ゾルゲの体を少しずつ消していく。

「お、おおおお!!卑しき光が…我が美しき闇を…ああ、ああああああ!!ウルノーガ様、ホメロス様ぁぁぁぁ!!!!」

消滅するゾルデに目をくれることなく、エルバは傷ついたグレイグをベホイムで回復させていく。

(こいつ…あと少し深く斬られていたら、俺でも治せなかったぞ…)

「はあ、はあ…エルバ、倒せたな…」

「しゃべるな。傷口が開くぞ」

完治まで時間はかかるが、ゾルゲが死んだためか、魔物の気配は感じられなくなった。

そして、上空を包む紫の雲が次第に消えていき、太陽の光が差し込んでくる。

光に照らされたパープルオーブがそれに反応するかのように淡く光る。

(よくぞ、グレイトアックスを使いこなした。勇者の盾よ)

「ネルセン様…」

「ネルセン…?グレイグ、血を流し過ぎたか?」

「いや…聞こえるのだ、パープルオーブから…。ネルセン様の声が」

「何…?」

グレイトアックスを手にした時、ネルセンの声を聴いたのはグレイグだけだ。

それを知らないエルバは最初、ただの幻聴なのかと思ってしまっていた。

試しにグレイトアックスに埋め込まれているパープルオーブに触れる。

(勇者…我が盟友ローシュの生まれ変わり、エルバ…私はネルセン。ローシュの盾であった男だ)

「ネルセン…様…?」

信じることはできないが、グレイグが言った通り、パープルオーブからネルセンの声が聞こえてくる。

2人が聞こえることが分かったネルセンはそのまま話を進めていく。

「6つのオーブが勇者を運命へと導く。かつて我らはオーブに導かれ、命の大樹へと赴いた。そして、運命に従い、闇と戦った。しかし…我らには倒せなかった存在がいる。…ウルノーガ、魔王となり、命の大樹の力を奪った大罪人…。いつか、勇者と共にウルノーガと戦う運命にある者たちのため、我らはオーブに…我らの魂の一部を移し、戦うための力を封じた。このグレイトアックスはその1つだ」

「ということは…俺は…ウルノーガと戦う運命を…」

「運命は所詮、運命でしかない。そこから進むか退くか、それはその人間が決めることだ。勇者よ、そして勇者の盾よ、仲間を集め、オーブを取り戻せ。残り5つのオーブにも、力と…共に戦ったものの魂が封印されている。それをこれ以上、悪しきものの力とするな…」

その言葉を最後にパープルオーブの輝きが消え、ネルセンの声が聞こえなくなる。

そのころには太陽の光が王の間をたっぷりと包み込んでいた。

「…もう、動いていいか?エルバ…」

「ああ。残りの治療を砦でするなら、な」

「分かった。今は陛下や皆の安全を確認しなければ」

グレイグはネルセンから託されたグレイトアックスを修め、地面に落ちているキングアックスを手に取る。

そして、踵を返して城を出ていき、エルバも後に続いた。

 

紫色の炎が燭台に灯され、ドクロのレリーフが刻まれた紫のレンガでできた部屋の中、紫の玉座に腰掛ける魔王ウルノーガは自らの愛剣となった魔王の剣をそばに置き、左手に宿る勇者の痣を撫でる。

「ウルノーガ様、ホメロス様が戻られました」

「…入れるがいい」

「はっ…」

地獄の門番が扉を開き、ホメロスが部屋に入ると、ウルノーガにひざまずく。

「ウルノーガ様、ゾルゲが討たれました。デルカダールは解放されます」

「そうか…。勇者が生きていたとはな。まさか、今になって生きて現れるとは…よもや、海底王国がかくまったか…」

もう一つの候補としては、神の民が存在するが、もうすでに滅ぼしていて、おまけにエルバに空へ行く手段がない以上はその可能性はない。

だが、ムウレアの女王セレンはエルバにグリーンオーブを託している。

彼女がかくまったとしても不思議ではない。

そうであれば、ムウレアを滅ぼすとともに勇者も殺すことができたはずだが、滅ぼしたころにはもう勇者は逃げていた。

「ウルノーガ様…勇者を捨て置けば、再び世界が光りを取り戻す。その前に、私に奴を殺す許可を」

「いや…捨ておけ。まだ軍王は貴様を含めて5人。そして、厄介なものだ。この勇者の力は…いまだに我に抵抗しておる…」

左手の疼きを感じたウルノーガは睨むように勇者の痣を見る。

もう既に自らの一部になっているその力は今も痛みと共に外へ出ようとする。

わずらわしいが、そんな存在だからこそ、それを完全に支配下に置いた時の優越感は良い。

「ホメロスよ…貴様にだけは言っておく。勇者を殺すのは我のみ、だ」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。