「これは…どうなっている!?」
デルカダール城を出て、休むことなくリタリフォンとフランベルグを走らせて最後の砦に戻って来たグレイグの第一声がそれだった。
出入り口で見張っているはずの兵士の姿がなく、嫌な予感がしながら進み、王のテントがある広場まで歩いてきたが、そこにはだれの姿もなかった。
「奥へ逃げたのか…?」
「分からない。だが、確かに魔物からの襲撃を受けている…」
ここの手前の壁には魔物の攻撃でできた傷があったり、魔物のものか人間のものか分からない血もついていた。
広場には戦いの痕跡は見られないものの、エルバの言う通り、警戒して奥へ避難した可能性も否定できない。
2人は一番奥の壁を抜け、その先にある住民のキャンプに入る。
しかし、そこにも誰もおらず、人の声も聞こえてこない。
「エマ…ペルラ母さん、村長、マノロ…一体、どこへいったんだ…?」
「陛下、皆!!どこへ…まさか、俺はまた何も…」
守れなかったのか、間に合わなかったのか。
たとえ太陽を取り戻したとしても、彼らが生きていなければ何も意味はない。
2人が肩を落とす中、突然太鼓の音が聞こえてくる。
その後から続けて管楽器の音色が響き、そのリズムに聞き覚えのあるグレイグが顔を上げる。
「この音…いや、この音楽は…!?」
「ワンワン!!」
「ルキ!!」
走ってくるルキを見たエルバはそれに続くようにやってくる人々の姿に目を潤ませる。
「いま 響く 喜びの歌 朝が来た 朝が来た 我らを照らす 希望の光」
デルカダールでは有名な歌の一節が聞こえてくる。
ありあわせの布を繋ぎ合わせて作ったデルカダールの旗を手にした兵士3人を先頭に、人々はエルバとグレイグの元へと集う。
病気やケガで満足に動けない人々は動ける人々の手を借りてともに行進する。
「大鷲が天に舞い 我らをたたえる 山河の水は 清く澄み 我らをいやすだろう」
「エルバ!!」
「エマ…!」
別の行列もやってきて、その戦闘には旗を手にしたエマの姿があり、その姿を見たエルバの表情が緩む。
「歌え デルカダールの民よ 強き心の 太陽の民よ 歌え 歌え 喜びの歌を」
歌が終わるとともに、行列の中にいたデルカダール王がやってくる。
彼もまた戦っていたのだろう、額には包帯が巻かれており、マントやローブにも斬られている個所がある。
「よくぞ…よくぞやってくれた、グレイグ!!」
笑顔を見せるデルカダール王はグレイグの肩に手を置き、彼の勝利をたたえる。
「陛下…皆も…よくぞ、よくぞご無事で…!」
ゾルデを倒したこと以上に、彼らの無事を知った喜びで、ついに我慢ができなくなったグレイグは片手で目元を隠す。
その様子を見て、ようやく安心できたデルカダール王は何も言わずにただグレイグを見つめた。
「どいてっ、もう!!どいておくれよ!!」
「エルバ様!!」
行列を押しのけてペルラがやってきて、その後ろにはセーニャの姿もあった。
ペルラはまずはエルバの顔を見つめると、嬉しそうに笑い、そして涙を流しながらエルバを抱きしめた。
「今まで薄暗くて、よくわからなかったけど…男前になったじゃないか!やっぱり、あんたは私の子だっ!おじいちゃんの孫だ!」
「ペルラ…母さん…エマ…みんな…」
今度こそ、守ることができた。
そのことを嬉しく思い、エルバもペルラに抱き返す。
「さあ、宴の用意だ。この勝利の喜びを皆で分かち合おう!!」
「ああーーーうまい!!久しぶりの酒だーーー!!」
「ほらほら、こっちの料理もうまいぞ!お前らも食えって!!」
夜になり、王のテントの前に広場ではテーブル代わりになる木材が置かれ、その上にありあわせの料理と飲み物が並ぶ。
兵士たちはこれまで飲むことのできなかった酒をふるまわれたことで気をよくしており、飲めない兵士は住民が用意してくれた食事に舌鼓を打つ。
それはエルバも同じだった。
「おいしい…やっぱり、暖かい方がおいしいな」
「ようやく…ちゃんとしたシチューを食べさせてあげれたわねぇ」
無理を言って、貴重な肉を入れて作ったシチューをおいしそうに食べるエルバを見て、ペルラは流れる涙をハンカチで拭う。
ようやく、エルバが本当の意味でイシの村に戻ることができたといってもいいだろう。
「おいしいですわ…ペルラ様のシチュー」
「でも、良かった。無事に帰ってきてくれて!」
「ああ、ありがとうな。エマ。でも、俺は…」
今はこの勝利の喜びに浸るのも悪くはないが、まだデルカダールを救ったに過ぎない。
セレンとネルセンの言葉に従うなら、ここからエルバは再び世界を旅しなければならない。
世界の希望の火を繋げるために、仲間たちを集めるために、そしてオーブを取り戻すために。
だから、再びここを出ることになる。
そのことを感じたのか、少しエマの表情が暗くなる。
「エマ…」
「エルバ、食べ終わったらでいいから、あとで川辺まで来て」
「そうか…ホメロスはお前に嫉妬して…」
「はい。申し訳ありません、陛下。その言葉が真実なら、彼がウルノーガへ…闇へ走った原因の一部は…俺です」
テントの中で、デルカダール王に酒を入れながらグレイグはホメロスの件を詫びる。
兵士や民への影響を考え、表向きはホメロスはデルカダール陥落と共に戦死したということにすることは決まっている。
しかし、デルカダール王自身も彼の裏切りにはショックを隠せなかった。
将来を担う人材として期待していた彼を高く買っているつもりだった。
「…。おぬしとホメロスは持っている才が違う。しかし…ホメロスもほしかったのだろう。おぬしのような力を…」
幼少期から、ホメロスがグレイグに嫉妬をしていたことはデルカダール王も気づいていた。
それが彼の才能を高めるモチベーションになればいい、仮にそれで暴走しようとしたときに止めればいいと考えていた。
しかし、ふたを開ければ自らはウルノーガに取りつかれ、ホメロスはその闇を利用された結果、暗黒道に落ちてしまった。
「すべては儂がウルノーガに取りつかれたばかりに…。済まぬ、グレイグ…。済まぬ、ホメロス…」
「陛下…」
杯を震わせるデルカダール王にグレイグは何も言うことができず、ただ入っている酒を一気に飲み干すだけだった。
それで後悔も悲しみも飲み込めてしまえばいい。
まだまだ足りぬと、もう1杯口にする。
だが、いくら飲んでも底なし沼のようにドロドロとした汚泥のような感情が胸をもたれさせた。
「グレイグよ…」
酒を飲み、ある程度気持ちに区切りをつけたデルカダール王がじっと、感情をどうにか整理させようとするグレイグを見る、
視線を感じた彼は飲みかけのグラスをテーブルに置き、姿勢を整える。
「よくぞ、デルカダールのためにこれまで戦い続けてくれた。今こそ、鍛え上げたその力を世界のために使うべきじゃ。…言っている意味は分かるな」
「世界のために…」
グレイトアックスを授けてくれたネルセンの言葉を思い出す。
そして、あの時ホメロスに向けて言い放った自分に残された役割。
グレイグはそれをなす覚悟を固めていた。
本当ならそのことを自分が言い出すつもりでいた。
だが、グレイグの親代わりを務めていると自認しているデルカダール王にはグレイグのやりたいことが分かっていた。
「安心せよ。デルカダールの民は強い。それに、儂もじゃ。闇が晴れて、魔物の勢いも衰えよう。ここのことは気にせず、世界のために戦うのじゃ」
「陛下…」
「グレイグよ、これを持っていくがいい」
立ち上がったデルカダール王はベッドのそばに置かれている宝箱を開き、その中にある物をグレイグに手渡す。
それを見たグレイグの目は丸くなり、握った瞬間に感じる重量に心が躍る。
「デルカダールの盾…デルカダール最強の騎士の証。私などが、これを…!?」
「おぬしこそがデルカダール最強の騎士じゃ。それに…旅立ちにふさわしき旅支度を整えるのが親の役目。そうじゃろう?」
「陛下…」
「そなたこそが世界を…勇者を守る最強の盾じゃ。よいな?」
「…はっ!」
再び流しそうになった涙をどうにか抑え、グレイグは受け取ったデルカダールの盾、そしてグレイトアックスを手にする。
憧れの英雄と敬愛する王から授かった2つの力と己の誓いがグレイグが勇者の盾としていた。
「エマ…」
約束通り、食べ終わったエルバは川辺にやって来た。
先に来ていたエマは先ほど見せた暗い表情を再びエルバに見せていた。
「行くんだね…せっかく、こうして会えたのに」
「すまない、エマ。本当はもっと、ここにいたい。けれど…」
セーニャのように、自分にできることで仲間たちもまた世界を救おうと動いている。
そんな彼らと力を合わせなければ、六軍王とウルノーガを倒すことはできない。
デルカダールを守っただけでは、この戦いは終わらない。
「分かってる…!エルバは勇者で、勇者としてやらなきゃいけないことがあるって…けど…」
頭では分かっているが、どうしても心が納得させてくれない。
我慢できずに出てくる涙をぬぐいながら、エマは言葉をどうにかつなげていく。
「でも、でももし…もしエルバが死んじゃったら、私…私…」
「エマ…」
涙を流すエマをエルバは正面から抱きしめる。
急に抱きしめられたエマの涙が止まり、代わりに急激に顔を赤く染めていく。
「ま、ま、待って!?エルバ、どうして…どうして急に!?」
「俺は…ずっと怖かった。帰る場所も、待っている人もいないことが…。たとえ戦いが終わっても、復讐したとしても、何も残らない。生きる理由を見失うんじゃないかってな…」
焼き尽くされたイシの村、死んで村人たち。
その惨状を見たエルバにとって、勇者の使命を知ることと復讐だけが望みとなっていた。
帰る場所もなく、待ってくれる人のいない自分には残されたものは何もないのだと。
「でも…カミュやセーニャ、ベロニカ、シルビア、マルティナ…そして、爺さんがそんな俺を支えてくれた。そして、何よりも…今ここにエマがいる」
「エルバ…」
「俺に世界を救えるか、そんなのは分からない。勇者の力をなくしてしまったからな…。けど、俺は…俺はエマに笑顔でいてほしい。エマが悲しまないようにするために、戦ってる」
いつものエルバのものとは思えない、饒舌な言葉。
その言葉の一つ一つがエマを落ち着かせ、エマもまたエルバに抱き返す。
抱きしめあい、互いの体温の鼓動を確かめ合う。
ぬくもりも鼓動も、今まで相手から感じてきたものと同じようにも、違うようにも感じられた。
「エマ…待っていてくれるよね?」
「エルバ…うん、待ってる。ずっと、イシの村で…あなたが魔王を倒して、帰ってくるのを…」
「ありがとう、エマ…」
少しだけ体を離し、エルバとエマは互いの顔を見つめあう。
長い最後の砦での暮らしや監禁生活で、少しだけやせたように見えるが、それでも気丈にふるまうエマ。
戦いの傷を体に残し、過酷な旅の中で引き締まった体になり、成長した一人の男になったエルバ。
2人は目を閉じ、互いに唇を重ねあった。
翌朝、再びデルカダールに太陽が昇り、小鳥たちのさえずりが砦の中で聞こえてくる。
砦の入り口には、それぞれの愛馬に乗ったエルバとグレイグ、そして兵士から譲ってもらった馬に乗るセーニャの姿と、見送りの人々であふれていた。
「エルバよ、かつておぬしの父、アーヴィンが言っていた。ユグノアの王族の男子は大人になる前に、6年間ドゥーランダ山中腹にあるドゥルダ郷で修業をすると。ドゥータンダ山とゼーランダ山の2つの山は勇者と縁がある。まずはドゥーランダ山へ向かい、そこからこれからの目的を決めるのが良いだろう」
「ドゥーランダ山はソルティコの北にある。行ってみる価値はあるぞ」
「俺はいいが、問題は…」
ドゥーランダ山への道はウルノーガに取りつかれてから封鎖されていたが、今では封鎖するだけの力がなくなったこともあり、自由に通ることができる。
エルバが行くのはともかく、問題なのはグレイグだ。
彼らは一方的に封鎖され、孤立状態にされた怒りを忘れるはずがなく、グレイグはホメロスと同じく、多くの人に知られている将軍だ。
そんな彼の姿を見て、ドゥルダの人々が放っておくはずがないだろう。
「俺のことは心配いらん。陛下が動けない以上、私が詫びるだけのことだ。それに、今重要なのは魔王ウルノーガのことだ。協力してくれるだろう」
「そうだな…」
だからこそ、エルバ本人も勇者であること、そしてユグノア王家の人間であることを強調しなければならない。
今の彼はユグノアの甲冑姿になっていて、これはデクが用意してくれた素材で、エルバが昨晩、鍛冶セットを使って復元したものだ。
首には旅立ちの際にもらったヒスイのペンダントと、エマからもらった新しいお守りがぶら下げられている。
エルバの視線が王の隣にいるエマとペルラに向けられる。
「エルバ…ずっと、待ってるから。だから、必ず帰ってきてね」
「ああ…それまで、村を頼むよ」
「デルカダールの太陽を取り戻してくれたあんたならできるさ。さっさと魔王を倒して帰っておいで。あんたの大好きなシチューを作って待ってるわ」
「ペルラ母さん…」
「連れの人ー!兄貴に会ったら、よろしくなー!」
「装備とか、いろいろと…ありがとうな。魔王を倒して、借りを返す」
デクからは今回の武具だけでなく、旅に必要な道具やこれから使うと思われる鍛冶の素材などを多く持たせてもらっている。
また、今セーニャが持っている天使のステッキとタイタニアステッキも彼からのもらい物だ。
「セーニャさん!また戻ってきてくれよー!」
「笑顔でなー!天使様ー!!」
「…人気者だな、セーニャ」
「どうしてかは分からないですけど…」
兵士たちの別れの声がうれしいのは確かだが、それだけのことをしらつもりはセーニャにはないようだ。
だが、セーニャがいなければ大勢の人が死んでいた可能性が高い。
だから、彼女もまたイシの村とデルカダールを守った英雄と言ってもいいだろう。
「行くぞ、エルバ。仲間を集め、ウルノーガを倒すために」
「ああ…行くぞ、フランベルグ」
フランベルグが返事をするかのように嘶くと、ナプガーナ密林へ向けて走っていく。
それに続いてグレイグを乗せたリタリフォンが、セーニャを乗せた馬も追走していった。
世界を救うために旅立つ彼らを人々は声をあげ、手を振って見送った。
「勇者エルバ…こんなことを言う義理はないかもしれぬが、世界を…頼む」
「ワンワン!!」
去っていく3人の後姿をじっと見つめるエマにルキが吠える。
ルキに頭を撫でたエマは彼らの後姿が見えなくなると、村に向けて振り返る。
イシの村を復興し、エルバの帰りを待つ。
既にダンとデルカダール王が協議を行い、お互いに村と王国の復興のために手を貸しあうことで合意していて、今はその第一弾としてイシの村の復興が始まっている。
エマにとっても、新しい戦いがここから始まる。
(待ってるからね、エルバ。エルバの帰る場所は私が守るから…!)
新しいオレンジのスカーフを手にしたエマはそれを頭に結びなおす。
そして、新しい戦場へと足を踏み入れた。