ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第70話 親子

「ああ…娘が、娘が帰って来たー!!」

「これは夫の形見の…皆さま、本当にありがとうございます!」

「生きてここに帰れるなんてなぁ…」

フールフールから取り戻した人々や財宝を持って帰った世直しパレードによって、ブチャラオ村に再び笑顔が戻ってくる。

一番大切なものが戻ってきたことを喜ばない人はいない。

その喜びに包まれる村の中で、チェロンはエルバとシルビアと共にバハトラがいるであろう家の前に立つ。

扉を開ければ、そこに父親が待っているはずだが、チェロンにはその扉を開けることができずにいた。

今、手の中にある、母親の形見である壊れたペンダント。

(こいつが俺の今、人生の中で一番大切なものだ!こいつを…こいつを守ってくれ!!)

「父ちゃん…」

あの時の、フールフールに対して必死に懇願する姿が嫌でも脳裏に浮かぶ。

彼が命に代えてでも守りたいものが自分ではなく、母親の形見だったことがショックだった。

取り戻してことを喜ぶのか、それともただ失望して飲んだくれてしまうのか。

「大丈夫だ、俺たちがいる。俺たちが君がどんな思いでそれを取り戻そうとしていたのかを知っている。だから、安心しろ」

「兄ちゃん…」

「ほら、いつまでも立っていても始まらないわ」

「うん…」

エルバとシルビアに背中を押されたチェロンが扉を開く。

そこには肩を落とし、机の上にあるいつも酒を入れているコップを見つめるバハトラの姿があった。

「父ちゃん…今、帰っただ」

「うん…その声、チェロン??」

扉が開く音さえ気づかなかったバハトラだが、チェロンの声が聞こえるとハッとしたように顔を向ける。

彼の顔を見ることなく、恐る恐る歩くチェロン。

その小さな手の中にあるペンダントを彼に見せる。

「ごめん、父ちゃん…父ちゃんの一番大事なペンダント…壊れちゃっただ」

「ペンダント…だと…!?」

目を開いたバハトラが席を立つとともに、チェロンの目の前まで歩いてくる。

いつもなら、酒に酔ったせいで嫌な臭さを感じるが、今日のバハトラからはそれが感じられない。

足取りもしっかりとしているが、やはりペンダントのことで怒っているのかと思うと顔を見ることができない。

「この…このぉ…」

「え…?」

「この、バカタレ…がぁ…」

涙声のバハトラに驚くチェロンだが、次の瞬間、彼の恰幅の良い体がチェロンを抱きしめていた。

チェロンにとって、父親に抱きしめられた記憶はすっかり消えようとしていた。

だが、この瞬間に、母親が生きていたときに彼に抱きしめられた記憶が呼び戻されていく。

「済まねえ、済まねえだ…」

「父ちゃん、どうして、どうして謝るだよ?だって、ペンダント…」

「ペンダントのことはええんだ。おめえが、おめえが無事なら…きっと、母ちゃんがおめえを守ってくれたんだろうなぁ…」

体を離したバハトラはチェロンの握る形見のペンダントを撫でる。

涙を浮かべるバハトラだが、その顔は父親らしい優しい笑みだった。

「実はな…あの魔物に質問されたとき、ひどく嫌な予感がしただ。だから…おめえを守るために、ペンダントを差し出しただ」

「本当…?」

「ああ、けど…そのせいでおめえを傷つけてしまった。いや、今回のことだけじゃねえ。母ちゃんが死んでから、ずっとおめえをほったらかしてしまった。すまねえ…すまねえ…俺ぁ、父親失格だぁ」

「そんなこと、そんなことないだよ、父ちゃん。オラのことを守ってくれた。オラこそ、オラこそ…ごめんよぉ」

再び抱き合い、仲良くわんわんと泣き出す親子。

彼らを邪魔しないように、エルバとシルビアは静かに家を後にする。

(父親…か)

父親と言われると父親代わり、というよりも祖父代わりであるテオのことが一番に頭に浮かぶ、

ロウが言っていた父親であるアーヴィンのことはどんな人物だったのかさえ思い出せないどころか、覚える機会すらなかった。

「チェロン、親父といつまでも仲良くな」

「エルバちゃん…ちょっと、いいかしら?」

「うん…?」

「2人っきりで話したいの、とても…大切なことよ」

シルビアの表情は再会したときの笑顔ではなく、どこか不安の色のある真面目な顔。

とても普段の彼らしくないものだが、それだけ重要なことということだけは感じ取ることができた。

 

シルビアと共にやってきたのは、かつてメルトアと戦った壁画のある遺跡の前に広がる広場だ。

かつてはにぎわっていた観光地だが、世界崩壊の影響により、もはや観光どころではないためか、閑散としていて、村人すらも立ち寄る気配がない。

椅子代わりになる石に腰掛けたシルビアはエルバを見つめ、話を切り出す。

「あの親子、再会できて本当によかったわ。けれど…魔王のせいで亡くなった命や破壊された街はもう戻らない…」

空を見上げながら、シルビアは逆に救うことのできなかったものに心をはせる。

亡くなった命、破壊された街に対してできたことは、その実行犯を倒して、犠牲者を弔うことだけだった。

弔ったとしても、生まれ変わることなく冥界で消えるだけの魂に対しては気休めにしかならない。

そんなことを冥府を見たエルバが口にすることができない。

無論、冥府でしばらく過ごしたロウが共にいても、同じだろう。

「エルバちゃん、あの魔王、ウルノーガには世界を滅ぼすほどの力を持っていたわ。しかも、勇者の力を奪ったことで、もっと強くなっているかもしれない…」

シルビアもエルバもあの時の、勇者の力を奪われた挙句、世界が滅びるのを見ていることしかできなかったあの時の光景が頭に焼き付いている。

仮にリベンジできたとしたら、勇者の力と魔王の力という相反する力を宿した彼と戦わなければならない。

勇者の力を失ったエルバにとってはさらに分の悪い戦いが迫られる。

「それでも、エルバちゃんはウルノーガと戦うつもりなの?」

シルビアの目の前に生きて現れたエルバに、フールフールと戦ったエルバに対しては愚問であろう言葉を投げかける。

フールフールはシルビアから見れば下っ端中の下っ端。

ここから先は彼などわけがないほどの強大な魔物たちとの戦いが待っている。

勇者の力を取り戻すことのできる保証はない。

もしかしたら、志半ばで死ぬことになるかもしれない。

それよりは、残り短い時間をどこかで隠れて静かに暮らすこともできる。

エルバはまっすぐシルビアの目を見て、口を開く。

「決まっている。そのために、俺は生きている…」

命の大樹へ向かっている時とは違い、今のエルバの心にはかすかだが、希望がよみがえっている。

帰ってくる場所、懐かしい人々、そして愛する幼馴染。

今ここで引き返すことは、勝利を信じて待っている彼らへの裏切りとなる。

それに、その希望は小さな灯。

それをつなげて、魔王を焼き尽くす炎へと変えなければならない。

「…ふふっ、やっぱりエルバちゃんは勇者ね。それに、あなたの目からは気力が感じられるわ。やっぱり、いい感じに変わったみたいね」

「よしてくれ…」

下に向けて顔を隠すエルバにクスクス笑うシルビアは立ち上がり、後ろを向いて空を見上げる。

村から笑い声がかすかに聞こえてくるが、空は未だに暗い。

「世界に笑顔を取り戻す!なんて言って、みんなが笑って、元気になれるように世助けパレードを始めたけど…魔王を倒さなくちゃ、本当の意味で笑顔を取り戻すことができない」

飢えに苦しむ人にパンを与える人と小麦の作り方を教える人の話をかつて下積みをしている際に聞いたことがある。

どちらも人を救うことになることには変わりない。

しかし、パンを与えたとしても一時の救いにしかならない。

小麦を自分で育て、それをパンにすることができるようになれば、飢えに苦しむことはない。

今の世助けパレードにできるのはパンを与えること。

今のシルビアが求めているのはそれではない。

「だから、エルバちゃん。あなたにまだ戦う意思があるとわかった以上、アタシの命もあなたに預けるわ!」

「シルビア…助かる」

「当然よ、だって仲間じゃない。でも…その前に、やらなければならないことがあるわ。アタシはウルノーガと戦って死ぬことになるかもしれない。命の保証がない以上、その覚悟はあるわ。けれど、パレードのみんなを巻き込むことはできない」

共に旅し、武芸や旅芸人としての技術を叩き込んできた彼らだが、それでも自分ほどの実力はない。

ウルノーガとの戦いは熾烈を極める以上、少なくとも自分よりも強くなければ連れていく気はない。

彼らにはほかにやらなければならないことがある。

無論、それはウルノーガに勝利した後の世界でもだ。

「だから、パレードのみんなを信頼できる人に預けたいんだけど…」

「信頼できる人…それは…」

エルバの脳裏に真っ先に浮かぶのはサマディーのサーカスだ。

シルビアにとっては仕事仲間であり、信頼できるかもしれないが、あの大人数を受け入れられるのかは不透明だ。

だが、他にシルビアに知り合いがいるのか。

彼自身の人脈を完全には理解しているわけではないエルバの頭には浮かばない。

「ええ、いるわ。ナカマみんなを受け入れてくれる人が、たった一人だけ」

「なら、そんな彼の元へ頼めばいいだろう?」

「頼めるなら頼んでるわ。けれど…その人ほんっとうにおっかない人なのよ!」

本気で怖がっているかのように体を震わせ、表情も暗くなる。

騎士としても旅芸人としても一流のはずのシルビアを怖がらせ、おまけに頼りにもされている彼が何者なのか、エルバには想像がつかない。

一瞬、何かの冗談なのかとも思ったが、その表情も震える声も本気としか見ることができない。

「だから、お願い!一人では心細いの!だから、一緒に来てくれる?」

「俺がついて行っても、何も意味がないだろう?」

「ううん、あなたが一緒に、勇気のあるエルバちゃんが一緒にいてくれるなら、アタシも勇気を出してあの人にお願いできるの。こんなことを頼めるのはあなたしかいないわ。だから…お願い!!」

「ああ…分かった。だから、まずは離れてくれ」

ピョンと飛びつき、力いっぱい抱擁してまで懇願する彼に思わず根負けしてしまう。

間近に迫るシルビアの目力にはかなわない。

「ありがとー!エルバちゃん!!さあ、出発するわよー!!」

エルバからパッと離れて笑みを見せるシルビアはさっそく出発準備のために村へと戻っていく。

一人残されたエルバはその場に寝転がり、暗い空を見つめる。

「覚悟はある…か。グレイグ達も同じなんだろうな…」

グレイグはとにかく、セーニャもロウも、口には出さないがおそらくはシルビアと同じ覚悟を固めているだろう。

その覚悟を受け止めるに見合う力が自分にあるのか?

左手を伸ばし、勇者の痣を見つめる。

もはや力のないそれは光を放つことができず、ただの痣。

(シルビアにはああいったが、今の俺にウルノーガと同じ土俵に立つことができるのか?それとも、たどり着く前に…)

 

村の外には出発の準備を整えたナカマ達が集まっていて、全員が神輿の上に立つシルビアに視線を向けている。

彼らには出発前に大事な話があることだけ告げられており、その内容を知らない彼らはざわついていた。

その少し離れたところにエルバ達もいて、彼らの様子を見ていた。

「みんな、集まってくれたようね。これからみんなに大事な話をするわ。…アタシ、パレードやめる!!」

突然の一言に集まっていたナカマ達が一斉に静まり返る。

ヒューと風の吹く音だけが聞こえた刹那、彼らに衝撃が走る。

「「「ええええーーーーーー!!!!????」」」

何の脈絡もなく、おまけについさっきブチャラオ村の人々を助けたにもかかわらず急にどうしたのか。

話がついてこれない彼らにシルビアはその真意を話す。

「だけど、安心して。魔王ちゃんをやっつけるまでの間よ。倒したら、絶対にみんなのところへ戻って、またパレードを始めましょう。今度はしっかり、芸でみんなを笑顔にするの」

「魔王ちゃんを…?」

「まさか、前に話していたウルノーガちゃんのこと??」

「あそこにいる…」

パレードの中で、シルビアからある程度ウルノーガのことは説明されていたようで、全員がその名前を頭に浮かべていた。

そして、この世界を滅ぼすほどの強大な力を秘めた魔王にシルビアが戦いを挑もうとしている。

無事に帰る保証のないその戦い、シルビアの強さは知っているが、生きて帰ってこない可能性も否定できない。

送り出すべきか、引き留めるべきか迷う彼らだが、1人のナカマが声を上げる。

「オネエ様!アタシ、オネエ様を応援するわ!みんなの笑顔を奪う魔王ちゃんは絶対に許せないもの!みんなもそうでしょ?このまま魔王ちゃんを放っておくわけにはいかない!きっと、オネエ様にしかできない戦いよ!なら、信じて、待ちましょう!!」

「あなた…」

「アタシ達も応援するわ!オネエ様がパレードを離れるのは寂しいけど、けど…絶対に帰ってきてくれる。そう信じているわ!」

1人を皮切りに、次々と賛同の声を上げて、シルビアを送り出そうとしている。

自分のわがままに付き合ってくれる大切なナカマのありがたみに感謝し、涙を見せるシルビアはぬぐった後で神輿から降りて、彼らに寄り添う。

「そう、世界に笑顔を取り戻すためよ。だから、それまでの間、アタシのパパがいるソルティコって町で待っていてほしいの!」

「パパ…ソルティコ?」

「ソルティコ…」

セーニャの脳裏に、水門を開けにソルティコへやってきたときの光景が浮かぶ。

あの時、シルビアは花を摘みに行くと言って町の外へ出て、入ろうとさえしなかった。

グレイグも彼の言葉、そしてソルティコという町の名前に何か違和感を覚え始める。

旅芸人らしからぬ剣術に身体能力、騎士という言葉。

グレイグの脳裏にソルティコで共に切磋琢磨したもう1人の友の姿が浮かぶ。

当時のグレイグを何度も打ち負かした、堅物で長い髪をした少年。

まさかと思い唾をのんだグレイグはシルビアの顔を覗き込む。

「き、貴様…まさかとは思うが、ゴリアテか…?」

心の中で、否定することが来てほしいと願っていた。

もし成長しているなら、鎧を纏う真っ当な騎士になっている姿しか思い浮かばない。

ただの他人の空似だと。

だが、そんな都合のいい現実がこの世にあるわけがない。

ウインクしたシルビアの口が開く。

「ウフフ、ようやく気付いてくれたのね!いつ気づくか、ずっと待っていたのよ?グ・レ・イ・グ♪」

その言葉を聞いた瞬間、グレイグの脳裏にあった騎士ゴリアテの虚像が音を立てて崩れていく。

雷が落ちるような衝撃に動揺するグレイグをよそに、シルビアは再び神輿の上に乗る。

「さあ!ということで、ソルティコに出発ー!!」

「「「はーい!!」」」

再び演奏とダンスが始まり、神輿とナカマ達と共にシルビアがソルティコへと続く街道を進み始める。

余りの衝撃のその場を動けずにいるグレイグにエルバ達が駆けつける。

「グレイグ、大丈夫か…?」

「ああ、なんということだ。あの生真面目なゴリアテがあんな姿に…ジエーゴ殿はさぞお怒りに違いない!!」

「ジエーゴ殿…まさか、シルビアはジエーゴ殿の息子、ゴリアテだというのか?」

「ロウ様、グレイグ様、ご存知だったのですか??」

「シルビアがそうだとは初耳じゃが、ゴリアテは儂も姿は見ているぞ」

ロウにとって、ゴリアテ時代の彼はジエーゴにあこがれて剣術修行に明け暮れる少年だ。

確かに彼の母親が旅芸人だったことは知っているが、当時の彼からは芸とは無縁のようにしか見えなかった。

「奴の本当の名はゴリアテ。ソルティコの名門騎士たるジエーゴ殿の跡取りだだ」

ジエーゴとソルティコの名前を聞いたエルバはようやくあのシルビアの彼らしからぬおびえた姿に納得がいく。

グレイグを鍛えた男だというなら、相当の実力を持っており、もちろん引き受けてくれれば力になってくれるのは分かる。

なお、ゴリアテは世界最初の騎士とされている伝説の騎士の名前からとったという。

しかし、騎士となるはずだった彼がオネエとなったとなるとどう思うだろうか。

グレイグの反応を見る限り、切り捨て御免もあり得るだろう。

「彼は幼少からジエーゴ殿の教えを受けていて、俺も一時期は彼と共に騎士の道を歩んだ。俺を含めて、皆が将来はジエーゴ殿のような騎士になると思っていた」

「…その立派な騎士殿がどうしてああなっている?」

「それは…理由がわからないがある時、屋敷が壊れるほどの激しい親子喧嘩を繰り広げたと聞く。そして、そのままゴリアテは町を飛び出してしまったそうだ。それからは全く音沙汰がなかったが…」

それは10年以上前のことで、できることならグレイグも探しに出たいと思っていたが、将軍としての職務もあり、それができずにいた。

まさかこのような形で再会することになり、エルバの仲間になっていたとなると、ロトゼタシアが広いようで狭く思えてしまう。

「ふむ…ならば、我らもソルティコへ向かうとしよう。ジエーゴ殿のこともそうじゃが、ユグドラシルと合流して、情報も整理したいからのぉ」

「では、決まりですわね。急いでシルビア様達を追いかけましょう」

 


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