ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

72 / 116
第71話 父親

「まさか…こんな形で町へ戻ってくるとは思わなかったわ…。不思議なものね、この街へは二度と戻ってくるまいとは思っていたのに…」

ソルティコの街へと続く橋の上に立つシルビアは白い建物と砂浜の懐かしい街の景色を見ながらポツリとつぶやく。

この街での一番強い記憶は父親との大喧嘩で、それが彼が戻る気になれない理由ともなっていた。

もう二十年近く町へ戻ってきておらず、以前ソルティコのカジノからの芸のオファーもあったが、他のオファーと被っているという理由で断っていた。

この美しい街もまた、ウルノーガの影響を確かに受けていた。

町の警備をしている騎士たちは疲れ果てている様子で、中には訓練生上がりもしくはある程度腕っぷしのいい住民が武器を取ってさえいる状態だ。

「これは…グレイグ様!!」

警備をしている兵士の一人がグレイグの姿を見つけると、左足をかばうように歩いてくる。

そして、少し汚れた制服を整えてから敬礼する。

「グレイグ様、よくぞご無事で…!デルカダール解放の知らせは既に…」

「そうか…。ソルティコの状況はどうなっている?ジエーゴ殿は?」

「は…世界が崩壊してから、魔物が凶暴化するとともに街に侵入する個体も現れました…。町にいる騎士たちが奮闘しましたが、3割近くが戦死、もしくは重傷を負い、戦線を離れています。ダーハルーネの商人たちから武具の支援を受けることはできていますが、それでも必要数には届いていないありさまです」

「そうか…」

「現在はユグドラシルという組織の者たちと共にここを守っています。なお、ジエーゴ殿は1週間前に侵入した魔物との戦いで負傷し、現在は療養中です」

「負傷…?あのジエーゴ殿が?傷の具合はどうなのじゃ…??」

「命に別状はありません。しかし、当分は前線に出ることはできないというのが医者からの結論です」

あのジエーゴでさえも前線を離れるほどの負傷をするほどの魔物が存在する。

六軍王やフールフールの存在からそのことは覚悟していたものの、やはり尊敬する師匠であるジエーゴの負傷はグレイグにとってはショックが大きい。

「あの…でしたら、私にその傷を見せていただけませんか?私の回復呪文であれば、もしかしたら治せるかもしれません」

「それは助かる。ジエーゴ殿とは面会は可能か?」

「セザール殿を通す必要がありますが、グレイグ様が来たのであれば、喜んでくださるでしょう」

頭を下げた兵士は交代でやって来た兵士に事情を伝えると、屋敷に向けて歩いていく。

そして、入れ替わるようにカーティスがやってくる。

「ロウ様、エルバ様、よくぞご無事で。エルーナ様もお喜びになられます」

「うむ…。情報網の復旧はどうなっておる?」

「ええ。ロウ様がドゥルダ郷へ向かっている間にも復旧を行い、ようやくグロッタとつなぐことができました」

「グロッタと…どうやって?こんな状態じゃ、伝書鳩も…」

「実は、デルカダールから船を借りることができたのです。インターセプター号、デルカダールが現状、唯一動かすことのできる船であり、最速の船です」

「インターセプター号…まさか、修理が終わっていたとは」

「ええ、我々も力を貸しました。そして、ここの警備も受け持つことと引き換えに、という形での取引です」

インターセプター号はウルノーガ配下の海の魔物たちの襲撃を受けたことで大破していた。

ソルティコに寄港することができたものの、資材も人手も足りないことで修理することすら難しい状態だった。

一方もユグドラシルも、生きているであろうエルバ達への情報提供や、シルビア号がない場合に備えて船がどうしても必要だった。

そのため、互いの利害が一致したことと戦うべきがウルノーガであることが一致していることから、このような取引が成立した。

「グロッタから集めた情報が本部に届いています。エルバ様とロウ様にはご足労願えばと」

「うむ…ジエーゴ殿のことはシルビアとグレイグ、セーニャに任せるとしよう。エルバ、行くぞい」

「ああ」

エルバとロウがカーティスに連れられてユグドラシル本部へと向かう。

2人を見送ったシルビアは視線を自分が生まれ、暮らしていた屋敷に向け、若干視線を下に落とす。

「はあ…情けないわね。やっぱり怖いわ、パパのことが」

わずかに手が震えており、とてもこの手がこれからウルノーガに戦いを挑もうとするものの手には思えない。

どうしても、ソルティコを出ていく直前のジエーゴとの大喧嘩と、彼の憤怒の表情を思い出してしまう。

そして、彼の己の目指す騎士道を否定する言葉を思い出してしまう。

「ゴリアテ、少し聞いていいか?」

「何かしら…?」

「なぜ旅芸人になった?確かに、お前の母上であるガーベラ殿が旅芸人であることは知っているが…」

彼女のことはここで暮らしていたときにシルビアやジエーゴから聞いている。

バンデルフォン王国出身の彼女はジエーゴと結婚し、今のシルビアを生んだが、すぐになくなってしまった。

若かった彼にはその後も貴族からの縁談の話もあったが、ガーベラのことを深く愛していたこと、そして彼女の忘れ形見であるシルビアの存在からすべて断ってきた。

屋敷のジエーゴの部屋に置かれている絵画の1枚が生前のガーベラの姿で、それは旅芸人としての彼女の姿だ。

おそらくシルビアも、そんな声を聞くことすらできなかった母親の姿をジエーゴから聞いていたのかもしれない。

「いろいろよ。パパが教える騎士道と剣、それで人々を守り、救うことができる。アタシだって、そう信じて疑っていなかった」

実際、子供の頃のシルビアにとって、ジエーゴはまさに理想的な騎士であり、彼を目標として、その背中を追いかけてきた。

しかし、現実として剣だけですべてを救うことはできない。

飢餓や病に苦しむ人、戦いで壊された街や森。

いくら突き詰めたとしても、剣はあくまでも何かを切るための道具でしかない。

「果たして、それだけでいいのか?そう思っていたときに、ママを知っているって旅芸人に会って、その人のサーカスを見たの。その時、すごく興奮しちゃって、そして…見ているみんなが笑顔になっていた。それで、気づいたの。世界中のみんなを笑顔にする、これがアタシの騎士道じゃないかって…」

「それで、お前は旅芸人の道を…」

「ええ。覚悟が固まった日、アタシは直接パパに言ったわ。旅芸人になって、世界中のみんなを笑顔にすることがアタシの騎士道だって。当然、すごく怒ったわ」

そこから始まったのは壮絶な親子喧嘩だった。

最初は殴り合うだったが、次第に訓練用の剣を、しまいには本物の剣を手にしてぶつかり合った。

訓練生たちに彼らを止められるはずもなく、屋敷が壊れるかもしれないほどの戦いが繰り広げられた。

「そして、アタシは言ったわ。アタシの信じる騎士道を極めるまで、ソルティコに帰らないって。そういって、飛び出していった…」

ソルティコを出た後で、その旅芸人に弟子入りし、共に各地を旅しながら下積みと修行を続けていた。

旅芸人は幼少期から修行を続けるため、最初のシルビアは自分よりも一回り近く年齢の低い少年少女たちと一緒に練習をすることが多かった。

騎士として修業をしていたことから体はある程度出来上がっていたのが救いで、生真面目な性格もあって、旅芸人の教えを吸収していった。

そして、旅芸人の世界では遅咲きである26歳の時に免許皆伝し、自立。

それからは各地を旅しながら旅芸人として名声を得て、今はエルバ達と共に旅をしている。

「…フッ、風貌が代わって、人も変わったと思っていたが、どうやらお前は俺の知っているゴリアテのままのようだな。さあ、師匠に会いに行くとしよう」

 

「ご覧ください。これがインターセプター号が手にした内海の状況です」

ユグドラシル本部の広間で、カーティスが机上にある地図に印をつけながら、その場所に紙を置いていく。

紙にはその場所で起こったことの詳細が記載されていた。

「インターセプター号のおかげで、かろうじてネルセンの宿屋までの情報をつかむことはできました。また、南の大陸もダーハルーネからサマディー王国までの情報網の復旧も進んでいます。ただし、グロッタの街及びホムラの里までは届いていません」

「この短期間にそこまで…苦労を掛けたのう。おぬしにも、エルーナにも…」

「構わないわ、これもエルバの…孫のこれから生きる世界のため。若者のために道を作るのが老人の役目じゃなくて?」

「そうじゃのう…」

「それで、カーティスさん。ほかの仲間の行方は…?」

エルバにとっての一番の気がかりがそれだ。

情報網の復旧が進んでいるなら、まだ会えていないマルティナとベロニカ、カミュの行方をつかめているかもしれない。

あと3人で、仲間が全員そろうことができる。

ラムダの里に向かうとしても、全員がそろってからがエルバにとっての理想だ。

「申し訳ありません。残念なことにベロニカ殿とカミュ殿の行方は現在もつかめていません。ただ、マルティナ姫についてはわずかながら情報を得ています。こちらを」

ネルセンの宿屋の位置に置かれている紙を手にし、それをエルバ達に見せる。

そこにはマルティナらしき旅の女武闘家の宿泊記録が記載されていた。

「用心深いことに、偽名を使っています。しかし、宿屋の従業員から得た風貌などの情報から、8割がたマルティナ姫で間違いないものと思われます」

「では、マルティナ様はどちらに向かわれたのですか?」

「ポートネルセンは現在、連絡船が止まっている状態です。あの地方から外へ出ることは不可能。ポートネルセンの記録にも、あの世界崩壊以降の船の出入り情報はありませんでした。となれば、ユグノアかグロッタ、そのどちらかへ行かれたと考えるのが自然でしょう」

「だとしたら、目的地は決まりだな…。ダーハルーネとサマディーの状況はどうなっていますか?」

「ダーハルーネでは、商戦の多くが沈み、海も魔物が凶暴化したことで自衛用の聖水も効果がなくなっているとのこと。商売も輸送もできず、活気を失っている状態です。まだ、サマディーでは勇者の星に異変が起こっているという情報がありますが、それ以外に目立った事件は起こっていないとのこと」

異変と言っても、度々勇者の星が点滅するかのような光を放つだけで、薄気味悪さを感じる声があるものの、それよりも重要なのは凶暴化した魔物への対処と国内の鎮静化だ。

勇者の星の異変は命の大樹が落ちてから始まっているが、それと本当に因果関係があるかはまだ分かっていないのが現状だ。

「船はインターセプター号を使ってください。明日までに出港準備を整えますので、それまではソルティコでお休みください」

「うむ…何から何まで感謝するぞい、カーティス」

「我々は我々のできることをするだけです」

 

ジエーゴの書斎には相変わらず酒と本であふれており、ベッドには額に包帯を巻いたジエーゴがメイドから出されたばかりのおかゆを口にする。

貴重な食糧を浪費するわけにはいかないため、中に入っている米は少なめで、味付けも海水で調整したものになっている。

デルカダールで出される気取った料理よりもジエーゴにとっては此方の方が口に合うようで、何一つ文句を言うことなくスプーンを進める。

「ジエーゴ様、おからだの調子はいかがでしょうか?」

食べ終わると同時に、執事であるセザールが食器の回収にやってくる。

長年仕えてきた彼は経験則でジエーゴの生活を予測できており、時には朝起きたと同時に入ってきて、朝の水を持ってきており、その時はさすがにびっくりした。

いずれは自分の死期を予測し、死んで後の葬式などの手配も速やかにするのではと冗談半分に思ってしまったこともある。

ただ、先日魔物と激しい戦いを繰り広げ、子供をかばって重傷を負ったため、今はそんな冗談を考えるだけでぞっとする。

生き延びたのはいいが、世界崩壊からの半年で自分よりも若い住民や騎士の死をいくつも見てしまった。

おまけに、昨日の夜には変な夢を見てしまった。

10数年前、愛する妻であるガーベラの忘れ形見であるゴリアテが飛び出した時のもので、その時は屋敷が壊れるかと思われるほどの激しい喧嘩を繰り広げていた。

そして、世界中の人を笑顔にするまで帰らないと言って飛び出していく。

そんな夢を見てしまい、不意にその犠牲者の中に彼がいつか混ざってしまうのではないかと思ってしまう。

「ご心配、されていますね?」

食器をお盆に乗せたセザールが察したかのようにつぶやく。

名前を口にしないが、誰のことを言っているのかは分かっている。

そういうことまで察するセザールは少々有能すぎる。

元荒くれで、執事のしの字も知らない時代の彼のことをよく知っているため、そんな彼を今回限りは面白くなく、フンと逸らした。

「ジエーゴ様、セザール様、お客様が来られました。グレイグ様です」

コンコンとノックする音の後で、外にいるメイドからの声が聞こえてくる。

「グレイグだと…?なぜあいつがここへ?」

伝書鳩の知らせでデルカダールが解放されたことは知っているが、それでもホメロス不在の今のデルカダールの軍事の要であるグレイグがなぜそこを離れ、ここにやって来たのかと疑問を抱く。

だが、愛弟子が無事な姿で会いに来てくれることはうれしいことだ。

「ああ、分かった!入れてやれ!」

「かしこまりました、どうぞ、グレイグ様」

扉が開き、半年ぶりのグレイグが入ってくる。

彼のその半年間の活躍、そして戦いぶりは聞いており、同時にこうして無事にここへ来てくれたことへの嬉しさで思わず笑みを浮かべてしまう。

ジエーゴの前までやってきたグレイグはその場でひざまずく。

「師匠、グレイグでございます。久方ぶりです」

「おうおう、グレイグ!よく無事だったなぁ。大活躍だったってえ聞いているぞ?ほら、さっさと近くまで来てツラぁ見せろい!」

立ち上がったグレイグは一礼をしてから、ゆっくりと彼に歩み寄る。

「へへっ図体がでけえだけが取り柄だったてめえが今やデルカダールの英雄様だなんてなぁ」

「思ったよりお元気そうで何よりです。師匠のもとで騎士道を教わっていなければ、今の私はあり得なかったでしょう」

「うれしいことを言うじゃねえか?で、そんなおめえがどうしてここへ来たんだ?それに、一緒に来ているその女は?」

「彼女はセーニャ殿、我々と志を同じくする仲間です」

「お会いできて光栄ですわ、ジエーゴ様。ラムダの里のセーニャでございます」

「勇者と共に、ウルノーガに立ち向かうためです。奴を倒さなければ、第2、第3の闇がデルカダールを襲うかもしれない。いや…たとえデルカダールを救うことができたとしても、世界すべてが平和となったわけではありません。故に、その災いの根元たるウルノーガを討つべく、勇者の盾として旅立ったのです」

「勇者の盾か…。へっ、てめえらしいな」

半年前にやって来た時と比較すると、迷いを晴らしたまっすぐな目に戻っており、そのことがジエーゴを安心させていた。

そして、そんな彼が、かつてはエルバの命を狙うことになった彼が今ではエルバと共に旅をしていることに運命めいたものを感じずにはいられない。

「ああ、そうだ。師匠、実は会わせたい者が1人おります。よろしいでしょうか…?」

「うん?まさか、エルバか?」

「いえ、実は…」

もうそろそろ入ってくるであろう友人の隠れる姿が頭に浮かび、思わずため息をついたグレイグが顔を少し横に動かして、目を扉の方に向ける。

見えないが、少なくとも気配で彼がそこにいることは感じられた。

「勇気を持って出てきたらどうだ?ゴリアテ」

「何…!?ゴリアテ、だと??」

グレイグの口から飛び出した息子の名前に笑顔だったジエーゴの表情が強張る。

名前まで出されてしまったシルビアはもう出ざるを得ない空気になっていることを感じ、コソコソと出てくる。

しかし、やはり恐怖心が勝るのか、グレイグの後ろに隠れていた。

「パ…パパァ、た、ただいま…」

若干体を出して、かすれた笑い声で手を振るが、にらみつけるような視線に耐え切れずにまた隠れてしまう。

ジエーゴの目には今の息子の奇抜すぎる衣装がばっちりと映っていた。

「てめえ…ゴリアテか。ちょっと会わねえうちにふざけた身なりになりやがって…」

体の震えと怒りの高ぶりを覚えたジエーゴが立ち上がると、後ろの壁に掛けてある剣を手にし、抜いた鞘を投げ捨てる。

そして、ベッドから降りると同時にズカズカとシルビアの前まで歩こうとしていた。

「てめえ、ゴリアテ!!どのツラ下げて帰って…ぐっ!!」

剣を振り上げようとしたジエーゴだが、急に痛みを覚えたのか、握っていた剣を落としてしまい、更には膝をついてしまう。

「いけませんわ、けがをされているのに、今すぐ治療を…」

ジエーゴに駆け寄り、回復呪文を施そうとするセーニャだが、彼が右手を伸ばして彼女を制止させる。

「はあはあ…悪いが、今はいい。後にしてくれ」

「ご、ごめんなさい…パパ…」

「はあはあ、ごめんなさいだとぉ…てめえ、何か勘違いしてねえか」

ため息交じりに、先ほどとはトーンを下げた声でシルビアに語り掛ける。

驚いたシルビアが彼にもう1度目を向けると、ジエーゴはセザールの肩を借りてベッドへ戻っていた。

「てめえはてめえの騎士道で、世界中を笑顔にできたか?」

ジエーゴからの質問で、ハッとするシルビアはいつもの笑顔とは違う、いつにも増した硬い表情でグレイグを離れ、ジエーゴに向き合うように立つ。

その姿は旅芸人になる前の、ゴリアテの頃と同じ姿だった。

「いいえ、まだです」

「はぁ…だったら、なぜ帰ってきやがった!!てめえは大口たたいて出ていきやがった!!なのに、夢を果たせないままよくもぬけぬけと!!そんな風にてめえを育てた覚えはねえぞ!!そんなのでおふくろに…ガーベラに顔向けできると思っているのか!!!」

「パパ…それって…」

「ゴリアテ様、これを…」

セザールがジエーゴの本棚の中にある1冊の分厚い本を手に取り、ページを開いてシルビアに見せる。

それを見たシルビアの目が大きく開く。

そこにはシルビアが出演するショーのチラシの切り取りが貼られていた。

「ゴリアテ様、ジエーゴ様はずっとあなた様の身を案じておられました。そして、信じておられています。貴方様の信じる騎士道が自分にできないことを成し遂げてくれると信じて…。だから、各地のチラシを集め、いつもそれを見て笑っていらっしゃったのです…」

「パパ…認めていてくれたのね、アタシの騎士道を…」

「チッ…セザールめ、余計なことをしやがって」

「申し訳ありません。しかし…いつまでも誤解があってはなりませぬ故」

一番最後のページにはエルバ達と仲間になるきっかけとなったファーリス杯前夜のサーカスのチラシが貼られていた。

考えてみると、そこからはエルバの旅に付き合う形になっており、サーカスに出演できない形になっていた。

ある意味それが音沙汰無しの状態につながってもいた。

「ありがとう…パパ。ずっとアタシのことを認めてくれて。アタシ…確かに志半ばで帰ってきてしまったけど。それにはちゃんとした理由があるの」

「…魔王か」

「…そう。魔王がいる世界じゃ、誰も笑顔になれない。心の底から笑うことすらできない。だからアタシ…魔王を倒しに行く。仲間たちと一緒に、世界に笑顔を取り戻すために!」

エルバと仲間になってからずっと決めていたこと。

それを貫くため、そのために離れ離れになってからも戦ってきた。

それを貫くため、ここへ戻って来た。

あの時と変わらない決意をもう1度、自分を認めてくれたジエーゴに伝えるため。

「フフフフ…ハッ!魔王を倒すだと!?てめえ、またドデカイことを言いやがったな!おもしれえ、やってみやがれ!!」

その姿はかつてのガーベラの姿と重なって見え、それが無性に笑えてしまう。

口調が変わりはしたものの、心根はあの時のまま変わりなく、成長している。

それがうれしいとともに、なぜか頭の中にはそれを成し遂げるシルビアの姿が浮かんでくる。

「ええ…必ず!騎士に二言はない!そのために、パパに頼みたいことがあるの。魔王を倒すまで、アタシの仲間たちを預かってほしいの。そして、アタシの代わりにみんなの中心になってほしいの」

「ハッ!そんなものお安い御用よ、困っている人を助けるのが騎士道ってもんよ!」

「ええ!?いいの、パパ」

「おうよ!騎士に二言はねえ!どーんと受け止めてやらあ!!」

(うん…なんだ、嫌な予感がするが…)

何か、ジエーゴが取り返しのつかないことを言ってしまった、そんな錯覚がする。

気のせいだろうとは思うが、相手はシルビアで、彼が受け入れることになるのは…。

「キャー!ありがとう、パパ!それじゃ…みんなー、パパにあいさつなさーい!」

口笛を吹き、しばらくの間静寂が流れる。

しかし、徐々にドドドドと多くの足音が聞こえて来て、次の瞬間、ドアが開くと同時にナカマ達が続々と入り込んでくる。

「キャー、素敵なおうちー」

「な、なぁ…!?」

「わー、オネエ様のパパ、かっこいー!これからよろしくねー」

挨拶もそこそこに、ナカマ達はジエーゴの部屋にあるものに興味津々で、あちらこちらに散らばっていく。

幸いワイン棚には鍵をかけているため、勝手に飲まれることはないだろうが、奇抜な軍団に面食らった状態だ。

「お、おい、ゴリアテ!!こいつぁ、いったいどういう…」

あまりにも予想を斜め上を行く集団に動揺するジエーゴにニヤリと笑ったシルビアは懐から衣装を取り出す。

それはシルビアが装備しているパレード衣装と同じものだった。

「はい、パパぁ。これを着せてあげる」

「ま、待て待て!!そんな話は聞いて…」

「あ、アタシも手伝うわ」

「アタシも、アタシもー!!」

「うわ!!待て、そんなものを着るなんて…グ、グレイグ!!どうにか!!」

必死にグレイグに助けを求めるが、もうすでにスイッチの入った彼らの押しを止めることはできない。

気が付くと制服姿だったはずのジエーゴの服装が奇抜なサーカス衣装へと変貌を遂げていた。

「これで、立派にアタシの代わりにみんなの中心になれるわ。ありがと、パパ」

「は、はぁ!?そんなの聞いてねえぞ!!」

確かにシルビアの代わりに中心になるとは言ったものの、あくまでも彼のイメージは騎士団のようなもの。

こんなことになり、おまけにふざけた格好にさせられるのであれば、受け入れるつもりなんてなかった。

「騎士に二言は…ないんでしょ?」

「な…うぐぐぐ…」

拳を握りしめ、シルビアのニヤケ面に叩き込もうと思ったジエーゴだが、先ほどの言葉を発した以上は引き受けるしかない。

弟子と息子がいる中で、もう彼にこれを却下する道は残されていない。

「…ああ、分かったよ!このみょうちくりんな奴らの面倒はしっかり見てやる!だからさっさと魔王を倒して、帰ってきやがれ!!てめえには…話さなきゃならねえことがごまんとあるからな!!いいな!!」

「もちろんよ、帰ってくるから、安心して」

「ああ、そうしてくれ…。ああ、セーニャさん。悪いが、そろそろ回復を…。それから、セザール。ゴリアテにあれを持ってきてやってくれ」

「承知いたしました。すぐにお持ちします」

「パパ、あれって…?」

「はあ…大事な息子が大勝負に出るってんなら、上等な一張羅を用意してやるってのが親心だろ…?」

あまりのことと、大声を出し過ぎたことで傷が触ったようで、セーニャに回復してもらっているときのジエーゴは息が荒くなるとともに疲れた様子を見せていた。

しばらくすると、セザールが黒いスーツと大きな帽子をもって戻って来た。

「こいつは、俺が若いころに旅をする中で手に入れたもんで、お前の母さんとの結婚式の時、こいつを着ていた。こいつをてめえに貸してやる」

「そんな大事なものを…」

「…本当なら、夢を実現したときにくれてやろうと思ったが、今はまだだ。だから、あくまで貸すだけだ。絶対返しに戻って来いよ、いいな」

「うん…ありがとう、パパ…」

セザールからスーツを受け取ったシルビアは涙を浮かべ、そのスーツを抱きしめる。

この服はきっと、ジエーゴへの誤解が解けていなければ受け取ることすらしなかっただろう。

だが、ジエーゴの本当の想いを知り、そして魔王を倒して、生きて帰る決意に背中を押してくれていることを知った今なら、誇りをもってこの服を受け取ることができる。

ジエーゴのため、そしてナカマ達のために必ず生きて帰る。

死んで悲しませてしまっては、エンターテイナー失格だ。

(見ていて、ママ。パパの騎士道とママの笑顔、その2つを力にして、必ず魔王を倒して、世界中を笑顔にして見せるから!!)

 

翌日の早朝、ソルティコ付近の船着き場にはソルティコから運ばれた物資がインターセプター号に積み込まれていた。

船大工たちが出航時間ギリギリまで整備を行い、クルーである騎士達が乗り込む。

「ありがたい話だ。ジエーゴ様の命令があるとはいえ、これほどまで…」

「それだけ、パパがアタシ達に期待してるってことね。裏切らないようにしなきゃ」

餞別にもらった黒いスーツを身にまとったシルビアの舵を握る手が強まる。

船乗りではないものの、デルカダールが誇る船であるインターセプター号の舵を取り、勇者を乗せて航海に出るというのは彼らにとってはこの上ない名誉なのかもしれない。

本当ならばアリスにそれを任せたかったが、生憎彼にはダーハルーネに残しているシルビア号を直し、合流するという役目がある。

港では見送りのナカマ達の姿があり、皆が目に涙を浮かて手を振っている。

そして、彼らに無理やり部屋から引っ張り出されたジエーゴが不機嫌な表情を浮かべながらも、その眼はじっとインターセプター号に乗るシルビアに向けられていた。

「ロウ様、エルバ様、お帰りをお待ちしております」

エルバとロウ、セーニャにもユグドラシルのメンバーの一部がカーティスと共に見送りに来ており、彼らが3人に対して敬礼する。

「うむ…必ずやウルノーガを倒す。そこからもまた、大変な仕事が待っておるが…」

「ええ。ユグノアの復興です。そのためにも、死んではなりません。我々も…そして、皆様も」

ウルノーガを倒したとしても、それが戦いの終わりを意味しない。

彼によって滅ぼされてしまったユグノアをもう一度復興し、取り戻した時こそ、ようやくこの17年近くにわたる戦いを終わらせることができる。

「そうじゃ。必ずや皆で無事に会おうぞ」

「ええ。陛下のご命令には必ず」

「硬いのぉ、相変わらずおぬしは…」

「貴様!何をしている!!早く連れ出せ!!」

「なんじゃ…?」

これから本当の旅立ちというときに水を差すような声にため息をつくなか、グレイグが声が聞こえた保管庫へのスロープへと向かう。

そこには騎士2人がかりで運び出される青年の姿があった。

「侵入者か?」

「グレイグ様、申し訳ありません。見張りをつけていたのですが、まさかかいくぐり、昨日のうちに運んでいた食料に手を付けているとは…」

侵入されてしまったとはいえ、彼らがインターセプター号の警備を怠けていたというわけではない。

少なくとも侵入口の鳴る場所はいずれも必ず1人は兵士が見張るような状態を維持し続けていた。

にもかかわらず、侵入されたことに首をかしげるが、侵入者が出た異常は言い訳できず、ただ詫びるしかない。

「盗賊である以上は牢に入れるべきかと」

「そうだな。まずは奴の素性を…うん??」

ようやくここで初めて侵入者を見ることになったグレイグはその姿に既視感を抱く。

ボロボロになった深緑の軽装な服と長い間切ることも手入れすることもなかったかのように伸び放題になっている髪と髭。

どこか見たことのあるような彼だが、どうしても思い出せない。

「どうしましたか、グレイグ様。こちらの方は…」

「ああ、すまない。せっかく出航というときに侵入者が」

「…あなたは、まさか…!!」

グレイグの続く言葉を遮ったセーニャはその青年に駆け寄る。

騎士の手から離れた彼だが、疲れ切った様子でその場に座り込むしかできない。

だが、セーニャの声が聞こえたようで、虚ろになった瞳をそちらに向ける。

「もしかして…カミュ様、なのですか…?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。