ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第73話 預言者

「みなさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫よ…この程度の傷なら…」

「セーニャよ、そこのけが人は儂が治療しよう。おぬしだけでは手が回らんじゃろう!」

ポートネルセン付近の小屋とその周辺では、セーニャとロウ、そしてシルビアが兵士たちに治療を施す。

3人だけでなく、若干ではあるが回復呪文に心得のあるグレイグも付き合う形になっている。

インターセプター号は沈んでしまい、ジャゴラによって既に殺されてしまった兵士は既に海に沈んでしまい、回収できなかったが、けが人や生存者はどうにか自力で泳いでここまで這い上がることができた。

エルバ達が乗っていたフランベルグやリタリフォンなども無事だった。

ジャゴラも、インターセプター号を食らったことで満足したのか姿をくらませており、追撃してくる魔物の姿もなかった。

ここにたどり着いてから、その治療に既に3日も費やしている。

仮に現地に滞在しているユグドラシルのメンバーからの支援を受けることができなければ、もっと時間がかかっていたかもしれない。

「セーニャさん、ロウさん、ユグドラシルの人が薬を持ってきてくれました!」

「おお、助かったぞい。薬があれば…」

「それにしても、エルバちゃん…いつになったら目を覚ますのかしら…?」

シルビアが心配しているのは小屋の中で眠っているエルバだ。

一番最後に打ち上げられたエルバは完全に意識を失っており、グレイグ達の手で小屋の中に担ぎ込まれた。

可能な限りの回復手段を施し、傷をいやすことはできたものの、いまだに昏睡状態が続いている。

肺の中に水は入っておらず、窒息した痕跡もないにも関わらず、声をかけても何も反応がない。

「できることはした。我々にできることはただ待つことだ。それに、あいつほどの男がこんなところで終わるはずはない。そうだろう?」

デルカダールの追手から逃げ延び、真実にたどり着いたエルバを曲がりなりにも見てきたグレイグだからこそ、それは断言できる。

彼の言葉に、シルビア達は力強く首を縦に振った。

 

「う…うう、ん…」

瞼を白い光が差し込む感じがして、エルバは左手で目を守りながらゆっくりと開いていく。

天空魔城が生み出す瘴気によって、青空がろくに存在しない世界であるにもかかわらず、広がるのは雲一つない青空。

そして周囲に広がるのは緑と花のあふれる野原。

「ここは…どこかの、島なのか…?」

エルバの記憶はあの巨大な魔物、ジャコラによってインターセプター号が沈められた瞬間から途切れている。

野原と表現したその場所の周囲は海が広がっているものの、そこには船の残骸らしきものは見えない。

「じいさん!グレイグ!カミュ!シルビア!セーニャ!いるのか!!」

声を上げるが、声が1つも聞こえない。

聞こえるのは波と風の音だけで、カモメの鳴き声すらない。

美しくも生物の姿のない島をエルバは歩く。

歩いていくと、赤いレンガでできた、水車付きの家が1軒だけポツリとある岬に差し掛かる。

その屋上に小さな人影が見えた。

「あそこの人からなら、インターセプター号のことが…」

海沿いに家があり、そこの家主なら何らかの情報をつかめるはず。

幸いにも家のドアの近くにはしごがあり、底から簡単に上ることができた。

「…!?馬鹿な!?」

ハシゴを登り、改めて人影の正体であろう後姿を見たエルバは息をのむ。

オレンジ色のスカーフをつけた金髪で、薄緑のドレス姿。

再会を約束し、イシの村に残してきた幼馴染のエマの姿がそこにあった。

「エマ…!?なんで君がそこに!?」

登り切ったエルバは急いでエマに駆け寄る。

そんな彼にエマは振り返り、口を開く。

「なーんじゃ、何者かと思えばおぬしか」

「な…!?」

その声は紛れもなく、エマそのもの。

しかし、その口調はエマのものとは大違いで、その面影もない。

「安心するがええ。ここは天国でも地獄でも、現世でもない。安心するがええぞ」

「なら…どこなんだ、ここは。どうして、エマの姿をして…」

「おぬしをからかってやりたかった…そう答えれば、満足かのぉ?」

「質問の答えになっていないぞ…」

「フフフ、そうカッカするでない。まずはのんびり釣りをすることじゃな。ここには時の流れなど存在せぬのだから」

「釣りだと…俺には…」

エルバの答えなど求めていない、そう答えるかのようにエマの姿をした何者かがそばに立てかけてある釣り竿を手にすると、それを彼に押し付ける。

そして、自らも再びそこに座って釣り糸を垂らす。

それから数分、釣り糸や海の中にいるであろう魚の動きを観察するが、一向に動きが見えない。

しびれを切らすかのように、エルバは視線を隣にいる彼女に向ける。

「…!!その姿は…」

「ん…?なんじゃ、この姿は気に入らんのかのぉ?」

隣に座っていたのはエマではなく、ファーリスになっていた。

声色も彼の者だが、明らかに口調は先ほどのエマと同じだ。

「ならば、この姿はどうじゃ?」

こうなったら、納得する姿になってやろうと言わんばかりに、ファーリスが自らの頭を軽く叩く。

すると、その姿は今度はラハディオへと変わった。

もう1度叩くとキナイ、次はロミア、次にボンサック、次にはエッケハルト、最後にはピピンの姿へと変わる。

「ふうん…姿が安定しない。どうやら、おぬしは儂の正体がわからんようじゃな」

「当然だ。初対面だからな」

「ずいぶんな物言いじゃな。まぁよい、ひとまずこの姿で失礼するとしよう」

ピピンが軽く頭を叩き、その姿を緑色のローブを纏い、デルカダール王に似た髭をした老人へと変わる。

そして、視線を自分の釣り竿へと戻す。

「儂は…おぬしらの世界では預言者などと呼ばれておる」

「預言者…?」

「そうじゃ。迷えるものの導き手、栄光へと灯台、口うるさい婆、そのようなものじゃな。まぁ、預言者と言っても、人によって姿やイメージは異なる物。故に、儂の姿も変わるのじゃ」

「その姿はなんですか…?俺は、会ったことがありません」

「ふむ、そうか…。まぁ、いちいち姿を変えるのは正直に言うと面倒臭い。今はこの姿でいさせてもらうとしよう。ところで…竿が動いておるぞ」

「え…?」

ずっと預言者を見ていたエルバはうっかり竿のことを忘れており、確認すると糸が動いているうえに竿もしなっていた。

慌てて持ち上げるが、既に魚には逃げられていて、釣り針についているはずのエサも消えていた。

「まだまだ、釣れるには時が早いということじゃろうなぁ」

「釣れる時…?」

「そうじゃ、おぬしと…おぬしの中にいるもう1人のおぬし、重要なのは2人じゃな…」

立ち上がった預言者は釣り竿を棚に置き、隣の座るエルバをじっと見る。

すると、エルバのちょうど隣に黒い影でできたもう1人のエルバが姿を見せる。

「てめえ…何のつもりだ?てめえまで俺を否定するつもりか?ハハハハハハ…笑わせんじゃねえよ!光がある限り闇はなくならねえ!こいつの憎しみも、消えることはねえ!!」

「…そうじゃな。厄介なものじゃが、心を持つということはそうした負の感情をも背負わなければならんということ。それがたとえ、自分以外にも影響を与えるものであったとしてもだ…」

「知ったような口だな…死んでみるか?」

「や、やめろ!!」

「止めんじゃねえ!てめえも死にてえかよ!!」

立ち上がり、紋章閃を放とうとするもう1人のエルバにしがみつき、必死に止めるエルバ。

だが、急にもう1人のエルバの体から力が抜け、前かがみに倒れこんでくる。

「やれやれ、純粋にまっすぐ突き進むのはいいことじゃが、周りを見るべきじゃったな。今はお前にも、紋章の力を発動できんよ」

背後にはいつの間には預言者の姿があり、おそらく当身をしたのであろう、手刀をエルバに見せる。

「血気盛んなことじゃ。天使のような慈悲深さと悪魔のような残酷さ…見せたい自分と見ることすらしたくない自分…難儀なものだな。じゃが、それを乗り越えて…その先に行った時こそ、勇者の力が目覚める。そう信じて、前へ進むのじゃ」

「…俺には、勇者の力はもう…」

「なんじゃ?力というものは目に見えるものなのか?手に取れるものなのか?簡単に奪われるようなものなのか?」

「それは…」

実際に、あの場所でエルバはそれを奪われたときの感触を今も生々しく覚えている。

心臓をえぐられるような感触、抜き取られたと同時にウルノーガに宿った勇者の痣。

あれを奪われたと解釈しないでなんとするのか。

「まぁよい。来るべき時、それが分かる。さあ、そろそろ行くのじゃ!」

思いっきり背中を叩かれたエルバは屋根から落ち、その下の海へと転落すると同時に意識を失った。

沈んでいるエルバを見送る預言者は目を閉じ、深呼吸をした後で口を開く。

「いつまでそこにおるのじゃ?」

「…やはり、お前の目はごまかせないな。久しぶりだな。だが…ようやく探し出すことができた。預言者として、何百年も動き続けたお前を」

「これが…贖罪だ。世界の、そして…おぬしに対しての…」

「あいつも目覚め、勇者の盾に力を貸した。あとは…彼女だ。彼女の行方を探すのを手伝ってくれ」

「…裏切者の私に、頼んでいいことなのか?」

「…確かに、お前のやったことを許し切れたわけじゃない。本当ならこの手で…。だが、ロトゼタシアの未来のためだ。もう頼めるような仲間はほかにいない」

「…いいだろう。償いのためにも、もう1度お前と彼女を会わせることとしよう…」

 

「うわあああ!!はあ、はあ、はあ…」

「エルバ様!?」

気が付き、思わず声を上げたエルバの視界に広がるのは木造の小屋の一室で、ベッドの中にいた。

そして、隣にはセーニャの姿があり、心配そうに見つめていた。

「良かった…エルバ様。ずっと、目を覚まさなくて…」

「すまない。その…どれだけ眠っていた?」

「4日です。少々お待ちください。ロウ様たちをお呼びしますから」

疲れを見せないように笑顔を見せたセーニャは席を立ち、外にいるであろう彼らを呼びに出ていく。

一方のエルバは再びベッドに横たわり、天井を見上げながら預言者の言葉を頭の中で反復させる。

(天使のような慈悲深さと悪魔のような残酷さ…見せたい自分と見ることすらしたくない自分…難儀なものだな。じゃが、それを乗り越えて…その先に行った時こそ、勇者の力が目覚める。そう信じて、前へ進むのじゃ)

「悪魔のような残酷さ…か。俺の前世は…どうだったんだろうな」


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