「ギョギョーーー!!?何何!?何この姿ーー??」
注意がエルバから目覚めたマルティナに向いたブギーは見たことのない鎧姿となったマルティナに驚きを隠せない。
(アムド…過去に魔力で小型化した防具を武器に取り付け、装備者の命令によって装着する技術。もうすでに失われた技術をこうしてみることができるとは…)
かつて、ネルセンがその力を宿した槍を手にしていたと聞くが、それは戦いの中ですでに失われている。
その武器がオーブを介して、再びロトゼタシアに舞い降りてきた。
「すっごく、すっごく、すごくキレーだじょ!!バニー姿もいいけど、これもすごいんだじょーーーーー!!」
「そう…なら、これでボコボコにされても、本望よね??」
「ギョ…??」
グルグルと長刀を振り回した後で構えたマルティナは不敵な笑みを見せる。
オーブを介して、マルティナの脳内にこの装備の使い方の知識が流入してくる。
マルティナはブギーに向けて真正面から突っ込んでいく。
「お、お待ちください姫様!奴にはまだ障壁が…!!」
「グフフフフ!!自分からやってきてくれるなんて、うれしいんだじょーーー!!」
自分から此方へ走ってきてくれたことで、ブギーは抱きしめようと自分からも走り出す。
基本的には女性に関してはかなりシャイな動きになる彼だが、女性から迫られたのであればその限りではない。
そんな抱擁を求める彼へのマルティナのあいさつは右脚だった。
「ゴギョ…!?」
魔力のバリアで守られているはずのブギーの腹部に鈍い痛みが襲うとともに、後方へ大きく吹き飛ばされる。
倒れたブギーはまだ自分に何が起こったのかがわからずにいた。
マルティナに蹴られたこともそうだが、不動明王剣を受けるまでは傷一つつかなかった自分の体に明確なダメージがある。
どのような手品でそのようなことを成功させたのか、全く分からない。
「立ちなさい…この町と私にやったこと、これだけで許されるとでも思っているの?」
「ひ、ひぃ…!?」
マルティナの極力感情を押し殺した、しかしナイフで直接心臓を突き刺すような声にキング・オブ・モンスターが震えあがる。
どうにか立ち上がったブギーに、またしてもマルティナが迫る。
「ひいいいい!!!来ないで!!来ないでじょーーー!!」
恐怖するブギーがメラゾーマをマルティナに向けて放つ。
火球は彼女に直撃し、爆発したかに見えた。
だが、炎の中から無傷のマルティナが飛び出してきて、今度は真空蹴りをブギーの横っ腹に決めた。
悲鳴を上げるブギーは吹き飛ばされ、柱に激突する。
「あ、あれ…?今、確かに呪文を受けたはず、でもなんで…??」
マジックバリアをかけた動きもなく、正面から受けたはずなのに無傷でいるマルティナにカミュは驚きを隠せない。
「アダマンタイト…永久不滅の金属たるオリハルコンの次に高い硬度を持ち、なおかつオリハルコン以上の呪文への耐性を持つ金属…。今、姫はそれを体にまとっておる…」
アダマンタイトには勇者の雷以外のほとんどの呪文に対して強い防御力を誇り、それを使った装備の多くが魔甲拳のようなアムドの使用を前提とした武器に使用されている。
ユグノアでも大昔に採掘されていたようだが、既に鉱脈は枯れていて、アダマンタイト製の装備そのものも大半が喪失、行方不明となっている状態だ。
それであれば、マルティナが無傷である理由も納得がいく。
「な、なんで…なんでボクちんがこんな目に…」
まだ魔力のバリアは展開できるが、ここまで痛めつけられるとは思わなかったようで、ボロボロになった体をどうにかベホイムで癒していく。
そんなブギーの前へ、拳を鳴らしながらマルティナが歩いてくる。
「へえ…まだ動けるのね。だったら、せっかくなんだし今覚えた技を受けてもらおうかしら?」
「え…ええ??」
コキリ、コキリとこれから始まることへのカウントダウンがブギーの鼓膜に伝わり、ブルブル震えあがるブギーは思わず失禁していた。
だが、それでもマルティナは容赦はしない。
個人的な恨みもあるが、闘士たちの夢の象徴を壊した報いもある。
その怒りに反応するかのように、マルティナの体を真っ黒なオーラが包み込んでいく。
「これは…!?」
「まさか、姫様がまた魔物に?!」
禍々しい殺気を覚えたロウとグレイグが身構える。
そして、オーラが収まるとそこには装備こそは変化ないものの、魔物となったかのような紫色の肌になったマルティナがいた。
そして、右手が怪しい黒の光を放つ。
「ゆ、許し…て」
おびえ切ったブギーがようやく絞り出した言葉。
そんな言葉にマルティナは笑みを浮かながら答える。
「ダ・メ♡」
その後で深く腰を落としたマルティナは右拳を大きく引く。
そして、拳はブギーの腹部に炸裂する。
メキメキメキと激しい音を立てながらバリアには虎の頭のようなヒビが入る。
その瞬間、バリンと大きな音を立ててバリアが砕けると同時にブギーの腹部にも大きな穴が開く。
血反吐を吐いたブギーだが、六軍王を名乗っているだけあって生命力が強いのか、まだまだ絶命しない。
そんなブギーを今度は怒涛の蹴りが襲い掛かった。
「ぎゃああああああ!!!」
「セーニャさん、見ないでください!!」
あまりの惨劇が巻き起こるその場所で、エルバとシルビア、グレイグは目を閉じた状態で顔をそらし、カミュはセーニャの目を手でふさぐ。
ロウは両手で顔を隠し、肉と骨が砕ける音が途切れるのを待つ。
やがて音が途絶え、ようやく視線を戻したエルバ達が見たのは魔物の血で濡れたマルティナの姿だった。
不気味ではあるが、肌の色は元の人間の者には戻っていた。
「うう…これは、ひどい!!エルバ、他の者に見られぬうちに、あれを焼いてしまうぞ」
「ああ、さっさと灰にした方がいい。俺たちの心にもくる」
さささと無惨なブギーの遺体の元まで向かったエルバとグレイグはそれぞれベギラマとグレイトアックスの炎でそれを焼く。
「姫…今のは…?」
「魔物になっていたせいかしら…私、新しい力に目覚めたみたい。今なら、どんな強敵でも蹴り倒せそうだわ!!」
「そ、そうか…それは、良かった…」
あの無惨な光景を見た後、そして魔物になった姿には複雑な心境があるが、それでもマルティナがさらなるパワーアップをして見せたのはいいことだ。
念入りに焼いたことで灰となったブギーを見届け、エルバとグレイグもマルティナの元へ行く。
「ロウ様、ご心配をおかけしました…」
「いいんじゃよ、マルティナよ。おぬしが無事で何よりじゃ」
「姫様…」
元に戻ったマルティナにロウが喜ぶ中、グレイグは心痛な面持ちでマルティナの前に立つ。
無事に元に戻ったのは良かったが、同時にユグノアでマルティナに手を挙げたときのことを思い出してしまう。
「姫様、今までの無礼なふるまい、どうか…お許しください。私は今、エルバに命を預ける身。打倒ウルノーガの信念を貫き通すまで、このグレイグ…皆の盾となりましょう」
これで許されるとは思っていないが、これがグレイグなりのケジメでもある。
蹴りの一発は覚悟していたグレイグにマルティナがグイッと顔を近づける。
面白くなさそうに眉を顰め、フゥとため息をつく。
「何よ、そのつまらない挨拶。これ以上、アタシを退屈させるなら、キツーいお仕置きしてあげましょうか?」
「ひ、姫様!?」
魔物となっていた影響が残っているのか、男を挑発するような言動にグレイグは目を点にする。
お仕置きされるとなると、いったいどういう形になってしまうのか?
一瞬、邪な妄想が頭をよぎり、それを振り払うかのようにブンブンと首を振る。
そんな暴走しかけるグレイグにマルティナは思わずフフッと笑ってしまう。
「冗談よ、グレイグ。頼りにしてるわ。これからもよろしく」
「マルティナ、早く捕まっている闘士たちを…うん??」
急にエルバの両手の痣が光るとともに、上空に紫色の渦が出現する。
そして、その中から次々と闘士や町の住民たちがエルバ達の周囲に落ちて来て、すべて出尽くした後で渦が消えてしまった。
「こ、ここは…??」
「ああ…外よ。脱出できたのね…」
「ブギーに捕まっていた奴らも人間に戻って、無事に出られたみたいだな…」
破壊された闘技場を再建するには時間がかかるだろうが、それでも捕まっていた人々が解放されたなら、大丈夫だろう。
「おお、エルディ!!それに、爺さんとマルティナ!!お前らが助けてくれたのか!?」
「シルビアさん…ボクを救ってくれた人、ああ…ありがとうございます…!!!」
「ベローーーン!!ありがとーーーベローーン!!」
闘士たちの感謝に包まれ、助かったことを皆で喜び合う。
そして、その中にいる町長がエルバ達の前へと歩いてくる。
「皆様、このグロッタを救っていただけたこと、感謝いたします。…エルバ様、ロウ様」
「町長さん…爺さんが言っていました。あなたも…」
「ええ、ユグドラシルです。世界が滅びかけている中で、こうしてお目にかかれたこと、誠に嬉しく思います。お話したいことがありますが、今は町を鎮める必要がありますので、また後程…宿にてお伺いいたします。さあ、大掃除をするとしよう!皆で元のグロッタに戻そうじゃないか!」
「おおーーーー!!」
闘士たちと町人たちが全員カジノを離されいく。
そして、その場にエルバ達が残され、その中で魔甲拳に宿るグリーンオーブが光り始める。
「これも、パープルオーブと同じ…」
「私の目に狂いはなかったわ。魔甲拳…しっかり使いこなしてくれて安心したわ」
グリーンオーブの光と共にマルティナの脳裏に聞こえたネイルの声が今度はエルバ達の耳に届く。
そして、エルバ達の前に緑色の武闘着姿をした女性の幻影が姿を現す。
赤いはねた髪型をし、顔だちはどこかマルティナに似ているように思えた。
「うう…ん。やっぱり、オーブの中でずっと待ち続けるのは退屈そのものね。ほかのみんなも、それが平然とできるなんて…ちょっと神経を疑ってしまうわ。でも、こうなったということは、ウルノーガはやはり、更なる力を手に入れてしまったようね」
「やはり…というと?」
「ええ、そうなる可能性を想定していたのよ。ウルノーガの力への渇望は底抜けだったから。奴が闇の力だけでなく、光…勇者の力を狙ってくるのは分かっていた。私たちが生きていたころはどうにか防ぐことはできた。けれど、ウルノーガは人間や魔族とは比べ物にならない命を持っている。いつの日か、ウルノーガを倒すために勇者が生まれ変わったとき、それはウルノーガにとっても力を高める最高のチャンスでもあった。勇者ローシュの生まれ変わり、エルバ…あなたならわかるはずよ」
「俺に…うっ!?」
ネイルの指摘と共に両手の痣が光り、エルバの脳裏にセレンが見せたあの天空魔城の光景がフラッシュバックする。
そして、その奥でエルバから奪った勇者の力を馴染ませているウルノーガ、そしてそのウルノーガから勇者の力を手に入れたホメロスの姿が。
「これ…は…」
「自らの片腕に掌握した勇者の力を分け与えた…。どうやら想像以上に勇者の力をわがものにしているわね」
「自らの片腕…まさか、ホメロスが勇者の力を…!?」
その言葉が仮に真実なら、残りの六軍王にもその勇者の力を分け与えてくる可能性が出てくる。
そうなると、勇者の力を持った者同士の戦いというロトゼタシアで前例のない戦いが起こることになる。
「けれど、まだ希望は残っている。2つの勇者の痣を手にしたエルバ…ローシュの生まれ変わりであるあなたなら、あのウルノーガを倒せるかもしれない。クレイモランへ向かいなさい。ラゴスの遺産を見つけるといいわ。あいつに私たちの奥義を預けたから…」
ネイルの姿が消え、アムドを解除したマルティナは魔甲拳を見つめる。
魂の一部だけとはいえ、いったいどのような思いでウルノーガ打倒の時を待っていたのか、想像に絶するものが感じられた。
それを背負っている以上、負けるわけにもいかない。
「クレイモラン…クレイモランにラゴスの遺産があるとは、聞いたことはないのじゃが…」
盗賊ラゴスの遺産は歴史家にとってはロマンあふれる宝で、中にはかつての勇者たちが習得した奥義も眠っているという。
だが、ラゴスはその所在を記録に残しておらず、彼は戦いを終えてすぐに行方をくらましたこと、出身地や終焉の地も分からないことからどこに眠っているのかの検討もつかない状態だった。
そんなものがクレイモランにある、なぜネイルがそのことを知っているのか?
「けれど…行くしかない。それに、ラムダへ戻るにはクレイモランは通らないといけないところだからな」
「そうね。だったら、まずはポートネルセンへ戻って、シルビア号の到着を待ちましょう。それから、いったんソルティコで補給を済ませて、外海へ出発ね」
「ええ…。それに、オーブも取り戻さないと…」
残りの六軍王は4人で、4つのオーブがまだ残っている。
それに、これ以上ウルノーガに勇者の力をわがものにする時間を与えるわけにもいかなかった。