「ない…ない…」
屋内に入り、砂金の山を見つめたカミュはあたりをきょろきょろと見渡す。
自らの直感が正しければ、ここに本来あるはずのものが存在しない。
だが、そのことになぜかほっとしている自分も感じることができた。
「確か、俺は…ここで…うう、頭が…!!」
砂金の上で膝が折れ、両手で頭を抱え始める。
クレイモランから感じる頭痛がここに来て、さらに激しいものへと変わってしまっていた。
「カミュ様…」
「ここでいったい何が起こったというのじゃ…?」
「その答えを、これが教えてくれるだろう」
瓦礫と化した暖炉のそばにある大樹の根。
それに反応するように、エルバの両手の痣も光っていた。
大樹の根に触れることは問題ないが、懸念があるとすればそれをカミュが見てしまった時の影響だ。
見たくないもの、見せたくないものまで大樹の根が見せてしまうのではないか。
頭を抱えるカミュに一抹の不安を抱きつつ、エルバは大樹の根に手をかざした。
大樹の根の光がエルバ達を包み、その光景はさらさらとした光に包まれたバイキングのアジトへと変わっていく。
波止場に係留されているロングシップへ、白の上下に丈の短い青の上着を重ね着した姿をしたカミュが重たい木箱を積んでいく。
顔立ちが今のカミュと比較するとエルバに近いあどけなさがあり、神父の言う5年前の彼と言えるものだろう。
何箱も一人で積み続け、その前にも部屋の掃除やクレイモラン王家に上納する財宝を箱詰めするなどの作業もしていたことから疲れを見せたカミュは一度手足を止める。
すると、バイキングメットをかぶった大柄の男がそんなカミュをにらみつける。
「おい…カミュ、テメエ。何いっちょ前にサボろうとしてんだ?まだまだ箱は残ってんだぜ?少しでも早く出航できるように、チャッチャと動け」
「ちっ…」
「なんだ?その舌打ちは。10年前、雪の中で震えていたガキ2人を今日まで面倒見てやった恩を忘れたか!?」
「分かってる…。悪かったよ」
「ふん…!なら、さっさと運べよ」
そう言い残したバイキングはアジトの奥へと戻っていく。
ようやく荷物を積み終え、疲れ果てたカミュはその場に座り込む。
あと少しでご飯の時間になり、それまでは仕事はないだろうし、あのバイキングも戻ってこないだろうと考えて休憩を取る。
「あーあ、まーた怒られてやがんの。ヨーリョウ悪いよな、兄貴は」
座り込むカミュの背後から快活ではあるが、バイキングの影響か汚い口調となっている少女の声が聞こえる。
体を倒して見上げると、そこにはカミュの夢の中にいた少女の姿があった。
ただし、それは黄金でのものではなく、カミュと同じ髪と瞳の色、肌をしたれっきとした人間のものだった。
「マヤ…」
「ま、兄貴の気持ちもわかるけどな。おれもアイツら、大っ嫌い!」
きっと、戻ったあいつは面倒ごとを押し付けることができたことから酒を飲んでいるだろうよとつぶやくとともに、彼が歩き去った方向に唾を吐きかける。
声も唾もまずいと思い、カミュはシー、と口に人差し指を当てる。
そんなことを気にせず、マヤはその場で胡坐をかく。
「そんなにビビんなよ、ほら!兄貴にいいモンやるから」
そういって投げつけてきたものをつかみ、確認したカミュの背筋が凍り付く。
それは以前帰って来たロングシップに積まれていた古い金貨だ。
確かに、何も知らなければいいものだが、今のカミュにはとんでもない厄介物だ。
「お前…!!またやったのか?前にもアイツらから財布をくすねたせいで怒られただろう!?」
「その金で前にクレイモランで遊んだのはどこのどいつだよ?」
「知らなかったんだよ…知ってりゃあ、使わなかった…」
以前、バイキング達が出港していないときにマヤから駄賃がもらえたからと誘われ、2人でクレイモランへこっそり遊びに行ったことがある。
そこで、その金を使って玩具や菓子を買ったりした。
そこまでなら子供の楽しみだっただろうが、問題はその金がマヤがバイキングの一人から盗んだ財布から出たものだったということだ。
そのことは当然バレて、戻って来たバイキングで、盗まれた構成員から修正を食らうことになった。
そして、またマヤは手癖の悪さを発揮して、こんなものをちょろまかしている。
さらにここで悪いことに、先ほどのバイキングが戻ってきていた。
明らかに怒っている様子で、その怒りの理由は火を見るよりも明らかだった。
「痛たた…くっそう、しくじった…」
「うう、うう…」
2人仲良くフラフラとエルバ達のいる小屋まで戻ってくる。
小屋の中はやはり過去のもので、まだ手入れなどをされている時期のもののようで、壁は最低限修理されており、暖炉の状態もいい。
だが、マヤの頭にはたんこぶができているうえに、カミュはすっかりボロボロになっていて、2人とも倒れこんでしまった。
「へへ…すっかり男前になってやんの…」
「お前のせいだろ…」
あの金貨は取り上げられ、おまけに飯抜き。
腹をすかせた状態で午後からどうやって切り抜ければいいのか。
昼からは残っているロングシップの清掃と修理という仕事が待っているというのに。
「うるさいなぁ。そんなこと言ってると、いつかおれが大金持ちになっても、兄貴にはやんないぞ」
「またその話かよ…だけど、そうだな」
そっぽを向くマヤを見た後で、再び天井を見つめるカミュは右手を上へと伸ばす。
このような生活が永遠に続くわけではない。
ろくでもない日々だが、それでも光はある。
「いつか、俺たちでドデカイお宝を手に入れてやろうぜ…そいつで、こんな生活ともオサラバだ!」
下積みを積んでいき、遠くない日にバイキングとして海に出る。
まだ今の自分の実力ではシグルに認めてもらえない。
物心ついたころから両親と触れ合った記憶がなく、人並みの生活を送ることのできない2人の願い。
それを叶えるためにも、ここでくじけるわけにはいかない。
「へへ…世界中のお宝を手に入れて、俺は大金持ちになるんだ」
互いの夢を語り合い、笑いあう。
だが、その笑いも二人仲良くなった腹の音で静まる。
夢をかなえるためにも、昼からの仕事のためにもまず必要なのは昼ご飯だった。
そして、それからしばらく時が流れ、家の中ではマヤがプーッと頬を膨らませ、寝転がっている。
小屋の中は散らかっているが、当のマヤは気にしていない。
「なんだよなんだよ!兄貴だけ海に出やがって…ちくしょう」
1か月前、ようやくカミュはシグルに認められ、初陣を飾ることになった。
マヤは一人、アジトで待つことになり、いつまでたっても帰ってこないカミュに腹を立てていた。
海に出るのは一緒だと約束したのに。
「くそ…くそぉ…」
「おいおい、散らかってんぞ。まったく…帰るまでは片付けとかしとけって言ったのに…」
扉が開く音と兄の声。
振り返ったマヤは一瞬嬉しそうにするが、ハッとすると急にまた怒りだしてそっぽを向く。
怒る理由はなんとなく理解できるカミュはフウと頭を抱える。
今日明日は妹と一緒に過ごしてやれとシグルから休暇をもらっている。
その間はマヤのご機嫌伺いに費やすことになるのか。
カミュは持ち帰った麻袋から赤い宝石がちりばめられた黄金の首飾りを出し、それをマヤの頭の上に置く。
頭から感じる柔らかくも思い感触に驚き、手に取ったマヤはその輝きに目を輝かせる。
「俺が初めて手に入れたお宝さ。その…お前への誕生日プレゼントだよ…」
今回、カミュがバイキングと共に行った場所は大当たりだった。
大量の財宝と共に沈んだ海賊船を見つけ、早い者勝ちという条件で潜って探す中で見つけた船長室と思われる広い部屋の中。
そこにあった宝箱の中に眠っていた。
マヤが気に入りそうな豪華なお宝で、アジトへ戻るときはマヤの誕生日に間に合うことをひたすら願った。
このタイミングの良い日に到着できたことについては素直に海に感謝したい。
彼の予想通り、マヤの表情は嬉しさに満ちていた。
「おめでとうな…マヤ」
「…は、はあ?何、このしょぼい首飾り、兄貴さあ、おれの誕生日を祝うなら、もうちょっとがんばれよな?あ、そうそう!!この間噂で聞いたレッドオーブってのがほしいな!デルカダール王国に伝わる秘宝なんだってよ!」
元の調子に戻ったことを嬉しく思い、疲れをいやすために先に粗末な布団に横たわる。
ロングシップではなかなか寝ることができず、こんな粗末な布団であったとしても、今は心地よい。
一方のマヤは嬉しさを抑えきれず、誕生日プレゼントの首飾りを抱いていた。
「ああ…そういえば、こいつにはいわくがあって、手にした人間に次から次へと黄金財宝をもたらすんだと」
大昔はクロウという少年が浜辺でそれを手に入れ、それから金銀財宝を次々と手に入れるようになり、最終的にはすべての海を旅したと言われる伝説の海賊、キャプテン・クロウとなり、彼の船であるブラックファング号と共に伝説となったという。
ただ、キャプテン・クロウとブラックファング号は名前とその伝説のみが記録として残っていて、どういった容姿をしていたのか、そして船がどのようなものだったのかは全く分からない。
もしかしたら、あの沈んだ海賊船がもしかしたら、そのブラックファング号だったのかもしれない。
「ま…そんな嘘くさい話だが、欲張りなお前にはお似合いだろう?ひとまずそいつでしばらくは我慢を…」
ヘラヘラ笑ってマヤに目を向けるカミュだが、その笑顔が一瞬で驚愕へと変わる。
予想通り、首飾りを付けたところまでは普通でいられたが、問題は今、目の前で起こっていることだ。
マヤの手が金色の光、光が収まるとその手にはなぜか金貨が握られていた。
何の混じりけもない純金のそれに驚きが隠せない。
「マヤ…どうしたんだよ!?それは…」
「わ、わかんねえよ!?この前、クレイモランへ行った時のおつりの銅貨を磨いてたら、急に…」
マヤも目の前で起こったことが信じられずにいた。
こんなことはあり得ない、ただの夢だと確信を得るため、マヤは次に銅貨を磨いていたボロ布に触れる。
すると、今度はそれが金でできた布へと変貌を遂げた。
夢ではなく、現実。
これが金銀財宝をもたらすといういわくの真実。
その真実にマヤは笑いが止まらない。
「すごい…スゴイよ!マジですごいよこの首飾り!!なんでも金に変えられちゃうんだ!サイコーだよ、兄貴!!」
これさえあれば、バイキング達にとやかく言われなくても金を稼ぐことができる。
こんな貧乏暮らしやこれから起こる兄と離れ離れになる日々がなくなる。
そんな未来にマヤは心を躍らせる。
喜びに満ちたマヤに対して、カミュは困惑の表情を崩すことができなかった。
「はあ、はあ…ああ、今回の航海は大外れだったな…。ガセネタかよ…」
しばらく経ち、再びの航海から戻って来たカミュは薄い麻袋を担ぎ、ため息をつく。
今回の航海はシグルが信用しているという情報屋から手に入れたもので、南にある孤島に隠された財宝を手に入れるのが目的となっていた。
しかし、いざ島に到着し、宝箱のある場所を探しまくったがその宝はなく、島にいたのも魔物ばかりだった。
幸いそれらの魔物は食用になることから、帰りの航海での食料に使うことができ、余りはクレイモランで売却することはできるが、それでも情報料などで赤字だ。
麻袋に入っているのはその時残った干し肉だけ。
これはマヤをがっかりさせるだろうと思いながら、カミュは小屋の扉を開ける。
「帰ったぞー…。これは…」
「へへ…よ、遅えぞ兄貴!」
上機嫌で出迎えるマヤの周りには黄金の壺や食器、コインであふれている。
彼女はすっかり首飾りのとりことなっており、次々と手に入るお宝に酔いしれていた。
古くなり、いらなくなったバイキングの食器や壺などをこっそりと持ち出して、このような価値のあるものに変えることができる。
ただ、アシがついたり噂が広まると厄介なため、カミュの言いつけで売りに出すのは将来的で、今は小屋の中に保管することになっている。
最初は不服そうにしていたが、その分自分が手入れをしておけばいいということで一応納得しているようだ。
「いしし、なんだよ?もしかして今回は大失敗だったのか?しょうがねーな!だったら、分けてやるよ!俺の黄金!」
今では必死こいてバイキングとして海に出ている兄よりも稼いでいる。
その自慢も込めて、マヤは出来立てホヤホヤの黄金をカミュに見せる。
それを見たカミュの目が大きく開く。
マヤはなんでもないように装っているが、その形は鳥そのもので、それをどうやって手に入れたかはもう説明の必要もない。
「あれ?こんな小さいのじゃ、不満か?まったく、兄貴も欲張…」
「バカ!!いい加減にしろよ!!」
急に怒り出したカミュにひるんだマヤは思わず鳥の黄金を落としてしまう。
カンカンと高い音を鳴らすそれはもう生物でないことを証明している。
「おい、なんだよ急にデカイ声を出して…」
冗談きついぜ、と返したくなるマヤだが、カミュの今の表情を見た瞬間、言葉が喉でとどまる。
拳を震わせ、我慢しながらも抑えきれない怒りがマヤにもわかる。
そして、マヤの視線は地面に落ちた黄金の鳥に向けられた。
そこでようやく、マヤは自分のやっていることを理解し、表情を曇らせる。
「…分かったよ。ちょっと、調子に乗っちまった…。だからその…そんな怖い顔をしないでくれよ」
「…。俺も、悪かった。カッとなっちまった。だがな…」
「はいはい、分かったよ。しばらく首飾りの力は使わない。兄貴に預けるよ」
せっかくいい思いをしていたのに、と不満げな表情を見せながら、マヤは首飾りを外そうとする。
理解してくれたことでほっとしたカミュはようやく表情を柔らかくすることができた。
あとはマヤが外してくれるのを待つだけだが、マヤは後ろ首に腕を回している状態でアタフタするだけだった。
「あ、兄貴…どうしよう!?首飾りが外せない!!」
「外せない…?嘘だろ??ちょっと、見せてみろ」
後ろ首に手を回さないといけないから、難しいのかとカミュが後ろに回り、首飾りの接続部分に手をかける。
だが、器用さのあるカミュでもなぜか外すことができなかった。
「どうなってんだよ!?どうすりゃいいんだ?」
「分からねえ…。いったん、シグルに聞いて…」
宝に詳しいシグルなら、何か知っているだろうと考えたが、もう時すでに遅しだった。
首飾りから紫の光が発生し、同時にカミュとマヤの脳裏に言葉が響く。
(汝、欲望のままに黄金を手にしたもの。愚かしくも際限なき欲望の沼に落ちし者よ…。代価を支払う時ぞ)
「代価だって!?おい、誰だよ!?」
「うわ…兄貴、これ、何!?」
マヤの声で正気に戻ったカミュ。
だが、彼の目に映るのは紫の光を放つ首飾りの近くから徐々に体が黄金へと変わっていくマヤの姿だった。
首飾りの力が原因だということは火を見るよりも明らか。
「マヤ!じっとしてろ!!」
こうなったら無理やりでも切り取ろうと、カミュはナイフを手にして首飾りに突き立てようとする。
しかし、紫の光が障壁となって受け止めていて、首飾りに刃が届かない。
このまま無理やり突破しようとしたら、マヤを殺しかねないといったん下がったカミュだが、ナイフの刀身は砂金となり、バラバラと地面に落ちてしまう。
「マジかよ…!?おい、マヤ…マヤ!!」
(卑しき者の兄…我を見つけし者…。よく見ておくがいい。欲望に堕ちた者の末路を)
「やだやだ!!なんで、なんで俺の体が黄金に変わっちまうんだ!?」
もうすでに胴体と首の一部が黄金に変わっており、マヤは身動きすら取れない状態になっていく。
かろうじて動く手で手を伸ばし、兄に助けを求める。
それにこたえようと前に出るカミュだが、解決策があろうはずもなく、足元を見ると光に巻き込まれたのか、地面の砂が砂金へと変貌していく。
不用意に接近すれば、カミュもまた黄金となってしまうだろう。
「兄貴…助けて…」
手を伸ばすマヤに近づくことすらできなくなったカミュはかろうじて手を伸ばす。
だが、マヤのその手も完全に黄金に変わってしまい、それを見たカミュの腕が下がってしまう。
カミュ自身はそんなつもりはなく、伸ばしていたはずの腕を見るまでそのことに気付くことができなかった。
「おにい…ちゃ…」
恐怖と悲しみで凍り付いた表情のまま、マヤの顔が完全に黄金となり、ついにマヤはあの鳥と同じ存在へと変貌してしまい、同時に光も収まった。
この現実とは思えない光景に呆然としていたカミュ。
だが、マヤの足元にある砂金の山を手に取り、目の前のあまりにも生々しい妹の変わり果てた姿はそれを無情な現実としてカミュに投げかける。
砂金を持った手を握りしめると同時に、どんどんそれは零れ落ちていき、手には何一つ残らない。
マヤを救うことができなかったのと同じように。
「うわああああああああ!!!!」
「これが…お前の、過去…」
その絶望的な光景の後で大樹の根の光が収まり、エルバ達の表情が曇る。
砂金の山の前でうずくまっていたはずのカミュは立ち上がっていて、それをじっと見つめていた。
「カミュ様…」
「…そうさ、妹を…マヤを失った俺はバイキングを脱走したのさ。ただ…逃げたくて…俺のせいで妹がああなっちまったことを忘れたくてよ…」
記憶を失う前の、ぶっきらぼうな口調。
だが、それはあまりにも悲し気なもので、とても今のカミュの様子を喜ぶことができない。
「俺は…マヤをそのままにして、置き去りにした。あとで分かったんだ…あの首飾りは呪いの首飾り。…俺は、誕生日プレゼントにそんな恐ろしいものをマヤに渡していたのさ…」
デクと一緒にそれを突き止めた時は余計に罪悪感を抱くことになった。
ほんの少しだけ、自分のせいではないと信じていたかったが、それさえも崩れてしまった。
「自分の犯した過ちから逃げるために…ヤケッぱちになった。気づけば、いっぱしの盗賊になっていた」
強盗やケンカ、盗品の売買に密輸など、殺人以外はなんでもやっていた。
それで少しでも過去を忘れることができれば、仮に死刑になって、首つり台や断頭台に送られたとしても構わなかった。
そもそも、孤児であり、脱走したバイキングである自分に、妹を見捨てて、おまけに殺して自分にまともな生き方などできるわけがない。
「そんな時だったよ…預言者って奴が現れたのは」
それはとある小さな町で盗品の取引を終え、その金でデクと共に酒を飲んでいたときだ。
その日はマヤに誕生日で、その日はいつものようにあの日のことを思い出し、うなされる。
それを忘れるくらい飲んでやろうと、店の中の酒をありったけの金で買いたたいた。
営業時間を過ぎても外で飲み続け、酔いつぶれてしまって、いつの間にかデクとも離れ離れになってしまった。
ひどい気分になり、道端で嘔吐をしていた時、カミュの目の前に預言者が現れた。
「そいつは言っていた…。伝説の宝珠を集め、いずれ地の底で出会うであろう勇者に力を貸せ。さすれば、お前の贖罪は果たされるだろう…ってな」
「それで、妹のこともあって、レッドオーブを手に入れようとした、ということか…」
「まあな。最初は信じていなかった。酒に酔って見えた幻覚かとも思ったよ。それに、もううさんくせーものにかかわりたくなかったからな。でも…レッドオーブを手に入れようとして、死刑囚になって…ようやく、俺はエルバに…勇者に出会った」
「カミュ様…」
「セーニャ…エルバ、みんな…悪かった。随分、迷惑をかけちまったみたいだな。おまけに、見られたくねーものまで見られちまった…」
「…悪い」
誰にだってそういうものはある。
そのことをエルバは否定するつもりはない。
今回は不可抗力だったとはいえ、カミュの封印していた過去を見ることになった。
「預言者の言う贖罪の意味は分からねー…。だけど、お前らと一緒に旅をすることで、その予言を信じる気になれた。きっと、世界を救うことがそれなんじゃねーかって…」
カミュの視線がマヤがいたはずの砂金の山に再び向けられる。
ここに捨てたはずの過去が忽然と消えるなんてありえない。
それをやる存在は1つしかない。
「きっと、マヤは奴に…キラゴルドの手の中だ。俺はあいつに…何もできなかった。だから、せめてマヤを助け出して、もう2度ともてあそばれないように、埋めてやりたいんだ…」
それが、カミュに思いつく、マヤにできるたった一つのこと。
黄金になった命が大樹へ帰ることができたかはわからないが、せめて土に帰すことくらいはしたい。
「でも…最低だよな、俺は…。俺みたいな情けねー人間が…」
勇者と一緒にいる資格はない、そう言いかけたカミュだが、急に後ろから伝わる感触に口が止まる。
白くて細い腕がカミュの胴体を包んでいて、真後ろから感じる柔らかな気配はセーニャのものだということが分かった。
「カミュ様…私は、カミュ様が情けない人だなんて、一度も思ったことがありません」
「セーニャ…」
「そうだ、カミュ。お前に俺たちは何度も助けられた。ようやく、これまでの借りを返せそうだ…」
「そうそう。どーんと胸を張りなさい!カミュちゃんもアタシたちの大事な仲間なのよ」
「エルバ…おっさん…」
「そうじゃぞ、カミュよ。おぬしがおらんかったら、儂はエルバと再会することすらできんかった」
「カミュ、あなたはエルバの相棒なのよ?そのあなたがそんなことを言っちゃだめよ」
「じいさん、マルティナ…」
「国宝のレッドオーブを盗もうとしたことについてはいろいろと言いたいことはある。だが…一度はお前たちに刃を向けた俺でさえ、勇者の盾としての誇りを胸にここにいる。だからこそ、立ち上がれ。お前が大切に思う者のためにも」
「グレイグ…ありがとうな、みんな」
これがマヤへの弔いになるのかはわからない。
それに、あの過去はどうあっても消すことはできないし、許すことはできない。
だが、これでようやく終わらせることだけはできるだろう。
そのための鍵、キラゴルドがいる黄金の城は目と鼻の先にある。
「行こう、カミュの…相棒の妹を救うぞ」
「エルバ…恩に切るぜ」
決意を新たにしたエルバ達が小屋を出ていく。
カミュとセーニャだけになり、外に出ようとしたカミュだが、急にその手をセーニャに捕まれる。
「おい…どうしたんだよ、セーニャ…」
出発しないといけないときに、どうしたのかと振り返るカミュの左目の眼帯にセーニャの手が触れる。
心配そうに見つめるセーニャに気にするなと作り笑いをする。
「記憶が戻る前の記憶はあやふやだが…治そうとしてくれたんだろ?ありがとな。ま…利き目じゃねーから、どうにかなるだろ。不便なのは確かだけどな」
記憶を失っている間の目の動きを脳が覚えているのか、左側の視界がちょっと狭いくらいで特に気にはならない。
問題なく動ける自信はある。
眼球そのものの感覚はないが、少なくとも再建はセーニャがしてくれている。
更に高度な回復呪文を使うことができれば、もしかしたら望みはあるかもしれない。
そう考えているのだろうと思ったカミュだが、セーニャは何かを決心したような眼になる。
そして、眼帯に触れていた手がもう片方の手とともに伸び、腕がカミュの首を回す。
「お、おい…セーニャ…さん…??」
「カミュ様…おかえりなさい…」
その言葉の後で、カミュの唇をセーニャの唇がふさぐ。
あやふやな記憶の中で、セーニャを抱きしめたときのものがおぼろげながら残っており、それがカミュの脳裏に浮かぶ。
エルバと旅をするようになってからは控えるようにしていたが、盗賊として暴れまわっている間はいろんな女性を抱いたり、ベッドを共にしていた。
キスしたことも多いが、セーニャの唇からはそれまでの女性からは得られなかった安らぎが感じられた。
外でエルバ達が待っているが、今はこの安らぎに浸りたい。
目を閉じたカミュはセーニャの腰に腕を回し、彼女を引き寄せた。