ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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今回のストーリーを読んでいただく前に…。

今回はちょっとヤバめなシーンもあります。
もしかしたら、警告があったりするかもしれませんが、思い切って書いてみました。
後悔はないです。

賛否両論あるかもしれませんが、それを理解していただいた上で、ご覧ください。


第91話 帰って来たもの

「はあはあ…おい、エルバ…今倒したので、何体だよ…?」

「25…だな。数えてはないが」

「へっ…俺の勝ちだな。俺は27だ」

手ごろな石に背中合わせに座るエルバとカミュは顔についた返り血を布で拭う。

2人だけでなく、グレイグやマルティナ、シルビアやロウ、セーニャも疲れ果てている様子で、その周りには数多くの魔物の亡骸が転がっている。

レッドサイクロンやキラーボットなども従来の魔物がいれば、ウルノーガが放ったのか、この地域では見たことのない魔物も数多く存在した。

左手の魔力のこもった水晶を握り、それで増幅した灼熱の炎を放つ、3本の尾を持つ竜人といえるキングリザードやかつて戦ったシャドーサタンの強化されたものなど、それらがエルバ達の行く手を阻んだ。

「兄貴たち、こんなとんでもねー魔物と戦ってたなんて…」

「へへ、すげえ…だろ…。だが、早くラムダの里に戻って休みてえぜ。で、そこには多分…ベロニカが待ってんだろうな」

「そうね…きっと、遅いわよ!待ちくたびれたわ!…なんてことを言うのよ」

「どうなんだ…?セーニャ。ベロニカの気配は感じるか?」

「はい。確かに…里に近づくにつれて感じますわ」

1年近くにわたり、離れ離れになってしまった姉とようやく会うことができる。

そのことが楽しみで、早く進みたいという思いもある。

だが、数多くの魔物に行く手を阻まれ、疲労も増している。

急いてはことを仕損じるという言葉があるように、今は休養して、それから進む必要がある。

焦る気持ちを抑えるように、セーニャはロウから受け取ったシルバーフェザーを握りしめた。

「それから、神の乗り物じゃな…。かつてローシュ様を邪悪の神の元へ届けたというもののヒントをつかまねば…」

「みんな、そろそろ大丈夫か…?出発するぞ」

日が傾きはじめ、前にここを通ったときはキャンプを設置できる場所がなかったことを知っているため、夜までには到着する必要がある。

ある程度回復したことを確かめた8人はラムダの里へと馬を走らせた。

 

「ああ…」

日が沈みかけた頃、馬を降り、里に入ったセーニャは生まれ故郷の姿に言葉を失う。

世界崩壊と共に降り注いだであろう岩石が広場を穿ち、建物を壊していた。

焦げる匂いがあたり一面から感じ、人々の表情も暗い。

「ひどい…あんなに美しい場所だったのに…」

旅の中でゼーランダ山やドゥーランダ山が大きな被害を受けた可能性があることは知っていた。

だが、ドゥーランダ山の場合はニマが命をなげうって守ったために被害は軽く済んだ。

もしかしたら、ラムダの里も大丈夫なのかもしれないと楽観していたところはある。

だが、この光景は見事にその甘い期待を打ち砕いた。

「セーニャ…」

「大丈夫です、カミュ様…それよりも…」

まずは生きているであろう両親とベロニカ、そしてファナードに会わなければならない。

階段を上り、広場につくとそこには確かに両親とファナードの姿があった。

「ああ…ベロニカ、セーニャ…。私の天使たちよ…いまごろいったいどこへ…?」

「お二人とも、気を落とさんでくれ。ベロニカとセーニャは双賢の姉妹。二人が一緒ならきっと、大丈夫じゃ…」

命の大樹が落ち、里では数多くの人々が災害や魔物の攻撃、そして病で死んでいった。

エルバがやってきた日にようやく子供を授かったという若い夫婦もその子供を失ったことでふさぎこんでいる。

ここにいる人々の多くが家族や友人、恋人を失っており、おまけに希望の象徴であるはずの勇者の行方も知れないことで希望を失っていた。

「お父様、お母様…」

「その、声は…」

「セーニャ…??」

ずっと聞きたかった声に振り返った両親、そして衰えた視力で朧気ながらにセーニャを見たファナードは安堵の表情を浮かべる。

母親は帰って来た愛娘を優しく抱きしめた。

「良かった…よかった、無事で…」

「お父様とお母様も…。勇者様も、エルバ様も…皆さん、無事です…」

「そうか、そうか…よかった。まだ、この世界にも希望が…」

世界が滅びてからようやく聞くことができた朗報。

そのことに涙を浮かべて喜ぶが、何かに気付いたセーニャはハッとする。

「あの…お姉さまは?お姉さまは帰られておられないのですか?里からお姉さまの気配を感じていましたので、もしかしたらと思ったのですが…」

「いや、ベロニカは帰ってきておらん。セーニャ、一緒ではなかったのか…?」

「そんな…けど、確かに…」

ベロニカが帰って来たのに、誰にもそれを伝えていないのはあり得ない。

それに、ベロニカを見失った時はいつも感じる気配に従って歩くと、必ずベロニカを見つけることができた。

その気配を間違えるはずがない。

一体どこにいるのかとより一層集中して気配を探る。

「どうだ…?セーニャ」

「北の…はずれの森にお姉さまの気配を感じます。でも、どうして…」

「それはベロニカに直接聞けばいい。行くぞ」

「お姉さま…一体どうなされたのですか…?」

エルバ達と一緒に森へ向けて歩き出そうとしたセーニャ。

だが、急に背中から突き刺すような冷たい風を感じ、思わず立ち止まってしまう。

ようやくベロニカと会えるかもしれないというのに、胸には何とも言いようのない嫌な予感であふれかえる。

「おい、セーニャ…」

「カミュ様…」

「行こうぜ」

セーニャの異変に気付いたカミュが彼女の肩に手を置く。

カミュの顔を見たことで少しだけ落ち着きを取り戻すことができたセーニャはともに歩き出した。

 

夕方になり、急激に暗くなっていく森の中で、エルバ達はランタンの明かりを頼りに森を進む。

少し進むとかつてカミュがセーニャと共に過ごした広場につき、エルバ達の足が止まる。

「ここです…ここに、お姉さまの気配が…お姉さま、お姉さま!!いらっしゃるんでしょう!?どちらに!!声を…私の名前を呼んでください!」

膨れ上がる不安を吐き出すようにベロニカを求める。

明かりをともしながら歩く中で、大木の根を枕に倒れている人の姿を見つけることができた。

金の三つ編みを左右に下げた、セーニャと同じくらいの背丈の少女で、ベロニカが来ていたような服装をしていた。

そして、そのそばにはリーズレットがベロニカに譲った氷魔の杖が立てかけられていた。

「ベロニカ…なのか?」

「はい、でも…どうして元のお姿に…。もしかして、命の大樹が落ちたことが影響して…」

よく見ると、ベロニカは穏やかに寝息を立てている。

ただ眠っているだけなのかと安心したセーニャはベロニカに触れる。

「お姉さま…お姉さま。起きてください。ここで眠っていたら、風邪をひいてしまいますよ」

体を揺らすが、ベロニカは一向に起きる気配がない。

疲れている様子もなく、だがその表情は安らぎに満ち過ぎている。

そんなことを考えていると、急にエルバの痣が光りはじめ、同時に氷魔の杖も共鳴するように光り始めた。

「これは…」

「おい、あれは…!!」

光の中で、カミュが指をさした方向には今にも落ちようとしている命の大樹の光景があった。

そして、ウルノーガが大樹の魂を魔王の剣で貫いた瞬間、大樹に宿っていた葉が枯れていき、吹き飛ばされていく。

ウルノーガの攻撃と、ホメロスから受けたダメージでエルバ達は気を失っていて、大樹の枝も次々と地に落ちていく。

その中で、エルバ達の体が光りに包まれ、宙に浮き始める。

「はあ、はあ…さすが、氷魔の杖…。魔女が使っていた杖ね。あたしの残った魔力を増幅してくれてる…」

いち早く目を覚ましていたベロニカは大きな枝の下敷きになった状態で氷魔の杖に手を伸ばして魔力を注いでいき、エルバ達を浮遊させていた。

「このままじゃ…みんな、やられちゃう…」

命の大樹はこのまま落ちるだろう。

それに巻き込まれると、エルバ達は死んでしまう。

仮に生き延びたとしても、ここにいては確実にホメロスかウルノーガに殺されることになる。

だから、ここから逃げなければならない。

既に下敷きになってしまったベロニカは抜け出すことができず、思い浮かぶのか残ったエルバ達を逃がすこと。

「あたしは…どうなってもいい。みんな、絶対に生き延びて、世界を救ってちょうだい…!」

氷魔の杖で増幅した魔力で、どうにか使うことができた古代呪文ルーラ。

使い手がイメージした場所へ飛ぶことのできるその呪文をこの時になってようやく使うことができるとは思わなかった。

やっぱり天才だと思いたいが、歯がゆいのは場所のイメージを送るだけの力も時間も残っていないこと。

「ロトゼタシアの…どこかへ。ごめん。みんな…バラバラになっちゃうかもしれないけど…けど大丈夫よね!?生きていれば…みんな、生きていれば…絶対にまた集まれるわよね!?はああああああ!!!!」

願いを込めて、最後の魔力を送り込むと、氷魔の杖が力を解放し、エルバ達は飛んでいく。

最後の使命を果たせたと思ったベロニカはその場にうつぶせになって倒れる。

もう、体を起き上がらせるだけの力すら残っておらず、魔力もひとかけらも残っていない。

これから、自分は死ぬ。

「セーニャ…またいつか、同じ葉のもとに生まれましょう。あなたを…命の大樹で待ってる…。エルバのこと、世界のこと…頼んだわよ」

ベロニカについてきてばかりの妹で、皆は頼りないというだろう。

だが、セーニャの強さは姉である自分が一番よく分かっている。

きっと、自分の身のことを知ったとしても、必ず立ち上がって、エルバの力になってくれる。

「お父さん…お母さん…ごめん。生きて帰れなくて…」

まだ、育ててくれた恩を何一つ返せておらず、一番の親不孝をしてしまうことを心の中でわびた。

ウルノーガに貫かれた大樹の魂に宿るエネルギーが爆発を起こそうとしている。

もう、逃れようのない死がすぐそこまで来る。

「カミュ…セーニャのこと、任せたわよ…。もし、泣かせるようなことをしたら…ひっぱたくから…」

笑みを浮かべたベロニカが倒れ、それと同時にその場がまぶしい光に包まれていった。

 

「嘘…だろう…!?」

光が収まる中、エルバは後ずさりし、視線が眠っているベロニカに向けられる。

眠っているが、確かに彼女は目の前にいる。

こんなに安らいで、赤ん坊のように健やかに眠るベロニカが既に死んでいる。

そんな悪い冗談を信じることができなかった。

だが、セーニャはうつむいた表情を崩さない。

セーニャには、もう分かってしまった。

ベロニカの命の波動はもう、このロトゼタシアには存在しないことを。

「お姉さま…私たちを助けるために…」

眠るベロニカをいたわるように、セーニャはその頬に触れる。

触れたその肌から伝わるのは冷たい死の感触。

そして、そこにあったはずのベロニカの肉体は最初からなかったかのように消えてしまった。

「あ、ああ、あ…」

小刻みに震える、何もない手を見つめるセーニャが崩れ落ちる。

そして、悲しみを洗うかのように雨が降り始める。

「ベロニカちゃん…アタシたちを逃がすために、最後の力を振り絞って…」

「…クソォ!!!」

悔しさの余り、カミュは拳を近くの木にたたきつける。

片目を無くしたときも痛かったかもしれないが、今感じる痛みはそれ以上のものだった。

「兄貴…」

「ベロニカ…」

「…」

両手で顔を覆い、涙を流すマルティナの隣で、グレイグはこぶしを握り締める。

あの時、デルカダール王を…いや、ウルノーガを連れてきてしまった。

それがきっかけで世界が壊れ、そして仲間になれたかもしれないベロニカを失うことになった。

甦る罪悪感に必死に耐えることしかできない。

「若い者ばかり…死に急ぎおって…」

ロウの脳裏にアーウィンとエレノアの最後の姿が浮かぶ。

もう、二度とあの悲しみを繰り返すまいとニマの元へ行ったというのに。

結局、同じ痛みをまた味わうことになった。

なぜ若い彼女ではなく、先の短い自分を連れて行かなかったのかと運命の神を恨む気持ちが芽生えた。

悲しみに包まれる中、セーニャはベロニカの形見となってしまった氷魔の杖を手にする。

「お姉さま…もう、いないのですね…。お姉さまが決められた道なのでしたら、私は…受け入れます」

「セーニャ…」

「お父様とお母様、里の皆さまにお伝えしなければ…」

 

「ああ…ベロニカ、私の天使よぉ!ウオオオオオオ!!」

「ベロニカ…こんなことになるなんて…けれど、お疲れ様…」

広場に置かれた棺に縋りつくように2人の父親は涙を流し、母親はいたわるようにそれを撫でる。

命の大樹と共にベロニカの遺体も失われたため、この中にあるのは弔いの花だけで、刻まれているベロニカの名前だけが彼女の棺であることを示していた。

「世界中の…命の象徴たる命の大樹よ…。このラムダの地で生まれた若き命がまたひとつ、散っていきました。願わくば、双賢の若葉…ベロニカの命が還るべき場所、命の大樹の元へ召され、新たな葉として芽吹かんことを…」

ファナードの祈り、勇者のために命を捧げたベロニカが再びロトゼタシアに生まれることへの願い。

それは命の大樹が失われ、死した命が消える冥府の前にはあまりにも無力なことだ。

だが、せめてそれが為されなければ、ベロニカが報われない。

自分よりも若い人の葬式を行うのは今回が最後だと思いながらも、それをあざ笑うかのように死が襲い掛かる。

ファナードの祈りの言葉が終わると、氷魔の杖を手にしたセーニャが言葉を発する。

「皆様…本日は姉ベロニカのためにお集まりいただき…誠にありがとうございます。姉は…世界中の命を救うためにおのれの身を顧みず、最後まで勇者様を守り抜きました。皆様…大樹の魂へと還る命のために…どうか、髪をひとふさ、聖なる火に手向けてくださいませ」

同郷の人、そして親しい人の髪で燃える聖なる火は故人を命の大樹へと導く道標となる。

その火に従い、魂はあるべきところへと迷うことなく還っていく。

命の大樹亡きこの世界でも、それができるかどうかわからないが、ベロニカのためにと人々は己の髪を切り、聖なる火へと手向けていく。

当然、エルバ達もそれに従った。

「ベロニカ…寂しくなるな…」

髪を手向けたエルバは主なき棺に力なくつぶやいた。

「セーニャはしっかりものだけど、両親のあんな姿…見てられないよ…」

「これから、どうなるんだ…?セーニャにベロニカの代わりが…?」

「ベロニカの後ろについて行くばかりの彼女が…?」

葬儀の中、奥の男たちの言葉がカミュの耳に届く。

セーニャを侮辱しているかのようにその言葉に我慢できず、殴ってやろうと思ってしまうが、その拳をマヤの小さな手が触れる。

我に返り、マヤの悲しむ顔を見たカミュは目を閉じて力を緩めた。

葬儀が終わり、ファナードはエルバに語り掛ける。

「勇者様…お急ぎなのは重々承知しております。ですが、今夜はどうかここでお休みになられてくだされ。ベロニカのことを記憶にとどめるためにも…」

「…分かっています。俺も、今先へ進もうとしたら…とんでもないことをしでかしそうで…」

 

葬儀が終わり、広場からは人がいなくなり、用意された棺は大聖堂へと移動した。

翌朝に棺はベロニカとセーニャの思い出の森に葬られることになる。

「…」

宿屋で休めと言われたエルバ達だが、誰もベッドに横になることはできず、雨の中、広場で立ち尽くす。

「ほんとうに…馬鹿よ、私は…。奇跡が起こって生き延びたと思っていて…。本当は、ベロニカが…」

「よせ、俺だってわからなかった…。奇跡と思っても、仕方なかったんだ…」

「すまない…俺のせいだ。俺が…」

「何も言うな!グレイグ!!頼む…何も言わないでくれ…」

「く…うおおおおお!!」

誰もがベロニカの死を悲しみ、胸に大きく開いてしまった穴を埋めるすべもない。

シルビアも笑顔にしようと考えているようだが、うつむいていて、何もできずにいた。

「そうじゃ…セーニャとカミュの姿が見えぬが…2人はどこにおるのじゃ?」

「外へは出てないんだ…多分。放っておいてやろう、爺さん」

「うむ…」

 

はずれの森の中では、雨の音に紛れて静かな琴の音色が響く。

その旋律に従うように、セーニャは静かに歌う。

「のちの世も 一つの葉に生まれよと契りし 愛おしき 片葉のきみよ 涙の玉と共に 命を散らさん 移ろうときに迷い 追えぬ時に苦しみ もがく手が いかに 小さくとも この願い一つが 私のすべて」

唄い終えたセーニャはもたれかかるように置かれた氷魔の杖を見つめる。

「この歌は古の時代からラムダの里に伝わる悲しき恋の歌…。死に別れた恋人をいとおしむもの…」

作者は分からず、その恋人が誰かもわからない歌。

だが、これはラムダの里の鎮魂歌の一つとして残っていた。

「…そうか。悲しい歌だな」

「どうして、ここに私がいるとわかったのですか…?」

気づかれないようにこっそりと宿屋を抜け出したつもりだった。

だが、やはり元盗賊であるカミュにはわかってしまったのだろうか。

「…あいつとの思い出の話、聞かせてくれたことあっただろ?ベロニカがいねえ今、お前は…ここに行くんじゃねえかって思って、さ…」

木の根元に腰掛け、氷魔の杖を見つめるカミュの隣にセーニャも腰掛ける。

あの時の夜は、2人っきりでここで過ごした。

その時は安らぎを感じていたが、再び訪れることになったこの時は深い悲しみばかり浮かんでくる。

「私…命の大樹が落ちてから、ずっと心残りがあったのです。命の大樹へ向かう前の夜…」

あの時がベロニカとセーニャが二人っきりで過ごす最後の夜になった。

そこでベロニカから言われた言葉がよみがえる。

(セーニャ…約束して、もしあたしの身に何があったとしても、一人でも生きていけるって…)

「あの時…私、約束できませんでした。お姉さまと離れ離れになるなんて考えられませんでした。もし、あの時ちゃんと約束を守れば、お姉さまは思い残すことなく…」

「セーニャ…」

「私、お姉さまの言う通り、グズだったんです。言葉や呪文を覚えるのも、道を覚えるのも…何もかもお姉さまに遅れていた…。でも、まさかこんな時にまで…先に行かれるなんて…」

「セーニャ」

フワリとセーニャの体が引っ張られ、カミュの胸にセーニャに顔が当たる。

そして、カミュの左手が彼女の後頭部に優しく触れていた。

「我慢すんなよ…泣いたっていいんだぜ?…誰も聞いちゃいないんだ…」

「カミュ…様…。うう…うわあああああああああ!!ああああああああ!!!!」

張り詰めた気持ちが緩んだセーニャはようやく声を上げて泣くことができた。

雨脚が激しくなり、しずくが2人の体を何度もたたきつける。

カミュは泣き止むまでセーニャを抱きしめ続けた。

そして、声がやみ、ゆっくり顔を離したセーニャはカミュの顔を見つめる。

「カミュ様…私、怖いんです。今度はカミュ様まで…。もう、後悔したくありません。だから…」

「セー…!?」

カミュの言葉を遮り、セーニャは唇を押し付ける。

触れるだけのものかと思ったら、そのままセーニャがカミュを押し倒し、そこから転がり降りて地面でカミュがセーニャを押し倒す格好になる。

「セーニャ…お前…」

「お願いです、カミュ様…このまま、私を…」

「お前…」

涙を浮かべ、懇願するセーニャを見るカミュにはこれからセーニャが求めることが理解できた。

カミュもいつかは彼女とこういうことができたらと思っていたが、まさかこのような事態になるとは思わなかった。

しかも、セーニャから求められるとは全く想像できなかった。

「我がままを言っているのは分かっています。それでも…」

「セーニャ…。わかった。でも、覚悟しろよ。加減なんて、できないからな…」

カミュの答えにセーニャはようやく笑顔になり、うなずいた。

 

時間は流れ、あれほど振っていた雨はやみ、2人は手をつないだ状態であおむけに空を見上げる。

「雨、やみましたね…」

「ああ、その…痛くなかったか?その…」

「はい、大丈夫です…。ありがとうございます、カミュ様…」

雨が止むまで、何度目か忘れるくらい抱きしめたことを思い出し、カミュは顔を赤く染める。

その時に見せた、今までにないセーニャの表情はすべて彼の脳裏に焼き付いている。

「おかげ様で、ようやく迷いが晴れました。お姉さまに救われたこの命…未来につなげます」

立ち上がろうとするセーニャだが、鈍い痛みで倒れそうになり、カミュに支えられて立ち上がる。

「先走んなよ、セーニャ。俺だって…いるんだからな」

「はい…。あ…」

「もう、こんな時間かよ…」

雨がやんだと思ったら、もう夜明けとなり、太陽の光が差し込む。

昨日あれほど悲しんだにも関わらず、いつものように太陽の光が差し込む。

「…さっさと着て、戻らねえとな。あいつらに心配かけちまっているからな」

「はい…。あとで皆様に謝らないと…あ…」

散らばっている衣類を拾おうとするセーニャの目に留まったのは、オレンジの火種のような光をともした氷魔の杖。

そこから光が球体となって浮かび、セーニャの体に吸収されていく。

同時に放置されていた聖女のドレスが形を変えていき、純白のワンピースと水色のマント、そして魔石が埋め込まれたサークレットへと形を変えていく。

それを見たセーニャは何を思ったのか、自分の指先を見つめ、軽く弾く。

すると、彼女のイメージ通り、指先から炎が出てきた。

小さいころにベロニカが見せてくれたのと同じように。

体の中から今までにない、暖かい何かが宿ったように思えた。

「多分、あいつからのエールだろうな…。頑張れってな」

「はい…お姉さま、ありがとう…。私、必ずお姉さまの分も、使命を果たします。だから…どうか、見守ってください。お姉さま…」

「安心しろよ、ベロニカ。セーニャの…お前の妹は必ず守るからな。だから…もし見ちまっていたら、この夜のことは絶対に誰にも言うなよ!?いいな!!」

 

 

「ようやく、伝わったわね…」

暗い闇の中、ベロニカがセーニャの想いを感じ取る。

きっと、エルバ達ならウルノーガを倒し、世界を救うだろう。

それを見届けるため、冥府の中で無に落ちることに抵抗しながら待ち続けた。

だが、もうその必要もない。

このまま無に身をゆだねるだけ。

本当は再び命の大樹の葉へと還りたかったが、もうそうするだけの力は残っていない。

「じゃあね、みんな…。セーニャ、幸せになりなさいよ…」

「いや、まだだ」

「え…?」

背後から誰かの声が聞こえる。

その声はあまりにも聞いたことのある、強烈に心に残っている声で、振り返るとそこには本来ならここにいるはずのない者の姿があった。

「あん…たは…!?」

「まだだ。君にはまだ、やるべきことがある」

双頭の鷲が描かれた白銀の鎧をまとう彼の隣には、デルカダール王に似た顔立ちをした老魔導士の姿もあった。

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