サマディー王国北西部に存在するバグラバ石群。
何もない砂漠にポツリと存在するストーンサークルがそう呼ばれており、神話の時代から存在しているといわれているが、わかっていることはそれだけ。
何の目的で作られた遺跡なのかは今も研究者の中で意見が分かれる。
だが、その研究者以外誰も訪れることのないその遺跡の空は不気味なほどに暗い赤に染まっていて、活性化しているはずの魔物たちも姿をみせる気配がない。
そして、普段ならほかの星々と変わらず遠くから光を放っているはずの勇者の星がなぜか普段よりもはるかに大きく映っていた。
「うわあ…勇者の星って、こんな感じだったのか…」
バグラバ石群のど真ん中でただ1人、大の字になって勇者の星を見つめているのはファーリスだ。
エルバ達との一件がきっかけで心を入れ替えた彼はそれからは剣や学問、馬術に励み、ここまでも一人で誰の手も借りずに馬で駆けつけることができた。
調査に同行していた兵士や学者らはバグラバ石群前の関所のところで危険だと判断してとどまったが、ファーリスはもっと間近から見ないとわからないからと反対を押し切ってここまで来た。
もし魔物が襲ってきたらという心配があったものの、上記の理由でその心配は杞憂に終わっている。
だが、いつまでもこのままというわけではなく、今も勇者の星はゆっくりと大きくなっている、というより近づいてきている。
どうして勇者の星が落ちてきているのかはわからない。
ウルノーガがやっているのか、それともかつての勇者の意思なのか。
どちらにしても、もし落ちてきたらサマディーはあっという間にクレーターへと変わるだろう。
そしてホムラの里やダーハルーネ、さらにはそこから起こるであろう大津波によってソルティコなどの海岸都市にも甚大な被害が発生し、ロトゼタシアが崩壊する。
だが、落ちてくる勇者の星を止める手立てなどあるはずもなく、ファーリスにできるのはこうして眺めて、記録することだけだ。
「まさか、みんなの反対を押し切って、一人でここまでくるなんて、ガッツがあるじゃない、ファーリスちゃん」
「うん、その声は…」
急に影ができ、聞き覚えのある恩師の声に慌てて立ち上がったファーリスはその声の主に目を向ける。
以前の旅芸人の衣装とは違い、帽子をかぶった騎士のような格好で、左腕には見慣れない盾を装備しているが、その顔立ちや体つき、声は忘れられるはずがない。
「シルビアさん、よくご無事で!!世界が崩壊してから、いったいどうしていたのか、心配していて…」
「ファーリスちゃんも、たくましくなったわね。聞きたいことがあって、サマディーまで来たけれど、勇者の星とあなたのことを聞いたから、飛んできたのよ」
勇者の星に起こった異変については、すでに城でファルス3世から聞いている。
虹色の枝を返し、聖なる種火で見た槌について尋ねたいと考えていたが、彼は飛び出していったファーリスのことを心配しており、彼を手助けしてほしいと頼まれた。
連れ戻してくれと言わなかったのは、きっと彼のことを信じてのことなのだろう。
「あれから、どうしていたの?」
「騎士として、遅れた分を取り戻すために日夜勤勉に励んでいました。大樹が落ちてからは、国民を守るため、動き続けていました。ですが、やはり皆、今でも不安を抱いています。その中で、このようなことが…」
クレイモランやデルカダールとは異なり、サマディーには六軍王が侵攻しておらず、相対的ではあるが他国と比べると安全を保っていた。
それでも、ウルノーガの登場による狂暴化した魔物があふれており、時には城下町に侵入したこともある。
そのたびに騎士たちの手で魔物たちを撃退したが、それでも国民への被害がゼロかというとそうでもない。
家屋が破壊されたり、守り切れずに殺されてしまうこともあった。
騎士の中にも死傷者が出ており、さらには勇者の星が落ちてくるという話まである。
死んだ国民や騎士、傷つき悲しむ人々の姿を見たときにファーリスが感じたのはウルノーガや魔物に対して以上に自分に対する怒りだった。
王子として、彼らを守るために戦わなければならない自分の無力さを恥じた。
だから、たとえ非力だとわかっていたとしても、行動せずにはいられなかった。
「へえ、ちょっとはマシになったんじゃねえの?ヘッポコ王子返上だな」
「誰がヘッポコ王子だ!!…と言いたいところだけど、そういわれても仕方ないな」
「じゃが、ここで立ち止まるわけにはいかぬ。何か方法がわかれば…うん?」
ロウが勇者の星を見ようとした瞬間、ズシリと全員の体におもりがついたような感覚が襲う。
自分の体重に匹敵する重さを背負ったかのようになり、エルバ達は立っていられなくなる。
「こ、これは…いったい…!?」
「これは…勇者の星が!!」
体中に伝わる重圧を耐え、空を見上げたグレイグの目に映ったのはどんどん近づいてくる勇者の星の姿。
勇者ローシュがなったといわれたその星が今、ロトゼタシアに牙をむこうとしている。
「ぐう…このままだと、ペシャンコにされちまうぞ!」
「あれは…何か、書いてある!?」
仰向けに倒した状態で勇者の星を見るファーリスは星に刻まれたよくわからない文字に気づく。
勇者の星を見ている中で、何かの模様があることには気づいていたが、こうして近づいてきたことでようやくそれが文字だということを理解することができた。
これを読むことができればいいが、あいにくファーリスは学者ではない。
「書いて…どれ、わしが…!!」
痛みに耐えながらどうにか体を仰向けにしたロウは呼吸を整えて魔力の流れを制御していき、ゴールドフェザーを握りしめて破邪力を増幅させていく。
両目が魔力によって青く光り、増幅していく視力でファーリスが見ているであろう文字を見ていく。
今ロウが使っている呪文はデュマイで、使用者の視力を増幅させるものだ。
しかし、使用後は一時的に視力を失ってしまうことから使いづらい呪文であり、今では廃れた呪文で、ロウ自身もここで役に立つとは思わなかった。
本当は風呂をのぞいたりなどで使いたくて、幼少期の修行の中で習得したが、監視するニマの視線が怖くて断念した過去がある。
瞳に浮かび上がる文字は神話の時代に使われていたであろう古代文字。
だんだん魔力の反動によって視界がぼやけつつある中で、ロウは文字を読んでいく。
「これは…どういう意味なのじゃ…!?」
「じいさん、なんて書いてあるんだ!」
「ニズ…ゼル…ファ…?なんじゃ、なんという意味なのじゃ、これは!?」
聞いたことのない単語、人の名前なのか、それとも古代に存在した国の名前か。
そのことを考えている中で、突然どこからか人型の魔物の影が飛んでくる。
大きな剣を手にした悪魔というべき大きな影が倒れるエルバ達と勇者の星の間に割って入ったその影の握る剣に紫の光が宿り、それを振るった直後、勇者の星が紫色の光に包まれていく。
「勇者の星が!」
「これ、は…うおおおおおお!!!」
光の中に飲み込まれていったエルバ達にはもはや周囲の仲間の姿さえ見ることはかなわなかった。
「ここ、は…??」
光が収まり、起き上がったグレイグだが、近くにいたはずのエルバ達の姿がない。
空を見上げると勇者の星の姿がなく、人も魔物もいない。
「姫様、ロウ様、エルバ!!ゴリアテ、セーニャ殿、カミュ!!どこにいる!?」
声を上げ、仲間たちを探すグレイグ。
いくら歩いても誰も見つからず、焦りを覚える中で誰かの声が聞こえる。
(彼は突然、俺の前に現れた…。そして、俺に見せてくれた…)
「ホメロス…?」
(俺の進む道、そして…俺自身の破滅を…俺がなすべきことを…)
「ホメロスなのか…?どこにいる!?」
破滅とはどういうことなのか、いったいホメロスが何を言っているのか。
今のグレイグには自身とデルカダール王を裏切り、ウルノーガとともに世界を滅ぼした彼への怒りはない。
あるのは今浮かぶホメロスへの疑問への答え。
その答えを求め、グレイグは走る。
走っていると、目の前に在りし日のホメロスの姿が映る。
「ホメロス…!」
「グレイグ…俺、の…果たすべき使命…は…」
「うわああ!!」
「キャッ!!」
急にグレイグの視界が変化し、気づくとそこは砂漠ではなく、レンガ造りの一室で、メイドの女性が驚いた様子を見せていた。
驚かせたことを詫びたグレイグは今の自分の状況を冷静に考え始める。
壁に掛けられているサマディーの国旗と整えられた絨毯とベッド、そして今自分が身に着けている肌着。
状況を整理していると、部屋にロウが入ってくる。
「グレイグ、ようやく目が覚めたか…」
「ロウ様、我々は…」
「うむ、勇者の星が砕けた衝撃で気絶しておった。関所に残っていた兵士たちが救出してくれたがのぉ」
ファーリスを含め、全員が意識を失っていて、エルバ達が目を覚ましたのは翌日。
一番最後に目覚めたのはグレイグだ。
「おぬしは3日寝ておった。原因はわからぬが…」
「そうですか、申し訳ございません。ご心配をおかけいたしました」
「いや、無事ならそれでよい。おぬしも今や、失うことができぬ大切な仲間じゃからな。さあ、わしは皆に伝えてくるから、もう少し休んでおれ」
「はい…」
ロウが出ていき、水を交換したメイドも頭を下げて退室する。
一人になり、再びベッドで横になったグレイグは夢の中で見たホメロスと彼の言葉を考える。
おそらく、一番遅く目を覚ました原因はこれだろう。
(見せてくれたと言っていたな…。進む道、己の破滅…。まさか、ウルノーガが…)
グレイグへの嫉妬はデルカダールで刃を交えたときにようやく気付いた。
常に先に行っていると見えた己をねたみ、やがて憎んでいき、それが暴走を起こす引き金になった。
ウルノーガが見せた破滅というのは、おそらくグレイグに刃を向け、最後には処刑されるか、殺されるかということなのだろう。
そして、使命というのは六軍王の長となり、ウルノーガの片腕になるということなのか。
だが、そう考えるとやや不審な行動をしているようにも見える。
特に気になるのはネドラを倒したのがホメロスだということ。
魔竜の魂を求めてという結論だが、果たしてウルノーガにそれが必要かどうかは疑問だ。
確かにネドラは魔竜と称されるほどの力を持つ魔物だが、それでも六軍王には及ばず、実際ホメロス1人に倒されている。
(教えてくれホメロス…。お前は、本当に俺たちを裏切ったのか…?)
「ロウ様、この度は私の愚息のためにご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませぬ」
「いや、ファルス3世よ、勇者の星の被害がなかったのじゃ。それに、エルバやシルビアから話は聞いておる。本当に勇敢な王子になられたのぉ」
「ええ…。成長できたのはエルディ…いや、エルバ殿とシルビア殿のおかげです。しかし、勇者の星が砕かれるとは…」
ファルス3世たちから意識を失っている間の話を聞いていて、勇者の星が砕かれたことによるサマディー国領への被害はなかった。
それは喜ばしい話だが、勇者の星を砕いた存在の正体も行方も分からないままだ。
謎は残ったが、それでも最低限の目的は達している。
「まさか、ガイアのハンマーまで売るつもりだったなんてな…」
カミュが握る、聖なる種火の中でいた槌と同じものにエルバ達の目が行く。
神話の時代から長い年月が経過したことで、若干色あせているところはあるが、かすかにほかの槌とは違う何かの力が感じられた。
今年行われるはずだったファーリス杯の資金となるはずだったが、世界が崩壊したことでファーリス杯が中止となり、そのまま城の宝物庫に保管されていた。
もしかして、ファーリス杯などの国を挙げたイベントを起こすたびに国宝を売っているのではないかと勘繰ってしまう。
せっかく戻ってきた虹色の枝と、すべてが終わったら返すことになるガイアのハンマーは絶対に売られることがないことを願いたい。
「けれど、気になるわね…。勇者の星に刻まれたニズゼルファという単語が…」
「うむう…サマディーの書物をあらかた探ったが、その名前は何も…」
サマディーには勇者の星に関する資料が多く、ニズゼルファについても何かわかるだろうと思い、ロウは学者の協力を得て調べつくしたが、結局ニズゼルファに関する記述は一つもなかった。
勇者の星に刻まれているため、ローシュと無関係とは考えられず、逆になぜその単語がローシュ戦記にすら現れないのか疑問を感じずにはいられない。
(落ちてきた勇者の星…そして、ニズゼルファ。もしかして、ウルノーガ以上に危険なものが存在するとでもいうのか…?)