これは魔法少女ですか?~はい、ゾンビです~   作:超淑女

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9「そう、魔法とゾンビと晩飯と」

 たとえばの話だ。全部知っている人間と何も知らない人間。

 現実的な例を出すならば深夜だけ起きている人間と朝だけ起きている人間がいたとする。

 その二人が出会えば、それはきっと言葉が通じるだけだ。

 他の国に来たようなもので……鹿目まどかと美樹さやかはそれを実感していた。

 

 目の前で起きた“死”。前から“死んでいた”らしいが、まぎれもなく死の瞬間を見た二人。

 戦いを知っている。誰も知らずに生きていた、すぐそばにある生死をかけた戦い。

 古より続く戦いだ。

 背筋が凍るように冷たくなる。

 

「何だかまるで、知らない人たちの中にいるみたい」

 

 ふいに、まどかがつぶやいた。遅れてやってきたまどかはずっと顔色が良くない。

 学校の屋上、空は晴れわたっている。

 仁美はどこかに行ってしまっていないようだ。

 今日ばかりは、それが助かる。

 

「知らないんだよ、誰も」

 

 さやかの言葉に、まどかが視線だけをさやかに向ける。

 どこか空を見ているさやか。

 こう言うのは不味いかもしれないが、さやかは内心思っている。

 マミがあの場で死んだ方がまどかも自分もマシだったと―――そりゃ悲しいし魔法少女になるのもやめただろうけれど、精神的疲労はだいぶ違う。

 目の前で死んだ人間が血だらけのまま復活して、腕が吹き飛ぶシーンを見せられた。

 

「魔女の事、マミさんの事、あたし達は知ってて、他のみんなは何も知らない。それってもう、違う世界で、違うものを見て暮らしているようなもんじゃない」

 

 拳を握りしめるさやかには何か思う所があるのだろう。

 まどかは心配しているような表情だ。

 

「さやかちゃん……?」

 

「とっくの昔に変わっちゃってたんだ。もっと早くに気付くべきだったんだよ、私達も」

 

 立ち上がり、苦々しい顔をする。

 

「う、うん」

 

 ようやく、さやかがまどかの方を向いた。

 二人の目と目が合うも、すぐにまどかが目を背けてしまう。

 

「まどかはさ、今でもまだ、魔法少女になりたいって思ってる?」

 

 さやかの質問に、弱々しく首を横に振るまどか。

 難しい顔で頷くさやか。

 

「ずるいってわかってるの、今さら虫が良すぎだよね。でも無理……あんな死に方、今思い出しただけで息が出来なくなっちゃうの。怖いよ……嫌だよぅ」

 

 弱々しく言って、涙を浮かべる彼女。

 そんな顔を見てからさやかはもう一度空を見た。

 

「そりゃそうだよ。マミさんがあんな華麗に戦えるのは死なないからだし……死も恐くないからだ。私たちがなったらきっと怖くて仕方ない。私たちは、ならない方が良いんだよ」

 

「賢明ね」 

 

 そう言って現れたのは、長い黒髪をなびかせた少女、暁美ほむら。

 いつも通り音を鳴らして凛とした姿で歩いてくる少女。

 歩いてくる彼女は、わずかに眉を寄せていた。

 

「いくつか言いたいこともあるけれど、魔法少女にならない方が良いと言うのは確かよ。いつ死ぬかもわからない戦場に出るなんてね」

 

 その言葉を聞くが、さやかは顔をしかめてまどかの手を取ると立ち上がる。

 ほむらの話を聞く気は無いと言うことだろう。

 志筑仁美の言う“リバース”は失敗に終わった。ということだ。

 

「待ちなさい美樹さやか。巴マミは―――っ」

 

「うるさい! マミさんがゾンビだったってだけで頭ん中ごちゃごちゃ! マミさんのこと信用できなくなっちゃいそうだよ! でも、あんたはそれ以上に信用無いってことを忘れんなっ!」

 

 そのまま屋上を出て行ってしまう。

 まどかは俯いて口を押えているのみだ。

 涙をこらえているのか、それとも吐き気が止まらないのかわからないが、そんなまどかを連れて、さやかは行ってしまった。

 ほむらは口を開く暇も無い。

 そこに残ったのはほむら。

 

「……いつまで見てるのかしら?」

 

 それと―――キュゥべぇだった。

 

「まったく、恐い目だね」

 

 白い獣はまるで感情が無いかのように言う。

 その姿はまどかやさやかの前で見せる愛らしい獣のそれではない。

 ほむらには、その生き物は悪魔に見えたことだろう。

 

「マミも君も信用しなくなれば、自然とさやかは魔法少女になってくれるよ」

 

 そう言うと、キュゥべぇはどこかに歩いて行ってしまった。

 ほむらは拳を握りしめる。

 

「美樹さやか、巴さんは決して強い人では無いわ、貴女の考えるような、そんな人じゃ……」

 

 つぶやくと彼女は、深いため息をついた。

 全てを“知っている”彼女は“何も知らない”彼女たちを思う。

 彼女が“彼女である理由”鹿目まどかがあんな風になったのは巴マミのせいかもしれないが、ほむらは素直に、マミが生きていたことを喜べた。

 

 

 

 

 

 学校の中庭、そのベンチで弁当を食べているマミ。そして横にいる志筑仁美。

 仁美は特に違和感が無いと言うように弁当を食べているが、マミはチラチラと仁美を気にしている。

 それを気づいてか、仁美がクスッと笑った。

 

「どうしたんですの、マミ先輩?」

 

「あっ、いえ!その!」

 

 あたふたと戸惑うマミ。

 ニコニコとしている仁美に戸惑う。

 

「その、隣町のスーパーで半額のお弁当を目当てに戦いが起きてるから戦ってみようかな、なんて!」

 

「フフッ、面白い方ですのね。さすがユークリウッドさんのお気に入りですか」

 

 そんな仁美のペースに乗せられるマミ。

 比喩表現でなら、手の上で踊らされていると言ったところだ。

 眉間にしわを寄せるマミだが、仁美のペースから逃れられる気がしない。

 何か手は無いかと考えていると、空から自分の目の前に少女が舞い降りた。

 長い黒髪、そしてマント。考える必要も無い―――吸血忍者だ。

 

「おい貴様、巴マミだな?」

 

 そう言ってきた黒髪の少女に、マミが微妙な表情で頷く。

 すると一つの細長い箱を渡してきた。

 まるでプレゼントに使うような小箱。

 

「しっかりと渡したぞ」

 

 その言葉に、難しい顔で頷くマミ。

 突如、携帯電話の音が聞こえた。

 それは少女のポケットからで、通話ボタンを押す。

 

「なに? そんなこと自分で考えろ! このちれものがっ!!」

 

 大きな声にビクッと震えるマミだったが、少女はそんなマミに見向きもせず消えた。

 何事かと志筑仁美を見るが、笑っているだけだ。

 冥界人も吸血忍者もどこかおかしいような気がする。

 自分だけでは、ないはずだ。

 

 

 

 

 

 結局、帰りは校門で待っていたほむらとになったマミ。

 まどかたちと帰らなくていいのかと聞いたが、大丈夫と答えた。

 きっと自分を心配してくれているのだろうと嬉しくなる。

 

 パトロールもかねて歩いている二人。

 たった二人だけの会話なのだから、口数の少ないほむらと居れば話題も少なくなる。

 しかし、沈黙もそれほどと言って気にならなくなってきたのは確かだった。

 

「でね、隣町のスーパーが……」

 

「そんなことになってるんですか?」

 

 意外そうなほむら。知っていることと知らないことはもちろんあるらしい。

 そういうことがわかっていくと、マミ自身もうれしくなってくる。

 彼女のことがわかっていくのは、まるで友達のようだなと思えるからだ。

 

 

 

 

 

 結局パトロール中狩れたのは使い魔が数体とメガロが一体だ。

 中にはあと一人で魔女になったであろう使い魔がいた。

 それを見て良かったと安心したマミだったが、暁美ほむらはやはりもったいない感じがするようだ。

 まぁそれも人それぞれ、ということでマミは使い魔を狩る。

 使い魔を魔女にしようなんて精神は気に入らないが、ほむらのように目についたのであれば使い魔も倒す。

 ぐらいでマミだって妥協する。

 

「この後はどうする?」

 

「隣町のスーパーでお弁当が北海道フェアらしいのよ……行くわ」

 

 ほむらはそう言うと、立ち上がった。

 時刻は六時半。魔法少女になればすぐつくはずだが、できれば魔力消費は押さえたいのだろう。

 一人暮らしらしいが、それにしても弁当なのか、と心配になる。

 今度食事に誘ってみようかと思うも、セラが暴言を吐いたらどうしようと再び心配。

 

「なら、急ぐ必要が……っ!?」

 

 ほむらが急いでいるのを感じて立ち上がろうとするマミ。そのポケットで携帯電話が鳴った。

 液晶に表示されているのは『鹿目まどか』の文字。

 すぐに通話ボタンを押すマミ。

 

『マミさん! 人が沢山、港の工場にっ! マミさんの同級生も!』

 

「わかった!すぐ行くわ!」

 

 急いで電話を切ると、目の前のほむらが力強く頷く。

 さっさと会計を済まして外に出ると、ほむらと共に走り出す。

 目的地に迷いは無い。

 即座に変身すると、跳んでビルの上にまで行き、そこからさらに跳んでいく。

 

 

 

 二人して全速力で、港の工場へとやってきた。

 着地した二人が見たのは、鹿目まどかと、青い魔法少女。

 そんな青い魔法少女を見て、ほむらは驚いているようだった。

 

「美樹さやか……貴女、まさか幼馴染のため!」

 

 ほむらがそう言うと、さやかがほむらを睨む。

 いまだに敵視している。

 魔法少女になったのだから少しは話し合いの場を設けようと思わないのだろうかと思うマミ。

 さやかはマミを見る。その眼は少し困っているようでもあった。

 

「美樹さん、前に行ったわよね私。衝動なんかでそんなことを願ってしまったら後悔するわ、貴女も……その彼もね」

 

 その瞬間、俯くさやか。

 拳を握りしめていて、ギリギリと音が鳴る。

 

「なにがっ……ゾンビのマミさんに何がわかんだよ。腕が動かない人の気持ち、わかるのかよ……」

 

 そんな言葉に、まどかはおろかほむらすらも驚いていた。

 マミはわずかに目を細める。怒っているというより心配している表情。

 なぜだが、現状のさやかが心配だったのだろう。

 

「わからないわよ。死なないもの、どんな状況になっても死ねないもの」

 

「どんな傷も治るんでしょ、気持ち悪い!」

 

 顔を上げたさやかは、マミに敵意を向けていた。

 明確な敵意と憎しみだ。やはり友情より愛か、さやかは先ほどの上条恭介も不幸になるという物言いが気に入らなかったのだろう。

 彼の腕を治さなければ余計に彼は不幸になっていたと知っている。

 

「(セラのと違って、さすがに本気でシリアスな場面で敵意持ち……結構くるわね)」

 

 自称豆腐メンタルの巴マミには聞く。と思っていたが案外ユウやセラで慣れてしまって居るせいで大したことは無いようだ。

 さやかは今にも噛みつかんという表情で、マミをにらみつけていた。

 もうマミに憧れていたさやかは居ないということだろう。

 

「さやかちゃん、やめなよ!」

 

 まどかに言われても、睨むことはやめない。

 

「貴女のような新参には私は倒せない」

 

 マミがそう言うと、気に入らないと言う表情で変身を解くさやか。

 なぜここまで敵視しているのかわからない。決定的になったのは先ほどの上条恭介関連の話だろうけれど、ここまで揺れ動いていた理由がわからないのだ。

 マミにはまったく予想がつかなかった。

 隣のほむらは予想がついたのか、グッと拳を握りしめる。

 

「行こうまどか……」

 

 そう言うと、まどかの手を引いて行ってしまうさやか。

 あっけからんと言う風に、ため息を吐くマミだが、少しは効いているようでわずかに目がうるんでいる。

 先輩面したい。否、先輩面死体マミは本気の罵倒などには心底弱い。

 ほむらは盾から一つのグリーフシードを出す。

 

「すごい濁ってるわ」

 

「知ってる」

 

 マミの手をとって、その手の平にグリーフシードを握らせると、踵を返した。

 振り返るマミが驚いてそのグリーフシードを見る。

 見えるのは彼女の背中のみだ。

 

「私は……その、なんだろうと貴女を仲間だと―――思っているわ」

 

 途端に笑顔になるマミ。

 それを察してか、ほむらはさらに気恥ずかしそうにする。

 彼女はポケットから携帯電話を出すと時刻を見た。

 

「じゃあ明日! 私はお腹が空いてるから!」

 

 そう言ってほむらは魔法少女の姿のまま跳んで行ってしまった。

 あのまま弁当を買いに出かけるのだろう。

 彼女は空腹の狼。言わば今から戦場に出かけるのだ。

 

 だがそんな彼女の気も知らず、マミは今日の晩御飯のメニューと家へ招待することだけを考える。

 

 

 

 見滝原の大きな鉄塔の上に、腰かける少女がいた。

 まどかたちと同じぐらいの歳の少女で、あまり良い気分という顔はしていない。

 

「同じ地区に三人の魔法少女なんて、おかしいんじゃない?」

 

 つぶやいた少女は、横にいる白い獣に話しかける。

 白い獣ことキュゥべぇは後ろ脚で頭をかきながら応えた。

 

「ボクもそう思うけど、マミは新しい仲間となんとかやっていっているよ」

 

 目を細める少女。キュゥべぇの言葉にイラついたということらしい。

 なぜそんなことでイラついたのかはわからないが、イライラしているように手に持った菓子を食す。

 

「何ソレ? 超ムカつく」

 

「どうするつもりだい?杏子」

 

 菓子にかぶりつくのをやめて、少女こと杏子は口元に笑みを浮かべた。

 無邪気な笑みに、八重歯がきらりと輝く。

 

「決まってんじゃん。要するに、ぶっ潰しちゃえばいいんでしょう?」

 

 鋭くなる瞳。

 

「……全員」

 

 声音は酷く低かった。

 ようするに怒っているのだろうと理解したキュゥべぇは早々に杏子から離れようと思う。

 見滝原が戦場になるのは考えるまでもないだろう。

 まどかの勧誘に行くか、それともほむらの情報を集めに行くか、二者択一。

 まぁ―――どちらにしろこれからのことで重要だろう。

 

 鉄塔から降りたキュゥべぇは、上を見る。

 

「やっぱりまだマミに未練があるのかい。まったく人間は良くわからないなぁ」

 

 歩いていくキュゥべぇは呆れているようにも思えた。

 

 

 

 

 

 自宅へと帰ってきたマミは、早々に着替えて食事を作った。

 終えて、皿に盛って出す。

 三人分のそれにも馴れて、マミはテーブルにつくと食事を始めた。

 セラとユウとマミは食事を始める。

 いつも通り―――いや、マミにとってはいつも通りの“つもり”だった。

 

「どうしたんですか?」

 

 セラの言葉に、マミはハッとする。

 表情に出ていたのだろうかと思い『なんでもない』と答えるが、疑うような目を向けるセラ。

 瞳は赤く染まっている。視線を逸らしたマミが、もう一度見ると、セラは片手に手裏剣を持っていた。

 

「ちょっ!ちょっと待ちなさい!」

 

 セラの動きが止まる。

 フッ、と笑みを浮かべるセラを見て、なんだかマミも笑ってしまう。

 声を出して笑うマミと、静かながらも同じく笑うセラ。

 ユウは無表情でありながらも、少しだけほほ笑んでいるように見えた。

 そっと手を出して、ユウはマミの頭を撫でる。

 

「お姉ちゃん! ユウにもっとぉ、甘えて?」

 

 妄想のユウがそう言う。

 

「うぅん、甘えるよぉ~」

 

 デレデレした顔で言うマミだが、その瞬間セラの腕が振られた。

 マミのこめかみに突き刺さるクナイ。

 笑顔のまま、マミはセラを見た。

 さやかの件があったからだろう。

 本気で自分を憎んでないことも良くわかる。

 

「なんだか、支えられちゃってるわね」

 

「支える? 私がいつ貴女を支えましたか気持ち悪い」

 

 沈黙、そして……。

 

「うぇぐっ、きもちわるいって、うぇぐっ」

 

 膝を抱えて泣き真似をしてみるマミがチラッとセラを見た。

 セラはおろかユウすらもただ食事を続けている。

 本当に支えられているか心配になった。

 

「おかわりです」

 

『おかわり』

 

 茶碗を突き出すセラと、茶碗とメモ帳を突き出すユウ。

 マミは順番に米を盛ると、食事を再開した。

 少なからず先ほどより雰囲気は悪くない。

 明日も魔女狩りだと、気合を入れるマミ。

 だがさやかのことだけが気がかりだった。

 

 

 

 隣町では、今宵も叫び声が上がる。

 外から見れば、中でだれかが暴れているようにも見えた。

 そして、一瞬のうちに窓は真っ赤な血で埋め尽くされる。

 外で見ていた初老の男性が、逃げ出そうとした。

 しかし遅い、どこから現れたのか、真上から一振りの日本刀が振ってきて、男性を串刺しにする。

 

 言うまでもないだろう。

 連日ニュースで大騒ぎしている殺人鬼。

 明日の新聞の一面もきっと同じだ。

 

 日本刀は、まるで幻だったというように消えた。




あとがき

基本シリアスですね。やっぱり話のメインはまどか☆マギカなのでこうなります。
できる限りギャグは入れて行きたいなぁ~なんて思いながら頑張ります!
次回は五話、彼女がようやくでてきますからね!

みなさんお楽しみに♪
感想お待ちしてます!

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