これは魔法少女ですか?~はい、ゾンビです~   作:超淑女

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20「そう、ネコのようなもの」

 数日間休みを取ることにしたマミは昼間、家で寝ていた。

 理由としてはただ、明け方まで探していたからだろう。

 そしてそのままほむらと魔女を倒し、家に帰ってそのまま寝たということだ。

 

 ほむらとの魔女狩りを終えた日の昼過ぎに起きたマミは、昼ご飯を食べていた。

 今日は杏子も一緒だ。ここ二日ほどお互いあまり顔を合わせていない。

 ユウを捜すための入れ違いだ。それはセラも一緒で、ユウ捜索にお互い時間をかけている。

 

「ユウの情報とかなかった?」

 

「全然、マミの方はどう?」 

 

 やはりか、と思いながらも探してくれている杏子にわずかに喜びを感じた。

 マミは首を横に振る。

 

「私もさっぱり……」

 

 そう言った瞬間、玄関の方でなにか音が聞こえた。

 何事かと急いで立ち上がり玄関へと向かうマミと杏子。

 玄関には、人が一人倒れていた。

 

「セラ!?」

 

「大丈夫かよ!?」

 

 傷だらけの姿で倒れているセラが、眼を開く。

 

「ただいま、戻りました……」

 

 苦しそうに呟くセラに、マミと杏子は急いで駆け寄る。

 

 

 

 

 

 その後、セラは風呂に入り大方の応急処置を終えると楽になったのか昼ご飯を食べた。

 体の所々に包帯を巻いたが、おそらく見かけほど傷は深くないだろう。

 安心したような杏子を見てほほ笑むマミ。

 三人はちゃぶ台を囲むように座っている。

 

 マミは一転、真剣な表情をしてセラに聞く。

 

「なにがあったの、セラ?」

 

 拳を握る強さが、キュッと強まったのを見逃さないマミ。

 憂鬱そうな表情で、セラが語り始めた。

 

「湯船に浸かりながら、私はどうやって嘘をつこうと考えていました……私は、嘘の付き方を知りません」

 

 一度目を伏せてからセラは言う。

 

「私を襲ったのは、私の仲間である吸血忍者です。私は任務を放棄したので……」

 

「ユウを殺せって言われた、あれ?」

 

 黙って頷き、俯くセラ。

 だからと言ってなにも、とつぶやいたマミだが、それほど重い物なのだろうと理解する。

 自分で言えば魔女狩りみたいなものだろうか? もしかしたらそれ以上なのかもしれないけれど……。と考えるマミ。

 

「私が甘かったのです。仲間の元に戻れば、なにかヘルサイズ殿の情報はないかと思ったのですが……」

 

「セラ、大丈夫?」

 

 俯くセラが顔を上げる。穏やかな表情の彼女は静かに口を開いた。

 

「はい、私自身が出した答えですから」

 

 しっかりと、意思の感じる言葉だ。

 マミが杏子の方を見ると、彼女は彼女で頷いた。

 もう一度セラに視線を戻すと、マミも穏やかな表情で返す。

 

「そっか」

 

 その一言だが、十分だった。

 

「フフッ」

 

 セラが笑みを浮かべると、マミと杏子も笑みを浮かべて笑う。

 やはりみんな揃っているのが一番だと、マミは心の中で思った。

 これでユウも居れば、全部めでたしだ。

 

 笑みを浮かべながら、セラは湯のみを持ってフーフーと冷ます。

 

「そう言えば、お風呂の湯加減は大丈夫だった? 結構冷めちゃってたでしょ、追い炊き」

 

 笑顔のまま固まったセラが、首をかしげる。

 

「まさか、マミの浸かった湯に入らされたのですか?」

 

 なんとなく不味い感じがした。

 自分が入った後は不味かったのだろうか? そんな思春期の女子高生じゃあるまいし。

 しかも自分がお父さん的な立ち位置かと、いろいろ情報が混雑する。

 

「肉汁だらけのお湯に入らされるなんて、気持ち悪い」

 

 紅の眼が輝く。

 体をはねさせるマミ。

 

「す、すみません!」

 

 マミが謝ると、その瞬間セラの殺気が消えた。

 えっ? とつぶやくマミを見ながら、セラが笑う。

 

「フフッ、冗談です。別に女同士ですし、気にしていませんよ」

 

 戸惑いながらも、それは良かった。と頷くマミ。

 案外本気で心配してしまった。いつもがいつもなだけに。

 ふと、マミが思い出す。

 

「そう言えば、暁美さんに連絡入れておかないと……」

 

「ほむらに、ですか?」

 

 セラが疑問を浮かべるが、頷くマミ。

 笑みを浮かているマミだが、その様子はいつもと違う。

 

「一応、全員揃ったのだからね……彼女も決心したのよ」

 

 そう言って笑うマミを見て、セラは軽く頷く。

 杏子もわかっていないのだろうけれど、頷いた。

 マミは携帯電話の電話帳の中にある数少ない名前から、暁美ほむらを選んだ。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 夕方、マミの家へと集まっている面々。

 ゾンビこと、巴マミ。

 魔法少女であるほむら、杏子、さやか。

 吸血忍者であるセラフィム。

 そして、ただの人である鹿目まどか。

 

 この計六人が集まった理由。

 全員がほむらの方を見る。

 

「これから、私のことを話すわ」

 

 隣に座るマミの手を、ちゃぶ台の下でキュッとつかむほむら。

 それなりに勇気がいることなのだろう。

 自分のことを話すというのは……それでも、ほむらは話を始めた。

 

 

 

 

 誰も、何も言わずに聞く。

 ほむらの魔法少女としての願いは『鹿目まどかとの出会いをやり直したい』それによっての過去改変。

 ワルプルギスの夜を倒すだけの簡単な願いは、いずれ『まどかを魔法少女にさせない』という願いに変わった。

 それは自分に希望を与えてくれた友達を助けるためだ。

 絶対に不幸になんてさせないため。

 マミと杏子はどうやったって魔法少女になっているのだ。

 今からなんとかすることは不可能。それでも、鹿目まどかと美樹さやかを助けようと彼女なりに奮闘した。

 

 まどかを魔法少女に、そして―――魔女にさせないために。

 

 それでも無理だった。ただの一度もワルプルギスの夜に勝てない。

 魔法少女になったまどかは世界を破壊する魔女へと変わる。

 

 まどかが生き残ればなんでも良くなって居たにもかかわらず、それが叶えられなかった。

 どの世界でも優しいまどか。彼女はキュウべぇとの契約に応えてしまうのだ。

 ワルプルギスの夜が来ればそれは必然だった。

 目の前でさやかや杏子やマミが魔女へと変わっても、やがては魔法少女へとなる。

 そして、彼女は魔女へと変わるのだ。

 

 

 

 話を全て聞き終えると、その場を重い空気が包む。

 まどかは涙を流している。

 マミの手を握っているほむらの力はかなり強い。

 

「まぁ、もう何を聞いても驚かないつもりでいたけど……まさか、魔女になるとはね」

 

 苦笑するマミ。さやかと杏子もわずかに視線を泳がせる。

 目に見える動揺だ。落ち着いているマミに驚いているほむらだが、内心動揺しっぱなしだ。

 魔法少女が魔女になる。なら今まで殺してきたのは同類。

 今さら殺しにビビるほどの神経ではないマミだったが、やはり自分がいずれあれになるともなると話が別だ。

 

「ゾンビである君が魔女になったときは興味深いね」

 

 そんな声に驚く者は誰も居ない。

 テーブルの上に乗るキュゥべぇ。

 

「ゾンビである魔法少女が魔女になった例は古今無い。君が魔女へと生まれ変わった時にどれぐらいのエネルギーが発生するのか、どんな魔女を生むのかも……」

 

「そうね、私もいずれ魔女になるのだものね」

 

 笑うマミ。なぜ笑えるのかわからなかった。

 ほむらもまどかもさやかも、杏子もだ。

 感情の無い生き物であるインキュベーター。そのキュゥべぇが話を続ける。

 

「君は魔女になって、幾つの命を奪うのだろうね?」

 

「奪わないわ」

 

 そう、断言するマミ。

 

「奪う前に私が殺しますから」

 

 そう言ったのはセラ、穏やかな表情でそういうセラ。

 なにか清々しささえ感じるような表情だ。

 

「そういうこと」

 

 杏子は笑う。きっとマミが魔女になればこの場の誰もが悲しむだろうけれど、躊躇はしない。

 マミに誰かを殺させるぐらいなら、誰かがマミを殺すだろう。

 それと同じように誰かが魔女へと変わっても、彼女たちはしっかりとケジメをつける。

 ほむらは、驚いていた。この呆気なさに……。

 かつてのループで、さやかが魔女化した時に錯乱して全員殺そうとしたマミを思い出す。

 

 やはり、この世界こそがほむらの唯一の希望。

 

「なるほどね、つくづく興味深いね。君たちは」

 

 そう言うキュウべぇを見てマミは笑った。

 手を伸ばすとその体を掴んで床に下ろす。

 

「テーブルの上には乗らないでって言ってるわよね?」

 

「まったく、わかったよ」

 

 仕方ないと言う風に肯定するキュゥべぇ。

 マミがほむらの方を見る。

 

「つまり、今までのループで吸血忍者やネクロマンサー、メガロはいなかったの?」

 

 頷くほむら。そんな答えに、わずかに顔をしかめるセラ。

 確かに他の世界で自分だけはいなかったと言われても微妙な気分だろう。

 まぁあまり気にすることも無いと思うが―――。

 

「キュゥべぇ、勝手にソファーの上乗っちゃダメ!」

 

「やれやれ、わかったよ」

 

 大人しく降りるキュゥべぇ。

 なんだかすっかりマミはキュゥべぇへの負の感情は持っていないようだ。

 彼女に言わせればあくまでも命の恩人だから、なのだろう。

 ゴホン、と咳払いをして話を再開するほむら。

 

「でも、貴女たちのおかげで今のところ順調なのも確かだわ。鹿目まどかが今だ魔法少女にならず……なおかつ全員が生きている」

 

 だが数々の問題が新たに発生しているのも事実だ。

 ユウのこと、メガロのことなど。

 一応魔法少女は他人の記憶を消すことができる。

 だからこそいざとなれば大規模な記憶消去魔法でメガロのことなどはなんとかなるかもしれないが、やむをえない場合のみだ。

 だからこそ結界に隠れると言う行為をしない人目につくメガロという存在は厄介だった。

 

「キュゥべぇ、メガロというのはいつ頃から存在するの?」

 

 マミの質問に、床におとなしく座っていたキュゥべぇが答える。

 

「魔法少女システムができてしばらくしてから、かな……一人の冥界人の少女が魔法少女になり、冥界で魔女へと変わった。そこから魔法少女システムを破綻させるために冥界が作り出したのが対魔法少女のシステム。メガロシステムさ……まぁ詳しくはわからないけどね」

 

 その答えに頷くほむらが、マミの手をそっと放した。

 カバンへと手を伸ばしてカバンから資料を取り出すと、いくつかをテーブルに並べる。

 それらは全てワルプルギスの夜の資料だった。

 

「とりあえず統計データもあるからワルプルギスの夜の出現場所は大体予想できる。けれど今回の決戦で一番面倒なのが使い魔よ。ワルプルギスの夜は通常ならばこの街で一番魔力が高いまどかを狙ってくるから……当日まどかがいる避難所を狙ってくるわ。厄介なのが使い魔よ。こいつを通してしまってはそれで終わり。まどかは……」

 

 理解した面々。ワルプルギスの夜は鹿目まどかを狙ってくる。

 理由は魔力が高いから、だけなのだろうか?

 それは謎だが、ともかくここで決めるのは誰が避難所を守るか、だろう。

 

「私が守りましょう」

 

 立候補したのは、セラだった。

 驚いている面々だが、言わなくてもわかる。

 彼女も自分たちの仲間なのだから、協力してくれるのに『なぜ』も『どうして』も無い。

 アサミとの戦いのときだって、全員で協力して勝ったのだ。

 今さら後戻りする気は無い。誰も、誰一人としてだ。 

 

「さて、こうしているのも良いでしょう。パスタでも作りましょっか」

 

 立ち上がるマミが、そう言う。

 泣き止んだまどかが手を上げて立ち上がった。

 

「私も手伝います!」

 

「フフッ、ありがとう」

 

 マミとまどかはキッチンへと消える。

 その場に残ったセラがその奇怪な生き物をみつめていた。

 不思議そうに見てから、口を開く。

 

「まるでヘドロのようですね気持ち悪い」

 

「この姿は地球の少女に気に入られるように作られているはずなんだけど」

 

「生理的に無理です」

 

「……そうかい」

 

 若干残念そうに聞こえるが、感情のないキュゥべぇが残念がるはずもなかった。

 マミが居ないのをしっかり確認してから、ソファに乗るキュゥべぇ。

 だったが、手に掴まれ降ろされる。

 

「暁美ほむら、君は……」

 

「乗るなって言われていたでしょう。一回で覚えなさいインキュベーター」

 

 おとなしく床に寝そべるキュゥべぇを見て、さやかと杏子が笑いだした。

 そんな笑いにつられてか、ほむらとセラも笑う。

 キュゥべぇだけが、わからないと言う風に首を横にかしげのだった。

 

 

 

 ちゃぶ台に並べられるパスタ。セラと杏子が出したテーブルも並べられている。

 まるで大家族のような状況だが、にぎやかで良いと笑うマミ。

 まどかも座ったが、立ち上がったマミがキッチンに行って何かをしている。

 戻ってきたマミの手には小さな皿が持たれていて、それを床に置く。

 

「キュゥべぇの分よ」

 

「ボクの分もあるのかい?」

 

 キュゥべぇが歩いて傍に行く。

 間違い無くキャットフードだが、キュゥべぇの主食だ。

 マミは座って手を合わせる。

 全員が同じ用に手を合わせると同時に……。

 

「いただきます!」

 

 食事を開始した。

 パスタを食べながらそれぞれ感想を言いあう。

 まどかも手伝ったということもありいつもと違う味のあるパスタだ。

 杏子が大急ぎでパスタを食べている。

 

「杏子ちゃん、そんなに急いで食べなくてもおかわりあるからね」

 

「サンキュー!」

 

 おいしそうに食べる杏子を見ていると、作り甲斐があるとほほ笑むマミ。

 セラは箸でパスタを食べている。

 そっちの方がらしいと言えばらしい気がした。

 

「キュゥべぇもおかわりあるからね?」

 

「おかわりがあるのかい?」

 

 感情が無いキュゥべぇだが若干いつもより食い気味に聞いてきている気がしないでもない。

 気のせいだろうと思い、ほむらは食事を続ける。

 なつかしい味だな、などと思いながらも食べ続けていた。

 

「そういえば、ユウが来てからここに来なくなった理由ってなんなの?」

 

 マミの質問にキュゥべぇは口に入った食べ物を飲み込んで話す。

 

「彼女にソウルジェムのことをバラされるのも面倒だったしね」

 

 そう言いながら、キャットフードを食べ続けるキュゥべぇ。

 少し考えてみるマミだが、知っているというのも納得だ。

 ユウはなんでも知っているというイメージもある。

 

「(志筑さん、じゃなくて仁美さんは魔法少女のことを良く知らないって言ってた……でもメガロのことは知ってたはずよね。まぁ聞かなかった私が悪いのかもしれないけれど)」

 

 今度仁美ともじっくり話してみないといけないな、と思い頷くマミ。

 食事を続ける彼女たちを見てほころぶ口。

 とりあえず帰りに送っていくついでにユウとわかれたコンビニにでも寄ってみようと思ったマミ。

 ユウを見つけてワルプルギスの夜も倒して、とりあえずのところはハッピーエンドだ。

 フォークにパスタを絡ませることに苦戦しながらも、マミは食事を再開した。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 ユウと別れたコンビニの前で、座っていたマミがおにぎりを食べている。

 暇そう、というよりも待っているのだ。彼女がもしかしたら来るかもしれないと……。

 まどかたちを送った後、迷わずここに来た。杏子やセラには言っていないけど遅ければ大体察してくれるだろう。

 

「あらぁ~夜野さんこんばんは!」

 

 声が聞こえて、おもわずそちらを見た。

 駐車場に立っている青年と女性。

 女性の方は犬を抱えていて、青年の方はハムスターを手に乗せている。

 

「この前のノミ取りシャンプー、すごく良かったわ」

 

 女性の言葉に、青年は笑顔で返す。

 

「そうですか、良かったです。動物は言葉を喋りませんから、その気持ちを汲み取るように気を付けてあげてくださいね」

 

「はい、では」

 

 去っていく女性を見送る青年。

 女性が去っていくと、青年はマミの方を向いた。

 金色の瞳と目が合うと、普通じゃないことを理解したマミ。

 瞳を鋭くするマミ。

 

「はじめまして」

 

「貴女……まさか」

 

 青年の手の内にいるハムスターが地面に降りる。

 ハムスターは真っ直ぐマミの足元に来て、そこで回り続けた。

 

「フッ、僕たちが放つ死の臭いに動物は引き寄せられるんだよ」

 

「そっか、貴女がもう一人のゾンビね……」

 

 笑みを見せたまま青年は聞く。

 

「ユークリウッドの姿が見えないけど、喧嘩でもしたのかい? それとも愛想を尽かされたとか……」

 

 痛い所をつかれたと言う風に、表情を変えるマミ。

 おにぎりを全て飲み込むと、立ち上がる。

 本格的に相手の青年をにらみつけるマミだが、青年は表情を変えない。

 

「たまに妙に食べたくなるんだよなぁ、ファミチキ」

 

 聞きなれた声が、聞こえた。

 そちらを見て杏子とセラを確認すると、マミが叫ぶ。

 

「来ないで!」

 

 驚いた表情をする杏子とセラだが、すぐに表情を変える。

 どうした? とでも言わんとする顔だ。

 だがすぐに気づいたのか、セラが身構える。

 青年がセラと杏子に視線を移す。

 

「ユークリウッドは、まさか冥界に帰ってしまったのかい?」

 

 少し大きな声でマミが言う。

 

「こっちが聞きたい!」

 

 いつもより乱暴な口調なのは、気が立っているからだろう。

 彼女自身ユウのことで痛い所を突かれた。

 失望したというような青年の表情。

 

「折角君たちにあずけていたのに……よし、ならば君たちを殺そう」

 

 いつでも動けるようにとするセラ。

 杏子はソウルジェムを持っていつでも槍を出せるようにする。

 

「なんだコイツ」

 

 攻撃しようとする杏子。

 

「ダメ!」

 

 だがマミが止めた。

 なんで、と言う杏子だが、マミの真っ直ぐな瞳に負ける。

 青年を視界に捉えるマミが、言う。

 

「こいつは私が殺る」

 

 マミが使うとは思えない言葉づかいだが、それほど怒っているのだろう。

 この敵のせいでユウは自分たちの前から消えた。すくなからずマミはそう思っている。

 挙句に神経を逆なでされ、マミの大事な人の中に入っている二人を『殺そう』と言った。

 敵意どころか殺気すら相手に向けるマミ。

 

 青年の背後に黒い影が浮かんだ。その影は素早くマミへと迸り、マミを包む。

 暗闇の中、マミは何が起きているのかわからなかった。

 まるで影の中に、無数の手があるような……錯覚。

 

「ガッハァッ!」

 

 影が散ると同時に、マミが口から血を吐き出す。

 口元の血をぬぐいながら青年を見るマミ。

 これが青年の……“夜の王”の力なのだろうか?

 

「なにっ、今のっ……貴方の攻撃、だっていうの?」

 

 顔を上げて、マミが問う。

 

「どうかな?」

 

 夜の王の背後で蠢く影が再びマミへと伸びる。

 気づいた時にはもう遅い。

 

「がぁっ!?」

 

 両足が膝から千切れて、倒れるマミ。

 痛みは通常通り食らうのだが、慣れもあって叫ぶことも無い。

 だが痛みはあるのだろう、苦しそうな顔だ。

 杏子が叫ぶ。

 

「マミ! 大丈夫か!?」

 

「だから来ないでって……ぐっ!」

 

 両腕を使って立ち上がろうとするマミだが、膝から先が無いのだから立ち上がれるはずもない。

 夜の王は笑ってから、セラと杏子に視線を移した。

 

「さて、挨拶はこれくらいにして……そろそろそこの二人を殺すかな」

 

 影と共に消える青年。

 驚愕に表情を変えるセラと杏子。そんな二人の背後に彼は現れる。

 瞬間、腕が宙を舞った。落ちる腕は、夜の王のものだ。

 

「秘剣燕返し」

 

「プラスワン!」

 

 夜の王の腹部に槍までもが刺さっている。

 しかし、彼は表情一つ変えない。

 

「思ったより早いね」

 

 千切れた腕の断面を見て呟いた。

 影があふれると同時に、セラと杏子を影が包む。

 夜の王はすでにセラと杏子の向こう、マミの前に来ていた。

 

「次は手加減しないよ?」

 

 黒い影は、セラと杏子の体を拘束する。

 

「セラ! 佐倉さん!」

 

 二人の名を呼ぶマミだが、立てないことにはどうしようもない。

 影に締め付けられて苦しそうに呻く二人。

 

「なぜこんなことをするのか、それはね、君たちを殺してユークリウッドをこの世界に引きずり出すため。君たちが死ねば、彼女はまたこの世界に現れる。どうだい、死ねばまた彼女に会えるんだよ?」

 

 苦しみながらも、笑みを浮かべる杏子。

 魔法少女はやはり感じる痛覚が弱いからだろう。

 セラほど苦しくは無い。

 

「ふざ、けんな! あたしは生きて合うって決めてんだ!」

 

 叫ぶ杏子だが、夜の王は笑みを浮かべながら影を蠢かせた。

 拘束されている杏子に攻撃をよける手段は無い。

 

「やめて! 杏子ぉっ!」

 

 叫んだマミ。眼をつむる杏子。

 その瞬間、掛け声が聞こえた。

 青い閃光と共に、影は切り裂かれる。

 そこに立つのは一人の少女。

 

 間違いなく、マミにメガネを渡した彼女だ。

 いつのまにやら、杏子とセラの拘束も解けている。

 あたりにはフードをかぶった男や女たち。吸血忍者なのだろう。

 少女は携帯電話を持つ。

 

「報告にあった男を確認、増援を頼む」

 

 ハムスターが夜の王の肩に上る。

 

「やれやれ、吸血忍者とやらは良い嗅覚をしているよ」

 

 倒れているマミを、夜の王が見た。

 二人のゾンビの視線がもう一度交差する。

 

「残念ながら捕まるわけにはいかないんだ。僕はまだ―――死にたいのでね」

 

 影に包まれる夜の王。

 

「待て!」

 

 怒鳴る少女が剣を振るう。

 だが、斬ったのは影だけ。

 静かに立ち上がった少女は、辺りをうかがう。

 

「追え、絶対に逃がすな」

 

 辺りの吸血忍者たちは一瞬で消えた。

 これが人外の力というものだろう。

 両手を使って起き上がるマミ。

 

「(……死にたい?)」

 

 眼を細めて、その言葉の真意を探ろうとする。

 だが、そんな言葉を理解できるはずもなかった。

 

 

 

 杏子がマミの足を断面に付けて再生させようとしている傍らで、負傷しているセラ。

 少女の背後に立つセラが、俯きながらも言う。

 

「すみませんサラス、助かりました」

 

 彼女と同じ吸血忍者であるサラスバティに礼を言うセラ。

 だが、サラスはセラにその手の青い剣を向ける。

 

「気安く声をかけるな、この裏切り者が!」

 

 表情を曇らせるセラ。

 

「セラフィム、貴様の顔など見たくも無い!」

 

 俯いていたセラだが、そこに介入するような知識も無いマミ。

 任務の覚悟も無く重要性もいまいちわかっていないマミは、介入する気も無い。

 サラスが消えると、セラが二人に歩み寄ってきた。

 

 

 

 夜の街を歩いているマミたち。

 三人は歩いているが、なんとなくセラが暗い感じがした。

 いや、なんとなくではなく間違いなくなのだろう。

 先を歩いているセラが、突如止まる。

 

「私、ヘルサイズ殿をもう少し探してみたいのですが」

 

「じゃあ私も行くわよ、一度戻って……」

 

「ええ、でもそれでは時間がかかるので」

 

 そんな言葉に、マミは頷いた。

 杏子も同じくと言った様子。

 

「そっか、でも気を付けてね」

 

「まだアイツがうろうろしてるかもだしね」

 

 マミと杏子の言葉に、頷くセラ。

 微笑して、セラは木の葉と共に消えた。

 せっかく帰ってきたのに、また二人きりになってしまったと寂しそうな顔をするマミ。

 それに気づく杏子。

 

「明日はどうすっか」

 

「佐倉さんはいつも通りでいいじゃない。学校もないし」

 

「たくっ」

 

 笑うマミに、笑みで返す杏子。

 さっきは名前で呼んでくれたから名前で呼んでくれ。ぐらい言おうと思ったが、言うに言えなかった。

 軽いため息をつく杏子。マミは何か考え事をしているようだ。

 マミは仁美にも『夜の王』の情報を頼もうと思っていた。

 きっと彼のことを知ればユウのことも見つかるはずだ。

 

 色々と整理すると、マミは杏子の手を取って歩き出した。

 杏子はどこか、恥ずかしそうにしている。

 




あとがき

ようやくマミさんと初顔合わせの夜の王です!
喋り方、夜の王とキュゥべぇがかぶってますけど気にしない。
ちなみに仁美はとんだ重要キャラになってきます。まぁ冥界人ということもあって(
そして本格的に登場した夜の王とユウとマミの三人でここからドロドロとした昼ドラ的展開が(秘剣、燕返し

では、次回もお楽しみに!
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