これは魔法少女ですか?~はい、ゾンビです~   作:超淑女

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21「はい、それはわかめです」

 三日後の昼間、マミがちゃぶだいの上に置かれた湯飲みを取って、お茶を飲んでいた。

 最近は紅茶を作る機会が無いな、などと思う。

 紅茶を飲むのは魔女狩りを終えた後のパフォーマンスでぐらいだ。

 

「ふぅ……ん?」

 

 突如、マミの携帯電話が鳴り始めた。

 その音を聞き、マミは湯のみを置くと通話ボタンを押して耳に当てる。

 表示名は志筑仁美だ。

 

「もしもし、仁美さん?」

 

 志筑仁美には『夜の王』の捜索を頼んだ。

 理由としてはただ一つ。ユウを見つけるため。

 彼さえいなければ、きっとユウは帰ってくる。

 

「えっ、夜の王の居場所がわかった?」

 

『はい、今からメールで地図を送ります。マミさんのマンションの近くで驚きましたわ』

 

「ほんと!? 助かるわ仁美さん!」

 

 無意識の内に、彼女の声音は嬉しそうに変わっていた。

 話をつけなくてはいけないし、ユウのこともある。

 もうワルプルギスの夜が来るまでの時間もそれほどない。

 

『吸血忍者も嗅ぎつけているようです。マミさん、貴女が一番に行ってくださいまし』

 

 そんな声を聞いて、フッ、とほほ笑むマミ。

 ユウのこともそうだが、仁美にはずいぶん世話になっている。

 

「仁美さん、ありがとう」

 

『いえ、お気をつけて』

 

 そして、電話が切れた。

 今度お礼になにかおごろう。お弁当を作ってあげるのも良い。

 取りあえず、今は仁美に感謝だ。

 

「佐倉さん!」

 

 マミの部屋から出てくる杏子。

 寝ていたのだろうか? どこか眠そうでもある。

 目をこすりながら、どうした? と聞く杏子。

 

「アイツの居場所がわかった」

 

 眠気などふっとんだのか、表情を引き締めた。

 マミが近いことを説明していると、携帯電話が鳴る。

 メールにつけられていた地図を見て、マミと杏子が近いことに驚く。

 

 

 

 二人の声は大きく、マンションの部屋の外にも聞こえていた。

 巴家の扉の前、マンションの廊下で、一人の少女が立っている。

 そして、その少女から少し離れた場所に立っているセラ。

 

「ヘルサイズ殿?」

 

 茫然と立っていたセラが、言葉にした。

 彼女の目の前、マミの家の前に立っているのは間違いなくユウだった。

 

「戻られたのですね!」

 

 嬉しそうに言うセラは、笑顔のまま駆けだす。

 ユウがセラの方に視線を移した。

 

「―――!?」

 

 突如、セラの背中から血が噴き出す。

 その傷から出た血は、あたりに飛び散り通路を汚した。

 地に倒れ伏したセラを見るユウの瞳が、見開かれる。

 

「やっぱりここにきたね」

 

 倒れているセラの背後にいるのは、夜の王。

 待ちわびていたと言わんばかりの表情を見せる彼。

 

「さぁ、一緒においで」

 

 目を伏せるユウが、静かに頷いた。

 倒れたまま、瞳を閉じているセラの隣を通り、夜の王の元へとやってくるユウ。

 二人は外に出るためにエレベーターの方に歩き出すが、数歩歩いて、ユウが立ち止まる。

 踵を返して、セラの元へと歩いて腰を下ろす。

 

「……」

 

 声は出さないものの、心配そうな表情はしていた。

 自らの指の先を噛み傷を作って、血を流す。

 滴る血をセラの口に移した。

 飲んだのだろうか、セラの表情は少し和らぐ。

 ゆっくりと目を開くセラ。

 

「ヘルサイズっ……殿……」

 

 ぼやける視界に映るのは自らがずっと探していた少女。

 名前を呼んで、再び眠りにつく。

 意識は暗い水底へと沈む。

 

 

 

「セラ!」

 

 聞きなれた声に、眼を冷ましたセラ。

 視界に映るのはマミと杏子の二人。

 

「大丈夫か、セラ?」

 

 心配そうな二人の表情を見ながらも、現状整理が追いつかない。

 朦朧とする意識の中、ここはどこかと問う。

 そして―――思い出した。早くユウを追わなくてはと起き上がるが、背中の傷が痛む。

 

「ダメよ起きちゃ!」

 

 マミはセラをゆっくりと寝かす。

 布団にゆっくりと横にされるセラが焦ったように声を出した。

 

「ヘルサイズ殿がっ、さっき家の前に!」

 

 そんな言葉を聞いて、マミと杏子が驚愕する。

 

「ユウが!?」

 

「私は、多分あの男に……」

 

 そう、とつぶやいて立ち上がるマミ。

 外はもう夕方だった。

 

「ユウ、来てたんだ……」

 

 つぶやくマミが、突然走り出す。

 杏子も同じくと言った様子だ。

 

 

 

 走る二人。見慣れ、歩き慣れた道を走っていく。

 目の前の赤信号が待ち遠しい。

 

「(ユウ、私たちのところに帰ってきたんだ! ユウ……ユウ……)」

 

 走って、近くのマンションを上っていく。

 マンションの最上階へと走る。

 

「(やっと会える!)」

 

 最上階の、メールで書いてあった部屋の扉を迷わず開く。

 

「ユウ!」

 

 扉を開くと、小さな部屋のちゃぶ台の前に座るユウ。

 すぐそばで、料理を作っている夜の王も視界に入る。

 ユウは決してマミと杏子を見ない。

 わかっていたのだろう。この二人が来ると言うことを……。

 

「いらっしゃい、来ると思ってたよ」

 

「一緒にどうだい? たくさんつくったからね」

 

 夜の王は一切の警戒なども見せずに、そう言った。

 

 

 

 テーブルに並べられた料理の数々。

 ちゃぶ台を囲むように座る四人。

 

「沢山作ったから、おかわりもあるからね?」

 

 夜の王の言葉に、警戒する杏子。

 不機嫌オーラを出す杏子だが、彼は笑っているだけだ。

 マミはユウだけを見ている。

 

「食べないのかい? 味は保障するよ」

 

 そんな言葉に、マミが答えることはない。

 

「ユウを返してもらいたいわ」

 

「まぁそんなに焦らないで……」

 

 俯いているユウを、みつめるマミ。

 そんなマミに気づきながら、笑う夜の王。

 マミは、夜の王の方に視線を移した。

 

「どうだい、死なない体を手に入れた気分は?」

 

「どうって?」

 

「人は誰しも永遠を求めるものだけど……永遠とはひどく退屈なものだとは思わないかい?」

 

 そんな問いに、ため息をつく。

 

「知らないわよそんなこと」

 

 苛立っているマミの声は些か荒い。

 

「実感するにはまだ時間が必要かな―――」

 

 ドン、とちゃぶ台を叩くマミ。

 力をおさえているのだろう、叩き割れたりはしないが、大きく揺れた。

 

「そんなことより私は!」

 

 言ってから、ユウを見る。

 ただ俯いている彼女を見て、気持ちを落ち着かせた。

 落ち着いたマミは視線を夜の王に移してから、視線を下げる。

 

「私は……」

 

 突如、鋭い音がした。

 家の扉が切り裂かれて、そこには吸血忍者サラスバティとその部下たち。

 いずれは来るだろうと思っていたマミだったが、早い気もする。

 

「いらっしゃい。君たちの分もあるからね、食べて行くと良い」

 

 笑みを浮かべながら言う夜の王だが、サラスは剣を構えて答えた。

 

「断る」

 

「そうか、今日はおいしくできたのに、残念だな」

 

 立ち上がった夜の王。

 それと共に、ユウも立ち上がった。

 唖然とするマミをよそに、ユウは夜の王の隣に立つ。

 夜の王はユウの手を掴んだ。

 

「ユウを離しなさい!」

 

 そう言うマミだが、彼は顔をしかめる。

 

「それはだめだね、手を離せばどうせこの子はどこかへ行ってしまう」

 

「貴方と居たくないってことでしょう!」

 

「じゃあ、君と居たがってるって思えるかい?」

 

 そんな質問を投げかけて、夜の王はユウを見る。

 金色の瞳は相変わらず冷たい。

 うつむいているユウから返事は無かった。

 

「下がれマミ、殺せなくても手足を斬り落とす!」

 

 杏子が変身して槍を構えたが、直後に影が彼女を拘束する。

 夜の王はユウの肩に手を回して、窓からその身を投げ出した。

 いや、その表現のしかたは不適切かもしれない。飛んでいる。

 ゆっくりと、夜の王とセラは窓から出て行った。

 どうやら、外にいる吸血忍者たちも全員拘束されているようだ。 

 

「ユウっ!」

 

 なぜ抵抗しないのかと疑問だが、行かせるわけにはいかない。

 走り出したマミが窓から飛び降りんとばかりに身を乗り出して手を伸ばす。

 

「ユウっ!!」

 

 手を伸ばすマミに、返すように手を伸ばすユウ。

 笑顔を浮かべるマミが、さらに身を乗り出して手を伸ばす。

 

「(帰りましょう、私たちの家に!)」

 

 手と手が重なり、握れば良い。その瞬間、ユウは手を下げた。

 

「えっ?」

 

 ユウは視線をマミから逸らす。

 口元に笑みを浮かべる夜の王。

 マミは呆然と、手を伸ばすのみ。

 

「っ……ユウーッ!!」

 

 叫んだマミだが、その声は届くことはない。

 影に包まれ、消えた夜の王とユークリウッド・ヘルサイズ。

 

「くっ、逃がしたか!」

 

 悪態をつくサラス。

 杏子を拘束していた影も消える。

 マミが、膝をついた。

 

「(なんで……なんで私の手をっ……掴まなかったの?)」

 

「おいマミ!」

 

 叫ぶ杏子が、マミの肩をゆする。

 ぞわぞわと自らの心の中を侵食するそれを感じた。

 その正体は他でもない。

 

 ―――絶望だ。

 

 漆黒に染まる黄色のソウルジェム。

 マミのソウルジェムが砕けると同時に、あたりに凄まじい衝撃が走る。

 吹き飛ばされ壁にぶつかる杏子と、床に剣を刺して吹き飛ばされるのを耐えるサラス。

 そのほかの、サラスの傍にいた吸血忍者たちは吹き飛んだ。

 

 衝撃波が止んだ時には、すでにあたりの景色は違っていた。

 明るい空、あたりは花がたくさん咲いている。

 洋風なテーブルとイスがおいてあった。

 

 椅子には小さな人形。

 いや、人形のような魔女。

 それは黄色く、腕がリボンになっていた。

 魔法少女姿で立っている杏子は溜息をつく。

 その魔女のテーブルを挟んで向かいにはマミが座っていた。

 ぐったりと座っているマミには意識が無いのだろう。

 

「マミっ!」

 

 走り出す杏子だが、目の前に赤い影が現れた。

 人型のその影は槍を持っている。

 

「ハッ……おもしろいことするね。マミ……ロッソ・ファンタズマってか?」

 

 赤い亡霊の名をつぶやいて、杏子は笑った。

 槍を突きだす杏子と赤い影、使い魔。

 二人の槍が幾度もぶつかりあう。

 

「たくっ! 面倒なっ!」

 

 つぶやいた瞬間、青い影が現れた。

 その影は二刀の剣を持ち杏子へと切りかかる。

 舌打ちをする杏子に、槍を抑えながら剣を防ぐ手立ては無い。

 

「ハァッ!」

 

 声と共に、青い影が切り裂かれた。

 驚愕する杏子。

 青い影を切り裂いたであろう少女が立っていた。

 

「このしれものが!」

 

 サラスバティ。彼女は剣を構えている。

 

「おい吸血忍者! マミの体に傷つけるんじゃねぇぞ!」

 

 怒鳴る杏子が、目の前の赤い影を蹴る。

 地面を転がる赤い影。マミの魔女である『キャンデロロ』はピクッと動く。

 剣を構えるサラスと、槍を構える杏子。

 赤い影と青い影、さらには紫色の影。

 そのシルエットは間違いなく杏子、さやか、ほむら。

 

「この量を二人でとは、厄介だな」

 

 そう言いながら、紅の瞳で使い魔をにらみつけるサラス。

 杏子も槍を構えながら額に汗を浮かばせた。

 その瞬間、目の前の使い魔たちに銃弾と剣が飛んだ。

 

「これは!?」

 

 驚愕するサラス。剣が爆発すると同時に、二人の前に立つ二人の少女。

 青と紫のソウルジェムをつけた少女二人が振り返る。

 

「さやかちゃん参上」

 

「巴さんが魔女になったのね」

 

 だが、二人はあまりショックを受けていないようだ。

 それもそうだろう。マミのソウルジェムは指輪の形でマミの指につけられている。

 今はただ意識を失っているだけなのは見てわかった。

 しっかり、肩も上下している。

 

「起こしてさっさと片付けるわよ!」

 

 ほむらが言うが、杏子が隣で槍を構えた。

 

「でもこいつらゾンビみたいに再生してくんぞ!」

 

「ならば!」

 

 三人を置いて行き、高速で敵を切り裂くサラス。

 赤も青も紫も酷いぐらいバラバラだ。なんだか複雑な気分になる面々。

 剣を空に振り、構えるサラス。

 

「全てきり伏せれば良いだろう!」

 

 笑みを浮かべる三人。

 まったくだ。あれは魔法少女の体のようなもの、ならば本体を攻撃すれば終わり。

 

「そういやあの人誰?」

 

 さやかの疑問もまったく。

 振り返ったサラスがビシィッと指を向ける。

 険しい表情に、身を引き締めるさやか。

 

「創遊学園の星川輝羅々(ほしかわきらら)そして今はサラスバティだ!」

 

「まぁようは吸血忍者だ、セラと同じな!」

 

 跳び出した杏子が使い魔を狩っていく。

 それに合わせてさやかとほむらも飛び出した。

 敵を切り裂くさやか。ほむらは敵の攻撃を避けながらマミへと近づいていく。

 だが、目の前に黒い影が現れた。

 黒い影のシルエットは間違いなくセラだ。

 

「ハァッ!」

 

 切り裂かれるセラの影。

 青い剣を持つサラスが影を切り裂いていた。

 

「あの裏切りものと一緒にするな!」

 

 そう言い、使い魔を切り裂いていくサラス。

 ほむらは軽く礼を言うと走ってマミの傍へ行く。

 盾から拳銃を取り出すと、キャンデロロに向けて撃つ。

 

「巴さん、起きて」

 

 肩をゆするが、起きる気配がしない。

 少しだけ、焦ったのか、ほむらが勢いよくその肩を揺さぶる。

 

「巴さん!」

 

 だが、起きることは無い。

 

「そんなっ……」

 

「ほむらっ!」

 

 さやかの声が聞こえた。

 自分の真上に現れた青い影。

 時間停止と共に、ほむらはその場から離れる。

 

 ほむら、杏子、さやか、そしてサラスの四人がそれぞれ武器を構えた。

 キャンデロロはテーブルの上に立っている。

 リボンのような腕は、幾重にもわかれて、それらすべてが使い魔とつながっていた。

 

「まったく、依存するところは本人と同じね」

 

 悪態をつくほむらだが、なぜ起きないのかまったくわからないでいる。

 精神的なものなのだろうか?

 

「なんだかんだ言ったってしかたねぇ! 魔女をつぶそうぜ!」

 

「死ぬなよ魔法少女!」

 

 剣を振ると、サラスが走り出す。

 杏子も同じように跳び出した。

 

「マントと剣とか私とかぶってるっての!」

 

 走り出すさやかが、二刀の剣を振るい使い魔を狩りながら魔女へと走る。

 ほむらが二挺の拳銃を持ちながら、溜息をついた。

 まったく手間をかける先輩だと笑って、これでいつかの借りを返せると頷く。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 どこか、暗い世界にマミはいた。

 一人でそこにいるマミがあたりを見渡す。

 一瞬で世界は灰色へと変わる。

 アスファルトのような地面の上に立つマミ。

 

「ここは……」

 

 辺りを見渡せばすぐにわかる。あの日、事故があった場所だ。

 自分が魔法少女の運命を背負ったあの地。

 だが目の前には見覚えのある教会。

 佐倉杏子の家でもあった、教会だ。

 

「お前が、弱いから、アタシの家族は死んだ」

 

 教会の前に立つ佐倉杏子が言う。

 

「マミが弱いからヘルサイズ殿は消えてしまった」

 

 その隣にいるセラが言う。

 

「貴女がいるせいで私は何度も時を繰り返す」

 

 さらに隣にいるほむらが言う。

 

「どうしろっていうの?」

 

 問うマミ。その瞬間、足場が消えて落ちていく。

 延々と空を堕ちていくマミ。真下に地上は見えない。

 ただただ落ちていくだけだ。

 

「消えればいいんじゃないですか?」

 

 一緒に落ちるさやかが言う。

 

「そう、消えちゃえばいいんだよマミさん」

 

 同じくまどかが言う。

 気づけばマミは、車の中にいた。

 ボロボロの車の中、後部座席で倒れているマミが前方の席を見る。

 血まみれの人間が二人いた。

 

「消えちゃえば……いいのかな?」

 

 そんな言葉をつぶやいて、マミは口元をほころばせる。

 

 戦いなんてずっと恐くて嫌いだった。強くなればそんなことが無いと思ったけど、恐い。

 魔女なんかと戦うのは嫌だったけれど、戦わなくては生き残れない。

 それでもこの無駄に生き残ってしまった命を誰かのために使う必要があった。

 生きる意味が無い。魔女と戦わなければ自分は生きていて誰のためにもならない。

 死んでも誰も困らない。そんなのは嫌だった。

 

 でも心の中で消えることだって望んでいた。このままスッと消えられたら、何も思わなくて済む。

 

「マミさん」

 

 声が聞こえた。目を開くが、辺りは真っ白。

 先ほどのように事故現場では無い。明るい光で一面が包まれていた。

 なぜだか、心が穏やかになっていく。

 後ろから、誰かが自分を抱きしめる。

 

「……誰?」

 

「それはピンク髪のとっても可愛い女の子だなって」

 

「どういうこと?」

 

 冗談です。と声が聞こえた。

 なんとなくだけれど、まどかの声と似ているような気がする。

 でも、こんな所に来るわけがないし、出てきたところでさきほどのようなことを言うのだろう。

 だからきっとまどかじゃない。

 

「私が観測した並行世界の数々……それでもこの世界だけは私の干将を受け付けないほどの何かがありました。理由はきっとユークリウッド・ヘルサイズさんの魔力」

 

 世界の観測者。つまりはパラレルワールドを移動する存在。

 暁美ほむらのような。しかし観測ができて干将ができないということはもっと高位な存在なのだろう。

 それこそ概念のような特別な存在。

 自分の頭で推理して思うことは、自分がとんだ中二病だということ。

 でもその中二病が通じるような世界に、自分はどっぷりと浸かり込んでいるのだ。

 結局頭の中に出る答えは、全部違うと否定した。

 

「でも理由はそれだけじゃないと思うんです」

 

 後ろから自分を抱きしめる。恐らく少女は否定する。

 先の言葉は違うと、そう否定した。

 

「きっと、ほむらちゃんを、みんなを幸せにするために世界が出した答えの一つ。完全なる解答(パーフェクト・アンサー)がここにあるんじゃないかと、私はそう思います」

 

「(ちょっとカッコイイかも……)」

 

 背後から聞こえる声は、次々と言葉を紡ぐ。

 その言葉はマミの中に自然と入ってきた。

 

「限界ですね。これ以上はこの世界への干渉は不味い……ということで私はこれでお別れです」

 

 背後の気配が、徐々になくなっていく。

 感じていた背中の温もりもだ。

 なんだかそれを寂しく感じて背後を向いた時には、そこには誰もいなかった。

 

 結局。一人だ。

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 

 

 まどかは巴家に来ていた。

 理由としては、マミが出かける前に電話をしたからだ。

 怪我しているセラの看病を頼むと、まだ戦うなんてことするには傷は治っていない。

 まどかはセラとちゃぶ台を囲んでいた。

 

「気になりますね」

 

「ダメですよ?」

 

 笑うセラはわかっています。と言って頷く。

 それでも気になっているのは目に見えてわかるほどにそわそわしている。

 行かせてあげたい気持ちもあるけれど、ダメだと自分に言い聞かす。

 

「やぁ、セラフィムと鹿目まどか」

 

 そんな声と共に、現れたのはインキュベーター。

 通称キュゥべぇと呼ばれる宇宙人だ。

 まどかが驚いてそちらを見るも、セラは刀を手に持ちそちらに向ける。

 

「ぐっ」

 

 痛みのせいか体勢を崩す。それを支えるまどか。

 キュゥべぇはただその光景を見ているだけだ。

 まどかがセラを座らせる。

 

「大丈夫ですから……」

 

「マミが魔女になったよ」

 

 そんな言葉に、セラとまどかが驚愕。

 目を見開いて数十秒は固まっていた。

 そして、最初に言葉を口にしたのは、意外にもまどか。

 

「嘘でしょ?」

 

「ボクが嘘を言う理由があるかい? それに嘘なんてついてもしょうがないだろう」

 

 その言葉に、当然だと納得してしまう。

 ほむらの言葉を思い出した。

 インキュベーターは嘘は言わない。伝えるべき情報をはぶくだけだ。

 だからこそ、横で驚愕した表情のままわずかに肩を震わせるセラの手を掴んで聞く。

 

「他には? 全部隠さずに教えて……」

 

「聞き方がうまいね。そう、僕は情報を伝えない。隠しているわけではないんだけどね」

 

「いいから答えなさい!」

 

 セラが怒鳴る。

 キュゥべぇへと突き付けられた刀だが、首を横に振ったキュゥべぇ。

 

「やれやれ、無駄だって知ってるくせに」

 

 馬鹿にしているように聞こえるが、していない。

 いや、馬鹿にすると言う概念自体インキュベーターには存在しないのだ。

 だからこそ、息を飲んでまどかは言う。

 

「早く答えてよ」

 

 冷静に、あくまで気を荒げずにだ。

 

「巴マミは魔女へと変わった。正確には巴マミの穢れが魔女へと変わったということさ、彼女の本体は無事でソウルジェムも復活した。とんだ規格外だけどね」

 

 呆れるように言うキュゥべぇ。

 あくまでも自分たちの冷静さをかけさせるのが目的だろう。

 間違いなくこの場で来ると、まどかは予感していた。

 しかし、材料が無いはずだ。確実に―――用意してくる。

 

「だが、巴マミは起きないよ。おそらく精神的なことが原因だろうね、彼女はユークリウッド・ヘルサイズに拒絶され、それ故に魔女となった」

 

 ユウにマミが拒絶された。

 それを聞いて動揺するセラ。明らかな動揺を見せるセラだが、まどかは冷静になれと自分に言い聞かせる。

 夜の王の誘いを拒絶した自分がこんな所で簡単に魔法少女になるわけにはいかない。

 

「なまじ心なんてものがあるから人間はこうなってしまう。面倒だね」

 

 そう言うキュゥべぇの眼が輝いた。

 怪しい紅の輝きはなにかの催眠術かと思うほど、まどかの動悸を早くさせる。

 助けたい。自分の命を助けてくれた彼女を、親友を助けてくれた彼女を、助けたい。

 けれどここで自分がブレればおそらく彼女たちは悲しむ。

 横にいるセラだって同じだろう。

 

「さぁ、マミを救えるのは君の願いだけだよ?」

 

 目の前の悪徳勧誘も言葉に、まどかは冷静さを忘れそうになる。

 自分ができることは模索するまでもなくないと言って良い。

 でも、それでも魔法少女にはならない、まだなるべき時ではないはずだ。

 

「その必要はありませんわ」

 

 聞きなれた、凛とした声が響いた。

 まどかは耳を疑い、そして目を疑う。

 部屋へと入ってきたのは、間違い無く―――志筑仁美だ。

 

 マミの友達にもなった彼女がこの家に来るのはおかしくないことかもしれないけれど、どういうことだろう?

 彼女はインキュベーターを見ながら言っている。

 まどかは冷静さを保つなんてことも忘れて驚いていた。

 

「話は全て聞かせていただきました」

 

「ならなぜ待っていたんだい?」

 

「演出ですわ」

 

 自分の胸に手を当てて自慢げに言う彼女は、間ごうことなく志筑仁美。

 何度確認しても違わない。驚いているのはセラも一緒のようだ。

 

「し、知らない人です」

 

「(ですよね~)」

 

 自分がおかしいのじゃないと気づいて、心の中で笑顔になるまどか。

 でも外では驚いた表情のまま固まっている。

 だいぶ状況に適応してきたようだ。

 

「マミさんは魔法をかけたんです。それは暁美さんにとっては奇跡、私にとっては魔法と呼ぶに値するものでした……彼女がユークリウッド様を変え、彼女は暁美ほむらを変えた。そしてマミさんとユークリウッド様と暁美さんの三人が、貴女を変えた。それは奇跡とも言えることですわ」

 

 いつもの志筑仁美とまったく違う雰囲気に、まどかは飲まれていた。

 目の前の少女は何者なのか? わからないけれど、彼女は自分の友達だ。

 信じるべき大切な友達なのだ。

 

「奇跡も魔法も魔法少女の専売特許だよ。魔法少女になった子だけが使えるものさ」

 

 そう言うインキュベーターを見ることなく、仁美はまどかを見た。

 

「奇跡も魔法も、そんなものはどうとらえるかです。鹿目まどかにとっての奇跡と魔法は、もしかしたら暁美ほむらの絶望につながるかもしれない。暁美ほむらにとっての奇跡と魔法はもしかしたら鹿目まどかにとっての絶望になるかもしれない。インキュベーターとこの世界の関係もまた然り」

 

「世界全てを君の物差しで測るものじゃない」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ。貴方のそれは奇跡でもなんでもない」

 

「巴マミや美樹さやかの奇跡を叶えたじゃないか」

 

 目の前で行われる問答。

 

「いいえ、それは奇跡では無く悪魔の契約とも言えること」

 

「あれが奇跡じゃないとしたらなんなんだい? それなりの情報を持っているんだろう、マミの生還や上条恭介の腕の再生、あれは奇跡に違いない」

 

 志筑仁美はやんわりとほほ笑んでインキュベーターの方を向く。

 まっすぐな眼は、ブレない。

 

「ボクが現れなければあの願いは叶うことは無く彼女たちの人生は終わっていた。マミは死に、上条恭介の腕は治っていない」

 

「いえ、貴方が来なくてもマミさんは死ぬ直前で助けが来たかもしれない。それに『今の医学じゃ治せない』怪我が来月にでも治せるかもしれない」

 

「所詮“もしも”の話だろう? なんの利益も生まないよ」

 

「だからこそこの契約は間違いなく高すぎる対価を払わせられてるのではないのですか? 良心のかけらもないこんな契約」

 

「平行線だね。この問答に何の意味もない」

 

「そう、平行線です。貴方と“私たちヒト”がわかり合うことなど絶対にありえない」

 

 この無駄な問答を早く終わらせよう。と言うインキュベーター。

 志筑仁美がゆっくりとまどかへと近づいていく。

 まどかの前に立つセラ。

 

「大丈夫です」

 

 そう言ったまどかを見て、セラは引いた。

 まどかの前に立った仁美。

 

「無数の因果を螺旋状に束ねた貴女ならできるはずです。今度は、貴女がマミさんに魔法をかける番ですよ?」

 

 彼女、志筑仁美はまどかの額に人差し指を当てた。

 その瞬間、意識を失うまどか。そんなまどかを支えて、仁美はそっとソファに下ろす。

 心配しているのか、仁美をにらむセラ。

 

「大丈夫です。信じましょう、奇跡と魔法を……」

 

 笑顔でそう言った志筑仁美を見て、セラはゆっくりと頷いた。

 すでにインキュベーターは消えている。

 もう用は無いと言うことだろう。

 今、マミの魔女と杏子たちは戦っているのだろうか?

 

 背中の怪我が痛む。

 何もできない自分が歯がゆかった。

 

 それでも、自分は待つことしかできないのだ。

 




あとがき

※このサブタイトルに仁美はまったく関係ございません。
さて、今回はマミさんの魔女が出現しました。
そろそろクライマックスですね。次回はこの戦闘に決着。といっても戦闘はあまりないわけですが……。
とりあえず、ここからどうなっていくのか、現れた志筑仁美は何をするのか!?

次回をお楽しみに♪
感想がもらえたら、それはとっても嬉しいなって……思ってしまうのでした。

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