それでは、『ロウきゅーぶ ~表裏一体の6人目~』始まります。最後までよろしくお願いします。
ようやく冬の終わりが見え始め、ずいぶんと日が暖かくなってきた3月。
とある小学校の応接室では2人の大人が怪しい雰囲気でなにやら話し込んでいた。
「では、そのようにお願いします。先生」
そう言って頭を下げたのは、パリッとしたスーツを着た、どこにでもいそうな普通の男性だ。
「にゃふふ、まあ
少し変わった笑い方をして答えたのは、男性の向かいに机を挟んで座っている女性だ。男性から先生と呼ばれたが、その見た目ではとても大人とは判断できない感じだ。
2人は机に置いてある1枚の書類に目を向ける。その書類には顔写真や経歴の他に、名前の横に性別を書く欄がある。男か女に○をする形式のそこには、女の方に○がしてあった。
東雲 由紀の名前の横に…………。
「これはどういうことだよ! 父さんっ!」
バンっと、今しがた受け取ったものをテーブルに叩きつけて、これを渡してきた張本人に思いっきり非難のまなざしを向ける。
この春から編入することになる慧心学園の始業式の前日、ようやく渡してもらえた制服の箱を開けてみての第一声がさっきの『あれ』だった。
「いや~、なんかユキの書類を
向かいに座る父さんは全然悪びれた様子もなく、むしろ楽しそうにそんなことを言ってくる。
「らしいんだ、じゃなくて、それならちゃんと男に直してよ。それで男子の制服を頂戴よ」
「始業式はもう明日だ、 間に合わないって。だからユキには女の子として通ってもらうから、よろしくっ!」
よろしく、のところで親指を立てて力強く言ってくる父さんを、殴ったら正気に戻るかもしれないと考えてしまうのも仕方ないと思う。
さっきから父さんに『ユキ』と呼ばれている僕は、
「そんなの無理に決まってるでしょ?! 1発でバレるって。僕は男だよ! 口調だって、自分のことは『僕』って言うし」
「それなら大丈夫だろ。最近じゃ、僕っ娘や男の娘っていうジャンルがあるくらいだし」
とんでもないことを言ってくる父さんに至極当然のことを指摘するけど、よくわからないことを言われてしまう。ジャンルってなに?
すると、リビングのソファーでテレビを見ていた2人の姉から、それぞれ追い打ちがきた。
「結構バレないと思うけどね。ユキは顔、女の子みたいだし。たまに一緒に買い物とか行くと姉妹に間違われるじゃない」
こちらを見てニヤリと笑ってそう言うのは、高校1年になる1番上の姉の東雲 亜紀、通称『アキ姉』。
「それに、制服だってあたしのお古でも良かったのにわざわざ新品買ってもらったんだからいいじゃない」
テレビを見たまま、あんまり興味なさそうに言ってきたのは、中学2年の姉の東雲 美紀、通称『ミキ姉』。この姉達の名前から、アキ、ミキ、ユキ、とリズミカルにまとめられて家族からは『ユキ』と僕は呼ばれているのだ。
ちなみにミキ姉は、僕がこれから通うのと同じ慧心学園の生徒だ。
「そりゃあ、ミキ姉の服ならいろんなとこのサイズ的にも問題なく着れるだろうけど……」
「うっさいっ!」
たわわに実った、という表現ができるくらいのアキ姉に比べて、ミキ姉は男の僕とあんまり変わらないくらいなのだ。どこが、とははっきり言えないけども……。
せっかく明言を避けたのに、飛んできたスリッパが頭に直撃したので思わず舌を噛みそうになってしまった。痛む頭をさすって飛んできた方を見ると、ミキ姉が「あんたが悪い」と言わんばかりの視線でこっちを見ていた。
「そ、そんなことより、学校の方がそんなこと許すわけないでしょ?」
ギロリと睨んでくる視線から目をそらし、父さんの方に向き直り話題を戻す。
「それなら問題ない。もう先生には話してあるし、了解もとってある」
「了解済みなのっ?!」
思わずツッコミをいれてしまった。というか、なにがうっかり間違っただ。明らかに計画的な犯行じゃないか。
「それならミキ姉が学校で、1番下の兄弟は弟だってもう誰かしらに話してるでしょ、ねえ?」
年が離れているとはいえ、すでに誰かに知られているのならこの話は初めから無理ってことになる。それを期待してミキ姉に聞いてみるけど、
「それなら心配ないわよ。学校じゃあ、私たちは3姉妹ってことになってるわよ。そう言えって言われてたしね」
返ってきた答えはそんなのだった。
「用意周到すぎないっ! 一体いつから計画してたのっ?!」
あまりの手の込みように、もはや怒りを通り越して感激してしまいそうだ。
「まあまあ、そう怒るなってユキ。けど、もし嫌だと言うなら、この嬉し恥ずかし写真を学校にバラまくぞ」
そう言って父さんが、ポーカーの手札を出す時みたいにパララっとテーブルに広げたのは僕の写真だった。『女装中の』という形容詞がつく内容の、だ。
「最後は脅迫かよっ! これのどこに嬉しい要素があるっていうのさ。恥ずかしさしかないよ!」
「嬉しさは父さんが見ていて癒されるってことだよ」
ハッハッハッと笑う父さんを見て思わず脱力してしまう。
父さんは僕も娘だったらよかったのにと昔から何回も言っている程、3姉妹が欲しかったらしく、僕の名前も『由紀』と書いて読み方だけ男の子っぽく『よしのり』にして実際は『ユキ』と呼んだり、小学校低学年くらいまでは、姉さん達の服を着せられていたりしていた。今、出されたのはその時の写真がほとんどだ。
女顔のせいでスカートなんかを着ても、いろんな人から似合っていると言われたし、それが嬉しくて僕も違和感なく着ていたのが間違いだった。ようやく気付いたのが小3くらいで、それからはスカートなんかは着ないようにしてきた。
けど、そのせいで父さんが今回の計画を企てたのなら、たまには着てあげた方がよかったのかも……。
「はい、お父さん。お茶が入りましたよ」
そんなことを考えていると、晩御飯の片づけを終わらした母さんがお茶を持ってやってきた。家族の中で1番影響力がある母さんがこっちの味方をしてくれれば、数の上では2対3でもまだ挽回できるかもしれない。
「母さんは、僕が女の子として学校に行くなんてバカなことだって思うよね?」
期待を込めてそう聞くと、湯呑みを父さんの前に置いた母さんはニッコリ笑ってこう言った。
「お母さんは、ユキちゃんにその制服はとっっってもよく似合うと思うの」
「母さんまでっ!」
最後の希望は、すごく力のこもったセリフによって粉々に砕け散ってしまった。ふと、その隣でズズズとお茶を飲む父さんを見てみるとドヤ顔だった。きっと、こんなことをするのに母さんの許しをとってないとでも思ったのかバカめ、とでも思ってるに違いない。ムカつく!
けれど、こうなってしまっては僕の負けは決定的だ。それでもかなり葛藤した後、ようやく負けを認めることにした。
「……わかったよ。行けばいいんでしょ、行けばっ!」
やけくそ気味に僕が頷くと、イェーイとハイタッチを交わす両親。うな垂れる僕をよそにひとしきり喜んだあと、父さんは急に真面目な感じに戻ると、
「ちなみにバレると大問題だから絶対バレるよ」
「だったらやるなよ!」
こうして、新しい学校にワクワクするよりも、先行きの不安が大きくなった始業式を迎えることになるのだった。
ということで、プロローグでした。
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