開幕
「猫屋敷君。ちょっといいかね」
ここはロンドンにある時計塔。
魔術師によって造られた学術棟の一角。
降霊科の下位学部である召喚科にて、僕はそこの講師に声を掛けられた。
「何でしょうか、ギャレット先生」
「キミに少し話があるんだ。私の工房まで付いてきてくれないか?」
グラハム・ギャレット先生。
神代の魔術を研究している家系の魔術師であり、召喚科の講師もしている
そんな先生に個人的に声を掛けられるなんて。
僕は何かやらかしてしまったのだろうか。
はい、という言葉を喉から捻り出し、ギャレット先生の後ろをついて歩く。
しばらくして僕は、およそ魔術文字とは思えない奇妙な羅列が散らばった工房に居た。
「猫屋敷君。君は、聖杯戦争というものを知っているか?」
「聖杯、戦争……」
知っている。日本の冬木という土地で行われていたとされる魔術師同士の争い。
根源に至るべく研究を重ねた三家の魔術師による、魔術の粋を集めた結晶。
既に時計塔のロードたちによって解体されていると聞いているが……。
「――はい、そういうものがあった、ということは知っていますけど……」
「知っていたか。流石は日本で召喚術を研究していた家系の魔術師だな」
「いえ、ウチはそう大したものじゃありませんよ。それこそ英霊召喚なんかに比べたら…」
「そうか。ならば君は、その英霊召喚を自らの手で行える機会があるというなら、どうするかね?」
「えっ――――、それって、どういうことでしょうか……?」
「いくら英霊召喚、万能の願望器である聖杯といえどその正体は魔術に過ぎない。我がギャレット家の力を以てして、その再現に至った、というわけだ」
「なっ――――」
僕は聖杯戦争の仕組み自体はよく知らない。だが、英霊を召喚し戦わせ、あまつさえ願いをかなえる願望器を作る儀式が、ただの魔術であるはずがない……。
「詳しい仕組みは話せないが、どうかね? 召喚術者として、最高位の召喚儀式を試してみたいとは思わないか?」
怪しい…、怪しすぎる。だけど、魔術師として、いや男として、英霊召喚というロマンあふれる話に、心が揺さぶられる。
「――僕で良いのなら、ぜひ試させてください!」
「そうか。その返事を待っていたよ、猫屋敷君」
この時の僕は、この後に訪れるであろう召喚の儀式に心湧き――――静かに嗤う人の姿を、見逃していた。
「本当にこんなところで、英霊召喚が出来るのか…?」
目の前に広がるのは、小さな島に不釣り合いな高い山。緑。そして僅かばかりの遺跡群。
ここは、ギリシャにあるサモス島。
ギリシャ神話におけるヘラの生まれた土地とされる島だ。
ギャレット先生に指定された、召喚を行う予定地でもある。
そして今は5月5日。ギャレット先生に声をかけられてから2週間が過ぎていた。
「少し不安だけど……、召喚に都合が良さそうなところを探してみよう……」
そう呟き、僕は山の中に入っていった。
山道を歩きつつ、考える。
本当に触媒なしで召喚ができるのだろうか。
そう、僕は今、何の触媒も持たずに英霊召喚に挑もうとしている。
ギャレット先生曰く、聖杯に溜まった魔力が座から英霊を見繕ってくれるらしいが、真偽は分からない。
しかし、この島に立ち入った瞬間、僕の右手の甲に令呪が発現したのだ。
令呪とは、聖杯からマスターと認められた者に与えられるサーヴァントへの絶対命令権。
つまり僕は、聖杯にマスターとして認められている。
そして、こうやって令呪が発現したということは、間違いなく聖杯が機能しているということに他ならないだろう。
「……よし、この辺で大丈夫かな……」
闇夜の山中を彷徨い、僕は神殿だったであろう、台座しか残っていない遺跡跡を発見した。
「……うん、流石聖なる島。霊地としては十分すぎる」
僕は鞄から袋を取り出し、神殿前の地面にばら撒いた。
袋の中身は豚の血。召喚陣を描くためのものだ。
召喚陣を描くために用いられるものは、一般的には生贄の血、魔力を帯びた水銀や融解した宝石などだが、僕はそんなものを持っていないし、生贄と言ってこの場で生き物を殺められるほど図太くはない。
だから精肉工場から貰ってきた豚の血。
世の中には血を使った料理もあるらしく、怪しまれることは無かったのが救いだったかな。
べちゃべちゃと血を垂らし、陣を描いていく。
召喚術を日ごろから使う僕にとって、召喚陣を描くのは慣れたものだが、何せこれは英霊を呼ぶためのもの。
緊張が身を包むと同時に、心臓がスピードを上げていく。僕は今、とても楽しいんだ。
「召喚術を習い始めたのは家のせいだったけど……何だかんだで好きなんだな、僕」
「さて、と」
完成した召喚陣を前に立つ。一度呼吸を整える。
にゃおーん。
ん?
いつの間にか、頭の上に猫が乗っていた。
「レオ。勝手に出てきちゃダメだって……あぁそうか、0時になったんだね」
この子はレオ。僕が召喚する猫。
僕は常に猫を召喚していて、普段は霊体化させている。
が、たまにこうやって実体化して出てくることがある。
「レオ。今からちょっと真面目なことやるから、おとなしくしててね」
みゃおーん。
分かってるのかな。まぁいいか。
――――よし。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」
詠唱を開始すると、召喚陣に少しづつ魔力が満ちていく。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「
「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
召喚陣が光り輝く。よし、今のところ上手くいっている……。詠唱もあと半分だ。
「――――告げる。」
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に」
周囲の空気が、熱くなっていく。
「我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
「汝三大の言霊を纏う七天」
さぁ、来い。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
瞬間。召喚陣を中心に光が溢れた。
「うわっ――――」
眩しさに目を閉じた。
目を閉じて、分かった。
目の前に何かがいる。僕らとは次元の違う存在が。
ゆっくりと目を開ける。そこには――
――和式の甲冑を纏った、一人の武士が居た。
武士はこちらを見据え。
「お前が儂の……えぇっと、ますたぁ、そう! お前が儂のますたぁか!?」
「そう、です。僕が貴方のマスターです」
「フム、そうか! よろしく頼むぞますたぁ! 儂はせいばぁ……ん!? 何だこれは!?」
目の前の武士が、急に自分の体を見回し始める。
何かあったのだろうか。腰に佩いた刀と脇差を見るに、どう見てもセイバーのはずだが……。
「ぬぅ……ますたぁよ、儂は何故かばぁさぁかぁ? とやらで召喚されてしもうたみたいじゃ」
「えぇ!? 貴方がバーサーカー!?」
「――――上手くいったみたいだね、猫屋敷君」
急に後ろから声がかかる。この声は――
「ギャレット先生……、それに……その人たちは?」
「あぁ、彼らも私たちと同じマスターだよ」
そういう先生の後ろには、サーヴァントらしき者たちを連れた男女が5人。
「その様子だと、皆さん成功されたみたいですね! 良かったですね! 先生!」
「あぁ、そうだね。本当に良かったよ――――」
「ますたぁ! 危ねぇ!!」
体に衝撃が走った。
僕は今、武士に体を抱えられている。
僕がいた場所には、剣が深々と突き刺さっていた。
高速で動いていた武士の体が、足の踏ん張りで止まる。
立ち上がる土煙が、サーヴァントの恐るべき膂力を表していた。
「先生……いったい何を……!?」
「何って、もう既に始まっているのだよ! 聖杯戦争は!!」
「なっ――――」
聖杯戦争って、英霊の召喚を試すだけじゃなかったのか!?
僕は、騙されたのか……?
「まず君と、君のサーヴァントを殺し、私が聖杯を手に入れる第一歩としようじゃないか!」
「くっ――――」
何もない空間から、切っ先だけが現れる。
このままじゃ――殺される――!
「――――アサシン!」
「はいよ、了解!」
その時。
僕らの前に、長身の男が現れた。
頭にはシルクハット。膝下まであるマントにタキシード姿。
この場にはおよそ似合わぬ格好をした男だった。
僕らはそのマントに包み込まれ――――
瞬間。世界は暗転した。
投稿は不定期となります。よろしくお願いします。
まだ2騎しか出ていませんが、真名当てしてみてください…
アサシンは簡単かもしれないです。