【艦これ】アウェイク   作:白井マナ

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艦これの二次創作です。キャラ崩壊、独自設定があります。苦手な方はブラウザバック推奨です。


消えた想い-4

 私は荷物を持って食堂を後にした。昨日と同じく、汚れた制服と下着を洗うため艦娘寮1階の洗濯部屋を目指す。

 食堂から出ると、私が出てくるのを待っていたかのように雨音が激しくなる。どこかの街では河川の氾濫警戒水域を超えたため、避難勧告が出されたとニュースでやっていた。このまま雨がやまなければ、もしかしたら海が氾濫して街も鎮守府も浸水するかもしれない。そしてこの小さな島国は海底都市になりました……とはならないか。

 大粒の雨が絶え間なく傘を叩く。傘を流れる雨水が一本の柱のように地面に落ちる。その柱の向こうに、桃色の傘を差す小さな背中を見つけた。歩く姿はとぼとぼと力なく、寮の中へと消えた。

「巻雲?」

 十中八九、秋雲のことで気を落しているに違いない。秋雲と巻雲は、オシドリのように仲睦まじかった。それだけに、巻雲の傷は深いことは言うまでもない。

 あまり干渉するべきではない。そうは思うけれど、何となく放っておけなくて、後を追うように寮の扉を開けた。

 傘を玄関に置き、巻雲を捜して寮内を歩く。2階へ続く階段を上り、廊下のつきあたりを左に曲がったところで小さな横顔を見つけた。幼い顔が、何かに耐えかねたように歪んでいる。しまった、と思うが引き返すには遅かった。巻雲は私に気づいて、長く余った袖で目元をぬぐってからぺこりとお辞儀した。

 声をかけないわけにはいかない。そっと巻雲に近寄った。

「今日は出撃しないのね」

「はい。今日を空けて、また明日出撃です」

 そう言って巻雲は、再び秋雲の部屋へと目を向けた。目元が赤く腫れぼったい。沈黙が肌を刺してくる。壁は食堂のものと素材が違いそれほど厚くないせいか、頭に響くような雨音が寮内に満ちていた。

 自分の声が掻き消えないように少し声の調子を上げる。

「巻雲は、秋雲と付き合いが長いの?」

「長い、といえば長いですね。演習で知り合ってからは、ずっと連絡を取り合ってました」

 そう、と短く相槌を打つ。秋雲と仲の良い巻雲だが、秋雲の状態について何か知っているかもしれない。しかし、今の巻雲からそれを聞くのは流石にデリカシーに欠ける。下手に秋雲の話をして巻雲が傷つくことは避けたい。しかし、私の気遣いは無用だった。巻雲の方から切り出してきた。

「秋雲は、どんな感じですか」

 どんな感じ、とは曖昧な聞き方だ。それでも彼女の聞きたいことはなんとなく分かる。隠しても意味はないので、ありのままを伝える。

「昨日と同じ。何も思い出していないわ」

「そうですか」

 巻雲がうつむく。そしてまただんまり。

 何と言ってあげればいいのだろう。気の利いた言葉が思い浮かばない。そうして黙っているうちに、雨の音に混じって廊下に軽い足音が聞こえた。足音は2つ。それらは徐々に近づいている。音のする方に目をやると、廊下の角から秋雲と時雨が現れた。

「秋雲……」

 巻雲の口から吐息のような声が漏れる。二人には聞こえていないだろう。激しい雨音が巻雲の言葉を覆い隠した。

 秋雲はたった今わたしたちに気づいたように、軽く手を上げた。

「あ、えっと。満潮……だったよね。隣の子は?」

 その一言で、一瞬の間に巻雲の肩が硬くこわばった。彼女だけが時の法則から取り残されたかのように、小さな身体は動きを止め、ぴたりと静止している。口だけが忙しなく動き続けていたが、しかしすぐに閉じられた。頬が少し膨れている。それが泣き出しそうなのを我慢しているからなのか、出かけた言葉が行き場を失ったせいなのか、私には分からなかった。

 巻雲はさっと身を翻して、私の脇を抜けていった。

「あ~。もしかして、あの子のことも忘れちゃってるのか」

 巻雲の様子を見て、秋雲が苦い顔を浮かべる。傷ついているのは秋雲も同じだ。彼女も、忘れているという自覚がある。その分、思い出せないことを申し訳なく思っているのだろう。

 秋雲は全ての仲間を忘れたわけではない。それはある意味、数少ない救いだ。しかし、忘れられた側からすれば胸を握り潰されたような苦しさしかない。私も、朝潮も……そして、巻雲も。

 ちらりと時雨を見る。ねぇ、私はどうすればいいの。私の視線に気づいた時雨は、フルフルと首を横に振る。僕には分からないよ。

 暗い空がぱっと光る。数秒後、機嫌をそこねたネコが唸るように、低く重い雷が轟いた。

 

   ***

 

 洗濯機が止まるまでの間、私は寮内をただうろうろとさまよっていた。2階から3階、3階から4階。5階まで上がってから、1階のエントランスまで下りていく。そしてまた階段を昇る。それをただ繰り返していた。身体を動かしていれば意識はそれに集中する。辛いことから、しばらくは目を背けられる。階段を昇る。

 階段昇降に疲れて、私はエントランスの休憩スペースにあるソファに腰を下ろした。全身の力を抜いて、ソファの柔らかさに身を沈める。ぼーっと天井を眺めていると、寮の出入り口の扉が開かれた。入ってきたのは舞風だ。傘を持っていない様子で、頭から足の先までずぶ濡れだった。

「あ、満潮~。ただいま」

「おかえり、舞風……って、あなたずぶ濡れじゃない」

「いやぁ。雨の中傘を差さなかったらどうなるかな~って試したら、このありさま」

 当たり前だ。艤装も展開せずに歩けばずぶ濡れになる以外ないだろう。白い制服は雨に濡れて、可愛らしい下着が透けて見えていた。男の子がいたら目のやり場に困るところだ。しかし、艦娘に男はいない。

 舞風は事務室に向かい、タオルをかぶって出てくる。彼女の顔を見て、降って沸いたかのように疑問が思い浮かんだ。

「ねぇ、舞風」

「ん? な~に~」

「昨日、工廠で秋雲に絵を描いてもらう前のこと、覚えてる? 確か、秋雲は昔から忘れっぽかった、みたいなこと言ってたよね」

「あ~、うん。そうだよ」

「舞風もすぐには覚えてもらえなかったの?」

 舞風は新しいタオルを持ち、今度は顔から首にかけて水を拭った。

「そうだよ。毎日顔合わせてるのに、名前すら覚えてくれなくてね。流石にムッとしたんだ。それで『そんなに忘れちゃうなら、舞風の顔を絵に描いて一日眺めてなよ!』って言ったの。そのときに似顔絵を描くように提案したんだぁ。今は30分くらいで描けてるみたいだけど、舞風のことを書き終わるまでに1時間以上もかかってたんだよ」

 身体を拭き終わったタオルを握って、くるくると回し始める。

「その次の日かな。もしまた忘れているようなら、もう工廠でスクラップにしようって考えてた。朝に食堂で顔を合わせて、秋雲が名前を呼んでくれてほっとしたよ。危うく、舞風は殺人鬼の汚名をかぶることになってた」

「それから、秋雲はいろんな艦娘の似顔絵を描くようになったの?」

「そうだよー」

 話を聞いて、私は首を傾げた。舞風の言葉に嘘がなければ、秋雲は誰かの似顔絵を描いてその人のことを覚えるということになる。昨日言っていたような「身体で覚える」ということなのだろう。しかしそれなら、工廠で描いた朝潮や私のことも覚えているはずだ。今日の秋雲の様子は舞風の話と大きく違っていた。

 舞風の話を信じていないわけではない。ただ、絵を描くことと記憶することの間に、確固としたつながりはないように思えた。

 舞風はいつの間にかジャージ姿で、私の隣に座っていた。そして、まるで世間話でもするような軽さでこう言った。

「思えば、建造されたときから秋雲って変だったんだよね~。家具と一緒に建造された子なんて初めてだったよ」

「え。家具と一緒に建造された?」

「あ、満潮は知らないんだっけ」

 知らない。知るわけがない。そんな、誰かが建造されたときの話なんて聞こうと思ったことはないし、聞いても仕方のないことだと思っていた。

 建造される時は、みんな同じではないのか。船の生まれ変わりで、人の身体になっていて、艦種特有の制服を着て生まれてくる。建造とは、そう言うものではないのか。そのようなことを言うと、

「そうだよ。生まれてくるのは艦娘だけ。艤装は見えないだけで、一緒に生まれるようなものだね。でも秋雲はそれに合わせて、家具と一緒に生まれてきたんだ」

 家具。家具といえば、机とか椅子とか、あと冷蔵庫とか。そんなものと一緒に生まれてきたのか、秋雲は。

「家具って、具体的には?」

「本棚だよ」

「本棚?」

 おうむ返しに聞く。

「そう。丁度寮部屋に納まるくらいのね。新しく家具を新調しなくて、小指の先くらいだけど、ちょっとだけ助かったかな。今も秋雲の部屋にあると思うよ」

 そんなこともあるのだろうか。

 秋雲の部屋には壁を覆うほど本棚が備えられてあった。どの本棚にも書籍やスケッチブックがびっしりと並べられていた。その中のどれかが建造と一緒に出てきたものか私には分からなかった。

 ただの本棚だと聞き流していいのだろうか。何かの間違いで一緒に出てきただけの代物。現に秋雲はそれを便利な家具として使っている。

 でも、もしかしたら――。いま私が感じているような、確信に近い想像とでもいうべきこれを、おそらく「直感」というのだろう。それとも、希望を見い出せないでいる私が生み出した、ただの「願望」なのだろうか。

 明日の秋雲は間違いなく今日のことを忘れている。覚えているのは、記憶に残っている艦娘とのやり取りだけだ。そしてまた傷つく人がいて、同じように秋雲も傷つく。どこかでこのループを止めなくてはいけない。

 私には嵐のように奇抜なことはできないし、朝潮のように優しさのこもった料理を作れるわけでもない。だから、彼女たちのマネをしようとは思わない。私は、私だ。駆逐艦“満潮”の生まれ変わった、艦娘の満潮だ。

「一見繋がりがないように見えて、裏では鉄より頑丈な糸で結ばれている。そんなことが、よくあるのよね」

見えない誰かがそう言った。その声を私は知っている。誰の声だったかな……。頭を振る。今はそんなこと考えなくていい。湧き出た「直感」、もしくは「願望」、それにすがりつきたかった。

 舞台を眺める傍観者でいるのは、もう、うんざりだ。




次回は9月30日(土)投稿予定です。
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