【艦これ】アウェイク   作:白井マナ

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艦これの2次創作です。キャラ崩壊、独自設定があります。苦手な方はブラウザバック推奨です。


記憶の在り処-4

 秋雲と初めて会ったのは2年前の夏でした。6人の演習艦隊を組んで、この鎮守府に来ました。

 そのころ、ここの鎮守府は運営が始まって1年とかなり若いところでした。司令官さんは舞鶴鎮守府で経験のある方だったそうですが、艦娘の皆さんはどこか初々しさのある子ばかりで、少し前の自分を見ているようで、微笑ましかったです。

 午前の演習が終わって、食堂でお昼ごはんを食べているときです。巻雲たちのグループのところに、ひとりの女の子がやってきました。

「あなたたちのこと、描かせてもらっていいかな?」

 彼女はスケッチブックを片手に、溌溂とした笑顔を浮かべていました。秋雲と名乗るその子と、沈んでいくホーネットに探照灯を浴びせた「秋雲」が重なったのは、秋雲が自己紹介をしてすぐでした。

 断る理由がなかった巻雲たちは寮へと案内されて、ひとりひとり似顔絵を描いてもらいました。部屋から出てくる度に、みんなが浮かべていた恥ずかしそうな顔を、今でもよく覚えています。

 巻雲を描いてもらう番になったのは、日をまたいだ午後です。今はどうか分かりませんが、あのときの秋雲は、一人を描くのにとても長い時間が必要でした。今はどうですか……そう、上手くなったというのは、嘘じゃないんですね。

 翌日、秘書艦の仕事を終えた秋雲に呼ばれて彼女の部屋を訪ねました。そうですね、今ほど本棚は埋まってなかったように思います。それでも、今と同じように、床には本や紙類が散らばっていました。

 部屋の真ん中に置かれたイーゼルにスケッチブックを置いて、鉛筆の描く軌跡を真剣な眼で追いかけています。話しかけるのもためらわれました。

 ですが、いくらなんでも1時間なにもしないというのは少し難しいです。身動きが出来ない分、せめて口だけでも動かしたかった。「何か話してくれたらな」と、そう思い始めたときです。

「ねぇ、ひとの身体になって、何か趣味みたいなものってできた?」

 急な質問で、声が詰まってしまいました。

「え、えっと」

「一つくらいあるんじゃない。もしかして無趣味? 巻雲ちゃんはつまらない艦娘になっちゃったのか~」

「少し言いすぎじゃない!?」

 勝手につまらない艦娘と思われるのは心外です。巻雲は胸を張ってみせます。もちろん身体は動かさないように、心の中で。

「巻雲にだって、趣味の一つや二つあるよ。秋雲と一緒にしてもらったら困ります」

 むしろ、二つくらいしか趣味と呼べるものはなかった。趣味の数でそのひとの価値が決まるわけではないですが。

 それに、どれもインドアなものでした。ゲームをするか、本を読むか。それらを「趣味」に分類していいものか迷いましたが、他に思い当らないのでそう言うほかありません。

 どんなゲームか聞かれたので、そのときやっていた携帯のアプリゲームを挙げました。すると、秋雲は思いのほか食いつきました。彼女もそのゲームのプレイヤーだったのです。初めて話が合うひとを見つけました。自分の鎮守府で、同じゲームをする人はいませんでしたから。

 それから絵がかき終わるまで、巻雲たちはずっと話していました。あのキャラは強い。このギルドはよく荒れている。夜になったら一緒に遊ぼう。演習最終日まで、巻雲はあてがわれた部屋ではなく、秋雲の部屋に入り浸っていました。

 そして、最終日の夜。ここ数日と同じように、巻雲は秋雲の部屋に行き、2人して硬い床に寝そべってゲームをしました。窓から差し込む柔らかい月明かりが部屋を満たします。

「ねぇ、このままこの鎮守府にいなよ」

 なんとなく口にしたのだと思います。秋雲の言葉には、それほど深い意味を込めている様子はありませんでした。

 残りたいと思う気持ちは山々でした。ですが、巻雲の帰りを待つひとたちがいるし、その人たちを困らせるわけにはいきません。

「無理。明日の朝に出発することになってる。それに、帰らないと夕雲姉さんに怒られちゃう」

 そっかぁ、と秋雲は残念そうに首を落します。

 もしかして、このまま残ってほしいって、本当に思っているのかも。秋雲の気持ちを確認したくなって、その横顔にちらりと目を向けました。すると、秋雲は急に何か思いついたように顔を上げ、巻雲にずいっと身を寄せてきました。お互いの顔が引っ付きそうなくらい近づいていて、巻雲は気恥ずかしさと驚きで、胸の辺りがいつも以上に跳ねていました。

「ねぇ、巻雲の電話番号とメアド、教えてくれない?」

「え?」

「そうすればさ、近くにいなくても話せるじゃん。会いたいなぁって思ったら連絡すればいいし。あぁでも、一緒に会うのは大変かな。巻雲の鎮守府と結構距離あるし、休みの時間を合わせるのも難しいかも……」

 むむむ、と渋面を浮かべる秋雲。

「いいよ」

 口は自然に動いていました。それに合わせて、携帯のアプリを閉じて、自分の連絡先を表示させます。

 秋雲が顔をほころばせて巻雲の連絡先を登録し終えると、どこかに電話をし始めました。それと同時に、巻雲の電話が鳴り始めました。

「はい、もしもし」

『やっほー、秋雲だよ』「やっほー、秋雲だよ」

 案の定、電話の相手は秋雲でした。左耳にはスピーカー越しで、右耳には直接秋雲の声が聞こえてきました。なんだかおかしくなったのか秋雲は笑って、つられて巻雲も笑ってしまいました。

 それから、いつの間にか眠っていました。朝の日差しで目が覚めて、携帯を確認するとバッテリーが20%ほどしか残っていませんでした。

 秋雲が起きるのを待って、軽く身なりを整えて部屋を出ると、朝の涼しい空気が身体にしみこんできました。

「ねぇ、秋雲には似顔絵を描いてもらったし、一緒に遊んでもらったし。何かお礼がしたいんだけど」

 それを聞いた秋雲は少しバツの悪そうな顔をして、ぱたぱたと手を振って断りました。

「良いよ良いよ。お礼をされるために描いたんじゃないし」

「でも……」

「気持ちだけで十分嬉しいから。ありがとね、巻雲」

 秋雲が笑顔を向けてくる。恩返しをしたいという気持ちが行き場をなくしてしまい、胸の辺りにモヤモヤと出来上がった雲を、何とか吹き飛ばせないかと思いました。

 秋雲に出来ることはないか……そうだ。

 またこの鎮守府に来ることがあれば、そのときに何か贈り物をしよう。サプライズなプレゼントです。きっと秋雲は喜んでくれるはず。

 もしかしたら、もうこの鎮守府に来ることがないかもしれないし、かといって宅配でプレゼントするのも味気ない。

 きちんと、自分の手で渡そう。

「そうそう。あの部屋、少しは掃除した方が良いよ。床に転がっていた紙くずの山とか、いかにも必要無さそうだし」

「あ、あれは焼き芋の肥やしにする予定なのっ。気にしないでいいから」

 そして、巻雲は自分の鎮守府へ帰投しました。帰投後、早速秋雲に連絡します。遠くにいるけど、秋雲の声が聞こえる。それが、たまらなく嬉しかったんです。

 夕雲姉さんには「好きな人でもできたの?」とからかわれました。でも、秋雲は恋愛の対象かと言われれば、少し違うように思えます。

 少し考えてみます――そう、巻雲と秋雲は。

「友達です」

 あれから2年が経ちました。その2年間、巻雲は事あるごとに、秋雲と連絡を取っていたように思います。秋雲からも、よく連絡が来ました。

 巻雲は、秋雲のことが大好きです。それは友達としてでもあるし、秋雲が秋雲だったからこそ好きになれたんです。

 巻雲にとって、秋雲は、秋雲という存在は――。

 

   ***

 

 巻雲の声に、少し涙の色が見え始めた。

「でも……プレゼントを渡す直前になって、勇気が出なくなりました。秋雲は、一度巻雲の申し出を断っているんです。鬱陶しがられるかも、要らないと言われるかも。普段はそんなこと思わないのに、いざ目の前に行くと、そんな考えが止まらなくなってしまうんです」

 そんな自分が情けない。

 嫌われることを嫌って、踏み出す一歩をためらってしまう自分がいることに嫌気がさす。

「だから、プレゼントは秋雲のスケッチブックに挟むことにしたんです。直接渡せないなら、間接的に受けとってもらおう。秋雲の部屋に忍び込んで、似顔絵が描かれたスケッチブックを本棚から取り出すとき、少しの罪悪感と、秋雲がプレゼントを見つけたときの顔が浮かんできました」

 しかし、そこで悪運が重なった。巻雲は部屋に目的のものを忘れて、持ち出してしまったスケッチブックは秋雲が自室の鍵を掛けたことで戻せなくなった。 

「スケッチブックは、巻雲が宛がわれた部屋にあります。巻雲が、本棚から取り出したばっかりに、秋雲は巻雲のことを忘れてしまったんです。巻雲が、秋雲の記憶を奪ったんです」

 ごめんなさい。

 その声は、降りしきる雨に吸い込まれ、水たまりに溶けて消えた。

 ごめんなさい――それは、誰に向けられた言葉なのだろう。記憶を失った秋雲か。それとも、彼女の中にいる、記憶を失う前の秋雲か。はたまた、全く違う別のひとか。

 私だったら、どうだろう。これは想像だ。あくまで想像でしかなくて、彼女が本当にそう思うかどうかは分からない。

「秋雲が、巻雲のことを責めることはないよ」

「どうしてそんなことが言えるんですか!」

 怒りを露わにして、巻雲は立ち上がった。

「満潮さん、あなたは無責任です! 巻雲を慰めるために、あるはずがないことを言っています! 巻雲が変な気を起こさなければ、秋雲が記憶を失うことはなかったんです。怒られて当然です、責められて当然なんです! 寮の中で、あなたは巻雲を非難しました。それが正しいんです! それなのに、今は全くの真逆です。その上、まるで秋雲の代弁をするみたいにっ。秋雲から直接聞いたわけでもないあなたが、なぜ分かった風なことを言うんですか!?」

 雨と涙で濡れた顔をゆがめて私と対峙する。怒りを向けられている。それなのに、私のこころは穏やかなままだった。思いつく言葉は、どれもトゲの無い、

「いいえ、分からないわ。あなたの気持ちも、秋雲が今、何を思っているのかも。私はあなたたちとは違う身体を与えられて、思いも痛みも同じようには感じない」

「それならっ」

「でもね」

 私は巻雲の声を遮った。

「これだけは分かる。例え、本棚からスケッチブックを持ち出したのが巻雲だと知っても、秋雲はあなたを責めない。あなたが何をしたかったのか、きちんと言葉にすれば、秋雲があなたを嫌うことも、責めることも、突き放すこともないわ」

 誰かも言っていた。

 伝わらない想いなんて、この世には存在しない。

 嬉しいも、悲しいも。

 怒りも、悲しみも。

 大好きも、大嫌いも。

 真っ直ぐな心で向き合えば、どんな想いも届けることが出来る。

 今の私たちは、とても不器用だ。私たちは無機物から生まれ変わった存在で、人間の身体と心を与えられた。他の艦船と通信するのも、昔はすべて、私たちの背中で奮戦するひとたちが行っていた。

 でも、艦娘になった今は、自分たちの言葉で伝えることができる。誰かの手を借りなくても、私たちの意思で。

「無理です……無理ですよ。今の秋雲は、巻雲のことを忘れています。いくら言葉にしても、巻雲の言葉は届かないんです」

 あぁ、そういうことか。ここで、やっとはっきりした。あのとき私の言ったことが、巻雲にきちんと伝わっていなかったのだ。それも仕方がないだろう。なにせ彼女は、自分と秋雲のことで一杯いっぱいだったから。でも、今の巻雲は、私の声に耳を傾けてくれている。もう一度説明しよう。

 あのね、巻雲――。

 

「あー。やっと見つけた」

 

 聞き覚えのある、よく通る声だった。

 水たまりを踏む音が背中越しに聞こえ、足音が徐々に近づいてくる。

「巻雲、なにしてんのさ。そんなところにへばってたら、風邪ひくよ?」

 秋雲は私を追い越して、手に持った傘を、そっと巻雲に差し出した。

 名前を呼ばれた巻雲の目が見開かれる。

「秋雲……巻雲の名前……」

「うん。いやぁ、良かった。やっと思いだせたよ。全く、大事なひとの名前を忘れるなんて、どうかしるよ」

 そう思わない? と秋雲は肩を透かして見せた。

 信じられない、巻雲はそう言いたそうな顔をしていた。

「でも、巻雲が本棚からスケッチブックを抜き取ったから、秋雲は全部忘れちゃって」

「もう、そんな心配はしなくていいんだって。思い出したって言ってるじゃん。聞こえてないの?」

 ぽん、と小さな頭に手が置かれる。

 曇りっていた顔が、今度は嬉しそうに花を咲かせ、つむった目の端からまた涙があふれ始めた。本当に、空みたいにコロコロと表情が変わる子だ。

 巻雲は秋雲の胸にしがみついて、制服に顔を埋めた。秋雲は傘を手放し、抱きかかえるように巻雲の頭を両腕で包んだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい! 巻雲が、巻雲が余計なことを考えなかったら良かったのにっ。いらないって、お礼はいらないって、秋雲は言ってたのに」

「ううん、余計なことじゃないよ。ありがとね、巻雲」

 ふと、視界が明るくなっているのに気が付いた。

 いつの間にか、雨はすっかり上がっていた。空を見上げるとホワイトグレーの雲が陽の光をはらみ、柔らかく輝いている。

 溜まっていた空気を抜くように、私は深く息を吐いた。来た道を振り返ってみると、坂の上には何日ぶりかの青空が覗いていた。今日はもう、雨は降らないだろう。取り合えず、早くお風呂に入りたかった。

 雨で冷えた身体をひとつ震わせて、もう一度巻雲たちに目を向ける。雲間から差し込む光は木漏れ日のようにゆらゆらと揺れ、二人の周りを温かく包んでいた。

 世界中のどんな価値のある絵も、この景色には、到底及ばないだろう。




次回は10月28日(土)投稿予定です。
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