秋のつむじ風-1
焼けるような日差しが鳴りを潜め、いつの間にか日の落ちる時間が早くなっていた。気まぐれに吹き抜ける風は冷たさを携えて、鎮守府に残る夏の熱気を徐々に拭い去って行った。遠くに見える山稜は気づけば紅く色づき、そこかしこで秋が感じられるようになっていた。
鹿島さんの海上練習も9月末には終わりを告げた。練習が終わった日、私たち新人艦娘は輪を作って喜んだ。
「今後は出撃や遠征が主になると思います。実際の戦闘になっても、練習したことを忘れないようにしましょう。沈んでしまっては、元も子もありませんからね」
「はい!」
鹿島さんの言葉を肝に銘じて、私たちは大きく返事をした。
その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。別に練習が厳しすぎて不眠症になったとか、幽霊が怖くて夜中のトイレを我慢していたとか、そういうわけではない。私が鎮守府に着任した日から、ずっと願っていたことがついに叶うのだと思うと、胸が逸って仕方なかったのだ。
以前の私、艦船だったころの私は、出撃はするものの、被弾してドックに入っている期間が多かった。その間に姉妹艦が沈み、朝潮型として残ったのは私だけ。
そのことを引きずっているのだろうか、私は戦いたくて仕方がなかった。
もっとたくさん出撃したかった。
もっと私で戦ってほしかった。
もっと姉妹と一緒に居たかった。
それは、乗組員の思いだっただろうか。それとも、艦船であった私が思ったことなのだろうか。いずれにしても、それを思いながら、私はレイテの海に沈んだ。
そして今、艦娘として生まれ変わった私の前には、無数の敵がいる。
深海棲艦。広大な海に跋扈し、海の秩序を乱す存在だ。海上を行く船を、海中を泳ぐ生き物を喰らい、ただ破壊と汚染を繰り返している。私たち艦娘は、奴らから穏やかな海を取り戻すために戦っている。長らく夢見ていた戦場は、今では私の眼と鼻の先にある。
艤装の展開もスムーズに行えるようになった。水上航行でこけることもなくなった。主砲での砲撃も出来るようになったし、魚雷の発射方法も覚えた。あとは実際に敵に向かって放つだけ。もちろん、油断は禁物だ。鹿島さんが言った通り、沈む危険だってある。出撃できることに浮かれて気を緩めるわけにはいかない。
そして時は来た。
10月の最終週。私たち新入りの艦娘は提督室に召集された。私を含む計5人の艦娘が提督の前に整列する。
いつも執務机に張り付いたままの提督だが、今日は執務机を背にしている。彼の隣には秘書艦である大和さんがいた。彼女の手にはファイルが拡げられていた。
「キミたちを呼んだのは他でもない」
提督が後ろ手を組み、いつもの気楽な口調ではなく、至って真面目な声音で言った。
「先日、鎮守府近海に深海棲艦が侵入したと報告を受けた。敵の偵察部隊である可能性があり、早急に対応しろとのことだ。キミたちには、この敵深海棲艦を撃退してほしい」
提督の言葉に、思わず武者震いした。
長らく待ち望んでいた、敵との対決ができる。常に死と隣り合わせの戦場。私は、そこに立つのだ。
提督に続き、大和さんが説明した。
「出撃は30分後、ヒトマルサンマルです。各自、それまでに艤装・主砲のメンテナンスを済ませておいてください。5分前には港に集合。以上です」
そこで解散を言い渡され、私たちは提督室を後にした。
「満潮さん」
提督室を出てすぐに、大和さんが後を追ってきた。
「どうしました?」
「このあと、秋雲のようすを見てきてくれませんか?」
「構いませんけど……何かあったんですか?」
「先日から、秋雲が部屋にこもっているんですよ。私は秘書艦の仕事がありますし、他の人も出払っていますから。声を掛けるだけでいいので、秋雲の部屋に行ってみてください」
言われてみれば、確かに先週から秋雲の姿を鎮守府で見かけなかった気がする。どこかに遠征に出かけているのかと思ったが、まさか部屋にこもっていたとは。
艤装のメンテナンスは10分もあれば終わる。秋雲に声を掛けるだけでいいのなら、出撃に間に合わなくなるほどの時間はかからないだろう。様子を見に行くのは、全く問題なかった。
しかし、以前の出来事がふいに頭をよぎった。半年ほど前、秋雲は1週間記憶を失っていた。鎮守府の艦娘の、約半数を記憶から失くしたのだ。その際、横須賀から派遣されてきた巻雲と一悶着あったが、秋雲の記憶は戻り、後腐れなく事態は収束した。
もしかして、また秋雲の調子が悪くなったかな。
その心配が顔に出ていたのだろう。大和さんは私の肩を優しく撫でた。
「大丈夫。具合が悪くなったわけじゃないわ。毎年、秋雲はこの時期になると、部屋にこもって漫画を描いているの」
「漫画?」
そう言えば、私の似顔絵を描いてもらったときに、少し見せてもらった覚えがある。時間もなかったし、じっくりと読んではいないけれど。
「それじゃ、よろしくね」と言って、大和さんは提督室に戻って行った。
とりあえず、体調を崩している訳ではないようだ。とは思ったが、良く考えてみれば、外にも出ず部屋にこもりきりというのも、それはそれで身体に悪いような気もした。
軽く運動でもするように言っておこうか。
エントランスへ続く螺旋階段を下り、私は秋風の中を寮へ向かった。
次回は12月9日(土)投稿予定です。