結果から言おう。私たち新人艦隊の初出撃は大成功に終わった。
出撃時刻のヒトマルサンマル。軽巡洋艦・名取を旗艦として、私たちは南に向かって舵を取った。予定通り、鎮守府近海に侵入した敵艦隊との接触に成功した。
この出撃の特筆すべき点は、何と言っても誰一人傷つくことがなかったことだ。深海棲艦との戦闘になるも、誰も被弾することなく敵を撃墜し、無事目的を達成したのだった。作戦の完遂を潮風も歓迎しているようで、私たちは追い風に背中を押されながら嬉々として鎮守府へと帰還した。
帰還報告のため名取が提督室に向かう。残された私たちは先に食堂に向かい、少し遅い昼食をとることにした。そして今、テーブルに着く私の前に、大皿一杯に盛られたカレーが音を立てて置かれた。周りが唖然とする中、私はやけくそ気味に白米を口に運んだ。
「ねぇ、満潮どうしちゃったのかな」
「作戦は成功だったけど……あ、もしかして女の子の日とか」
駆逐艦の皐月と時津風がテーブルの向かい側でひそひそと話している。
私は口の中のものを飲み込んで、一気にまくしたてた。
「そうじゃないわよ! 鎮守府に侵入してきた敵の偵察部隊!? 駆逐艦が一隻、間違って迷い込んだだけじゃないの! あんな戦闘で満足できる訳ないじゃない!」
そう、鎮守府近海に侵入したのは、駆逐イ級ただ一隻のみだった。放った砲弾はたったの2発。1発目は名取が外し、2発目は私が放ったものが当たった。
もっと派手な戦闘を思い描いていた私としては、消化不良もいいところだった。互いにしのぎを削る攻防の末、傷つき倒れる仲間もいるなか、最後の一発が敵機関に命中して勝利を収める……とまで行かなくていいが、さすがに駆逐艦一隻を撃墜するだけでは物足りなさ過ぎる。
「まぁ落ち着きなよ。ほら、これでも読むといい」
隣に座る響が、読んでいた本をめくって見せてくる。横目に見ると、響と司令官の情事が描かれた、秋雲プレゼンツの漫画だった。
「見せなくていいから! 何で他の子と司令官がいちゃついてるシーンを見ないといけないのよ!」
「じゃあ自分のシーンなら見るの?」
「自分のも見ないわよ!」
「じゃあ誰のだったら見るんだい?」
「誰のも見ない!」
顔が熱くなる私とは対照的に、響は涼しげに読書に戻ってしまった。あんなに激しい内容なのに、何でこの子は平然としていられるのだろう。フィクションでのこととはいえ、自分がこう……色々されているものを見るのは気が引けるではないか。今度名取に、名取が主人公になった漫画を見せてみよう。その時の反応で、私と響どちらが一般的か分かるはずだ。
私は深いため息を付いて、グラスの水をちびちびと飲む。
「満潮。わたしたちはまだ戦闘経験が浅い。そんな状態で、本格的な艦隊決戦をすれば、それこそ鹿島さんを悲しませる結果になる。鹿島さんだけじゃない、鎮守府のみんなも、だ」
本に目を落としながら、響が私をたしなめるように言う。
「闘争心があるのは大事だよ。でも、自分の許容範囲を超えた戦闘するのも考え物だ」
「そんなに悠長な考えで良いの? もしかしたら、今すぐにでも深海棲艦が襲ってくるかもしれないのに。戦力は多いに越したことはないでしょ」
「もちろんそうさ。でも、出来ることと出来ないことはある。今のわたしたちはまだ未熟だ。だから、出来ることをやって行けばいい。そうしていれば自然と戦力になるし、満潮の思うような艦隊決戦にも参加できるようになる。成長を焦る必要はないさ」
話は終わったとでも言うように、それっきり、響は黙ってしまった。
皐月と時津風も、私が騒ぎ終わるのを見て、再び談笑に戻っていった。
――成長を焦ってる訳じゃ、ないんだけどな。
響にはそう見えているのだろうか。
私は戦場に出たいだけだ。誰かより多く敵を倒したいとか、自分より強大な敵を倒したいとか、それほど私が血の気にあふれているとは思わない。ただ、戦いの中に居たいだけだ。仲間とともに、煌めく大海原に乗り出したいのだ。私だけが、ドックの片隅に残されることがないように――。
私の思っていることが、響には伝わっていない。それを伝えるには少し期を失したようだ。今から声を出すのは、なぜだろう、気が進まなかった。
そんな風に考えていると、いつの日か感じたモヤモヤとしたものが、また胸の中に浮かんできた。不快ではないけど、ずっと胸に置いておくには少し大き過ぎる。
私はグラスに口を当て、残り少ない水を一息に飲み干した。
次回は12/23(土)投稿予定です。