翌朝。灰色の雲が厚く空を覆っていたが、雨が降るような暗がりはどこにも見当たらなかった。予報通りであれば、午後には秋らしい青空が広がるだろう。ところどころナイフで切り込みを入れたような雲間が見え、そこから差し込む光が天空に続く階段のように幻想的な輝きを放っていた。
「また来てくださいね」
佐倉家を後にして、途中何度か休憩を取ながら、来た時と同じ時間をかけて鎮守府へ帰投した。白露は私を寮の前で下ろした。
「あたしは提督のところにいってくるよ。帰ったことは報せないとね」
「なら私も」
「報告はひとりで十分だよ。それに、あたしのわがままに付き合って疲れたでしょ。部屋に戻って休んで」
そう言ってブオンとバイクのエンジンを吹かし、白露は鎮守府庁舎の方へ行ってしまった。しばらくぽつんと突っ立って、遠ざかる彼女の背中を眺めていた。疲れているのは間違いない。私は寮へ続く小階段を上った。
静かな寮内を慣れた足取りで自室へ向かう。私は今日も非番扱いのはずだ。少し早いけどお風呂をもらおう。クローゼットから制服と下着を取り出して部屋を出た。
ドックの脱衣所はがらんとしていた。他のみんなはまだ出撃や任務の最中だろう。ひとりで浴室を使うのは寂しい気もするけど、あの浴槽を独占できると考えると大いに胸が躍った。そう思っていただけに、木組みのロッカーに制服と下着が投げてあるのを見つけて少しがっかりした。
「あ、満潮。おかえり~」
舞風が湯船に浸かっており、肩越しに顏だけをこちらに向けた。いつもは後ろ髪を小さく結っているが今は解いている。
念入りに身体を洗い、舞風の隣に身体を沈める。自然と深い息が漏れた。
「舞風も今日は非番だったの?」
「ううん、違うよ。五十鈴と漣と一緒に鎮守府近海で哨戒してた。今日はもうおしまい」
舞風は大きく伸びをした。
「それで、白露とどこに行ってきたの?」
私は、ここ2日間のことを舞風に話した。見知らぬ人に出会ったことから、慣れないバイク旅でお尻を痛くしたことまで、思い出しながら語る。私が見たあの家族は、艦娘にとって貴重な味方だ。ただ、私たちの存在が、この国の人全てに受け入れられている訳ではない。話を終えると、舞風に尋ねてみたいことが出来た。
「私たちのことを認めてくれる人たちばかりじゃない。認めないだけじゃなくて、邪魔な存在だとさえ思っている人がいる。そんな人たちまで、あなたは助けようと思う?」
舞風はちらりと私を横目に見て、考えるように視線を天井に向けた。
「そうだねぇ、」
私は彼女の答えを、なんとなく予想してみた。
「助けるしかないんじゃない?」
思っていた通りの答えが返ってきた。一言一句違わず、舞風は続けた。
「助けたいとは、正直思えないよ。だって、私たちのことを悪く言っているのに、何も知らないくせに助けられているだけなんだもん。でも、そういうわけにもいかない」
「そうなの?」話しを促すため、わたしは語尾を上げて聞いた。
「そうだよ。舞風たちは、助ける人をえり好みしちゃいけない。誰でも、平等に守らないといけない。それが、『舞風たち』の責務だったし、艦娘の責務だから」
分かっていた。聞くまでもなかったことだ。わたしは「そう」と短い言葉でもって、話の流れを切った。
お風呂から上がり、舞風と並んで外に出る。太陽が山稜に掛かり、紅い閃光を空に向かって放っていた。水平線はすでに薄暗い。もうじき、夜が来る。人々は一日を終え、使い慣れた布団で目を閉じる。
彼らの安眠を守るために、私たちは戦う。
ドックの煙突から立ち上る白い蒸気が、茜色の空に向かって伸びている。ゆらゆらと揺らめいて、最後には、風に溶けるように消えていった。
第2章はここで終わりです。
次章は、2か月ほど空きまして、4/21(土)開始予定です。
お間違えのないよう、よろしくお願いします。