夏の日ー1
―プロローグ―
医務室の扉を開くと、つんとした消毒液のにおいが鼻を突いた。天井も、床も、ベッドも。それら全てが白で統一された場所。何もかもが清潔に保たれている場所。耳に聞こえるのは空調の音だけだ。もしかしたらあの空調の中までもがアルコールで消毒されているのではないかと疑ってしまう。
出入り口に一番近いベッドだけが白いレースで隠されている。注意深く耳を澄ませば、誰かの息遣いを聞き取ることが出来る。
小さくレースを開き、その中へ入る。彼女が呼吸をする度に、掛布団が小さく上下していた。彼女が起きないことは分かっている。もう2か月だ。それだけ時間が経てば、自分の中でも何となくは予想ができる。
彼女を起こさないように、ベッドの脇に置かれた小さな丸椅子に静かに腰かけた。これだけ近づいても、彼女は他人の気配を感じることはない。
掛布団の中に手を入れると、人肌の温かさを感じた。彼女の手を取ると、同じように温かかった。
安らかな寝顔は、変わらず天井に向けられている。これで「死んでいるんだよ」と言われれば、どれだけ楽なことか。
……。
どれくらい時間が経っただろう。窓から見える景色が赤らんでいた。
これ以上、ここに居続けても仕方ない。納得できない自分の身体を、無理やり立ち上がらせる。
「また、来るから」
それだけ言い残して、消毒液のにおいを引きずりながら、医務室の扉を閉めた。
―終―
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うだるような暑さで、わたしは忌々しく目を開けた。寝起きはもともと良い方ではない。その上、連日の疲れが祟ったせいか、今もまだ夢の中にいるように身体の節々に力が入らなかった。動くことも鬱陶しく思って、ぐずるように布団の中に丸まった。
しかし、この暑さだけはどうにもならない。二の腕を軽く抓って、のっそりと起き上がり、わたしはカーテンを開けた。
絵の具を落したような濃い青空。その中に、白く、ぎらぎらと地表を照り付ける太陽があった。まだ寝ぼけているようで頭が判然としない。暑さでやられてしまったのだろうか。窓を開けると、嫌に暖められた温い風が頬を撫でた。じんわりと汗がにじむ。
そのとき、部屋のドアが叩かれた。
「満潮ー。もう起きた?」
蝶番のきしむ音と共にドアが開かれ、朝潮の顏が覗いた。わたしは、判然としない頭のままで朝潮を見つめた。様子がおかしいと思ったのだろう、朝潮が言った。
「どうしたの? 調子悪い?」
「ん……疲れが溜まってるのかも」
朝潮が申し訳なさそうに頬を掻いた。
「そうだよね。ごめんね、こんなときに誘っちゃって。せっかくの休みだと思ったから……疲れてるなら、今日の外出、キャンセルしていいよ?」
「ううん。そこまでじゃないから」
両腕を天井に向けて持ち上げ、ぐっと伸びをする。すると、さっきまでの気だるさが嘘のようにすっきりとした。やっと部屋を見渡す余裕が出来た。見ると、ベッドの側に、大きな旅行鞄が用意されている。
「よし、じゃあ朝ご飯を食べたら、正門前に集合ね」
そう言って朝潮は扉を閉めた。朝潮が去るのを見届けてから、わたしはもう一度、窓の外を眺めた。ガラスに自分の姿が映る。その目は、わたしを真っ直ぐににらんでいた。しかし、すぐに弱弱しく目が伏せられる。
「……楽しめるのかしら」
漏れた呟きは、閉じられた部屋の中で、霧のように消えていった。
次回は5/13(日)投稿予定です。