朝の食堂には姦しく楽しげな声で満ちていた。思い思いの人と席を隣にして会話に花を咲かせている。同じ艦種同士で隣り合っているグループもあれば、全く違う艦種で顔を突き合わせているところもあった。もちろん静かに食べたい艦娘もいて、カウンターになっている席に腰を下ろしていた。
賑わう食堂の中、円形の5人席にいる私は対面に座った嵐に頭を下げていた。
「ご、ごめん。まさか女の子とは思わなくて」
仏頂面になっている嵐に変わって、隣に座る舞風がケラケラと笑いながら、
「気にしなくていいよ。嵐は良く間違えられるんだから」
「口調も男の子っぽいしね」
朝潮も舞風に同調する。
「へいへい。女で悪かったな」
嵐は口を尖らせて拗ねてしまった。むしゃくしゃした気持ちを晴らすように、大盛りのご飯を口にかきこんだ。と思ったら、急に手が止まって顔色が悪くなっていく。一気に食べ過ぎてのどに詰まったようだ。私はあわてて自分の水を差しだした。
嵐はひったくるように水を受け取って、グラスの水を飲む。空になったグラスを置いて、大きく深呼吸した。
「死ぬかと思った」
嵐の必死な様子を見て、舞風がまたおなかを抱えて笑った。
気を取り直すように、嵐は一つ咳払いした。
「と、とにかく。今度からは気を付けな。見た目と口調と性格で判断しないように」
「わ、分かったわ」
気を付けよう。
朝食を食べている間は全く退屈しなかった。主に舞風が頓珍漢な言い回しに嵐が対応していただけだが、それがおかしくて朝潮と二人して笑っていた。
二人のやりとりを見ながらトーストを一口。楽しい時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか平皿のトーストは無くなっていた。
食後のコーヒーで一息ついていたとき、スピーカーからノイズ音が聞こえてきた。直後に、女性の声でアナウンスが流れ始める。
『先日着任した艦娘の皆さんは、鎮守府庁舎裏の港に集合してください。繰り返します――』
やんわりとした口調が食堂内を流れていく。みなさん、ということは、他にも着任した艦娘がいるのか。昨日のうちに着任したのは私だけだったから、もっと前に来た艦娘ということか。
アナウンスが終わったところで、嵐が口を開いた。
「鹿島さんの艤装展開練習だな」
「懐かし~。舞風はなかなか出来なくて大変だったよ」
どういうことだろうと嵐の方を見ていると、とりあえず港に行けばいいと言われた。
鹿島とはさっきの声のひとのことだろうか。それに艤装を展開? 舞風はなかなかできないと言っていたが、難しいことをやらされるのだろうか。
コーヒーを飲む手が止まったのに気付いたのか、朝潮が、
「大丈夫。鹿島さんが丁寧に教えてくれるから、気張らなくてもいいよ」と私を励ます。
「心配すんなって。最初はできなくても練習すりゃすぐに出来るようになるさ」
それだけ言うと、嵐は舞風を連れて食堂を出た。出撃命令が出ていたらしい。手を振る舞風を見送ると朝潮も立ち上がった。
「わたしもこの後遠征に出ないといけないんだ。頑張ってね、満潮」
「うん。私も一緒に出るわ」
4人席を立ち、朝潮と二人で食器を片づけて食堂を後にした。港まで並んで歩き、朝潮はそのまま工廠の方へと向かって行った。港にはまだ他の艦娘は見当たらなかった。誰かが来るのを待つ間、手持無沙汰になってしまった。
港はコンクリートをU字型に切り立ったような形をしている。上から見ると、曲がった部分が横に長くなっていて、『コ』を縦に広げたようになっていた。横に広くなっている分、一度に何隻もの船が港に停泊できそうだ。左の方を見ると、小型船用の桟橋が見えた。
私は港に腰掛けて、ぶらぶらと足を揺する。足元では波が小さくぶつかり合って、ちゃぷちゃぷと音を立てていた。
午前の日差しが斜めに差してくる。ふんわりと浮かぶ雲は魚のようにゆったりと空を泳ぐ。その様子を眺めていたら、空の向こうに吸い込まれていくような感じがして目を閉じた。
そのまま大の字になって寝ころでみる。右腕を持ち上げて日差しから目を守ると、ちょうど日向ぼっこのようで心地よかった。鎮守府に降り注ぐ陽の光は、こんなにも優しく照らしてくれていたのだ。
少し頑張ってみよう。苦手はあっても不可能はない。朝潮の教えを試してみよう。そうすれば、少しは良い未来になることを期待しても罰は当たらないだろう。
握った拳を空にかざす。空の青は、水平線の彼方まで続いている。